第515話 暗黒騎士サリエル
「――シスター・ユーリっ!?」
ウルスラの呼びかけに、私は目を覚ました。
「どうしたの、急に胸を抑えて動かなくなったから……どこか、痛いの?」
真っ直ぐに見つめてくる青い瞳には、ありありと私の身を案じる不安の色が浮かんでいる。
以前の私は気にも留めなかったことだけれど、この三ヶ月の生活の中で、人の感情を見分けることは、少しだけできるようになった。
故に、今の私に必要な言葉は、ウルスラの心配を取り除き、かつ、現状を的確に説明するもの。
「加護を授かりました」
「えっ?」
更なる説明を求められている気がするものの、私自身、詳しいことは不明なまま。これ以上の情報提供は不可能だった。
「私は、その力を使って、皆を助けます」
今は一刻の猶予もない。
私の第六感には、強力な風属性の操作によるグラトニーオクトの嵐が、今もまだ出力が増大し続けていることを察している。もうすぐ、この礼拝堂も崩壊するだろう。
『暗黒騎士・フリーシア』の力は未知数だが、今すぐ行使するより生き残る手段はない。
「助ける、って……でも、どうするの?」
「まずは、鎧が必要です。ウルスラ、右腕の籠手と両足の具足を、借りてきてもらえませんか」
「え、でも……」
ウルスラがますます困惑した表情を浮かべるのも、無理はない。何故なら、右腕と両足の鎧など、私にはつけるべき部位が物理的に存在していないのだから。
「急いでください。あまり時間はない」
「う、うん、分かったの!」
意味が分からなくとも、力強く返事をくれたウルスラ。これが信頼、というものだろうか。
そうであるなら、どうしてウルスラがそこまで信頼を寄せてくれるか、私には見当がつかないけれど。それでも、信じてくれるなら、答えなければいけないということくらいは、分かっている。
「なぁおい、こんな半端な部分だけ、何に使うってんだよ」
「いいから、シスター・ユーリに貸してあげるの!」
すぐに、訝しげな表情のライアンを連れて、ウルスラが戻って来てくれた。
「まぁ、いいけどよ……ほら、俺のでいいのか?」
「ありがとうございます」
ガチリ、と金属の留め金が外れる音をたてて、ライアンは自分の重騎士鎧を手早く外す。
今日の戦いだけで、随分と傷痕が白銀の金属装甲に刻まれた籠手と具足が、私の前に並べられた。
まずは、そのまま装着すれば私の細腕では抜けてしまいそうなほどの大きさを持つ、右ガントレットを掴む。
「マジで、どうすんだソレ」
「黙ってて、シスター・ユーリには何か考えがあるの」
小声でヒソヒソ話をしながら、二人が私の一挙一投を興味津々に観察している視線を感じる。見れば、周囲の兵士達も私が何かをするらしい、という雰囲気を察して、彼らの注目も集まり始めていた。
もっとも、私にとっては他人の視線というのは何ら集中を妨げる要因足りえないし、また、疑問を覚える彼らに一から十まで説明できる情報も時間も持ち合わせていない。
できるかどうかは、私にも分からない。果たして、この『暗黒騎士・フリーシア』の加護は、私が望む力を叶えてくれるのかどうか。
それを今、確かめる。
「……」
静まり返った礼拝堂の中で、私は、左手にした籠手を、ゆっくり右腕へと持っていく。右腕はちょうど肘から先が欠けている。差し込むべき腕がなくとも、私は構わず肘だけで籠手の入れ口に突っ込んだ。
ここから先のやり方は、すでに知っている。私はそれを、何度も目の前で見た。
思い出す。彼がどのように、黒魔法を使っていたかを。
「――黒化」
感じる、体の内に渦巻く黒色魔力の波動。
黒き神々の一柱たる『暗黒騎士・フリーシア』の加護を得たことで、私の魂が彼女から黒色魔力の供給を受けられるようになったと推測される。魔力供給の仕組みは、使徒と同じ。
そうして得た黒色魔力の動かし方、制御は……白色魔力と変わらない。よく体に馴染んだ、というより、忘れようにも忘れえない、心身に刻まれた絶対の経験が、意のままに黒き魔力を動かす。
その効果は、すぐ目に見えて現れた。
「うおっ、マジかよ!?」
「あっ、これはクロエ様と同じ……」
