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黒の魔王  作者: 菱影代理
第25章:偽りの日々
484/1046

第483話 司祭のお仕事

 冥暗の月27日。今日から、俺の司祭としての生活が始まる。

 起床してから、自分とサリエルの身だしなみを整え、一日の最初の仕事に取り掛かる。

「えーっと、三回くらい鳴らせばいいんだったか」

 それは、時刻を示す鐘を鳴らすことである。スパーダの神学校でもそうだったように、この世界において広く時間を知らせるために、この方法はどこでも用いられている。

 それがシンクレアでは教会の役割というわけだ。天辺に十字のシンボルをつけた尖塔は、この鐘を鳴らすための施設でもある。

 三階建ての建物くらいの高さに設置された大きな鐘を見上げながら、俺は吊るされたロープを引いて、第202開拓村に朝の時刻を知らしめた。現在、午前6時でございます。

「おっはようゴザイマーっス!」

「クロエ様、おはようございます」

 つつがなく鐘を鳴らし終え、朝食をとりに食堂、とはいっても実質リビングルームなのだが、そこへ向かうと、レキとウルスラが元気な朝の挨拶をかけてくれた。

 すでに修道服を着ているところを見ると、俺の鐘で目を覚ましたわけではなさそう。二人とも、早起きなようだ。

「おはよう」

「おはようございます」

 すでに、俺はサリエルを背負っている状態。俺が運んでやらなければ、サリエルはベッドから一歩も動けないのは、両足がないのだから当たり前。

 彼女の体を考えれば、ベッドで寝たきり生活というのが妥当なところなのかもしれないが、俺はコイツを一日中寝かせておくつもりはない。

 司祭を演じるにあたって、サリエルのフォローは必要不可欠というのは勿論、単純に目を離しておきたくない、というのが大きな理由である。ちょっと無理にでも、俺はサリエルを連れ回すこととなる。

「ごはんは、もうすぐできるの」

「そうか、ありがとう。任せきりになってしまったな」

「クッキーンはレキ達のお仕事なのデス! 毎日レキのゴハンが食べられるなんて、クロエ様は幸せ者だヨー!」

 随分と料理の腕に覚えがあるようだ。レキは犬耳みたいな髪をピョンピョン跳ねさせながら、キッチンの方へと駆け戻っていった。

 とりあえず、今の俺とサリエルじゃあまだここの勝手も知らないから、ロクに手伝うこともままならない。今日のところは大人しく二人に甘えることにしよう。

 と、その前に聞いておかなければいけないことがある。レキの後を追って、のろのろと歩き出したウルスラを呼び止めた。

「朝の礼拝はやっているのか?」

「うん」

 と、ぼんやりした顔でうなずくウルスラ。うーん、この子、ちょっとフィオナに似ているような気がする。その無表情さに親近感を覚えるが、食い気までは似ていないことを祈る。

「ごはん、食べ終わった頃に、みんな集まって来るの」

「村人全員?」

「ううん、熱心な人だけ……三十人、くらい?」

「分かった。準備しておこう」

 コックリ頷くウルスラを見送ってから、俺は頬に一筋の汗を流しながらつぶやいた。

「……先に聞いておいて、良かったな」

 というのは、朝の礼拝をやっているかの確認と、そういう儀式が十字教にあることをサリエルから聞いておいて、という二つの意味が含まれる。

 俺が自分から「朝の礼拝は?」と聞いたのは他でもない、サリエルが確認しておけと、起床して早々に進言してくれたからだ。

 もしサリエルが気を回すこともなく、俺も朝食をつつきながら「司祭って普段何してるんだ」とぼんやり考えるだけであったら、三十人そこそこの村人がゾロゾロ集まってきた時点で大慌てだったろう。早くも化けの皮が剥がれることは、避けたい。

 俺はサリエルと食卓に着き、入念な打ち合わせをすることにした。

「ヘーイ! ブレックファーストできたヨーっ!」

 程なくすると、デカい寸胴鍋みたいなのを軽々と持ったレキが現れた。食卓の上にドーンと置かれた鍋からは、真っ白い湯気が濛々と立ち込めると同時に、食欲を刺激するスープの香りが届いた。

 これがメインディッシュで、他には主食となる固そうな黒パンが人数分あるのみだ。ウルスラが手早く、パンと食器を用意してくれる。随分と質素な朝食であるが、ケチをつけるほど俺はブルジョアぶってはいない。

