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黒の魔王  作者: 菱影代理
第27章:アイシテル
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第532話 暴君の後継者

「――我こそは、聖アヴァロン王国・第八代国王・マクシミリアン・ミア・アヴァロンである」

 我は、生まれながらに王であった。

 伝説に伝わる、古の魔王と同じ黒い髪と赤い瞳。直系の一族でも滅多に発現しないこの色を持つだけで、すでに奇跡。

「むむっ、その黒き古代鎧エンシェントメイル……紛うことなく、アヴァロンが王の鎧!」

「こんな最前線トコロまで単騎でやって来るとは、勇敢というより、ただの無謀というものぞ! 絶交の機会じゃ、その大将首クビ貰い受けるっ!!」

 そして、最も尊きエルロードの血に刃向う、愚かな有象無象共を悉く返り討ちにする『力』が、我にはある。

 アヴァロン王族に代々伝わる秘宝『魔王の鎧エルロード・ギア』。それを起動させ、使いこなせるのは歴代の王の中でも、この我だけ。恐らく、兜の裏に刻印された『RX-666』という、この鎧の正式な銘を知っているのも、我だけであろう。

「――ぐはっ!? ば、馬鹿な……我が騎士団が、たった、一人に……」

「ふん、スパーダの蛮族風情が、騎士団とは笑わせる。大人しくガラハド山にでも籠っていれば良いものの……神聖なる我が王国に土足で踏み込んだ報いを受けるがよい、この薄汚い野良犬共め」

 我が一度、戦場に出ればこの通り。屍の山を築き、血の河を流す。敵には無慈悲な殺戮を、味方には栄光の勝利を与えよう。

 死屍累々の百戦百勝。古の伝説をなぞる、我らが無敵の王国軍――しかし、我はそれを誇らない。何故なら、全て当然のことだから。我は生まれながら王である選ばれし者。約束された勝利こそ、我が運命に他ならない。

「おかえりなさいませ、陛下! 此度の戦も、天下無双の大活躍と聞き及んでおりまする! その戦いぶりは、正しく古の魔王・ミア・エルロードの再来と――」

「下がれ、大臣。少し休む、誰も寝室に近づけるな」

 戦いの後は、流石の我も疲れる。この『魔王の鎧エルロード・ギア』はただ身に纏うだけで莫大な魔力を消耗する。常人が装着すれば一分ともたずに気絶し、ましてこれで戦闘をしようものなら、生命力まで根こそぎ鎧に奪われ骨と化す。さながら、呪いの鎧である。

 しかし、我はこの鎧を常に着用している。戦時、平時、問わず。我に必要なのは王位を示す王冠とローブではなく、畏怖を集める兜と鎧。羊の群れが如き民草を治め、狡猾な狼が如き臣下を従わせるには、この魔王の姿が必要なのだ。

 我には、顔も体も、見せられないのだから。

「……ふぅ」

 ランプを一つだけ灯した薄暗い寝室の中。我は――否、私は、この重苦しい鎧を脱ぎ捨てて、深く、溜息をついた。

「また少し、大きくなっている……」

 目の前にあるのは、二メートル超の鎧姿でも余すところなく映し出せる巨大な姿見。

 その曇り一つない鏡面に映るのは、ただ長いだけの黒髪に野良猫みたいな悪い目つきをした、赤い目の少女。陽にあたらないから肌は透けるように白いが、女神官が身に着けるような飾り気のない下着を着ているせいか、あまり色気はない。

 だが最近、心なしか胸元に谷間ができつつあるように思える。もう齢も二十になろうかというのに、私の体はまだ、成長しているのだろう――女、として。

「まぁ、いいか……鎧を着ていれば、誰にも分からん」

 そう、私は女だ。黒き神々の一柱となった古の魔王・ミア・エルロードによって選ばれたかたのような王である、この私、マクシミリアン・ミア・アヴァロンは紛うことなく女性なのだ。本当の名前だって、マクシミリアンなんて男性名ではなく――いや、どうでもいいか。それはとうの昔に、捨てた名だ。

「早く、寝なければ……これ以上は体がもたん……」

 寝室に入る前に貰っておいた魔力回復ポーションを一つガブ飲みして、空いた瓶はその辺に放り投げながら、のっそりとベッドへ潜り込む。温かく柔らかい感触に包まれると、いつもならすぐ眠りに落ちるのだが、戦いのあった日は、体は疲れていても精神は高揚しているのか、あまり寝つきはよろしくない。

