第553話 ガンスリンガー
「ほら、見てよ、僕も勲章、貰ったんだよ。あはは、ランク1だったのに」
恥ずかしそうに、でもちょっと嬉しそうにはにかみながら、シモンはキラリと黄金に輝く『スパーダ軍功労勲章』を見せてくれた。
「当然だろう、シモンがタウルスを復活させなかったら、大城壁はあのまま突破されていたからな」
ガラハド戦争、その最後の戦いとなる十字軍の第三次攻撃は、双方にとって文字通りの総力戦。タウルスを全機投入しての怒涛の攻めは、スパーダ軍でも防ぎきれなかった。
確かあの時は、俺は壁の大穴を守っていたけど、反対側の方にデカい亀裂ができて、いよいよ城壁内に十字軍が侵入してくるという進退窮まった状況だったはず。タウルスもまだ四機ほど残っており、敵の侵攻を止めるに止められない、最大のピンチであった。
そんな時に、シモンがガルダンと共に第一次攻撃の際に城壁前で倒れていたタウルスの再起動に成功し、敵の四機を蹴散らし、そのまま一気に反撃の流れを作ったのだ。
それに加えて、第七使徒サリエルの撃破にも貢献したのだから、これで評価されない方がおかしいだろう。
『スパーダ軍功労勲章』は、戦争において目覚ましい活躍を遂げた者に送られる勲章だ。これを授与されたシモンは、名実共にスパーダ軍の英雄の一人といっていいだろう。
「勲章を貰ったんなら、流石にお姉さんも認めてくれたんじゃないのか」
「あー、うん、それは、まぁね……」
何故か恥らうシモンであるが、嬉しそうではあるので、喜ばしい和解を果たしたのだろう。気になるからちょっと突っ込んで聞いてみたら、何だかんだでシモンは教えてくれた。
それは勲章の授与式も終えて、報告ついでに久しぶりにバルディエルの実家へと戻った時のことだという。スパーダの戦勝に加え、長女エメリア将軍の活躍と、何よりも予想外だったシモンの大活躍が、一族総出で盛大に祝われたという。
嬉しさよりも緊張と戸惑いでぐったり疲れ切ってようやく寝室に入ったところで、姉貴がやって来た。正直、疲れているから早く帰って欲しいな、とか思ってたようだが、無碍にするわけもいかないので、そのままベッドに座り込んで、ちょっとぎこちなく話を始めたらしい。
「――すまなかった、シモン。私はこれまで、お前の行いを否定するばかりで、まるで理解しようとしなかった」
「えっ、何さ、そんな急に……」
これまでの姉の態度を考えれば、信じがたい言葉だ。
「私が愚かだった。武技や魔法、逞しい肉体、ただ目先の『力』だけに囚われて、それを正しいと思い込み、お前に押し付けるばかり。だが、お前は此度の戦で、自らの力で、錬金術師としての力で、その勲章を勝ち取ったのだ。これほどの結果を目の当たりにすれば、認めざるを得ない。私が間違っていた。本当にすまない、私はお前にとって、良き姉ではなく、ただの邪魔者にしかなれなかったことを、心の底から、謝罪する」
何て勝手な言い分。こうして勲章を貰う大活躍をしてから謝るなんて、掌返しもいいところだ――そう、以前の自分なら思っただろうと、シモンは苦笑いで語った。
「ううん、いいよ。リア姉が認めてくれただけで、僕にとっては勲章を貰うより、嬉しいことだから」
姉が少し変わった、と思ったのは、イスキア古城から帰った時だったという。流石にピンチに陥ったことで、家族として心配してくれたのか……その時は、そんな程度にしか思わなかったが、今になって、あの頃から少しずつ自分の力を、錬金術師としての力を、認めようとしてくれていたのだと、分かった。
少なくとも、シモンはそう思ったし、だからこそ、姉の言葉を素直に喜ぶことができた。
「ありがとう、シモン。これからは、真に良き姉となれるよう、私は努力しよう」
「そんなのいいよ、だってリア姉は、今も昔も、強くてカッコいい憧れの騎士なんだから。それだけで僕は……」
「シモン……」
そして、二人はそのまま同じベッドで寝たという――
「えっ、寝たの? 姉弟でっ!?」
「ちょ、ちょっと、変な誤解しないでよ! ただ一緒に寝ただけだって!」
そうか、シモンの貞操は無事だったのか。それなら良かった。
「いやでも、シモンだって17歳だろ。それで姉貴と一緒に寝るって……」
俺が姉貴と一緒の布団で寝た記憶は、小学校の低学年あたりで終わっている。今の年齢で一緒に寝ろよと言われたら、恥ずかしすぎて無理。
