第554話 新エレメントマスターの冒険者生活
気が付けば、早いもので月が替わり、四月にあたる緑風の月1日となっていた。
「――それじゃあ、みんなクエストでいなくなるんだな」
夕食時、全員のクエスト予定を確認。今回はパーティではなく、それぞれ個別に受けたクエストに行くといくということになる。
恐らく、全員揃ってクエストに向かうのは、『カオシックリム』の討伐くらいだろう。今のところ、他に危険なランク5クエストに挑むつもりはないし、それほど強力なモンスターがスパーダ周辺で確認されてはいない。
肝心のカオシックリムであるが、奴はパルティアでもファーレンの時と同様に大暴れだったという。
国土の大半が草原というパルティアは、広い大地を駆け抜けるケンタウルス族が多い。だから、弓を手にしたケンタウルスの弓騎兵軍団がカオシックリムへ追いすがるが、流石に地面に潜れる相手には分が悪かったようだ。結局、奴を捕えることは叶わず、軽いとはいえない程度の損害を出すだけに終わる。
被害にあったのは何も人ばかりではなく、草原のモンスターも同様だった。そこかしこで喰い散らかした跡が見受けられ、中にはガルーダなどの大型モンスターも含まれていたという。
それにしてもガルーダとは、また懐かしい名前を聞いたものだ。コイツの巣にリリィと一緒に忍び込んで、盗まれた家宝の剣を取り返すという個人クエストを受けたことが、もう何年も昔のように思えてならない……まぁ、俺の個人的な思い出話は置いておこう。
重要なのは、奴の行方である。
パルティアが見失ってから、次にカオシックリムが出現したのは、何とルーンであった。
ルーンは大陸中部に広がる巨大な内海であるレムリア海に浮かぶ島国だ。パルティアとは海を挟んで隣接することになるが……要するに、カオシックリムは海を渡って、ルーンに上陸したということだ。
海底の地面を掘り進んだのか、それとも泳いだのか。水属性のプライドジェムのコアを食ったことで、能力を吸収しているかもしれない。そうなると、ただ泳ぐだけでなく、水中でも自由自在に動ける能力を得ている可能性もある。
これで空を飛ぶ翼でも手に入れたなら、いよいよ手が付けられなくなるな。
ともかく、都市国家間を気まぐれに移動し続けているカオシックリムを補足することは困難だ。まだ、奴の討伐ができる状況ではない。悔しいが、今は機を待つしかないだろう。
さて、試練は置いておくとして、今回の個別クエストの予定についてである。
「サリエルがランク4に上がるためのクエストに行くという予定は聞いていましたが、クロノさんも、また急な予定が入ったものですね」
「ああ、ちょっとシモンに誘われて。護衛も兼ねてクエストに同行することになった」
「護衛が必要なほど危険なダンジョンに?」
「行くのはランク3ダンジョンの『ミケーネの遺跡街』ってとこだ。シモンのパーティはまだランク1だから、まぁ、念のために」
「それなら、適性ランクのダンジョンに行くべきでは」
「遺跡街には『タウルス』みたいなエンシェントゴーレムが残っている可能性が高いんだ。今回はその調査が主な目的になる」
ランク3ダンジョン『ミケーネの遺跡街』は、その名の通り古代の街並みがそっくりそのまま残った、巨大な遺跡の街である。もっとも、半分以上の建物は風化し、保存状態はあまり良いとはいえない。だが、最低限の街の形を保ってはいるから、ゴブリンやオークなど様々な人型モンスターが好んで巣を構える。ギャングが抗争するように、異種族同士、あるいは同族同士で、日夜激しい縄張り争いが繰り広げられている、危険なモンスターの街でもある。
それでも流石に、めぼしいお宝は発見当時から現代に至るまでの数百年の間に発掘されてしまっている。しかし、金銀財宝や武具、魔法具といった、一般的な『お宝』以外、一見して価値や利用法の分からないモノは、ほとんど手つかずのまま残っている。そう、例えば、ずんぐりむっくりした、一つ目の巨大な石像だとか。
「なるほど、エンシェントゴーレムが手に入れば、大きな戦力になりますからね」
