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黒の魔王  作者: 菱影代理
第26章:暴食の嵐
515/1045

第514話 自分にできること

 2015年8月21日

 今回は二話連続投稿です。間違って先にこの話を開いてしまった方は、前話からお読みください。

 死んでいるとはいえ、自らの友人を撃ったウルスラの行動は、サリエルの胸中に形容しがたい複雑な感情を巻き起こらせた。

 しかし、その悲哀とも後悔ともつかない思いを、論理的に理解・納得できるほど整理する間もなく、状況は目まぐるしく急変していく。

「急いで城の奥まで逃げろ! ヤベぇのが来るぞ!!」

 グラトニーオクトの咆哮が要塞に響き渡ると、すぐに撤退が始まった。この状況が意味するところは、すでにここにいる誰もが知っている。

 グラトニーオクトは村を襲うと、最終的にそこが更地になるまで地上に存在するあらゆるものを吸い込む。その最終段階が、今このアルザス要塞に起ころうとしていた。

 開けっ放しの正門から、轟々と唸りを上げて風の乱流がエントランスに吹き込んでくる。その盛大な風音と堅牢な城をかすかながらも揺らすほどの風圧は、外がかなりの大嵐に見舞われていることを現している。風の勢いはこのまま増してゆき、ついには石造りの要塞全てを宙に巻き上げるほどになるのだろう。

 グラトニーオクトは、間違いなくこの要塞を平らげるだけの吸収力を持っている。さきほど乗り込んだ、空飛ぶ山のような巨体。その内に渦巻く膨大な魔力の気配が、サリエルにその絶対的な捕食を確信させた。

 つまり、このまま城の奥、地下にまで逃げ込んだとしても、助かる可能性はない。グラトニーオクトは、ここにいる全ての人間諸共、アルザス要塞を食らい尽くす。

 残された希望は、敵の体内へ残ったクロノ、ただ一人。

「シスター・ユーリ、あの、クロエ様は……」

「まだグラトニーオクトに残っています。私は兄さんの前からレキを排除するために、地上へ戻りました」

 サリエルは城の通路を走りながら、問いかけられたウルスラの言葉に解答する。無論、それは自分の足ではない。

 彼女は今、ライアンの右腕に抱えられることで、移動を果たしている。グラトニーオクトの咆哮を聞くや否や、彼は即座に武器を投げ出し、転がるサリエルを拾い上げた。的確な状況判断であると、評価できよう。

 そして、ついでとばかりに彼の左腕には、レキの死体が抱えられていた。

 ウルスラの放った『白流砲ホワイトブレス』は、サリエルに襲い掛からんとしていたレキを完全に消し飛ばした――はずだった。

 しかし、終わってみれば、強烈なドレインによって消滅したのは取りついていたモンスターイカの肉体のみで、レキの体だけが綺麗に残されていたのだった。放たれた魔法の威力からして、本来なら全身の骨と身に纏う修道服のみとなるはずなのだが、何故、レキの肉体がそのまま残っているのか、原因は不明。

 だが、息も脈もなく、死んでいることには変わりない。不幸中の幸い、とでもいうように、ライアンは残されたレキの死体も抱えて、城への避難を開始したのだった。

「クロエ様が残っているなら、きっと、何とかしてくれるはずなの」

「おう、さっさとあのデカブツを叩き落として、終わらせてほしいぜ……この様子じゃ、城もいつまで持つか分からねぇからな」

 言葉を交わすウルスラとライアンの声には、絶望の色は滲まない。二人がまだクロノの勝利を信じていることは、サリエルでも察することができた。

「……」

 しかし、サリエルは知っている。クロノは決して、使徒のように無尽蔵の魔力を持つ究極の存在ではないことを。『白の秘跡』によって肉体を改造され、さらに黒き神々の加護を授かった超人ではあるが、その力の枠はまだ人間の範疇に留まる。

 そう、この世界においては、彼もまた一人の人間に過ぎない。そして、クロノの力の限界を、他でもない、第七使徒として死力を尽くして戦ったサリエルは知っているのだ。

 クロノは、グラトニーオクトを倒せないかもしれない。

 ただ、純粋に起こりうる可能性として、サリエルはそう推測する。グラトニーオクト討伐への道筋は、万全ではない。むしろ、圧倒的に不備の方が多い。

 戦力不足、準備不足。たった一人の力に頼った、無謀な突撃作戦。

 神の敵と戦うだけが役割だったサリエルは、兵を率いたり策を用いる戦術というものにそれほど明るくはない。しかし、クロノの立てた作戦が穴だらけで非常に成功率の低い、いっそギャンブルと言った方が適切な挑戦であることくらいは、お飾り指揮官の彼女にも分かった。

