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黒の魔王  作者: 菱影代理
第24章:聖夜決戦
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第465話 乱入者

「ごめんねドロシーちゃん、アタシはこっから別行動だわ」

 全軍撤退の命が広がり、十字軍は正しく白い怒涛となって動き始めた大混雑の中で、アイはドロシーに背を向けそう言った。

「えっ……あの、なんで……って、聞いてもいい、ですか?」

 何だかんだでアイとは少なからず仲良くしていたドロシーは、突然の別れに驚いたというよりも寂しさを露わにした表情でおずおずと問いただす。

「サリエル先輩が出張ってきたんじゃあ、アタシも行かないと。あの人には色々と、借りがあるからにゃー」

 にゃはは、といつものように能天気な笑顔を浮かべながら、アイは頭の左右で長い金髪をくくる髪留めへ手を伸ばした。

「――封印解除アンロック

 髪留めが弾け、彼女の金髪が解き放たれた瞬間、その身に白銀のオーラが迸る。

 それはつい先ほど、戦場のど真ん中に落ちて行った銀色の流星と全く同じ輝きを放っていた。

「え、あれ、うそ……も、もしかしてアイさんって……」

「まぁ、後はこのまま流れに任せて下山するだけで大丈夫だから。それじゃあねドロシーちゃん、ジュダスのおじいちゃんにヨロシク言っといてよ」

 それだけ言い残し、アイは雪崩を打って自陣へと退き帰してくる兵士の流れに逆らい、戦場へと駆け出して行った。

「ええいっ、邪魔くさい――飛んでっ、ツミキちゃん!」

 ノイローゼで頭のイカれた飼い主が子猫を全力投球でもするように、アイは懐から取り出したグリフォンの幼体を、思い切り宙に放り投げた。いまだ大空を羽ばたけるほど翼が育ち切っていないグリフォンの子供は、空に放られても真っ直ぐ墜落してゆくだけだが――以前の合成獣キマイラに代わり新たにツミキの名をつけられたアイの使いサーヴァントは、すでに有翼獣グリフォンとして十全な能力を宿していた。

 アイの頭上で白い閃光が瞬くや、次の瞬間には、主の服を大きなくちばしで引っかける、巨大なグリフォンが姿を現す。

 力強く鷹の両翼を広げたツミキは、そのまま白い大河と化す十字軍兵士達の流れを低空飛行で遡る。

「あそこだっ!」

 くちばしに吊るされたアイが指す一点。それは真白の雪原に突き立つ、巨大な紅蓮の竜巻であった。

 陣中から飛び出し、一度この戦場へ出れば誰もが目にするだろう高さ。その灼熱の渦中にサリエルがいることをアイは感覚的に察知していた。

「よし、降ろして――って、そのまま放り込もうとするなぁー!?」

 火炎竜巻の真上にぶん投げようとしたツミキを慌てて止めて、アイはどうにかこうにか無事に、そのすぐ傍で降下することに成功した。

 ツミキはそのままとんぼ返り。通常のグリフォンよりもさらに一回りは大きいツミキは、使い魔サーヴァントとしては一級品の戦闘能力を誇る。しかし、使徒にとっては不必要な戦力である。帰りの足として、呼び戻すまでは待機させおくだけ。

 そうして単独で戦場へ舞い降りたアイであるが、即座に彼女に向かって斬りかかってくる者はいない。

 周囲にいるのはスパーダ軍の傭兵軍団である冒険者達が多数を占めるが、サリエルの登場によって戦意を取り戻した十字軍の精鋭部隊が、同じく殿の役目を果たすべく猛反撃を始めていた。

 両者がぶつかり合う最前線が、ちょうどこの火炎竜巻が発生しているラインとなる。ただし灼熱の渦が轟々と巻き起こる周囲百メートルほどは、あまりの高熱によって自然と人を近づけさせない。血で血を洗う戦場にあっても、ここだけは奇妙な空白地帯と化していた。

 もっとも、使徒としての力を十全に発揮している今のアイからすれば、この程度の高熱は何ら行動を阻害する要因にはなりえない。恐ろしいのは熱さではなく、むしろ、この渦が帯びる濃密な黒色魔力の気配であった。

