表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒の魔王  作者: 菱影代理
第27章:アイシテル
536/1036

第535話 三度目の緊急クエスト

 事件が起こったのは、あまり実りのない外出を終えて戻ってきた、清水の月7日の夜のことであった。

「サリエル、こ、これは……」

 食卓の上には今、一つの料理が置かれている。皿の上には、炊き立ての艶やかな白米が敷かれており、その上に、ドロリとした茶褐色のルーが綺麗に半分だけかけられている。鼻を突くのは刺激的なスパイスの香り。思わず空腹を覚えさせる魅惑的な香りはしかし、俺にとってはもっと、懐かしさ、のようなものを感じさせた。

「はい、カレーです」

 そう、それは紛うことなく、カレーライスであった。

「カレーとは何ですか? 見たところ、米を使っているので、ルーン料理の一つなのでしょうか」

「いや、カレーは俺達の故郷の料理だ」

 カレーライスはほとんど日本の料理、と言ってもこの際いいだろう。

 俺は別に黄色い食いしん坊キャラみたいにカレーに対して並々ならぬ思いを抱いているワケではないのだが、それでも大多数の日本人と同じように好んではいる。スパーダではこれまでカレーの類を見かけたことはないから、流石にレッドウイング伯爵も再現し損ねたのかと半ば諦めていたものだが……まさか、カレーを作れるだけの材料がこの国に揃っていたとは。

「早く食べよう」

 俺の意思をその一言だけで察してくれたのか、フィオナはそれ以上何も問わず速やかに席に着く。

「いただきます」

 静かな夕食が始まった。ラウンジには時折、銀スプーンの先がかすかに皿の底に触れる音だけが響く。何も言わず、何も語らず、俺は一心に、カレーを食った。

「……ごちそうさま」

 美味い。完璧なカレーだった。

 ジャガイモ、ニンジン、タマネギ、豚肉。正に日本のカレーライスのテンプレともいうべき具材のみが使われた、オリジナリティの欠片もないレシピであるが、だからこそ、良い。基本に忠実、というのは俺もアヴァロンのお姫様に教え込むのに苦労したほど、大事なことである。

 そうして、見事なまでに再現された故郷の味は、こうして一皿完食するまで感想を語らせないほど俺を夢中にさせてくれた。

「ありがとう、サリエル。美味かった」

「お口にあったようで、何よりです」

 今朝も聞いたばかりの簡素な返事。相変わらずの無表情であるが、あえてカレーを作ろうと思ったのは、彼女なりの気遣いかアピールみたいなところがあるのだろうか。

 たとえコイツにあざとい思惑があったとしても、これを食べてしまっては、認めざるを得ない。

「カレー以外にも、作れるのか?」

「白崎百合子には豊富な料理の知識がある。材料さえ揃えられれば、レシピの再現は容易」

 料理上手とは、白崎さんの女子力は凄まじいレベルだな。是非とも手料理を食べて見たかったが……一応、サリエルが作ったものも、彼女の手作りと全く同じ味に仕上がるのだろうか。

「そうか。必要なら幾らでも出すから、料理は任せるよ」

「はい、マスター、ありがとうございます」

 サリエルの評価急上昇、というのはきっと、俺だけではないだろう。

「……おかわり、お願いします」

 流石にフィオナも、この完璧なカレーを前に屈服してしまったようだ。心では認められなくても、胃袋カラダは正直である。



 静かに一週間が過ぎ去り、清水の月13日となった。やはり、リリィは帰ってこないし、一件の目撃情報も寄せられていない。あの日、ラウンジから出て行った直後に霞のように消えてしまったかのようだ。もっとも、視覚的に姿を消せるプレデターコートを使えるリリィなのだから、本気で姿を消そうと思えば、いくらでも人の目など逃れられる。

 結局、俺はただ、彼女の方から帰ってくるのを待つしかない。

 どうしようもない不安を心の底に沈殿させながらも、俺はスパーダでの割と平和な日々を過ごしていた。

 まずは、正式にガラハド戦争での報奨金が出たことも、俺を安心させてくれた。やっぱりサリエルの件で相殺されたんじゃ、と思ったが、ウィルが豪語していたように無事に支給されることと相成った。