「あー、もう! このことは内緒にしてよね! ウィルとかには絶対、言わないでよね!」
分かった分かった、と顔を真っ赤にして涙目のシモンを相手にすると、そう返事するしかないだろう。きっと、酒に酔ったとか、その場の勢いとか、色々あったということで。
それからしばらく、厳重に口外禁止を約束させられてから、ようやくシモンは落ち着いてくれた。コーヒーの入ったカップを両手でとって、ズズズと飲む。なんとシモンまでブラック派であった。もしかして俺の味覚、子どもすぎるんだろうか。
「――それにしても、僕は未だに、サリエルがここにいることが信じられないよ」
「それは、まぁ、俺もたまに思う」
すでにシモンは、コーヒーを運んできたメイドのサリエルと再会、というのは少し違うだろうか、ともかく、目撃している。そして、シモンには全ての事情を打ち明けている。
不安はあったが、やはり男友達だからこそか、ウィルと同じように、俺に対して同情的で、優しい慰めの言葉をもらってしまった。情けなくもあるが、正直、嬉しかった。やっぱり、シモンは親友だ。
「狙撃したこと、謝っておいた方がいいのかな?」
「その必要はない。お互い、死力を尽くして戦った結果だ」
俺はそう思っているし、サリエルも気にしてはいないだろう。多少、興味はあるかもしれないが。無敵の第七使徒を死に至らしめる一撃を与えた、張本人だからな。
「何だったら、俺がサリエルと手合せしている隙を狙って、また狙撃してみるか? いい練習になるかも」
「ははっ、冗談じゃないよ。今度こそ僕、死にそうだし」
「大丈夫だろ、またソフィさんに守ってもらえば」
「あー、そのことなんだけど……実はソフィさん、もういないんだよね」
「えっ、どうしたんだ、ついに喧嘩別れかっ!?」
「あの人……ウチの理事長だったんだよね」
「なんだ、正体がバレたのか」
「ちょっと、知ってたのお兄さん!?」
「いや、だって、リリィが内緒だよって言うから……」
王立スパーダ神学校の理事長にしてスパーダ四大貴族のパーシファル家の当主でもある、ソフィア・シリウス・パーシファルが、シモンとコンビを組んでいる謎のダークエルフのお姉さんソフィであることは、すぐにリリィが説明してくれていた。何でも、彼女はシモンに気があるらしく、協力して欲しいとのこと。
俺としては何故か胸中複雑な思いではあったが、他人の恋路は邪魔するまいと決めて、リリィの言う通りに従った。実際、ソフィさん、もといソフィア理事長は超絶美人だし、スタイル抜群だし、家柄も良い上にランク5冒険者としての実力もある、究極の優良物件である。強いて言えば年齢がネックかもしれないが、寿命が長めなエルフ種からすれば十年や二十年くらいの歳の差など誤差みたいなもんだろう。
それに実際、ソフィア理事長はガラハド戦争で幾度となくシモンを助けてくれたわけだし、伴侶として相応しい活躍をしたと認められる。
「でも、理事長だったと分かったから別れたってのは、ちょっと酷いんじゃないのか?」
「違うよ、正体がバレたのは僕だけじゃなくて、学校の教師とパーシファル家の人達もだよ。それで、理事長と当主の役目を放り出して冒険者ごっこに興じるなんて許されないと、ウチの武闘派教師陣とパーシファルの騎士達が総出でソフィさんを捕まえていったんだよ」
それはもう、第六次ガラハド戦争勃発か、というほどに激しい争いだったという。怒声が飛び交い、攻撃魔法は入り乱れ、激闘は三日三晩、続いたらしい。
「流石に観念して、今は理事長の仕事に戻ってるみたいだよ」
「あの人も大変だな……」
あまり同情はできないが。恋という100%私情オンリーで自分の仕事と責務を放り出したのだから。そのツケはあまりに大きすぎたといったところ。
「けど、それじゃあ今、シモンはソロなのか?」
「ううん、実は僕、パーティ結成したんだよね。名前は『ガンスリンガー』」
シモンは今回の戦争で勲章を授与されるほどの活躍を認められている。当然、それに対する報奨金もかなりの額となった。これまで姉貴から借りていた学費や生活費諸々を全額返済しても、まだまだ余裕で残る程度には、大金だ。
俺というパトロンはすでにいるが、それでも自分が自由に使える巨額の資産を手に入れたことは大きい。シモンはこれまで金銭的な問題で、どうしても先送りせざるをえなかった銃の量産について、いよいよ本格的に動くことにしたという。