右腕のガントレットは、瞬く間に白銀の装甲が黒一色へと塗りつぶされる。
『黒化』、そうクロノは呼んでいた。単純な黒色魔力の付加。しかし、物質の強化に思念操作、疑似属性まで織り込めばそれに応じた効果も反映される、万能で使い勝手の良い黒魔法だと評価できる。
黒色魔力が使えるならば、私も同じものが使えるようになるのは道理。
私が念じれば、彼の『魔剣』と同様に思い描いた通りに稼働する。ピクリ、と空洞のはずのガントレットの指先が動いて、握りこぶしを作った。
「反応にゼロコンマ三秒の遅れ。操作には慣れが必要」
「凄い、シスター・ユーリ! クロエ様と同じ魔法が使えるなんて!」
「さっき使えるようになりました」
この身に黒色魔力が宿ったその瞬間から、私には彼の編み出した黒魔法はおおよそ模倣できるようになっている。魔弾・魔剣・魔手、見たことがあるから効果と術式構成は何となく把握できる。
そして何より、日本の知識を残す白崎百合子の記憶によって、彼が何を元として魔法のイメージと成しているかも、完全に理解が及ぶ。今の私もまた、銃やミサイルといった実在する現代兵器に加え、小説・漫画・アニメ・ゲーム、といった多種多様な娯楽作品、フィクションの知識を併せ持つ。
彼女の趣味ではなかったようだが、彼を理解するために高校生の黒乃真央が好んでいた作品にはあらかた、目を通している。いつでも、彼とその話ができるように。
覚えている限りでは、その情報収集の成果が生かされた経験はただの一度もなかったようだが。
いわゆるほろ苦い青春の思い出というべき記憶はさて置いて、次に私は両足を取り戻さなければならない。
「黒化」
やり方は右腕と同様。ただ具足をそのまま膝に被せてから、黒色魔力を流し込む。白銀の装甲は、やはり淀みなく黒へと染まり切った。
「おお、立った!」
目の前で起こったことをありのままにライアンが口にする。私が立ち上がった姿は、そんな当たり前のことを言わしめるほどに、珍しいのだろうか。
代用品とはいえ、足があるなら当然、自分で立ち上がることができる。中身が空っぽの鉄の両足で、床を踏みしめる感触もないまま、三ヶ月ぶりに立つこととなった。
「す、凄い……シスター・ユーリ、もしかして、歩けるの?」
「歩行は可能。走行と跳躍も可能ですが……やはり、反応が鈍い。戦闘では致命的な遅れをとる危険性が高い」
日常生活を送るには何ら支障はない可動性を持つが、三か所の部位を戦闘行動に必要な速度で動かすには至らない。実際に動かし、思念操作に習熟しなければ、本物の手足同然に動かすのは不可能。
しかし、今の状況下で練習している時間などもってのほか。早急に戦闘行動可能な機動性を獲得しなければならない。
「ウルスラ、少し離れてください。感電の危険性がある」
「かんでん?」
「はい、私の加護の力の本質は『雷』ですから」
体に満ちる黒色魔力は、加護を発現させた必要最低限の基本性能といったところ。ガラハド戦争で対峙した冒険者と思しき者達が加護を使った際、全員に魔力の上昇が感じられた。恐らく、黒き神々の加護の全てに共通する基本効果だろう。程度の差には大きく幅があり、強力なものになると、使徒と同じようにオーラという形態をとって魔力が体から迸るようになるというのは、私自身が確認済みである。
「わっ!?」
バチリ、とスパークが目の前で小さく弾けたことで、ウルスラは驚きの声を上げながら転がるような勢いで後ずさった。冷や汗を流しつつ、ライアンと、周囲にいる者達も一斉に下がる。
私が雷の力を得たことは、これで誰の目にも明らかとなっただろう。
『暗黒騎士・フリーシア』は、その名前と見た目からして槍をメインに扱う騎士であることは明白。雷属性が操れるようになる、という効果がその力の全てではない。
しかし、どうやら今の私にはここまでの力しか与えられなかったようである。己の内にある、黒色魔力と、それによって生じる黒い雷が、私に感じられる全て。この魔力というエネルギーと、黒い雷属性を使って如何なる魔法・武技と成すかは、全て私の力量のみにかかっている。
