第500話 黒騎士クロエ
「今まで鎧ってほとんど装備しなかったけど、いざ着てみれば意外と動けるもんだな」
そんな感想を、俺は隣の第203開拓村補給基地へと向かう道中で、背負ったサリエルへ何となく言ってみた。
「この重騎士の鎧は正規装備ですので、耐久性、機動性、着用性、魔法の付与効果は一定の水準を超えるよう審査されています」
「流石、エリート装備なだけあるな」
恐らくは結構なお値段がするだろう重騎士鎧の全身鎧を、俺は今フル装備で着込んで、ところどころ雪の融けはじめた街道を歩いている。
すでに道も半ばは過ぎ、もうすぐ到着するといったほどに歩き続けてきたが、着込んだ鎧は体に馴染むようにその動作に違和感はない。流石に衣服のように、とまではいかないが、それでも見た目のゴツさからは想像できないほど軽い着心地なのである。
俺のパワーなら真っ当に鋼鉄の重量があってもさして問題はないが、可動域や通気性やらはどうにもならないから、気のせいではないだろう。
手足の動きはスムーズだし、ここまでしばらく歩き続けても、つま先まで鋼で覆う脚甲もピッタリとフィットしている。それに、完全に頭部を覆い隠すフルフェイスの兜をスッポリ被っていても、それほど息苦しさも感じない。視界は普段よりも制限されるが、それでも、無理ってほどでもない。まぁ、戦闘用に作られているのだから、極力視界の確保には力を入れているだろうからな。
右手には長大な斧槍、左手には重厚な大盾を持つ標準武装。今回はさらに加えて、長剣を腰の左右で一本、後ろ二本交差で、合わせて四本差し、さらには予備のハルバードも二本背中に旗を立てるよう背負っている。
だがこの装備で最も特徴的なのは、そんな過積載な武装ではなく、鎧兜も数々の武器も全てが黒一色に染まり切っていることだろう。
無論、これは俺が黒化をかけた結果である。十字軍向けとしては、神々しいシルバーメタリックが一番なのだろうが、今は見た目よりも性能重視。
一応、申し訳程度に首からロザリオをぶら下げているのだが、これもついでに黒化で暗黒に染まり切っているから、正直、十字教徒であるという言い訳になるかどうか果たして微妙なところでもある。
さて、俺がこんな重装備をしているのは純粋に武装というより、顔を隠すことを最優先で目標としているからだ。無論、自分でもかなり無理のある隠し方だとは思うものの、今はこれ以外に覆面する方法はなかったのだから仕方がない。
もし顔を見せろ、と言われた場合はフェイスガードだけ開けて、『カラーリングアイズ』をかけた俺のインテリヤクザみたいな眼鏡顔を晒すこととなる。一応、黒髪だけは見られないようしてあるが、顔を見せるのは本当に断り切れなくなった時だけだ。
それと、顔を隠しているのは俺だけではなく、サリエルも同様。
こちらは元々、修道服が標準装備ということもあり、首元から頭を覆う白いベールのような頭巾で隠すことにした。正式名称だとウィンプルというらしいシスターの頭巾だが、これのちょっと大きめのものを被らせておけば、ごく自然に顔のほとんどを隠せるというものだ。
あとついでに、サリエルにも念のためにと今回は武器を渡しておいた。
彼女の右腰からぶら下がっているのは、一本のレイピア。白銀煌めく純ミスリルの拵えに、上品さと高級感が漂う大粒のエメラルドがはめ込まれている。鞘に収まった今は見えないが、刀身には風属性を中心とした数々の付与が施されており、見た目も性能も一級品。
そう、これはあのマシュラムがレキを襲った時に振るっていた剣だ。俺があの時の戦いで入手した戦利品としては間違いなく最高の価値がある。しかし、基本的に剣術はパワーな俺にとってレイピアはあまり相性のよい武器でもないし、使い慣れてもいない。おまけに、変に見せびらかすように使って、万が一十字軍兵士に目を付けられても困る。
そんなワケで、俺が今着込んでいる鎧兜共々、ずっと教会の倉庫に放り込んでおいたのだが、この機会にサリエルへ最低限の武装として与えることにした。
サリエルは素手で巨大な鎧熊を殺した実績からいって、手足を失った今でも凄まじい戦闘能力を残している。足がないから自由に移動こそできないものの、グラトニーオクトに襲われても、武器があれば余裕で対処できるだろう。自衛というよりも、彼女が村人を守る最後の砦といってもいい。
もっとも、サリエルと共に隠れる非戦闘員の元へ侵入を許した時点で、俺達の敗北はほぼ確定でもあるから、最初から頼りにするワケにはいないが。
「お、見えてきたな」