 今でも思う。実験施設のゲロスープ以外なら、どんなものでもありがたく食べられると。

「おお、美味しそうだな」

「ふふーん、今日のスープにはなんと、ゴージャスにもお肉が入っているのデース!」

「鎧熊、美味しい」

 ああ、サリエルが仕留めた人喰い鎧熊の肉か。

 普通ならあのテのモンスターは冒険者ギルドに売り払って終了だが、そもそもギルドも買取業者も存在しない開拓村では、そのまま自ら消費することになる。だから、俺が運び込んだ昨日の内に鎧熊はさっさと村人達の手により解体され、食肉と毛皮と甲殻と、それぞれの素材にされている。

 まぁ、毛皮と甲殻は機会があればどこかへ売りに出すか、行商人に買い取ってもらうのかもしれないが。どっちにしろ、生肉の部分は自分達で食べる以外の道はない。

 実は昨日の夕食も、早速この鎧熊の肉を使った料理が振る舞われたのだ。

「クロエ様がとってきてくれたんデショ? テンキュー!」

「やっぱり救世主様なの」

 まだまだ貧しい開拓村、しかも真冬の時期に肉が食えるとあって、二人は大喜びなようだ。この笑顔を見ると、サリエルはいい仕事をしてくれたと褒め称えてもいいかもしれない。

「それじゃあ、冷めない内に食べようか。いただきます」

 と言った瞬間、レキとウルスラがポカンとした顔で俺を見つめてきた。

「……食前の祈り」

 ボソリ、と隣でサリエルが呟いた瞬間、俺は悟った。

 ああ、そうか、十字教って食事の前に、祈りの言葉があるんだと。

 そういえば、キリスト教にもそんなのがあったような気がする。お恵みに感謝します、みたいなのが。それと似たようなもんなのだろう。

 ちくしょう、些細なところでいきなりボロを出してしまった。おのれ、白き神め、狡猾な罠を張っていやがったか……

「食前の祈りは、ウチではしない」

「えっ、いいんデスかぁーっ!?」

「いいんだ。慣習に縛られることはない。形を守ることだけが、信仰の本質ではないからな」

 ちょっと自分でも何言ってるか分からないが、とりあえずそれがクロエ司祭のポリシーということで。

「やった、アレ微妙に長いから嫌いなの」

「そうだ、冷めない内に早く料理を食べることが大事なんだ。それが料理を作ってくれた人への礼儀でもある。ありがとう、レキ、ウルスラ。二人が美味しい料理を作ってくれたことに、俺は深い感謝の念をもって食べる」

「イエーッス! それじゃあ、いっただっきまーっす!」

「イタダキマス」

 二人はとりあえず納得してくれたのか、微妙にイントネーションの異なる「いただきます」を口にして、食事を開始した。

 どうやら俺の意味不明な理論を押し通すことには成功したようだが……二人が子供じゃなければ、ダメだったかもしれない。

「……ごめんなさい」

「いい、謝るな」

 二人には聞こえないよう、サリエルの謝罪をスルーして、俺も朝食へ手を伸ばした。

 イルズ村での生活以来、久しく食べなかった安物の黒パンは、固くパサついていて正直、美味しくはない。だが、熱々の鎧熊スープは豚汁に近い味がして、結構美味しかった。森で見つけたら、俺も狩ってみようと思う。




「――天にまします、我らが神よ」

 朝の礼拝はつつがなく進行した。

 十字教においては日課のような儀式であるからして、内容はそれほど難しくもないし、また、長い時間もかからない。

 まずはお決まりの祈りを奉げるところから始まって、俺が壇上にて聖書の一節を朗読するという、昨日の葬儀と似たようなパターンだ。

 聖書を読む箇所は決まっており、正式に司祭となった者ならそらで暗唱できて当たり前。しかしながら、聖書を読む、という行為そのものに意義があるようなので、俺が堂々とページをめくって読み上げても、誰も疑惑の眼差しを向けたりはしない。

 事前のリハーサルのお蔭で、読む場所もバッチリ。あとは、ほどほどに村人と朝の挨拶を交わせば、それで解散。サリエルのサポートもなしで、問題なく礼拝を終わらせることができた。

「さて、次は……授業、か……」

 司祭の仕事といって思い浮かべるものといえば、冠婚葬祭などの儀式である。確かに、それらは司祭の、引いては十字教が執り行う重要な仕事ではあるのだが、こんな人口百人そこそこの村で、そう毎日結婚式やら葬式やらが催されるはずもない。

 葬儀はつい昨日行ったばかり。ついでにこの村には開拓することを前提とした人々しか来ていないから、老人はかなり少ない。今はランドルフ村長が上から三番目の高齢者であると聞いた。