そもそもシモンがランク1冒険者でありながら、勲章を貰うほどの活躍ができたのはエンシェントゴーレム、もとい重機『タウルス』があってこそ。それほどの強力な力、利用しない手はない。
なにより、十字軍は次の侵攻でも間違いなく『タウルス』を、あるいは新たな機体を投入してくるだろう。アレが一体いるだけで、ガラハドの大城壁さえ崩せる威力があるのだ。こちらも対応策を編み出さなければ、今度こそガラハド要塞は陥落する。
無論、そんなのはスパーダ軍も理解しているので、今ではエンシェントゴーレムについての研究プロジェクトが発足されたとかなんとか、ウィルから聞いた。もしかすればその内、シモンにお声がかかるかもしれないな。何せ、実際に操縦した張本人だし。
「流石に生きた機体が見つかるとは思わないが、まぁ、研究材料として保存状態のいいパーツでも入手できれば十分だろう」
「そうですね、古代の技術はまだまだ未解明の部分が大半ですから、相応の研究は――」
「お待たせいたしました、フィオナお嬢様。チーズハンバーグでございまーす!」
「ありがとうございます」
会話の流れをぶった切って現れたのは、すっかり『暴君の鎧』での自立行動に慣れてメイドライフを満喫しているヒツギである。
真に遺憾ながら、俺は約束通り、ヒツギにメイド服をくれてやった。『暴君の鎧』以外では人型で動くことはできないので、本当に仕方なく、この巨大な鎧兜の上から着用できる特大サイズのメイド服をオーダーメイドした。見よ、この漆黒の装甲の上に翻る、シックな濃紺の布地と、フリルつきの純白エプロンを。どこからどう見ても、全身鎧の上にメイド服を着込んだ変態だ。
「鉄板はお熱くなっているので、火傷しないようご注意くださいねー」
しかし悲しいかな、こんな痛ましい鎧姿を、最近の俺はすでに見慣れてきてしまった。黒き鎧メイドが我が物顔で屋敷を闊歩しては、鼻歌混じりに掃除や洗濯に興じる姿は、早くも我が家の日常と化している。フィオナも「変態的な姿ですね」と冷めた態度だったのも最初だけ。なんだかんだで甲斐甲斐しく働くヒツギを前に、便利なメイドがもう一人増えたとばかりに、何の躊躇もなくこき使うようになっていた。
「飲み物のおかわりを。アイスカフェオレで」
「かしこまりましたーっ! あっ、ご主人様はいかがですか?」
「いや、俺はまだいいよ」
失礼いたします、とエプロンとロングスカートを翻して、キッチンへと去ってゆく我がマクシミリアン。やはり、何度見ても嘆かわしい姿だが……まぁ、ヒツギはこれまでにないほど満足しているようだから、俺に止めるつもりはない。
「チーズも美味しいですね」
とろけたチーズのかかった、肉汁滴る熱々のハンバーグを切り分けて、優雅に口に運ぶフィオナは満足そうな表情だ。このチーズハンバーグは二皿目。一皿目はまだ俺が食べているデミグラスソースのハンバーグであった。
キッチンではこれから必要になってくるだろう三枚目、四枚目、とサリエルが焼いている最中であろう。白崎さんの秘伝レシピを継承する彼女は、俺とフィオナからの圧倒的な支持を受け完全に厨房を任されている。故に、ヒツギは配膳係に徹す。
メイドの基本職務である家事全般は、見た目に反してヒツギは割とそつなつこなす。料理もやってやれないことはないだろう。この辺は、流石に元、護衛メイドだけあるなと思って褒めたら、
「ふっふっふ、メイドの仕事はしっかりママから教わっているので、バッチリ完璧なのです!」
と豪語していた。
しかし、ママ、ってどういうことだ。呪いの元となったのは護衛メイドの怨念だから、ヒツギは本人ということにはならないのか。
いや、『暴食牙剣「極悪食」』はヴァルカンの恨みによって呪いの武器と化したが、とても本人であるとは言えない。あくまで彼の怨念と、武器の素材となっているカオスイーターの残留思念のようなものがないまぜとなって、一つの『呪い』として完成しているのだ。
なるほど、護衛メイドの怨念から『呪い』へ変質するという過程は、ヒツギという自我の誕生といえないこともない。それに、俺が使い続けることで、より彼女の意思は強く確立していったようにも思える。時が経つにつれて、どんどん饒舌になって自己主張が激しくなってきたのは、そういう成長を果たした証拠だな。