雷属性の魔法はあまり使ったことはないが、それでも経験がないわけではない。扱い方は、以前と同じで問題ない。
そして、白崎百合子が与えてくれる現代日本の多様な魔法のイメージが、私に新たな使い方を示してくれる。それは、あるいは彼も同じ結果に行きつくかもしれない。
だからだろうか、私は何となく、その新たな黒魔法に彼がつけそうな名前を与えていた。
「――『紫電黒化』」
乾いた炸裂音が礼拝堂に響き渡ると同時、夜空に雷が閃くように、黒一色に染まった金属装甲に紫色の光が走る。
必要な効果は、私の意思を一切のタイムラグなしでダイレクトに鉄の義手・義足へと伝えること。黒化による思念操作だけでは足りない部分を、この、神経を走る電気信号を直接伝える『雷の魔法』によって補う。
クロノは疑似炎属性を組み込むことで、灼熱の爆破力を備える『赤熱黒化』を編み出した。
私もそれと同じく、雷属性を組み込むことで、あらゆる『電気』の特性を付加部分に与える『紫電黒化』を作った。
見た目と感覚的には成功しているようだが、果たして、望む通りの性能があるかどうか。最低限の動作確認の必要性がある。
私は『暗黒騎士・フリーシア』が現れたその瞬間に抜き放ち、そのまま出しっぱなしだったレイピアを、紫の光が迸る黒鉄の右手へと持ち替えた。
行うのは、素振り、というより、両足を含めて全身の動きを試す必要があるから、シンクレア剣術の型の一つをなぞってみるのが最適だろう。
「ふっ――」
練気の呼吸を一つ。体内に供給された潤沢な黒色魔力があるお蔭で、たった一息でも生み出されるエネルギーの差は何倍も異なる。消費量を度外視すれば、瞬間的にでも使徒の頃にも及ぶほどの出力が出せそうだ。
蘇った力の感覚に振り回されることなく、私は昔に習った基礎的な剣の型を三秒ほどで終えた。
「――感度良好。反応差、ゼロコンマ一秒、未満。かろうじて、戦闘に耐えられる」
「い、今のは……サザンクロス流の基本形だろ。シスター・ユーリ、アンタやっぱり、騎士だったんだな」
シンクレアには幾つかの剣術流派があり、サザンクロスは最も有名。十字軍で騎士を名乗る身分の者の半数は、このサザンクロス流の門弟である。元々、エリシオンで騎士として仕えていたというライアンなら、一目で分かるだろう。
「いいえ、私はただのシスターです」
使徒という特殊な事例ではあるが、私の身分はシスターであることに相違はない。
「たった三秒で全形を完璧に振れる奴なんて、聖堂騎士くらいだろうが……いや、いい、詮索はしねぇよ」
その方が、私としてもありがたい。
「私はこれより、グラトニーオクトを討つため、兄さんの加勢へと向かいます。扉を、開けてもらえませんか」
「……ああ、分かった。頼んだぜ」
ライアンが迷う素振りを見せたのは一瞬のこと。戦場へ向かうための扉は、速やかに開かれた。ガチャリ、と空っぽの具足から金属音を奏でながら、私は礼拝堂を後にする――
「シスター・ユーリ! どうか、ご無事でっ!」
「はい、ウルスラ。必ず、戻ります」
そうして、私は一人、再び大嵐が渦巻く外へと舞い戻る。
つい先ほど歩いてきた通路はとうとう崩壊を始めており、固く組まれているはずの石材のブロックがバラバラになって宙へと巻き上げられていた。そこはすでに城内ではなく、屋外。
周囲の光景は、巨大な竜巻の只中に飛び込んだようなものだ。崩れゆく瓦礫は勿論、要塞内に転がる兵士とモンスターの死体もまとめて空を飛ぶ。その中には、厩舎に繋がれたままとり残されていた馬も含まれる。
甲高いいななきを上げながら、私のすぐ目の前を吹き飛んで行く馬と、一瞬だけ目が合ったような気がした。
数百キロの重量物をも難なく巻き上げる風速の中で、私がいまだ地に足をつけていられるのは、これも『紫電黒化』の能力である。
石壁が崩れたことで剥き出しになった城の太い鉄骨へと、私は具足を丸ごと電磁石と化すことで張り付いている。だから、正確には地面にではなく、垂直の柱の上に立っていることとなる。
