表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒の魔王  作者: 菱影代理
第27章:アイシテル
532/1039

第531話 クロノVSマクシミリアン

「……クロノさん、もしかしてアレと戦う気ですか」

「いや、ちょっと、何て言うか、このまま放っておくのはまずいだろ?」

 冷ややかなフィオナの視線を受けて、俺は慌てて弁明。しかしながら、あながち全くの口から出まかせというほどでもない。

「鎧が暴走したことは、私達には一切関わり合いのないことですが……いいでしょう、クロノさんが望むなら」

「す、すまん、ありがとな」

「彼女ですから、彼氏アナタに尽くすのは、当然のことですよ」

 恥ずかしげもなく、真顔でこういうことを言えるフィオナは、ちょっと凄いと思う。

 そんな俺だけ赤面ものなくすぐったいやり取りを経れば、もう周囲には俺達以外の人はいなくなっていた。皆さん、逃げ足の速いことで。やはり、スパーダ人は逞しい。

「悪いがフィオナ、できれば鎧は壊したくない」

「めっちゃカッコいい、からですか?」

「それもあるが……上手く確保できなきゃ、モルドレッドから金はとれないだろ」

 いくら俺でも、あんなヤバそうなヤツを相手にしてタダ働きをする気は毛頭ない。せめて、この事件の責任者とでもいうべきアイツから、多少は迷惑料なり手間賃なりふんだくってやらないと、割に合わないだろう。

「それだと、あまり私は援護できそうもありませんが、策はあるのですか?」

「とりあえず、黒化で抑えられるかどうか試してみるよ」

 というか、破壊させずに捕獲するとなれば、それしか手段はない。まぁ、一つでも可能性のある手があるだけ、恵まれている方だ。

「じゃあ、行ってくる」

「はい。ですが、もし危険だと判断すれば、鎧ごと吹き飛ばしますので」

「了解だ」

 精々気を付けよう、と覚悟を決めて、俺は呪いの鎧に向かって一歩を踏み出した。手を繋ぐために脱いでいた左手の、いまだヒツギが目覚めぬ灰色グローブも装着し直すと共に、影の内より頼れる相棒達を呼び寄せる。

「ああ、やっぱり、よく手に馴染む」

 右手、『絶怨鉈「首断」』。左手、『暴食牙剣「極悪食」』。二振りの呪いの刃を携えて、戦闘準備は完了。

 強いて言えば、何の防御力も持たない制服なのが不安だが、まぁ、向こうは向こうで武器がない。最強の矛と最強の盾による戦いみたいな感じだな。

「よう、そこのカッコいい鎧さん、ちょっと俺に着させてくれよ」

 全身総毛立つほどおぞましい魔力の気配を浴びながら、今にもどこぞへ飛び出していきそうな雰囲気の『暴君の鎧マクシミリアン』へ一声かける。

 どうやら、声は聞こえているらしい。ヤツはゆっくりと俺へ顔を向けると、驚くべきことに、返事をした。

「ワ、我……コソハ、王ナリ……名ノアル将、ト……ミタ……イザ」

「尋常に勝負、ってか。いいだろう」

 それじゃあ、まずは先に仕掛けさせてもらおうか。

 スパーダに帰ってから、戦うのは初めてだ。つまり、俺が第五の加護を実戦で試すのも、今が初めてということ。

 まだ大して疑似風属性を扱い切れてはいないが、それでも、多少は使えるように練習はしておいた。少なくとも、無詠唱で風を起こせる程度には。

 作り出すのは、小さな風の塊。風船の中で乱気流が渦巻いているようなイメージ。そう、風船だから、ちょっと刺激を与えれば、コイツは破裂する。だが、簡単な指向性は与えられる。

 コイツを一つ、俺の踵のすぐ先、地面スレスレのところで作る。背後だから見えないが、薄らと黒い煙のような気体が、ヒュウヒュウと渦巻いていることだろう。

 要するに、コイツは陸上競技でクラウンチングスタートする時に使われるスターティングブロックみたいなモノで、ついでに、一歩目から爆発的な推進力を与えてくれるブースターともなるのだ。

