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黒の魔王  作者: 菱影代理
第25章:偽りの日々
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第477話 二人の朝(2)

 この小屋には、もう二度と戻ってくるつもりがなかったことと、急いで支度を整えたことから、日用品の大部分は残されている。替えのシーツもあるし、俺とリリィの衣類が丸ごとクローゼットに収まったままなのも、そういう理由だ。

 ただ、流石に食料品だけは半年というシビアな消費期限のお蔭でほとんど全滅である。それでも、保存食にカテゴライズされるものに関しては、今でも問題なく食べることができた。

 そう、俺達は朝食にありつくことができたのだ。

「ほら」

「あ……ん」

 差し出した乾パンのようなビスケットに、サリエルが小さな口で齧りつく。ポリポリとリスのように可愛らしい咀嚼を終えるのを待って、俺はまた食べさせる。

 そんな風に、サリエルは俺の膝の上に抱えられて、食事をとっていた。聞けば、コイツの利き腕は右という。左手だけでも食事できないことはないが、不便だろう。

 じれったい食事風景を見せられるよりは、もう俺が食べさせてやった方が早いと判断した結果がこれである。改めて考えると、かなり恥ずかしい格好だ。リリィにだって、「あーん」だけで完食させたことなどないというのに。

 いや、こういうのは気にした方が負けだ。

「ごちそうさま」

 と、口にしたのは俺もサリエルも同じ。聞き分けはつかないが、白崎さんの記憶を持つサリエルなら、俺と同じく日本語で「ごちそうさま」と言っているかもしれない。

 それにしても、こんな真似を昼と夜もしなければならんのか。労力としては大したことじゃないが、精神的にくるものがある。

 だが、世話しなければいけない以上、仕方ない。そう言い聞かせながら、俺はテーブルの上に残った乾パンと炙った塩漬け肉が綺麗に消費された皿を片付ける。サリエルは再びベッドへリリース。

 さて、腹も落ち着いたことだし、いよいよ行動開始だ。

「俺はこれから出かけてくる」

「何処へ行くのですか?」

「決まってる、物資調達だ」

 この家には生活していくには十分だが、十字軍の目を逃れてスパーダへ向かう、つまり、ガラハド山脈を越える旅路を行うだけの物資も装備もない。いわば、冒険者にとって必要なモノということになるのだが、そういう類のものは、全て影空間シャドウゲートに収納して持って行ってしまった。この家には、旅の必需品となるべき物は何も残っていない。

 そして、俺はサリエルとの戦いで万能の倉庫たるこの影空間シャドウゲートを、完全に破壊されているのだ。全部お前のせいだ。

「……ごめんなさい」

「謝るな。かえって虚しくなる」

 空間魔法ディメンションを狙う、という一手を見抜けなかった、いや、そもそも何の対策も施していなかった俺の落ち度である。全力を尽くして戦ったサリエルを責める気持ちはない。

「国境線を越えるには、何もかも準備が足りない。武器だって、せめて剣の一本くらいは調達しないと、話にならない」

 まぁ、剣が一本きりでも、俺なら速攻で裂刃ブラストブレイドにして使い潰してしまいそうだが。

「貴方の空間魔法ディメンションは完全に破壊されています。物資の収集は、難しいのでは」

「流石は技を使った本人だな。その通りだよ」

 俺の影空間シャドウゲートは全く再生されていない。

 今まで一度も壊されたことはなかったが、もし消滅したとしても、そこそこ時間をかければ元通りに広々とした亜空間を影の中に作り出せる。

 だが、サリエルがあの時に放った白色魔力が影の中に毒のように残存している……といいう感覚があるのだ。

「『破空ブレイクスルー』には継続的に空間魔法ディメンションを拡張するのを阻害する効果が含まれています」

 そうしないと、即座に再生させる魔術士もいるからだろう。だからといって、本当にそこまでの効果を再現させるとは、とんでもない完成度の魔法だ。

「今の私では、即座に解呪することはできません。時間経過による回復しか、手段はない」

「ちなみに、どれくらいで解ける?」

「およそ三ヶ月」

 そ、そんなにかかるのかよ……これは本当に、しばらく影空間シャドウゲートには頼れないぞ。

「お前はどうなんだ?」

「私も空間魔法ディメンションは行使できません。使徒は専用の『聖櫃アーク』という空間魔法ディメンションがありますが、すでに加護を失った私は、その中に収めていたものも含めて、失われています」

