第533話 王様のお値段
「――本当に助かった、ヒツギ」
「うへへっ、それほどでもです、ご主人様ぁ!」
絶妙に謙遜してないヒツギのはしゃぎ声が頭に響く。今はうるさいというより、むしろ落ち着く。
「お前がいなかったら、逆に浸食されていた」
「もう、ギリギリだったですよ! いくらご主人様でも、無茶はダメですぅ」
おお、何という事だ、まさかヒツギに諌められる日が来ようとは。でもまぁ、全くその通り。調子にのって真正面から黒化による支配を試みた、俺の落ち度だ。
これからは、他にも解呪できる緊急手段の一つくらいは、確保した方がよさそうだ。
それにしても、ヒツギがいたお蔭でどうしてこっちの黒化の浸食力が強まったのか、イマイチ謎である。そもそもヒツギは呪いのグローブという道具であり、魂を持った生身の人ではない。彼女の力は俺から供給される黒色魔力に依存する。だから、ヒツギがいても単純に二人分の浸食力が得られるというわけではない……のだが、どうにも、普通に二人で黒化をしたように威力が倍増した手ごたえが確かにあった。
事実、こうして恐るべき呪いを秘める『暴君の鎧』の黒化に成功したのだ。これも進化の影響か。いや、ここは素直に成長している、といってもいいのだろう。
「ところでヒツギ、今の俺、どんな感じ?」
「はい! 新しい鎧、ご主人様にとってもお似合いですぅ!!」
謎のヒツギの力よりも更に気になるのが、どうやら俺は、いつの間にか『暴君の鎧』を装着しているという点だ。
顔全面を覆い隠す髑髏のフェイスガードがついた兜も被っているが、視界は素顔のままのようにかなり開けて見える。この視界の広さはあの形状からして物理的にありえないのだが、恐らくは付加された魔法による効果なのだろう。
そうして視線を下げれば、そびえ立つ漆黒の城壁のように、禍々しい金属装甲が俺の体を包み込んでいるのが見えるし、ヒツギとお喋りするように両手を突き出せば、腕その物が凶器と化したようなデザインの籠手で覆われているのも分かる。
純正の暗黒物質でできているらしいこの全身鎧だが、不思議と俺の体にはローブを纏っているかのように軽やかな重量しか感じられない。それでいて、俺の身長よりも更に大きな作りとなっている鎧であるにもかかわらず、一切の違和感を覚えさせずにジャストフィットもしている。足だって十センチ近く長くなっているはずなのに、完璧に地に足をつけている感触もするのだ。
この素晴らしいフィット感は呪いの武器達と同じだが、全身を隙間なく包み込む鎧でもこれなのだから、その着心地は一線を画すといってもよいだろう。思わず、こんなゴッツい鎧を着こんでいることを忘れるような感覚。
まぁ、だからこそなのか、俺が一体いつ、この鎧に飲み込まれたのかまったく覚えがない。きっと俺が黒化対決に敗北しかけたり、ヒツギが覚醒して奇跡の大逆転をしたりといった、精神面での戦いをしている最中に、こんなんなったんだろう。あの時はもう、現実へ意識を向けられるだけの余裕はなかったし。
しかしながら、『暴君の鎧』を征したのはヒツギの活躍のみによるわけではない。俺は俺で、一つの発見をした。
「まさか、『愛の魔王』があんなに役に立つとは……」
これを使ったのは一瞬の思いつきだった。ヒツギが目覚めてくれると、俺には少しだけ余裕が戻ってきた。そこで、もしかすれば精神防護の効果もある『愛の魔王』なら、コイツを征する時にちょっとは有利になるか、なんて。
しかし、この第四の加護は予想以上の効果を上げた。
俺はこれまで、ヒツギという勝手にお喋りする例外中の例外を除けば、何となくでしか呪いの意思、怨念というものを聞いてはいなかった。
それが、見える。ただ、怨めしい呪詛の言葉だけでなく、呪いそのものの姿が、見えるのだ。
