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黒の魔王  作者: 菱影代理
第24章:聖夜決戦
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第455話 嵐の戦乙女(ヴァルキリー・ストーム)

「陛下より命が下った。我らの任務はいつも通り――」

 鉄の仮面を被ったような冷たい無表情のまま、スパーダ軍第二隊『テンペスト』を率いる女将軍、エメリア・フルードリヒ・バルディエルは言い放つ。

 並みの男を超える190センチの体に、黒地に黄金の装飾があしらわれた重厚でありながらも煌びやかな全身甲冑フルプレートメイルをまとった姿は、ただそれだけで他者を圧倒する威圧感がある。おまけに、長大な赤マントをなびかせながら、通常の軍馬を倍する巨躯を誇る二角獣バイコーンにまたがっていれば尚更。

 左手にする漆黒の大盾タワーシールド、右手にする白銀の槍斧ハルバード、どちらも規格外の大きさ。防げば如何なる攻撃も通さぬ盾となり、攻めればどんな敵でも叩き潰す矛となるだろうと、見る者に思わせてならない。

 しかしてエメリアが発する、気性の荒いドラゴンが眠りを妨げられた時と似た気配は、決してその見た目だけから来るものではない。

 それはいわば、純粋な戦意。

「――敵を蹂躙せよ、だ」

 その言葉に、その戦意に、第二隊の騎士達は歓声に似た響きの鯨波を轟かせた。

 開戦よりずっと待機を厳命されていた彼らは、出陣のときを待ち望んでいたのだ。そうして今日、三度目の戦いにて、ついに時が来る。

「我らがスパーダに勝利をもたらせ! 第二隊『テンペスト』、全騎、出撃!!」

 かくして、スパーダの騎兵軍団は雪崩を打って正門より飛び出す。

 大城壁のど真ん中にある巨大な正門は、開閉の際にはギギギと大きな金属音が響く。見上げるほどに大きな門が、そんな音と共に開いてゆけば、どんな激戦にあっても敵が気づかないはずはない。

 すでに城壁の突破口はタウルスの捨て身の攻撃によって開かれてはいるが、いざ正門が開いたのなら、そこにも兵が殺到するのは自明の理である。勿論、そこからスパーダ兵が突撃してくることも、予想の内に入る。

「おい、騎兵が来るぞっ! 槍を組んで迎え撃――」

 正門前の十字軍歩兵は、この乱戦にあってもよく動いた、といえるだろう。

 馬に乗った騎士、すなわち騎兵を歩兵で止めるための最も堅実な策は、隊伍を組んで槍衾を形成することだ。無数の穂先が立ち並ぶ刃の壁に、全速力で飛び込んでくるのは歴戦の騎士であっても非常な勇気を要するだろう。たとえ、突撃する選択に踏み切れたとしても、果たして槍の林を踏破できるかどうかは分からない。大多数の場合、無数の槍に突かれ、切られ、絡め捕られる。要するに、騎兵にとっては相性の悪い陣形なのだ。

 しかして、半ばまで形成されかけた十字軍歩兵の槍衾、あっけなく消え去る。

「――『雷鳴震電ライン・フォースブラスト』」

 騎兵の先陣を切って駆ける、エメリアの巨大な雷撃によって。そして、追従して放たれる、雷属性を中心とした攻撃魔法の一斉発射により、さらに広範囲の歩兵が稲光の彼方へと消え去って行く。

 エメリアが直卒する『テンペスト』の騎兵は、表向きは騎士も騎馬も鎧兜をまとった重騎兵に見える。しかし、それは打撃力に特化しただけの、単なる重騎兵ではない。

 硬い盾と鎧に守られ、突撃槍チャージランス槍斧ハルバードなどの長柄武器によって激烈な攻撃力と突破力を発揮するのは当たり前。

 彼らはそれに加え、軽装・軽量によって機動力に特化させた軽騎兵並みの速さを併せ持つ。それは自らと馬が、共に長い鍛錬の果てに習得する、速度強化系武技の同時発動によって。鎧も馬具も、その速さをより引き出す魔法が付加エンチャントされている最高級品。だが、それらの装備を最大限に活用できるのもまた、人馬一体の極みにある彼らだけである。

 強さと速さを兼ね備えるが、それだけでは一国に一つはある精鋭騎兵部隊に過ぎない。武名を轟かせるスパーダに相応しい騎兵として、彼らはさらに、魔法をも習得しているのだ。

