第558話 卒業
「いざ卒業となると、やっぱり寂しいもんだな」
「そうですね。こうして、クロノさんと手を繋いで学校の中を歩くのも、最後かと思うと」
可愛い女の子と、手を繋いで歩く。なるほど、それは確かに、俺の夢見た素敵な学生生活である。フィオナと結ばれて、まだ僅か期間だが、それでも俺にとっては十分すぎる。
「でも、涙を流すってほどでもないさ」
卒業といえば、友達との別れってのとセットだからこそ、みんな最後の時を惜しむものだが……今回の場合は、とくにそういうことはないから気楽なものだ。
「フィオナは、これからも一緒にいてくれるからな」
少しばかり恥ずかしい台詞だが、俺の偽らざる気持ちである。
「はい、クロノさん、私は絶対に、離れたりはしませんから」
ギュっと、フィオナの握り返す手が強くなる。テレパシーがあれば、彼女の心を強く感じることができたのだろうか。いや、そんな能力がなくても、今なら、ちゃんと分かる。
「ふふ……今夜はちょっと燃えそうですね。一分の大台を超えられそうです」
フィオナとの夜の生活は、順調、だと思いたい。毎晩、一緒に寝ているわけだし、決して冷めてはいない。
相変わらず、工房で自作した効果の怪しい媚薬系ポーションなどを服用しては挑んでくるフィオナだが、劇的な成果はみられない。でも、少しずつだが慣れてきているような感じはする。最近は四十秒くらいはもつようになってきたし。
「あ、クロノさん、今夜は制服のまま――」
「素晴らしいアイデアだと思うけど、白昼の往来でこのテの話をするのはやめておこう」
下心を抑えて、とりあえずは卒業証書を受け取るべく、俺達は本校舎へと向かった。
「よう、クロノ。今日、卒業するんだってな」
広々とした正面玄関を通ったところで、最近になって随分と聞きなれた男の声がかけられる。
「カイ、どうしたんだこんなところで」
何かと組手をする機会が多くなった、カイ・エスト・ガルブレイズだ。フィオナも顔くらいは覚えたようで、どうも、と挨拶だけは軽く済ませている。
「そりゃあ、ダチが卒業するってんだ。一言くらい、挨拶しとかねぇとよ」
おめでとう、と相変わらずの爽やか笑顔で言い放つ。さらっとダチと言ってくれたり、なんて友達甲斐のあるやつだろう。
「ありがとう。けど、どうしてまだ学校にいるんだ? 確か、騎士選抜の選手はもうアヴァロンに出発したはずじゃないか」
正式名称、アヴァロン帝国騎士選抜大会、だったか。いわゆる甲子園の騎士バージョンって大会なのだが、開催は新陽の月5日から10日まで。新幹線や飛行機がない以上、何日も前から出発するのは当然だ。
「おう、出発したのは昨日だな。俺は馬を飛ばせば追いつけるから、気にすんな」
「そうか……わざわざ、待たせてしまったみたいで、悪いな」
「いいってことよ! けど、俺はもう行くぜ。結構ギリギリなんだ」
「早く行ってやれよ。それじゃあ、カイも頑張れよ」
「へっ、お前とサリエルくらい強い奴なんていねぇよ――じゃあなっ!」
そうして、バタバタと駆けだして行ったカイを見送ってから、俺達は目的地である理事長室へと向かった。
そういえば、俺は初めてここを訪れる。リリィは何度か行ったことあるようだが……まぁ、普通の生徒は理事長室に用事なんてないだろうから、当たり前か。
受付に一声かけると、すぐに部屋まで案内された。実にスムーズな対応。
「失礼します」
ささやかな緊張感と共に部屋へ入ると、そこには久しぶりに顔を見るソフィさん、もとい、ソフィア・シリウス・パーシファル理事長が待っていた。
俺達は挨拶もそこそこに、思ったよりも簡潔に卒業証書を受け取り、格式ばったお祝いの言葉を貰った。儀式としては、これで完了。あとは、雑談がてらに少しばかり話をした。
「ガラハド戦争の時は、ありがとうございました」
「気にしないでくれ。一人の冒険者として参加した以上は、当然の務めを果たしたまで。君の方こそ、大手柄だったじゃあないか――」
話題はもっぱらガラハど戦争について。ソフィさんはずっとシモンについて守ってくれていたし、特にリィンフェルト戦の時は、彼女の助太刀がなければザックやニャーコ達は全滅していた。
「リリィのことは、私も聞いている。出て行ったきり、まだ戻ってこないそうだな」
「……はい」
