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黒の魔王  作者: 菱影代理
第29章:混沌の化身
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第561話 セレーネの大灯台

 新陽の月10日。現地へ到着してから、何事もなく静かに時が過ぎ去っていく。実はもう、大灯台にカオシックリムはいないんじゃないのか、と思うくらい何もなかった。

 一応、魔力の感知や透視などの魔法を用いて、カオシックリムの姿はアヴァロン軍が正確に補足し続けている。

 奴は不気味なほどの沈黙を守りながら、ただじっと、大灯台の最上階へとひきこもり続けているのみだった。

「マスター、どうぞ」

「ああ、悪いな」

 今日も静かな大灯台を見上げていると、サリエルがコーヒーをくれた。すでにミルクと砂糖が適量に投入された、カフェオレである。

 クエスト先でも甲斐甲斐しく給仕をするサリエルをみると、自分が冒険者としてちょっと堕落しているような気がしてくる。流石にサリエルもメイド服は着ていないが……エプロンはつけている。

 サリエルの装備はいつもの修道服に、その下に例の淫魔鎧プリムメイルを着込む形に落ち着いている。だから、見た目的には何の問題もない。

「フィオナ様、おかわりです」

 広げた本から目を離さずに、俺のより一回りはデカいマグカップになみなみと注がれたブラックコーヒーをフィオナは受け取る。

 攻撃開始となるのは明日だから、この五日間は俺達も黙って待ち続けるより他はなかった。周辺の探索やある程度の情報収集も、到着初日であらかた終えている。暇を持て余したフィオナは、基本的に持ち込んだ本を読んで過ごしていた。

「クリスティーナ様も、どうぞ」

「ありがとうですわ」

 そして、俺達がキャンプを張っているところに、当たり前のようにアヴァロンの竜騎士にして呪いの武器マニアのお嬢様、クリスティーナがいる。

「おい、クリス。仕事はいいのかよ」

「今日は非番なのですわ」

「昨日もそう言ってなかったか?」

「今日も非番なのですわー」

 どこまでも怠けたことを言いながら、コーヒーをズズズとすするクリス。コイツもすっかり、コーヒーの味に慣れている。

 そもそも何故、彼女が俺達のパーティメンバーであるかのように堂々と居座っているのかといえば、他でもない、『暴君の鎧マクシミリアン』があるからだ。

 またしても抱き着かれては堪ったもんじゃないので、鎧は着ていない。

「ひゃん!? そ、そこは触っちゃダメですぅー!」

「ふへへ、よいではないですか、よろしいではないですかぁー」

 代わりに、ヒツギを入れて自立行動させている『暴君の鎧マクシミリアン』に、クリスティーナを抱き着かせている。憧れの鎧と思う存分に触れ合えるということで、彼女は毎日、俺達のキャンプ地へと通い、鎧とじゃれあって一日を過ごしている。

 こうも毎日、顔を合わせれば嫌でも打ち解けてくるってものだ。今では俺も「クリス」と愛称で呼んでいる。

 最初に抱き着かれた時は少しばかり揉めはしたものの、フィオナは俺にさえ絡まなければ、クリスのことは基本的に放置である。彼女を止める者は、誰もいなかった。というか、ずっと遊び続けているクリスを、竜騎士団の人は誰か止めに来いよ。

 見上げれば、今日も頭上をビュンビュン飛んで行くお仲間の姿が見える。もしかしてクリス、もうクビになってるんじゃないのか。

「なぁ、クリス、ヤツは本当に灯台の中にいるのか?」

「ええ、今日も特に動きはみられませんことよ」

 俺がクリスを無碍に追い返さないのは、彼女が色々とアヴァロン軍が持つ情報を教えてくれるからだ。ある程度のことは冒険者向けに伝えられるアナウンスでも分かるが、やはり実際に騎士から聞けるとなると、情報量には雲泥の差がある。流石に機密を漏らすほどウッカリさんではないだろうが。

「ダミーってことはないのか?」

「あれほど巨大な反応を偽装することは難しいですわ。それに、こちらも素人ではなくってよ」

 たとえスライムの分身体を作ろうが、プレデターコートのように姿を消そうが、それらの擬装を見抜く手段もまた、アヴァロン軍は持っている。まして、ここには装備も人員も整っているのだから、万が一にも見逃すことはない。

