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黒の魔王  作者: 菱影代理
第26章:暴食の嵐
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第506話 恋と友情の天秤

 その日の朝、私は見てしまった。

「は、あはは……はぁ……はぁ……クロエ様……」

 ベッドの上で蠢く、小さな人影。

 それは、静かに寝息をたてている私の思い人へと覆いかぶさり、死肉を漁る獣のように口を近づける。止める間はない。二人の唇が重なる。

 苦しい。息をすることも忘れていた。胸が苦しい。気持ち悪い。衝撃と嫌悪感で、頭が真っ白になる。

「レキ、何、してるの」

 その一言を発するまで、どれだけの時間を要しただろうか。少なくとも、私は正確に状況を理解するには、十分な間であった。

 同じベッドで眠るレキとクロエ様。そこでキスをする、彼と彼女。

 二人の姿は、私が恋愛小説で読んでから幾度も思い描いた理想。そして、それを実現させるために、思い切って行動も起こしたのに――ねぇ、どうして、そこにいるのは、私じゃないの。彼にキスしているのは、貴女なの。

「……裏切者」

 ショックで真っ白だった頭の中は、この瞬間、憎悪の炎で紅蓮に染まる。

 許せない。許せない。こんな酷いことは許せない。

 ああ、憎い。私の好きなヒトを奪った、この女が、憎い。

「あっ、ウ、ウル!? これは、違っ――」

 本気で殺すところだった。私はその時、確かに『白夜叉姫アナスタシア』を発動しかけた。

 けれど、まだ静かにベッドで眠り続けるクロエ様の姿を見て、ほんの僅かな自制心が働いた。

 気が付けば、私は寝室を後にして、自分の部屋へと戻っていた。ドアの外で、追いかけてきたレキが何か言っていたけれど、聞く耳など持てるはずもない。

「……おはようございます、ウルスラ」

 すぐに、シスター・ユーリが目を覚ました。どうして彼女が私のベッドで、と今朝に目覚めた時に思ったけれど、昨晩に仕出かした自分の失態のせいだとすぐに理解はできた。

「おはようございます、シスター・ユーリ」

「何か、ありましたか?」

「いえ、何でもありません」

 今にも体中から溢れそうな怒りと憎しみの炎を抑えて、この時は、どうにか表面上を取り繕うことにした。必死に理性を保ちながら、私は祝日が終わり普段通りの朝を過ごすために動く。

 当然、レキともすぐに顔を合わせることになる。けれど、かける言葉は見つからない。お互いに。この日の朝は、どんな朝食を作って、どんな風に食事をしたのか、まるで覚えていない。

 唯一の救いは、クロエ様がいつもと変わらぬ様子だったこと。もし、私の計画通りに事が運んで、レキと結婚する、と言い出したら、私はどうなっていたか分からない。もしかしたら、二人の間には何もなかったのかもしれない。けれど、レキが自分から彼にキスをしていた。その事実だけは、変わらない。

 レキと話をしたのは、それからクロエ様とシスター・ユーリが、揃って出かけた後のことだ。祭りの後片付けを手伝う、と言っていた気がする。何にしろ、二人の目がない今は話をするのに都合が良かった。