「なに、君を責めるつもりはない。深く事情を詮索したりもしない。リリィは私にとって大切な友人でもあるから、ただ彼女の身が心配なだけだ。私もそれとなく探すよう依頼はしてあるのだが、成果は芳しくない。まるで、転移魔法でも使ったかのように、全く足取りは掴めない」
リリィはソフィさんと懇意にしていたから、かなり心配してくれているようだ。俺が不甲斐ないばかりに、と思うべきか、リリィとの対立はどうしようもなく避けられなかった、と割り切るべきか。俺の中では、いまだに答えは出ない。
「すみません……俺達の方にも、リリィからはまだ、何の音沙汰もないままで」
「あまり心配する必要もないさ。彼女は立派な大人だ。いつか、必ず君の元へ戻ってくる」
ソフィさんも、フィオナと同じようなことを言う。同じ女性として、何か確信めいたものがあるのだろうか。
俺としては、二度とリリィと会えないのではという不安が、今もずっと心の奥底に渦巻き続けている。
「――ところで、シモンはどうしている? なんだ、その、私がいなくなって、寂しそうしている……とか」
「いえ、そういうのは全然ないですね」
毎日、銃の開発に、新しい仲間達との活動で、忙しくも充実した日々を送っているように見える。
「そうか、友人達には寂しさを見せないということだな。ふふ、いじらしいじゃないか」
うわっ、この人も考え前向きだな。ちょっと引くくらい。
「シモンさんは最近、お姉さんとの仲が良好なようですよ」
「なに、そうなのかっ!?」
シックな白いシーツに身を包んだ、大人の色香に溢れるダークエルフの美女であるソフィさんであるが、フィオナの発言を聞いて大人気ないほど動揺した声をあげた。
「おのれ、あのムッツリスケベの女将軍め、またしても弟に色目をつかいおって……ぐぬぬ」
ソフィさん、本当に大人気ないです、その反応。
「あの人には、前に一度アドバイスしたことあるんですけど……シモンさんの話を聞く限りですと、それなりに効果はあったようですね」
「そうなのか? 何て言ったんだよ」
「認めればいい、と言いました」
「認める?」
「はい。嘘でもいいから、その人が望む通りのことを、認めて、肯定してあげればいい、と」
それって、もしかして、今の俺のことなんじゃ……
「クロノさん、何か?」
「いや、なんでもない……」
思わず視線を逸らしてしまう、俺であった。
ちょっと気まずい話題もあったが、概ね、ソフィさんとの話は楽しく済ませて、つつがなく卒業式(?)を終えた。
今までお世話になりました。さようなら、王立スパーダ神学校。
新陽の月4日。アヴァロン帝国騎士選抜大会が開催される、アヴァロンの港町セレーネには、続々と出場校の選手たちが集っていた。
騎士選抜が首都アヴァロンではなくセレーネで行われるのは、スパーダのグランドコロシアムに劣らないほどに、巨大な古代遺跡の闘技場があるからだ。
セレーネコロシアム、と街の名前をそのままつけた闘技場最大の特徴は、天井を半分だけ覆う未完成の屋根であろう。古代の闘技場は屋根のある屋内型、屋根のない屋外型、どちらも同じ程度にみられる造りだが、半分しか屋根のないものは、このセレーネコロシアムを置いて他にはない。
造りかけでありながらも、その半分だけで闘技場建築として完成されているかのような不思議なデザインは、古代人の類まれなセンスを象徴すると同時に、闘技場に一家言あるスパーダ人からも羨ましがられたりする。
アヴァロンが誇る最大のコロシアムがあるセレーネが開催地に選ばれるのは、半ば必然でもあろう。また、港町ということで、国外からのアクセスも良いという、立地のメリットもある。
古くから海上交易で栄えたセレーネの街並みは、白塗りの壁に鮮やかなオレンジ色のレンガ屋根が特徴的で、アヴァロンとはまた違った美しさと、港町特有の爽やかな風情が漂う。
「いやぁ、前に来た時も思ったけど、やっぱ暑ぃなぁー」
制服の上着を脱ぎ去り、ワイシャツのボタン全開で逞しい胸筋と腹筋を晒したラフすぎる格好でベンチに座っているのは、隣国スパーダより参戦した王立スパーダ神学校の出場選手、カイ・エスト・ガルブレイズである。
「暑苦しいのはアンタでしょ。こんな奴がスパーダの代表なんだから、堪ったものじゃないわ」
「ローブ着込んでるサフィに言われたくねーよ」
二人がいるのは、いわゆる選手村とでもいうべき、闘技場の近くに設けられた宿泊施設の一角。カイとサフィの二人きり、だが、断じてデートなどではない。単純に、二人とも共通の友人を待っているのだ。