曲がり角を抜けて視界が開けると、前方に灰色の石壁が見えた。
補給基地、なんて言ってはいるが、俺の記憶にあるクゥアル村とそう変わらない。十字軍はアルザス要塞の建設に資材をつぎ込んで、ここの防備には力を入れなかったのだろう。まぁ、ただの通り道だし、当然か。
ひとまず、最初の目的地を目の前にして、ゾロゾロと列を成して歩いていく村人達からも安堵するような声が上がっている。
十字軍への事情説明は先頭にいるランドルフ村長が担当。俺は最後尾で殿といった配置である。とりあえず、上手く避難が受け入れられるかどうかは、ランドルフの交渉力と演技力に任せて、俺はただ敵の襲来に備えていればいい。
後ろを振り返ってみれば、そこには青空の下で伸びる街道という長閑な景色が映るだけ。白い霧もなければ、蠢く不穏な影も見当たらない。ついでに、神の左目にも反応ナシ。
「このまま、逃げ切れればいんだが……」
それからほどなくして、黒尽くめの鎧兜という何とも怪しい姿の俺を含めた、村人全員の収容が認められ、晴れて俺達は第203開拓村補給基地へと入るのだった。
補給基地、とは言うものの、その実態は村の一角が倉庫群となっているだけである。そもそも、野生のモンスターを除けばこの場所を襲う者など皆無。スパーダ軍はアルザス要塞を無視して一足飛びに襲撃するには不可能な立地だし、最も懸念されるべきダイダロス軍の残党も、ガラハド戦争前にほぼ一掃されたそうだ。
表向きはサリエルの手柄、ということになっているらしいが、自分がやったのは各地で起こる散発的な反乱軍をお一人様で殲滅してきたくらいで、敵本隊とは交戦していないと、俺は元第七使徒様から直々に聞いている。
どうやら反乱軍の真の狙いはメディア遺跡に建設された『白の秘跡』の第四研究所に囚われていた王族の救出だったようだが……真に残念ながら、そのまま返り討ちにあったそうだ。さして特別に厳重な警備はされていないはずなのに、千人規模の襲撃を退けたのは、警備で雇われた冒険者の中にあの第八使徒アイがいたからだと、サリエルは語っていた。
アイツがいるなら、そりゃあ千人でも二千人でも余裕で返り討ちにできるだろう。あんなフザけたヤツでも、使徒だからな。
ともかく、襲撃者など来ないこの補給基地は、クゥアル村にあった石壁をそのまま利用するだけの防備だけで、今日この日まで何の問題もなく機能してきたというワケだ。
ここは補給基地であると同時に、開拓村でもある。
ランドルフ達のようにシンクレア本国を捨ててやってきた入植者と、この基地とアルザス要塞に務める十字軍兵士の家族が、ほぼ半々の割合で構成されているようだ。
石壁という防備があること、補給基地の役目があることからいって、重要度は我らが第202開拓村の比ではない。見れば、中央広場には四階建ての高い建物も幾つか見受けられるし、冒険者ギルドとは別にちゃんとした宿もあり、またメインストリートに面する商店の数もそれなりであった。
俺がかつてクゥアル村を訪れたのは数えるほどしかないが、それでも、多少は記憶にあるあの村の景色と比べれば、むしろ今の方が発展しているように思える。ここも焦土作戦でめぼしい建物はほとんど消し炭にしたというのに、驚くべきは十字軍の復興力というべきか。
そうそう、ここの教会もウチと比べてかなり大きい。広さも高さも、倍くらいありそうだ。これくらい広ければ、俺もサリエルと同衾する必要もないだろうし、レキとウルスラにも個室を与えてやれるのに。待遇改善を十字軍総司令官に直訴してやろうか。おい、何とかしろよサリエル。
そんな下らない嫉みを少しでも覚えてしまったあたり、俺もすっかり教会暮らしに慣れていたのだと実感してしまう。
ともかく、ここの普通の開拓村の面としては大して気になるものでもないし、重要でもない。
「ここには、どれくらいの兵がいる?」
「正規兵は百人程度の中隊規模。十数からなる重騎士の一個小隊。緊急連絡用の天馬騎士が数名。いずれも後方勤務のため精鋭ではない。最低限の基地防衛力」
コソコソっと聞いてみれば、実に的確な回答が得られた。
立ち回り次第では、俺一人でも勝てるくらいの戦力だ。恐らく逃げられるので殲滅するのは無理そうだが。
大した戦力じゃない。
本来なら、これならいざという時でも安心できると喜ぶべきところだが、今はただただ迫り来るグラトニーオクトを迎え撃つ味方としては残念極まると落胆するところだ。
この俺がよりによって十字軍を味方の勘定に入れるとは想像もしなかったことだが、致し方あるまい。利用できるものは何でも利用すべきだし、彼らだって自国の民を守る軍としての義務もある。精々、頑張って働いてもらいたいところだ。