「オジさんの紹介で、モルドレッド武器商会に渡りをつけてもらって、郊外にある工場の一部を借りただけだけどね。今はまだ販売するつもりで生産してないけど、ここでできた量産型ライフルと機関銃、その他諸々を、まずは自分のパーティで実用試験って感じだよ」
なるほど、銃をメイン装備にする前提のパーティだから『ガンスリンガー』か。
そうして結成したパーティを自ら率いて、実験がてらあちこちのダンジョンを渡り歩いていたから、俺が帰還したという情報を受け取るのがちょっと遅れたそうだ。それで一ヶ月近くも遅れた再会となったのだが、こういうところで、現代日本と異世界文明との差を実感する。誰か電話とか発明してくれないかな。というか、シモン作ってくれないかな。
「メンバーはどうしたんだ? 適当に雇ったのか?」
「とりあえず、ガルダンには付き合ってもらってるよ」
あの短気なゴーレムと仲良くしているのは驚きだ。でも、一緒にタウルスで大暴れした仲だもんな。
「あと、ザックっていうオジさんがいるんだけど、お兄さんの知り合いってホントなの?」
どこかで聞いた名前だ。えーと、誰だったっけ……
「もしかして、スキンヘッドの厳つい大男? 斧とか装備してない?」
「そうそう! その人だよ! うわー、ホントに知り合いだったんだ」
いや、あの人とは知り合いというか、何というか……微妙なラインだが、知り合いということにしておくのがやはり無難か。
「なんでアイツがメンバーにいるんだ?」
「ガラハド戦争の第二次攻撃の時なんだけど、ほら、リィンフェルトとかいう凄い結界使ってくる人と戦った時」
「ああ、よく覚えてるぞ」
あの時はかなり際どいピンチだったが、土壇場でひょっこりとタウルスからシモンとソフィさんが現れてくれたお蔭で、一気に形勢が逆転した。
「そういえば、あの時、壁の穴のところでザックを助けたな」
「うん、あの後、僕とソフィさんは大城壁の上まで戻って、そこで敵を食い止めていたんだよ。で、僕は『サンダーバード』を使って、試作型の機関銃は余ってて、ちょうど隣に武器を失くした冒険者がいたから、貸してあげたんだ」
「それがザックだったのか」
「うん、何か気に入ったらしくて、是非、またこれを使わせてくれって。あの人、わざわざ僕のことを探して会いに来てくれたんだよ」
なるほど、銃を使いたいってヤツが来るなら、断る理由はないだろう。
「けど、ソイツは大丈夫なのか?」
色んな意味で。元々はスラム街で女の子相手にカツアゲするようなチンピラ男。その次は盗賊の用心棒。でも、最後にはガラハド戦争に参加してスパーダ人の義務を果たそうとしたのだから、多少は改心していると思いたい。リリィもまぁ大丈夫だろう、みたいなこと言っていたし。
だが、シモンと同じパーティだと思うと、流石に不安にもなる。
「何かガルダンとも顔見知りだったみたいで、仲良くやってるよ。あと、もう一人のメンバーに、治癒術士で猫獣人の女の子がいるんだけど、その子も随分と慕ってるみたいだし、うーん、見かけによらず、いい人だと思うけど?」
まさかの高評価である。もしかしてザック、本当に改心したのか。今度ちょっと、『ガンスリンガー』の様子を見に行かないといけないな。というか俺も、シモンと一緒に銃をぶっ放してダンジョン攻略とかしてみたい。
「そういえば、エンシェントゴーレムの研究とかはどうなってるんだ?」
「うん、そっちの方は――」
そんな感じで何時まで経っても話題は尽きず、結局、俺はシモンと夜を徹するまで語り明かした。
「クロノさん、昨晩はお楽しみでしたね」
「あ、うん……すまん」
朝になってようやくシモンが帰った後、フィオナがちょっと不機嫌だったのは、何故だろう。
この家に住み始めて一週間と経たない内に、俺は前々から秘めていたあることを、いざ実行すべしと裏庭へとやって来た。
我が家の庭は、表よりも裏手の方が広い作りになっている。大きさは学校のグラウンドを彷彿とさせる広さで、400メートルトラックもギリギリで入りそうな感じだ。
