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黒の魔王  作者: 菱影代理
第30章:妖精殺し
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第579話 最悪のコンビネーション

「第二十一防御塔までは、以前に到達した経験がありますので、私が先導します」

「いえ、その必要はありません。そこまでの道筋は詳細な地図があるので、サリエルを先頭にして索敵させます」

「私の案内では、不満なのですか?」

「サリエルはこの中で一番、勘が良い。貴女は隊列の真ん中で、私達に隠蔽系の支援魔法でもかけてください。余計な戦闘は避けるに越したことはありませんので」

「それには賛成ですが……私も、勘の良さには少しばかり自信があります。もし、サリエルさんが私よりも鈍いようでしたら、配置は変えさせてもらいます」

「勿論、構いませんよ。貴女は後ろで、サリエルの働きぶりをしっかり見ていてください」

 と、どこか自信気に言い放つ魔女フィオナに、ネルは「ぐぬぬ」と小さな不満を抱きつつも、とりあえずは言う通りにしようと引き下がった。

 戦う前から揉めていては、どうしようもない。ここはフィオナの言うように、まずは実戦の中で実力を見定めるべきである。それはサリエルに限らず、フィオナも含まれる。

 思えば、二人の腕前を見たことはこれまでに一度もない。ランク5冒険者を名乗っている以上は、実力に間違いはないはずだが……ランク5もピンキリである。

 果たして、二人が今の自分に匹敵する力があるかどうか。

 ネルは謙虚ではあるが、卑屈ではない。自分の戦闘能力がどれほどのものか、客観的に判断することはできている。

 かつての治癒術士プリーストに過ぎなかった頃であれば、ランク5の位は分不相応であったと言い切れる。お姫様という身分と『ウイングロード』の話題性。それらが加味されて、冒険者ギルドも彼女にランク5を与えたのだと言われても、反論できない。

 しかし、今は違う。戦いを避ける治癒魔法の存在に甘えていた、弱い自分はもういない。自ら敵を殺め、手を汚し、それでも戦い続ける覚悟を決めた自分は、『古流柔術』の力を手に入れた。

 その力は少なくとも、ネルを何の危険もなく、第二十一防御塔まで辿り着かせるに足るものであった。

 今回は、帝国学園の生徒達とのパーティから大幅に人数が減り、僅か三名。しかし、その全員がランク5冒険者だ。これで、前回よりもダンジョン攻略に手こずるようだったら、二人の実力もたかが知れるというものだ。

「إخماد صوت هادئ――『消音結界サイレス・フィールド』」

 フィオナの要請通り、各種の隠蔽に適した魔法を全員にかけて、いよいよ三人はアヴァロンの大正門を潜り抜ける。

 目の前には、ほとんど無傷で残る古代の街並みが広がり、先ほどまで爽やかなブルーだったはずの空が、禍々しい赤色に染まる光景が広がる。初めてここを訪れた者は、誰もがこの異様な景色に圧倒されるが――

「……敵影はありません、行きます」

 サリエルはこの街の住人であるかのように、周囲の景色には何の興味も示さないどころか、全く迷う素振りもなく足を進めた。彼女の向かう先が、ネル達も利用した最短ルートにあたる、一際大きな建物であったことから、本当に地図を見ただけで正確に地理を把握しているのだろう。

 しかしながら、アヴァロンの街並みにノーリアクションなことを除けば、初見の土地でも地図を一目見ればおおよそ理解が及ぶ能力というのは、盗賊や暗殺者、あるいは斥候などの偵察を生業とする騎士であれば、そこまで珍しいものではない。

 周囲に敵がいないことを確信してか、堂々と大正門前の広場を横切っていくサリエルの後をネルは追った。

 古代の帝都アヴァロンも、現代の首都と同じく大正門の前には大きな広場がある。というより、現代が古代の街の造りを真似ているのだが、恐らく、その広場の周囲に大型の商店や宿泊施設、交易所などといった施設が軒を連ねているのも同じであるだろう。

 サリエルが入ったのは、広場に面する施設の中でも最大の大きさを誇る、どこか宮殿のような造りの建物だが、いまだにこれが何を目的とした施設なのは分かっていない。判明していることといえば、この謎の宮殿から、秘密の抜け道、というにはあまりに堂々とした、巨大な地下通路が何本も街中の各所に向かって伸びている、という構造のみ。

