第560話 地脈と龍穴
新陽の月5日、昼過ぎ。俺達は騎士選抜で湧く街を通り抜け、カオシックリオムの包囲網が敷かれるセレーネの大灯台へとたどり着いた。
戦場のような緊張感をもって警戒しているアヴァロン騎士に、クエストの依頼書を見せるとすぐに中へ通される。スパーダ軍は赤を基調とした装備だが、アヴァロンは白のイメージカラーであるようだ。ちょっと十字軍っぽい、とつい思ってしまう。
よく見れば、奴らとはデザインの異なる鎧兜だから、そこまで似ているというほどでもないけど。
アヴァロン軍の包囲網は、大会の開催を許すだけあって慢心しているのかという懸念もあったが、見る限りでは厳重その物。例の土魔術士による逃走防止用の結界を張っているところも見たし、それ以外にも、城壁のように物理的に移動を防ぐ光の結界など、幾重にも固い封鎖がなされていた。
カオシックリムの戦闘力を考慮してか、装備の貧弱な一般兵卒みたいな者はほとんどおらず、警備で歩き回る騎士さえ、全身を守る鎧兜を装着している。恐らく、エリートだけを選りすぐって動員しているのだろう。
さらには、地上からの強行突破も許さぬよう、空中に竜騎兵の影もちらほら――なんて見上げていると、不意に、頭上を飛び交う影の一つが急接近してきた。
「お待ちなさい、そこな道行く黒騎士さん!」
バサリ、と飛竜が力強く羽ばたく風圧で激しい土埃が舞い上がる。急降下からそのまま着地してきたから、凄い勢いだ。
「――おい、いきなり何だ」
「禍々しき黒き邪気を感じ取り、参上いたしましたわ。私の名はクリスティーナ。アヴァロン貴族にして栄光の第一竜騎兵隊『ドラゴンハート』が副隊長、クリスティーナ・ダムド・スパイラルホーンですわっ!!」
ふんす、とドラゴンの上でふんぞりかえる、見事な金髪縦ロールにゴツい黒の全身鎧を着込んだ姿に、俺は確かな見覚えがある。というか、こんな派手な人物、そうそう忘れられない。
「アンタは確か、『呪物剣闘大会』で乱入してきた……」
「あら、私のことをご存知ですの、黒騎士さん?」
そういえば、兜をつけっぱなしだから、顔が分からないのか。
俺が『呪物剣闘大会』で呪いの魔眼ことサイードを倒した後、右腕をネルに治療してもらってさぁ退場、ってところで乱入してきては、速攻でネルに追い返されただけの顔合わせだったから、俺の顔を見ても思い出されない可能性はあるが。
「兜解放」
「んまっ!? そ、その顔は――」
「俺のこと、覚えていたか」
「黒き悪夢の狂戦士っ!!」
「名前で呼べよ」
その仇名に慣れてきた気もしたけど、ウィルとファルキウスがプレゼントしてくれた、俺の超ヤバいバーサーカーイメージで描かれた絵を見てから、やっぱりコレはないな、と思い直したところなんだ。
「なるほど、よく見れば、そちらの方は『エレメントマスター』の魔女、フィオナ・ソレイユさん。それに、貴方の後ろにいるのは……」
「何だ、顔を知ってるのか?」
「私もガラハド戦争には参上つかまつりましてよ」
そういえば、アヴァロンからの援軍は竜騎士団だったな。彼女の所属する騎士団だったか。
「話は聞いているか?」
「勿論。レオンハルト陛下がお認めになられた以上、私に口出しする権利はありませんことよ」
「ってことは、サリエルのことでケチをつけにきたってワケじゃなさそうだな」
ちょっと一安心である。ここはスパーダではなくアヴァロンだから、揉め事を起こしても顔が利かなそうなのだ。特にサリエル関係は国家が関わるくらいデカい問題になりかねない。レオンハルト王の後ろ盾がなければ、俺の立場は危ういだろう。
「しかし、マジで何の用なんだ」
俺に思い当たる節は何もない。
「ハっ! そうでしたわね。黒き悪夢の狂戦士、貴方が身に纏っているのは、もしや……『暴君の鎧』ではありませんことっ!」
だから、名前で呼べよ。
「確かに、コレは『暴君の鎧』だが、それがどうかしたか?」
「ああ、嗚呼っ! なんてこと、あのヴィッセンドルフ辺境伯が秘蔵する最高級の呪われし鎧……それが何故、貴方の元に!」
「モルドレッドからもらった、っていうか、買った。二億クランでな」
「きぃいいいいい! 悔しい、悔しいですわっ! 私も欲しかったのにぃいいいい!!」