 緊急クエストに参加した基本報酬を始め、数多の兵士やタウルスのような巨大兵器、さらには敵の大将級となるリィンフェルトと、本物の総司令官である第七使徒サリエルの撃破。諸々の追加・特別報酬がついて――合計金額は驚愕の十億クランである。

 これまでも俺は、『呪物剣闘大会カースカーニバル』の賞金や、イスキアの戦いでの褒賞金、ラストローズ討伐のクエスト報酬などなど、大金を得る機会は幾度かあった。しかし、今回ばかりは桁が違う。最高価のスパーダ大金貨でも凄まじい量となる。

 流石にいつものように影空間シャドウゲートに放り込んでおくのは気が引ける。まして、サリエルにぶっ壊された経験をした今となっては安全性も信頼しきれない。

 というワケで、膨大な量の金貨の大半は、この度初めて利用するスパーダの銀行に預けることにした。勿論、上層区画にある本店だ。

 前々から銀行が存在しているということは知っていたが、便利な空間魔法ディメンションはメンバー全員使用できるので、金貨の保管目的で利用する必要性はなかったし、巨額の決済や商取引などの経験もなかったから、これまで全く縁がなかった。せいぜい、このファンタジーな異世界でも銀行制度が成立しているんだな、と感心したくらい。

 ともかく、この国立であるスパーダ銀行を通じてモルドレッドへの『暴君の鎧マクシミリアン』購入代金もスムーズに支払うことができたし、家を買う時も決済がしやすいだろう。

 こうして事実上、立派な金持ちとなった俺達『エレメントマスター』であるが、その生活には大して変化はない。

 まだ家も探している段階なので、このボロっちい寮生活のままだし。とりあえず不便はないし、卒業するまでこのままでもいいかなとは思っている。

フィオナが前に話した通り、すでに神学校に通う必要性は薄いが、それでも一応は正式に卒業したいと俺は考えている。中退っていう肩書きは、日本人の俺からすると抵抗のあるもんだ。

 今のところ、それほど急いでやらねばならないことはないので、フィオナと一緒に必要な単位修得に通い続けている。ちょっと学生同士のデートみたいなことに憧れのある俺からすれば、これまでよりも少しだけときめく学校生活。フィオナの方も、満更ではないように見えた。

 そういえば、授業のついでに学校でカイと会ったら模擬戦もしている。特に約束しているワケじゃないから毎日ではないが。

 幸い、カイと同じく神学校にまだいるというサフィールとは出会っていない。余計なちょっかいをかけられることなく、学校は平和そのもの。

 無論、授業とは別にさらなるパワーアップのために、日夜新たな黒魔法と加護の習熟に専念するのが、現状において俺の主な活動である。

 これまで習得した第一から第四までの加護も、その力をまだまだフルに引き出せているとは言い難いし、新たな第五の加護も、次の試練が見つかるまでには実戦で使えるレベルにまで調整しておきたい。

 フィオナも俺と同様に、エンディミオンの加護の習熟に努めているようだ。魔女の工房が完成すれば、加護に対する研究も深まっていくのだろうか。

 その一方で、サリエルの方は日夜、日本の料理再現に勤しんでいるだけ、というワケでもない。

 つい先日、サリエルもついに冒険者デビューを果たした。フィオナの言いつけ通り、ランクアップを果たすべくソロで活動を始めたのだ。

 そして、翌日にはランク2になっていた。

 コイツ、近場での討伐クエストのみを厳選して受注し、あとは改造強化された人造人間ホムンクルスの超絶スタミナを生かして、文字通りの不眠不休、丸一日24時間という持ち時間をフルに使い対象モンスターを狩ってきたのである。

 俺も同じことをやろうと思えば不可能ではないが、精神的には途轍もなく疲れるから絶対にやろうとは考えない。それをまさか、本当に実行するとは……とんでもないヤツだ。

 しかし、サリエルの真に恐ろしいところは、ランク2を示すブロンズプレートのギルドカードを引っ提げて寮に帰って来るなり、両手に抱えた食材で俺達の夕飯を作り始めたことである。

