第453話 スパーダ最強の騎士!?
「……まずいな」
戦況は劣勢に傾きつつあった。
それはもう、俺がアルザス村の河原で、ヴァルカン達と一緒に重騎士と正面からやり合っている時のような焦燥を感じてならない。まだ目に見えて防衛線が崩壊してはいないものの、張りつめた糸のようにギリギリな状況。いつ、プッツリと切れてもおかしくない。
「では、残りのタウルスを叩きに行きましょうか?」
「ダメだ、ここは離れられない――」
フィオナの提案は一蹴せざるをえなかった。悔しいが、現状ではそうするより他はない。今でも城壁を崩し続けているのは、あの忌々しいタウルスであることは俺も承知している。
ファルキウスとルドラの即席パーティで隊長機をどうにかこうにか撃破できたところまでは、良かった。良かったというより、城壁防衛を維持する最低限の条件だったと思う。もし討ち損ねていたら、完全に城壁防衛線は突破されていたに違いない。
二人とはすでに別れている。
ルドラは協力の礼を述べる暇もなく、さっさと新たな敵を求めて城壁を走り出してしまっていた。
一方、ファルキウスはずっと同行する気満々といった様子を醸し出していたが、それでも別行動となっている。
それもそのはず、何か自然に臨時パーティに組み込んではいたが、思えばファルキウスは拡大権限を受けて剣闘士の一団を率いる大隊長の役目を負っているのだ。単独行動が許される身分じゃあない。
そんなワケで、引き留めることはできないと、俺は快く送り出した。
「じゃあな、ファルキウス。そっちは任せた」
「そんなっ!? 僕を引き留めてよクロノくーんっ!!」
という涙ながらの情けない絶叫を残して、ファルキウスはわざわざ迎えに来た剣闘士部隊の副官に引きずられていった。
ちなみに、副官はフィオナのように綺麗な水色をしたロングヘアをなびかせる、クールな美貌の――男だった。ファルキウスといい副官といい、スパーダ剣闘界はイケメン揃いである。アイドルグループか。
美形に対するささやかな嫉妬は置いといて、結果的に俺は、吹っ飛ばされたはずだがケロっとした顔で城壁を登り戻って来たリリィとフィオナと合流を果たし、再び『エレメントマスター』集合と相成った。
そして今の状況であるが、隊長機の破壊を完了した時点で、残るタウルスは四機。右腕が欠け落ちた通常型と両腕を肘の先から失っている特化型の二種だ。
どちらも爆破ドリルを使用した後なので、それぞれ腕がないわけなのだが……やはり片腕だけでも城壁に攻撃を加え続けるには十分な性能を残していた。
ドリルによって砕けた箇所を、左腕で叩き続ければ、それだけで穴はどんどん拡大していく。両腕のない特化型でも、ブースター全開でタックルを決めただけで、ガラガラと瓦礫が塊となって崩れ落ちて行くのだ。
無論、スパーダ軍も優先的にタウルスの排除は狙うのだが、群がるキメラ兵がその邪魔をする。
そうして両者が一進一退の攻防を続ける中、ついに、本隊のご到着である。白い津波となって十字軍は、この決壊間近の防波堤も同然の城壁へと雪崩れ込んできたのだ。
つまるところ、俺達は今、押し寄せてきた十字軍本隊への対処で手いっぱいなのである。
「――見ろ、奴らはこの下に足場を築き始めている。俺らが離れれば、一気に城壁内に侵入を許すことになる」
現在、俺が『ザ・グリード』を、フィオナが『スピットファイア』を、それぞれ乱射しているのは城壁の壁面ど真ん中。フォーメーション『垂直戦線』を展開している真っ最中なのだ。
陣取っているのは、タウルスがドリルでぶち抜いた大穴の内の一つ。さらに向かって左の数メートル先には、最初の戦いで貫通し、応急的な補修で埋められた箇所がある。下手に攻撃を受ければ、二つが繋がってしまいそう。
十字軍はそれぞれタウルスが貫いた穴を突破箇所と定めて、攻め込んできている。俺達はこの穴を狙ってくる一団を、正面切って迎え撃っているところだ。