少女マンガの悪役令嬢みたいに、真っ白なハンカチを噛みしめて悔しさを露わにするクリスティーナ嬢。この人、マジで金髪縦ロールだから、似合うなんてもんじゃない。思わず感心するくらい、雰囲気抜群だ。
「もしかして、呪いの武器マニアなのか?」
「もしかしなくてもマニアですわっ! 私はいずれ、このアヴァロンに『呪いの女王』の二つ名を轟かせるほどの、一大コレクターになるのですから!」
嫌な仇名を広めることを人生の目標にする人はちょっと……
「そう、貴方と同じように」
「いや、俺は別にマニアじゃないけど……まぁ、集めていることは否定しない」
だって強いんだもん。一度使えば、もう手離せない。そんなレベルの強さと使い心地である。何より、使い続ければ愛着も湧く。みんな可愛い、良い子だよ。
「それで、この『暴君の鎧』がそんなに気になるのか?」
「勿論ですわ! その鎧はこれまで誰にも使いこなせなかった、究極の曰くがついた一品……それを扱う者が、一体どのような人物なのか、私、確認せずにはいられませんでしたの」
なるほど、それで文字通りにすっ飛んできたってワケか。
「納得はしてもらえたか?」
「ガラハド戦争での戦いぶりは、私も存じておりますの。黒き悪夢の狂戦士の二つ名に恥じぬ、見事な戦働きですわ。そして今、『暴君の鎧』を身に纏い、平然としているところを見れば、認めざるをえませんわね」
そいつはどうも。
これで、お前にその鎧は相応しくない! 決闘だ! とか言われたら、どうしようかと思った。一応この人、貴族らしいし、適当にあしらうのも難しいだろう。
「『暴君の鎧』はいい鎧だ。今までは大事に飾られていただけかもしれないが、これからは全ての性能を引きだして戦ってもらう……といっても、俺もまだまだ、コイツを扱い切れていないんだけどな」
「強さの底が知れないとは、何と素敵なことなのでしょう」
ウットリと呪いの強さに思いをはせているお嬢様。本当に好きなんだな。よくこれで、今まで呪いに狂わなかったもんだ。
「じゃあ、そういうワケだから、俺達はもう行くぞ」
「ああっ、お待ちになって! 少しでいいから、その鎧に触らせてくださいまし!」
「えっ」
触るってなんだよ。
「辺境伯の宝物庫で展示されていた頃では、指一本触れられない厳重な管理下におかれていましたの。夢にまで見た憧れの『暴君の鎧』……私、子供の頃から、どうしても触ってみたかったのですわ!」
子供の頃にコイツを見て憧れるとは、筋金入りだな。まぁ、俺もこの禍々しい髑髏モチーフの鎧をみれば「うわっ、何コレ、超カッコいい!?」と夢中になっただろうが。俺はヒーローよりも、悪役の方がデザイン的には好きだったし。
だから、もし十年前の俺が、今の俺の姿を見れば、あまりに理想的すぎるカッコいい自分の姿に、未来に対する希望で胸がいっぱいになるかもしれないな。実際は、苦しいことばっかりなんだけど。
「分かった、そこまでいうなら、少しくらいはいいぞ」
「ありがとうございますわ!」
幼い頃からの夢とまでいわれてしまっては、断れないだろう人として。それに、呪いを制御しきっている今なら、誰が触っても安全だし、何かが減るもんでもないし。
「……クロノさん、いいんですか?」
「これくらいは、許してくれよ。同好の士みたいなものだし」
フィオナがそこはかとなく不満そうな雰囲気を漂わせているが、そこまで強く拒否れるほどでもないようだ。
恋人として、この三ヶ月ほどフィオナと付き合ってきた結果、彼女も人並みに嫉妬深いことくらいは流石の俺も気づいた。あまりこのテのことには無関心そうなフィオナだけど、俺が露骨に他の美人や美少女に見惚れたりすれば、普通に気を悪くするだろうというのは想像がつく。
まぁ、クリスティーナは俺自身に魅力を感じて近づいているワケではないから、嫉妬する必要性もないってことだ。
「なんて、暗く、重い……途轍もない、呪いの気配を感じますわ」
いそいそと飛竜から下り、俺の前までやってきたクリスティーナは、心なしかハァハァしている。憧れ、だそうだから、興奮するのも致し方ないだろう。
俺も触らせてあげやすいように、とりあえずメリーから下りた。
あらためてクリスティーナを前にすると、その重厚な鎧姿に反して、思いのほか小柄なことに気づく。サリエルより少し背が高いくらい。
「ほら、どこでも好きに触れ――兜装着」
