第556話 ミケーネの遺跡街
「はい、これがウチで量産する銃だよ。名付けて、『クロウライフル』」
本日ご紹介するのは、天才錬金術師シモン・フリードリヒ・バルディエルと、熟練のストラトス鍛冶工房の強力タッグがお送りする、夢の新兵器、ライフル銃です。
ご覧ください、この洗練されたデザイン。これこそ、一切無駄のない、機能美を追求した一つの到達点といえるでしょう。無骨な鋼鉄と、優美な木目を描くグリップとストックの調和は、正に芸術品!
「見た目は前に作った試作型ライフルとほとんど同じだけど、中身はかなり簡略化してあるんだ。パーツの数も半分くらいになってるから、整備するのも簡単だし、何より、壊れにくい」
美しい『クロウライフル』ですが、武器としての耐久性も保証します。荒っぽい冒険者のアナタも安心。灼熱の砂漠、極寒の雪山、毒沼だらけの密林、どんなダンジョンでも、この『クロウライフル』は安定したパフォーマンスを発揮するでしょう。
「威力も試作型ライフルと同じだけど、装填数がちょっとだけ増えてるんだ」
さて、冒険者の皆様が最も気になるのは、その威力でしょう。
驚くなかれ、この一丁さえあれば、魔力のない剣士や戦士だけでなく、治癒術士のお嬢さんでも、平均的な下級攻撃魔法と同等の攻撃力と射程を得られます。
「流石にオートマチックはまだ無理だから、ボルトアクションのまま」
使い方はいたって単純。構えて、狙って、トリガーを引く。どうです、簡単でしょう?長ったらしい呪文を覚えることも、複雑な魔法陣を描く必要もありません。読み書き計算のできない力自慢のアナタでも、どうぞご安心を。『クロウライフル』は常に、ワンアクションで魔法の威力を提供いたします。
一発撃ったら、そこで終わりではありませんよ。手元の、そう、それです、そのレバーを引いてみてください。空の薬莢が排出されて、次の弾が装填されましたね。
そうです、この簡単な動作だけで『クロウライフル』はすぐに、次の一発を撃てるのです。下手な新人魔術士が詠唱するよりも、素早く、確実に、連続攻撃が可能!
「とりあえず、ランク2くらいまでのモンスターを相手にするなら、十分な性能だと思うよ。弾さえ通るなら、ランク3だって狩れる」
まだ駆け出しの冒険者のアナタ。なかなか、頼れる仲間に恵まれないアナタ。こんな経験はありませんか?
ダンジョンの中で見つけた、狩るのにほどよい強さのモンスター。けれど、ちょっと数が多い。厄介なヤツが一匹だけ混じっている……挑むには少しばかりリスクが高い。賢明な冒険者諸君は、彼我の戦力差を省みて、涙を呑んで諦めざるを得ないでしょう。
しかし、この『クロウライフル』が一丁あれば、そんな悔しい思いはさせません!
魔法の才能も、弓の技術も必要ありません。正しい構え方で、狙って、撃つ。これだけで遠距離から安全に、モンスターを狩れるのです。
確実な遠距離攻撃の手段は、アナタの冒険者ライフに革命を起こすでしょう。とれる戦術の幅は無限大、使い方はアナタ次第。さぁ、この『クロウライフル』を手に、ワンランク上の獲物を狙いましょう!
「値段の方は、未定なんだけど」
お支払方法は、現金一括払いの他、最大で二十五回までの分割払いも可能。さらに今なら、心強い接近戦のお供、ライフルに装着する銃剣もお付けします!