「うわ、やっぱり邪神の領域だよコレ……どうやって習得したのさこんなの」

 白き神の聖なる力を無に帰す、おぞましい邪悪な気配に、アイの額から思わず汗が一筋流れ落ちる。

 アイはサリエルの実力をよく知っている。正面切ってマトモに戦う決闘方式ならば、万に一つも自分に勝ち目がないだろうというほどに。

 そんなサリエルでも、使徒としての力を抑えられれば危うい。いいや、サリエルでなくとも、使徒にとって加護の力を阻害する場所での戦闘というのは、最も忌避すべきパターンである。

 白き神の加護は、十字教の領域内でこそ最高の力を発揮する。その制約は白き神に関わらず、概ねどこの邪教、異教であっても変わりない。

 だからこそ、絶大な力を単独で発揮する使徒をいきなり敵国のど真ん中に送り込んで大暴れさせる、という戦術は絶対にとれないのだ。十字教以外の信仰が強く根付いていればいるほど、その場における使徒の力は弱まる。

 その中でも最悪の場合が、異教の神の力が直接及ぶ特殊な領域に足を踏み入れた時である。邪教の聖地という場所があったとしても、少なくとも地上世界に存在しているならば、最低限、白き神の加護は発現する。試した使徒はいないが、恐らくは力は半減程度だろうとアイは予想していた。

 だがしかし、人の世界ではなく、別な神の世界となれば話は代わる。そこは地上とは一線を画すほど、一気に白き神の力が及ばなくなるのだ。

 良くも悪くも、地上というのは中立地帯。だが神の世界と次元が移り変われば、明確に空間の支配領域が確定されてしまう。

 故に、人の世界と神の世界、両方の次元の境目を曖昧にし、疑似的に神の世界を再現する類の次元魔法ワールドディメンションは、使徒に対する最も効果的な弱体方法と呼べるだろう。

 もっとも、その存在はあくまで魔法の理論的に推測されるだけであり、現実でお目にかかることはまずない。

 しかし、それが今まさに、アイの目の前で展開されているのだった。

「なるほど、術者はあの魔女っ子か。随分と美人さんになっちゃって」

 燃え盛る火炎の壁は赤一色であるが、アイの青白く輝く両目はその先を見通す。瞳に映るのは、いつか街道で見えた青い髪の魔女。

 長い髪に水晶の角が生え、随分と趣が異なってはいるが、彼女があの時の魔女、フィオナであるとすぐにアイは思い出す。

「中で戦っているのは……やっぱり、クロノくんか」

『エレメントマスター』という冒険者パーティの存在を、アイはよく覚えている。仲間の冒険者を皆殺しにされて、自分とミサを恨んでいた、というより使徒の存在そのものを恨んでいた節が見受けられた。

「そういえばサリエル先輩もクロノくんのこと気にしてたっけ……なるほど、因縁ってやつ」

 本来ならば、アイはそういう運命的な因果関係というものを尊重したいところであるが、この使徒にとって最悪の効果を有する結界の存在が、それを許さなかった。

「でもごめんねサリエル先輩、流石に今回ばかりは助太刀させてもらうよ」

 いつものヘラヘラした表情から、アイはキリリと顔を引き締めた。背負った弓は相変わらずのボロ。かつてクロノ達と第八使徒の身分を明かして決闘した時でさえ、これと同じようなオンボロの弓矢を使っていたが、今はそれを邪魔だとばかりに放り捨てた。

「武装聖典、解放――」

 天にかざした左手の先に、俄かに描かれる黄金の光。直径二メートルを超える大きな円形の魔法陣は、使徒専用の空間魔法ディメンション聖櫃アーク』の門である。

「――『星霊神弓サジタリウス』」

 それは弓というよりも、天使の像に見えたことだろう。

 流れるような長い髪に、美しい曲線を描く肢体には、風にはためく法衣を纏っている。大きな胸元の前で、十字を握りしめて祈りを奉げるポーズと、背から大きく広がる翼が、白き神に仕える天使の中でも最上位にある大天使を思わせる。