まぁ、呪いの在り方ってのは千差万別だから、全てがこの理屈に当てはまるというわけではない。だが、少なくともヒツギに限っていえば、確かに護衛メイドの遺志を継ぐ『娘』であると、いえないこともないだろう。
「とりあえず、留守の間はヒツギに任せておけばいいでしょう」
「いや、俺の鎧だぞ、着ていくに決まってるだろ」
「そうでしたっけ」
いかん、フィオナは『暴君の鎧』のことを完全にメイドとしてしか見てないぞ。凄まじい性能を秘めた強力な古代の鎧であることを、俺の活躍でしっかりアピっておかないと……その内、鎧を着こんだ俺までメイド扱いするかもしれない。それだけは何としても避けなければ。
「ところで、フィオナは何のクエストを受けたんだ?」
「いえ、大したものではないですよ。ちょっと工房で入用になった材料の調達ですから」
「採取クエストか」
「ええ、そんなようなものです」
採取クエストとは、懐かしい響きだ。いつかダイダロスを解放できたら、妖精の森に、リリィと一緒にリキセイ草をとりにいければいいな。
南ガラハド廃坑、と呼ばれる場所がある。かつてガラハド山脈の南部は、ミスリル鉱山として栄えていた。しかし、僅かな埋蔵量しかなかったため、繁栄の時は十年を待たずして終わりを告げる。今から実に、百年以上も昔のことである。
蟻の巣のように山のあちこちに通じる坑道を持つこの場所は、人里からさほど離れてはいないので、幸いにもダンジョン化はしていない。その代り、こういった人目を逃れるのにうってつけの場所は、えてしてならず者たちの根城になりやすい。
現在もこの南ガラハド廃坑で、密かに居を構えている盗賊がいた。
「失礼します。ボス、急ぎで確認して欲しい商品があるそうなんですが……」
「ああん、見てわかんねぇのかテメぇ、俺ぁ今、ヴィヴィと楽しいディナータイムの真っ最中なんだよ」
今にも手にした杯をぶん投げてきそうなほど声を荒げるのは、褐色の肌を持った筋骨隆々の大男。銀色の髪は短く刈り込まれており、特徴的な細長い耳は、片方だけ半ばから千切れていた。
ボスはダークエルフの男である。ちなみに、怒られた部下の男もダークエルフ。
この盗賊団は半数がダークエルフで構成されている。スパーダでは珍しいが、彼らの出身が隣国のファーレンであることを思えば、当然ともいえよう。ついこの間、ファーレンを騒がせたスパーダの盗賊団がいたものだが、今回はその逆。ファーレンの盗賊団が、スパーダへと進出してきて、新たな悪事に手を染めようとしているのだった。
「まぁまぁ、いいんじゃないのさ、ボス。わざわざ見てくれ、なんて言ってくるってことは、よほどの上玉が手に入ったってことじゃないの?」
甘ったるい妖艶な声を荒ぶるボスにかけたのは、豊満な肉体をもつダークエルフの美女、などではなく、小さな、本当に小さな女の子であった。そう、彼女は小さい。その身長、実に三十センチあるかどうかといったところ。テーブルの上に座り込み、専用の小さな杯に満ちた蜂蜜酒を煽る姿は、精巧な人形が動いているようだ。
しかし、彼女は古代の技術で動く魔法の自動人形などでは断じてない。その光り輝く二対の羽を見れば、誰でも分かる。彼女が妖精であると。
「おう、そうなのか?」
「はい、その通りです。私も確認しましたが、あれほどの美人は、初めて見ました」
「へぇ、ソイツは期待できそうじゃないのさ。スパーダに来て幸先いいわね」
「よぅし、いいだろう、ソイツを連れてこい!」
ニヤリと肉食獣のように獰猛な笑みを浮かべて、ボスの命令が下る。
そうして、その美女が部屋へ連れてこられたのは、すぐのことだった。
「ほう、コイツぁ……」
顔の良い女など何人も見てきたボスだが、思わず息を呑む。
墨を流したように艶やかな黒髪のショートヘアに、シミ一つない真っ白い肌の、人間の女。顔も体つきも、女性としては理想的な美しさであることは、誰の目にも明らか。しかし、ボスがもっとも魅力的に感じたのは、大地に豊穣をもたらす太陽のように神々しい輝きを持つ、黄金の瞳だ。