お求めは、ストラトス鍛冶工房か最寄りのモルドレッド武器商会まで――
「――って、お兄さん、聞いてるの?」
「ああ、聞いてるぞ」
いかん、あまりにシモンが熱心に量産型ライフルの説明をしてくれるもんだから、つい心の中が通販番組風のモノローグになってしまった。
俺はシモンと共に、エンシェントゴーレムを探しに『ミケーネの遺跡街』へ向かう前に、ライフルを製造する工場を案内してもらった。
ここは前にシモンが説明してくれた通り、モルドレッド武器商会が所有する工場の一つである。大きさは学校の体育館ほどの広さがあり、無骨な石造りの倉庫みたいな建物だ。多少、年季を感じさせるが、造りはしっかりしているし、改めて見ると、立派なものだ。
銃を生産するための設備は、勿論、全て自前。そもそも銃を作るための道具や設備など、この異世界には存在していない。勿論、銃本体のパーツだけでなく、弾丸と火薬もセットで作らなければならない。それらを全て含め、シモンは生産設備も自ら設計し、作らせたという。
お蔭で、かなりの大金になる報奨金でも、その半分以上がこの設備投資で吹っ飛んだらしい。
「銃が売れるといいんだが」
「商売ってのは気長にやるものだから」
ライフルの需要があるのは、恐らく熟練未満の初級、中級、といった冒険者層であろう。安定した威力の攻撃魔法を扱える魔術士が仲間にいない、優れた弓の技術を持たない、そんな遠距離攻撃手段に欠ける者にこそ、銃が必要だ。
逆に、リリィやフィオナのような魔術士となってくれば、銃などオモチャみたいなもので、装備する必要性は全くない。
冒険者の花形である、ランク4以上の高位冒険者には見向きもされない、というのはアピールする上では不利となる。だが、冒険者の大半は初級、中級といったランク3以下の冒険者である。他にも、村の自警団など、一流の使い手を抱えていはいない小規模な組織も沢山あるのだ。需要層そのものは厚いはず。
「とりあえず、まず売り出せるのはこのクロウライフルだけ」
「機関銃の方は?」
「多少は小型化してはいるんだけど、売り出すにはまだちょっと」
設置型の兵器、というくらい大型になると、持ち運んでクエストには行けない。空間魔法を使えば運べるが、そんなのを持つ冒険者なら機関銃以上の威力を備えた攻撃魔法の手段くらい持っているだろう。
「ちょっとずつ改良していくよ。でも、設置型でもいいから欲しい、って注文が入れば作るけどね」
「今からスパーダの城にある穹砲の半分を機関銃に置き換えてもいいくらいだよな」
「軍が正式採用するには、まだ実績が足りないから」
やはり、そう簡単にはいかないか。スパーダ軍で新兵器採用のコンペとかあれば、アピールのチャンスもあるんだが。
とりあえず、今のところは地道に普及を目指していくしかないといったところだ。
「それじゃあ、みんなの準備も済んだみたいだし、そろそろ行こうか」
工場見学もひとしきり終わり、俺は本来の目的である『ミケーネの遺跡街』への調査クエストへ、シモンのパーティである『ガンスリンガー』と共に出発することとなった。
スパーダから馬車を走らせ三日、俺達は無事に目的地へとたどり着き、早速、ダンジョンの中へ足を踏み入れた。
「おいおい、しけたダンジョンだなぁ、全然モンスターが出てこねぇじゃねぇか!」
風化した石造りの建造物が立ち並ぶ中を歩き始めて早一時間、不機嫌そうな声を上げるのは、『ガンスリンガー』のメンバー、ゴーレムのガルダンである。
コイツが我慢や忍耐といった言葉とは無縁の性格であることは、傍から見ていればなんとなく分かるというもの。ガラハド戦争の時も、一人だけやけに突出した位置でエリオにボコられていたし。
それでいて、コイツが装備している新しいガトリングガンタイプの機関銃を、早くぶっ放したいとウズウズしているのだから、いつもよりもさらに我慢の限界は短いものであろう。