「クロノ様こそ、準備はよろしくて?」

「お前が俺の鎧を離してくれれば、戦闘準備は完了だ」

「それは無理な相談ですわねぇ、おぉーほっほっほ!」

「ご主人様ぁー! もうこの変な人の相手はイヤですぅー!!」

「今日一日の辛抱だ。我慢しろ」

 クリスのことは高貴なお客人だと思って、頑張って接待してくれよ。俺は面倒な奴の対応を優秀なメイドに丸投げできて、気楽なもんだ。

「ところで、騎士選抜の決勝戦には、クロノ様の母校たる王立スパーダ神学校が勝ち上がってきたと小耳に挟みましたわ」

 母校、とは正しい表現だが、まだ耳に馴染まないな。卒業してから一週間も経ってないし。

「ああ、新聞でもデカデカと書いてあるぞ」

 俺も商人からアヴァロンの新聞くらいは買って読む暇つぶし、もとい、情報収集はしている。ここのところ毎日、一面には騎士選抜の試合結果が事細かに書かれているのだから、興味がなくても目に入る。

「相手は、ネル姫様の帝国学園だろ」

 アヴァロンで最も由緒正しい学校。ミアちゃんも通っていたとか……今度、聞いてみようかな。

「ええ、随分と勇ましい戦いぶりだとか」

「……みたいだな」

 信じがたいことに、新聞にはネルの圧倒的な連戦連勝ぶりが派手に書き立てられている。このテの記事には誇張されるものだが、紛れもない事実として、これまで戦った相手を全て一撃で倒しているという。

 アヴァロン史上最強の姫君、だとか大袈裟な見出しが目立つが、ネルの強さに偽りはないらしい。

俺にとってのネルは、普通に治癒術士プリーストのイメージしか持てない。魔眼でやられた右腕を回復したり、グリードゴアのプラズマブレスを凌いだりと、凄い魔法の力を持ってはいるが、イコールで戦闘力と結びつかないのだ。

 あの日、新たに戦巫女としてクラスチェンジして、色々と修行もしたと話には聞いたが……こんな風に新聞記事にまでなっていると、その力がどれほどのものか、気になって仕方がない。

「今年も生徒会長のアークライトさんがチームを率いて連覇に挑む、かと思っておりましたが……帝国学園は、今やネル姫様の忠実な騎士団も同然。ついにネル姫様も、姫君としての器量をお示しになられたようですわね」

 今やもう、ネルは雲の上の人。騎士選抜でもこれだけ活躍し、ただでさえ高かった人気が、より一層に高まっているらしい。

「ああ、そうだな……いつまでも、ただの学生じゃいられないからな」

 最悪な部類に入る別れ方をしたが、俺は決して彼女を嫌っているわけではない。

 ネルが立派にお姫様としての道を歩んでいるならば、これほど喜ばしいことはない。だから、胸の奥をチクリと刺すような寂しさや悲しみといった感情は、ただのくだらない感傷だ。

「学生であったからこそ、クロノ様もネル姫様と親しくなされていた……そういうこと、ですわよね」

「全く、その通りだよ。っていうか、お前、呪物剣闘大会カースカーニバルの時、絶対に変な勘違いしてただろ」

「誤解するな、という方が無理なお話ですわん」

 おっほっほっほ、と少年少女の甘酸っぱい恋愛劇を嘲笑うような趣味の悪い笑い声をあげるクリスが、少しばかり腹立たしい。おのれ、『暴君の鎧マクシミリアン』を取り上げるぞ。

「別に、俺とネルの間には、特に何もなかったからな」

「分かっておりますわ。ええ、私はちゃぁーんと、分かっておりますわぁー」

 ちっ、コイツめ、俺がフラれたと思ってやがる。

 まぁいい、実際のところ、ただフラれたよりも悲惨な終わり方だったしな。身の程知らずで玉砕した、という方がずっとマシだ。

 それに、クリスが勘違いをしているからこそ、こうして俺と呑気に雑談していられるのだ。本気でネル姫様を狙う浅ましい不届き者、と断じられれば、乱入された時のように敵意のみをもってあたられるだろう。それはクリスでなくとも、王家に仕えるアヴァロン騎士ならば当然の対応だ。

