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黒の魔王  作者: 菱影代理
第29章:混沌の化身
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第570話 忘我の秘薬

 新陽の月14日。朝も早くから、アヴァロン王城内にひっそりと佇む秘密神殿『火の社』に、二人の客が訪れた。帝国学園の伝統と格式のあるセーラーとガクランに身を包んだ二人だが、共に真新しい包帯が巻かれているのが裾から覗く。

 セレーネでの激闘を征した、アヴァロンの第一王女ネル・ユリウス・エルロードと、十二貴族の筆頭アークライト家の長子セリス。

 いまだ傷も癒えきらぬ内に二人が顔を見せたというだけで、『火の社』の主、黒竜の巫女ベルクローゼンは、凡その事情を察した。

「――クロノの記憶を取り戻したようじゃな、ネル」

「はい、お蔭様で、ベル様」

 にこやかにほほ笑むネルを前に、ベルクローゼンは冷や汗を一筋流すのを許してしまう。物凄いプレッシャーであった。

「ふむ、今すぐ殴りかかってこんところを見るに、ネルも理解はしてくれておるようじゃが……」

「はい、察しはついていますが、それでも、ベル様の口から説明をいただかなければ、気が済まないという思いもあるのです」

「よかろう、ならば聞かせてしんぜよう。セリスに『忘我の秘薬』を持たせた真意をな」

 遡ること数か月前、クロノ生還の報を聞き、浮かれに浮かれたネルがスパーダへ思い人と再会すべく旅立とうとした前日のことである。

 ベルクローゼンは人づてを通して、ネルの付き人として選ばれたセリスを呼び出した。

「と言っても、そう複雑な事情ではない。クロノという男にネルが思いを抱いていることを教え、その上で、暴走せぬようしかと抑えること。そして、万が一の時、最後の手段として『忘我の秘薬』を託した」

『忘我の秘薬』は、ベルクローゼンが持つ古代の知識の断片から作り上げた魔法具マジックアイテムの一種である。水のような無色透明の液体だが、そこには名前の通りに、記憶を忘れさせる、という効果を有する。

 本来はつらい経験やトラウマから、『忘却』によって解放させるための、一種の精神安定剤。忘れたい記憶を強く思い描きながら、ごく少量の秘薬を嗅ぐことで、効果を表す。

 ネルは、愛する男であるクロノが他の女に奪われるというあまりにショッキングな事態に直面したために、発狂するほどの精神状態に陥った。そういったタイミングで使用すれば、自然、忘れさせる記憶は、その出来事の中心である。

 そして『忘我の秘薬』は見事に効果を発揮し、ネルの心から『クロノ』という最悪の元凶を隠すことに成功した。お姫様であるネルが正気を失い廃人か狂人となる、などという最悪の事態だけはベルクローゼンの一計によって回避されたのだ。

「その通りです。申し訳ありません、ネル姫様、巫女様、全ては私の不徳の致すところ。みすみす、『忘我の秘薬』を使わねばならぬ段階まで、事態の悪化を許してしまいました」

 セリスは鎮痛な面持ちで、頭を下げた。誰もが認める見事な謝罪の姿だが、ネルの視線から逃れているようにも見えるかもしれなかった。

「やはり、そうですか……そうですよね」

 はぁ、と多分に憂いの籠った息をついてから、ネルは激高するでもなく、ただ、静かに許しの言葉をセリスへと賜った。

「妾も帰還の際に、セリスから事情は聞いておる」

「お恥ずかしい話です……迂闊にも、邪悪な魔女の罠に嵌り、あんな無様を晒してしまうとは」

『忘我の秘薬』は、あくまで「忘れさせる」だけ。決して、記憶を消去しているワケではない。ふとした拍子で戻ったり、本人の強い意志によって、封じた記憶を呼び覚ますことがある。

 もし、ネルがあのまま一生クロノと顔を合わせることも、関わることもなければ、そのまま狂おしいほどの記憶を闇に葬ったまま、アヴァロン国民が抱くイメージ通りに理想のお姫様として生涯を過ごしたことであろう。身分に見合ったどこかの王子様と、政略結婚ではあっても互いの努力によって幸せなロイヤルファミリーを築いたに違いない。