 だって、これから私は、生まれてから一度も使ったことがないような酷く、醜い言葉を、親友へ浴びせることになるのだから。

「どういうことなの、レキ」

 クロエ様とシスター・ユーリが出て行くのを見送ってから、すぐに私はそう切り出す。

 場所は礼拝堂。神の十字が掲げられる祭壇の前で、レキと対峙する。嘘も誤魔化しも、許さない。神様じゃなくて、他でもない、この私が。

「あ、あれは……偶然、偶然デス! レキとクロエ様が一緒に寝たのは、何となくそうなってしまっただけなのデス!」

「ふざけないで」

 今にも泣き出しそうな表情で、頭の悪い言い訳を必死に並べるレキに、どうしようもなく怒りが湧いてくる。

「だ、だって、ウルはお酒を飲んだら倒れちゃうし、シスター・ユーリは付添いだし、それで、クロエ様と二人に――」

「だから、寝たの?」

「ノン! レキはそんなつもりじゃ……」

「私の気持ちを知ってて……クロエ様と寝た。何が違うの、この、裏切者」

 そうだ、レキは、レキだけは私の気持ちを知っていたのに。親友だから、レキだから、話したのに。

 私が本気で、クロエ様のことが好きだということ。絶対に彼と離れたくない。もっと、ずっと、一緒にいたい。

 だから、結婚する。無茶でも強引でも、何でも良い。手段なんかもう、選んでいられない。

 協力してくれると思った。分かってくれると思った。他の誰でもない、レキならきっと、祝福してくれると――

「裏切者、裏切者、裏切者……許さない、絶対に、許さないから」

 裏切られた。信じていたのに。

 どうして、どうして私を裏切ったの。

 他のことなら、何でもいい。レキなら、何でも笑って許してあげられたのに。ふざけすぎて怪我したって、うっかり大事な物を壊してしまったって……私は、レキなら許せる。モンスターと戦って危なくなれば、私は自分の命の危険も顧みず、助けにだって入る。