ガルダンが装備する機関銃は、シモンが戦争時にも使った試作型ガトリングガンよりも少しばかり小型になっているだけで、普通の人間ではとても携行できるサイズにはなっていない。一際大きく、かつパワーに優れるゴーレムだからこそ、こうして携行武器として使えるだけだ。まぁ、俺だって持とうと思えば、余裕で持てるけど。『ザ・グリード』も重量的には、同じようなものだしな。
「うるせーぞ、ガルダン。大声のせいで、下手にヤベーヤツをおびき寄せちまったらどうすんだ」
赤い一つ目をギラギラさせて荒ぶるガルダンに、真っ当な冒険者らしい注意をするのは、スキンヘッドの大男ザックであった。装備はいつか見たようなバトルアックスと、それに加えて、ワンランク上の獲物を狙えると評判の新商品、クロウライフルを担いでいる。
『ガンスリンガー』のメンバーとして、試作型からクロウライフル完成の間まで実用試験を続けていたから、銃の扱いはお手の物。分解、組み立てもバッチリだと、シモンのお墨付きをもらっている。
ただ、狙いはまだまだ甘いらしい。でも、シモンの腕前と比べてやるのは、少しばかり可哀想だろう。
「なんだよザック、オメーはいつもビビってばっかじゃねーか!」
「いいかこのポンコツ、銃ってのは魔法にも弓にも才能がねぇ凡人でも、即死級の遠距離攻撃を軽くぶっ放せるスゲー武器だが、弾の通らねー相手には無力なんだよ」
ザックはすでに、銃の特性を理解しているようだ。ガルダンのように、元から頑強な肉体や、特殊な能力を持たない、限りなく一般人に近い人間だからこそ、理解も早いのか。
ともかく、このダンジョンには体が石でできたガーゴイルなんかも生息している。クロウライフルでは硬質な石の体を穿ち砕くことはできないかもしれない。他にも、弾丸の威力を防ぎきるほどの防御魔法に長けた、ゴブリンマージなどが相手でも、同様に分が悪い。
この異世界は元の世界の銃があっても、軽く無双できるほどモンスター達は甘い相手じゃないのが、恐ろしいところである。
「へっ、雑魚ばっか蹴散らしたってしょうがねーんだよ! 俺様はもっとドデカい獲物を狙うんだ!」
「雑魚を蹴散らせるってだけで、十分スゲーんだよ。こんな子猫娘でも、トリガーを引けばゴブリンを一発だぜ」
「そうだニャ! ニャーは凄いんだニャ!」
褒められてはいないだろう、と俺はツッコまないでおいた。
このメンバー中で最年少、今年成人したばかりの15歳の猫獣人の少女ニャーコが、嬉しそうにネコミミをピコピコさせているのを見ると、水を差すようなことはそうそう言えない。
この子のことは知っている。リィンフェルト戦の時に、城壁に隔離された奴らの中で、唯一の治癒術士だったから、顔はよく覚えている。
俺は途中で飛び出していったから知らないが、どうやらその戦いの時に、ザックと仲良くなったようである。わざわざ『ガンスリンガー』にまでついてきたのは、懐かれたという以上に、ランク1冒険者の上に肝心の治癒魔法の腕前がイマイチだから単純に行き場がなかった、という理由が大きいそうだ。新人冒険者のつらいところである。
実際、とても冒険者として頼りにできなそうな幼い言動が目立つニャーコだが、彼女はすでに、ゴブリンを一撃で仕留めた経験が何度もある。メインとなる治癒魔法さえフル詠唱で『微回復』を五分五分の確率で発動できるというだけで、身を守ったり、仲間をサポートするような最低限の攻撃魔法など持ち合わせているはずがない。無論、武技などもってのほか。
そんな幼い少女と同等の能力しか持たない彼女でも、そう、この『クロウライフル』が一丁あれば、ゴブリン程度、恐れるに足らず。正しく、か弱い治癒術士のお嬢さんでも安心、といううたい文句を体現する存在である。