 そして、そんな時は決まって、下らない記憶ばかりが脳裏に過るのだ。

「おお、マクシミリアン……我が息子よ……アヴァロンを、頼んだぞ……」

 私が王になったのは、十歳の時だった。父上は正式に王位を譲った戴冠式を終えた次の日に、天へと召された。

 あの人は、最後の最後まで私を娘として認めなかった。頭がおかしかった、といえばその通りなのかもしれないが、もう十年近くも王様をやっていれば、当時の父の気持ちも多少は理解できてくる。

 古の魔王・ミア・エルロードは男だった。少なくとも、この国では当たり前にそう信じられている。故に、王に相応しいのも男。建国以来、あるいは、もっと前からこの国のある地域では男尊女卑の文化が根付いていた。

 だから当然、父は息子が欲しかった。男でなければ、アヴァロンの王にはなれない。女王、などという制度は断じて認められない。

 しかし、エルロードの直系の血を引く……ということになっている、我が一族の断絶は、もっと認められない。

 女王ではいけない。王族も存続しなければならない。

 たった一人の子供である私が、父の妄想の通りに、男として王位に就くのは、半ば当然の流れであった。私もまた、それを当たり前だと考えている一人。

 私は王だ。女、という性別さえ除けば、歴史に名を残す偉大な王となれる器を持っている。それこそ私が男だったら、このパンドラ大陸を再統一し二代目の魔王を名乗っていたことだろう。

 もっとも、性別を偽り男の王を演じるという不安定な状況下で、大陸統一の野心を抱くほど愚かではない。私は王であると同時に、この国もまた愛している。正当な後継者がいない今の国を、私が守らなければいけない。

 王を演じて国を守るのは、王族としての義務であり責務であり、また、私の心からの望みでもあるのだ。だから、苦労の絶えない毎日だが、辛くはない。

「ふっ、婿を取る必要がないだけ、まだマシか」

 王位を継いだ当初、私に求められたのは次代の後継者を生み出すことである。

 男が生まれれば後継問題は解決できるし、最悪、女であっても私と同じように、問題を先送りできるだけの時間は稼げる。私は自分の子供が出来るまでの間、とりあえずマクシミリアンとして王様を無難に演じていればそれで最低限クリアだ。

 そういうワケで、早々に婿選びが始まったのだが、これがまた難航した。

 問題は、私の夫となったとしても、表向きは存在しないことになってしまうことだ。つまり、何の名誉もない種馬役。王配に相応しい貴族で、女尊男卑の境遇に耐えられる根性を持つ男など、我が国には一人として見当たらなかった。いっそ、怪しげな古代の儀式によって、異世界より相応しきものを呼び寄せる、なんて案もあったほどだ。

 しかし、意外なところで後継問題は解決する。

「この子は、紛うことなく、貴方の弟君ですぞ、陛下っ!」

 私に弟ができた。父が待望してやまなかった、息子の誕生である。

 側室の一人が妊娠していたと発覚したのは、父が死んでから少し経ってからのことだった。

 私に子供が出来ずとも、完璧な後継者がこの世に生まれた。あとは、弟がそれなりの年齢になるまで、私がそのまま王様演技を続けていればよい。最大の問題が解決されたことで、私はいよいよ順風満帆な国王生活を送る。

 国民の生活は父の代と比べても明らかに豊かになっているし、一触即発の戦国時代でありながらも、貿易を盛んにして国力は増強の一途を辿っている。役人の不正は厳格に罰し、身分によらず能力によって適正な評価と昇進を、弱者には施しを与えた。

 そしてなにより、度重なる他国からの侵攻から国を守り、時には逆襲して領土の拡大も果たした。

 そうして私は、建国以来、最も優れた王となったのだ。

 この私が導く、聖アヴァロン王国の未来は明るい。この国は必ずや、百代先まで繁栄を続ける千年王国となるであろう――

「な、何故だ……」

 ある朝、目が覚めると、そこにあるはずのものがなかった。

「何故、我が『魔王の鎧エルロード・ギア』がないっ!?」

 私の寝室、ベッドのすぐ傍らに、即座に装着できるよう必ず置いておく鎧がなくなっていた。私が王となってすぐ『魔王の鎧エルロード・ギア』を得てから、これから目を離したことは一度たりともない。メンテナンスをする時だって、お抱えの鍛冶師と宮廷魔術士達と共に自ら手伝うし、洗浄する時だって、私の入浴と同時に手ずから洗う。