 そして現実に、グラトニーオクトは最後の捕食を始めてしまった。

「――うおおおっ!? おい、コイツはいよいよヤベぇぞ!」

 城が地震に見舞われたかのように、一際に大きく揺れた。ライアンは二人分の体も放り出すことなく踏ん張ったようだが、この場に集った兵の半分ほどは転倒してしまっている。

「……ウルスラ」

「ん、大丈夫、なの」

 類まれな原初魔法オリジナルを除けば、ただの子供でしかないウルスラもまた、転んだ内の一人であった。運動神経の鈍い彼女は、石の通路へ前のめりに倒れた結果、見事に受け身に失敗して額を痛打する。

 だが、涙を堪えて、彼女は気丈に立ち上がっていた。

 転んだ子供に、手を貸すことさえ許されない自分の体に思うところがあるのか、サリエルの細い眉が一瞬だけピクリと跳ねた。

「くそっ、地下室まで辿り着けんのかよ」

 ライアンの悪態には、明らかな焦りの色が滲み出る。正確な直線でもって描かれる堅牢な石の通路はしかし、いよいよ右に左に歪み始めてきた。次の瞬間に、一挙に壁が崩壊してもおかしくない。

「この向こうは礼拝堂になっている! 城の中央部に位置するから、ここよりは耐久性があるはずだ!」

 そう叫んだのは、十字軍の騎士中隊長クリフ。

 今にも全壊しそうな通路の様子に、異論を唱える者は誰もいなかった。

「私に続け! 揺れが酷い、転倒に気をつけよ!」

 断続的に震動が襲い、カラカラと砂埃が降り始めた通路を、皆は壁に手をつきながら進み行く。誰もが慌てることも騒ぐこともないのは、ただひたすらに恐れがあらゆる感情を上回っているからか。

 それでも、静かに粛々と進む十字軍の列は、聖書に描かれる『聖者の行進』のようにどこか神聖なもののように、サリエルには思えた。

 果たして、神のご加護があったのだろうか。否、神に見捨てられた自分が列の一員である以上、純粋な幸運であるに違いない。ともあれ、彼らは無事に白塗りの両開きの扉が待ち構える礼拝堂へとたどり着いた。

「よし、中にタコ共は入り込んじゃいねぇ、さっさと入るぞ!」

 ライアンとクリフを先頭にした二列縦隊で、速やかに礼拝堂への避難が完了する。力自慢の重騎士が大きな音を立てて扉を閉じ、かんぬきをかけた。

「通路よりかは、いくらかマシだな」

 完全に閉じられた礼拝堂は、確かに風の音が遠ざかったように感じた。かなり揺れも収まり、目を閉じればごく普通の嵐の夜に過ぎないようにさえ思えるだろう。

「ああ、後はもう、無事に嵐が過ぎ去ることを、ここで神に祈ろう」

 図らずとも、神の家へと集うこととなった十字軍兵士達。開拓村の自警団員が半数を占める彼らの信仰心がいかほどのものか。喜んで殉教を果たすほど高くないのは間違いないが、それでも、国の、いや、世界の常識として遥か神代より有り続ける十字の教えを、彼らはこの瞬間にこそ思い起こす。

「……天にまします、我らが神よ」

 誰ともなく、つぶやいた。

「我らの罪を許したまえ」

 手にした武器を手放し、空いた両手は神への祈りに重ねられる。

「我らを悪より救いたまえ」

 いつしか、礼拝堂に集った全ての者が、その神聖なる祈りの言葉を口に――否、たった一人だけ、祈りを捧げぬ不信心者がいた。

「神のご加護があらんこと――むぉっ!」

 その不信心者はあろうことか、隣で一心に祈りを奉げる信者の妨害まで始めていた。

 ウルスラの小さな口に、真っ白い掌が無慈悲に止まっている蚊でも叩くような勢いで重ねられていた。

「んー、な、何するのっ、シスター・ユーリ!?」

 予想外の人物から、予想外の行動をされたことで、さしものウルスラも目を見開いて驚きの声を上げていた。

 対するサリエル、そう、この期に及んで神に祈りを捧げぬ不信心者にして、信者の祈りを邪魔する悪魔が如き所業を行ったのは、彼女である。

 もっとも、ウルスラとしては子供じみたおふざけのように口を塞いできたサリエルにこそ驚く。これまで過ごしてきたおよそ三ヶ月の同居生活において、ウルスラはシスター・ユーリことサリエルがどれほど無感情であるかを知っている。