ニャーコは腰に治癒魔法用の短杖を差し、肩からはザックと同じくクロウライフルをぶら下げていた。
ちなみに、分解組立はまだちょっと怪しいものの、射撃の腕前はザックよりもいい、というのがシモンの評である。銃も治癒魔法も使えるということで、彼女のクラスは『衛生兵』とか名乗るといいかもしれない。
「でも、今回はお兄さんが護衛についてくれてるし、大抵のモンスターはどうとでもなるよ」
「へへっ、そいつは違いねぇ」
「おい! シモンを守るのは俺様一人でも十分だっての!」
「無駄に張り合うのはやめるニャ。あのニャイトメア・バーサーカーには、ガルニャン如きで敵うはずないのニャー」
「なんだとこのニャンコ!」
「ニャーをニャンコ呼ばわりするニャー!」
「おい、だからあんま騒ぐなって言ってんだろが――」
こうしてみる限り、パーティメンバーの中は確かに良好なようだ。シモンもようやく仲間に恵まれて、楽しい冒険者生活だろう。
なんて、ちょっとほのぼのしていると、センサーに感アリ。まぁ、俺自身の感覚でも、察してはいるが。
「みんな止まれ、百メートル先の十字路に、モンスターが出てくるぞ」
「了解、警戒態勢!」
俺の索敵報告を受けて、パーティリーダーのシモンがすぐさま戦闘準備の指示を飛ばす。メンバーも慣れたというように、黙って配置につく。
シモンを中心に、左右をザックとニャーコ。両端に俺とガルダンがつく。
今、俺達が進んでいるのは大きな通りだ。眼の前から敵が来るのなら、横一列に並んで火力を集中させるのは当然だろう。
「……来た!」
「うおっ、こりゃあ、思ったよりも数がいやすね」
「へっ、ゴブリンとスケルトンとオークって、雑魚ばっかじゃねぇか!」
「アッチもコッチに気づいているニャ!」
モンスターの集団はゾロゾロと群れを成して大通りへと姿を現した。数は二十そこそこといったところか。ガルダンの言う通り、三種類のモンスターの混成部隊だが、同じく人型で特殊な能力は持たないから、さして警戒するほどでも――いや、待てよ。
「あれ、違うモンスターが組んでるのって、おかしくない?」
シモンの言う通りだ。
このダンジョンは、異種族同士で争う危険な街、という触れ込み。決して、あらゆるモンスターが一致団結して冒険者を襲う、連合軍ではないのだ。野生のモンスターに、人類のように交渉を経て異種族と同盟を結び、互いに協力しあう、などという外交戦略を成立させるだけの知性はない。
それでも、異なるモンスターをひとまとめに支配できるとすれば……
「奴らはアンデッドだ。誰かが使役している」
この魔力の気配は、間違いない。何より、よく見てみれば、現れたモンスターの体には様々な傷痕が目立つ。中には、明らかに致命傷と思しき大きなものまで。
どいつもこいつも、アンデッド化していやがる。
「ともかく、まずは迎え撃つしかない。やるぞ、シモン――『黒土防壁』」
戦闘は避けられない。俺は最後の備えとして、メンバー全員を覆う壁を創り出す。ボコボコと漆黒の壁面が一瞬の内につき立つが、それぞれの前には射撃するための銃眼が開かれている。簡易的なトーチカのようなものだ。
「うん! 全員、構え――」
シモンは『サンダーバード』、ザックとニャーコは『クロウライフル』、ガルダンは試作ガトリングガン二号を、そして俺は『ザ・グリード』を手に、雄たけびを上げてこちらに突撃を仕掛けてくるアンデッドモンスター達を待ち構える。
敵の中には弓やボウガンで武装している奴がちらほら混じっており、早くも散発的に矢を放ち始めている。だが、すでに前面の防御は万全。誰も慌てることも恐れることもなく、十分、引きつける。
「――撃てぇっ!」
シモンの号令により、一斉に火を吹く銃身。俺とガルダンの十字砲火により、剣や斧を振り上げて迫る敵の前衛は即座に壊滅。一定の距離から先までは、こちらに一人たりとも近づけさせない。