「けれど、もういい、もういいのです。だって、うふふ、クロノくんが、会いに来てくれたんですから。私のことを思って、私を助けるために、遠いスパーダから駆けつけてくれた――ああ、これがきっと『運命』というものなのですね」

 あるいは、運命の歯車が狂ったのかもしれない。

 恍惚とした表情のネルを、ベルクローゼンもセリスも揃って「もうダメだコイツ、完全に手遅れだ」といった目で見てしまっている。

 しかし、ベルクローゼンは孫のように可愛い弟子を、セリスは敬愛すべき王族であり親友を、共に見放すことなどできはしない。二人は一瞬だけ目くばせをして、ささやかな抵抗を図る。

「しかしながら、ネル姫様……その、クロノ様はすでに恋人を定められているご様子。流石に、もうこれ以上、入り込む余地はないのでは」

 クロノの記憶を取り戻したというのなら、あの日の屈辱もまた思い出している。そう、フィオナ・ソレイユの堂々たる恋人宣言を。

「クロノくんは騙されているんです」

 これ以上ないほど、他人の恋心に水を差す発言を受けてもなお、ネルは微笑みながら言い放つ。

 セリスは咄嗟に、視線を逸らす。直視など、とてもできなかった。

「あの悪い魔女に、騙されているだけなんです。だから、私が助けてあげるんです。クロノくんが私を、助けてくれたように――」

 慈悲深き女神のように、穏やかな表情を浮かべるネルを前に、セリスはもう二の句が継げなかった。

「ネルよ、スパーダではクロノから突き放されたようじゃが……何故そうなったのか、お主はちゃんと理解しておるのか?」

「勿論です。私はあの時のことを、とても反省しています。ありがとうございます、ベル様。私が今、こうして自分の至らなさを省みることができるのも、『忘我の秘薬』によって落ち着く時間をいただけたから、だと思います」

 存外にネルの言い分がマトモなあたりが、かえって恐ろしい。恐ろしいが、ベルクローゼンはあえて聞いた。

「では、己の非を何と心得る」

「私の愛が足りませんでした」

 毅然とした表情で、ネルはそう言い切った。

「私の愛が足りなかったから、クロノくんは私の思いに気づいてくれなかったのです。だから、私がもっと、もっと、クロノくんのことを愛してあげないと、この思いは伝わらないのです!」

 などと、意味不明な供述をしており、という一節がベルクローゼンとセリスの頭に過った。

 突っ込みどころがありすぎる破綻した恋愛論理。しかし、あえては言うまい。細かいことを突っ突いても、ネルの気迫を前にすれば無駄だと知れる。

 ふぅー、と重苦しい溜息をついてから、この際だからベルクローゼンは言うことにした。

「ならば、もう告白でもすればいいじゃろう。言葉にせねば、思いは伝わらぬぞ」

「……え、えっ、ええーっ!? む、無理、無理です! こ、こ、こ、告白なんて、クロノくんに――無理ぃーっ! そんなのダメですぅーっ!!」

「うわあっ!? お、落ち着いてください、ネル姫さ――ぶふぅ!」

 混乱の極致に達して今にも暴れ出しそうなネルへ、慌てて止めに入ったセリスの顔面にバサバサしている翼がクリティカルヒットする。それでも必死に落ち着かせようと体を張るセリスに、ベルクローゼンは騎士の忠義を見た気がした。

「やれやれ、これは重傷、というより、もう致命傷じゃな」

 キャーキャー言ってるネルを見ながら、ベルクローゼンは深い後悔と共にそんなつぶやきを漏らす。

 ネルが恋煩いと見て、面白半分で前向きな恋愛レクチャーをしたことが、かえって仇となったかと。あの時点からしてすでに怪しかったが、それでも、ベルクローゼンはネルの心の清らかさを信じていた。なまじ、幼い頃から彼女と接し、その優しさを見続けてきたから。

 それが今や、かなりマズい方向性に重苦しい愛欲ばかりを伸ばし、それでいて、いざ本人に直接アタックするとなれば、初心も極まるこの有様。抱いた恋愛感情の深さと、実際の行動とに齟齬がありすぎる。