 魔法騎兵エクエスマージ、と呼ばれる魔術士が騎馬を駆る兵種は存在する。ただでさえ強力な攻撃魔法を、馬の機動力を得て運用するのだ。剣と体と武技で鍛えた騎士と比べて、頭脳派の魔術士が騎手となるため、比較的に脆くはあるのだが、それでも部隊に組み込むだけの価値がある。

 だが、精鋭騎兵が魔法を習得すれば、その弱点も消える。

 重騎兵と軽騎兵と魔法騎兵。三者のメリットだけをとり、デメリットだけを打ち消す。そんな子供が思いつくような安直極まる強さを、彼ら『テンペスト』は実現させたのだった。

「雑魚にかまうな! 将の首も捨て置け! 我らは真っ直ぐ、敵本陣を狙う!」

 迸る万雷が、群がる十字軍を蹴散らす。敵を全く寄せ付けない、いや、近づけない。

 吹き荒れる雷撃の嵐は、触れた端から歩兵を焼き殺す。炎がなくとも、皮膚は焦げ、肉が沸騰し、骨は脆くも砕け散る。俄かに、人が焼ける黒煙と臭気が蔓延してゆく。

 無数の死を振りまきながら雪の戦場を駆け抜ける彼らの姿は、正に軍団名の『テンペスト』を体現していた。




「――おお、ようやっと『雷龍』のお出ましや、こら勝負決まったでぇ!」

 喜色満面の笑顔を浮かべながら、ランク5冒険者パーティ『鉄鬼団』のリーダーにして、第四隊『グラディエイター』の大隊長を務める赤オークのグスタブは、会心のホームランスイングを炸裂させた。

 飛んで行くのは白球の代わりに、白い装備の十字軍歩兵。三人まとめて、鮮やかな鮮血の軌跡を残してブッ飛ばされていた。

「んもう、ダメよお頭、ちゃんと『嵐の戦乙女ヴァルキリー・ストーム』って綺麗な方の二つ名で呼んであげないと。繊細な乙女心は傷ついちゃうの――よっ、どおぉらぁあああっ!!」

 傍らで無骨なポールアックスを薙ぎ払う逞しい雄のミノタウルスは、パーティメンバーのダグララス。ララ、という愛称で呼んでくれる者は、いまだに誰もいない。

「はっ、あの女将軍様はそんなん気にするタマぁないやろ!」

「――お頭ヘッド、お言葉デスガ、あの騎兵突撃は少々無謀だと、ゼドラは分析シマス」

「て、敵がまだまだいっぱい、来るんだな」

 機械的な低音ボイスで言うのは、歯車の滑車がついた巨大な機工弓を引くゴーレムのゼドラ。そして、目の前の現状をありのままに言う、巨漢揃いのメンバー中でも一番の体格を誇る、サイクロプスのゴンである。

 今この時『鉄鬼団』が戦っているのは、両腕のないタウルスが捨て身の体当たりをぶちかまして、地上から十数メートルもの高さにまで城壁が破壊された、最も巨大な突破口のど真ん中だ。バスタブの栓を抜いたように、敵兵はここへ雪崩れ込んできている。

 それをまだ辛うじて推し留めていられるのは、最前衛に絶大なパワーを誇るランク5冒険者たるグスタブ達が奮戦しているという理由は、間違いなく大きな割合を占めるだろう。

 しかし、厳しい戦いを強いられているのは、何もここだけではない。城壁は今やどこもかしこも乱戦状態。いよいよ城壁通路にまで敵兵が乗りこんでくるような有様である。

 どういうワケか、前に倒れたタウルスが動き出し、他のタウルスに攻撃を始めたお蔭で、これ以上、城壁が崩されるという最悪の状況は脱しつつあるが、十字軍兵士の数と勢いは、まだまだ衰えを知らない。

 そんな怒涛のように攻め寄せる十字軍本隊、そのど真ん中となれば、敵兵が織りなす戦陣の分厚さは尋常ではない。常に冷静沈着で合理的思考の下、現状分析をできるゼドラでなくとも、見るからに正面突破は不可能だと判断するだろう。