 ありえない、私の手元から鎧が消えることは。あってはならない。『魔王の鎧エルロード・ギア』は私が王で居続けるためには、絶対に必要なものなのだから。

「やぁやぁ、お目覚めですかな、姉上ぇ! おはようございまぁーっす!」

 起き抜けの下着姿でうろたえる私をあざけるかのごとく、酷く軽い、それでいて幼さを残す声音が、突如として響きわたった。

 誰か、などと考えるまでもない。この世で私を姉と呼べる者は、一人しかいないのだから。

「勝手に部屋へ入るなと言っただろう! そして、我は貴様の姉である前に王であるぞ。陛下と呼べ、この愚弟がっ!!」

 鎧がない焦りのままに、私は王としての才覚を全く見せない凡庸極まる弟へ怒鳴りながら振り向いた。

「おお、怖い怖い。流石はアヴァロンの黒鎧王と恐れられる姉上……ですが、今、ボクの目の前にいるのは、ただの女が一人。王の姿など、どこにも見えないなぁ」

「き、貴様……」

 そこには、ヘラヘラした軟弱な笑みを浮かべる甘やかされたお坊ちゃんの代表みたいな男ではなく、黒く、巨大な、鎧が立っていた。

「ははっ、見てよ姉上! ほら、この通り、ボクだって着れるのさ、『魔王の鎧エルロード・ギア』をね」

「いやはや、全く、お見事でございます、マクシミリアン陛下! やはり、この鎧は貴方様にこそ相応しい!」

 パチパチと白々しい拍手を叩きながら、黒き鎧の影から一人の男が歩み出る。

「大臣、お前まで……これは、どういうつもりだ……」

「私だけではありませんよ。ここには『皆』が集まっておりまする」

 よく見れば、さらに後ろにはよく見慣れた顔が幾つも続いていた。政治を動かす各省の大臣に、王と国を守る近衛騎士団長、伝統の儀式と魔法探求の最先端を行く宮廷魔術団長。ここには確かに、聖アヴァロン王国を治める『皆』が勢ぞろいしていた。

「要するに、今日からボクがアヴァロンの王様になるってこと! 由緒あるマクシミリアンの名と、この最強の『魔王の鎧エルロード・ギア』は、ボクのものなのさっ!!」

「こ、この我に、刃向うつもりか……たとえ何者であろうと、反逆罪は処刑より他はないぞっ!」

「はぁーはっはっは! これは異なことを。卑しき女の身でありながら、我らを脅し、民を欺き、王としての地位も名誉も欲しいままにして、栄光の聖アヴァロンの名を汚した反逆者は、貴様の方であろう!」

「なっ……なん、だと……」

「全く、これだから私は最初から反対であったのだ。女を偽りの王に仕立てあげるなど……お蔭で、この女は愚かしくも自分が真の王だと勘違いし、いらぬ野心まで抱く始末。女のくせに、身の程知らずもいいところですなぁ」

 それが大臣ただ一人の個人的意見ではないということは、見れば分かった。

 誰もが私を見下している。誰もが、私を認めない。

 女だから。私が、女だからか。最初から、誰も、私を王だと認めてなど、いなかったということか。

「まぁ、そういうワケだから、もう姉上はいらないんだよね」

「……誰が、貴様のような愚弟に、王位を譲るものか」

「あっはっは! 姉上ならそう言うと思ったよ。だからさぁ、決闘、しようか」

 ガシャリ、と重い金属音を伴い、『魔王の鎧エルロード・ギア』が一歩前に出る。

「そもそも、女の王など初めからいなかった。それでも密かに抹殺などせずに、こうして決闘という名誉ある儀式にかけられるだけ、感謝して欲しいものですな」

 ああ、なるほど、そういう筋書きか。聖アヴァロン王国第八代国王マクシミリアン・ミア・アヴァロンは、私ではなく、この愚弟だった。鎧の中身が誰であるのか、それは国民の誰も知らないのだからな。