少なくとも、今夜一晩くらいはしっかりウチの村人を守ってもらいたい――つまり、今日のところは、そのまま第203開拓村で泊まることとなっている。
幼い子供まで含む村人全員での大移動。歩ける距離は自然と制限がかかるし、あまり無理をしては避難そのものが頓挫する。
村の間の距離を見れば、基本的に一日で隣の村に到着することとなる。故に、アルザス要塞までの到着日数は単純計算で四日間だ。
十字軍の占領下では各開拓村にはナンバーが割り振られているだけだが、ダイダロスでは東から順に、イルズ、クゥアル、ヘジト、ワト、アルザス、という名前の村が並んでいる。今日は一日かけてイルズ・クゥアル間を移動しきったから、アルザスには氷晶の月23日の夜には到着する予定だ。
なんてことを落ち着いて考えていられるのは、十字軍の補給基地といういわば完全な敵の拠点に入り込んだにも関わらず、俺が特に目をつけられることはなかったということでもある。
一応、俺の身分は亡くなった前司祭の代理にして、緊急事態の今は騎士として村人の護衛に務める在野の司祭ということになっている。
基地内に入ってからは、俺はなるべく警備の十字軍兵士と接触しないよう村人達の人波の真ん中をウロウロして声をかけられないようポジショニングに務めていたお蔭か、視線こそ感じられるものの、「おい、そこの怪しい黒騎士、ちょっと止まれ」と呼びとめられることもなかった。恐らく、ランドルフが上手く事前説明をしておいてくれたのだろう。あるいは、十字軍側にも少しくらい怪しい人物をいちいち尋問している余裕さえないのかもしれない。
スパーダ軍に完全敗北した上に、今度はモンスターの大軍だからな。泣きっ面に蜂とは、このことか。ザマぁねぇな、と素直に喜べないのは、俺自身が戦いの渦中にいるからだろう。全く、ツイてない。
「――よぉ、司祭様、もう起きて、っていうか、ずっと起きてたのか?」
気が付けば、すでに明け方。深い夜闇は薄らと明るくなり始め、もうそろそろ爽やかな朝日を拝むことができるだろう。
「おはよう、ライアン。少し仮眠はとった」
早いヤツは、そろそろ起き始めてもおかしくない時間帯だ。すでに重騎士の鎧兜に身を包み戦闘準備完了といった感じで現れたライアンに、俺は挨拶を返した。
「おっと、ユーリちゃんはまだ寝て――」
「起きています。おはようございます」
重厚な甲冑を身に纏ったままどっかりと中央広場の隅に座り込んでいるのが俺だが、漆黒の背面装甲を背もたれにして同じく座っているのがサリエルである。
コイツも俺と同じく改造強化されているから、使徒の力を失っても肉体そのものは頑強にして絶大なスタミナも保持している。不眠不休で走ってアルザスまで向かってもピンピンしていられるくらいの体力だから、ほんの僅かでも仮眠がとれる今の環境では疲労のひの字もないだろう。
「おいおい、まだ先は長いぜ。ちゃんと寝かせておかなくて大丈夫かぁ?」
だがしかし、サリエルの超人性など露とも知らないライアンからは、至極真っ当な気遣いの台詞が飛び出した。知らぬが仏とは、このことか。
「で、司祭様は武器を広げて何やってんだ? 兵士相手に武器屋でも始めるつもりかよ」
現在、俺の前には何本かの武器がズラズラと並べられている。自分が使うものとは別に用意したもので、剣と槍と、それと矢の束が幾つか。確かに、露天商みたいな広げ方ではある。
「ちょっとした実験だ」
「実験?」
「ああ、武器に火属性を付加できないかと思って」
グラトニーオクトの弱点属性は火であることがすでに分かっている。故に、火の武装を整えるのは至極当然の試みだろう。
「つっても、司祭様にはあの剣を爆発させるヤツがあるじゃねぇか」
「いや、これは他のヤツに使ってもらおうと思ってるんだ」
ライアンの言う通り、俺には元となる武器があれば即座に赤熱黒化を施して、強力なロケットランチャーにすることができる。武器がなくても榴弾砲撃も撃てるし、最悪、疑似火属性の黒炎だけを火炎放射でぶっ放すことだってできる。
だから、火が必要なのは俺以外の者達、つまりライアン含む自警団員だ。残念ながら、我らが第202開拓村自警団には、一人も魔術士クラスの団員がいない。魔術の心得がある者は、いつでも大歓迎、随時募集中である。
「ちょうど試作品が完成したところなんだ。後で試しに使ってみてくれよ」
「おお、ソイツはありがてぇ! で、この黒い剣、どうやったら火が出るんだ?」