 つまり、しばらくの間は天寿を全うしそうな者は誰もいないのである。死者がでるとすれば、モンスターに襲われるなどといった、不慮の事故くらい。

 ついでに結婚式も、しばらく予定はない。この村の若い男女は大体すでに結婚しているようで、彼らの子供が成人するまでは、結婚ラッシュが起きることもない。勿論、そんな時にはもう、俺はとっくにこの村からオサラバしている。

 そして当然のことながら、一年に行われるイベントというは決まっている。ちなみに十字教の祝い事として、今から一番近く行われるのは曙光の月1日、つまり元旦で『新年の礼拝』という儀式だ。今日は27日だから、あとたったの五日後。

 個人的には、もう一年が終わるのか、という感想しか浮かばないが。『新年の礼拝』について、これからサリエルに聞いて準備をしておけば問題なくクリアできるだろう。

 さて、それで俺がするべき今日のお仕事である『授業』についてである。

 これは『神学校』なんて言葉から分かるように、宗教施設は古来より学問を教える教育機関としての役割も果たしてきた。

 もっとも、現代においてスパーダでも神学校は設立当初の名残りとしての校名であるし、シンクレアでもフィオナの通ったエリシオン魔法学院というのをはじめ、教会が全ての教育を担うという時代ではない。

 しかしながら、それは人口も多く発展した都市部に限った話であり、ここのような田舎では教会が唯一の学校であるらしい。だから地方に派遣された司祭は、読み書き計算といった基礎的なものを教えることは代表的な仕事となる。

 もっとも、サリエルの話によればシンクレアでも農村部ではそれほど識字率は高いワケではないから、教会の基礎教育システムが完全に機能しているというわけでもないようだ。

 しっかり学問を学びたい、という人物はそもそも村を出ていくし、農民のまま過ごすのであれば勉強なんか全くできなくても問題はないのである。農民は農民で、いくらでもやるべき仕事はあるのだから。

 そんな一般的な教育事情はさておいて、この開拓村では結構しっかりと授業は行われるらしい。何でも、例のニコライ司祭は教育に熱心なお人らしく、レキとウルスラの見習いシスター二人をはじめ、村の子供たち、あるいは希望すれば大人でも勉強を教えようとしていたとランドルフから聞かされた。

 それならば、俺もやなきゃいけないだろう。少なくとも、そうした方がウケはいいはず。

「……正直、これが一番緊張するんだが」

「高校二年までの知識があれば、授業をするのに支障はありません」

「そりゃあ、読み書きに足し算引き算くらい完璧だけど、それを人に教えるってのはまた別の問題だろう」

 まして、相手は小さな子供だ。何もしなくても、俺が見ただけで泣き出してしまいそうだ。

「では、やめますか?」

「いや、やる」

「分かりました。それでは、歴史と聖書解読は、私に任せてください」

「ああ、頼んだ」

 そうして、俺は礼拝堂に黒板を用意して、まるで試練のモンスターにでも挑むような緊張感と覚悟をもって、生徒こども達の襲来を待つのであった。

「うぇー、やっぱり授業はやるのデスかぁー」

「勉強は大事。今日こそ寝ないで頑張るの、レキ」

 俺の決戦覚悟をよそに、現れた生徒はレキとウルスラの二人だけだった。

 まぁ、いきなり現れた怪しい悪魔顔の司祭に、子供だけで授業を受けさせようって親はいないよな……

「えー、それでは、授業を始めまーす」

 ちょっと低いテンションで、俺は人生初の先生役をするのだった。

 ちなみに、レキは二ケタの足し算を始めたところで、寝た。がんばりましょう。




 正午を知らせる鐘を鳴らしてから昼食をとり、午後からは教会に籠ってないで外に出ることとした。

 司祭の仕事として、ついでにニコライ司祭もそうであったようだが、聖書の研究や光魔法、治癒魔法の鍛錬といったものは代表的なものとなるのだが、俺にはどちらも全く無縁の代物。ネルみたいに、とはいかなくとも、下級でもいいから治癒魔法を使えれば、医者としての役割も果たせたのだが、残念ながら俺は自分自身を回復する『肉体補填』しか治癒魔法らしいものは持っていない。

 病人、怪我人の処置は村にいる医者に全て任せるより他はない。ちなみに、医者は村で二番目に高齢な婆さんである。俺がいる間、彼女の葬儀をする羽目にならないことを、祈るばかりだ。