「行くぞっ――」

 靴底で軽く踏めば、黒き風のスターターは炸裂。その内に圧縮した疾風は、前方へ、という事前に組み込んだ術式に従い、その風圧の全てを解放する。

 俺の改造強化された肉体の脚力も大概だが、コレを使えば倍近い加速が行える。恐らく、常人の目では捉えきれない加速力であろう。

 そんな速さでもって、彼我の距離およそ5メートルという短距離を駆け抜ける。剣の間合いへ踏み込むまでには、正にコンマ一秒の世界である。

 まずはこれで、肘の関節部を切り裂いて攻撃手段を封じよう。この二刀があれば、右と左を一度で同時に切断できる。

「――うおっ!?」

 しかし、繰り出した俺の二連撃は虚空を裂く。手ごたえがない、と実感するよりも前に、俺はヤツが動き出すのを確かに見た。

「くっ、アレは……」

 さながら瞬間移動でもしたかのように、右方に鎧が立っていた。だが、それは決して転移の魔法でもなければ、幻影による変わり身でもないということが、一目で分かる。

 今、黒一色だった鎧には、『首断』の刀身と似たような、禍々しい真紅のラインが浮かび上がっている。奈落の底みたいな黒地に、毒々しいほど鮮やかな光の線が栄える。

 しかし、注目すべきなのはその背中。ヤツの背後からは、音こそしないものの、凄まじい勢いで真っ赤に輝く粒子が舞い散っていた。その様子に、俺はすぐピンとくる。

「タウルスと似たようなブースターがついてるのかよ」

 巨大にして堅牢無比なガラハドの大城壁を打ち崩す、恐るべき古代兵器。現代の魔法技術ではとても再現不能な、鋼の巨体を宙に浮かせて高速移動させる、あの魔力ブースターと全く同じように、鎧の背中から輝く粒子が猛然と噴き出ているのだ。

 恐らく、タウルスは普通の原色魔力を用いたから青い燐光になっていたのだろうが、コイツは黒色魔力を焚いているから赤く輝いているんだろう。

「ってコトは、お前、ただの鎧じゃなくて、古代の――うおおっ!」

 瞬間、二メートルを超えるほど大きな『暴君の鎧マクシミリアン』の姿がブレたように見えた、と思えば、すでに目の前に肉薄している。

 サリエルのスティンガーを思わせる鋭い貫手を繰り出してくるのを、俺はすんでのところで回避した。

 何て速さだ。次は『雷の魔王オーバーアクセル』を使って確実に見切った方が良さそうだな。この機動力は、あまりに危険である。

「黒凪っ!」

 倒れるように横に体を傾いで貫手を避けた俺だが、こんな半分崩れたような体勢でも使い慣れた『黒凪』ならば繰り出せる。壊すつもりはないと言いつつ躊躇なく武技を放っているのは、それだけ鎧の防御力があると踏んでいるから。

 まだ一撃も叩き込んではいないが、俺には分かる。この鎧を一刀両断しようと思ったら、最高のタイミングで『闇凪』をクリティカルヒットでもさせない限り不可能だと。装甲の分厚い胴体部分なら、普通に武技を当てるくらいでは弾き飛ばすのがせいぜいだろう。