笑顔のお礼と同時に、早くも試作剣を手に取って、軽く素振りしているライアン。見た目は、俺にとってはよく見慣れた黒化剣であるが、その内部構成には一工夫してあるのだ。
「ある程度の衝撃が刃に加われば、発火するようにできてる。まだ、ここで火は点けるなよ」
「おっと、悪ぃ」
早くも石畳の地面に剣を叩き付けるモーションに入っていたライアンを、すんでのところで止めるのに成功した。
「一度火が付いたら、燃え尽きるまでそのままだ」
構造としては、赤熱黒化を施した『裂刃』と同じである。ただし、その威力と放出量とを調整したのだ。
通常の『裂刃』は刃に付加した黒炎を一瞬の内に全開放させることで爆発を引き起こし、最大の破壊力を得る。無論、剣そのものも一発で粉々となるが。
一方、こちらは燃焼する出力を落とすことで、爆発ではなく継続的に刃から炎を発する効果に設定してある。一度、刃に点火すれば俺が込めた疑似火属性という燃料が消費されるまで、燃え続けるのだ。
本物の魔法剣は、振るうだけで火が出たり、あるいは使い手の意志だけで効果を発動できたりするが、俺にはその辺の仕組みがまだ理解できないし、できたとしてもそういう制御を可能にする魔法を持ち合わせてもいない。だからシンプルに衝撃感知で発火、という仕様でしか作れなかったのだ。
要するにこの剣は、マッチである。そういう単純構造。
でもマッチ剣と呼ぶにはあまりにカッコ悪いから、ちゃんと名前はつけておいた。
「名付けて、点火剣だ」
「使い捨てじゃねぇか」
「そこは勘弁してくれよ。急造品だし、俺には鍛冶師の技術もないからな」
そんな簡単に炎の魔剣を作り出せるなら、俺はもっと前にクロノ魔法武器商会を設立していたことだろう。
「けど、『永続』だけは覚えていたからな。何とか作ることはできたよ」
俺が『永続』のお世話になったのは、アルザス村の冒険者ギルドを黒化で強化する時のことだ。当時はそんな魔法を習得していなかった俺は、モっさんに書いてもらったものだ。
そして、今こうして自ら『永続』を行使できるのは、ネル先生の魔法授業で教えてもらったからだ。『腕力強化』と合わせて、本当にネルには感謝してもしきれないな。
「へぇ、なるほど。そういや俺のダチにもいたな。魔法学院の落第生でよ、唯一覚えた『永続』で何か怪しいバイトやってたぜ」
それはまた、随分と生活感のある使い方だな。
しかしながら、誰もが一流の魔術士になるワケではないし、そういうのはむしろほんの一握り。一つか二つ、あるいは弱い魔法だけしか習得できなかった者は、日々の生活や仕事で役立たせる。そういう人が多いからこそ、この世界では日常レベルでもそこそこ魔法が浸透しているのだ。
「そんじゃ、コイツはありがたく使わせてもらうぜ」
「何か不備があったらすぐ言ってくれ。調整するか、どうしてもダメだったら、捨ててくれ」
「へへっ、大丈夫だろ。松明片手に戦うよりかは、こっちの方がカッコつくしなぁ」
そんな風に談笑していると、不意に耳に届いたのは、ガチャリ、という鎧の稼働音。俺のものではない。
幾つも重なって聞こえる金属音だ。それはすなわち、重騎士が集団で歩いてきたことを意味する。
「やぁ、おはよう、第202開拓村の諸君」
中央広場を横切り、真っ直ぐに俺達の元へと歩み寄ってきたのは、やはり重騎士の一団。十人そこそこいるのを見ると、サリエルが言っていた基地防衛のための一個小隊ってヤツだろう。
挨拶を交わしてきたのは、彼らの先頭に立つ男。立ち位置と振る舞いからいって、コイツが隊長か。
しかしながら、顔はゴツいゴリラみたいではなく、線が細くて貴族のお坊ちゃんみたいな感じである。兜はまだ被っておらず、綺麗に整った七三分けの金髪ヘアと、インテリな眼鏡が特徴的な顔がはっきり見えた。
うーん、どことなく、ウィルに似た感じの顔立ちだな。
「突然で申し訳ないんだが、そこの君、ちょっと顔を見せてくれないか?」
うわっ、このタイミングで来たか。心臓がドクンと一つ跳ね上がる。
まぁ、怪しまれない方が無理という話か。
七三メガネの騎士隊長は、すでに貴様の正体などお見通しよ! とばかりに自信満々にして不敵な笑みを浮かべている。
ええい、こうなっては仕方ない。俺は意を決して、フェイスガードに手をかえようとした、その時であった。
「ちっ、テメぇ……クリフだな」
「おお、やはり、君はライアンじゃあないか!」
苦々しい表情で振り返ったライアンに、どこか皮肉気な笑みを浮かべる、クリフ、と呼ばれた騎士。
あれ、もしかして、俺のことじゃない?