再び兜を被り、俺の体は完全に鎧に覆い尽くされる。今の状態は、もしまかりまちがって股間を触られたとしても、装甲に阻まれ肉体的には何も感じない。文字通り、どこを触られても平気な状態である。
といっても、せいぜい胸部装甲をペタペタ触るくらいだろうけど――
「こ、これは……辛抱溜まりませんわぁーっ!!」
「うわっ!? ちょっと、おい!?」
ガキーン! という金属同士がぶつかり合う音が響く。クリスティーナは触るどころか、思い切り抱き着いてきたのだ。
俺の鎧と、彼女の鎧、互いによく似た黒き装甲が激しくぶつかる。ちょっと火花散ってるぞ。
「この感触!? やはり、純正暗黒物質の装甲! この色、艶、なんて硬くて逞しい、おぞましいほどに美しいですわん!!」
「何で抱き着いてんだよ! ちょっと離れろ!」
「……クロノさん」
兜のディスプレイが、ビカビカ光る真っ赤な古代文字で危険警告を点灯させる。虚しく危険を知らせるだけで、ヒツギもミリアも、こういう時だけはだんまりだ。
「これは、どういうことですか」
どうもこうも、俺が知りたいよ。でも、俺には逆ギレできるほどの勇気はないし、ここでクリスティーナを無慈悲に突き飛ばす冷酷さも持てない。
だから結局、俺にはこう言うより他はなかった。
「待て、フィオナ! 違う、これは誤解だ――」
「ふぅ、やれやれ……」
などと、俺は精一杯の余裕を演じながら、キャンプの設営を始める。
問題の元凶となったクリスティーナはとりえずあの場を去り、空中警戒へと戻っていった。フィオナとサリエルの二人は、大灯台の周辺調査と情報収集へと出かけている。残った俺は一人で準備というワケだ。
カオシックリムへの攻撃は11日だから、あと五日間はここで過ごさなければならない。まぁ、ここは人里離れたダンジョンの奥地ではないから、普段の野営よりも遥かに楽なものだ。アヴァロン軍が駐留しているから、自分達でモンスターの襲撃を警戒する必要性もないし、物資もすぐに手に入る。街も近いから、セレーネの商人が結構な人数、出入りしている。欲しければ酒も女も手に入るだろう。勿論、俺は冗談でも女など買うわけにはいかない。辺り一面、火の海になりそうだ。
「……ああいう時のフィオナは、ちょっと怖いんだよな」
フィオナは怒ると怖い。それは前から知ってたけど、こう、いかにも恋人らしい理由で怒らせてしまった時、どういう怒り方をするのか、というのはつい最近になって知ったことだ。
そう、俺がサリエルの首輪を締めている時のことである。
アレで俺は思い知った。なるほど、フィオナに浮気を疑われると、こんなことになるのかと。あのサリエル首輪事件も、今回のクリスティーナ抱き着きテロも、根っこは同じ。
そんな時にフィオナがどういう風に怒るのかといえば……襲うのだ。
それは罵詈雑言に殴る蹴るの暴行、さらに絶大な火力を生かした炎の魔法で――ということではない。フィオナは俺に対して攻撃的な行動は一切しない。フレンドリーファイアはするけど。
ともかく、フィオナが襲ってくる、というのは、まぁ、性的な意味でというか、何というか……さっきも、クリスティーナを引きはがすと同時に、そのまま俺を押し倒しそうになってたし。
流石にこんな場所で致すワケにもいかないので、とりあえずさっきはどうにかこうにかなだめすかして、事なきを得た。
けれど、サリエルの時はそういうワケにもいかなかった。あまりの勢いに俺はあっけなく押し切られ、リビングのソファでそのまま……まぁ、すんでのところでサリエルに退室命令を叫ぶことはできたから、目の前でやらかすことはなかったが。というか、お前も空気読んで早く出て行けよ。
「はぁ……」
ともかく、ああいう時のフィオナは恐ろしい。どうにも、俺はあそこまで強く迫られると断りきれない。逆らえない、というべきか。
怒っている、嫉妬している、ってのは言われなくても分かる。でも、何というか、それ以外にも、こう、感じるところがあるのだ。俺を離さないよう必死、みたいな感じ、だろうか……まぁ、ただの勘違いかもしれないが、それでも、俺がそういう風に感じてしまったら、もう、突き飛ばして拒絶することなどできない。
あるいは、そうすることを俺が恐れているのかもしれない。力づくで拒絶してしまえば、フィオナも、リリィのようにいなくなってしまうのではないか。そんな、情けない恐れだ。