「そういやぁ、今の面子で第三次と第四次も両方出てるんは、ワシとダグララスだけやったなぁ」

「第三次なんてもう三十年くらい前じゃない。懐かしいわね、あの頃はワタシもまだ初心な小娘だったのよね」

「せやな、どっちもケツの青いガキやったわ。あん時はモッさんの世話になりっぱなしやったなぁ!」

 第三次ガラハド戦争が起こった当時、『鉄鬼団』はまだ結成したばかりの新パーティだった。生来のパワーに任せて、ランクだけは早くも2となってはいたが、そのまま無茶を続けていれば、遠からずグスタブもダグララスもあえなく死んでいたに違いない。名を上げることなく消えゆく、数多の新米冒険者達と同じように。

 そうならなかったのは、ひとえに偉大な先達がいたからだ。とても他人から教えを乞うなど無理な尖った性格と態度だった二人だが、その時、パーティに来てくれた妙に馴れ馴れしいモズルンという名のスケルトンとは、自然に打ち解けられた。

 馬鹿なガキでしかなかった二人が第三次ガラハド戦争を生き残れたのは、モっさんの的確なフォローがあってこそだったと気が付けるほどに冒険者として成長を果たした時には、もう骸骨の闇魔術師ダークマージは、パーティからは去っていた。

 あれから三十年以上の時を経ても、このガラハド要塞で戦えば、二人の頭にはモっさんのカラカラ笑う髑髏顔が思い浮かんでくる。彼のことなら、きっと今もパンドラのどこかで危なっかしい新人冒険者の世話でも焼いているに違いない。

「まぁ、思い出話は置いといてや。ええかゼドラ、あの『テンペスト』いう奴らはなぁ、第四次ん時にダイダロス軍を真正面から蹴散らしてるんや。そん時はまだ新人騎士やったらしいけど、いっちゃん大暴れしよったのが、あのバルディエルのお嬢さんよ」

 十年前に起こった第四次ガラハド戦争。その一番の語り草は、やはりレオンハルト王とガーヴィナル王の一騎打ちであろう。

 しかしながら、剣王と竜王の戦いだけが全てではない。それだけならば、戦争ではなく単に国を賭け金にした決闘であろう。そう、当たり前だが、両者が伝説的な死闘を演じている間、その傍らでスパーダ軍とダイダロス軍の激闘も繰り広げられているのだ。

 その一大決戦の中で、勝敗を決定づけたのは紛れもなく、第二隊『テンペスト』が敵陣の中央突破を成功させたことであろう。当時も今と変わらず第一騎兵隊を始め、精強な騎兵軍団であったが、それだけで、屈強な種族を揃えるダイダロス兵を蹴散らすことは不可能であったに違いない。むしろ、オークやサイクロプスの騎士達が掲げる大木のような槍によって、返り討ちにあっただろう。

 だが、現実にそうはならなかった。騎兵突撃は成功したのだ。

 他ならぬ、一人の少女によって。当時十七歳、王立スパーダ神学校を飛び級で卒業したばかりだった、新人の軽騎兵。エメリア・フリードリヒ・バルディエル。

「今は景気よく敵を蹴散らしよるが、すぐにその勢いは落ちる、続けられへん。そう、思うとるんやろ?」

「ハイ、敵陣には何層もの重騎士の隊列が確認できマス。アレは雷で仕留めラレズ、また、物理的にも突破は困難デス」

 幸いにして、個人戦力至上主義であったガーヴィナル王は、重武装の騎士は育てても、彼らに隊列を組ませる集団戦のイロハを身につけさせることはなかった。ダイダロス軍は常に全軍突撃と全軍撤退の二択。猪突猛進、野生のモンスターが如き戦い方であった。

 それでも、侮れない強さを誇っていたのが恐ろしいところである。ガーヴィナル王の育成方法は、強力な戦士個人を作り出すことにおいては、完成の域にあったといえるかもしれない。

 ともかく、優秀なダイダロス重騎士が槍衾を組んで、騎兵突撃に対する的確な迎撃手段をとらなかったことに違いはない。だから、十年前の『テンペスト』は彼らに勝った。

 しかし、十字軍は人間という単一種族で構成される軍隊のせいか、こと集団戦闘においては高い連携能力を発揮するように見える。末端の歩兵一人とっても、陣形を組むのは中々に素早い。