もしかすれば鑑定系の魔法っていうのも、こんな感じなのかもしれない。かなり大雑把だが、そうだな、サリエルの記憶を逆干渉で見ているかのような、そんな感じで、呪いとなる経緯まで見えてきたのだ。
偽りの王を演じた少女が、全てに裏切られ暴君と化し、自ら鎧に飲み込まれたことにさえ気づかずに戦い続け、最後はあっけなく敵に敗れる。彼女自身は王になれた、と思っていたようだが、それがどれほど歪んだ形で叶ったものだったかというのは、こうして呪いになったことから明らか。
彼女は正しく望みを叶えられなかったし、死んでも救われなかった。
だが、それももう、終わりだ。終わらせてやりたいと思うくらいには、その境遇に同情できる。
勿論、彼女がどれだけの人間を犠牲にしてきたのかは、詳しくは分からずとも理解できる。彼女は間違いなく、人道的には許されざる暴君だった……けれど、その時代の人間ではない俺なら、許してやりたいと思ってもいいだろう。
そんな気持ちを抱いて、俺は最後に彼女の意思の源といえる部分と見えた。
呪いの経緯と、彼女の望みを知った俺は、迷うことなく、後継者となることを告げた。
無論、俺は聖アヴァロン王国なんてとっくの昔に滅び去った国の第九代国王を名乗るつもりはないし、そもそも王様とは程遠いただの冒険者風情である。それでも、彼女はここまでやってきた俺を見て、後継者だと認めてくれたようだ。あるいは、千年経ってようやく現れたただ一人の人間だったから、多少は妥協してしまったのかもしれないな。悪いな、高貴な生まれじゃなくて。
ともかく、ただ黒化で支配しただけでは、ここまで完璧に鎧が体に馴染むことはなかっただろう。少しでも黒化が解れれば、すぐにでも支配を逆転されかねない危険な状況になったはず。しかし、今は長年使い続けた相棒であるかのように、その着心地に安らぎを覚えるほどに安定している。
もしかすれば、これこそが真に呪いを使いこなすということなのかもしれない。
そもそも、呪いの意思に触れるということは、俺だってやろうとも思わなかった危険な行為だ。自分の黒色魔力でドップリと包み込んでいるから扱えるのであって、呪いにそのまま触れるのは、猛毒を瓶にも入れずそのまま素手で掬うようなもの。
だがしかし、この『愛の魔王』があれば、正気を保ったまま、呪いの意思に直接、触れられる……ああ、俺は今、呪いの武器に対して、新しい境地を切り開いたような気がする。
「ふわぁー! おめでとうございますご主人様!」
「後継者ヲ承認。『RX-666』王権移譲。クロノ、登録完了」
ちょっと待て、今何か違う声が聞こえた気がする。
「ヒツギ」
「はい?」
「今のは何?」
「ミったんのシステムボイスみたいですー」
自分で聞いておいて何だが、どうしてヒツギは当たり前のようにサラっと解答できるのだろう。実は俺より鎧を支配できているのか。
ふと気が付けば、赤いラインで四角く区切られたウインドウが目の前に浮かぶ。そこに、今となってはすっかり懐かしい液晶画面を通して見ているかのような画質で、古代文字と思しき解読不能な文字の羅列が長々と表示されていた。
「これも鎧の機能なのか」
「えーと、何か色々と映すことができるらしいですよ。不思議ですね!」
パソコンの画面というか、憧れたスーパーロボットのコックピット画面というか、そんな感じで俺の視界にウインドウが開かれているのだ。これは高度な情報システムを搭載している、とみるべきか。この兜、見た目に反して意外に精密機器なのかもしれない。
いや、そんな知られざる兜の秘密よりも、今はもっと気にするところがあるだろう。
「それと、ミったんってのは……」
「ミリアだからミったんです。ミったんはご主人様の新たなる下僕として、頑張るそうですよ! えっ、何? 王が退けば隠居し、新たな王を見守るのが務めなだけだから、勘違いしないでよね……と、言っておりますが、何だか生意気な感じがしますね。ヒツギが後でビシっと言い聞かせておくので、どうぞご安心を!」