「やぁ、久しぶりだね、ライアン。まさか、こんなところで再会できるとは思わなかったよ」
「ふん、テメェこそ、何でこんなところにいんだよ」
「決まっているだろう。私は正式に騎士となったのだよ? このパンドラ遠征という聖戦に参加するのは当然のことだろう」
十字教の狂信者、というよりも、自分の立場をただ自慢しているようなニュアンスに聞こえる。まぁ、十字軍全員がパンドラの侵略を神の為の聖戦と信じきっているというよりは、手柄や利益を上げるチャンスと捉える者も多いだろうしな。
「見たところライアン、君は第202開拓村から来たようだけど……ふふっ、まさか単なる開拓民になっているわけじゃあないだろうね? だとすれば、君は本当に落ちるところまで落ちたということになる」
「うるせぇな、分かりきってることをグチャグチャ言ってんじゃねぇよ」
「ええっ、それじゃあ本当に? ははっ、哀れなものだね、実に哀れだ。心の底から同情するよ――そんな正式装備をわざわざ着込んでいるのは、やはり、騎士への未練があるからかな? はははっ!」
ライアンが装備している、すなわち十字軍の重騎士の鎧兜を指差して、クリフはわざとらしいほどの高笑いを上げる。
「へっ、コイツは戦場から逃げて本国に帰るっつー腰抜け野郎から二束三文で買いたたいてやったんだよ。クリフ、テメぇみたいなモヤシが重騎士になれたのも、納得いくぜ。十字軍は今、腑抜けの貧弱ヤローを積極的に採用しているようだからなぁ」
「こ、このぉ、誉高き騎士を侮辱するのかぁ!」
「はっ、テメーの存在そのものが騎士への侮辱だっつーの」
犬猿の仲、というのをこれほど見事に再現している光景を、俺はいまだかつて見たことがない。そんな感想を抱くほどの、険悪ムードである。
「剣を抜けぇ! この場で決闘だぁ!!」
「バーカ、私闘は厳禁だろうが」
「本物の騎士となったこの私を相手に、臆したかっ!」
「おいおい、昔馴染みの顔を立ててやろうっていう俺の優しい心遣いが分からねーのか? また顔面パンチで一発KOってのは、いくらなんでも可哀想だと思ってよぉ」
「む、昔の話だろぉ! ええい、その減らず口も昔のまま変わらぬとは……もう我慢ならん、この場で成敗してくれるっ!」
おい、そろそろ挑発するのは止めておいたらどうだ、とクリフのあまりのヒートアップぶりを前にして、ライアンに進言しようと思った直後、気が変わる。
「止めろ、ライアン」
「ああ、なんだよ司祭様、コイツは俺とヤローの問題で――」
止める言葉は同じ。だが、その意味合いは全く異なる。今のは、ただの仲裁ではなく、純粋な警告だ。
すでに、不毛な言い争いをしている場合ではないと。
「見ろ、霧が出ている」
薄らと、地面を這うように白い靄が漂い始めていたのだ。
誰も気にも留めないような薄さと低さ。だが、これは恐らく単なる先触れ。忍び寄るように発生したこの霧は、その内に必ずや勢いを増し、この第203開拓村の全てを飲みこんで行くだろう。
どうやら、早くも奴らはこの場所へ、暴食の食指を伸ばしてきたようだ。
「急げ、敵が来るぞ」
2015年5月27日
すでに書き込んでくれた方もいましたが、今回で500話です。本当に長い間、連載を続けてきたのだなと実感すると同時に、まだあとどれだけ続くのかと自分でも思っております。
ここまで読んでくれた方、応援してくれた方、本当にありがとうございます。どうぞ、これからも黒の魔王をよろしくお願いいたします!