第490話 ゴブリン軍団現る
「ゴブリンだ! ゴブリンが出たぞーっ!!」
その報告が伝えられたのは、安息日のすぐ翌日、氷晶の月3日のことであった。
発見したのは、早朝から森に入っていた猟師の男。彼が兎や鹿、猪といった獲物を求めて進み始めた早々に、ゴブリンの群れを森の中で目撃したという。
数は五体。薄汚れた毛皮やボロキレを身に纏い、錆びた刃の剣や棍棒などで武装した姿は、野良ゴブリンの典型的な姿である。しかし、特筆すべき点は、奴らが猟犬のように二頭の狼型モンスターのウインドルを連れていたことだ。
もしかすれば、俺とリリィが討伐した時よりも高等な奴らが、あの西の洞窟の辺りに集落の建設を始めたのかもしれない。
詳しいことはまだ分からないが、ともかく、村の主だったメンバーを集めた緊急集会が即座に開かれた。場所はすっかり我が家として定着した教会。人数が人数なので、話し合いは礼拝堂で行われた。勿論、その中には俺とサリエルも呼ばれている。
「近くに巣ができている可能性が高いですね、それも、かなり大規模な」
そんな予想を口にしたのは、ランドルフ村長である。どこか確信をもったような語り口に、集った村人達は動揺を露わにした。
「トードが見たっていうゴブリンは五体。奴らは斥候部隊だ。普通の巣だったら、偵察に出すのは二体か三体だが、今回のはやけに多い」
ランドルフの代わりに説明を始めたのは、ライアンだ。自警団長である彼も当然、この場には出席している。
ちなみにトードというのがゴブリンを発見した猟師の名前。ついでに自警団員で、ライアンとテッドといつもつるんでいるイヴラーム人の青年がこのトードでもある。
「おまけに最悪なのが、狼を連れてることだ。コイツは群れの中に、調教師か魔術士クラスの奴がいる証拠だぜ」
そして、普通の野良ゴブリンとは一線を画す頭脳と技術、あるいは魔法を持つ者がいれば、その群れの脅威度は格段に上がる。ただの群れなら数に任せて突撃する、それこそ俺の魔弾の斉射に自ら飛び込んでくるような低能ぶりだが、頭のまわるヤツがいれば、的確な対処をとる。
下手をすれば、奇襲や陽動、囮や人質といった戦術的な行動をとることも、優れた頭脳を持つ長が率いていれば、ゴブリンはやるのだ。
「奴ら、大挙して攻めてくるぜ」
まだ、そうと決まったわけではないだろう、とライアンの主張に反対する声が幾つか上がる。
「トードは森に入ってすぐ、奴らを見つけた。ってことは、この村のすぐ近くをウロついてたってことだ。人里があることを、奴らはもう知ってんだよ。んで、小せぇゴブリンの群れだったら、そもそも人里に近づいてくることもねぇ」
いくら低能なゴブリンといえど、人と見れば無差別に襲いかかってくるゲームのアクティブモンスターのような行動はしない。自分達の数が少ない時は、奴らは割と慎重に行動する。
だが数が増えると、熱に浮かされたように好戦的となり、積極的に周囲を襲い、更なる勢力の拡大を果たそうと行動し始めるのだ。
そういったゴブリンの習性はパンドラでは広く知れ渡っているし、シンクレアでも知られていると、俺はサリエルに確認している。
「わざわざ村の近くまで来たってことは、もう狙われてるってことなんだよ。悠長に来るか来ないか、話し合ってる場合じゃねぇぜ。さっさと守りを固めるべきだ、オジキ!」
今にもハルバード片手に飛び出していきそうな剣幕のライアンを、ランドルフは静かに宥める。
「まぁまぁ、落ち着きなさいライアン。何にしろ、村の防備を固めるのは誰にも異存はないでしょう」
反対意見は勿論、出ない。ランドルフは淡々と、会議がまとまるよう確認のような話を進めて行く。
「いざという時は、すぐに鐘を鳴らして中心部まで避難すること。男は自警団を中心に防衛につく。武器の点検と、配置を決めておきましょう」
「柵も強化した方がいいんじゃねぇのか? できれば見張り台も増やしてぇ」
「そうだな、時間と資材の許す限り、防衛設備の強化もしていきましょう」
そうして、おおよそ村の防衛策について話が固まって来てから、ランドルフは思い出したかのように、俺へ話を振って来た。
「ところで、クロエ様はいかがなさいますか?」
「勿論、私も戦います」