「いや、そういう指導的なことじゃなくて……やっぱいいや。詳しいことは後で、自分で聞くよ」
どうやら、以前の持ち主であり、王様だったミリアの意思はしっかり鎧に残されているようだ。生きながらにして『暴君の鎧』と融合したせいで、一種のアンデッドとして自我を保ち続けているのだろう。
自らアンデッド化し、不老不死に挑む魔術士というのは神学校の授業でも取り上げられる有名な話だ。自我を保ったままアンデッドモンスターとなること自体は、高度な技術を要するが、不可能ではない。だから、定期的にそういうヤツが出現する。
しかし、そのどれもが百年も過ぎると自我が崩壊し、結局はただのアンデッドモンスターに成り下がったり、悪霊に変化するという。
恐らく、ミリアも完全に自我を保ってはいないだろうが、ヒツギの通訳を聞く限りだと、割と元気そうだ。ミリアの魂がよほど強いのか、この鎧が器として凄いのか。
「とりあえず、謎の説明文はもう消してくれ。前が見えん」
「ほい」
やたら長い利用規約っぽい画面を消して、とりあえず視界が戻ってくる。ヤバい契約内容とか書いてあったらと思うと不安だが、どうせ古代文字なんて読めないから表示してあるだけ無駄である。
それにしても、このフルフェイスの兜が超高画質なディスプレイを表示しているように見えることから、ただ強力な鎧という以上に、隠された秘密の機能なんかが色々とありそうだ。
「とりあえず、これからよろしくな、ミリア」
ちなみに、俺が「ミリア」の名を知っているのは、ちょっとズルいかもしれないが、彼女の記憶を見ているからに他ならない。王様になるにあたって捨てた、女としての、彼女本来の名前だ。
彼女がもう王位を退いたのなら、ミリアと呼んであげるべきだろう。
「ヨイ、オ前ニハ、ソノ名デ呼ブコトヲ許ス」
どこか機械的な音声と共に、視界にまた一つ、新たな画面が開かれる。
ザーザーと砂嵐がかかって判然としないが、そこには確かに、一人の少女の姿が浮かび上がっていた。
黒い髪に赤い瞳をした、ミアちゃんをちょっとツリ目にしたような可愛らしい女の子。ひょっとしたら、本当に直系の血を引いていたのかもしれない。
「クロノ、オ前ガ進ム覇道ノ先、我ガ見届ケテクレル」
「俺は別に王様目指して立身出世する気はさらさらないんだけど……まぁ、失望させないよう、頑張るさ」
「うわっ、凄い! ミったん、それどうやるんですか!? ヒツギも真の姿をご主人様にお見せしたいですぅー!」
ミリアの画像がそっと閉じられる。すみません、ウチの駄メイドがうるさくて……
「――クロノさん」
ヒツギがまた我がままを喚き始めたところで、フィオナから声がかかる。分厚い装甲の兜越しでも、ハッキリ聞き取れるのは古代の秘密技術のお蔭か。
振り向き見れば、案の定、そこには長杖『アインズブルーム』を手にしたフィオナの姿があった。
「無事ですか? まさか、鎧にとり憑かれてしまったのでは」
「いや、大丈夫だ、フィオナ。ちゃんと制御できてるよ――兜解放」
すでに、この鎧の基本的な機能は頭に入っている。あくまで、実際に着ればすぐに分かる範囲のことだが。
俺の意思一つで、ガキリと歯車がかみ合うような音と共に、頭部の全面を覆う兜が解き放たれる。髑髏のフェイスガードが兜の内側にスライドしながら収納されていくと同時に、本体は首の後ろの辺りへとマウントしていく。
結果的に、フードを外すような要領で兜は稼働し終え、俺の素顔が外へと出る。
「どうやら、無事なようですね。流石はクロノさん、これほどの鎧を、支配しきるとは」
「いいや、ヒツギが目覚めなければ負けていた。危ないところだった」
「ヒツギ? ああ、クロノさんの手袋ですか。灰色になってたので、てっきりもう浄化されたのかと思っていました」
いや、生きてるよ! 俺は最初からヒツギが目覚めてくれると信じて待ってたよ!