 しかし、俺の手には予想した重い手ごたえは返ってこない。

暴君の鎧マクシミリアン』は真紅の燐光だけを残像のように残し、そのまま真後ろへ飛んでいた。俺が振るった『首断』の切っ先は、アバラ状の胸部装甲にかすりもしない。

「おお、こんな小回りも利くのか」

 ブースターという爆発的な推進力の機関で飛んでいるくせに、慣性を無視したようにバックしたり左右に飛んだりと、ただ直線での速度が速いだけではないってところが厄介だ。

 見た目は重騎士よりもさらに二回りはゴツい鎧のくせに、隙を窺うように俺の周囲をグルグル飛び回る動きは、さながら剣士か暗殺者かといった軽快さ。

 重い一撃を与えて倒した隙に組みついて黒化で支配、という作戦だったが……これは、まずはこの動きをどうにかしないと、クリティカルヒットは望めない。

魔剣ソードアーツ裂刃ブラストブレイド

 ダメージはさほど通らないだろうが、少しは牽制になるだろう。そんなつもりで、現在の『影空間シャドウゲート』の許容量ギリギリまで補充しておいた剣を呼び出す。本数は四。十本まで取り出す暇はなかった。

 空間魔法ディメンションから武器を取り出す、という動作を隙と定めたのか、奴はギリギリで視界の届かない左後ろへ回り込むや、そこで真っ直ぐ突っ込んできた。

「――ブラストっ!」

 半身を捻った振り向きざまに、爆破の魔法剣を叩きつける。すでに、あと一歩で剣の間合いに踏み込めるといった至近距離。自分も爆風を喰らう覚悟で放ったが――不発。否。俺が直接制御しているのだから、『裂刃ブラストブレイド』に不発なんて不具合は絶対にありえない。

 爆発しないパターンとして考えられるのは主に二つ。一つは、ウルスラのように強力なドレインにかかった場合。そしてもう一つが、俺の黒魔法による制御が途切れた場合。

 今回は後者である。

 つまり、『暴君の鎧マクシミリアン』は飛来した『魔剣ソードアーツ』を奪ったのだ。

 爆破させる寸前、僅かに、だが確実に『暴君の鎧マクシミリアン』はブースターを吹かせて更に加速。前のめりに倒れ込むような格好で、胸元に当たる予定だった二本の剣を潜り抜ける――と同時に、その柄を掴み取った。二本とも、寸分の狂いもなく。

 そして、間髪入れずに三本目と四本目が左右から挟み込むような軌道で現れる。両手は塞がっている。今度こそ、回避するか、直撃するかしかない。

 だが、ここでヤツはコンテナの中から装着者を強引に捕えた漆黒の鎖を展開させた。専用の射出口があらかじめ備えられているのか。鎖は両肩の後ろ辺りから、蛇が獲物を待ち構えていたかのように飛び出した。

 その挙動は腕と同じく正確無比。ジャラジャラ、という音が耳に届いた時にはもう、俺の魔剣ソードアーツは切先から柄まで鎖に絡め捕られてしまっていた。

 こうして、俺が牽制で放った遠距離攻撃は見事に相手へ武器を与えるという結果に終わった。

 無論、ただ掴み取っただけでは、裂刃ブラストブレイドは起爆できる。それがないということはつまり、コイツが捕えたと同時に、更なる黒化で上書きされてしまったということだ。

 ソレを正確に理解したのは、もう目前に二刀を振りかぶって斬りかかってきた『暴君の鎧マクシミリアン』の攻撃を、『雷の魔王オーバーアクセル』の見切りによってどうにか凌いだ後であった。

「ぐうっ、何てパワーだっ!?」

 真紅のブースターを吹かせた勢いに任せた一撃。どうにか構えた二刀で防いだが、思わず後ろに半歩よろめいてしまうほどの圧力があった。

 幸い、突進してきた勢いのまま通り過ぎ、追撃は飛んでこなかった。だが、休むつもりもないようで、すぐに止まって反転。再突撃の構えを見せる。

 奴が奪った剣は、俺よりも強力な黒化がかけられているのか、その刀身は黒ではなく赤一色に染まり、燃える炎のようにゆらめきながら、ブースターと同じ真紅の燐光をぼんやり放出させていた。普通の剣を付加エンチャント強化したというよりも、最初から光刃フォースエッジだったみたいな光り方である。振ったらヴォン! って音がしそう。