 まるで蟻の巣のように帝都の地下に伸びるトンネルの数々は、そこらの地下ダンジョンとは比べ物にならない規模であり、かつ、ダンジョンの難度もあって、とてもではないが探索しきれない。

 安全なルートやショートカットが幾つか開拓されているものの、もし、一本でも道を外れれば、暗い地下トンネルにも抜け目なく防御網を張り巡らせている完全武装の帝国騎士団によって迎撃されるであろう。

 ネルもこの宮殿トンネルを利用する時は、細心の注意を払ってルート確認をしたものである。

 さて、今のサリエルはといえば、開け放たれた宮殿の正門を躊躇なく通りぬけたところまでは良かったのだが、入ってすぐに、彼女の足は止まった。右を見て、左を見て、キョロキョロしている。

 敵を警戒している、というよりは、単純に宮殿内の構造を前に迷っている、といった様子。

 いくらダンジョンの地図があるといっても、建物の内部一つ一つまで間取り図のように詳細に記していては、紙面がいくらあっても足りない。流石に地図情報がなければ、サリエルも迷うであろう。

ネルはアヴァロン攻略の先輩として、ここはイジワルなどせずありがたいご忠告をしてやろうと、口を開いた。

「サリエルさん、この宮殿内は似たような造りになっている場所が多いです。特に、近道のトンネルがあるホールなどは、他のトンネルも多数集まっていて、非常に迷いやすいです。もし分からなければ、私が教えてあげ――」

「見つけた」

 先輩の貴重なアドバイスを無視して、サリエルは急に歩き出す。まさか、私に教えを乞うのが癪だから、道は分からないけど適当に歩き出したなんて、と思った矢先、またすぐサリルの足は止まった。

 今度は迷ったというより、目的のモノを見つけたといった様子。サリエルは静かにたたずみ、広い宮殿の壁のとある一面をジっと見つめていた。

 サリエルが見ているのはただの壁ではなく、大きな壁画だ。この壁画が、実は宮殿内部と、その周辺の地理を記した非常に精密な地図であることが判明したのは、『神滅領域・アヴァロン』の探索が開始されてから、すぐのことである。

 あまり危険もなく、入ってすぐの場所にあること、そして、何の隠蔽もなく堂々とマップが掲示されていることから、探せばすぐに見つけられる程度のモノだ。あっさりと詳細な地図を見つけたことで、探索はスムーズに進むだろうと当時は予想されたが……ともかく、現代に用いられている攻略用地図が、この古代地図をベースとしていることに、変わりはない。

 詳しく宮殿内構造を把握するなら、現地でこのマップを見るのが最も手っ取り早い。

「よく、ここに地図があると分かりましたね」

「はい、ここは地下鉄駅のようなので、探せば案内地図はすぐに見つけられます」

 てっきり「ギルドで調べてきた」と返ってくるとばかり思っていたネルだが、予想の斜め上の回答に、返す言葉がすぐに出なかった。

 それ以前に、彼女の台詞の意味が、イマイチよく分からない。

 だが、サリエルがこの宮殿の正体を知っているかのような口ぶりである、というのだけは分かった。

「チカテツエキ、とは何のことですか?」

「説明している時間はない。目的地は11番ホームです」

「ホーム?」

 何故、攻略経験者の自分が、こんな序盤から分からないことだらけなのか。サリエルは一体、何を言っているのか。

「どうやら、サリエルにはこの施設が何なのか、見当がついているようですね」

 すぐ後ろをついてきているフィオナが、さして驚きもなく言う。

「そんなまさか、このアヴァロンは最も謎に満ちたダンジョンですよ」

「サリエルも異邦人です。私達とは違う世界を知っている」

 現代の常識では計り知れない古代の帝都だが、異世界の知識を持つサリエルなら分かるのかもしれない。

「気になるなら、この戦いが終わってから、ゆっくり聞いてくださいよ。何日でもお貸ししますので」

「結構です」

 ふん、と鼻をならして、ネルは再び自信満々に歩き始めたサリエルの後を追うのだった。

「ここです」

「……そうですね、ここに間違いありません」

 宮殿内を警備する騎士の気配を掴む度に、隠れたり、ルート変更したりしつつ、五分ほどかけて、最初の目的地となるトンネルの集まる巨大なホールに到着した。

 この時点で、すでにサリエルの索敵能力とルート選定の的確さは、認めざるを得ない。ここは騎士の警備網が薄いとはいえ、学園パーティだったら一回は戦闘しなければならない程度には、抜け目がない。