「――お久しぶりですね、サフィさん、カイさん」
爽やかな初夏の日差しを受けて、キラキラと後光が輝くように白い翼を揺らして現れたのは、アヴァロンの第一王女、ネル・ユリウス・エルロードである。
「おう、久しぶりだな!」
「本当に、久しぶりね、ネル。もう半年近いわよね」
「はい、お二人が無事にガラハド戦争から帰って、こうして元気な姿を見ることができて、嬉しいです」
同じ『ウイングロード』のメンバーとして、三人はしばし、再会の喜びを分かち合う。まずは簡単な近況報告から。といっても、カイとサフィールの二人は、ガラハド戦争が終われば平穏な学生生活へと戻ったので、これといって語ることはない。しかし、仲の良い友人同士というのは、すぐに話も脱線しがち。だからこそ、会話も弾むというものだ。
「――それにしても、ネルはだいぶ、感じが変わったわね。どういう心変わりなのかしら?」
サフィールの記憶にあるネルのイメージは、白い法衣を纏った治癒術士クラスの姿だ。
しかし今のネルは、鮮やかな紅白の衣、恐らく、アヴァロンに古代から伝わる衣装なのだろう、そんな特徴的な装い。長い黒髪もポニーテールに縛ってあり、これまでの穏やかなイメージから、少し凛とした勇ましい印象も抱く容姿となっていた。
「心変わりというより、クラスチェンジをしたので。今は治癒術士ではなく、戦巫女です」
「あんま聞かねークラスだな」
「そうね。でも、選手として参加している以上……戦うんでしょ?」
「はい、一生懸命、修行しましたから。もし、私と戦うことになっても、手加減は無用でお願いしますね」
にこやかにほほ笑むネルは、どこまでも記憶にある通りだが……カイはその笑顔の裏に隠された、妙な凄味、のようなものを感じ取った。クロノには、お前とサリエルより強い奴はいない、などと言ったものの、ひょっとすると、ネルはヤバいかも。そう直感的に思った。
「言うじゃない。騎士選抜に、あんまり歯ごたえのある相手はいないと思っていたけれど……ふふ、楽しみが増えたわ」
「へへっ、俺だって修行してきたんだ。そうそう、最近はクロノの奴と組手してんだよ!」
「えっ……クロノ……どなた、でしたっけ?」
一瞬、ネルの微笑みが固まる。
「あれ、ネル、クロノとは結構、仲良くなかったっけ?」
そのせいで、ネロの奴があれこれと頭を悩ませ、たででさえ気難しい性格が、さらに不機嫌になっていたのを、カイは親友として傍にいたから嫌というほど体感している。実際、クロノとネルがどの程度の関係の深さであるのか、その当時はまだクロノ本人と交流はほとんどなかったカイは知らない。
だが、見た感じでは、ネルにしては珍しく、一人の人物を随分と気にかけているように思えた。ネルは理想的な慈悲深い優しいお姫様を体現する人物であり、誰とでも分け隔てなく接する。それは翻って、誰か一人を特別扱いしない、ということでもあった。
ネロと違って、ネルは神学校に留学してきた当初から、お姫様として周囲との関係性には常に気を配っていた。みんな同じく、平等に。
「マジで忘れてる? だって、イスキアの時とか――」
「カイ、そんなこと、どうでもいいじゃない」
やはり、どう考えてもネルがクロノという人物を忘れるなどありえない。そう追及しようとしたが、サフィールの横やりでピシャリと遮られる。
「けどよ」
「ごめんなさいね、そろそろ戻らないと。私達は明日から試合だし」
「あっ、そうですよね。それではまた、大会が終わったら、ゆっくりとお食事でもしましょう。私、セレーネは子供の頃から何度も遊びに来ているので、美味しいお店もたくさん知っているんですよ――」
そうして約束をしてから、ネルは翼を翻し、優雅に歩み去っていった。
「なぁ、ネルの奴、なんかおかしかったぞ」
「本当に馬鹿なんだから。ああいうのは、下手に首を突っ込むべきじゃないわ」
やっぱり、ネルの様子がおかしいことに、サフィールも気づいていた。だから、わざとらしいほどに、カイの追及を邪魔したのだ。
「どうしたんだろうな」
「さぁね。あのクロノが何かやらかしたんでしょ。それこそ、誰だったのか忘れたくなるほど、酷いことを」
「アイツはそういうことする男じゃねぇよ」
「本人に悪気はなくても、傷つくことはあるのよ。全く、これだから女心を解さない馬鹿な男は、嫌ね」
「はぁ? 勝手に傷つくのは自分の勝手だろ」
「最低」