 ついでとばかりに、鎖が絡め捕った二本も同様の変化を遂げていた。今や鎖が巻きつくのは柄のみで、真紅の刀身をギラつかせて俺の方へと切先を向ける。

 鎖でそのまま剣を振るえるんだろう。考えることはみんな同じか。俺もヒツギがいれば『極悪食』とコンビを組ませて『餓狼疾走』なんて誘導技がある。

 『暴君の鎧マクシミリアン』のパワーとスピードに加えて、普通の二刀と鎖付き二刀を合わせた変則四刀流。おまけに、武器を奪われる以上、『魔剣ソードアーツ』は封印状態。思ったよりも、厳しい戦況だ。

 けど、まだ諦めるつもりはない。手間はかかるが、当初の予定通り、相手の抵抗力を奪った上で黒化をかける。まずは奪われた四刀の武器破壊を狙い、次に手足。四肢のどれか一本でも奪えれば、そこで勝負は決するだろう。それに、奴が振るう剣だって元はごく普通の量産品。いくら強化しようとも耐久性の限界はすぐに訪れる。

「さぁ、来いよ。とことん付き合ってやる」

 そして、再び『暴君の鎧マクシミリアン』が動く。

 先手は勿論、長い鎖のリーチがある向こう。有線式の誘導ミサイルのように赤い刃が飛来してくる。ただ真っ直ぐ飛ばすだけでなく、一本は上段、首を撥ねるような位置。もう一本は下段。膝を切り払う位置。それぞれの軌道でもって、横薙ぎに飛んできた。

 これはミサイルっていうより、鎖鎌の使い方だな。

「二連黒凪」

 上段は『首断』で、下段は『極悪食』で、それぞれ迎え撃つ。予想通り、剣そのものの耐久性はそれほどでもない。真正面から呪いの武器による武技を叩き込まれ、赤光の刃はあえなく砕け散る。その刀身の色合いからして、どこか血飛沫のようにも見えた。

 無論、そんな様子をじっくり鑑賞しているほど、俺に余裕はない。

「喰らえっ!」

 すかさず繰り出すのは、左手にした『極悪食』。すでに刃は目いっぱいに展開されており、そのまま突き刺すように繰り出す。開かれた餓狼のアギトが噛みついたのは、剣を握っていた鎖。二本同時に挟みこみ、本体へ戻る前に封じ込めた。

 鎖の先に繋がる『暴君の鎧マクシミリアン』をそのまま引き寄せるように、『極悪食』の柄を引く。流石にこの程度で姿勢を崩すほど奴は軽くない。

 しかし、この勢いのまま『首断』で黒凪を叩き込み、残った二刀をまとめて叩き切ってやるつもりだ。

 本体に繋がってる鎖がある以上、今度はそう簡単にブースター機動で逃がさない――と思いきや。

切り離パージしやがった!?」

 バチン、と甲高い金属音をたてて、『暴君の鎧マクシミリアン』の両肩から鎖が外れる。本体との接続を立たれた黒い鎖は、制御を失いただの物質と成り下がり、あとはもう重力の軛に囚われて地面へ崩れ落ちるのみ。

 一種の拘束具として機能しなくなった以上、慌てて『極悪食』の口から鎖をリリース。

 さらに、もう目前に迫っていた『暴君の鎧マクシミリアン』に対して、俺はかろうじて予定変更し、『首断』と共に『極悪食』も使って、再度『二連黒凪』による迎撃を試みる。

 なんとか間に合うタイミングで振りかぶったその時、ヤツが急激に進路変更。横に飛んだ。

 攻撃を警戒したか。いや、違う。これは俺を避けたんだ。回避という意味ではなく、最初から俺を狙っていなかった。

「まずい、そっちは――」

 奴の思惑にはすぐに気づく。

暴君の鎧マクシミリアン』は切り離した鎖を即座に再構築したのか、あるいは最初から内部に予備があったのかは知らないが、ともかく、新たに黒い鎖を両肩の射出口から撃ち出す。