「私がどんなにクロエ様のことが好きなのか、言ったのに……本当に、本気で、大好きなのに……」

 涙が溢れそうになる。けれど、零れない。悲しみよりも、怒りが勝るから。

「最低の裏切者! 私のクロエ様をとらないでよっ!!」

 気が付けば、手が出ていた。バシン、と頬を打つ小気味よい音が礼拝堂に響き渡る。

 掌が熱い。ジンジンする。誰かを叩いたのなんて、そういえば初めてな気がする。

「……違う」

 頬を叩かれたレキは、泣くでも、謝るでもなく、どこか冷たい声で、そう言った。

「何が違うの」

「違う、本当は……レキの方が、先にクロエ様のこと好きになってたデス!」

 その言葉の意味を理解するよりも先に、私は全身に強い衝撃を受ける。背中を打った。硬く、冷たい石の壁。そうか、私はレキに突き飛ばされたのか。

「な、何……言ってるの……」

 幸い、痛みはそれほどでもない。尻もちをついた私はすぐに立ち上がり、レキを睨み返す。

 レキの方が先に好きだった? ふざけないで。言うに事欠いて、そんなこと――

「レキは、クロエ様のこと大好きデス。ウルよりも先に、ウルよりもずっと、大好きなのデスっ!」

「嘘……そんなの、嘘っ!」

「ウソじゃないデス! レキの方が先にクロエ様のこと好きだったのに……クロエ様をとったのは、ウルの方デスよ!!」

 そう吠えるレキの目に、もう涙は流れていない。彼女の赤い目は、闘志が灯ったようにギラギラと輝いて見える。

 謝るつもりはない。譲るつもりはない。私の許しを、乞う必要はない。

 理解する。

 ああ、そうか。レキも私と同じ。彼女は今、友情よりも、恋を選んだのだ。

「それが、それが何なの……レキなんて、役立たずの癖に」

「なっ!?」

「私の方が、クロエ様には相応しい。だって、レキより今の私の方が、強いから」

 私にはもう、力がある。彼の役に立てるだけの力。彼に、ついてけるだけの力が。

 レキに守ってもらう必要は、もうない。

「ウルぅーっ!!」

 その差をレキは理解しているのだろう。でも、大人しく納得はできない。

 だから、そう、彼女は拳を振り上げ殴りかかってくる。まるで、私をイジメていたあの醜く薄汚い孤児共を殴り飛ばした時のように。

「やめて、レキが私に敵うワケないの――『白夜叉姫アナスタシア』」

 私が呼べば、願えば、この呪われし力は即座に顕現する。

 音もなく、どこからともなく濃霧が立ち込めてきたように、私の周囲に真っ白い靄が噴き上がる。

 迫り来る拳から私を守るように、白く、美しく、残酷な鬼の姫は姿を現した。

「――っ!?」

 そのまま突っ込めば、瞬時に生命力を奪われ昏倒する。それほどの吸収力が、アナスタシアの女性体にはある。

 その危険性を獣のように鋭い勘で察知したのだろう。レキは猫のように素早く身を翻して、距離をとった。

「どう、これが私の原初魔法オリジナル、『白夜叉姫アナスタシア』。クロエ様が名付けてくれた、私の力。彼の為に使う、愛の力なの」

「シット……汚らわしいイヴラームの呪いのくせにっ!」

「ふん、野蛮なバルバドスの暴力よりは、上品なの」

 睨み合う、レキと私。今にも殺し合いが始まってもおかしくない。現実に、殺し合えるだけの力が、私にもレキにもある。

 けれど、どんなに憎くても、殺しはしない。ここでレキを殺しても意味はない。クロエ様との、未来はないからだ。

 でも、レキがその気なら、気絶くらいはさせるつもり。生命力をギリギリまで吸い尽くして、一週間は衰弱状態でベッドから起きられなくしてやる。

「諦めて、レキ。クロエ様は私のモノなの」

「ファック、ウルにだけはクロエ様は渡さないデス」

 そうして、私達は絶交した。



「でも、でもぉ……死んでほしくはなかったの! 本当に、死ぬなんて、私、思って……うっ、うぅ……ごめんなさい……レキ、ごめん、なさい……」

 大泣きに泣くウルスラの懺悔を、俺は黙って聞くより他はなかった。

 ありふれた女の子同士の三角関係。恋のライバル。大人から見れば、他愛のない喧嘩であろう。

 けれど、こんな結末を迎えてしまえば、もう永遠に仲直りも出来ない悲劇となる。まだ、たった12歳のウルスラが抱えるには、それはあまりに重く、深く、心に傷痕を刻むだろう。

「分かってる、ウルスラ。大丈夫、大丈夫だから」

 小さな彼女を抱きしめて、安直な慰めの言葉しかかけられない自分が、どこまでも情けない。

「すまない、もっと早く、気づいてやるべきだったのに」

「ううん……クロエ様は、悪くない……私達が、勝手に争っていただけなの……」

「いいや、二人の思いに気づいても、今日まで俺は何もできなかった」

 俺もまた、結局は他愛のない喧嘩だと思ってしまったということになる。

 直接的な原因である『レキと寝た』というのも、本当にただ一緒に眠ったというだけで、そこに性的な意味は一切ない。少なくとも、俺はそういうつもりだった。いわば、今まで毎日リリィと一緒に寝ていたのと同じ感覚である。

 そうだ、俺にとってレキとウルスラは幼女リリィと同じような扱いで、恋愛対象として見ることはなかった。だからこそ、二人が俺のことを異性として好いてくれるなんて思いもよらなかったのだ。

 しかし、それはあくまで俺の勝手な考えに過ぎない。現実は、二人の気持ちは違った。

 そもそも、彼女達の年齢と境遇を考えれば、そうおかしくはない。これまで差別と偏見から身を守るため、息をひそめるよう静かに十字教シスターとしての生活を送って来たのだ。

 そこに、頼れる年上の男が現れる。二等神民と蔑むことなく、普通に接するだけの優しさがあれば、それはきっと俺でなくても、二人が心惹かれてしまうには十分な理由だろう。むしろ俺じゃないもっと別の優しい爽やかイケメンだったら、二人の恋心はもっと燃え上がっていたに違いない。