 都合よく、保管していたものをドロップさせてくれるほど、神様は優しくないよな。アイツは本当に、処女を喪失したサリエルを見捨てたのだから。

「それに、今の私は一切の魔法を使うことができません。サリエルシリーズの肉体は、白色魔力による魔法行使のみを前提として構築されています」

 だから、完全に白色魔力の供給が断たれれば、魔法は使えない。サリエルはもう、『灯火トーチ』で闇を照らすことも、『火矢イグニス・サギタ』で暖炉に火を点けることもできないということだ。

 ん、ということは、サリエルは現代魔法モデルも白色魔力だけで再現していたということか。うーん、俺の疑似属性と似たような感じだろうか。

「まぁいいさ、最初から頼るつもりはなかったからな」

 皮肉ではなく、言葉通りの意味だ。俺はサリエルと冒険者パーティが如く力を合わせてスパーダ帰還を成し遂げるという気はない。頼れるのは自分の力だけ。サリエルはただ、俺が背負って運ぶだけのつもりだ。

「とりあえず、空間魔法ディメンションのかかったポーチか鞄を確保できれば、それで済む話だ。それより、俺が聞きたいのは、アルザス周辺がどうなっているかだ」

 俺がこの界隈について知っているのは当然のことながら、十字軍が占領する以前のことである。

 イルズから先の村々は、防衛拠点としたアルザスを除けば全て焦土作戦によって焼き払われている。他でもない、俺の指示によって。

 故に、外へ出る前にあたって、十字軍の植民地事情を、この十字軍総司令官様に直接問いただそうというわけだ。

「十字軍はすでに、ダイダロスの村があった全ての地点に、開拓者を入植させたと聞いています。アルザス周辺の村々は家屋が全焼していたせいで、非常に小規模な開拓村となっているようです」

「それでも、人里はできているんだな」

 俺の過ごしたイルズ村で、十字教の信者たるシンクレアの野郎どもがのうのうと生活しているのだと思うと、もう一度全て焼き払ってやりたくなる衝動が湧いてくる。

「はい。ただ、石壁が残っていた比較的大きな村は、街道が交わる立地と、アルザス要塞への補給という観点から、他の村々と同じか、それ以上に整備されています。ある程度の兵糧もここに蓄えられており、十字軍の兵士が警護にあたっています」

 石壁のある村といえば、イルズの隣にあるクゥアル村だ。地図上で見れば、イルズの西隣にあってアルザスに近いが、ここは南側から伸びてくるもう一本の街道と合流している。だから距離的にはイルズの方が首都ダイダロスには近いが、実際に栄えているのは街道の合流点であるクゥアルという形だ。

 俺が焦土作戦を決行したのは、このイルズからだから、これより東側の村は全くの無傷で済んでいるということになる。そして、イルズより西の村々は、俺のせいでまだ小規模な村しかできていないと。

「普通の開拓村には、どの程度の兵力がある?」

「十数人からなる騎士の一個小隊が、治安維持として駐留するよう司令部は暫定的に定めています。他には開拓者の自警団。これは人口と構成によって人数は変動しますが、少なくても三十人、多ければ百人といった規模です。最後に、各村に設置された教会の司祭が一人以上。治癒魔法か光魔法を扱います」

 なるほど、規模としてはダイダロスの村とそう大差はない。強い言えば、駐留する騎士の数がやや多いくらいだが、大した問題ではない。

「最大で百五十にも満たないのか……全員相手にしても、殺せるな」

 つぶやいた言葉は、驚くほどに冷たかった。

 俺の目的は必要な物資を集めること。余計な戦闘は避けるに越したことはない。そう分かっていても、殲滅することを決めているかのように口走ってしまった。

「大規模な戦闘が起これば、十字軍の治安維持部隊が即座に派遣されます。現在の立地では、アルザス要塞から出兵するでしょう」

「分かってる、下手に目立つような真似はしない」

「そうするべき。貴方は第一級征伐対象に指定されている恐れがある」

「何だソレ、俺は災害級のモンスターかよ」

「日本での指名手配と同じようなものです。どの町や村にも、貴方の似顔絵が張り出されることになる」

 なるほど、モンスターというより凶悪犯罪者ということか。リィンフェルトに続いて第七使徒サリエルまで手をかけたんだから、そりゃあ十字軍からすれば血眼になって探し出すほどの怨敵だろう。

