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黒の魔王  作者: 菱影代理
第24章:聖夜決戦
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第460話 使徒進撃

 冒険者達は迷っていた。サリエルと名乗った、たった一人の敵に対して戦いを挑むべきか否か。

「マジかよ……『鉄鬼団』が負けたぞ」

「おい、どうする、ちょっとアイツはヤバすぎるんじゃねぇのか……」

 そんなざわめきが戦場を駆け抜ける。

 パーティ一つがあっけなくやられた程度で弱気になるほどスパーダの冒険者は軟弱ではないが、今回の場合、敗北したパーティが特別だった。冒険者の頂点に立つ最高位のランク5。それが四人がかりで挑み、相手にはカスリ傷一つつけることなく、全員が叩きのめされたのだ。

 善戦していれば、まだ士気もあがり、後に続こうという者はいたはず。しかし『鉄鬼団』の戦いは、かえってサリエルの人外染みた強さをこれ以上なくアピールするデモンストレーションとなってしまっていた。

 もしかすればサリエル自身、彼らを強敵と見てわざと攻撃を受け、その上で堂々と倒すという力量差を分かりやすく示すよう演出したのかもしれない。彼女の真の実力をもってすれば、如何にランク5冒険者といえど、瞬き一つする間に、あの白く輝く槍で貫けるのかも――そんな風に、あまりにも強さの底が知れないことが、冒険者達を躊躇させる最大の理由であろう。

 しかし、サリエルにとっては彼らの事情など全く与り知るところではない。戦場において、敵と味方、その区別がハッキリしているならば、やることは一つしかないのだから。

「أنا التقاط الهدف(目標捕捉)」

 サリエルが詠唱を始めた。手にした槍を杖のようにつきながら、ゆっくりと歩き始める。

「قد تكون الفعالية(略式弾道演算開始)」

 彼女が一歩進むごとに、冒険者達は思わず一歩、後ずさる。

 しかし、これから攻撃しますと宣言するも同然な敵を前に、ただ呆然と距離をとるだけの愚をいつまでも続けるほど、彼らは怖気づいてはいなかった。

「詠唱中の今がチャンスよ! 矢でも魔法でも、撃てるヤツは全員、ぶち込みなさいっ!!」

 鋭い攻撃指示を叫んだのは『ブレイドレンジャー』のピンクアローであった。

 詠唱中の魔術士を狙う、というのは新人冒険者でも知っている基本的な戦いのセオリーである。ましてベテランならば、反射的にターゲットとして捉えるだろう。

 如何に強くとも、前衛も防御魔法もなしに、真正面から歩きながら詠唱するサリエルの姿を狙うのに、彼らはもう、僅かほども躊躇しなかった。

「喰らいなさい小娘! ハートブレイクシュートぉおおおおおっ!!」

 ピンクアローが桃色の大弓より解き放つ、眩いショッキングピンクに輝く光魔法のような一撃を先頭に、この場にいる全ての魔術士クラス、射手クラスの面々が続いた。

 たった一人に向かって降り注ぐ、各属性、色とりどりに輝く遠距離攻撃の数々。大半は『火矢イグニス・サギタ』や『雷矢ライン・サギタ』などの下級攻撃魔法、あるいは『一射シュート』や『強弾ショット』といった武技が占める。それしかできない、というより、今すぐ、かつ大量に叩き込むのに最も相応しいからであろう。

 残りの半分は、略式ショートスペルや縮練気など発動時間の短縮手段を持つ熟練の者達が放つ、より威力の高い中級以上、達人以上の魔法と武技。中には、原初魔法オリジナルを駆使する者も少数ながらいるだろう。

 そうして冒険者達の殺意、というより「これで倒れてくれ」という祈りに近い思いの籠った攻撃はサリエルの下へと殺到する。着弾によって、超高熱も極低温も衝撃波も同時に吹き荒れ、サリエルの小さな影は煙の白黒と炎の赤に包まれ消えゆく。