 けれど、もうそんな仮定に意味はない。

 二人は恋を廻って不仲となり、その結果、レキが死んだ。

「ウルスラは悪くない」

「レキだって、悪くない! 私の方が、魔法の力で強くなったから……だから、レキはクロエ様の役に立とうと焦ってたの……」

 レキが村に戻ってきたのは、それが真の理由であるらしい。

 ライバルであるウルスラを助けるためでもなく、ただ、思い人に良いところを見せようと頑張った。子供らしい、いや、恋に落ちた者なら当然の行動。

「分かってる。悪くない、誰も悪くないんだ」

 レキは誰かの悪意によって殺されたわけじゃない。ただ、不幸が重なってしまった。

 けれど、目の前でレキを死なせてしまった俺は、俺だけは一番の責任を感じなくてはならない。

 俺の力があれば、レキは死なずに済んだはず。あと、もう少しでもレキを守ろうと注意を払っていれば、不意打ちに気づけたかもしれない。

 悔いても、もう何もかも遅い。

 そして俺は、このどうしようもない後悔というのを覚えるのは、もう、これで何度目になるんだよ。

「でも、私が――」

「いいんだ、ウルスラ。今日はもう、休んだ方がいい。明日は夜明け前に出発するんだ。早く寝て、体力も魔力も回復しなければ、この先、もたなくなる」

 死んだ者を悲しむ暇は、いつも俺には与えられない。

 雲の向こうに消えたグラトニーオクトだが、恐らく餌を求めてまたすぐに降りてくるだろう。最悪、今日の夜中にでもここまで襲ってくるかもしれないのだ。

 昨日、一昨日と襲撃の感覚は村一つ毎にちょうど一日。そして、イルズからアルザスまでの間にある村はほぼ等間隔の距離にある。だから、奴らがこの第204開拓村を襲うのも、今日と同じように朝方となるはずだ。

 最初から避難するつもりで出発時間もより早めれば、ギリギリで追いつかれずに済むか、追撃があってもそれほどの数はこないだろう。

 敵はすぐ真後ろまで忍び寄っており、一刻も猶予はない。深い悲しみに押しつぶされて、立ち止まっている暇は、俺達には許されないのだ。

「だから、今だけは忘れて、ゆっくり休むんだ」

「……はい、クロエ様」

 素直に頷くウルスラ。だが、俺の体に抱き着いたまま、離れる様子は一向に見られない。

「あの、クロエ様……」

「今日は、一緒に寝ようか」

「っ!? いいの?」

 嬉しそうな、けれど罪悪感を忘れきれない、泣き笑いのような表情。あまりに憐れで、その顔を直視できない。

「こういう時は、誰かに甘えた方がいい」

 俺に彼女を慰める資格があるのか。他でもない、レキを死なせたこの俺に。

「ありがとう……クロエ様……」

 ウルスラ、彼女が寄せてくれる淡い恋心と信頼が、今の俺にとっては、何よりも苦しかった。




 氷晶の月22日。予定通り、夜明け前に村を出た。

 すでに三つもの開拓村が完全に消滅したことで、この第204開拓村の村人達もすぐに避難を決め、人数も一気に膨れ上がった。

「俺は殿を務めようと思う」

 慌ただしく門から列を成して出て行く村人達を眺めながら、昨日と同じく黒い重騎士鎧に、ささやかな広さの『影空間シャドウゲート』に黒化剣を補充し終えた完全武装で、俺はライアンへと伝えた。

「おいおい、後はもう騎士共とここの自警団に任せちまってもいいんじゃねぇのか? 俺らは昨日、もう十分ヤバい目にあったんだ」

 避難の列の順番は、先頭を我が第202開拓村の村人が進み、次に命からがら脱出に成功した第203補給基地の生き残り。最後にこの村の人々が続く。まぁ、彼らは逃げ出すにあたっての準備もあって出発もやや遅れるから、順当であろう。

「ライアン達は先に行け。殿に加わるのは俺だけだから、安心しろ」

「分かってるよ、んなことは……」

 いや、ライアンが本当に言いたいことは、俺にも分かっている。

「どっちにしろ、奴らに追いつかれれば戦わざるをえないんだ。取り返しがつかなくなる前に、現場にいたい。大した数じゃなければ、『榴弾砲撃グレネード・バースト』だけで十分に対処ができる」

「ほとんど魔術士が殺られちまったからな……司祭様が援護してくれりゃ、助かるだろうよ」

 第203開拓村補給基地に駐屯していた魔術士部隊はほぼ全滅。炎魔術士ファイアーマージ風魔術士ウインドマージ、それと治癒術士プリーストが数名で、とてもまとまった援護は期待できない。無論、ウチと似たような規模の第204開拓村自警団にも、何人もの魔術士を擁しているはずもなかった。