穴に向かって長大な梯子がかけられる度に弾き返しながら、俺とフィオナは矢と攻撃魔法の集中砲火を浴びせてくる敵の射手・魔術士軍団との壮絶な撃ち合いを演じている。
勿論、いくら個人の火力としては規格外とはいえ、そのまま棒立ちなのは危険なので、俺もフィオナもそれぞれ防御魔法で敵の攻撃を凌いでいる。 フィオナは涼しい顔で信頼と実績の『石盾』を展開しているが、俺としては本当に疑似土属性の防御魔法『黒土防壁』を編み出しておいて良かったという喜びの念を噛み締めながら、身を守っていた。
壁面に屹立する黒土と岩の壁は刻一刻とガリガリ削り取られてゆくが、順次魔力を供給して修復させている。普通の魔術士なら維持だけで手いっぱいだろうが、俺とフィオナの魔力量と集中力ならそう難しいことでもない。故に、自前で防御壁を作りつつ、猛然と射撃を叩き込む二人トーチカ状態が成立する。
まぁ、それでも防御ラインの維持は限界ギリギリではあるのだが。
城壁の上から味方の援護射撃も飛んではくるが、どれも散発的。敵兵に城壁通路まで乗り込まれているところも出てきているから、上も上で手いっぱいなのだ。
そんな中で、俺達の担当する場所も敵は着実に足場を固めつつある。城壁を攻略するための手段は、何も攻城兵器だけではない。
土属性の魔法は、その代表格である。
『石盾』などの魔法を見れば分かるが、土魔術士は当たり前のように、結構な量の岩石を魔力で生み出すことができる。垂直の壁面にも、安定して岩を発生させる術式さえマスターしていれば、あとはとんとん拍子に階段でも梯子でも形成することができるのだ。
俺が戦うすぐ下では、灰色のローブをまとった土魔術士の一団が、中々に頑丈そうな、それでいて結構な大きさの石階段を作りつつある。その高さはすでに五メートルに届こうかというほど。
何十、何百もの人間が大挙して登って行く前提だから、頑丈さと物質化維持のために、魔力が割り振られているのだろう。防御魔法のように一挙に出現することはなく、一段一段と積み重なるような速度で形勢されてゆく。
しかしながら、そう遠くない内に地上二十メートルほどの高さにある、この穴まで届くことに相違はない。
俺達ならデカい一発を叩き込めれば破壊も可能だが……この猛攻を前に、そこまでの隙を中々に見出すことができないでいた。
「キメラが二体抜けた! リリィ!」
「はーい!」
何より厄介なのは、自由に壁面を駆ける身体能力を誇るキメラ兵の存在だ。敵と撃ち合いの最中に、コイツラは平然と割り込んで接近戦を挑んでくる。初戦の時は軽く蹴散らせる程度だったが、これほどの乱戦となってくると対応も厳しい。
そうして今も、吹き荒ぶ矢の暴風と、燃え盛る火炎の雨を背景に、俺とフィオナの射線を巧みに潜り抜け、二体のキメラが疾走する。
一体は筋骨隆々の四本腕を持つオークキメラ。もう一体は、よくそれで垂直の壁を登れるなと疑問に思えるほど、丸々とした体格の豚獣人キメラ。
俺ではなくリリィが前衛となって二体を相手にするのは、三人の中ではやはり飛行能力を持つ彼女が最も機動力があるからに他ならない。幼女状態では完全な飛行は無理でも、こうして壁の上をスイスイ滑るように移動できるのは、初戦の時に証明済み。人形のように小さな足元を飾る『フェアリーダンスシューズ』も、機動性の強化に貢献している。
そうしてキラキラと妖精結界の燐光を後に残しながら、リリィは颯爽とキメラ兵の迎撃に出る。
「えーい! やぁっ!」
相変わらず可愛い掛け声とは裏腹に、一撃必殺の威力を秘めた凶悪な光魔法攻撃の数々が炸裂する。
哀れ、オークキメラは輝く『流星剣』の二刀流で三枚に下ろされ、正確無比な『光矢』のつるべ打ちによってブーマキメラは丸焼きになり、即座に来た道を逆戻り。二体の死骸は建造中の石階段に当たって血と肉片をまき散らす。もっとも、それだけで階段の上昇が止まることはないが。
「リリィさん、狙われてますよ」
「カバーする! 戻れ、リリィ!」