 この様子では、ネルがどこまでクロノという男の心を理解しているのかどうか、酷く怪しいところである。

「分かった分かった、物事は順番にじゃな、ネルよ。幸いにも、クロノは今、このアヴァロンで入院しているのじゃから、まずは見舞いから始めてみればよかろう」

「そ、そうですね! 私、クロノくんのお見舞いに行きます!」

「一人では不安じゃ、必ずセリスも同行させよ」

「ええっ!?」

 と、大袈裟に驚いてみせたのは、ネルではなく、何故かセリスであった。

「なんじゃ、何かあるのか? そなたもクロノと共にかの魔獣と戦った間柄、見舞いの一つでもするのが、筋というものであろう」

「そ、それは……そうですが……」

 急にソワソワと恥じらう乙女のようにセリスが身をすくませる。剣を握っているとは思えない、白く細い指先は何故か、しきりにふっくらとした己の唇をなぞっていた。

「よいか、ネル。そんなに告白するのが無理なら、それが出来るようになるまで、順当にクロノとの交流を深めてゆけ。決して、事を急いではならんぞ」

 ベルクローゼンもセリスも、ネルが拒絶されたあの時、クロノと二人きりでどういうやり取りがあったのかまでは知らない。ただ、その後、どうにもクロノとフィオナが睦み合っているシーンを覗き見てしまったことが、ネルの心を木端微塵に打ち砕くトドメとなったことは明らかだ。

 元より性的なことに疎いネルが、この一件によってさらに苦手、というより、触れればどんな大爆発が起きるか予測もつかない危険なモノと化しているか、分かったものではない。ベルクローゼンとしては、当面は性的なアレコレは全く切り離し、清らかな男女の友達付き合いというのを、クロノとして欲しいと切に願うより他はない。

 とりあえず、セリスという盾を一枚挟んでおけば、そうそう問題が起きることはないであろう。たとえクロノが、恋人がいても平気で他の女にアプローチをかけるような好色な男であったとしても、お姫様を守る騎士がいれば安易な手出しは控えざるをえない。

 そしてそれは、逆もまた然り。

 どちらの方から迫ったにせよ、望まない妊娠、などといった取り返しのつかない事態にさえ発展しなければ、王族ならばスキャンダルなどどうとでも揉み消せる。

「分かりました、それではベル様、行ってまいります!」

「うむ、行って参れ。そうじゃ、アヴァロンにいる内に、妾のところにもクロノを連れてくるがよい。これほどまでにネルを狂わせ――えふん、愛されるという色男の顔を、一目見せてくれ」

「はい、近い内に必ず、紹介します。それではセリス、行きますよ!」

「あっ、姫様、お待ちください、まだ心の準備が――」




「――こんにちは、クロノくん。お身体の具合は、どうですか?」

 白い翼を揺らし、穏やかな微笑みを浮かべる、麗しのお姫様――その姿は、どこまでも俺が知っているネルだった。

「もう手足は繋がってるから、大したことはない。後は黙って、完治を待つだけだ」

 平然とそんな答えをしてしまう自分を、ズルい、と思ってしまう。

 カオシックリムと戦った時は、非常時に過ぎない。個人的な因縁などは置いておき、持てる力の全てを結集させて対処するのは、合理的な判断だ。

 けれど、こうして戦いも終わり、平時となれば……俺は自ら一方的にネルを突き放したことを意識せねばならない。俺はまだ、彼女に対して何ら意思をあきらかにしていない。あの時は悪かった、と謝罪することもなければ、今でも根に持っているから友達ではいられない、と改めて突き放すこともしていない。

「そうですか、それは良かった……とは、素直には言えないです。クロノくんの、こんなに痛ましい姿を見るのは、とても心苦しいですから」

 ネルの顔は、どこまでも純粋に友人オレの身を案じているようにしか見えない。どんな女優でも、表情一つでここまで深い気遣いの感情を表すのは難しいだろう、というほどに、言葉以上に気持ちを感じさせる。

「別に、それほど傷が痛むワケでもないから、そんなに気にしないでくれ。激しい戦いだったからな、ちょっと長めの休暇だと思って、ゆっくりしているだけだから」

 それから、ひとまずは当たり障りのない会話を重ねた。

 まずは、カオシックリムの討伐が果たされたことで、お互いの無事を喜び合った。思えば、あの時初めて目にした『戦巫女』として戦うネルの実力を凄かったと言えば、それ以上の賞賛がネルとセリスの両方から返ってきて、かえって恥ずかしかったり。俺ほどではないが、まだ怪我の痕が包帯となって見える二人の具合を聞いてみたり。