心の底から軽蔑しきったような冷たい言葉を残して、サフィールも去っていった。
まぁ、このテの罵倒はいつものことだから、今更カイにとって腹を立てることではない。むしろ、今はそんなことよりも、よほどネルの異常の方が気になる。
「ネルの目、かなりヤバかったぞ……」
クロノの名をつぶやき、どなた、と問いかけたその瞬間のネルの目を見て、カイはぞっとした。晴れ渡った青空のように澄み切っているネルの瞳が、その一瞬だけ、光を失い、真夜中にでもなったかのように、暗く、淀んでいたからだ。
「はぁ……ネロが心配する気持ち、ちょっと分かっちまったぜ」
そんなことをつぶやきながら、背筋に走った悪寒で体が冷えたのか、カイは開けたワイシャツのボタンを留め始めるのだった。
新陽の月5日。俺達『エレメントマスター』はカイの後を追いかけるかのように、アヴァロンの港町セレーネへとやってきた。
「随分と賑わっているな」
「騎士選抜とやらが、あるからでしょう」
都市国家群でも有数の規模を誇る大きな港町のセレーネは、普段から船乗りや交易商人など多くの人々で溢れているのだろうが、今は身なりの良い紳士淑女や、明らかに周辺の村からやってきたと思しき観光客みたいな人が目立つ。騎士選抜がイベントとして人気があるというのは、本当らしい。マジで甲子園みたいな熱狂ぶりだ。
「何も知らないような盛り上がり方だ。大丈夫なのか?」
「大丈夫、と判断を下したのはアヴァロン軍ですから。最悪、街に被害が及んだとしても、私達には何の責任もありませんから」
「嫌な予感がする……相手はカオシックリムだからな」
そう、俺達がセレーネに来たのは、決して騎士選抜を観戦するためではない。あの卒業式の日に、正式にアヴァロンからカオシックリムの討伐クエストが発行されたのだ。
クエスト・カオシックリム討伐
報酬・三億クラン
期限・新陽の月11日より、攻撃開始。
依頼主・第77代アヴァロン国王・ミリアルド・ユリウス・アヴァロン
依頼内容・神出鬼没に各国で暴れ回る、新たなランク5モンスター『カオシックリム』を我が国で補足、包囲した。これの速やかな討伐を望む――
と、こんな感じでいきなりポーンと発行されたのだが、色々と経緯はあったりする。
カオシックリムはルーンでひと暴れした後、またしても逃れた。しかし、ルーンが誇る特殊部隊『忍』によって、追跡用の魔法をかけることに成功。
えっ、忍者いるのかよ、と思ったが、今は省く。
ともかく、ルーン忍者のお蔭で迅速な情報提供がなされ、カオシックリムが海を渡り、アヴァロン領の海岸線へと上陸したところで、アヴァロンの騎士団が迎え撃ったというワケだ。
度重なるカオシックリムとの交戦により、地中潜行をはじめとして能力は明らかであり、その対策も練られていた。激しい戦闘が繰り広げられた末に、カオシックリムを『セレーネの大灯台』と呼ばれるダンジョンへ追い込んだという。
『セレーネの大灯台』はその名の通り、港町セレーネのすぐ近くに立つ巨大な古代の灯台である。その高さは約百メートルというのだから、かなりの大きさだ。たしか地球でも最大の灯台は百メートルを少し超えるくらいの高さだったから、現代と比べても見劣りしない大きさであろう。
そんな大灯台が立つのは、海を見晴らす海岸ではなく、緑豊かな小山の山頂だ。古代では、その辺りまでレムリア海が広がっていたと推測されている。
街から少し離れた山にあるということで、人の手による管理が厳しく、仕方なくダンジョン化したままだという。幸い、人里に近いお蔭か、強力なモンスターが棲みつくことはなく、灯台の内部とその周辺には、山に住む低ランクのモンスターしかいない。だから、『セレーネの大灯台』の危険度ランクは1に設定されている。この街出身の冒険者なら、新人時代には必ずお世話になるとして有名だ。
騎士団に追われたカオシックリムは、この大きな灯台へキングコングのようによじ登り、頂上へと退避した。現在はこれ以上の逃走を許さないよう、灯台周辺を騎士団が厳重に封鎖。地中潜行も阻害するよう、騎士団の土魔術士が総出で結界を展開させている。
あとは灯台へ突入し、ボスモンスターのように頂上に居座るカオシックリムを討ち果たすだけ、といった状況だ。完全にカオシックリムを一つ所に抑えたというわけで、騎士団が討伐隊を結成するのと並行して、冒険者ギルドにも依頼が出されたということだ。