首尾よくキメラ二体を仕留めたリリィであるが、前に出たせいで敵からすると格好のターゲットとなる。フィオナが察したのは――アレか、赤ローブの炎魔術士が組んで、長杖の先に結構なデカさの火球を形成しているヤツだろう。
射殺を狙いたいところだが、えてして魔術士部隊には防御魔法がつきもの。攻撃前に仕留めきるのは不可能だ。
「魔手!」
だから俺は防御を選ばざるを得ない。伸ばした鎖は二本。
一本はリリィが素早く後退を始めた地点に落とす。先端を壁に突き刺し、そこから黒化を開始。そこから転じて『黒土防壁』を作り出す。
熟練の土魔術士なら、多少離れた地点でも一気に岩壁を作り出すことができる。しかし、俺にはそこまでの技量、というより土属性へのコントロールは持っていないため、今はちょっとそのまま真似できない芸当だ。
だから直接、魔力を送り込んで、そこから発生させなければいけない。こういう時に、自由自在に動かせる触手は本当に便利だと実感できる。
「えっへん!」
とヒツギがさりげないアピールをしてくるが、別にお前がいなくても自前で触手は使えるんだからな。自分だけの手柄にするなよ。
ともかく、そうやってリリィを狙う攻撃魔法、感じからいって、中級の『火炎槍』といったとこだろう、それを遮るための防壁を作り出す。
そして、もう二本目の鎖はリリィのエスケープ用。
そのまま滑って戻るより、鎖に捕まって引き戻す方が速い。まぁ、それも救出側が意図を理解してくれないと無駄になるのだが、リリィに限ってその心配はない。彼女の紅葉のような掌は、すでにしっかりと鎖を掴み取っている。
「クロノ、ありがとー」
「いいってことよ」
遊園地のアトラクションでも楽しむかのように、高速で引き戻される鎖に捕まってキャッキャと笑顔を見せるリリィが、無事ご帰還。
一緒に『黒土防壁』の影に隠れて、俺とフィオナが撃ち漏らす敵のカバーというポジションに、リリィは再び収まった。この中で高い追尾性のある攻撃を放てるのはリリィだけだから、狙い撃つのは彼女が最も適任である。
俺達三人が揃えば、こうして敵の一軍団と撃ち合ってもこうして食い止められる――
「でもクロノさん、このままでは確実に後はないですよ」
「……だよな」
結局、劣勢であることに変わりはないのだ。十字軍は刻一刻と城壁を攻略しつつある。いくら俺達がここで粘ろうと、大勢に影響はない。
「レオンハルト王が、武技の反動で倒れたという話もありますし」
それは真意の定かではない噂ではあるが、ありえない話じゃない。あの巨大な赤色一閃は、一発でタウルスをぶった切るとんでもない威力だったからな。
「ひょとしたら、ひょっとする……か」
何て弱音を吐いたのが悪かったのだろうか。
その時、一際に大きな轟音と震動が、ガラハドの大城壁を駆け抜ける。
「おっ、うぉおお!?」
思わず、射撃を中断して俺の体を固定する魔手に捕まるのに集中してしまうほど。
「きゃー!」
と、悲鳴は上げてはいるものの、どこか楽しそうなリリィは俺の足にギュっとしがみついてくる。いや、リリィは浮遊できるんだから、揺れても関係ないんじゃないか……
「どうやら、城壁の一部が大きく崩されたようですね」
ちょっと叫んだ俺が馬鹿みたいに思えてくるほどクールな表情で、フィオナは的確に震源地を指し示した。
「捨て身の体当たりってとこか……どこまでも厄介なヤツだ」
そこには、壁面二十メートルの辺りから、そのまま真っ直ぐ地面まで続く、巨大な亀裂があった。穴ではなく、それはもう、大きな谷の入り口のような有様である。
そうして、その切り通しに突っ込んで行ったように、ブスブスと黒煙を噴き上げながら大破の様相を見せるタウルスが前のめりに倒れ込んでいた。ソイツは両腕のひじから先が存在しないことから見て、ダブルドリル装備の特化型に違いない。
腕を失くしながらも、何度も体当たりを続け、こうして城壁を打ち破ったのだから、その役割を完全に全うした見事な散り様である。
もっとも、賞賛の気持ちなど微塵も沸かないが。
「いくらなんでも、アレはまずいだろ」
「ええ、もう城壁内に十字軍は雪崩れ込んできますよ」