「俺が愛しているのはお前だけ、絶対に離さない……なんて、カッコよく言えればいいんだが」
それを真面目に言い切るには、恋愛初心者な俺にとって難度が高すぎる。上手く伝えられない、彼女の不安を取り除くことができないとは、何とも情けない話だが。
「――ただいまです」
恋愛についてグルグルと悩んでいる内に、それなりの時間が経ったのだろう。フィオナとサリエルが戻ってきた。
浮ついた恋愛感情は一旦、脇に置いておいて、俺は気を取り直して真面目にフィオナへと聞く。
「それで、どうだった? 何か異常は」
「周辺は綺麗にモンスターも駆除されており、警備の体勢も万全に見えました。やはり、カオシックリムは大灯台の最上階で追い詰められているようで、異常は特にありません。ただ、気になることが一つだけ」
「何だ?」
「このセレーネの大灯台は、龍穴の真上に建てられているようです」
「龍穴って、地脈の合流地点のことだっけ」
この世界には魔力の通り道である地脈というものがある。星そのものを一つの生命体とすれば、地脈は血管か神経のようなものだろう。
地脈は大地を縦横無尽に走っており、そこが通る場所は他の何もない場所と比べて魔力の密度が濃い。地脈が太ければ、より濃密になるし、さらに、複数の地脈が合流するポイントなどは、凄まじい魔力密度となる。
その合流地点のことを、龍穴というのだ。
古代より、絶大な魔力に満ちる特殊な地点には強力なドラゴンが棲む、という伝説になぞらえ、龍の穴と書いて『龍穴』と呼ばれる。実際、現在でもパンドラ大陸で有名な龍穴にドラゴン、あるいはそれに準ずる強力なモンスターが棲んでいることが確認されている。
溢れるほどの魔力は、非常に特別な環境となる。特に巨大な龍穴は、地方によっては聖地や聖域などと呼ばれて神聖視されたりもする、特殊な場所として扱われる。
実はスパーダやアヴァロンなどの都市国家の首都がおかれている場所も、あえて龍穴を選んでいるのだという。龍穴は一種のパワースポットみたいなものだから、そこを街にすると栄える、みたいな言い伝えやら占いやらは、有名だ。
まぁ、全て神学校の授業での受け売りだが。
「ここの龍穴って、そんなにデカいのか?」
「いえ、大した規模ではありませんね。感じからすると、古代から現代にかけて少しずつ枯れてきたようなものに思えます」
あと千年くらいしたら消えるんじゃないですかね、とフィオナは壮大な未来予測をシレっと言い放つ。
地脈と龍穴は不変のものではない。本当に星が生きているかのように、流動的で、変化を続けているという。だから、地脈が流れたり止まったり、龍穴ができたり消えたり、ってのは割とよくあることらしい。流石に、太い地脈や大きな龍穴になると、千年経っても変わらないようだが。
「属性にも偏りはないようですし、特別に何かに影響するということはないと思いますが」
「ああ、炎の魔力を吸収してパワーアップとかされたら困るからなぁ」
地脈が運ぶ魔力は一定ではなく、原色魔力に偏りがあることも多い。火山地帯なら炎の原色魔力が、大きな湖や河川には水の、広大な砂漠には土、といった感じ。俺としても、アスベル山脈の巨大な氷属性の地脈は行ったことがあるから実感できるし、そして何より、光の泉も同様である。
恐らく、あそこは光属性の地脈が集まる龍穴だったはず。それが『紅水晶球』が失われた影響で、妖精女王の加護と共に消えた……いや、龍穴の存在そのものが、妖精女王の加護だったのかもしれない。
「ここの魔力は、アヴァロン軍が結界の展開などで利用しているだけですから」
「心配する必要はない、か」
とりあえず、今は一つの情報として覚えておこう。
残念ながら、俺達に地脈の魔力を利用して云々って真似はできない。これを引きだすには特別な儀式をするか、リリィのように最初からソレに適応していなければ恩恵を受けることもないのだから。
「それではクロノさん、そろそろ昼食にしませんか」
「少し早い気もするが……まぁいいか。竈の準備もできてるし、すぐ料理できるぞ――」
とりあえず、無事に11日まで過ごせればいいのだが。俺は相変わらず、薄らとしたモヤのような不安感を抱きながら、チラリと天高くそびえ立つ大灯台を見上げるのだった。