元より、そのために雇われているんだ。いや、今は金なんか貰わなくなって、守るために戦う気がある。
思い出のイルズ村の後にやって来て建てられたこの開拓村には、その存在を憎むような気持ちも最初こそあったが……今はすっかり、情が湧いてしまった。自分も村の一員となったような気さえする。甘い考えだ、とは思うが。
何にしろ、レキとウルスラは守りたいと思うし、ライアンやランドルフを始め、村人達はもうほとんど顔も名前も見知った間柄だ。彼らに危機が及ぶのを、黙って見ていられるほど、俺は冷血になり切れない。
ただし、どうしても気になる点はある。
「十字軍に助けは求めないのですか?」
「ゴブリンの群れが現れた程度では、動いてはくれないでしょう。低級なモンスターの群れは、自警団だけで対処するのが基本ですので」
それを聞いて安心した。
十字軍の奴らが来ないなら、存分に戦える。この村はもう、マシュラムを殺した俺を匿った以上、一蓮托生の関係にある。わざわざ村を危機に曝すために、怪しい人物として十字軍にタレ込もうなんて奴は一人もいない。
この開拓村に送られた人々は、ここ以外にはどこにも行き場などないのだから。
そんな確信もあって、俺は村人たちに堂々と宣言した。
「皆さん、どうぞご安心ください。この村は必ずや私が守ります――神に誓って」
まぁ、その神ってのは白い方のヤツじゃなくて、可愛い魔王様のことなんだけどな。
ゴォーン、ゴォーン、と普段の時報よりも激しく教会の鐘が鳴り響いたのは、ゴブリンを発見した翌日、氷晶の月4日のことである。昨日の今日で、というよりも、奴らは村を攻める準備をとっくに済ませていたということだろう。
朝方、村の男衆が木の伐採のために村を出ようとしたその矢先、森からゴブリンの大集団がゾロゾロと現れ、村の正門を臨む街道上に布陣を始めたのだった。
幸いにも、奴らの数が多いため、突入準備をするまでに時間がかかった模様。こちらも非戦闘員の女子供が教会などの中心部に避難し、俺達が防衛配置につく余裕があった。
「……思ったよりも、数が多いな」
俺は村にある門の前までやってきて、すでに武装を整えた自警団員達と共に、眼前に展開したゴブリン軍団を眺める。
「ああ、コイツはちっと、ヤベぇかもしれねぇな」
隣に立つのはライアン。すでに重騎士の鎧を着こんだ完全武装であるが、やはりこだわりがあるのか、いつもと同じく兜は被っていなかった。
そんなライアンが言うように、確かに相手はこっちが想定していたものよりも、ヤバい。俺の乏しい冒険者経験の中でも、見たことがないほど大規模なゴブリンの集団である。
相変わらず汚い防具に正規軍なら廃棄確実のゴミみたいな武器を手にしてはいるものの、その数は圧倒的。パっと見で数百体はいる。流石に千には届きそうもないが、こっちの十倍はいてもおかしくない。すでに軍隊気取りなのか、血で描いたようなドス黒い模様の旗も何本か翻っているのが見えた。
ゴブリンは小柄で人間よりもパワーに欠ける上に、こちらが防衛側ということを差し引いても、この戦力差はあまりに開きがある。
しかし、ここから見えるゴブリンの戦力は、その数だけに留まらない。
斥候部隊がウインドルを連れていたことから分かるように、奴らにはモンスターを従える手段があるのだ。
ここから見えるだけでも、相当数のウインドルがゴブリンと共に立ち並んでいるのが確認できる。特に大柄な個体には、比較的質の良い槍を手にしたゴブリンがまたがっており、騎兵を気取っていた。
他にもスライムやデカいカエル、トカゲといった、これまで妖精の森では見られなかった低ランクのモンスター達も少数ながら揃えているのが見える。
だが驚くべきなのは、そんな雑魚モンスターの群れではない。
「まさか、ドルトスまで従えているとはな」
背の低いゴブリンの群れのなかにあって、その小山のような巨体は目立たないはずがない。灰色のマンモスといった姿のドルトスは、狂化にかかったように瞳が赤く発光していた。
大きな背中の上には、十数体のゴブリン達が跨っている。先頭の奴が蔦でできた手綱を握っており、完全に飼いならされていることが窺える。恐らく、あのまま突進して一気に村へと侵入するつもりだろう。そして、ランク3モンスターにして暴走獣の異名をとるドルトスは、こんな貧弱な木の柵と門など、一発で吹き飛ばせる。
