第527話 呪いのお出迎え
「おお、これはこれは、クロノさん! 無事に戻ってなによりです」
そう言って顔を綻ばせてくれるのは、珍しく髭のないドワーフのオジサン。俺の行きつけの鍛冶工房の主、レギン・ストラトスさんである。
カイとの模擬戦を終えて、一回寮に戻って昼食をとる……気分ではなかったので、適当に買って済ませて、俺は本来の予定通りにこのストラトス鍛冶工房へとやって来た。久しぶりに会ったレギンさんと奥さんの二人と、ひとしきり再会の喜びを交わした後、早速とばかりに本題に入る。
「――クロノさんの呪いの武器は全て回収してあります」
「ありがとうございます、本当に、助かります」
思わず涙が溢れそうなほどの、圧倒的感謝である。仲間のことを除けば、俺にとって一番の心配事が、サリエル戦で置き去りにしてきた武器の数々だ。中でも特に、『首断』と『極悪食』は絶対に手放すわけにはいかない思いでの一品である。
「いえいえ、私はただ保管しているだけ。戦場の混乱の中で全て拾い集めてくれたのは、リリィさんのお蔭でしょう」
「ええ、そうですね……」
あの時、リリィだって今にも気絶してもおかしくないほどに消耗していただろう。けれど、俺のために頑張って回収してくれたんだ。今すぐ、お礼も言えない状況なのが苦しくて仕方ない。
「ああ、それとウチで造った武器、『ザ・グリード』と『デュアルイーグル』もありますよ」
「えっ、本当ですかっ!?」
これらの武器はサリエルの『破空』によって、影空間ごと木端微塵に吹き飛んだと思っていた。呪いの武器は総じて頑丈だから大爆発の中でも耐えられる可能性は高いが、あくまで普通の武器である銃については諦めていたくらいだ。
「流石に破損が酷かったので、ほぼ全面改修といった感じですが……そうだ、ちょうどこちらにあるので、どうぞご覧ください」
と言って、一旦店の奥に引っ込んでから、またすぐ前にも見た大きな台車をガラガラ押しながらレギンさんは戻ってきた。
その台車の上には、確かに見覚えのある、漆黒の光沢を放つゴッツい大砲が鎮座している。
「おお、『ザ・グリード』だ……ほとんど新品じゃないですか」
「一番重要なスロウスギルの頭蓋骨は無傷でしたので、問題なく組み上がりましたよ。すでに一度作ったものですからね。グリードメタルは破片だけでも、溶かして成型し直せばいいですし、まだ少しくらいは余りもあるので」
だからといって、イチから造り直しというのも物凄い手間だろう。
「今なら、オマケでもう一丁作れますよ」
「流石に同じものは……でも、別な銃は欲しいですね」
「シモンちゃんから幾つか設計図を預かってますので、後で要望を聞きましょう」
流石はシモン、すでに手を回しているとは。
俺の銃はガトリングガンにソードオフショットガンと、随分と偏りのあるチョイスになっている。ここらで、もう少し用途を絞った専用装備を作ってもいいんじゃないのかと思う。
幸いにも、今の俺には金がある。レギンさんへ依頼するのに、十分な報酬が用意できるだろう。
「それでは、呪いの武器をお渡しいたしましょう。実のところ、ここで保管し続けるのもそろそろ限界かなというところだったので、今日、来ていただいて助かりましたよ」
「えっ……そんなに、ヤバいんですか?」
「見れば、お分かりになりますよ」
物凄い不安を煽るようなことを、やはり頑固なドワーフとは思えない人の好い笑みを浮かべながらレギンさんが言う。
どうも、ウチの子が迷惑をおかけして、みたいな心境を抱きながら、俺は店の奥に案内された。
小さな工房の奥には下りの階段。そこを降りた地下室が、俺の呪いの武器達を置いている保管庫となっているようだった。ドアは通常のサイズだが、その造りは鋼鉄製。赤茶けた錆の目立つ、年季の入った鋼の扉に鍵を差し、重苦しい音を立ててレギンさんが開いた――その瞬間、凄まじい魔力の気配が襲う。