ライフル装備の三人組は、敵の射手をピンポイントで狙う。
アンデッドといっても、決して不死身の存在ではないということは、とっくに知っている。相応のダメージを肉体に受け、偽りの生命力を散らし、奴らは再び永劫の眠りへとつく。
「撃ち方、止め!」
あっという間に、アンデッド部隊は全滅した。成果は上々といったところ。
「やっぱり、お兄さんがいて助かったよ。火力が全然違う」
「武器がいいからな」
この銃があるかないかで全然違う、というのはグラトニーオクト戦で嫌というほど味わったからな。充実の火力である。
「ふふっ、ソフィさんより、お兄さんと一緒の方が安心するよ」
「そりゃ、どうも」
シモンの笑顔が眩しい。心が洗われる。ここ最近、女の子の純粋な笑顔ってのは、とんと見かけてない気がするから、尚更だ。
「おい、調子にのんなよテメー! 今は俺様の方が多く敵をぶち抜いただろうが!」
「はぁ? 普通の機関銃とお兄さんの『ザ・グリード』じゃあ、連射速度が十倍以上違うんだから、そんなワケないでしょ」
性能差は絶対なんだから、と口を尖らせるシモンの反論を前に、ガルダンは「うぬぅ……」と、どこか落ち込んでいるように見えた。もしかしてガルダン、シモンにいいところ見せたかったのだろうか。気持ちは分かる、可愛いお友達だものな。
「それにしても、どうしてアンデッドなんて……」
「スケルトン以外に、モンスターがアンデッド化しているなんて、聞いてやせんぜ」
「ゴブリンとオ-クは、ゾンビになっていたのニャ!」
ここはリッチが支配する『復活の地下墳墓』とは違い、アンデッドモンスターの巣窟ではない。自然発生したスケルトンがある程度ウロつくくらいで、多くは生きたモンスター。
「もしかして、イスキアの時みたいに、モンスターを操るモンスターが現れたのかな」
「いや、コイツは屍霊術士の仕業だ――おい、俺達を見ているんだろう? 一言くらい、挨拶したらどうなんだ」
シュウシュウと煙を上げる『ザ・グリード』の銃身を向ける。俺が狙う先には、軒先にとまった一羽のカラス。
そう、このカラスは使い魔だ。かなり明確に視覚情報などを術者へ伝えているためか、普通の動物と比べ、魔力の気配がかなり異なる。
「……くっくっく、流石はガラハド戦争の英雄と名高き『黒き悪夢の狂戦士』殿だ」
カラスから、耳障りな甲高い男の声が響いた。音声通信機能までついているのか。優秀なことだ。
バサリ、と使い魔のカラスは羽ばたき、俺達のすぐ目の前、正確には、まだ形状を維持している『黒土防壁』のてっぺんにとまった。
それにしても、俺の面が割れているとは……本当に有名人になってるんだな、俺。
「お前は何者だ。ここで何をしている」
「私の名はゾンダー・ゾルダート。しがない旅の屍霊術士でございます」
うーん、知らない人だな。
「ぞっ、ゾンダーだとぉ!?」
お、ウチのメンバーに知っている人がいたぞ。
「知っているのか、ザック?」
「へい、旦那……コイツの名前はギルドの手配書に何十年も前から載ってやすよ」
ちなみに、ザックは俺のことを旦那と呼ぶ。シモンは坊ちゃんと呼ぶ。なんだか、盗賊のお頭にでもなった気分であるが、この際、おいておこう。
「犯罪者か」
「そりゃあもう、凶悪なヤツですよ。何十人も子供を攫って邪神の生贄にしたり、討伐に来た騎士団を返り討ちにして、全員ゾンビにしちまったり……かなりヤバいヤツでさぁ」
「くっくっく、人聞きが悪いですね。私の行いは全て、崇高な魔法探究のためなのですよ。まぁ、凡人のアナタ方には、理解の及ばないところでしょうが」
「ようするに、頭のイカれた殺人者ってことか」
「本当に失礼ですね、私はこのダンジョンのモンスターを僕に変えたのですよ? それは翻って、これらのモンスターに襲われる人々を未然に防いだともいえるでしょう」