「ゴブリンがあんなデケぇモンスターを調教してるなんて、ありえねぇんだが」
「けど、現れた以上は何とかしなきゃいけないだろう」
「そりゃあそうだけどよ、あんなのは田舎の自警団が相手にしていいモンスターじゃねぇぜ……こりゃあ、死人が出るな」
いつも威勢のいいライアンだが、流石にこれほどの大軍勢に巨大な決戦兵力を前にすれば、そんなことを思わずつぶやいてしまったようだ。
俺としても、モンスターの混成軍団といった様相を見せるゴブリン軍には、第二の試練となったイスキア古城の戦いを思い起こさせる。もっとも、スロウスギルが作り上げたあの大軍団からすれば、こっちは小勢もいいところだが……こんな開拓村を陥落させるには、十分すぎる戦力だろう。
だがそれも、俺がいなければの話だ。
「いいや、誰も殺させない。門を開けてくれ」
「ハァ、何言ってんだよ、まさか一人で出てくってワケじゃ――」
俺は笑みを浮かべながら、無言で頷く。
「正気かよ」
「そこまで無謀でもないさ。俺は魔法が使えるから、奴らが雪崩れ込んでくるところを狙いたいだけだ。乱戦になったら、適当に斬ってこっちと合流するさ」
「えっ、司祭様、魔法使えんの!? マジで?」
そういえば、言ってなかったっけ。
普段の模擬戦じゃ使いどころもないし、まぁ、黒魔法はできるだけ見せない方が、司祭としての印象もいいからな。
しかし、この期に及んではそうも言ってられない。これだけのモンスターを相手にするなら、出し惜しみはできない。
「あー、分ぁーったよ、そんじゃ派手な魔法を一発頼むぜ、司祭様よ」
「お、おう」
大丈夫、今の俺ならきっと派手な魔法に見えるはずだ。ほら、榴弾砲撃とか、爆発するし。
でも、ここで『ザ・グリード』があれば、荷電粒子砲で一気に薙ぎ払えて殲滅完了できたのに……おのれサリエル、と恨むのはやめておこう。
ちゃんと素手でも、この程度の群れなら迎え撃つことは可能なはずだ。
「……さぁ、来いよ」
俺が一人だけ正門の外に出て、真っ向から敵軍と対峙するような格好となる。
そこで、ちょうど向こうの準備も完了したのだろうか。ドーン、ドーン、と太鼓のような音が向こうから響きわたって来た。大きな木製のドラムに動物の革を張り、小さな骨の細工が施された打楽器は、奴らにとっての合図であり、戦意高揚の音色でもあるのだろう。
そうして、俄かにゴブリン共がギャアギャアと騒ぎだしたかと思えば、人ごみとなっている中央が左右に割れた。奥から登場したのは、一目でゴブリンの長と分かる奴だった。
一際体格の良いゴブリンが四人で担ぎ上げる神輿のようなものの上に、ソイツは偉そうにふんぞり返っている。
老人のようにやせ細っているが、その身に纏っているのは、それなりに綺麗な状態の白い毛皮のローブに、赤青黄色といった原色の布を肩や腰に巻き付けている蛮族みたいなファッションセンス。首からはモンスターの牙や爪でできた、形状からして恐らくダガーラプターだろうか、そんなのをジャラジャラさせた首飾りをぶら下げ、頭には色とりどりの羽飾りがついた冠を乗せていた。
手にしているのは身の丈を越えるほどの長杖。柄はただの木製だが、先端には山羊みたいに角の生えた頭蓋骨があしらわれており、その髑髏の内からダークグリーンの輝きが漏れ出ていた。
どこからどう見ても、完璧な魔術士タイプの装備にして、如何にも野良ゴブリンの族長らしい出で立ちである。恐らく、小型モンスターとドルトスを使役しているのもコイツだろう。
「ゴブっ! グァーラ、ゲァーっ!!」
自らが率いる兵たちの前に出て、何やら演説を始めた族長であるが、人の言語ではないから全く内容を理解できない。だが、きっと目の前の貧弱な防備と少ない兵数を見て、我らの勝利は間違いないと鼓舞しているのだろうなと、何となく察しはつく。
そうしたパフォーマンスに、演説している時の身振り手振り、これを見るだけで、コイツにはやはり野良ゴブリンとは一線を画した高い知能があることが窺える。なるほど、この族長ならばこれだけの集団を作り上げてもおかしくないと、納得できるほど。
最も危険なのは、間違いなく、この族長だ。
「魔弾」
だから、俺はまずソイツを撃つことにした。