しかしながら、他人から見ると、そんな程度の感想しか抱かないだろう。
「けど、フィオナも援護ありがとな。あのまま店に入って武器をとられていたら、とんでもない消耗戦になるところだった」
「いえ、あれくらいしかできなくて、申し訳ありません。きっと、リリィさんだったら、もっと上手くサポートできていたでしょう」
そこで、あえてリリィの名前を出すのは一種の自虐なのだろうか。いや、何となくだけど、フィオナはリリィの代わりにもなろうとしている、のかもしれない。
恐らく、リリィとはあともう一度、会う機会はある。けれど、その時に彼女がまた仲間として戻ってきてくれるのか、それとも、今生の別れとなるのか……フィオナは今から、もう最悪の状況を想定しているのだろう。
「とにかく、大した被害も出さずに何とかなって、良かったよ」
「ほほう、我がモルドレッド武器商会本店の顔たる正面玄関を派手に崩壊させておきながら、大した被害ではないとな?」
うおっ、モルドレッド、お前もいたのか。
「戻るのが早いな。遠くへ逃げたのかと思ったぞ」
「見くびるなよ、この儂がコレクションを見捨てて逃げ出すはずがなかろう」
あーはいはい、そうですね。『暴君の鎧』は前々から狙っていた激レア装備ですからね。
「しかし、お主には礼を言わねばならんな。『暴君の鎧』の暴走を早々に抑えてくれたこと、感謝する。いくらこの儂といえども、こんな街中で騒ぎを起こしたとあらば、少しばかり揉み消すのは苦労するからな」
お前、今サラっと揉み消すとか言ったな。
でも、ちょっと怖いからあんまり突っ込んで問い詰めるのは止めておこう。スパーダの闇を垣間見ることになりそうだ。
「俺だって、ただの善意でやったワケじゃない。見ろ、鎧は完全に無傷で抑えた。いきなり襲撃してきた、あのワケの分からん連中以外には死人もいない。完璧に事を治めたんだ、それ相応の謝礼は貰う」
「うむ、ごもっとも。儂も暴走した時は、止めるには破損も止む無しと覚悟したが、無傷で戻ってきたことには感謝の念が絶えんよ」
死傷者が出なかったことはスルーである。
「よかろう、お主が望む報酬を与えようではないか。何、みなまで言う必要はない、その姿を見れば分かる」
「話が早くて、助かる」
「ふっ、お主と初めて会った時に、儂はこう言ったな。呪いの武器は好きだが、それを使いこなす者はもっと好きだと。アレは嘘ではなく、真の言葉じゃ」
そういえば、そんなことも言っていたような気もする。詐欺でカモるために、都合の良いこと言ってるだけだと思っていた。
その言葉がマジなのだとしたら、モルドレッドのこと、ちょっと見直してしまう。
「お主は見事、伝説の『暴君の鎧』を着こなして見せた。いや、どうやら『暴君の鎧』自身が、お主のことを主であると認めておる。なればこそ、このヴァイン・ヴェルツ・モルドレッド、お主に『暴君の鎧』を譲ろうではないか――」
「そうか、ありが――」
「――三億クランでな」
「……一億だ」
「二億七千」
「一億三千」
「ええい、モノの価値の分からぬ奴じゃ、二億五千」
「ほとんど自分の落札価格じゃねーか、一億五千」
「そんなはした金で『暴君の鎧』が手に入ると思うてか! 二億三千」
「ふざけんな、俺の大活躍を見てただろうが。一億八千」
「はぁ、分かりました、二億でいいですよ」
「あっ、おい、フィオナ」
「うむ、致し方あるまい、それで手を打とう」
俺とモルドレットの熾烈な価格交渉をフィオナが強引に決めてしまった。もう一千万か二千万くらいは値切れたかもしれなかったのに。
「では、クロノさん。デートの続きをしましょうか」
「えっ」
何事もなかったかのように、俺の手をとり歩き出そうとするフィオナ。とんでもない呪いの鎧の一部であるガントレットに包まれた左手を、躊躇なく彼女は握ってくる。
「何ですか?」
「いや、割と命がけの戦いが終わったばかりなのに、そうあっさり言われると……」
気持ちの切り替えというか、何というか。
「でも、まだ時間はありますので」
それはまぁ、そうだけどさ。
「予定通り、買い物を済ませましょう――『岩盾』」
フィオナが左手にする『アインズブルーム』をさっと一振りすれば、ゴゴゴ、というけたたましい轟音と共に、崩れた正面入り口の瓦礫を下から押しのけるように土属性防御魔法である岩の盾を創り出して、強引に人が通れるだけのトンネルをこじ開けた。
「えっ、ここで買い物するのか?」
「中は無事でしょう」
何か問題でも、と本気で俺が戸惑っている理由を分かってないみたいな顔である。うーん、やっぱりフィオナは、究極にマイペースだな。
「分かった、じゃあ、入るか」
半ばあきらめ気味に俺は頷く。同時に、本当にこんな状態で店がやってくれるのかどうか心配な俺は、チラリと視線を向けてモルドレット会長にお伺いを立てる。
ここでモルドレット自身が「流石に今日は店じまいじゃ」と言ってくれれば、それはそれできっぱりとあきらめがついたのだが……
「ふははっ、いらっしゃいませ」
髑髏をカラカラ言わせて、モルドレットは歓迎の意を示した。
何だ、この流れ。もしかして、俺の感性がおかしいのか? どこか納得しかねる複雑な心境で、俺はフィオナとのデートを再開したのであった。