「おいサリエル、そんな無理しなくてもいいんだぞ。クエスト帰りだろう」

「現在、私には不眠不休で三日間の戦闘行動を継続可能な程度の体力は残っている。家事を行うのに何ら支障はありません」

「いや、できるかどうかを聞いてるんじゃなくてだな――」

「任務の遂行に問題がなければ、休む理由はありません」

 俺の気遣いを全否定するかのような返答にちょっと凹みつつ、その場はもうサリエルの好きにさせることにした。

 そうして出来上がったその日の夕飯は、オムライスだった。

 チキンライスとふわふわの卵に包まれたその味は、正しく俺がイメージするオムライスそのもの。洋食店で出てきても遜色ない出来栄えに、俺はカレーの時と同様に感動に震えずにはいられない。

「……おかわりを、お願いします」

「はい、フィオナ様」

 俺にとっては懐かしき故郷の味だが、フィオナにとっては夢にまで見た、これまで食べたことのない美味しい料理、の一つの形である。サリエルがこの調子で日本の国民的料理を再現し続けていけば、そう遠くない内にフィオナの胃袋カラダは完全に堕ちることだろう。悔しい、でも食べちゃう、みたいな。

 なにはともあれ、このままフィオナがサリエルと仲良く、とまではいかなくても、仲間の一人として認められるくらいにはなれば良いのだが。これからの関係性に少しだけ光明が見えたような気がする。

 その一方で、今度は俺達とは別なところで、新たな動きがあった。



「なぁ、フィオナ、最近ちょっと街が騒がしくないか?」

「街というよりも、神学校……いえ、冒険者達が、ですね」

 本日、13日の授業を終えた昼休み。生徒で溢れる神学校の敷地内を歩きながら、フィオナとそんなことを話す。

「ああ、何ていうか、ガラハド戦争の直前みたいな雰囲気だ」

 スパーダの街を行き交う冒険者達は、誰も彼も忙しそうにクエストの準備を整えようと急いでいるように見える。まるで、これから一攫千金の美味いクエストが待っているかのよう。

「もしかしたら、出るかもしれないですね」

「ああ、これは出るかもな」

 冒険者歴そのものは短いが、そんじょそこらの奴よりは充実した冒険をしてきたつもりだ。俺もフィオナも、どちらが言い出すこともなく、自然と足は冒険者ギルドへと向かった。

 俺達の予想を肯定するかのように、ギルド本部も普段以上に冒険者の数が目立ち活気で満ちていた。もっとも、すでに本部の広さも賑わいにも慣れている。やはり、くらいに思いつつ、俺はさっさと目的のカウンターへと向かう。

 しかし、一番空いている列へ並ぼうかという寸前で、俺の足は止まる。目標変更。やっぱり、こっちの列にしよう。僅かな逡巡を経て、俺はそう決断した。

「クロノさん」

「許してくれ、フィオナ。無事に帰ったことくらい、自分の口で伝えたい」

「侮らないで欲しいですね。私はそこまで、狭量ではありませんよ」

「そうか、そうだな……ありがとう」

 わざわざ、フィオナにそんなことわりをいれてしまうような人物など、このスパーダでは一人しかいない。さて、そろそろ、俺の順番も回ってきた。

「久しぶりだな、エリナ」

「ええ、本当に、久しぶりね……クロノ君、おかえりなさい」

 彼女は、静かに微笑みながら言葉を返してくれた。

 思えば、エリナとは告白された時に別れてからはそれきり。あれは確か、冥暗の月の初めの頃だったか。

「元気にしてたか?」

「私は何も変わらないわ。毎日、同じ仕事の繰り返しだもの。それよりクロノくんの方は、かなり大変だったようね。おおよその事情も、根も葉もなさそうな噂話も、色々と聞いているから」

「それは……まぁ、話せば長くなるし、あまり人に語って聞かせるには楽しいものでもないから、詳しい説明は遠慮させてくれ」

「話してくれるなら聞くけど、こっちから聞き出すような真似はしないわ。私はただ、貴方が無事に帰って来てくれた、それだけで十分だから」

 前はあんな別れ方になったけれど、こう言ってもらえる俺は幸せ者だろう。流石に四か月もの時間が流れれば、エリナも心の整理はつくか。今ではもう、彼女から「愛してる」と告白されたことが、夢のように思えてくる。