 まして、兵士の中でもエリートであるに違いない重騎士となれば、その連携力は桁違い。彼らが組むことで作り上げる鋼鉄の壁は、よほど強力な攻撃魔法でもない限り、粉砕することは叶わないだろう。

「けど、バルディエル将軍は、やる。必ず、敵陣を突破するで。勢いは落ちん、むしろ、これからや」

 ニヤリ、と勝利を確信した笑みを浮かべて、グスタブはさらに言い放つ。

「ワシらも出るでぇ! 勝ちが見えた今が、冒険者の稼ぎ時やぁ!!」

「でも、目の前に溢れる敵さんはどうするのかしら?」

「こういう時んために加護を温存しとったんやろが。ええか、後は勢いのまま勝ちに行く、加護全開で突っ込むで――燃え上がれ熱き血潮、魂に闘志の火を灯せ、『灼熱王鬼・アグニオ-ラ』ぁあああああああああ!!」

 文字通りに真っ赤に燃える炎の如きオーラを全身から吹き上げ、グスタブの赤銅の肌が、さらに赤々とした色彩を帯びる。ただでさえ強靭な膂力を発揮するオークの肉体へ、爆発的なパワーと灼熱の火炎が宿った。

「もう、やっぱりね。それじゃあ行くわよぉ――気高き双角、地を震わせ、天を衝け、『震角猛牛・ブルブロス』っ!」

 ダグララスの加護は、触れる者、近づく者、ことごとく粉砕する震動能力。鋼の光沢に似た色彩のオーラが、ミノタウルスの逞しい肉体を包み込み、その効果を現した。

「よ、よーしっ、オラもやるんだな――山背負う深緑の進撃『岩山亀ダンドラム』」

 ゴンは全身を巌のように硬質化させる、という能力しかまだ引き出せていないものの、今この場においては十分すぎる強化である。

 そして、メンバーで唯一まだ加護を得ていないゼドラは、三人が加護発動のための僅かな溜め時間を安全に稼ぐために、的確な援護射撃に徹していた。

 巨大な機工弓より同時発射された三本の矢は、着弾と同時に大爆発を起こす。そして、爆炎が晴れると同時に、加護の力をまとったパワーファイター三人組は、一挙に前進を始め――

「ちょーっと待ったぁ!」

 という叫び声と共に、グスタブの目の前にさらなる大爆発が巻き起こった。炎の赤も、煙の黒もなく、その爆発は何故か、ピンク一色である。奇妙な爆裂色はしかし、ただそれだけでグスタブに乱入者の正体を悟らせた。

「なんや、危ないやろが『ブレイドレンジャー』のどピンクっ!」

「勇気と希望の明日を斬り開く、正義の刃! 超刃戦隊! ブレイドレンジャー参上!」

 グスタブの一喝を聞き流し、五色の五人組がどこからともなく躍り出る。

「ふっふっふっふ、抜け駆けはさせないわよ、鬼畜組織の首領、グスタブ!」

 キリっとしたカッコいい笑み、を恐らくフルフェイスのピンク兜の下で浮かべているであろう、『ブレイドレンジャー』のリーダー、ピンクアローが堂々とグスタブを指差し叫ぶ。

「勝手な肩書つけんのやめーや! はぁ、全く面倒なヤツらが出張ってきよったわ……大人しく魔力切れで倒れとけ」

「こんな時のために、スパーダで魔力回復ポーションを買い叩いておいたのよ! 飲み過ぎでお腹がちょっと苦しいけれど、大丈夫、正義の力は屈しない!!」

「聞いてへんし」

 グスタブとピンクアローの付き合いは、これもまた三十年前の第三次ガラハド戦争から始まるのだが、少なくとも彼女と思い出話をするつもりは毛頭なかった。面倒な思い出ばかりの腐れ縁である。

 しかしながら、グスタブは何だかんだでランク5冒険者まで上り詰めてみせたピンクアローの実力だけは、買っている。

「まぁ、ええ、ほなさっさと行――」

「さぁ、行くわよ正義のシモベ達! 雑魚は蹴散らし、敵将を討ち取りまくって報酬ザクザクよーっ! うへへーっ!!」

「勝手に仕切んなやぁー!」

 とにもかくにも、グスタブ率いる冒険者大隊は『テンペスト』に追従する形で、猛然と突撃を開始したのだった。

 2014年9月5日

 来週は月曜日も更新します!

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