 そういえば、倒したカオシックリムの死骸の配分はどうすると聞いたら、二人はあっけなく権利を手放し全て俺に譲ると言ってくれた。本当にいいのかと問えば、

「いえ、お金が欲しいワケではありませんし」

「それに、あんな邪悪なモンスターの素材を、自分の武具に使おうとも思わないので」

 めっちゃカオシックリム装備作る気満々だった俺を全否定するような回答もあったが、まぁ、そこは個人の趣味ということで。

 そんなワケで、醜い取り分争いなどが起こることもなく、話は和やかな雰囲気のまま進んだ。

 過酷な戦いを共に乗り越えた戦友と交わすには、当たり前の会話。けれど、それだけでも十分以上に話が弾んだ。

 気を利かせてくれたのか、サリエルが病室から姿を消していることに気づいたのは、しばらくしてからのことだった。

「――なぁ、ネル、スパーダで話したこと、覚えているか」

 俺は、自分から切り出すことにした。あの一件のことなど忘れたかのように、このまま仲良くお喋りできればどんなに楽か。

 けれど、あえて話すのは……誠実さ、というよりも、ケジメをつけておかないと罪悪感と後ろめたさで心が苦しいからというだけ。セリスの目があるのは気になるが、それでも、今このタイミングを逃したら、ずっと切りだせずにいてしまいそうになる。

 だから、言うなら今しかない。

「あ、あの、それは……私……」

 明るく穏やかなネルの雰囲気は一変。鈍い俺にだってはっきり分かるほど、その顔には動揺の色が表れる。

「謝らないでくれ。あの時、ネルが何を思っていたのかは、テレパシーのない俺には分からない……けれど、どう思われていたって、いいんだ。ネルに非はない」

 俺は心が張り裂けそうなほどショックを受けたが、所詮、それは俺個人の感情でしかない。

 ネルに恨みはない。どうして、俺のことを信じてくれなかった。今は、そんな勝手な思いを抱くこともない。

 いいんだ、信じてもらえなくても。

 俺はもう、フィオナに十分、癒してもらった。甘えさせてもらった。

 ネルが俺のことを心から信じてくれなくても、彼女を恨む気はない。

「俺も、あの時は冷静じゃいられなかった。いられるはずがない、けど、それでも落ち着いて話ができていれば、あんな酷い別れ方をせずに済んだはずだ……すまなかった」

 ほとんど力づくで追い出すような形だったからな。時間が過ぎた今だからこそ、アレはないだろうという反省もできる。

「クロノくんは悪くありません! あれは私が――」

「いいんだ。もう、いいんだ……ネル、俺はこうして、また普通に話ができて、正直なところ、心の底からホっとしてる」

 このまま流されそうになるくらい。あの時のことなど忘れてしまったかのように振る舞う、ネルの好意に甘えたままになりそうなほど。

 だからやっぱり、俺にはネルに対する恨みなんて、欠片も心の中には見当たらなかった。

「どっちも悪くない、どっちも悪かった。落としどころなんて、それこそどっちでもいい。俺はネルの友達でいたいから、ちゃんと仲直りがしておきたかった、と、思ったんだが……ダメか?」

 ああ、ちくしょう、微妙に最後が決まらなかった。今の俺、絶対に変な苦笑顔になってるぞこれ。

 でも、言いたいことは言った。

 あとは、俺が差し出した右手――は使えないので、左手を彼女がとってくれるかどうかで、全てが決まる。

 あ、そういえば左手の握手ってダメなんだっけ――

「く、クロノくぅーん!」

「うおっ!?」

 ネルは俺の差し出した左手を丸っきり無視して、そのまま体ごと飛び込んできた。

「私もっ! 仲直りしたかったです!」

「そ、そうか……それは良かった、ネル、ありがとう……くっ」

 晴れて友情関係を取り戻した喜ばしい瞬間のはずなのに、素直に喜べない自分が怨めしい。翼を広げて迫ってくるネルは、さながら獲物を定めたハヤブサが急降下するかの如き勢いだったため、俺は咄嗟に重傷の右手と右足を庇うように、左半身側で彼女を受け止められるようベッドの上でちょっと無理にでも体をよじった。