「ところで、わざわざ私に会いに来てくれたってわけでもないんでしょう? 何となく察しはつくけれど、さて、今日はどういったご用件でしょうか」

 ギルドの受付という場所もあって、そう長々と雑談しているわけにもいかない。俺としても、単刀直入に本題を切り出すことに否やはない。

「緊急クエスト、出てないか?」

「流石に、この雰囲気で気づかないわけがないわよね」

 冒険者が全員準備を急いでいるということは、全ての冒険者が動員されるような仕事があることを示している。そしてそんな大仕事は、緊急クエストをおいて他にはない。

「でも、詳しいことはまだ何も聞いてないんだ。とりあえず、十字軍が動いたってワケではなさそうだが」

「ええ、今回の緊急クエストはガラハド戦争とは全くの別物よ」

 そして、ここ最近は地震や大嵐などの自然災害も起きてはいない。ならば、相手はモンスターに限られる。

「相手は何だ?」

「プライドジェム」

 もしかして、という予感はあった。俺にしては珍しくも的中といったところか。

「と言っても、ピンとは来ないかしら。珍しいモンスターらしいわよ。私も出現したって聞いたのは初めてなの」

「俺は前にギルドの資料室で記録を見たことがある。途轍もなくデカくて強い、スライムだろう?」

「よく知ってるわね。クロノ君って意外と勉強家? それともモンスターマニアなの?」

「たまたま、読んだところを覚えていただけだ」

 魔王の試練のためにピンポイントで調べました、とは言えるはずもない。

「それにしても、コイツは一体どこから湧いて出たんだ?」

「場所はラティフンディア大森林よ」

 なんてこった、スパーダとは目と鼻の先、新人冒険者でも利用するような近場のダンジョンじゃあないか。

「そんな近くで、誰も気づかなかったのか?」

 ラティフンディア大森林は浅い部分で2、深部で4といった危険度ランクになっている。そんなところにランク5モンスターにして、緊急クエストが発行されるほどの災害級の危険性を持つプライドジェムが出現すれば、もっと早く騒ぎになっているはずだ。

 少なくとも、グリードゴアの時はスパーダ方面に移動しているという情報そのものはちゃんと伝わっていた。

「実は、出現の兆候そのものは去年からあったのよ。それこそ、ちょうどクロノ君がランク1の討伐クエストを受けに来た頃ね」

「あっ……もしかして、スライムが大量発生していたことか?」

 頷くエリナを見て、合点が行く。

 俺達がスパーダに来たばかりの頃、まずは最初のランクアップを目指して討伐系クエストをまとめて受注したことがあった。俺の担当はゴブリンとプンプンで、リリィの担当がスライムだった。あの時は、確か三百以上もの討伐数をリリィは稼いでいたはず。

 ラティフンディア大森林、通称、ラティの森には元からスライムはそれなりに生息している。相手はランク1モンスターで、それを狩るのはリリィほどの実力者。あの凄まじい討伐数を目にしても、俺はリリィなら当然か、くらいにしか思わなかった。

「スライムの大量発生はそう珍しいことじゃないけれど、去年からずっと断続的に起きていたのはもっと怪しむべきところだったわ」

 それでも、何度か調査はされたという。もっとも、現在の様子を見るに、調査の結果はさして実りのないものだったとこが窺い知れる。

「プライドジェムは山のような巨体だと書いてあったけど、そんなデカいヤツを調査しても見つけられなかったのか?」

「発見できなかったのは、擬態していたからよ」

 というと、スライム特有の透けた体を利用して、プレデターコートのように姿を消していたとか? いや、ないな。コイツは水属性だから、視覚的に誤魔化しの利く光属性で擬装系する固有魔法エクストラは持ち得ない。

