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黒の魔王  作者: 菱影代理
第30章:妖精殺し
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第582話 転移作戦

「――まさか、『歴史の始まりゼロ・クロニクル』にあんな機能が隠されていたなんて」

 今回のアヴァロン攻略では驚かされることばかりだったが、ネルにとっては幼いころから見慣れた石碑に隠された秘密が明らかになったことは一番の驚きである。

「全てを解明しているわけではない。私が知るのは『転移』のみ」

 そう、この『歴史の始まりゼロ・クロニクル』には『転移魔法』の機能が組み込まれているのだ。

 古代文明期にはこれら石版型転移魔法装置を利用することで、人々の移動・交通が瞬時に完了するよう整備されていた、と推測されている。大地を走る地脈を利用することで、主要な都市間などを転移する遠距離用の大規模装置と、街中だけを飛ぶ短距離用の小型装置の二種類があり、漆黒の石版、アーク大陸では『歴史の終わり』、パンドラ大陸では『歴史の始まり』、と名付けられるコレが、短距離用転移魔法装置であると研究結果が出ている。

 しかし、ソレは共和国に広く知られた情報ではなく、内容としては国家機密に類する扱いとされている。何故その情報をサリエルが知っているかといえば、当然、彼女は使徒という最高位の立場にあったこと。それに加えて『白の秘跡』と関わりがあったこと。

 シンクレア共和国において、古代魔法研究の最先端を行くのは『白の秘跡』であった。『聖十字槍グランドクロス』に組み込まれた緊急離脱用転移魔法『天送門ヘブンズゲート』は、この『ゼロ・クロニクル』の研究成果を応用したものである。

 だからこそ、サリエルは知っていたし、同時に、ある程度の扱いも心得ていた。

 しかしながら、すでにして十字教を裏切ったサリエルに、あらゆる機密情報を隠し続ける理由はない。

 リリィ暗殺の作戦計画を考える段階で、この情報がサリエルの口から出るのは半ば当然の帰結であった。

 そもそも、非常に目立つ外見のリリィが、飛び出したその日から一切の目撃情報もなく神滅領域アヴァロンに辿り着いていたことが分かった段階で、転移魔法で飛んだという推測はすぐに立っていた。

 ネルの反応の通り、パンドラでは『ゼロ・クロニクル』の転移機能はまだ発見されていない情報。ならば、それを利用したリリィもまた、この転移を自分だけが持つアドバンテージだと思うはず。

 他の者は誰も知らない。だからこそ、盲点となる。

「砲撃が止みましたね」

「爆発を感知。フィオナ様は無事、目的地へ転移したようです」

「大砲は破壊できたのでしょうか」

「不明。ですが、フィオナ様を相手にしながら、正確な砲撃を続けることは不可能」

 転移魔法でフィオナが一気にリリィとの距離を詰めて戦闘。その隙に二人が接近、という作戦はひとまず成功したようだ。

 三人全員で転移するのが最善だったが、この中で唯一操作可能なサリエルは飛ぶ地点に残らなければならず、また、二人飛ばすには時間がかかる。リリィに怪しまれることなく、速やかに転移を完了するには一人が限度であった。サリエルの持つ知識と技術とでは、それが精いっぱい。

 その一方、ここを見事に拠点として構築したリリィは、サリエルよりも遥かに古代魔法とその装置に精通しているに違いない。彼女の裏をかけるのは、一度きり。恐らく、すでにフィオナの通った転移魔法は封鎖設定がされているだろう。

 その結果、サリエルとネルは走って現場に行くしかなかった。

「ようやく、私にも聞こえてきましたよ」

 連続的に上がる爆発音と、眩い閃光が、赤黒い空に広がる。リリィとフィオナの二人が、激しい戦闘状態に突入したことを、これ以上なく物語っていた。

「フィオナ様一人では、戦闘継続時間に限りがある。急ぎます」

「もう少し一人で頑張ってもらっても、いいんじゃないんですかー」

 こっちは大魔法級の砲撃を雨あられとぶち込まれる地獄を凌いだのだ。フィオナも多少は苦労してくれないと割に合わない、とばかりにネルは不満げに頬を膨らませる。

「フィオナ様は絶対に死なせない。危険性を排すよう、最大限努力すべき」

「奴隷根性というヤツですか」

「全てはマスターのため。フィオナ様はマスターに必要な女性」

 唯一無二の恋人だから。今は、まだ。

 ネルがそんなほぞを噛むような思いを押し殺している、と察したワケではないが、サリエルは当たり前のように言葉を続けた。

「貴女のことも、マスターは必要としている。だから、死なせない」

「それは、どうもありがとうございます」

 全く嬉しくない宣言。それでも、多少なりとも思うところはあったのか、ネルの走る速度はちょっとだけ上がった。

 幸いにも、リリィの座す本陣までの道中、廃墟の街に伏兵やトラップの類は見られない。二人を阻むのは道に転がる瓦礫の山や、倒れた大型建造物くらいで、その道行は順調そのもの。多少の高さや足場の悪さでは、共に達人級の移動系武技を使いこなす二人の前ではさしたる障害とはならない。