「ちょっとボス、魅了されるなんて、間抜けなことしないでよね」
「っと、危ねぇ危ねぇ……コイツは本物だぜ」
妖精ヴィヴィにジト目で睨まれながら、ボスは気を取り直して、これまで取り扱った女の中でも、間違いなく一番となる最高級品の少女を満足そうに見やる。
格好は捕えた時のままなのか、仕立ての良い白いローブを着ている。材質は絹か、あるいはそれに付加が施された高級品。ただの村娘などではなく、やんごとなき家柄であろうことは、その服装と、何より、気品の漂う容姿から明らかであった。
容姿端麗の上に血筋も良いとくれば、この少女にはとんでもない値がつくであろう。
「よし、コイツは本国に送る。いいか、万が一にも傷物にならねぇよう、厳重に――」
「もう下がっていいですよ」
ボスの指示を平坦な声で遮ったのは、部下の誰でもない。眼の前にボンヤリした表情で立つ、捕えられた少女であった。
「おい、何だお前ら、コイツに変なクスリでも打ったのか?」
盗賊に捕まって、如何にもガラの悪い男達に両手を縛られた状態で、こんな廃坑まで連れてこられたというのに、何もかもどうでもいいくらい眠いんですというほどボーっとした無表情をしているのは、鎮静剤の効果かとボスは思っていた。しかし、突如としてワケのわからない台詞を発したことで、違う薬品を誤って使ったのかと真っ先に疑った。この馬鹿野郎、お薬は用法用量を守って正しくお使いくださいって、いつも口を酸っぱくして言っているだろうが。そう怒鳴りつけるよりも前に、再び少女が喋り出す。
「案内、ありがとうございました」
クスリで頭がおかしくなったが故の戯言、ではないというのは、少女を捕えていた部下の男達が、手にしていた縄を手放し、何も言わず足早に部屋を去っていったことが証明している。部下は確かに、少女の「下がってよい」という命令を忠実に実行した。そして気が付けば、少女の手を縛っていたはずの縄はひとりで解けて、否、初めから、縛られてなどいなかったのだ。
「テメぇっ! 冒険者かっ!」
その意味が分からないほど、ボスはまだ耄碌してはいない。
この女はわざと捕まり、ボスである自分の元まで案内させたのだ。娯楽本なんかでは定番の潜入方法だが、これを現実にやるヤツは初めて見た。よほどの馬鹿か、よほど腕に自信があるか。
ボスは見る。部屋の中には、間違いなくこの女一人しか敵となりうる人物はいない。部屋のすぐ外には、扉の前で歩哨に立つ部下の気配を感じる。外でお仲間が突入のタイミングを見計らっている、ということはなさそうだ。
やはり、敵は一人。それも、年端もいかない少女。部下を脅して潜入してきた以上、丸腰に見えても武装はしているだろうが……その、あまりにも若い容姿が、ボスを侮らせた。
コイツは馬鹿の類だ。己の力を過信し、英雄気取りで盗賊のアジトにのこのこと一人で乗り込んできた、愚かな少女であると。
「はっ、舐めやがって! ここに一人で来た時点で、もうテメぇはウチの商品になんだよっ!」
まずは一撃でぶちのめす。多少の酔いが回っているものの、魔力の巡りに支障はない。ダークエルフの誇る潤沢な魔力量を、全力全開で体内に回す。それは、鍛え上げた屈強な肉体に、さらなるパワーとスピードとをもたらす、無詠唱の強化魔法と化すのだ。
ボスのクラスは僧兵。体一つでモンスターをぶちのめすほど格闘に特化したバトルスタイルは、刹那の間に少女へ圧倒的な暴力と絶望とを、その身に叩きこむはずだった。
「待ちなっ! その女はランク5――」
ボスが最後に見たのは、黒髪のはずだった少女の髪色が、淡い水色へと変わっていくところであった。
「――私のこと、ご存知でしたか?」
ダークエルフの大男は、水色の髪を持つ少女のすぐ手前で、自然発火したかのように、突如として全身が炎に包まれ、声もなく絶命した。何て事はない、ただ発動に気づけないほど素早く、それでいて見えないほどの速さで、少女が『火矢』を放っただけのこと。