もっとも、しばらく廃墟だったお蔭で、この広い裏庭は美しいガーデンどころではない、単なる原っぱと化している。住むにあたって最低限の草刈を済ませてある程度。俺は特にガーデニングに興味はないから、綺麗な庭を作りたいならサリエルに一任することとなる。フィオナも庭づくりに興味はないが、その代わり、工房で作る妖しい薬品の原料や、魔女の儀式に用いる植物を作ると言っていた。絶対、マンドラゴラの栽培するつもりだろう。もしご近所さんに「あら、お宅はなにを育てているのですか?」と聞かれたら、ハーブの栽培です、と誤魔化しておこう。
ともかく、今のところは何もない草むらであることに変わりはない。そんな場所に、俺とサリエルは立っていた。
「準備はいいか?」
「はい」
いつも通り素っ気なく答えるサリエルは、メイド服ではなく、お馴染みの修道服を着用している。長い銀髪は後頭部で括られており、ちょっと久しぶりに見るポニーテールだ。この格好にこの髪型だと、もう完全に第七使徒である。思わず、ブルリと体が震えた。
「すぅ、はぁ……」
大きく息を吐いて、気持ちを落ちかせる。
サリエルが修道服という名の戦装束を身につけているように、俺もまた防具の面では完全武装だ。つまり『暴君の鎧』を着装している。
すでに混沌主機には火が入り、精霊推進も暖機が済んでいる。いつでもブースターを全開で回せると、被った兜のディスプレイにスタンバイの表示が灯っているのを見た。
武器こそ手にしていないが、戦闘準備は完了。
「高速機動形態・移行」
「……行くぞ」
ミリアのアナウンスと同時に、俺は全速力で無防備に棒立ちするサリエルへと襲い掛かった――のが、今から三分前の話である。
「――ちくしょう、格闘戦じゃ全く歯がたたねぇ」
「マスターはまだ、その鎧の機動に慣れていない」
「それでも、生身よりは速度でてるはずなんだが」
「速さそのものに、あまり意味はありません。速さに振り回されていれば、つけいる隙はいくらでもある」
何とも手厳しい。だが、全くもってその通りだ。厳然たる事実として、サリエルは最初と同じように悠然と草むらに立ち、一方の俺は、重厚な鎧姿のまま、情けなくも大の字になって仰向けで倒れているのだから。
「けど、やっぱり強いな、お前は」
「ありがとうございます」
褒めたというより、改めて思い知ったという感じなんだが。
しかし、俺を圧倒するほどの強さがあるからこそ、サリエルは組手の相手として相応しい。
組手。そう、実際に相手と打ち合う実戦形式の鍛錬方法である。実は、前々からこれをやってみたくて仕方がなかったのだ。
リリィとフィオナはそもそも魔術士クラスなので、素手での格闘戦も剣などの武器による打ち合いも、練習相手としては望めなかった。そして、他に俺と組手をしてくれそうな知人友人も皆無。かといって、どっかの格闘技や剣術の道場へ通うほど、暇もなかった。そこまでして練習するくらいなら、真っ当にクエストを受けて、実戦で鍛えるのを選ぶ。金も稼がなければいけなかったし。
ともかく、俺は今まで組手をする機会にとことん恵まれなかった。なまじ、最近になってカイとちょくちょく手合せするようになってから、やはりその重要性も再確認できた。相手が相応の実力者であれば、下手な実戦よりもずっと練習になる。
そんなワケで、サリエルの失った手足がついに完全再生を果たしたと同時に、晴れて俺の組手相手として任命したのである。勿論、俺の右腕も、完治している。
さて、今回のルールは、徒手空拳による格闘のみだ。魔法ナシ、加護ナシ、時間無制限、である。魔法や武器を使った鍛錬、あるいは加護の習熟といった方は、また別のルール設定にしてやる予定。今回は初めてということで、シンプルな格闘戦ということにした。
「よし、もう一度だ」
さっきはあっさりと、華麗な空中コンボをフルヒットされた挙句、見事な背負い投げを決められてKOとなったが、体力も魔力も、まだまだ有り余っている。
「次は武技を使わせるくらいには、粘ってやるからな」
「了解、武技の使用を解禁します」
あ、コイツ、さっきの時は武技を縛ってやがったな。だが、悔しいかな、それくらい舐められてもおかしくない技量の差が、俺とサリエルにはあるのだ。
使徒として何年も戦い続けた経験は、伊達ではないということか。開拓村で生活していた時に、彼女の戦歴はおおまかに聞いている。所詮、俺もこの異世界で戦い始めて一年を少し過ぎたくらいの、浅いキャリアであることを密かに思い知らされたもんだ。