「そろそろ、ですね」

 あっという間に廃墟の市街地を駆け抜け、ついに視界の向こうに黒々とした巨大な天空戦艦の影が見え始めてきた、その時だ。

「――いえ、来ます」

 頭上に煌めく、一筋の赤い流星。それは狙い澄ましたかのように、二人の元へ飛んでくる。

 リリィの攻撃魔法か。二人は特に示し合わせたわけではないが、全く同じタイミングで予測した着弾点から大きく飛び退く。

 突き立つ廃墟の塔をぶち抜きながら、予想通りの場所に落ちた赤色の隕石は、そこに秘められた膨大な魔力と破壊力とを解き放つ。しかし、すでに十分な距離をとって逃れていた二人は、濛々と噴き上がる黒煙を背に、再び走り出す――そこで、足を止めた。

「全く、フィオナのせいで頑張って綺麗にした私の楽園が、また廃墟同然になってしまったわ」

 ささやかな愚痴さえも、どこか優雅に聞こえる麗しき少女の声音。

「さらに二人も招いて、荒らされるのは御免なの。だから――」

 振り向き見れば、彼女はそこにいた。

「――貴女達は、ここで始末するわ」

 リリィ。真紅に輝く蝶の羽を瞬かせる、禍々しい姿の妖精少女。

「リリィさん……やはり、貴女なのですね」

「そういえば、私のこと覗き見してたわね。第二十一防御塔の辺りだったかしら。あそこですぐに引き返したのは賢明な判断よ。もし、あの時の私に声なんてかけていたら……」

 絶対的な自信。しかし、それがただの驕りではないという確信もまた、同時に抱かせる。

「確かに、あの時の私は、貴女の姿に恐れを抱きました。けれど、今は恐れません。私はクロノくんのために、必ずや邪悪な企てをする貴女を倒します」

 白竜の籠手を嵌めた両腕で、勇ましく構えるアヴァロンの姫君。ついに目の前に現れた怨敵を前に、ネルの闘争心は一気に高まる。

 赤いオーラを纏って静かに佇むリリィの一挙一投を逃さぬよう、その青い瞳は鋭くにらむ。

「はぁ、まだそんな綺麗事を言うなんて、呆れるわ、ネル。覚悟、足りてないんじゃない?」

 見下すようなリリィの薄ら笑いを前に、ネルの戦意が爆発的に膨れ上がっていく。

 しかし、その一方でサリエルはリリィを見てはいなかった。

 幻影ではない。眼の前に立つリリィは間違いなく本物。それでも、サリエルにとって注目すべきなのは、赤いオーラを纏うリリィではなく、彼女がその手に握る武器である。

 それは、銃だった。

 右手と左手、それぞれに一丁ずつ、白と黒の銃を携えている。

 いわゆる二丁拳銃というスタイルであると、白崎百合子の記憶が教えてくれる。リリィの両手に握られているのは、紛れもなく銃と呼ぶべき形状をしていた。クロノが持つショットガンやガトリングガンではなく、いわゆるハンドガン、オートマチック拳銃のような形である。

 本当にソレがただの拳銃であるのなら、全く恐れるに足りない。拳銃弾一発は、クロノの魔弾バレットアーツ一発と同等以下の物理的攻撃力しかないのだ。生身で受けても傷一つつきはしない。