「うおっ、これは……」
全身が総毛立つ。その感覚は、初めて呪鉈を握って怨念の声を聞いた時のようだ。そんな感想を抱いた時に、俺はウルスラのドレイン能力に対抗するように、全身から黒色魔力のオーラを放出していることに気づいた。
ほとんど反射的に防御反応をとってしまうとは……とんでもない怨念の気配だ。
「これほど強力な呪いの武器を、一つところに閉じ込めておいたせいか、酷く魔力が淀んでしまっていて。普通の人なら、この気に当てられただけで狂いかねませんよ」
それが決して冗談で言っているワケじゃないと理解するには、このおぞましい気配は十分以上の説得力を持つ。レギンさんが地下室の灯りを点けた時、何もないはずの虚空が歪んで見えたほどだ。今、この室内の魔力は怨念の影響でかなりヤバいレベルで乱れに乱れきっている。
「本当に、迷惑をかけてすみません」
「いえいえ、これも仕事ですから」
そうして、俺は久しぶりに愛しき呪いの武器達との再会を果たした。
「まずは、最も封印拘束が軽い『ホーンテッドグレイブ』です」
武器屋で槍を展示するように、壁に横向きとなってかけられている。しかし、この漆黒の薙刀には幾重にも黒い鎖が巻かれており、それらが束となって壁の四隅へ大きくバツの字を書くように固定されていた。よく見れば、この鎖が黒いのはグレイブから伸びた中ほどまでで、壁の端に留まっている部分は普通の鋼の光沢をもっている。
うわ、これは間違いない、武器に触れた部分から黒化の浸食が進んでいるんだ。
「どうぞ、お取りください」
えー、とあまりに不気味な拘束具合に、持ち主の俺も思わず躊躇ってしまう。使っている時は全然気にならなかったが、改めてこうして見ると、やはり禍々しいものだな。
「そのまま触って、いいんですね?」
「ええ、クロノさんなら大丈夫でしょう」
意を決して、俺は鎖でグルグルに巻かれたホーンテッドグレイブの柄を掴む。
刹那、十重二十重となって絡まり合っていたはずの鎖が、ひとりでに解ける。ジャラジャラと鉄と鉄がぶつかって奏でる金属音が過ぎ去った時には、もう、俺の手には一切の戒めより解き放たれた、呪われし薙刀があった。
「よし、いい子だ――『影空間』解放」
拍子抜けするほどあっさりと戻ってきたホーンテッドグレイブを、まだ全盛期の容量よりも大分劣る影の中へと収納する。これといった反発もなく、薙刀は大人しく影の内へと納まっていった。
「流石ですねぇ、クロノさん」
「え、何がですか?」
「いえ、この調子でいきましょう」
気になることをサラっと受け流して、俺は次なる呪いの武器へと向かう。といっても、さして広くもない地下室。振り返ればそこに、ヤツはいる。
「次に厳重な封印を施した『暴食牙剣「極悪食」』です。普通の武器だったら破損しかねない、かなり厳しい保管法ですが、どうぞご理解ください」
その説明に、俺は異を唱えることはない。なぜなら、悪食の様子はもう見るからにヤバいからだ。
刃を下に向けた宙吊り状態の『極悪食』は、ホーンテッドグレイブよりもさらに厳重に鎖で巻かれている。刀身はハサミのように目いっぱいに広げられており、二股に別れた刃にそれぞれ鎖が何重にも巻かれ、その凶悪な顎が閉じないよう強引に開いているような格好だ。
柄に巻かれて天井に続く鎖と、別れた刃から床へ続く鎖とで、逆Y字型となる固い戒めだが、この『極悪食』ときたら、ギチギチと唸りを上げて動いているのだ。まるで、今にも鎖を食い千切って、本物の餓狼のように飛びかかってくるのではないかという雰囲気が漂う。
「ほ、本当に……ウチのが迷惑をかけて、すみません……」
「いえいえ、好きでやっていることですから」
二度目の謝罪である。こんなヤバそうな代物を、いくら地下室とはいえ自分の家に置いておくなんて、百万クラン貰っても断るところだろう。