「――إعداد الغايات النار(発射準備完了)」

 爆炎の彼方から無傷で歩み出るサリエルの姿は、正に、白い絶望。

 ダメージを与えるどころか、彼女に詠唱を中断させることさえ叶わない。どうやらこの時、すでにサリエルの魔法は完成していたようだった。

烈神槍ゲイ・ボルグ

 穂先に白光を宿し、サリエルは十文字槍を空へと放った。華奢な体からはまるで力強さなど感じさせないが、柔らかそうな白い手を離れた槍は、弾かれた矢よりも鋭い勢いと速さでもって天を駆ける。

 ほとんど真上に近い急角度をつけて放たれた槍の先には、当然、敵となる冒険者の姿はない。空中兵力であるスパーダの竜騎士ドラグーンも、少なくともサリエルの上空には存在しない。

 つまり、ただの虚空を突き進むだけの槍だが――次の瞬間、その矛先を全ての敵に向けた。

 サリエルが空中に投げた槍は、上空およそ百メートルという高さにまで達した時、眩い光が弾けながら、それがそのまま円形の大きな魔法陣を形成。槍そのものが砕け散って魔法陣と化したようにも見える。

 そして描かれた直径十メートルにおよぶ魔法の円環から、光の雨が、降り始めた。

 それは光属性の中級攻撃魔法『白光矢ルクス・クリスサギタ』によく似た、白く輝く槍であった。だが、その槍一本一本に籠められた魔力量、密度たるや、魔術士でなくとも肌にビリビリと感じられるほど。

 そんなモノが無数に――いや、正確には、サリエルが狙った数の分だけ、冒険者達の頭上から降り注いできた。

「うわ、これマズいって――」

 防御行動に移れた者は、それほど多くはない。彼らに許された猶予は、空から鋭く落下してくる槍が地上に辿り着くまでの三秒にも満たない僅かな時間。

「あっ、うわぁああああああああああっ!?」

 しばしの間、耳をふさぎたくなる悲痛な叫びが木霊する。

 迫り来る光の槍を前に、何の対応も出来なかったものはそのまま頭か胸を貫かれ、かろうじて防御魔法を展開した者は、張ったシールドごと貫通される。

 空から地に向かって真っ直ぐ飛んでくるだけの単純な軌道、と見切った剣士は、紙一重で回避した矢先、頭上でハチの如き急転換を見せた槍によって、やはり刺殺の末路を辿った。

 防御魔法を難なく貫く威力。回避行動をあざ笑うかのような高精度の追尾能力。どちらか一方だけで十分に実戦的、両方揃えば必殺技を名乗ってもおかしくない性能である。どうやら天より降り注ぐ千を超える光の槍は、その全てに凶悪な効果を秘めているようだった。

 大きな光の円環から、輝く雨が降り注ぐ光景は幻想的であるが、その下で繰り広げられるのは、数多の人が同時に刺殺される、どこまでも血なまぐさいリアルな地獄絵図である。

「そんな、どうして……みんな……」

 サリエルの『烈神槍ゲイ・ボルグ』より生き残った冒険者の数は、両手で数えられるほど。貫通力を止められるほどの防御性能を持つ者、追尾を振り切れる速さで動ける者、あるいは、奇跡的な立ち位置によって幸運にも刺突を逃れた者。

 中には、仲間に庇われて生き残った恵まれた者もいる。『ブレイドレンジャー』のピンクアローであった。

「仲間を守るのは、正義の基本……だろ?」

 赤毛の青年、レッドソードは胸と腹に、それぞれ一本ずつ光の槍を受けながら、優しく微笑む。

「正義は必ず、成されなければならない」

「なぜなら、俺達は」

「ブレイドレンジャーだからっ!」

 レッドを貫通した槍を、ブルーとイエローとグリーンがさらに体を張って受け止めていた。三人とも、自らに向けられた槍をその身に受けている。

 しかし、正義に燃える四人は、さらにもう一発、リーダーにして紅一点のピンクアローを守るべく、我が身を盾に立ちはだかったのだった。彼女には傷一つ、ついてはいない。

「もう、ホントに……バカなんだから……」

 涙ながらの美しいかばい合いだが、結果としては、たった一撃を凌いだに過ぎない。強力無比にして残酷非道な範囲攻撃を放った元凶、つまり、サリエルは健在。

 これほど大規模な魔法を放ったにも関わらず、彼女のまとう白銀のオーラは衰えることなくみなぎり続け、顔色も先と寸分変わらぬ無表情のまま。魔力の消耗など、まるで見られなかった。