 そして、思いのほかに強い力でグイグイと抱きついて来るネルを、主に左側で、負傷箇所に負担のかからない不自然な体勢のせいで、少しばかり苦しい思いをしている。

 ええい、それもこれも、カオシックリムの野郎が悪いんだ。そういうことにしておこう。

「姫様、重症者を相手に、あまり激しい接触は控えてください」

 ナイスフォローだセリス。イケメンな上に空気も読めるとか、マジでイケメンだなお前。

「ああっ!? ご、ごめんなさい、クロノくん! 私、あまりに嬉しくて、つい……」

「いいから、早く離れてください姫様」

 どこまでも名残惜しそうにしながら、ネルはセリスに羽交い絞めにされて重症者オレから隔離されるのだった。

 それから、嬉しそうな半泣きで興奮するネルを俺とセリスの連携プレーでなだめすかして、ようやく落ち着いて話を再開できる雰囲気に戻った。

 ネルとの会話はさらに弾む。胸の内に巣食う大きなわだかまりが解消されたお蔭で、俺は今、心から笑って話していられるのだ。

「――姫様、そろそろお時間です」

 ええー、と子供のように不満げな声をあげるネル。けれど、気づけば窓は夕暮れで赤く染まったアヴァロンの街並みが映っており、面会終了時間が近いことは明らかであった。

「クロノくん、明日、来てもいいですか?」

「ああ、どうせ退屈しているから、いつでも来てくれよ。足が治るまではどこにも出歩けないしな」

 車椅子で神殿のやたら豪華な庭を散歩するのがせいぜいだ。まぁ、それにしたって、俺のような大男が乗った車椅子を、あの小柄なサリエルに押させているもんだから、他の入院患者からは奇異の視線で見られてしまうのが心苦しい。

「あっ、もし私が車椅子を押せたら、お出かけしてもいいですかっ!? クロノくんと、二人で!」

「いえ、姫様にそのようなことはさせられません。必ず私も同伴いたしますので」

「まぁ、外出は特に制限されてないから、別に大丈夫だと思うが……遠くまで行くと、迷惑かけるだろうし、遠慮するよ」

「その心配は無用です。私の能力なら男一人程度の重量を抱えてアヴァロンを一周しても、さしたる労力はかかりません」

 自信満々なセリスの力自慢。もしかして、重力操作の能力で軽くできるからか。いや、魔法剣士のセリスなら純粋な腕力だけで、百キロ級のモノを軽々と持ち運びできるだろう。なんなら、ネルに『腕力強化フォルス・ブースト』をかけてもらってもいいし。

「うーん、そこまで言われると、お言葉に甘えようかな。ずっと病室で寝てると、本当に暇でしょうがなくて」

「はい! 私がアヴァロンをクロノくんに案内しますね!」

「それがよろしいかと。巫女様との約束も早々に果たせそうですね」

「あっ、そうですね、ベル様にも紹介しないといけませんよね、私のクロノくんを……」

「何だ、誰か会わせたい人でもいるのか?」

「はい、私の『戦巫女』としての師匠、みたいな方といえばいいでしょうか」

 なるほど、それはちょっと気になるな。あの完成された治癒術士プリーストクラスのネルに、カオシックリムと真正面から殴り合いできる超絶格闘能力を教えた師匠という人は。

 どんな人なのだろう。レオンハルト王のような筋肉モリモリマッチョマンのタフガイか、仙人みたいな浮世離れした爺さんなのか。いや、巫女だから女性なのか。

 まぁいい、会った時のお楽しみということで。

「では、今日はこれで失礼します……えっと、クロノ」

「ああ、またな、セリス」

 まだ呼び慣れないのか、ちょっと恥ずかしそうに俺の名を呼び捨てにするセリスが、男のくせにやけに乙女チックで可愛らしい。まさか、そっちの気があるだとか……いや、ないな。セリスにはファルキウスみたいな、本能的な身の危険を感じさせる雰囲気というものが皆無だし。

「クロノくん、また明日――」

 ネルは遠足を明日に控えた小学生みたいに期待に満ちたキラキラ笑顔で、病室を後にしていった。

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[一言] なぜだろう。黒の魔王を読んでから俺の中にあるBLの気が呼び起こされた気がする…
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