「はぁ……ほら、早く戻れ」
深い溜息をついてから、俺は剣の柄を握る。すると、『極悪食』が力を取り戻したように、大きく唸りをあげた――次の瞬間。
バギン、と甲高い金属音を立てて、戒めの鎖を食い破った。
ガッチリと牙の刃を閉じ、晴れて自由の身となった『極悪食』は、もう満足したかのように大人しくなった。暴れるだけ暴れたら、疲れて眠るワガママな犬みたいな反応である。
そうして、静かに二本目の回収も完了した。
「それでは、最後に『絶怨鉈「首断」』となりますが……こちらはもう、ここの設備だけでは私の手にも負えません。以前にメンテナンスで預かった時よりも、明らかに呪いの力が増しているのです」
それはもしかして、殺しはしなかったものの、使徒であるサリエルを斬って血を吸ったからだろうか。パワーアップの獲物としては、使徒なんて極上だろうし。
「ですので、申し訳ありませんが、この鉈の封印は、もう普通の武器なら絶対に壊れてしまう、かなり強引なものとなっております」
「はぁ、それはまぁいいんですけど……その、俺の鉈は、どこにあるんですか?」
この地下室には、何もない。物陰となるような大きな棚などはなく、実にガランとしている。
「あっはっは、すでに気づいているでしょう」
すでに武器を二本回収し終え、この部屋に残っているものといえば……この、一番奥にどっかりと鎮座する、長方形の大きな真っ黒い金属の塊である。
積み木のブロックみたいに角ばった綺麗な長方形で、そこには何ら剣らしき造形は見当たらない。
「もしかしなくても、この中にあるんですか?」
「ええ、溶かした鉛にそのまま沈めました」
マジですか。そりゃあ普通の武器だったら、完全に溶けて消滅しているところだ。
「『首断』は無事なんですか?」
「感じるでしょう、この凄まじい怨念の気配を……武器本体は全くの無傷ですよ」
ですよね。この『歴史の始まり』みたいな漆黒の金属塊から、おぞましくも懐かしい、魔力の気配を感じる。
「ところで、コレはどうやって取り出せばいいんですか?」
「これはもう、見た目ほどの強度はありませんので、少し衝撃を加えれば割れて――」
なんて説明を遮るように、ゴトリ、と重い音が狭い室内に響いた。
「……動いた」
俺の身長ほどもある、大きな金属の塊が揺れる。ガタリ、ガタリ、とまるで中に人でも入っているかのように。
「いけない! クロノさん、下がって!」
レギンさんが叫ぶや否や、漆黒の表面に亀裂が走る。甲高い金属音の悲鳴を上げながら、無数に走るヒビ割れの奥から、禍々しい赤い光が漏れ出た。
下がって、という注意の言葉とは正反対に、俺の足は呪いの輝きに引き寄せられるように、一歩を前へ踏み出している。
ああ、もう手が届きそうだ。
「クロノさんっ――」
注意の声をかき消す、一際に大きな破砕音が耳に届く。同時に、俺の目には試練の存在を示す輝きのように、真っ赤な閃光が映った。
俺が逃げるサリエルを止めるために、全力でぶん投げた時のような勢いでもって、『絶怨鉈「首断」』が、鉛の封印を切り裂いて飛び出してきたのだ。
顔に向かって。そのまま立っていれば、銘の通りに首を断つ軌道を描く。主の命を奪う、呪いの武器らしい一撃だが、俺に恐れはない。
分かる。コイツは、ずっと俺の帰りを待っていてくれたのだと。
「待たせて、悪かったな……ただいま」
そうして、『絶怨鉈「首断」』は俺の手へと戻ってきた。
握れば、手と一体化したような完璧な握り心地と共に、殺せ殺せという怨念の大合唱が脳内に響く。
だが、その中で俺は確かに、コイツの声を聞いた。
「ニドト……ワタシヲ、テバナスナ……」
2015年10月26日
申し訳ありません、予約投稿を忘れて大幅に投稿時間が遅れてしまいました。よりによって、事前告知していた月曜更新でミスるとは・・・本当に申し訳ありませんでした。