しかし、このあって当たり前の実力差を、ただ仕方がないと認めるわけにはいかない。一日でも早く、この差を埋めなければ……次の使徒との戦いには勝てないだろう。いや、それ以前に第六の試練を引き継ぐ『カオシックリム』も倒せるかどうか。とにかく、もっと強くならなければ。
「行くぞ!」
気合いを入れて、サリエルへ飛びかかった。
そうして始まった二戦目だが、俺のヤル気も虚しく、十分と経たずに決着を迎える。
「――『スティンガー』」
「ぐはぁあああっ!?」
草むらの上を二転三転。正面に比べてやや装甲の薄い脇腹の、さらに可動域を確保するための隙間に、サリエルの鋭い手刀による武技が突き刺さった。全身鎧のウィークポイントの一つを突かれた形になるが、流石に一発で貫通するほど脆くはない。
全く痛みはないが、凄まじい衝撃が百キロ近い重量の鎧兜を纏った俺の体を軽々と吹っ飛ばす。これが、武技の威力である。
「くっ、ぐ……もう一回だ」
負傷していないなら、休む必要はない。俺はすぐに立ち上がり三戦目を挑む。
「――『スティンガー』」
「も、もう一回だ……」
全く同じ個所を突かれて倒れた俺は、よろよろと立ち上がり、四戦目。
「――『スティンガー』」
「……も、もう、一回……だ……」
「警告。左腹部・耐久低減」
無様にブッ飛ばされたのは、これで何度目になるのだろうか。見るに見かねた、といった様子でミリアが破損の危険性を知らせる警告を点灯させる。
「……鎧を脱ぐ」
「非推奨。敵勢脅威度・極大。死亡ノ危険性アリ」
「アイツの腕前は達人を超えた超人級だ。死なない程度の加減はするだろう」
その代り、死ぬほど痛い攻撃も躊躇なくぶち込んでくるだろうけど。
「まぁ、痛いのは慣れているから、どうってことはない。それに、生身での訓練も積んでおかないとな」
鎧を使いこなすのも大事だが、俺の肉体一つで戦う力も磨いておかなければ。使徒と戦うといっつも防具破壊されるから、この『暴君の鎧』も最後までもつか分からない。
サリエルと決着をつけた時も、最後は裸も同然だったしな。
「要請承認。装甲、全解放。武運ヲ祈ル」
気の利いた言葉と共に鎧兜は解放され、俺の体を爽やかなそよ風が撫でていく。鎧の中は温度調節されているから割と快適だが、やはり生身の方が気持ちいいな。
鎧を脱げば、俺はただのズボンにシャツとラフな格好。攻撃を受け止める防具となるのは、もう鍛えあげた己の肉体より他はない。
「鎧は着用しなくて、よいのですか」
「ああ、遠慮はするなよ。痛い思いをした方が、覚えも早いってもんだ」
思えば、そうやって俺は強くなってきた。痛みを伴わずに、強い力は得られない。当たり前のことだ。
「分かりました。では、同じように」
「それで頼む。じゃあ、行くぞ――」
生身でいる方が、五感は鋭くなる。分厚い装甲を纏っているのだから、空気や気配に鈍くなるのは当然かもしれない。あるいは、それもまた慣れかもしれないが。
ともかく、今の俺は『暴君の鎧』を装着するよりも、生身の方がよりサリエルの動きを察知しやすい。彼女の強烈な力の気配、圧倒的な雰囲気、みたいなものを、全身でビリビリと感じ取れる。
彼女の無駄のない、一挙一投。ただ相手を殺すためだけに特化した、無慈悲な格闘術。 サリエルがどう動くのか、どう動こうとしているのか、何となく、分かるような気がする。やはり、こっちの方が覚えやすい。
「――『ピアースシュート』」
「ぐはぁあああああああああああああああああああああああっ!!」
まぁ、だからといって、急にサリエルに敵うワケじゃないけれど。
繰り出されたのは、初めて見た蹴りの武技。
一瞬、サリエルが反転して背中が見えたから、ここを隙とみて渾身のパイルバンカーをぶち込もうとしたら、いつの間にか、俺の腹筋に鋭い爪先が突き刺さっていた。目にも止まらぬ速さの、回し蹴り。パーフェクトなクリティカルヒットだ。
俺の体は甲子園優勝校のエースピッチャーが全力投球した剛速球のごとく真っ直ぐにぶっ飛び、屋敷を囲う鉄の茨の柵と、隣の洒落たレンガ造りの外壁とをぶち破って、お隣さんちへダイナミックにお邪魔してしまった。
「きっ、キャァアアアアアアアアアアアアアアアっ!?」
庭先で素敵なガーデニングを楽しんでいた隣に住むハーフリングの奥さんが、幼い顔を真っ青にして絶叫するのを見たのが、気絶する直前に見た光景だった。