 それに、リリィは武器を持たず、ただ宝玉型の大魔法具アーティファクトのみを頼りとして戦うスタイルであるとフィオナから聞いているし、ガラハドの時も同様であった。

 しかし、そんな彼女があえて銃を武器として選んで持っているのだ。

 それはつまり、この『銃の形状をした何か』が大魔法具アーティファクト級の力を秘めた一品ということに他ならない。恐らく、これも古代兵器の一つであろう。

 だかこそ、サリエルの注意はリリィが纏う不気味な赤い魔力オーラでもなく、妖精族の光魔法でもなく、正体不明の力を持つ古代の二丁拳銃であった。

「覚悟する方は、リリィさん、貴女の方です。一切の容赦はしません、行きます!」

「そう、いいわ、それじゃあまずは、貴女から相手をしましょう――」

 お蔭で、リリィが二丁拳銃を構えた時に気づけた。

 ネルは脚力全開で駆け出し、リリィの向ける銃口に注意を払っている。けれど、サリエルはリリィでも銃でもなく、後ろを見た。

 キラリと光る、赤い点。それは燃える空を背景に浮かぶ黒々とした船体から発せられていた。

 シャングリラの副砲は、まだ、生きている。

「――サリエル」

 間近で炸裂した大爆音と閃光に、視覚と聴覚がイカレかけるが、サリエルの改造肉体はそう易々と感覚を手離すことを許さない。

 一足飛びに退いたサリエルは、無事に着弾点からノーダメージで逃れることに成功していた。

「貴女とは、もう一度ちゃんとお話がしたいと思っていたの」

 吹き散らされる爆炎の向こうから、リリィがゆったりと歩み出る。

 ネルの姿は、どこにもない。

 死んだのか。跡形もなく。否。

「……転移」

「ええ、あの鳥女は後回しでいいから」

「では、フィオナ様も」

「彼女は転移トラップに引っかかってくれるほどバカじゃないもの。力技で結界に押し込めてきたわ」

 そう長くは持たないでしょうけど、とリリィは自らの手の内を明かす。

 ネルは砲撃を目くらましにして、何らかの方法による転移魔法にかけられて、どこかへ飛ばされた。フィオナはシャングリラ周辺で、結界に閉じ込められた。つまり、三人は見事に分断されてしまった。

 状況は最悪に傾きつつある。そうサリエルは冷静に分析する。焦りはない、恐れもない、ただ、事実をありのままに受け止める。

「警告する。大人しく投降してください」

「ふふっ、意外ね。貴女のことだから、有無を言わさず斬りかかってくると思ったのだけれど」

「マスターは貴女の帰還を望んでいる。双方ともに、まだ犠牲者は出ていない。今なら、全て穏便に解決することが可能」

「ええ、そう、その通りよ、サリエル。クロノなら、きっとそれを望む。私がこのまま帰れば、優しく抱きしめて、喜んでくれるはず」

 ふぅ、と一つ息を吐いてから、リリィは言い放つ。すでに、心は決まっているかのように、はっきりと。

「でもね、もうそれだけじゃあ、満足できないの」

「過ぎた独占欲は悪意となる。マスターを害することは、許さない」

「大丈夫、クロノは必ず私が幸せにしてみせるから」

「再度、警告する。投降してください。抵抗すれば、私たちは貴女を殺さなければならなくなる」

 リリィを生け捕りにできるなど、最初から思ってはいない。フィオナとネルのような恨みの感情を差し引いて、サリエルが冷静に戦力差を考えても、やはりリリィを捕えることは不可能。彼女を止めるには、殺すしかない。

 そう、結論付けている。

「うふふ、私を殺せると思って?」

「私達を分断した手際は見事。しかし、勝負を決するほどではない」

 ネルはどこかへ飛ばし、フォオナは閉じ込めた。それはリリィが三人同時に相手するのは分が悪いことの証明でもある。さらにいえば、一対一となっていたフィオナを戦闘不能ではなく結界に封じてきた、という対処を思えば、彼女一人に対しても即座に無力化できるほどの手段までは、リリィは持っていないと推測できる。

 必要なのは時間。時間稼ぎだ。

 サリエルがわざわざ警告行動に出たのは、クロノのためにソレを呼びかける必要があると密かに思っていたことだが、同時に、この状況では会話によって時間を稼ぐ手段としても相応しかった。

 フィオナとネルの二人、あるいはどちらか一方が戻れば、戦力は拮抗以上の優勢となるはず。

「私は大きな力を得た。けれど、認めるわ、貴女達三人を同時に相手取って確実に勝てるほど、強くはない」

 嘘か真か、心理戦か、リリィは自らの戦力が劣ることを素直に認めた。しかし、その黒と緑のオッドアイには、いまだ、絶対の勝利を確信する輝きが宿っている。

「でもね、私は負けないわ。だって、貴女達には弱点があるもの。自分でも気づかない、いいえ、もしかしたら、気づかないフリをしているだけなのかもしれないけれど」

 ブラフだ。弱点。そんなモノに心当たりはない。

 自分は勿論、フィオナにもネルにも、迷いなど最早ありはしない。クロノのために、リリィを殺す。覚悟は決まっている。たとえ、クロノ本人が「やめろ!」と叫んで割って入って来ても、サリエルは槍を繰り出す手を止めるつもりはない。

 リリィにつけこまれるような、弱点はない。

 そう確信していても……サリエルの危機感はどうしようもなく高まった。

「三度は言わない。リリィ、貴女を殺して、マスターを守ります」

「いいわ、たった一人でこの私に挑むというのなら、まずは正々堂々と戦ってあげようかしら。できれば私も、貴女の弱点を突くような真似はしたくないの――」

 サリエルが槍を構える。対して、リリィも銃を向けた。

「――だって、可哀想だもの」

 再度、遥かサリエルの後方からシャングリラの副砲が火を噴いたのを合図として、二人の戦いは幕を開けた。

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