「森の中にある、名前もつけられていないような小さな池になりすましていたそうよ」

「あー、なるほど、ソレは気付かないな」

「擬態を止めた今は、湖みたいな大きさになっているって聞いているわ」

 どうやら、グラトニーオクトに続いて、またしても超巨大モンスターとの戦いになりそうだ。

 ギルドの資料を思い返せば、グラトニーオクトとプライドジェムの生態には共通点が多い。まず、その巨体。次いで、凄まじい数の群れを率いているという点だ。

 一応、グラトニーオクトの群れは全て幼体ということになるが、プライドジェムの方はスライムだから分裂体、と少しばかりの違いはある。

 幸いなのは、プライドジェムはあの暴食タコ共のように空は飛ばない点だ。コイツは出現したそこから動かず、そのまま同心円状に勢力圏を拡大していくらしい。つまり、ラティの森に現れたヤツは、その最初に擬態していた池から動かずに、今もそこで周囲の動植物を吸収して拡大を続けているということだ。

「その場所は、結構深いのか?」

「ううん、森の浅いところ。ランク2冒険者でも普通に立ち入るくらいの場所よ」

「となると、奴ら、すぐに森から溢れてくるな」

「ええ、すでに最寄りのラケル村に避難命令が出ているわ。今頃はもう、スパーダ軍が現地入りして攻める準備をしてるでしょうね」

「何だ、もうスパーダ軍が動いているのか」

 それで俺達、冒険者の出番なんてあるのだろうか。

「緊急クエストだけど、今回は冒険者へのサービスみたいな面もあるの」

「先に手柄をあげるチャンスをくれるってことか」

「ええ、スパーダ軍が準備を整えて総攻撃を始めるまでは、冒険者の自由よ」

 プライドジェムは危険な相手だが、その分だけ見返りもある。それにランク3程度の冒険者でも、立ち回り次第で獲物を横取りすることだってできるだろう。

 グラトニーオクトとは生きるか死ぬかの厳しい戦いだったが、今回は同じターゲットを狙うライバル同士との戦いになりそうだ。

 まぁ、誰が先に倒すか、みたいなことだけに集中できるほど、プライドジェムが弱ければいいのだが……わざわざミアちゃんが試練に選んだモンスターである。どんな恐ろしい特殊能力を持っているか、分かったものじゃない。あんまり足の引っ張り合いにばかりかまけるのも危険だろうな。

「期限は、もう決まっているのか?」

「四日後の17日、早朝にスパーダ軍の総攻撃が始まるわ。実質、猶予は三日ね」

 結構短い、だが、スパーダ軍としてもあんまり長く待ってやる義理もないだろう。あくまで、真っ当に攻める準備を整えるまでの間、好きにさせてくれるというだけで、スパーダ軍としてはこの緊急クエストが失敗しても何ら問題はない。

 俺としても、軍にケツを持ってもらえるなら安心して挑めるというものだ。グラトニーオクトの時は、俺が討ち損ねたらほぼ確実に全滅という状況だったからな。というか、俺の負けだった。サリエルが加護に目覚めたからあの巨体を墜落させることができたし、リリィとフィオナが駆けつけてくれたから、トドメも刺せたんだ。今回こそ、俺自身の力で勝利を掴み取らねば。

「それで、どうするのクロノ君? 緊急クエスト『プライドジェム討伐』は、ついさっき正式に発行されたわよ」

「今すぐ、受注の手続きを頼む」

 答えなど聞くまでもない、と言わんばかりの笑みを浮かべるエリナに、俺はもう一つ追加注文をすることにした。

「それと『エレメントマスター』にメンバーを一人、加えたい――」



緊急クエスト・プライドジェム討伐

報酬・プライドジェム本体・三億クラン、その他、分裂体は核のサイズにより追加報酬

期限・清水の月17日

依頼主・第52代スパーダ国王・レオンハルト・トリスタン・スパーダ

依頼内容・ラティフンディア大森林に出現したランク5モンスター『プライドジェム』を速やかに討伐せよ。かのモンスターはスライムの枠を超えた巨体を誇ると同時に、数多の分裂体を従える。また、この分裂体の中には通常のスライム種とは異なる特殊な個体も多数存在し、それらは人の言語を解するほどの知能があり、さらには――



 こうして、第六の試練が始まった。

 次回で第27章は最終回です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