総大将が堂々と、敵である俺から見える位置にまで出てきたこと。神輿の上という遮蔽物のない絶好の場所に立っていること。ここまでの条件が揃って、撃たない理由はないだろう。
俺は静かに掲げた左手から、予備動作なく一発の魔弾を作り上げ、魔力の気配を察する間もなく狙撃、ともいえないような堂々とした狙撃を敢行した。
族長は自分の演説に夢中で、たった一人で門の前に立つ俺のことなどまるで眼中にない。この位置から攻撃が届くことはないと、完全に油断しきっている。事実、奴は何の反応も示さなかった。
「――ギイっ!?」
しかし、弾は外れた。
俺が狙いを外したからじゃない。弾かれたのだ。
「風の防御魔法か……最低限の警戒はしていたか」
俺の放った魔弾は命中の寸前に、薄らと緑色の光を放つ靄のようなものに遮られ、その軌道を僅かにそらした。眉間のど真ん中をブチ貫く筈だった弾丸は、わずかに上方へ逸らされ、頭の上にある極彩色の羽根冠だけを吹っ飛ばすだけに終わった。
「ギっ、グェラァアアアアアアアアっ!!」
怒り心頭といった様子で、猿のように甲高い絶叫を上げながら、族長は身を翻して神輿から飛び下り、兵の群れの中に消えて行った。
次弾を警戒して即座に味方の中に逃れるとは、状況判断が早い。
おまけに、全軍に突撃命令も同時に下されたようだった。
ゴブリン達は唸りを上げて、ついに前へ向かって駆け出し始めた。
「おい司祭様、ヤバいんじゃねぇのか!早く戻れっ!」
雪崩を打って押し寄せてくるゴブリンと、その配下のモンスターの迫力を前に、ライアンがちょっと焦ったように声をかけてくれた。
心配してくれるのはありがたがいけれど、俺の黒魔法は、ここからが本番だ。
「――掃射(ガトリングバ-スト)」
黒い弾丸の嵐を、俺は自らキルゾーンに飛び込んでくる奴らに浴びせかけた。
『ブラックバリスタ・レプリカ』も『ザ・グリード』もない俺であるが、この『魔弾(バレットアーツ』は今まで散々に使い込んできた。ガラハド戦争中など、ほとんど常に撃ちっぱなしだったくらいだ。
振り返ってみれば、この便利な遠距離用の黒魔法、使い始めの頃に比べれば、遥かに体へ馴染んできたように思える。最早、魔法を発動させるというよりも、呼吸でもするかのように自然な感覚で行使できる。
だから、この程度の正面突撃を粉砕する程度の弾幕を作り出すのも、今は大して苦にもならない。半年前にゴブリンを駆除した時よりも、弾丸を構成する魔力密度、弾速、連射力、どれも大きく上回っているだろう。
「お、おいおい……なんだよ、こりゃあ……」
ライアンと自警団員達が呆然と息を飲むような声を、俺が奏でる破壊の音色がかき消す。バリバリという機関銃の咆哮じみた音が響き続ける間、目の前には続々と死体の山が築き上がってゆく。
ゴブリンの肉体は脆く弾け飛ぶ。大口径のライフル弾のような大きさと形状の魔弾によって、蜂の巣というよりも、爆発したといった方が近い有様。頭と手足と五臓六腑をいまだ雪解けの訪れぬ白い街道上にぶちまけ、文字通りの血路を作り上げていく。
無論、そんな末路を辿るのは他のモンスターも同様。ゴブリンよりも遥かに速力に優れるウインドルであるが、この弾幕の前では回避のしようもなければ、弾よりも早く俺へと接近することもできはしない。特徴的な緑色の毛皮を赤く染めながら、次々と血の海へと沈んでゆくのみ。
スライムも、デカいカエルも、トカゲも、この一方的な殺戮の暴風雨を突破する術は持ち合わせていない。みんな仲良くミンチになる。
「けど、やっぱり無手の魔弾じゃ、ドルトスまでは止められないか」
瞬く間に百近い同胞を血と肉片へと変えられた恐怖の殺戮地帯の中を、戦車のように突き進んでいくのがドルトスである。
動物園で見る象よりも一回り以上はデカい巨大な的に、魔弾が殺到してもその歩みは僅かほども鈍ることはない。
コイツは小型モンスターとは比べ物にならないほど丈夫で分厚い毛皮で覆われているが、それ以上に厄介な防御能力が、風を操る固有魔法である。ドルトスがマンモスのように生やしている二本の牙は、ヘラジカみたいな平べったい独特の形状をしているが、これが風を操作する器官となっている。