「ったく、それならお前はどうなんだよ」

 見ろ、俺にはフィオナという立派な恋人がいる。今は読書に夢中で、彼氏のことなど完全放置だが、それでもラブラブバカップルなのだ。そのはずだ。そうだよな? 結構、イチャついてる気がするし。

「へっ、わ、私ですか?」

「ああ、浮いた話の一つや二つ、ないのかよ」

 まぁ、とっくに帝国学園を卒業して竜騎士になったクリスなら、その年齢を推察するに、結婚していてもおかしくない。見た目は普通に美少女だし。

「そ、そ、そのような話、この私には……ま、まぁ、今はこれといってありませんわね」

「今は、って……もしかして、そのテの話には全く無縁だったんじゃないのか?」

「し、失礼ですわね! このクリスティーナ・ダムド・スパイラルホーン、学生時代には帝国学園の黒薔薇と呼ばれ、来る日も来る日も殿方のお誘いをあしらうのに、それはもう、苦労したものですわん」

「えー、なんか嘘くさいなー」

「う、嘘なんかじゃございませんことよ! 処女を賭けてもいいですわっ!!」

「えっ……そ、そうか、いや、何か、ごめん」

 クリス、ちょっと涙目。いかん、調子の乗って突っ込み過ぎたか。

 よよよ、と涙を目の端にちょちょぎらせて、『暴君の鎧マクシミリアン』の逞しい胸部装甲を借りて顔を埋めるその姿は、正に傷ついた乙女らしい。

「いいのですわ……私には、この『暴君の鎧マクシミリアン』がおりますの」

「いや、俺のだからソレ」

 勝手に自分のモノにしようとするな。

「はぁ、大方、呪いの武器集めに熱中しすぎたんじゃ――」

「マスター」

 と、全く気配を感じさせずに、俺のすぐ背後からお声がかかった。

「何だ、サリエル」

 即答はない。ただ、彼女はゆっくりと天を指差すように、セレーネの大灯台の天辺を示した。

「動きます」

 瞬間、俺の第六感が強大な魔力の気配を察知する。これは、気配というよりも、巨大なうねりのような――

「クロノさん」

「ああ、戦闘準備だ。野郎、何か仕掛けてくるぞ」

 本を放り出しては、杖を片手に飛び起きるフィオナ。サリエルはすでに、右手にどこからか取り出した『反逆十字リベリオンクロス』を携えている。

 異常な魔力の気配は、セレーネの大灯台の天辺から発せられている。これまで沈黙を守り続けていたカオシックリムが、ついに動き出したに違いない。

「来い、ヒツギ!」

「はーい、ご主人様、ただいまーっ!!」

 能天気な声をあげるのは、この場においてはヒツギだけ。『暴君の鎧マクシミリアン』はまとわりつくクリスを放り出し、俺の元へ即座にはせ参じる。

 一方、放り出されたクリスも、間抜けのように転ぶことはせず、一目散に傍らに止めておいた自らの飛竜へと駆けだしていた。

「これは、何やら異様な気配がしますわ! クロノ様も、お気を付けあそばせ!!」

「ああ、そっちもな」

 バサリ、と力強い羽ばたきで突風を巻き起こして、竜騎士クリスが離陸すると、すでに、周囲も異常なほどの魔力の高まりに、何事かと慌ただしく動き始めているようだった。

「一体、これは何なんだ……前に見たアイツの魔力は、ここまでではなかったはずだが」

 プライドジェム討伐の際に、カオシックリムとは一発だけだが戦いはした。奴の魔力の気配は、これまでに見えたどんなモンスターよりも、膨大で、重苦しいものだったが……いくらなんでも、こんな山を丸ごと震わすような圧力はないはず。