「今回は後衛に徹するつもりだ」

「まぁ、そりゃあいいけどよ……ウルスラはどうすんだよ」

 それこそが本題、とばかりにライアンは切り出す。彼の視線の先には、俺の腰元に抱きついて離れない、ウルスラの姿が映っているだろう。

 今朝、目覚めてから彼女はずっとこんな調子であった。

 何が何でも俺の傍から離れようとしない。寝間着から修道服に着替えるのだって、目の前でやったほどだ。

 けれど、そんな変化が起こるのも仕方ないだろう。彼女は親友を失った自責の念に駆られている上に、いつ死ぬとも分からない危険な状況に身を置いている。怖くないはずがない。不安にならない、はずがない。

「ウルスラはみんなと一緒に――」

「いや。クロエ様と一緒にいるの」

 頑として譲らない、覚悟のようなものがウルスラの言葉から滲み出ている。

 ただの子供の我がままではない、というのは、俺も、そしてレキを失った事実をすでに知るライアンも分かっているだろう。

「なぁ、どうすんだよ」

 ライアンが強引にウルスラを引っ張っていかないのは、彼女の力を理解しているから。俺としても、昨日の戦いでウルスラの『白夜叉姫アナスタシア』がどれほど役立ったか身を以て経験している。

 レキの二の舞にならぬよう、戦闘に参加させないことは簡単だ。けれど、彼女の援護がないせいで護衛が壊滅すれば、結局は全員が死ぬこととなる。いまだ、絶対の安全は保証されていない。

「ウルスラ、戦えるか?」

「……クロエ様と一緒なら」

 俺は結局、この小さな彼女の力を借りることを変えられなかった。全て俺に任せろ、俺が全員守り切ってやる。そんな風に豪語できるほど、俺が強くないばかりに。

「ライアン、俺は少しでもやばくなったら、すぐにウルスラを抱えて先頭に戻る。最悪、他の村の避難民を犠牲にしてでも、俺達だけで逃げ切るつもりだ。覚悟、しといてくれ」

「……おう、分かってる」

 他の奴には聞こえないよう、ライアンに耳打ちで伝える。

 今の俺には、これくらいの覚悟を決めるくらいしかできない。少なくとも、昨日は他人まで助けようと欲を出さなければ、レキとウルスラ、どちらも助けられる目はあったと思う。

 赤の他人数百人と、仲の良い女の子一人。天秤にかけた時、俺は今度こそ彼女の方へ迷うことなく傾かせなければいけない。

 正義を捨てなければ、本当に守りたいものを失ってしまうのだから。

「けどよ、あんま自分ばっか責めてもしょうがないぜ、司祭様」

 肩を叩きながら、ライアンはそう言い残して護衛に戻っていった。

「……俺だって、誰かのせいにしたいさ」

 例えばサリエルに、どうしてレキを引き留めなかった、と怒り心頭で殴りつけるのは簡単だ。

 けれど、いくら相手がサリエルでも、そんな真似は出来ない。俺も男だ、ささやかなプライドくらいは持ち合わせている。

 自分の罪くらい、ちゃんと自分で認めるさ。

「俺達はまだ出発まで時間がある。もう少し寝ててもいいぞ、ウルスラ」

「そうするの」

 門の前でどっかりと腰を下ろした俺を背もたれに、ウルスラが小さく軽い体重を預けてきた。

 鎧兜を着込んだ俺の体は固いだろうに、ウルスラは目を閉じるとすぐにすやすやと安らかな寝息を立てはじめる。

「……今日は、誰も死ななければいいんだが」

 果たして、俺の祈りが天に届いたのかどうかは知らないが、その日は、あの忌まわしい白い霧を見ることは一度もなかった。

 何事もなく無事に到着した第205開拓村には、いよいよ異常を察知した十字軍がアルザス要塞から出した護衛と輸送部隊が待ち構えていた。

 正直、あの超巨大な空飛ぶ山の如きグラトニーオクトを相手に、数百の兵士など何の役にも立たないが、それでも不安におびえる村人達を多少なりとも慰める効果と、何より大型の馬車や竜車を有する輸送部隊のお蔭で、より迅速かつスムーズな避難が行えたことは大きい。

 そうして氷晶の月24日には、ついにアルザス要塞へと到着した。

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