 サリエルは一度見た宮殿内マップを正確に記憶した上で、敵の配置を読み、隙間を縫うように見事にここまで先導して見せたのだった。

「トンネル内は隠れる場所もなく、迂回できるルートもありません。万一、接敵した場合は速やかに排除します」

 一度だけ振り返って言うサリエルに、二人は頷きを返す。

 それを確認して、サリエルはやはり迷うことなく、トンネル内へと踏み入った。

「意外と明るいんですね」

「ええ、こんな地下通路でも、当時の機能は生きていますから」

 トンネルの天井に等間隔で設置されている白く発光するパネルによって、過不足なく内部を照らし出されている様子に、フィオナはやや感心したようにつぶやく。この魔法で光るパネルは、遺跡系ダンジョンでは割とよくみかける古代の照明器具であるが、大抵の場合は破損している。何枚か点灯していれば御の字、というのが冒険者としては常識だ。

 それからは特に会話もなく、三人は黙々と進んで行く。

 障害物のない、平坦なトンネル内は走りやすい。三人の実力からして『疾駆エア・ウォーカー』で駆け抜ければ移動時間を大幅に節約できる。それに、ここで敵と出会えば戦闘は避けられない以上、隠蔽のために静かな徒歩を選ぶ必要もない。

 疾風のように三人は地下を駆け抜けていく。誰ともなく速度を合わせ、疾走中でも一定間隔の縦列が維持される。

「敵影確認、突破します」

 ゆるやかなカーブに差し掛かる手前で、サリエルは急加速。ネルも強行突破を覚悟して、速度を上げる。

 そしてカーブを抜けきった先には、サリエルの報告通り騎士が待ち構えていた。アンデッドとなっても尚、帝都を守り続ける忠義の帝国騎士達である。

 一個小隊の十二人。やはり通路を封鎖するのが任務なのか、二人、三人、四人、のいずれかで行動している市内警備とは編成が違う。さらにいえば、この地下トンネルを守るための特殊装備もしているようだった。

「毒霧使いです!」

 ネルは一目見て、断定。

 最も数が多い帝国騎士は黒い鎧兜に、槍と剣で武装した、現代とそう変わらない標準的な歩兵装備をしている。隊長クラスやエース級になってくると、より大型の武装や魔法の武器を装備することがある、というのも現代の騎士と共通する。魔術士部隊も同じようなもので、ローブ姿に杖を持つ。

 しかし、立ち塞がる十二人の内に二人いる、黒と灰色のまだら模様のローブに大きなレンズの丸眼鏡がついた奇妙な仮面を装着した者は、普通の騎士でも魔術士でもない。

『毒霧使い』と通称で呼ばれている特殊装備の騎士であることを、ネルはすでに知っていた。そして、その恐ろしさも。

 しかし、サリエルは二の足を踏むことなくただ真っ直ぐに突っ込んでいく。

 そして、警告行動などしないアヴァロン帝国騎士は、正面突撃を仕掛けてくる愚か者に対して、容赦なくそのあだ名となる『毒霧』を発射した。

 二人の毒霧使いが構えるのは、大きなラッパに似た、独特の形状の長杖スタッフである。漏斗状に広がった口から、毒々しい紫色の気体が、トンネル内部の全てを満たすように勢いよく吐き出されていく。

 視界は紫毒の霧で、瞬く間に閉ざされた。

「――『風連刃エール・ブラスト』」

 ネルが選んだのは、防御魔法ではなく、風属性の下級範囲攻撃魔法。複数の風の刃を前方へ発射するという効果だが、彼女の腕前であれば、無詠唱でも刃の発射方向を一枚ずつ制御できる。

 先陣を切るサリエルの背中に当てないようにするのは勿論、思惑通りに効果を表すよう、ネルは計算した上で『風連刃エール・ブラスト』を放った。

 放たれた十数枚の風の刃は、走るサリエルを追い抜き、その先にいる敵を斬り殺す――ためのものではない。

 一枚たりとも、騎士には当たらない。代わりに切り裂くのは、充満する毒霧の雲である。

 渡り鳥のように綺麗な編隊を組んで放たれた風の刃は、濛々と煙る毒霧を刃の鋭さではなく、それ自身が放つ風圧でもって吹き飛ばす。その結果、『風連刃エール・ブラスト』が通過した箇所だけは、綺麗に毒霧が払いのけられる。