シンクレアでは見られない雷属性の使い方であるが、高校レベルでの科学・物理の知識をほぼ完璧に修める白崎百合子の頭脳があれば、電磁石という発想はすぐに出る。そして、私の魔力操作能力で、コイルに電流を流すのと同様の状態を再現することも容易。
とりあえずは、空に浮かぶ大口へ成す術なく吸い寄せられることはなくなったが、今の私にはまだ、グラトニーオクトを撃墜させるだけの手段を持ち得ない。
手持ちの武器は、予備のレイピアが二本と、イグナイテッド・ダガーが三十本。再びグラトニーオクトの体へ上陸できたとしても、火力不足は明白である。
今なら雷属性の上級攻撃魔法『雷鳴震電』も使えそうだが、何十発と撃ち込んだところで、あの巨体では表面を少しばかり焦がすに留まるだろう。
もっと、決定的な威力が必要。
しかし、それを求めるならば、使徒であった頃と同じだけの能力を要する。無限の魔力を授かることが、たったそれだけでどれほど破格の効果であるかを、今の有限の魔力供給となってから実感する。
故に、これはただの無い物ねだり。私が第七使徒として持ち得た物は、もう今は全て失っている――否、まだ一つ、残されているモノがあるはず。
「……戻れ(コール)」
その召喚術式は武器依存。故に、必要なのはただ一言の詠唱と、僅かばかりの魔力のみ。発動できない道理はない。ただし、白一色に染まる術式回路に、黒い濁流のような黒色魔力が流されたことで、通常とは異なる反応が引き起こされる。
眩い白光と共に呼び出されるはずソレは、黒と赤が入り混じった禍々しいスパークを弾けさせながら、私の手元へ現れた。
「武装聖典『聖十字槍』」
それは、『天送門』が発動した後、回収されることなく『光の泉』に沈んだままであった、第七使徒の専用武器。
神のシンボルたる聖なる十字を模した意匠。無論、刃も柄も眩いほどの白に彩られている。
だがしかし、私が握りしめた神の槍に、見慣れた白い輝きはない。それはすでに『黒化』を施したように、黒一色に染まり切っていた。
「……改め、『反逆十字槍』」
神を裏切った私が手にする、赤い雷光を纏う漆黒の槍は、この名が相応しい。
見た目と名前は変わっても、握り心地は同じ。掌に伝わる、槍が秘めた膨大な魔力と、数多の術式もそっくりそのまま。この槍にはまだ、使徒の戦闘に耐えうる性能が残っている。どんなに強烈な武技を放っても折れず、どれほど強大な魔法を撃っても壊れない。シンクレアの魔法と鍛冶の技術の粋を集めた、最高の武器としての性能が。
これなら、グラトニーオクトの巨体さえ一息で貫くこともできる。少なくとも、黒竜の心臓を貫くよりは、簡単だろう。
これで必要なものは全て揃った。自由に動く四肢、潤沢な魔力、そして武器。あとは、倒すのみ。
グラトニーオクトは要塞を吸収するために、かなりの低空まで降りてきている。目測で百メートルをやや超えたかといった程度。
これくらいの高さを登るのに、ペガサスは不要。走るだけで十分だ。
「千里疾駆」
突き立つ鉄骨から、私は垂直の姿勢そのままに駆け始める。
一歩、二歩。磁力は私の意のままに調整でき、ただ張り付くだけでなく、走るにあたっても何ら障害足りえない。
三歩目で柱の天辺に足をかけ――磁力反転。強烈な反発力を伴って、真っ直ぐに飛びあがる。
向かう先は、すぐ頭上に見える巨大なグラトニーオクトの口腔。不気味に輝く真っ赤な口の中へ、巻き上げられたあらゆる物が有機物、無機物の分け隔てなく飲みこまれてゆく。
アルザス要塞全てを覆い尽くすように、円形の本体と長大な八本足を目いっぱいに広げて浮遊している。その光景は、ハリウッド映画で見た、巨大なUFOが地球の都市を滅ぼすビーム砲を放つ直前のよう――そんな感想が自然に思い浮かぶのも、彼女の記憶を取り戻した影響だろう。彼に話せば、賛同を得られるだろうか。
何故か逸れかけた思考を再度集中し、私は荒れ狂う大気の流れに、四歩目を踏み込んだ。
この巨大な嵐の前では風に舞う木の葉も同然な私だが、『千里疾駆』を使っていれば、むしろ地面に立っているよりも安定する。