 もっとも、あの時の戦況はかなり混乱していたから、俺達が転移魔法で飛ばされた、と正確に十字軍が判断しているかどうかは疑わしい。サリエルが俺を道連れに死んだ、という風に思われれば一番良いのだが、今すぐ確認する術はない。どっちにしろ、慎重に行動するに越したことはないだろう。

「それにしても、普通に日本のこと言うな、お前」

「すみません、自然に頭に浮かびました」

 素直に謝罪するサリエルであるが、よくよく考えれば、責めるのはお門違いな気もする。これまでのサリエルは、白崎さんの記憶、つまり、現代日本に関する記憶は封印のせいで一切思い出すことはなかった。しかし、『心蝕弾頭メモリーバースト』で封印を破った今、彼女は白崎さんの人格を除けば、全ての記憶を蘇らせたということだ。

 となれば、普段の会話や思考においても、ごく自然に白崎さんの記憶とも照らしあわされるだろう。俺もあえて口にはしないが、いまだに心の中ではよく物事を日本のものに例えて考えたり、理解したりしているのだから。

「いや、別にいいさ、悪い気はしない。日本のことが分かるのは、お前だけだからな」

「そう、ですか」

 言ったものの、やはり俺にはやや複雑な気持ちが渦巻く。何とも郷愁を刺激されると共に、サリエルが知ったようなことを言うのが許せない、許すべきではないのではないか、という気持ち。

 落ち着け。サリエルの言動一つ一つに目くじらを立てていても、どうしようもないだろう。生かす、という選択をした以上、俺はもう、彼女を受け入れるしかないのだから……

「他に何か、注意するようなことはあるか? 定期的に十字軍の大部隊が警戒に回ってくるだとか」

「ガラハド要塞の攻略に、十字軍は多くの戦力を費やしました。厳しい警戒態勢が確立しているのは、首都ダイダロスとその周辺地域のみでしょう」

「それじゃあ、かち合う可能性があるのは村に駐留している戦力だけってことか」

「十字軍がスパーダに敗れた以上、アルザス要塞から本国へ引き上げる兵が大量に発生します」

 なるほど。警戒のつもりはなくとも、この辺の街道は近い内に帰還兵で溢れかえることになるのか。

「アルザスからこの辺まではどう頑張っても数日はかかる。決戦があったのは昨日だから、今日そいつらが現れることはないだろう」

 逆に言えば、今日明日中にでも調達しなければ危険ということでもある。やはり、悠長に今日一日は休むなんてせず、即座に動き出して正解なようだ。

「それじゃあ、俺は行ってくるが……サリエル、一人で大丈夫か?」

「問題ありません。この小屋にはモンスター除けの結界が施されているので、襲撃の危険性は低いですから」

「え……そんなのあるのか?」

「あります」

 真っ直ぐ見つめてくるサリエルの視線には、「住んでいたくせに、知らなかったんですか?」みたいな小馬鹿にした感情がまるで見えないことが、かえって悔しい。

「そ、そうか……なら、大丈夫だな、問題ない」

 曖昧に誤魔化しながら、俺は立ち上がって出かける準備を整える。

 準備といっても、冬用の真っ白い毛皮のローブに、この家に残った唯一の刃物であるちっぽけな調理用ナイフを腰に差すだけだが。フサフサのファーがついてるローブのフードは、温かい上にそれなりに顔も隠してくれるだろう。

「昼過ぎには戻る。それじゃあ、行ってくる」

「はい、いってらっしゃい」

 サリエルに見送られる、という状況に得も言われぬ奇妙な感覚を覚えながら、俺は小屋を出る。

 歩きなれた妖精の森フェアリーガーデンを進み、向かう先は勿論――イルズ村だ。今は小さな開拓村となっているというイルズに、俺はこれから物資強奪に入る。

「悪いが、何人かは死んでもらうことになるだろうな」

 二度と帰ることはないと思った第二の故郷を、再び血染めにすることに抵抗感を覚えるものの、いまだ胸の奥にくすぶる憎悪の火が、俺に容赦という言葉を忘れさせるのだった。

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