 これはまるで、強力な一体のモンスターが発するというより、山そのものが魔力をみなぎらせているようだ。

「これは、間違いなく地脈が活性化しています。サリエル、何か分かりましたか?」

「はい」

 と答えたサリエルは、地面に耳をつけるような格好から立ち上がって言った。

「地脈を流れる魔力が、大灯台へ収束されています。最上階に龍穴の魔力を集め、利用する何らかの古代魔法装置があると推測される」

「おいおい、そんなモンがあるなんて、聞いてないぞ」

 あるのだったら、有名になっている。このセレーネの大灯台は、入り口から屋根まで調べ尽くされ、古代の遺物は何も残ってはいない。だからこそ、低ランクモンスターだけが出入りする、新人冒険者向けの温いダンジョンとして利用され続けているのだ。

「これまで発見されなかった、あるいは、完全に壊れていると思われていたのでしょう」

「それを、モンスターが起動させたってのか?」

「信じがたいことですが」

 流石のフィオナも、驚いたように冷や汗を一筋流しながら、大灯台を見上げる。

 その視線の先には、古の灯台が何千年もの時を経て、ようやく自分の役割を思い出したかのように、眩いが光が天辺に灯り始めていた。

「……カオシックリムの頭には、スロウスギルの片割れがいるはずだ。強力な寄生パラサイト能力を持つアイツなら、古代のシステムにアクセスできるのかもしれない」

 リリィはテレパシーを使うことで、あのタウルスのコントロールを奪ってみせた。初めて触るはずの、古代技術の塊を簡単に操ったのだ。スロウスギルも、同じように大灯台の装置を操作したのだろう。

 少なくとも、カオシックリムがこれまで誰も発見できなかった隠された電源スイッチを踏んづけて、偶然オンにしてしまった、と考えるよりは可能性がある。

「なるほど……それで、どうします、クロノさん?」

「どうするったって、これ、もう止まりそうにないぞ」

 大灯台は加速度的にその輝きを増してゆき、とうとう、ただ光るだけでなく、バリバリと紫電を放出し始めた。

 それと連動するように、灯台の壁面に、俄かに鮮やかな紫色の文様が浮かび上がる。『首断』や『暴君の鎧マクシミリアン』の表面に走る真紅のラインの同じように、それは濃密な魔力の気配を放ちながら、煌々と輝きを発していた。

「吸収した地脈の魔力が、塔の中で雷の原色魔力へと変換されている」

 サリエルが見た目通りの説明をしてくれる。だが、俺よりも優れた第六感を持つ彼女には、ソレが確信をもっていえるほど、明確に感じ取れるのだろう。

「クロノさん、私、これと似たようなモノを、つい最近、見たことあるんですけど」

「奇遇だな、俺もだ」

 灯台の頂点で収束されてゆく、莫大な雷の力。それを一体、何に使おうというのか。まさか、古代人はこの尋常ならざる雷属性で、海を照らす巨大な電球を光らせようとしたはずがあるまい。

 全く、誰だよ、これを大灯台って名付けた奴は。似たようなモノが、すぐ隣の国にあるというのに。

 コイツはただの、大きな灯台などではない。

「戦塔ファロスと同じ、古代の砲台だったのかよ」

 ガラハド要塞を守る、スパーダの誇る秘密兵器。タウルスさえ一撃で大破せしめる、超威力の魔力大砲。それが、戦塔ファロスだ。

 そして、このセレーネの大灯台、改め、セレーネの大砲台は、スパーダの戦塔よりも、倍するほどの高さを備えていた。

「ちくしょう、この威力は、どうにもならねぇぞ……」

 ささやかな人の力を嘲笑うかのように、莫大なエネルギーを収束させた魔力砲が、次の瞬間に、解き放たれた。世界の全てを、眩い光に包み込んで――

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― 新着の感想 ―
[気になる点] クロノとネルの今後の関係がとても気になりました。
[一言] 良いか悪いかじゃなくて愚かで弱いから負けてるんでしょ 賢ければ都合よく騙されて発情しないし、強ければ言い負かされず張り合えるんだから
[良い点] 暴君の鎧を愛でに来るクリスに和みました。 [気になる点] クロノとネルが結ばれずやきもきしていましたが、まだまだ先になりそうです。
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