 授業は午前中に終わらせ、午後は本来やるべき司祭の仕事がまるでない俺としては、自ら外を回って、まずは村のことを知ろうというわけだ。要するに、あいさつ回りである。

 何度も顔を合わせれば自然と顔見知りとなるし、雑談でもできれば、そこから何らかの情報も集められる。仲良くなれば、向こうから何か教えてくれるかもしれないし。

 それに、何か困ったことや頼まれごとがあれば、それもやろう。つまるところ、俺がイルズ村で新人冒険者として活動していたのと同じようにしようってこと。柵を修理したり重い荷物を運んだり、あの時は雑用も色々とやったものだ。

 そういうことを重ねて、俺はイルズ村の一員として受け入れられるようになったのだと、改めて思う。

 ただし、今回は真っ当に信頼を得るのではなく、あくまで十字軍に見つからないよう潜伏するため、という事情があるから、これから俺がすることは全く善意ではないのだが。

「――予想はしてたが、やっぱり、収穫はイマイチだったな」

 さて、小一時間ほど小さな村をグルっと回って、村人たちへの積極的に声かけに挑んだ結果、俺はサリエルを隣に座らせて、村の外れの臨時墓地を眺めながら疲れたようにつぶやいた。

「どう考えても、避けられてたよなアレ」

 ほとんど会話が続かなかったのだ。あれは決して俺のコミュニケーション力が足りなかったわけではなく、向こうにその気がなかったらに他ならない。

「現時点では妥当な反応」

 サリエルも太鼓判を押してくれる。

 俺としても、いきなり根掘り葉掘り何でも質問攻め、という会話はまずいと思い、幾つか当たり障りのないことを聞くだけに留めておいた。例えば、村では何の作物を作っているのか、行商人はどれくらいの間隔でくるか、冬の間はどんな仕事をしているか、などなど。

 ちなみに得られた回答は以下のようなものである。

 作物は主食であり税の支払いにも使う小麦を中心として、他はイルズ村で行われていたものをそのまま継承していること。今朝の鎧熊スープに入っていた大豆みたいな豆も、その内の一つである。

 俺の焦土作戦は目立つ建物だけを焼いた不完全なものだったから、畑はそのまま利用可能。新たに開墾することの大変さを思えば、これを利用しないはずはなかった。

 行商人は月に一回。ただし、ダイダロスの植民地が発展していけば、もっと増えるはずだと言っていた。

 冬の仕事でメインとなるのは林業であった。近くにデカくて立派な木が生える広大な妖精の森フェアリーガーデンがあるからな。ダイダロスではご覧の通りに北海道のように雪が積もるから、馬にソリを引かせることも可能だ。村の男達は今日も朝早くから森に入って、伐採作業にとりかかっている。

 あとは、どこの農村も同じとなるが、機織りといったものが女性の主な仕事となる。もっと詳しく聞いてみれば、他にも何か売れるようなモノを内職していそうだが。

 ちなみに家畜の飼育は一年通して行われている。

 パンドラ大陸ではノーフォーク農法、四輪作に匹敵する効率的な農業法が確立されており、冬を越すためだけに家畜を絞めるという行為は遥か数百年も昔にオサラバしている。イルズ村が田舎のくせに食料に恵まれていたのはそういう事情がある。

 しかし、どうやらシンクレアでもそういった先進的な農業法の確立は同じだ。莫大な兵力を擁する十字軍を成立させられる人口があるということは、すなわち、それだけの食料供給が確保されていることを証明している。

 もっとも、魔力のあるこの異世界では、驚くほど短期間かつ大量に実る作物が存在していることも食料を得やすい大きな理由の一つだ。全く同じ小麦に見えても、その収穫量は地球のものとは比べ物にならないほど。

 どれだけ冒険者がモンスターを狩っても絶滅に追い込めないように、植物もまた魔法のような繁殖力を誇っているのだ。

 こんな小さな開拓村でも、とりあえず入植したばかりで収穫がない一年目さえ乗り切れば、あとは何とかなるという算段らしい。イルズ村で春と夏を経験した俺からすれば、このダイダロス領の気候風土が問題なく農耕が可能なほど豊かであることを知っているから、その予測はあながち皮算用だとは言い切れない。