 俺は魔剣ソードアーツを使っていない。ここにはもう、奪うべき武器は一つもない……とは思わない。

 そう、俺のすぐ後ろには、巨大な武器庫がそびえ立っている。モルドレッド武器商会本店という、スパーダでも最大規模の店が。

 狡猾にも、コイツは武器ナシのハンデを承知しており、武器の確保を優先しやがった。その行動は最早、呪いの意思というよりも、一個の人格を有した歴戦の戦士といったところだろう。

 まずい、コレはかなりまずいぞ。こんなヤツがフル装備したら、いよいよもって手が付けられない。

 しかし、そうだと気付いた時にはもう遅い。コイツのブーストダッシュは、俺でも走って追いつける速度じゃない。ちょっとばかり『速度強化スピードブースト』の支援が飛んできても、無理だろう。

 ならば、使うか。グラトニーオクトを討伐して得た、第五の加護を――

「――火炎槍イグニス・クリスサギタ

 その時、視界を横切っていったのは鮮やかな紅蓮。黒煙の尾を引いて飛翔する灼熱の火球は、サラマンダーのブレスと比べても遜色ない。

 放たれた火球は、猛然とブースターを噴かせて疾走する鎧を追い越し、先にモルドレッド武器商会への入店を果たした。

 盛大な爆発音が轟き、続いて、ガラガラとやかましい崩落音が響きわたる。

「助かった、フィオナ!」

 これくらい当然です、みたいなすまし顔のフィオナを横目に、俺は『暴君の鎧マクシミリアン』へ迫る。

 コイツが武器を求めていることは、傍から見ていたフィオナもすぐに分かっただろう。先んじて入り口を潰しておけば、物理的に入店拒否できる。もっとも、かなり頑丈そうな作りの正面入り口を一発で崩落させて埋め立てるとは、流石の火力である。

 この強引な力技による妨害を前に、さしもの『暴君の鎧マクシミリアン』も足を止める。そして、一瞬でも動きが止まったなら、俺が追いつくには十分だった。

「今度は、逃がさない――」

 振り向きざまに真紅の二刀を振るう『暴君の鎧マクシミリアン』と、全力疾走の勢いのまま斬りかかる俺。四つの刃は刹那の間に交差する。

 脆い武器、尚且つ万全の体勢で振るえなかったヤツの剣は、呪いの刃によって根元からへし折れる。キン、という刀身が斬り飛ばされる澄んだ音をかき消すように、ハンマーで大盾タワーシールドを強かに打ったような打撃音が重なった。