供給された黒色魔力もつぎ込める今ならば、武技で生命力が大きく消費されるリスクもない。高出力を維持したまま、私は嵐の空を一直線に駆けあがって行く。
だが、その進路を妨害するように、城壁の欠片と思しきブロックの塊が横合いから飛んでくる。
「んっ――」
虚空を蹴って急転換。ブロックは足元をかすめるように飛んで行き、私はどうにか直撃を避けた。
しかし、進む先に立ちふさがる障害物は次々と現れる。前後左右、あるいは、私が辿って来たすぐ真下からも、石材、木材、あるいは鉄の武器そのものが砲弾のような速度で襲い掛かってくる。
原因は単純に吸収元である口に接近したせいだ。
隠すことなく魔力の気配を放ちながら急接近する私だが、グラトニーオクトは気付いてもいない。規格外の巨大モンスターからすれば、人間サイズのものなど判別さえ困難な塵芥も同然の存在であろう。
故に、私を妨害する気で物体を飛ばしているわけではない。
それならば、やはり恐れる必要は何もない。
意思が介在しなければ、そこにあるのはただ自然にあるがままの現象。口腔付近で密集してくる瓦礫の砲弾も、風の流れに従って飛び交うだけのこと。
フェイント、隠蔽、などなど、虚を突かれるような技がないならば、この肉体に宿る感覚だけで回避するには事足りる。
便利なので鍛えた『千里疾駆』の性能を駆使して、私は瓦礫の嵐を飛び越え、すり抜け、いよいよ口腔へと肉薄する。
遠目で見れば、赤く光るグラトニーオクトの口は、クロノ曰く『地獄の入り口』と呼ぶに相応しいが、ここまで間近で見ると、こんな大きさでも生物だと実感できるほど、生々しい質感が見て取れる。
下からでは見えなかったが、円形の口のやや奥まったところにびっしりと肉の壁面に棘が生えるように、無数の牙が生えているのも確認できる。
そして、吸い込まれた物体はちょうどスパイクの壁によって、ミキサーにかけられたように粉々に粉砕されてゆく構造であった。
無論、私もこのまま飛び込めば、瞬時に肉片と化す。
突破するには、かなりの攻撃力が必要。強力な黒魔法使いであるクロノでも、この口の中に飛び込もうとは考えはしなかった。生半可な火力では、全く通用しない。
だから、私にとれる手は一つだけ。自身が持ち得る最強の武技を、力の限り、魔力の限り、解き放つ。
「貫き、徹せ――」
構えた槍の穂先に宿るのは、白き神が授ける光ではない。
目に眩しく瞬くのは黒と赤に彩られた雷光。獲物へ突き刺さる瞬間を待ちわびるように暴力的に弾ける様は、神聖さの欠片もない。
ただ、敵を葬る圧倒的な力のみが、一点に集約されてゆく。
もたらす効果は共に必殺。しかし、その在り方が変わった以上、これもまた名を改めるべきだろう。
この技は最早、神の意思ではなく、ただ、私個人の願いによって放たれるのだから。
「――『魔神槍』」
万雷の轟きを引き連れて、私は『地獄の入り口』へと踏み込んだ。
2015年8月24日
前回のあとがきを受けて、多くの方から励ましの書き込みをいただきました。本当にありがとうございます。
あらためて明言しておきたいのですが、今回の措置は私自身も「早く更新した方がいいな」という判断に至ったので、決して批判意見に折れた、ということではありません。また、ストーリーの流れなども、すでに書き上げたものから修正は一切しておりません。
批判は批判として、あくまで一つの意見として受け止め、私はこれまでも、これからも、『黒の魔王』は自分の思うままに書きつづけます。今回のことは、私の作品を純粋に楽しんでくれている読者が沢山いるのだと、あらためて認識することができました。
それと、連続更新でストック大丈夫ですか、というお声もありましたが、あえて答えます。
現在の『黒の魔王』は、一章あたりの文字数は、文庫本一冊並みの量があります。その章を、オレはあと二つも残している・・・その意味が分かるな?
というワケで、次章と次々章まではすでに書き上がっている段階なので、ストックにはそれなりに余裕があります。周一更新のお蔭で、安定的にストックを溜めて行けるので、これからも定期更新は問題なく続けられるかと思いますので、どうぞご心配なく。