 ともかく、今回のあいさつ回りで分かったことはやはりこの開拓村が何の変哲もないド田舎の農村であるとハッキリした程度。

 だが、それも仕方ないだろう。今すぐスパーダ帰還へ役立つような、十字軍の動きなどの重要情報が仕入れられるはずもない。

「お前の方は、何か気づいたことはあったか?」

「村人の半数以上は二等神民でした。植民地の開拓村としては、珍しいことではありませんが」

「二等神民?」

「シンクレア共和国が征服した国の民は、そう分類されます」

 前にフィオナから、シンクレア共和国はアーク大陸の西半分を支配する巨大な宗教国家であると聞いた。

 しかし当たり前のことだが、最初からそんなドでかい領土を持っているはずもない。シンクレアの起こりは、首都であり聖地でもある聖都エリシオン。そこから千数百年の時間をかけて領土を、引いては十字教の勢力圏を拡大し、今に至るのだ。

 その過程で、一体どれほどの数の国々が飲み込まれていったのか。

「およそ百年以上前に征服した地域は、浄化と教化は完了しており、通常の共和国領との差異は認められない。現在、二等神民に類する人口の80%は、バルバドス、イヴラーム、ドラグノフ、三カ国の元国民によって構成されています」

 どれも聞き覚えのない国名である。全くピンとこない。

「バルバドス人は金色の髪と赤い瞳。イヴラーム人は銀色の髪と青い瞳と褐色の肌。それが特徴」

 この村ではドラグノフ人は見かけなかったが、ダイダロス領東部の海岸線の村を中心に配置されていたと、軍政司令部の資料で見た記憶がある、というようなサリエルの説明の続きは、ほとんど耳から筒抜けだった。

「おい、それじゃあレキとウルスラは――」

「バルバドス人とイヴラーム人です」

「……引き取り手が見つからなかった理由も、それか」

「可能性は高い。十字教の孤児院には、二等神民の受け入れを拒否するところも多い」

 聞くんじゃなかった、と後悔してしまうほど、気分の沈む話であった。

「よく、それで反乱が起きないな」

「共和国の同化政策は長い歴史の中で洗練され、非常に強固。しかし、完全に反乱を防ぐことはできない。その場合の対処は――」

「ああ、そういえば、お前の仕事だったな」

 それきり、会話は打ちきった。もう、仲良くおしゃべりできる雰囲気ではない。そもそも、そんなことが成立する間柄でもない。

 サリエルが使徒であったことを、俺は改めて実感した。たったの三日だが、ずっと傍に居つづけたせいで、早くも気を許しかけていたかもしれない。

 だからといって、距離を置けない状況なのが苦しいところだ。どうすりゃいいんだよ、という疑問が再び脳内で堂々巡りを始める。

 俺は真っ白い雪原のど真ん中に十字の墓標がポツンと突き立っている景色をぼんやりと眺めながら、静かな時を過ごした。村から聞こえてくる生活音が、やけに遠いところから反響してくるような感覚。

 虚しい。嘘で塗り固めた世界は、やっぱり、そんな感じがした。

「教会に戻るか」

 言いながら、サリエルの返事も聞かずに体を抱き起す。

 コイツを背負うのも、早くも慣れたもの。子供の背負い紐、なんて便利アイテムを入手した今の俺にとって、サリエルはリュックサックも同然の存在だ。

 そうして踵を返して歩き始めた、ちょうどその時であった。

「よう、司祭サマ、こんなところにいたのかよ」

 堂々と腕を組んで行く手に立ちふさがる男が現れた。

 バッチリ決まったオールバックの金髪に、毛皮の猟師コートに背負った大きなバトルアックス。

「こんにちはライアンさん。私に何か御用でしたか?」

 精一杯の笑みを眼鏡のかかった顔に浮かべて、俺はつい昨日、物凄い剣幕で喰ってかかって来た男と対面する。

 ちょうど伐採作業から戻ったところなのだろうか。彼の後ろには昨日見かけた自警団の仲間と、その他にまだ見覚えのない男達がゾロゾロと列を成していた。

「おうよ、ちぃとばかし、面ぁ貸してくんねぇか?」

 ヤンキーのような誘い文句に、俺はあんまり良い予感はしなかった。

「いいでしょう」

 しかし、断るわけにもいかないだろう。

 どう考えても、神学校でネルの親衛隊に絡まれた時と全く同じ雰囲気であっても。

「へっ、話が早くて助かるぜ。ついてきな」

 ニヤリ、と獰猛な笑みを浮かべるライアンに、俺は大人しくついてくことにした。

 2015年3月6日

 次回は月曜日も更新します。お楽しみに。

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― 新着の感想 ―
サリエルは勇者アベルの小説と使徒アベルの共通性を発見しないのかな
[気になる点] ドラグノフ人いつか出てくるかな?
[一言] この章は飛ばして次の章に進みますわ。必要なら戻ってきて必要なところだけ読みますわ。 前の章はメチャ面白かったんだがな~↓
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