「それで、お前はこの大量の僕を率いて、何をするつもりだ」
「無論、贄の確保ですよ……くくっ、これほどのモンスター軍団なら、小さな村の一つや二つ、簡単に全ての住民を捕えられるでしょう」
全く、反吐のでる最低の解答だ。十字軍がいなくても、こういう邪悪な奴がいるのだから、人の社会ってのは恐ろしい。
「そうか、よく分かった。お前の邪魔はしないから、ここは見逃してくれ」
「冗談がお好きな人ですね。私の答えなど分かり切った上で、わざわざ聞いてくるのですから――囲め、僕達よ」
俄かに周囲一帯に、濃密な闇の原色魔力の気配が満ちる。これは……召喚、しているのか。
恐らく、コイツはこのダンジョン中に召喚陣なり触媒なり、あらかじめ仕込んでいるのだろう。今や『ミケーネの遺跡街』は、邪悪な屍霊術士の根城ってわけだ。
「うわっ、これはっ――」
「おいおい、コイツぁちっと、ヤバいんじゃないすかねぇ……」
「へっ、雑魚ばっかゾロゾロ現れやがって!」
「いっぱいいるのニゃー!?」
通りの前と後ろから、武装したアンデッドモンスターが集団で現れる。編成は同じく、スケルトン、ゴブリン、オーク。さらに、ミノタウルスやサイクロプスといった大型も何体か混じっている。
出現したのはそれだけでなく、左右に立つ崩れかけの建物の屋上や窓際に、弓を構えたアンデッド共がズラズラと立ち並ぶ。屋上に大きな弓を構える、ガーゴイルの姿も。
なるほど、ヤツが自信満々にするだけあって、軍団の頭数はかなり揃えているってわけだ。そこらの盗賊とは比べ物にならない。ちょっとした騎士団並みに充実した戦力だ。
「完全に囲まれたか」
この凶悪犯罪者の屍霊術士の首をギルドに突き出してやることは、もう俺の中では確定だ。見逃してくれ、と言ったのは、とりあえずシモン達『ガンスリンガー』だけは、安全の為に逃がし、ついでにスパーダ軍に通報もして欲しかったからだ。
まぁ、流石に自分の邪悪な野望をベラベラ喋った上に見逃すなんて、馬鹿な真似はしないよな。
「くっくっく、ちょうど私のアンデッド軍団の準備が整った今日この日に、ランク5冒険者たる『黒き悪夢の狂戦士』殿と出会えるとは、実に運が良い……君を材料にすれば、間違いなく、最強の僕が創造できる! 素晴らしい、不死の英雄の誕生だぁっ!!」
俺のカラダが目的か。くそったれ、俺を欲しがるなんざ『白の秘跡』と同レベルだ。ますます許しがたい――だが、問題なのはこの完全に包囲された状況だ。
「くっ……全員、構えて」
「坊ちゃん、いくらなんでもこの数は、分が悪いですぜ」
「へっ、こんな雑魚軍団、俺様のパワーで蹴散らしてやるぜ!」
「ニャー! もうダメなのニャー!」
こっちが銃を装備していても、数の差は歴然。あの人数で前後から突撃されただけで、抑えきれないのは目に見えている。おまけに、屋上に射手まで配置されているのだ。こんな見通しの良い通りでは、上から狙い撃ちにされ放題。
いくら俺でも、全員を守りながらこの数を捌くのは……流石に無理がある。
「でも、やるだけ、やるしかないよ! お兄さん、全方位に壁を――」
「いや、シモン、先に一つだけ、試したいことがある」
この状況で全員が無事に切り抜ける方法は、たった一つだけ。上手くいくかどうかは分からないが、試す価値はあるはずだ。
「さぁ、私の可愛い僕達よっ! 最高の狂戦士の素材を、私の下へっ!!」
号令一下、アンデッド軍団は唸りを上げて突撃を始める――その直前、俺は影から一振りの武器を引き抜いた。
「――歌え、『ホーンテッドグレイブ』」
2016年5月14日
まさかの感想欄で総ツッコミの誤字『ホーンテッデグレイブ』を修正しました! 修正しました!! 大事なことなので二回ry