「ひっ――」

 いつの間にか、投げたはずの十文字槍を再び右手に携えたサリエルが、助かったピンクアローの前に立っていた。真っ直ぐ歩き続けた進路上に、たまたま彼女がいたという方が正しいだろうか。

「こ、降参ですぅ……どうぞ、先へお進みくださーい……」

 情けなさ極まる台詞を吐きながら、ピンクアローは無様に転がりながらサリエルに道を譲った。周囲にぐったりと倒れ伏した、四人の仲間をそのままに。正義とは一体、何だったのか。

「……」

 サリエルは一瞥することもなく、ピンクアローを無視して歩みを進めた。幸いなのは、彼女が仲間の死体を踏みつけずに行ったことくらい。

「――なぁんてっ! 隙ありぃいいいいいいいいいいっ!!」

 俄かにピンクアローが弓を引きながら立ち上がる。サリエルとの距離、およそ十メートル。無防備に晒された背中は、彼女にとってこれ以上ないほどの良い的である。

白杭サギタ

「――えっ」

 武技の威力を籠めて引き絞った弦が指から離れる前に、ピンクアローの腹部に白い杭が突き刺さっていた。ヴァンパイアの心臓を貫いて殺すための白木の杭に似たその凶器は、見事に彼女の腹をぶち抜いている。背中からは、血に塗れた鋭い先端が覗いていることだろう。

 なんてことはない。サリエルは彼女の攻撃を察知して、反撃に先んじて撃ち込んだに過ぎない。振り返ることもなく、無詠唱、無動作で、完全な死角に立つ背後を正確に撃ち抜くことは、『鉄鬼団』の猛攻を無傷で凌いだ彼女にとっては造作もないことだったろう。

「ぐ、はっ……ちっく、しょぁあああ……」

 姑息な奇襲を仕掛けた挙句、小悪党のような台詞を吐きながら倒れるピンクアロー。それでも最後まで敵を倒そうと、仇を討とうと戦った彼女の姿勢は、正義と呼んでもいいかもしれない。

 だがしかし、この時、サリエルが歩みを止めたのは、ピンクアローの行動に何かしらの感情を覚えたからではない。彼女が察したのは、新たな敵の出現。

「なぁ、おい、ちょっと待ってくれよ」

 大きな白銀のポニーテールをかすかに揺らしながら振り返ったサリエルが見たのは、一人の少年である。

 大柄だが、その顔立ちから年の頃は十代後半。ツンツンした金髪が特徴的だが、その身を固めるのは動きを阻害せず、それでいて急所をカバーする機動性と最低限の防御力を両立させた手堅い装備。

 彼は全身から鮮やかな青色のオーラを放ちながら、手にした無骨な大剣クレイモアの切っ先を、サリエルへと向けた。

「とんでもなく強ぇなぁ、お前。いっちょ俺の相手もしてくれよ」

 青いオーラを持つ彼もまた、何かしらの加護を宿す実力者であると、サリエルも分かっているだろう。逆に、加護を発動させたランク5冒険者が次々と彼女の前に倒れたところも、彼は見ていたに違いない。

 それでも尚、ワクワクが抑えきれないというような子供じみた純粋な笑みを浮かべている少年は、紛うことなく、戦闘狂であった。

「俺の名は、カイ・エスト・ガルブレイズ! いざっ、尋常にぃ――」

 剣を構えたカイの姿は、さながら獲物に狙いを定め、駆け出す直前の肉食獣。対するサリエルは、相変わらずの棒立ち。槍を右手にただ持ったまま、茫洋とした赤い目でカイを眺めていた。

「――勝負っ!」

 消えた。そう思わせるほど速い踏込み。

 しかし、それはくまで常人の感想。ただ速いだけで、彼女の目は誤魔化されることはないだろう。

白杭サギタ

「セイっ!」

 ピンクアローを仕留めたノーモーションの攻撃魔法『白杭サギタ』を、カイは見切っていた。一直線に突撃を仕掛ける自分に向かって、これもまた真っ直ぐ放たれた白い杭を、大剣の一閃で弾き飛ばす。