 冗談の一つさえ口にしない彼女が、悪戯など尚更にありえない。

 猫がワンと鳴いたところをみたような表情で、ウルスラはサリエルを見つめる。しかし、彼女はどこまでもいつも通りな無表情であった。

「……祈っては、なりません」

 たっぷり三十秒は見つめ合ってから、サリエルはそう答えた。

「え……なんで、なの?」

「祈ったところで、神は力を与えてはくれません」

 望まぬ力を与えられ、自ら欲した時には、その力は失われている。これを、弄ばれているといわず、何といおうか。

 その理不尽さを、改めて口に出したこの瞬間に、サリエルは明確に自覚した。

 理不尽。そう、何もかもが、理不尽なのである。

 白崎百合子が転生させられたこと、かつて使徒としての使命を果たしていたこと。自分の存在そのものが、クロノを思い悩ませ、苦しめていること。そして、事情を知らぬとはいえ、こんな自分を仲間として扱ってくれる人々が、無慈悲な死の危機に瀕していること。

 しかし、それらのどれ一つとして、サリエルには覆す力を持ち合わせていない。つまりは、無力。

 心が、ざわつく。

 自分の力ではどうにもならない、どうしようもない。使徒の頃であっても、彼我の力量差というのは正確に分析・理解するのみで、それ以上に思うところなどはなかった。

 けれど、今、この胸の奥底で渦巻く衝動は、何だと言うのだろう。

 人の感情を解さぬ自分には全く知らぬこと。だが、もし、これが、この気持ちが人間の感情そのものだというのなら――なるほど、クロノがいつも命がけで戦いを挑む気持ちが、少しだけ、分かったような気がした。

「神は決して、人を助けたりはしない」

「そんなっ、そんなこと……私だって、もう知っているの……でも、こんな状況じゃあ、あとはもう祈ることしかできないの」

 汚らわしいイヴラーム人の二等神民と蔑まれたことのあるウルスラは、サリエルの十字の教えを真っ向から否定するような言葉にも、理解を示す。だが、彼女は己の力の限界というものもまた、よく知っている。

 少なくとも、アナスタシアの力をもってしても、グラトニーオクトが巻き起こす暴食の嵐を相殺することは不可能だ。

「私は今まで、神の意思のみに従って生きてきた。もし、力及ばず戦いの中で死に直面したなら、かつての私は迷うことなく、祈ったでしょう」

 それはサリエルに限らず、十字教の信者の大半に共通する。人知の及ばぬ恐怖や絶望に瀕した時、神に祈ることは人間として当たり前のこと。シンクレア人にとっては、そこに疑問を差し挟む余地などない。

「それじゃあ、どうしてシスター・ユーリは、祈らないの?」

「思い出したからです」

 だが、白崎百合子は違った。

 彼女は、己の意思が消滅する最後の瞬間まで、諦めなかった。自我の存続そのものは不可能であると理解はしていたようだが……それでも、彼女は『何か』をした。

 白崎百合子の自我と、生まれたばかりの自分の意思、双方が一つの肉体に存在する時期であるが故に、サリエルも当時の記憶は判然としない。だがしかし、彼女がただ座して死を待つような真似をせず、最後の最後まで抗い続けた強固な意思を確かに感じる。

 果たして、白崎百合子が死の間際に何を思い、何を成したのか、サリエルには分からない。記憶のデータ上には存在しない。

 けれど、今のサリエルにとって重要なのは、聖書に登場するどんな聖人よりも輝いて見える、白崎百合子の最後の姿であった。

「人は、死が訪れる最後の瞬間まで抗い続けることができる。そして、今の私はそうありたいと、願う」

 何故、ここまで自分が白崎百合子の思いにこだわるのか。サリエルはいまだに、よく分かっていない。

 もしかすれば、この感情さえも、ただの模倣に過ぎないのかもしれない。

 それでも、サリエルは今この時、確かに願った。

「私はみんなを助けたい。彼の願いを叶えたい。だから、最後まで諦めたくはない」

「――そうですか。答えとしては、まぁ、いいでしょう。合格です」

 そんな返事を寄越したのは、ウルスラではなかった。耳に届いたのは、全く聞きなれぬ女の声。

 サリエルの聴覚は、正確に人間の声を聞きわける。聞き間違える、ということがそもそもない。それは、この場に集った十字軍と自警団の混成部隊全員にも適応される。つまり、この声は間違いなく、今この礼拝堂には存在しえない、全く別の第三者のものということになるのだ。