どうする、この持ち場を放棄して下がるか。
いや、いくら地上からそのまま中に侵入できる場所ができたからといって、今すぐガラハド要塞が陥落するワケではない。ここには城壁通路に展開しきれない、予備兵もかなりの数が残っている。シモンの姉であるエメリア将軍率いる第二隊『テンペスト』など、ほとんど無傷で残っているはずだ。
勝敗は決していない。まだ、踏ん張る価値はある。
「退きましょう、クロノさん」
「おい、それは――」
「見てください、あそこにいるのはヘルベチアの精鋭騎士ですよ」
フィオナが火球をバラまきながら短杖で示した先にいるのは、白装束の十字軍にあっては目立つ、緑の装備に身を包んだ一団であった。
全身は聖銀をベースにした白銀の鎧だが、重騎士ほどガチガチに固めてはいない。どちらかといえば、冒険者の剣士がよくする軽装に、各所の鎧をプラスしたといった感じである。 武装はスパーダの重装歩兵と似たように、槍と盾。そして、腰の後ろでクロスさせている二本のレイピアだ。
揃いのヘルムで奴らの顔色は窺えないが、頭の天辺から生える羽飾りと、風雪で翻るマントは、それぞれ鮮やかなエメラルドグリーンに彩られているのが特徴的だった。
「私のように『疾駆』だけで壁を走って登れるでしょう。そして、彼らは間違いなくここを狙っています」
「数は二十、いや、三十は超えてるな……そんな奴らにたかられたら、流石にこの状況じゃ無理か」
悩んでいる時間はない。その精鋭騎士とやらは、堂々と雑兵達を押しのけて城壁に足を踏み込む寸前といった様子。
苦渋の決断だが、仕方ない。
俺達がこの場を放棄すれば、ここの穴も晴れて十字軍をどんどん城壁内へ導く入り口として確保される。タウルス捨て身の突進でぶち抜いた箇所と合わせれば、もう城壁を破壊せずとも良いほど、突破口は開けたこととなる。
それに、城壁通路まで戻ったとしても、またすぐに撤退を余儀なくされるだろう。すでに、城壁防衛線は崩壊へと針が一気に傾いたのだから。
「分かった、一旦上まで退こう」
「了解」
「ううん、大丈夫だよ、クロノ」
しかし、まさかの反対意見を出したのは、これもまさかの、幼女リリィであった。
一瞬、彼女の意図が分からず、何が、とか、どうした、とか、そんな質問も咄嗟に口からでないほど、俺は驚いてしまう。
「大丈夫なの、間に合ったから」
俺の驚愕などよそに、リリィはニコニコ笑顔で城壁の向こうを指差した。
そこには、初戦にてリリィがパイロットを殺すことで無傷のまま下した、タウルスの機体。シモンが徹夜で籠って、復旧作業を続けているというあの――
「まさか……」
地に倒れ伏した鋼の巨人が、動いた。
最初は腕。バンザイするような恰好で振り上げられていた両腕が、降り積もった雪をドドドと落としながら、稼働する。腕を下げ、肘を折りたたみ、掌を地面につける。
それは、手足の短い子供が、ゆっくりと起き上がるような動作であった。どこかぎこちない。しかし、それを機械がこなすのだから、驚くべきほどスムーズな動きと賞賛すべきだろう。
さらに驚くべきことは、背中と、肩や足の一部の装甲が開き、青白い燐光を放出し始めたことだ。ジェットエンジンの如き轟音は、タウルスのメインブースターとサブスラスター、そのどちらもが正常に点火したことを証明していた。
「本当に、再起動させたのか!」
「うん、やったよクロノ!」
目を見開く俺と、ワーイと無邪気に喜ぶリリィに見守られながら、蘇ったタウルスは、再びガラハドの大地に立つ。
そして、復活の雄たけびでも上げるように、タウルスから盛大な声があがった。
「がぁーはっはっは! スパーダ最強の騎士、ガルダン様の登場だぜぇーっ!!」
それは、間違いなく、タウルス本体から発せられた台詞である。俺の聞き間違いでなければ、今、確かにガルダンと名乗った。
そう、つい先日、スーパーパワーの男の子エリオにボコられているところを助け出した、アイアンゴーレムの男。
「な、何でアイツが乗ってるんだ……」