 一本ではなく、二本、三本――何十と連続的に放たれる白杭を、彼は全て捌き続ける。そうして、十三本目を弾いたところで、互いに刃で斬り合う距離にまで間合いを詰めていた。

アルティマ――」

 大上段に振り上げたカイの剣が、一際強く青い輝きを放つ。オーラを纏ったサリエルでも一刀のもとに斬り伏せられるだけの威力を秘めた武技だと察するにはあまりある気配。

 だが、そのモーションはあまりに大振り。サリエルが槍を突き出す方が速い。

「ふんっ!」

 カイは、武技を繰り出す最中でありながらも、強引に体を捻ってサリエルの突きを避けてみせた。白銀の穂先はかろうじて、彼の胸板を守る竜皮鎧の表面を削るだけに留まる。

一閃スラッシュっ!!」

 突きを避けられたが故に、完全な隙を晒すサリエルの脳天目がけて、神々しく輝く蒼き斬撃が走る。会心の一撃。

「……ん」

 だが、大剣の刃が巻き起こしたのは人体を切り裂く血飛沫ではなく、硬い金属の表面で受け流されて発せられる盛大な火花であった。

 いつの間にか、剣とサリエルとの間に、槍が割り込んでいる。

 あの体勢から、防御するために引き戻した。それだけのことだが、肝心の動作はまるで見えなかった。

 ほんのわずかにもれたサリエルの小さな声が、彼女自身がそれなりに本気を出したことの現れなのだろうか。何にせよ、堪ったものではない。

 カイはすでに渾身の武技を放ち終えている。彼女と同じように、目にもとまらぬ速さで再び剣を切り返すことは、いかに超人的なパワーを宿していようとも、不可能。あまりに時間が足りなかった。

「――ぐおっ!?」

 カイのわき腹に、ゴーレムがハンマーで叩いたように重い拳がぶち込まれる。サリエルの空いた左手によって。もっとも彼女からしてみれば、軽いジャブのようなものだろうことが、そのただ腕を突き出しただけの非力なモーションから察せられた。

 カイが大きく体を傾げながらも、痛みと衝撃をふんばり転倒を免れるものの、気が付けば、もうサリエルは再び突きのモーションに入っているという絶望的な光景が青い瞳に映った。

 その穂先は正確に心臓を貫くだろう。この間合い、このタイミングで、彼女が仕損じることは万が一にもありえない。

 勝負あり。カイは自身の敗北と死を悟った――

「っ!? くそっ、これで気づかれるのかよ!」

 聞きなれた声が耳に届く。

 サリエルが放ったのは、突きではなく、薙ぎ払いであった。

 狙いは自分カイではなく、別の者。

「ネロっ!?」

 虚空から、黒髪赤眼の親友の姿が躍り出る。接近の気配もなく、いきなりそこへ瞬間移動か召喚でもされたかのように、唐突な出現であった。

 いつもヤル気はなく、戦闘でも驚きや焦りとは無縁のクールな表情を崩さないネロだが、今は頬に一筋の冷や汗を流しながら、サリエルの一撃を潜り抜けていた。

「いいから下がれっ!」

 言われるまでもなく、カイは後ろへ飛んだ。死神の鎌も同然な、サリエルが振るう槍の間合いの外へ。

 その恐ろしい穂先には、半透明の布が――いや、それは徐々に透明度を失い、あっという間に、薄汚い乳白色のボロキレという正体を現した。

「あーあ、貴重なプレデターコートが……悪いな、サフィ」

 そんなことをつぶやきながら、隣にネロが降り立つ。

「ネロ、お前……」

「ったく、この馬鹿。お前のせいで、アイツとやり合う羽目になっちまったじゃねぇかよ」

 これまでにないほど不機嫌な表情でありながらも、ネロははっきりと、戦意を語った。

「こうなっては仕方ないわ。赤字覚悟で、戦ってあげる」

「ふふん、コイツを倒して『ウイングロード』をスパーダで一番のパーティにするのよ!」

 さらにカイの背後に立つ、黒衣の屍霊術士ネクロマンサーと赤マントの雷魔術士サンダーマージ

 ここに『ウイングロード』のメンバーは勢揃いを果たした。

「さぁ、行くぜ――フォーメーション『ワールウインド』!」

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