 そしてそこは、ちょうどサリエルの真正面。お姫様の風が、暗黒騎士が突撃する道を切り開いたのだった。

「『風盾エール・シルド』」

 一拍遅れて、ネルもサリエルに続いて毒霧へと突入する。さっきは先行するサリエルの速さに間に合わせるために、攻撃魔法を使ったが、自分を守るためなら防御魔法の方が、毒を払うには便利である。

 やはり無詠唱、それでいて手ではなく広げた翼の両方に宿す二重発動ダブルスペルでもって、より広い範囲で毒霧を押しのけた。ここまで道を開いていられれば、後ろのフィオナは何もしなくても、そのまま通り抜けられるだろう。

 そうしてネルが難なく毒霧を抜けた先では、ちょうどサリエルが騎士の立ち並ぶ防衛線に飛び込むところであった。

 すでに『毒霧使い』の二名は仮面で覆われた眉間に、黒い雷光を散らす杭が深々と打ち込まれて倒れており、サリエルは真ん中にいる通常装備の騎士を、手にした漆黒の十字槍で刺突していた。

 何秒もないはずだったのに、すでに三人仕留めている手際の良さ。ネルが続けて飛び込む時には、さらにもう二人刺殺しているサリエルであった。

「なかなかの手並みですが、それならこちらの分も始末しておいて欲しかったです」

 敵は全部で十二人。毒二人と騎士三人を仕留めても、まだ残りは七人もいる。当然、こんな雑兵のような末端兵士でも、一線級の騎士の如き反応をするアヴァロンのアンデッド帝国騎士は、槍を構えてネルへと襲い掛かってきた。

 その一方で、サリエルはさっさと防衛線を通り過ぎて、そのまま走り去っていっているのだ。

「連携はパーティ戦闘の基礎であり、最高効率。出過ぎた真似はしないと、心得ている」

「それはどうも、ありがとうございます!」

 シレっと敵を押し付けたことを最適解だと信じて疑わないサリエルの言葉に、一理あるけどどこか納得のいかないネルは、自分に向かって繰り出される槍の穂先に自らの怒りをぶつけた。

「破ぁっ!」

 鋭い槍の突きを、さらに鋭いネルの貫手が迎え撃つ。

 古代の装備でありながら、新品同様の眩しい鋼の光沢を宿す切れ味抜群の穂先を、ネルの手に宿る白龍の爪が打ち砕く。

 アヴァロン国宝、『天空龍掌「蒼天」「紅夜」』。反射リフレクト吸収ドレインの能力を宿す最上級の武具であるが、たかが騎士一体を討つのに、白竜の力は不要。たとえ、ネルが素手であっても、結果は同じであったろう。

 槍の穂先とネルの指先がぶつかった瞬間、槍は粉々に砕け散り、彼女の突きはそのまま突き進んで容赦なく黒き騎士鎧、その最も分厚い胸部装甲へと突き刺さる。

 繰り出された貫手の破壊力だけでなく、そこからさらに魔力が流し込まれ、その結果、騎士は爆ぜた。手の刺さった箇所から、波紋が広がるように金属鎧が波打ち、次の瞬間には、上半身は完全に爆散したのだった。

「それでは、後はお任せしますからね!」

 ネルはこれで自分の役割は果たしたとばかりに、サリエルと同じように残りの騎士をスルーして駆け抜けた。

 これがパーティ戦闘での連携というのなら、後は仲間フィオナに丸投げである。

「まぁ、いいですけど」

 サリエルとネル、二人が交差の一瞬だけで実に半分もの騎士を倒したお蔭で、フィオナは特に何もせず通過できた。

 後は、最後尾の役目として、追撃の体勢に移行しつつある生き残り騎士の始末だけ。

「تبادل لاطلاق النار على نطاق واسع اللهب مشتعلا――『火炎放射イグニス・オーヴァブラスト』」

 フィオナは長杖スタッフ『アインズ・ブルーム』を一振り。自分の背後を火の海に変えてから、また元通りに走り始める。

 彼女にとって通路型の地形における、追いかけてくる敵への対処の基本がこれである。逃げ場のない閉鎖空間なのだから、ただ炎で満たせてやれば必中。大抵の敵は、これで片付く。

「……やりますね、フィオナさん」

「別に、普通ですけど」

 素っ気ないフィオナの返事に、やはりネルはどこか納得いかない複雑な感情を抱くのだった。

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