 それにしたって、いくらなんでも無理がある。だったら、コイツは一体何歳から鎧に入って王を務めていたのかということだ。

 しかし、そんな無理を押し通して、道理を引っ込ませるだけの理由が、コイツラにはあるのだろう。ただ、女の王は認めない。それだけで、事を起こすには十分すぎた。

「……いいだろう。この我を決闘で倒さば、アヴァロンの王位をくれてやろう」

「流石は姉上、勇敢なことで! けど、下着姿で凄まれても、全然怖くないしぃ、ふへへっ、もしかして誘ってんのぉ?」

 本当に王族の血が流れているのか疑問に思えるほど下種な笑い声を上げて、一歩、また一歩と接近してくる。後ろの大臣以下、重臣連中は新たな王となる愚弟の身を誰一人として案じている様子もない。

 当然だろう。丸腰で裸同然の小娘を相手に、『魔王の鎧エルロード・ギア』を着込んだ者が負けるはずがない。たとえ、私がどんな名剣を装備していたとしても、この隙間のない漆黒の重装甲を前に、成す術もないだろう。

 しかし、それはあくまで『魔王の鎧エルロード・ギア』を使いこなせる者が敵だった場合に限る。

「どうした、愚弟。構えないのか? 決闘はもう、始まっているぞ」

「ははっ、剣なんか抜くまでもないね。この手で心臓を抉り出してあげるよ、姉上っ!」

 そうか、ちゃんと戦う気はあるし、決闘が始まっていることに気づいてもいるのか。ならば、もういいだろう。

「――喰らえ、『魔王の鎧エルロード・ギア』」

 一言、そうつぶやくだけで、私の――そう、唯一にして絶対の忠誠を誓う『魔王の鎧エルロード・ギア』は、命に応える。

「え、えっ、ちょっと……なに、なんでっ、動かないんだよ!?」

 硬直したように『魔王の鎧エルロード・ギア』はピタリと止まる。間抜けにも、踏み込んだ片足を床に着ける直前で。

 しかし、本当の変化は鎧が動きを止めたことではない。

 装着者からは見えないだろうが、そら、純正暗黒物質ダークマターの装甲に、黒色魔力の真紅が浮かび始めたぞ。出力、全開だ。

「あっ、が、あぁ……な、にコレぇ……い、たい……痛いよぉ……」

「『魔王の鎧エルロード・ギア』は魔力を喰らう化け物だ。ただ、そこそこの魔力を持っているだけなら、コイツにとってはただの餌でしかない」

 まぁ、私の説明など、強烈なドレインに晒されて体中から魔力を残らず搾り取られている真っ最中の愚弟には、聞こえてはいないだろう。それでも、あえて言わせてもらおう。

「そして何より、コイツは私のモノだ。王に相応しき者以外が着ればどうなるのか、身を以て知れ、愚かなる弟よ」

「う、あ……うぅわぁああああああああああああああああっ!!」

 品のない絶叫が轟くと共に、『魔王の鎧エルロード・ギア』の装着が解放形態へと移行する。アバラ状の胸部装甲がガバリと開かれ、内部へと不法侵入した不届き者を叩き出す。

 私の前に吐き出されたのは、苦悶に歪んだお坊ちゃんの醜い死体ではなく、バラバラと散らばる骨の残骸。髪の毛一本、血の一滴すら残らない、乾き切った白骨死体である。

 足元に転がった綺麗な髑髏を蹴飛ばして、私は自分のあるべき場所へと還る。

「い、いかんっ! あの女を鎧に乗せるなっ――」

 大臣が血相を変えて叫ぶが、もう遅い。

「言ったな。反逆者は、処刑の他はない、と」

 装着。起動。出力安定。戦闘準備完了システム・オールグリーン

 うん、やはり、この中は落ち着く。眠るための柔らかなベッドよりも、ここにいる方が、ずっと心が安らぐ。

「近衛騎士団長! 宮廷魔術団長! 急げ、双方協力し、何としてもあの女を取り押さえろ!!」

「覚悟せよ反逆者共。聖アヴァロン王国・第八代国王マクシミリアン・ミア・アヴァロンの名をもって命ずる――全員、死ね」

 この日の出来事は、私がこれまで、どれほど王として甘かったのかということを大いに痛感させてくれた。

 そうだ、王とは頂点に立つ唯一絶対の個。臣下というのは、ただ、つき従っているだけの者。そんな者共の意を汲もうだなどと、考えることがそもそもの過ち。それは王の考えではなく、ただの代表者に過ぎない浅はかな考えである。