だから遠距離から弓矢の雨を浴びせたとしても、巨体を包み込む乱気流がことごとく弾き飛ばす。それは俺の魔弾も例外ではない。完全に逸らし切ってはいないようだが、致命傷を防ぐには十分すぎる防御率であることは一見して明らか。
ドルトスは頭や前足にところどころ血を滲ませているものの、突進の勢いは全く衰えない。
『ザ・グリード』で撃てば、難なく貫通できたのだろうが、無い物ねだりをしても仕方ない。
「魔剣・裂刃」
左手をかざして掃射を続けながら、右手に握っていたハルバードを一旦、地面に突き刺す。それから、腰の左右に一本ずつ差しておいた長剣の内の一本を抜き放ち、いよいよ衝突まで十メートルを切ったドルトスに向かって投げつけた。
「ブラスト」
黒と赤の爆炎が、ドルトスの巨体を吹き飛ばした。
対向車線の車と正面衝突したトラックのように、ドルトスが横転。その背に跨っていた十数人のゴブリン達は、フロントガラスがあれば余裕で突きぬけて行くほどの勢いで放り出される。
車体と搭乗者、どちらも燃え盛る黒炎で全身火達磨となって、雪上へと散っていった。
「おっ、おお……」
「ウォーっ!!」
大物を仕留めたことで、俄かに自警団員達から歓声が沸き上がる。
これで戦局はかなり有利になった。というより、このまま正面突撃を敢行するなら、俺一人で殲滅できそうでもあるが――
「ゴブ、ゲラっ! ギィイガァーっ!!」
あの族長がそんな愚かな選択をするはずない。奴と思しき叫び声が上がるなり、ゴブリン達の突撃はピタリと止まり、慌てて踵を返してスタート地点へと戻って行く。もっとも、俺が無防備な背中に向かって魔弾を浴びせた結果、ほとんど帰り着くことはなかったのだが。
「おっ、奴ら、退きやがったか」
「いや、まだだ」
族長は頭がいい。だが、こうまで一方的にやられて敗走しては、自らの面子に関わる。それに、奴にはまだまだ兵は残されている。
「やっぱり、散開してきたか――全員、構えろっ! 四方から攻めてくるぞ!!」
ゴブリン軍はいまだにこちらを大きく上回る数を生かして、広い範囲で接近することを選んだようだ。街道上に固まっていた軍勢は、周囲に広がる森へ沿うように左右へ散らばりはじめ、村を包囲するような動きを見せ始めた。
正面から門を破って侵入を狙う突撃作戦は、俺によってすでに瓦解している。ならば、俺の攻撃が届かない範囲から接近すればよい。
単純だが、寡兵の俺達に対しては有効な作戦だ。
「おい、気合い入れろよテメぇら! いよいよ俺らの出番だぜぇ!!」
「任せてくださいよ、アニキ!」
「毎日司祭様にボコられた成果、見せてやるっす!!」
そこはせめて訓練と言ってくれ。まぁいい、とりあえず士気は上々。
敵は包囲してきているとはいえ、流石に隊列は薄くならざるを得ない。これくらいの密度なら、自警団でも十分に相手できるだろう。
あとは、死者が出ないことを祈るのみ――
「た、大変だぁ! 反対の門にも、ゴブリンが現れた! デカいのもいるぞっ!!」
「なっ、なぁにぃーっ!?」
予想はしていたが、それは最悪の部類に入るケースである。俺も内心ではライアンと似たような叫びをあげてしまうほど。
これだけの数がいるなら、反対側を攻めさせる別働隊が存在していても不思議ではない。
族長率いる本隊が現れた時点で、ここには自警団のほとんどを集めている。反対側と左右の面には、奇襲を警戒して最低限の人数しか配置していない。ある程度まとまった兵力をぶつけられれば、とても持ちこたえられそうもない。ドルトスがいるなら、尚更である。
村へ侵入を許せば、もうあとは中心部に残してきた最後の守備隊しか残されていない。守備隊といえば聞こえはいいが、その実態は大半が女子供で構成された、ほとんど非戦闘員といっていい集団だ。
ゴブリンの一体や二体なら、問題なく対処できるだろうが、それ以上となるとひとたまりもない。
反対側の門が破られれば、その時点で王手をかけらたも同然。
「ライアン、俺がいく。ここは任せていいか」
「デケぇのがいるんなら仕方ねぇ、司祭様、頼んだぜ!」
そうして、俺は急ぎ反対側の門へ救援に向かうのだった。
胸の内に、村が危ないという思い以上の、焦燥感が湧き上がる。なぜなら、そこには数人の自警団と一緒に……レキを配置してきたからだ。