 間髪入れずに振るった追撃。今度こそ『暴君の鎧マクシミリアン』の胴体へ叩きこまれるはずった二連撃はしかし、コイツの凄まじい反応によって受け止められる。

 右の『首断』と左の『極悪食』を、それぞれ左右の手で刀身を掴んで抑えていた。

 普通だったら掌ごと両断できるところだが、コイツの装甲は伊達ではないようだ。ギリギリと金属音と火花を散らす、鍔ぜり合い状態に持ち込まれた。

 強烈な怨念によって動く全身鎧と、超人的な強化肉体を持つ俺。両者のパワーがぶつかり合うが、その拮抗は一瞬で崩れる。

 俄かに、『暴君の鎧マクシミリアン』の背面ブースターが唸りをあげる。赤い燐光が爆発的に鎧の背後に舞い乱れ、人の力では抗い切れない機械的な推進力と化す。

 押し負ける、と思う間もなく、フワリとした浮遊感が足元に訪れる。

「――『炎の魔王オーバードライブ』」

 だが、今の俺は少しばかり、力比べには自信がある。あの可愛らしい魔王様の面子にかけて、そう簡単に負けてやるわけにはいかないからな。

「うっ、ぉおおお……」

 止められた刃を、強引に押し込みながら地に足が着く。

よし、いける。確信と共に、俺は魔力ブースター全開の『暴君の鎧マクシミリアン』を正面から押し返し始めた。

 最初の一歩は、重い。だが、二歩、三歩、押し込むごとに、軽くなる。いや、俺が強くなっているんだ。湧き上がる力が、止まらない。

「おおっ、らぁああああああああああああああっ!!」

 そして、俺は走り出す。数百キロ、いや、下手したら一トンだってあるかもしれない超重量の鎧を、藁でできたカカシでも担ぐかのような勢いで、全力疾走の突進。

 そのままの勢いで、俺はそびえ立つモルドレッド武器商会の石壁に衝突していった。

 一瞬、天地がひっくり返ったような衝撃を覚える。視界の端々に映るのは、砕けた石材と巻き上がる粉塵の灰色。

 確かな手ごたえを覚える。ここで、俺は「やったか」なんてつぶやきながら奴が反撃してくるのを待っていてやるほど、お人よしではない。

 さぁ、ここからが本番だ。

「大人しく、俺のモノになれ――魔手バインドアーツ・黒化」

 両手に握った剣は、俺も鎧も、手放さない。だから、触手を作って接触。黒色魔力の浸食を始める。

「ゴっ、オ……オ、オオォ……」

 髑髏面の兜の奥から、そんな地獄の底で亡者が苦しみでうめいていうような不気味な声が響いてくる。

 そこまでは、良かった。異変を感じたのは、この直後だ。

「くっ、な、何て抵抗力だ……」

 俺が黒化用に作りだした触手は、アルザスからの撤退でキプロスと戦った時、『黒喰白蛇クライムイーター』を抑えるために編み出した二本の極太触手と似たようなものだ。両肩から新たに腕が生えたような格好となり、魔力で構成された黒き剛腕は、そのまま首を絞め落とそうとするかのように、鎧の首元へ手をかける。

 いつかのサリエルのように首の骨をへし折るくらいの気概で魔力的にも物理的にも圧力をかけているのだが……どうやら、今回は俺の方が苦しい思いをするようだ。

「コイツは、ちょっと、ヤバ――」

 思うように、黒化が進まない。俺の魔力量だけじゃ圧倒しきれていないのだ。明確な抵抗の意思を感じる。

 もしかしたら、全身鎧という武器と比べて遥かに大きな物質量を誇っているから、尚更に支配するのが厳しいのかもしれない。俺だって、ただの冒険者ギルドを丸ごと一棟黒化させるのには徹夜だったからな。

「――いいっ!?」

 それなり以上の消耗を覚悟したその時、ヤツの逆襲が始まる。

 髑髏のフェイスガード、その暗い眼窩に燃えるような赤い光が灯ると、凄まじい勢いで魔力が逆流してくるのを感じた。それは単なる第六感的なものではなく、首を絞める極太触手が、触れた先から毒々しい赤色に染まっていくという見た目にも表れている。

 まずい、完全に押し負けている。俺の力だけじゃ、コイツを支配するには足りなかったというのか。

 いや、思えば俺はこれまで、潤沢な黒色魔力と、呪いに対する耐性という相性のお蔭で、強引な力任せで呪いの武器達を獲得してきた。ここで、単純に俺よりも力に優れる呪いがあるならば、敵いようがないのは道理。少なくとも、俺には神官のように呪いを浄化するような技術は持ち得ていないのだから。

「があっ!」

 ヤツの赤い浸食は、もう触手の半ばまで進行している。そこから先は、血管のようなラインが無数に浮かび上がり、俺の肉体へと向かってゆく。

 このまま押し負ければ、呪いを支配するどころか、俺の方が呪いにとり憑かれてしまう。

 しまった、これまで呪い相手には連戦連勝の無双状態だったから、コイツも何とか行けるだろうと完全に侮っていた。そう、魔法の属性だってそうだが、弱点や相性というのも、絶対ではないのだ。