 臣下も、民も、ただ私の命にのみ従えばよい。私の意を汲み、私が望み、願う、全てを成すための、使い捨ての駒。道具。

 王は国を守るのではない。王のために国があるのだ。

 そうして、私は王として生まれ変わった。真の王だ。もう、反逆などという無様な失態は犯さない。

「――我こそは、聖アヴァロン王国・第八代国王・マクシミリアン・ミア・アヴァロンである。抵抗は無意味だ。大人しく、我が前に跪け」

 あの日から、どれだけ経っただろう。

 気が付けば、私はずっと地獄にいる。ここしばらく、王城にさえ戻っていない。

「お、おのれ……アヴァロンの暴君鎧タイラント・マクシミリアンめ、こうも早く我が国にも侵略の矛先を伸ばしてこようとは……」

「我に忠誠を誓わば、千年の繁栄と安寧を与えよう」

「何が繁栄と安寧だ! 貴様は暴力の恐怖で民を支配し、大義もなく侵略行為を繰り返す、ただの暴君である! 我が国は決して、そのような悪しき王になど従いはせん!!」

「愚かにも、この我に刃向うか……よかろう、ならば滅びよ、愚者の国め」

 どこまでも続く死体の道を歩き続ける。我が目に映るのは、血のように赤い夕焼けを背景に浮かぶ、黒焦げの街並み。何故だ、どこに行っても、同じ景色ばかりが広がっている。

「おかえりなさいませ、マクシリミアン陛下。此度の遠征も我が方の圧倒的な勝利と聞き及んでおります。ご覧ください、国民は陛下の凱旋に熱狂しております」

「マクシミリアン国王陛下万歳!」

「アヴァロン万歳!」

 我が栄光の聖アヴァロンの輝かしい街並みは、一体、どこへいってしまったのだろうか。通りに溢れる人、人、人……何故、彼らはこんなにやせ細っているのか。何故、こんなにも、怯えた表情をしているのか。

「ああ、何故だ、全てが色あせて見える」

 視界の全ては錆びついたように赤く染まり、耳に届く音はいつも遠い残響のようにかすかにしか聞こえてこない。匂いも、指先に触れる感触も、失って久しい。自分の喋る声さえ、どこか遠い。

 もう、人間らしい五感がない。

 けれど、一度戦となれば、五感を超越した鋭い感覚が発揮される。敵の動きは全て見え、どんな力自慢が相手でも押し潰し、どんなに速い相手でも追いつく。無数に降り注ぐ矢の雨も、地面を抉るほどの強大な魔法が直撃しようとも、この鎧にはヒビ一つ入りはしない。