 聖銀ミスリルよりも眩しい輝きを発する白き大天使像だが、上へ長く張り出した両翼の先端と、足先を超えて伸びた法衣の裾、その三点から伸びる絹糸のような紐は、矢を番えるための弦に他ならない。この大天使像を全体として見れば、弓形に沿った女性体と伸びた羽とで見事な弧を描いていることが分かるだろう。

 三本の弦はちょうど羽のつけねの辺りの高さで合流し、そこがノッキングポイントとなるが、不思議なことに、番えた矢を通すための穴は、天使の体にはない。

 だが、実際にアイがこの聖なる弓を引く姿を見れば、すぐに理解できるだろう。これが弓というよりもむしろ、白魔法の行使に特化した魔法の杖であるということを。

審判の矢ジャッジメントアーチ

 アイが構えた『星霊神弓サジタリウス』の弦を引くなり、俄かに眩い白光が収束する。発光点は、大天使が握る十字。

 そうして番えられた光の矢は、ちょうど大天使像を背中から貫くような格好となって出現する。

 白い輝きと共に、渦を巻くように空間が歪んで見える神々しくも禍々しい矢は、かつてリリィとクロノを同時に仕留めたものと同じ――いや、今度はただ『光矢ルクス・サギタ』に付加エンチャントしただけではない、アイが持つ加護の力の発露たる『神聖元素アイテール』だけで構成した、本気の一発である。

「これじゃないと、この炎は抜けそうもないしね」

 竜巻の中心地で、瞼を閉じて眠るように佇むフィオナは如何にも無防備に見える。だが、ここに展開されているのは次元魔法ワールドディメンション。空間を隔絶する結界である。

 まだまだ未熟なリィンフェルトの『聖堂結界サンクチュアリ』でさえ、スパーダ軍が傷一つつけられなかった強度を誇るのだ。一見しただけでアレを超える完成度を誇る、この紅蓮の結界を破れる者などいないだろう。少なくとも、人間には。

 だが使徒ならば、隔てた空間さえ貫く神なる一撃を放つことができるのだ。

「残念だったね、これで終わり――」

 寸前、輝く鏃の先は俄かに天を向いた。そして、そのまま虚空に向かって放たれる。リィンという甲高い発射音は、弓というよりもむしろハープのような美しい音色となって響きわたった。

 解き放たれた矢は、フィオナどころか立ち上る巨大な火炎竜巻にさえかすることもなく、遥か空の彼方へと消えて行く。つまり、外した。この駆け出しの射手でも狙いを外さないだろう至近距離にあっても、外れた。

 否、外されたのだ。

「――無粋な真似をするな、小娘」

 アイがその男の声を聞いたのは、脇目も振らずに横へ転がる回避行動を終え、再び立ち上がりつつある時であった。

 その瞬間、彼女が寸前まで弓を引いて立っていた場所に赤い閃光が通り過ぎ、深々と雪の地面を抉っていた。しかしながら、アイはそんな破壊の跡に一瞥することもなく、ただこの攻撃を放った者の姿をこそ見る。

 その人物は、アイの青い瞳から逃れることなく堂々と、そこへ立っていた。

「ふぅん、オジさんが剣王ってやつ」

「如何にも。我こそは、第五十二代スパーダ国王、レオンハルト・トリスタン・スパーダである」

 当然といったように、スパーダの王は自ら名乗りをあげる。だが、アイはいまだかつて戦場で王様なんていう人物と出会ったことなど一度もない。そもそも、そんな偉い人が戦場のど真ん中に立っていること自体、ありえないのだ。

 だが、それはあくまでシンクレア共和国の、引いてはアーク大陸での話。

 ここは魔族が支配するパンドラ大陸。千年前の戦国時代の如く、王様が戦場まで出張ってくることもあるだろう。

「問おう、貴様が使徒か」

 赤い髪の王は、真紅の大剣を真っ直ぐ突きつけるように向けながら、恐らくは、とっくに答えは知っているだろう質問を発した。

「ふっふっふぅー、如何にもぉ、我こそはー、あー、何代目かは分かんないけど、第八使徒のアイでーっす」

 その回答は、かつてクロノに名乗った時と同じようにふざけた物言いではあったが、今のアイが浮かべる微笑みには、見た目ほどの余裕はない。彼女はすでに気づいている。このレオンハルトというスパーダ王が、とても手加減して戦えるような相手ではないことを。