もっとも、ランク3でも上位に位置する実力を持つボスをたった一発で仕留めたのだから、その威力は下級攻撃魔法の域を逸脱しているが。
「『エレメントマスター』の魔女、フィオナ・ソレイユ……」
「正解です。ファーレンの盗賊団の幹部、妖精ヴィヴィアン・ズーラー、貴女を捕えに来ました」
スパーダで活動するにあたって、当然、その国の情報は事細かに集める。特に、自分達を狙う騎士団や冒険者の情報は、最優先事項だ。
今やスパーダを代表するといっても過言ではない、第五次ガラハド戦争の英雄。ランク5パーティ『エレメントマスター』の情報は、調べる気がなくても耳に入ってくる。メンバーの一人が自分と同じ妖精である、というのもあって、ヴィヴィアンは特に関心を寄せていた。
そして、もしこのパーティが自分達を狙ってきたら、盗賊団のスパーダ進出は断念すべきだと、そう、決めていた。
「ま、待っとくれよ……アタシらは、まだスパーダで大したことはしちゃいない。手配されるほどの悪事は働いてないはずさ」
「そうですね」
一歩、フィオナは近づいてくる。
いつの間にか、彼女の格好は漆黒の魔女ローブへと変わっている。いつ着替えたのか。そして、いつ、どこから取り出したのか。その手には、一本の長杖が握られていた。
「スパーダからは手を引く、二度と近づかない。ここで見逃してくれれば、相応の謝礼も払うわ」
「そうですか」
二歩、三歩。フィオナは一瞬の内に焼き殺した、ボスの死体の脇を通って、さらに近づく。
「即金で三千万、どう?」
解答はない。ケチりすぎたか。
「五千万、すぐに用意できるわよ」
帰ってくるのは、沈黙のみ。
「は、八千万、少し待てば、それくらいは……」
無言。
「一億よ! オマケに、ここにあるモノは何でも好きなだけ持って行っていいから!」
命は金には代えられない。最悪、ここを丸ごと全て失っても、ファーレンには本拠地が残っている。スパーダ進出にかかった費用を全て失うというかなりの損害だが、この危機的状況を脱するならば、安いものだ。
「ど、どうかしら……?」
「私は、貴女を捕まえにきたのです。お金を稼ぐためではありません」
それは、あまりに絶望的な解答であった。
ありえない。冒険者が報奨金以外の目的で動くなど。
いや、もう一つ、報酬度外視で、人が動く理由はある。
「……アタシ、何かアンタの恨みをかうような真似を、したっていうの?」
「いえ、別に恨みなんてありませんよ。初対面ですし」
「だったら、どうしてっ!」
「妖精が欲しかったんです。貴女のような、魔神へ生贄に捧げるような真似をしても、何の問題もないような『悪い妖精』が」
交渉は決裂だった。いいや、ハナから交渉の余地などない。餓えた野生のモンスターを相手に「金をやるから見逃してくれ!」と訴えかけるに等しい、無駄な行為であった。
生き残るためには、逃げるしかない。ヴィヴィアンの対応は早かった。
「――『閃光』!」
妖精族が持つ光の固有魔法を用いた、凄まじい光量のフラッシュが炸裂する。咄嗟に目をつぶったとしても、しばらくは前後不覚に陥るほどの強烈な白光が、室内を満たす。
「『光矢』!」
さらに、廃坑の中にしつらえたこの一室が崩落する危険性も省みず、とにかく素早く、大量にバラ撒ける攻撃魔法を放つ。少しでも目くらまし、僅かでも足止めができれば、それでよかった。
何十もの光の矢を後ろに飛びながら放ち終わり、反転して全力で部屋に備えた脱出用の隠し通路へ飛び込もうとした瞬間、硬い、岩の壁が行く手を阻んでいた。
「あっ、あぁ……」
閃光で目を潰した。光の矢で足止めをした。だが、それは全て「つもり」でしかなかった。
フィオナは、このランク5の最高位に相応しい実力の一端を見せつけるように、ヴィヴィアンの抵抗をものともせず『岩盾』一枚だけで追い詰めてみせたのだった。
目の前には、音もなく黒衣の魔女が、立ちはだかる。
「安心してください。貴女は貴重な実験材料ですから、決して殺したりはしませんので――」
そうして、哀れな妖精は魔女の手により、子どもに捕えられた蝶のように、輝く羽を無造作に掴まれ、ここにその血塗られた盗賊人生を終えるのだった。