「……誰、ですか」

 刹那の間に、サリエルはポーチの奥から予備のレイピアを抜刀――しかし、剣を手にしたその瞬間、すでに状況が、否、世界そのものが変わっていた。

 白を基調とした内装の礼拝堂、その配色が反転、つまり、黒一色の空間と化している。

 広さと高さは変わらない。左右に配置された長椅子に、室内を照らすカンテラの明かりも同様。しかしながら、赤い炎が発するはずの光は何故か灰色で、世界をモノクロに照らし出すのみ。

 そんな色を失った空間には、また、今の今まで言葉を交わしていたウルスラの姿はなく、ここに逃げ込んできた兵士達も一人として見当たらない。

 自分一人が置き去りにされた。いや、空間ごと隔離されたのだと、使徒として魔法の頂点に位置する知識の一端を知るサリエルだからこそ、即座に断じることができる。

 そう、つまりこれは次元魔法ワールドディメンションの類であると。そして、その仕掛け人は姿を隠すことなく、堂々とサリエルの前に立ちはだかっていた。

「我こそは、栄光のエルロード帝国軍近衛騎士団ロイヤルガード団長、フリーシア・バルディエル――ですが、今世の人はこう呼びます、『暗黒騎士・フリーシア』と」

 それは紛れもなく、暗黒騎士を名乗るに相応しい出で立ちであった。

 身に纏う黒の全身鎧フルプレートアーマーは、十字軍のものとは大きく意匠が異なり、正しく悪魔的、と呼ぶべき鋭く刺々しいものである。何より、鎧の各所や縁取りとして走る真紅に輝く光のラインは、黒き鋼鉄の肉体に走る血潮が脈動するように明滅している。黒魔法の裂刃ブラストブレイドが炸裂する瞬間に浮かび上がるのと同じ、いや、それ以上の魔力密度をサリエルの鋭敏な第六感が察知する。触れれば弾ける、それこそ四方千里を焦土と化す規模の爆発力を想像させるほどに。

 しかし、圧倒的な気配を放つ漆黒鎧がその内に包む者は、屈強な大男でもなければ、角の生えた本物の悪魔でもない。

 凛とした美しい声音を持つ、女性であった。

 その顔は、目深に被った黒兜のせいで判然としないが、目元より下から露わになる輪郭はシャープで、高い鼻に朱を引いたような赤い唇から、彼女の美貌をありありと想像させるには十分である。

 その身が女性でありながらも、上背はクロノに届かんほど高く、重厚な鎧姿も様になっている。磨き抜かれたように黒鉄の光沢と真紅のラインは新品同様の輝きを放っているが、不思議と彼女がこの鎧と共に果てしないほど長きに渡って戦い続けた歴史も思わせた。

 いいや、事実として、この『暗黒騎士・フリーシア』は、人間に許された生の時を越えた悠久の戦歴を持つのだと、サリエルはすでにして察している。

「……黒き神々」

「ええ、私は今でも偉大なるエルロード皇帝陛下に仕えることを許された、女神の一人ですよ」

 クロノからパンドラ大陸の『黒き神々』について、サリエルはまだ大まかなことしか教わっていない。

 一神教の十字教とは異なり、数多の神々が存在する多神教であり、その神に応じた加護を授かることができる。彼女の理解は、概ねそんなところだが、この突如として現れた漆黒の女騎士の正体を断定するには十分であった。