「我ハ……王……我コソ、ガ……」

 いかん、コイツの声が、もう実際に口で喋っているのか、それとも脳内に直接流れ込んできているのか、判別がつかない。五感が正常に機能しなくなってきている証。実際、目の前にあるはずの『暴君の鎧マクシミリアン』が、やけにボヤけて見える。赤い影がチラついて、今にも見失ってしまいそう。

「ガ、エ……我ニ……従エ……」

 そよ風にでも紛れて消えそうな囁き声のはずなのに、やけにデカい音量で頭の中に響いてくる。

「忠誠ヲ……捧ゲヨ……」

 一瞬、頷きそうになった。

 いけない、この感覚は……ああ、そうだ、『思考制御装置エンゼルリング』を被ってしばらく経ってから、段々と自分の意識を保っていられる時間が少なくなっていった、あの頃と似ている。

 痛みがあるワケじゃない。苦しみを伴うワケでもない。深い眠りに落ちるように、自然と、成す術もなく、消えるのだ。

「我ガ……騎士ト、ナレ……」

 それにしても、お前、忠誠を捧げて騎士になれって、随分とタイムリーなことを言いやがる。ついさっきサリエルを正式に奴隷にしてきた俺に対する、当てつけか。

 ここで呪いに負けて死んだら、とんだお笑い草だな。あるいは、仕方ないから、と軽々しく誰かを奴隷にさせて、罰でも当たったのか。

「だ、誰が……」

 けど、神様が俺を許さなくても、構うものか。迷いはしたし、悩みもした。それでも、自分で選んだ結果だ。後悔などない。

 だから今の俺には、他の誰かに支配してもらう安心感なんてのは、必要ないんだ。

「誰が、お前なんかに――」

「――従ってやるですかぁっ!」

 その時、場違いな声が響いた。

 幻聴なんかでは決してない。その幼い女の子のような声音は、うるさいくらいキンキンと頭の中に響き渡ったからだ。

 そう、暗き深淵へと誘う、呪いの声さえかき消して。

「ご主人様は、常に一人! それがメイドとしての誇りなのです!」

 誰だ、という疑問も、まさか、という驚きもなかった。

 ああ、やっと、帰って来たんだな。そんな、安堵感だけが、温かく胸に広がった。

「『黒鎖呪縛「鉄檻」』こと、スーパー黒髪メイド・ヒツギ! ご主人様の危機に参上ですっ!!」

 どこまでもやかましい名乗りの声が頭の中に響き渡ったその瞬間、もう、呪われた王の声は聞こえなくなっていた。

「ああ、おかえり、ヒツギ……よく、戻ってきてくれた」

「長いお暇をいただき、大変申し訳ありませんでした、ご主人様」

 珍しく、キリっとした真面目な口調。もしかして、ちょっと成長してる?

「勿論です! ヒツギはお暇中、ただゴロゴロしていたワケではございません! ご主人様と会えないという、耐えがたきを耐え、忍び難きを忍び――」

「いや、そういうのは後で聞くから……今は、コイツを抑えるのに協力してくれよ」

「はい、ご主人様! ヒツギにお任せですぅ!!」

 懐かしくも頼もしい声と共に、俺の五感も完全に戻ってくる。ぼんやりしかけた意識も、今はしっかり覚醒。

 もう、押し負ける気がしない。

「行くぞっ! 魔手バインドアーツっ!」

 命と共に、完全に艶やかな漆黒の色合いを取り戻したグローブから、怒涛のように黒い鎖が飛び出し、目の前で不気味な唸りをあげる『暴君の鎧マクシミリアン』へと襲い掛かった――

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ヒツギちゃんおかえり
[良い点] お帰り!ヒツギちゃん
[良い点] ヒツギちゃん復活きたぁぁぁぁ!!!! [一言] やっぱりヒツギちゃんはどこぞのヤンデレ共とかどこぞの元第7使徒さんとかより純粋でかわいいよな ナチュラルに有能やし
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