 負けるはずがない。この私に『魔王の鎧エルロード・ギア』がある限り。この鎧を着ている限り、私は最高の王であり続けるのだ。

「はぁ、はぁ……や、やった……ようやく、暴君鎧タイラント・マクシミリアンを捕えたぞ」

「油断するな、鎧そのものは無傷だ。少しでも魔力が供給されれば、また動き出す!」

「急ぎ、封印処理の準備だ!」

 ある日、私は敗けた。

 戦場に現れたのは、これまで私が滅ぼした国々の騎士団。亡国同士で連合を組んだのか。なんと、おぞましき亡霊の軍勢。

 地獄の淵より蘇ったかのように、無尽蔵に湧き出る敵。圧倒的な数の軍勢に包囲され、瞬く間に我が軍は殲滅され、私もまた、大いに魔力を消耗した。

 だが、ただの兵士に何人囲まれようとも、この鎧の力をもってすれば脱することは容易い。逃げることさえままならなかったのは、敵もまた、同じ力を持っていたからだ。

「それにしても、よくやった、我が騎士ジークフリートよ」

「いえ、全てはこの、『勇者の鎧エルシオン・ギア』のお蔭です」

 それは、白銀に輝く全身甲冑であった。純正の神鉄オリハルコンと思しき、白く神々しい装甲には、鮮やかなブルーのラインが輝いている。

 髑髏の死神を模したような我が鎧とは対極にある、美しき天使の衣を纏ったかのような流麗なデザイン。

 そう、私はこの、白銀の騎士に敗れたのだった。

「お下がりください、トドメを刺します」

「いや待て。その前に、誰も知らない、マクシミリアン王の面を拝んでやろうじゃあないか」

「少々、危険ですが……分かりました。私も、これほど強大な敵となった者の顔は、見ておきたいですから」

 青く輝く刀身の大剣を構え、磨き抜かれた鏡のような大盾を手に、『勇者の鎧エルシオン・ギア』が我に近づく。

「ヤ、メロ……」

 止めろ。素顔を晒せば、私は王でなくなる。

 止めろ。貴様らはこの我を打ち倒した英雄である。我を暴君と呼ぶならば、せめて、最悪の敵として殺してくれ。

 止めろ、私はもう、ただの女に戻りたくはない。もう、戻れない。

「マクシミリアン王、その鎧、強制解放させていただく――御免!」

 白銀騎士の大剣が一閃。同時に、あの日から一度も脱がなかった『魔王の鎧エルロード・ギア』が、解放される。

「何っ!? こ、これは……」

 最後に見たのは、騎士の持つ鏡のような大盾に映った、私の姿。

 アバラの胸部装甲が大きく開かれ、鎧の内部は誰の目にも明らかとなっている。そこには、痩せた白い女の裸があるはず――

「だ、誰もいない……中身が、空っぽだ……」

 そこには、何もなかった。開かれた鎧の内は、ただの伽藍堂。

「ハハ……フハハ……」

 ああ、そうか。そうだったのか。

「我コソ……聖アヴァロン王国・第八代国王・マクシミリアン・ミア・アヴァロン……」

 私はもう、立派な王になれていたんだ。

「我ガ名ヲモッテ……命ズル……」

 それなら、最後の仕事を果たそう。私の、王としての、一番最後の、大切な使命。

「……後継者ヨ、来タレ」

 それからまた、どれだけの時間が経っただろう。随分と長い間、眠っていたような気がする。

 時折、目が覚めて思うのは、落胆。いまだ、後継者は現れない。私が認められる後継者、マクシミリアンの名を継ぐに相応しい、王の器を持つ者が。

 この鎧に触れた、誰も彼も、あの愚弟と同じ。最強の鎧たる『魔王の鎧エルロード・ギア』の過酷な機動条件に耐えられない。少し、私が使い方を教えてやっただけで、狂ったように叫び、苦しみ、最後には骨となって吐き出されるのみ。

 ああ、ダメだ。これでは千年経っても、後継者がいない。あるいは、もう、千年、経ってしまったのだろうか。

 私は一体、あと、どれだけ待ち続ければいい。私はあと、どれだけ待てば、王の責務から解放されるのだ――

「……いい」

 ふと、声が聞こえた。いつもと同じ、遠い残響のような声。

「もう、いいんだ」

 いや、その男の声は、やけにはっきりと聞こえてきた。いつぶりだろう、こんなに生の人の声を耳で聞いたのは。

 まどろむ意識が、急速に覚醒していく。

 目を開ける。視界が開ける。そこに、一人の男が立っていた。

「お前は……」

「俺の名はクロノ。その鎧は、俺が貰い受ける」

「クロノ……ああ、お前か……知っている、知っているぞ……見事な、戦いぶりであった」

 そうか、そんな名前なのか。シンプルながらも、よい響きだ。

「顔……お前の顔を……もっと、よく、見せてくれ」

 どうやら、仰向けに寝そべっているような体勢の私へ、クロノは黙って跪き、そっと顔を寄せ――ばっ、馬鹿者! 近い! 顔が近すぎる! ドキっとしたではないか!

「そ、その色は……ああ、そうか、そういう、ことか……」

 王たる者、焦りなどの感情は決して出さぬ。声が少し上ずったような気がするのは、気のせいに決まっている。

 そのまま接吻でもしようかというほどにクロノが顔を寄せたお蔭で、私の目にははっきりと見える。その黒い髪と、片方だけだが、確かに、真紅に輝く瞳。

「いいだろう、お前こそ、我が後継者である」

 ああ、ようやく、見つけた。これでもう、思い残すことは、何もない。

「そうか、なら、今日からお前は――」

 安らかな眠りに落ちるような気分で、そっと目を閉じようとした直前。クロノの手が伸びる。私に向かって。

 えっ、ちょっ、待て、この馬鹿者! き、気安く触れるでない!!

「――俺のモノだ、ミリア」

 そう囁かれた瞬間、私は千年ぶりに、ドクン、という自分の心臓の鼓動を聞いたのだった。

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― 新着の感想 ―
おっ、この呪いの武具は傲慢かな?次も楽しみ!
メインヒロインの登場である
[気になる点] ジークフリートと勇者の鎧、気になりますね [一言] 怨念が宿ったというか鎧と同化したかのような印象のミリアちゃん。呪いの世界は奥深いぜ
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