「何故、私の前に現れたのですか」

「貴女に、加護を授けましょう」

 ありえない。反射的にもそう思うし、論理的に考えても、そうとしか思えなかった。

「いまだ世界にあり続ける、忌まわしき白き神の使徒――しかし、貴女は神を裏切り、また、我が加護を授かる資格を持つ。ならば、私はただ定めに従い、力を与えるのみです」

「私には、再び神の加護を授かる資格はない。『暗黒騎士・フリーシア』、貴女へ祈りを奉げたことも、試練に挑んだことも、私にはありません」

「覚えがないのならば、今一度、その胸に問いなさい――」

 瞬間、フリーシアの右腕が動いた。

 彼女の手に握られているのは、一振りの三叉槍トライデント。大振りの刃で形勢された黒いトライデントは、目の前で振るわれれば、その動きが目で追えないはずがない。

 しかし、サリエルにはまるで見えなかった。

 気が付けば、漆黒に染まり切った穂先が、己の胸先へと突きつけられている。

「――そこに刻まれた『愛』こそが、私の力を得るに相応しい資格なのです」

「いいえ、それは私のものではありません」

 愛、なんて感情がこの体に残っているとすれば、それは白崎百合子のものに他ならない。

「けれど、貴女は苦しいと感じている。あの夜を思い出す度に」

 冥暗の月24日。運命の聖夜。

 あの日あの時、あらゆる苦しみと悲しみを押し殺した表情を浮かべるクロノの姿を、サリエルは確かに覚えている。三ヶ月は経った今でも、色褪せることなく鮮明に。

 サリエルは思い出す。クロノ、彼の隣で眠る夜は、いつも思い出すのだ。彼と唇が触れる瞬間を。

 そうして思い返す度に、自分の胸が苦しくなる。見えない鎖で縛り付けられたように、正体不明の重圧が胸を、心を、締め付ける。

「……それは、ただの罪悪感。贖罪という行為を、私は理解している。故に、私に愛はなく、愛があるとすれば、それは白崎百合子が残した最後の意思のみです」

「そうかもしれませんね。しかし、その愛が私を呼んだのもまた事実――受け取りなさい、力が、欲しいのでしょう?」

「それで……救うことが、できるなら」

 力が欲しい。その望外の願いが叶うというのなら、是非はない。たとえ、それがどんなに邪悪なものであったとしても、サリエルにはもう、躊躇などない。

「では、征きなさい。己が槍を捧げる主を、貴女はもう得ているのだから」

 フリーシアの口元に薄らと微笑みが浮かんだその瞬間、黒き穂先がサリエルの薄い胸を貫いた。

「――っ!?」

 喉の奥からせり上がってくるままに、鮮血を吐き出す。

 痛みには慣れている。だが、完全に遮断できるわけではない。胸を突いた衝撃は本物で、感触からして、一突きで完全に心臓が破壊されている。

「いいですか、愛とは尽くすこと。つまり、忠誠心とは愛そのものなのです。それを努々、忘れないように――」

 即死級のダメージを負ったサリエルは、それ以上、何かを考える間もなく、意識を暗転させた。

 今回は、流石に無視できないほどにストーリーに対する批判的な意見が多かったため、その対応とお詫びも兼ねた処置となります。出来る限り早く今章を終わらせるべきだと判断したので、次回も月曜更新させていただきます。

 現在のストーリーは、勿論、今後のストーリー展開に必要なモノであると自分では考え抜いた末にできたものです。しかし、これまでの話よりも、読者の方に満足いただけるほどの面白さが出せなかった、というのはひとえに私の不徳と致すところです。


 さて、お詫びとは別のお話になりますが、今回、ついにサリエルが新たな加護を授かりました。ですが、「サリエルは暗黒騎士フリーシアの加護を授かるだろう」との予想は、前々からかなり多かったので、私としては予定調和すぎると思われるかと戦々恐々。しかし、サリエルにはフリーシアの加護でなければいけない(設定上)ので、予想されたからといって変更するという捻くれた対応はしません。というか、何でみんな分かるんだよ、という思いの方が強いですね(苦笑)


 ともかく、今章も残すところあと僅か。もう少しだけ第五の試練にお付き合いいただき、次章での新たな展開を、楽しみにしていただければ幸いです。

 それでは、これからも『黒の魔王』をよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
書籍版で読んで続きから読んでます。 ストーリーに批判が多かったと書かれてますが、そのようには感じません。 作者様が書きたいように書いてそれが面白いからみんな読んでるのです。 有象無象のコメに流されず、…
この章は新鮮で面白かったですよ!クロノの葛藤や、今後十字教の一般市民の対応などにも関わりそうで
[気になる点] 批判箇所があったと作者コメントに在りましたが、どのあたりが悪いのかわからない所が、気になりました。
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