この辺はプライドジェムと同じような理由で、冒険者に討伐のチャンスを与えるといったところだ。騎士団としては、冒険者が倒せばそれで解決するし、ダメでも多少なりとも手傷を負わせられれば儲けもの。負けて死んでも、冒険者の自己責任である。
ついでに、カオシックリムの強力にして凶悪な戦闘能力を僅かでも削げるよう、頂上に閉じ込め続けることで一種の兵糧攻めを仕掛ける面もあるという。灯台内部のモンスターはすでに掃討が完了しており、奴が餌にできるモノは何もない――というのは、表向きの理由だろう。
「騎士選抜が終わるまで攻撃しないってのは、完全にアヴァロン側の事情じゃないか」
依頼書には、確かに新陽の月11日から、攻撃開始であると明記されている。騎士選抜の決勝戦は10日だから、明らかに大会終了を待っているようにしか思えない。
「ここまで追い込んでいるのなら、まぁ、いいんじゃないですか」
俺の不安をよそに、フィオナはどこまでも無関心に言う。
確かに、カオシックリムに残されているのは、常に少数を相手にできる灯台頂上という地の利だけ。補給を断たれて餓えてもいいし、我慢が効かずに山へ降りてきてもいい。灯台を降りれば、あとは圧倒的な数で包囲する騎士団の全軍を再び相手にすることとなり、今度こそカオシックリムは討ち果たされるだろう。
奴を倒す、全ての準備は整ったということだ。
だがしかし、万が一にでもカオシックリムを逃すようなことがあれば……恐らく、奴は人で溢れかえるセレーネの街を襲うだろう。餓えているのならば、無力な一般市民という美味しい餌がある街を狙わないはずがない。
「ここは大きな街ですから、それなり以上に防備は固いでしょう。気にしなくてもいいと思いますけど」
「まぁ、そうだな……心配するのは、街の安全よりも、実際に戦う俺達の方だよな」
「ええ。それに、今回は他の冒険者との共同作戦になるのは必須ですので、目当ての部位が奪われないよう、注意も必要ですから」
今回のカオシックリム討伐クエストには、ランク4以上という制約が課せられている。塔という狭い構造だから、少数精鋭で突入させるしかない。人数などいるだけ、かえって邪魔になる。
すでにアヴァロンで名の通った高位冒険者達が大灯台へと集結しているという。わざわざスパーダからやってきたのは俺達くらいのもの。
「とりあえず、俺達も灯台の下で11日まで待つとするか」
「クロノさん、このクエストが無事に終わったら、この街でデートしましょう」
緊張感の欠片もないフィオナの台詞だが、つい、俺の顔は緩んでしまう。
「ああ、綺麗な街だからな。観光するのも楽しいだろう。それに港町だし、海産物が美味しいぞ、きっと」
「はい、とても楽しみです」
俺は漠然とした不安感を忘れるように、フィオナと談笑しながらセレーネの街の大通りを、愛馬にまたがり進んだ。
ただ、俺達の後ろで黙ってついてくるサリエルの様子が、気になった。街についてから、コイツはずっと『セレーネの大灯台』がある方向へじっと視線を向けたまま。まるで、何かを警戒しているかのように。
第七使徒だった時、アルザス要塞から、遥か遠くのガラハド要塞に座すレオンハルト王の強大な気配を感じ取ったというサリエル。今の彼女には、何が見えているのだろうか。
俺は結局、サリエルに何も聞くことができなかった。
フィオナがエメリアにアドバイスしたというのは、第266話 白金の月11日12時の出会い(3)でのことです。以下、要約。
Q
「これまでずっと面倒を見てきたお姉さんを嫌い、何故、最近知り合っただけのクロノさんにはあれほど懐いているのか、分かりますか?」
「……何故だ?」
「分かりませんか? 簡単なことですよ。そして、それに気づけば、きっとシモンさんが貴女に接する態度も変わってきますよ」
「一体なんだというのだ、もったいぶらずに教えてくれないか」
「それは――」
A
「嘘でもいいから、その人が望む通りのことを、認めて、肯定してあげればいい」
第266話の投稿日は2012年8月10日でした。まさかの四年越しの答え合わせとなりました。
この話を書いた時は、当然、フィオナのこの解答を想定していましたが・・・何だかんだで明かす機会に恵まれず、こんなタイミングになってしまいました。あくまで機会がなかっただけで、回収するのを忘れてたワケじゃないですよ!
それと、次回で第28章は最終回となります。