「身の丈に合わぬ加護を与えるとは、十字教の神というのは酷なことをする」

「まぁね、ウチの神様あんまり慈悲ってものがないから。ほら、パンドラ征服しろって無茶ぶりもするし、ね?」

 しかし、とアイは言葉を続ける。

「これでもアタシ、神様には感謝してるのさ。こうして、オジさんみたいな凄い強そうな人と巡り合わせてくれるからね!」

 みなぎる戦意と共に白色魔力のオーラを色濃く噴き出しながら、アイは再び『星霊神弓サジタリウス』を構えた。

「オジさんとなら、楽しい決闘ができそうだよ。さぁ、行っ――」

 だがしかし、今度は神の弓から光の矢が放たれることさえなかった。アイの体が、真横へ吹き飛んだ。残像が見えるような速度で。

 ドっと噴き上がる白い靄はオーラではなく、彼女の体が雪原を削るように滑って行くことで巻き上がる雪煙。まるで小規模の雪崩でも起こった様に、濛々と立ち込める。

「軽々しく決闘するなと重臣達より何十年も言われ続けているのでな。残念だが、受けるわけにはいかんのだ」

 レオンハルトの黄金の瞳は、突如としてブッ飛ばされたアイの姿を見送ってから、もう一人の乱入者へと視線を向けた。

「エメリア、参上いたしました。異常な気配を感じ、戻った次第でございます」

「うむ、助太刀、ご苦労」

 直前までアイが立っていた場所へ、とって代わるように姿を現したのは一人の竜人ドラゴニアン――否、それは『冥雷龍・ジオ・エリザベス』の加護を発現させているエメリア・フリードリヒ・バルディエル将軍である。

 アイの小さな体を一切の慈悲も容赦もなく薙ぎ払ってみせたのは、彼女が手にする巨大な槍斧ハルバードに他ならない。通常のものより倍ほどもある大きく鋭い刃には、バチバチと弾ける紫電が無数の蛇が如く絡みついていた。

 こんなモノで背後から不意打ちを食らっては堪らない。たとえ真正面で重騎士が盾を構えていたとしても、あっけなく叩き潰されるほどの威力がそこにはある。

「――けほっ、げほっ! ちょ、ちょっと、いきなりソレは酷いんじゃないのぉ!」

 しかし、使徒を殺すにはまだ足りない。

 アイは立ち込める雪煙を割って、元気に叫びながら大股でレオンハルトとエメリア、スパーダ最強の男と女が立つ場所へと戻り来る。

「第八使徒アイよ、貴様の、いや、白き神の力は危険だ。我々の総力をもって、潰させてもらう」

 レオンハルトが真紅のマントを翻し、大剣を一振りすれば、その背後に更に人影が浮かび上がった。

「ゲゼンブール、ここに」

「アイゼンハルト、一応、来ましたよっと」

 一人は、スパーダ軍第三隊『ランペイジ』率いるバフォメットのゲゼンブール将軍。もう一人は、レオンハルトの息子、王位継承権第一位であるスパーダの第一王子アイゼンハルトであった。

 つまり、今ここにレオンハルト王、アイゼンハルト王子、エメリア将軍、ゲゼンブール将軍と、スパーダを代表する最高にして最強のメンバーが揃い踏みとなったのだ。その事実を、さりげなくスパーダ軍について情報収集を行っていたアイは知っている。

 ついに、使徒の顔から笑みが消えた。

「あー、ごめんねサリエル先輩。これはちょっと、助けに入るの無理だわ……」

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十字教以外の信仰が強く根付いていればいるほど、その場における使徒の力は弱まる。 まじかよ、パンドラ大陸でこんだけボコされる黒き神々の加護ってどんだけ弱いんだよ。 俺は今日から白き神を信仰するねッ!
何代目かは分かんないけど、第八使徒のアイでーっす やば、既に伏線が張られていたんだ  転生するってこと?ネタバレやん
[一言] フィオナは悪魔化で力を得たわけだけど、元々悪魔のゲゼンブール将軍はやっぱめちゃ強っぽい
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