第449話 騒乱の開幕
リィンフェルト脱走の報により、ガラハド要塞は結構な騒ぎとなっていた。
だが、俺もスパーダ騎士に混じって慌てて捜索に参加するよりも、先に呆然としてしまったのは仕方ないことだろう。
「お、俺の苦労は、何だったんだ……」
結構な無茶をして生け捕って来た大事な敵将である。いや、俺一人の成果ではない。少なからぬ犠牲の上に成り立った、尊い戦果だ。
それを、こんなあっさりと逃げられてしまってはたまらない。
だが何よりも問題なのは、俺達は再びあの『聖堂結界』の脅威に晒されるということである。
「くそ、次はあそこまで上手くはいかないぞ」
リィンフェルトが十字軍に戻ったならば、同じ作戦をとってくる可能性は高い。アレは不覚にも彼女の元まで敵を近寄らせてしまったから失敗しただけで、作戦そのものは上手くいっていたのだから。
もう一度、城壁の一部を分断されれば、それを防ぐ手立ては今のところない。今度は堂々と正門辺りを切り取ってくるかもしれないな。
「ど、どうすんだよ……」
「――おはようございます、クロノさん。何だか朝から騒がしいですね。聖夜でも祝うんですか?」
俺が軽く絶望しかけているところに、ふわぁーといつも眠そうだが実は別に眠くない、でも今は本当に眠いだけの表情であくびをしながら、フィオナがやって来た。
ちなみに、ここは俺達が部屋をとっている宿屋のロビーである。戦いに関する情報は、冒険者ギルドにあるクエスト掲示板のような大きなボードに張り出されている。リィンフェルト脱走についても、ここで大々的に掲示されていた。
「大変だぞフィオナ、リィンフェルトが脱走した」
「え、それは無理じゃないですか?」
「実際に逃げたから、こんな騒ぎになってるんだろう」
「『聖堂結界』はどこまでいっても防御魔法なので、牢を壊したり、姿を消して逃げるといった効果はありません。そもそも、吸魔の枷がかけられていたので、魔力も底をついてるはず――となると、内部の犯行、ですかね」
自分で否定しておきながら、勝手に解答を導き出してしまったようだ。
「十字軍の救出部隊が密かに潜入していたってことは?」
「そんなことが可能なら、もうとっくにガラハド要塞は落ちてますよ」
「まぁ、そうだよな……だとしたら、本当に裏切り者が出たってことなのか」
十字軍が外から潜入するのは不可能。だが、内部の者が脱走を手引きしたというのなら、十分以上に成功の余地はある。信じがたいが、最も現実的な可能性に他ならない。
「犯人が何者なのか、そういう捜査は私達の仕事ではないので、放っておくしかないでしょう」
裏切りの動機は何なのだろか。開戦前から内々に買収されたスパーダ騎士がいたのか。あるいは、リィンフェルトの美貌に惚れて、だとか。
気にはなるが、やはり考えてもどうしようもないことである。少なくとも今の俺には、リィンフェルトと犯人が捕まることを祈るより他はない。
「はぁ、こんなことになるなら、殺しておけばよかった……」
そんな物騒な愚痴を思わず零してしまったその時、視界の端に見慣れた緑の光が映った。
「クロノー! 大変だよー!」
それなりに冒険者で混雑するロビー、その人々の間をスイスイと器用に通り抜けて、リリィがやって来た。
リリィは継続してシモンと共にタウルスの再起動に挑んでいた。昨晩は部屋にも戻ってこなかったから、徹夜で作業、というか、あっちで寝泊まりしたってことになる。随分と熱中しているようだ。
ともかく、そんなリリィがわざわざ戻って「大変」だと伝えてくれるということは……もしかして、リィンフェルト脱走の情報か。だとしたら、無駄足になってちょっと可哀想――
「十字軍が来るよ! タウルスをぜーんぶ、出してくるって!」
「何だって!?」
「――まだ、動きは見えないようだな」
詳しい事情説明はさておいて、俺達はまず防衛ポジションである城壁へとやって来た。
ここには敵陣を監視するスパーダ兵がそこそこに詰めかけており、早朝であっても無人ということはありえない。
俺は地上五十メートルの高みから、僅か一キロ先に確認できる十字軍の野戦陣地を見下ろし、ひとまずは今すぐ突撃してくる段階ではないことを確認する。
リリィは「来る」と言っていたが、少なくとも今は、十字軍の様子は昨日と変わらないように見えた。
無論、スパーダ兵も静かに警邏を続けるのみ。警戒を知らせる鐘の音も、まだ響いてはいない。
「それじゃあリリィ、詳しく聞かせてくれ」
「えっとねぇ――」
「あれ、リリィさん、説明するのに子供のままなんですか?」
「むぅー、リリィはリリィでもちゃんと説明できるもん!」
いきなり横やりを入れてきたフィオナに、リリィは口を尖らせる可愛らしい憤慨の様子で反論する。
しかしながら、いつもならこのテの話をする時は、分かりやすいよう大人の意識を戻していたのは間違いない。
「……さてはリリィさん、変身時間を消費しましたね」
「うぅー!」
図星を衝かれたことを、全く隠せていないショッキングなリアクションのリリィ。どこまでも素直である。
「タウルスの復旧に熱を入れ過ぎたってところか? 最悪、一回変身できれば十分だが」
「大丈夫だよ! リリィちゃんとできるもん!」
小さな両手を固く握りしめて力説するリリィの言葉を、信じないわけにはいかないだろう。そもそも、リリィがそんな下手を打つとは到底思えないという、信頼感があるからな。まるで心配はしていない。
「分かった。それで、十字軍の方はどうなってるって?」
「うん、あのねー」
だがしかし、とここであえて言わせてもらおう。
幼女リリィの舌足らずな説明であるが、それでも情報としては十分な量だし、要領も得ていた。しかしながら、フィオナが最初に懸念した通り……と言ってしまってはリリィには悪いが、まぁ、要するに、俺達が正確に把握するには、それなりの時間を要してしまったということである。途中、上手く伝わらなくてちょっと涙目なリリィ、なんていうハプニングもあったし。
「――なるほど、データリンク、か」
結論から言えば、タウルスのシステムを通じて、全機発進の計画を掴んだ、ということらしい。リリィは復旧作業中に、偶然にも十字軍に残っているタウルス部隊とのアクセスが繋がったのだという。
これを好機と見て探りを入れた結果、どうやら残ったタウルスを全機稼働させるための作業が急ピッチで行われている、という情報を掴んだ――瞬間、アクセスが遮断され、以降はどうやっても繋げることはできなかった。
リリィは大人状態でこの情報戦に挑んだから、変身時間をかなり消費してしまったというカラクリである。
「ごめんね、リリィ頑張ったけど、これだけしか分からなかったの」
「いや、十分だ。まさか全機を一斉に繰り出してくるとは思わなかったからな……少しでも早く察知できて良かった」
開幕から、いきなりフルチューン・タウルスが一斉に突撃してきたら、かなり危ういことになっていただろう。
タウルスは開戦当初、全二十四機。そして、初日の戦いで十一機を撃破。残りは十三機ということがすでにリリィ情報で明らかとなっている。
数そのものは、すでに十一機を撃破しているので何とかなるように思えるが、忘れちゃいけないのは、倒した内の十機は歩行機能だけの捨て駒、サンプル・タウルスであったこと。未だ魔法陣の中に健在な十三機は全て、あの魔力ブースターでとんでもない機動力を持つフルチューン・タウルスということだ。
今度こそ、ガラハドの大城壁は崩壊するかもしれない。
「スパーダ軍にも、早く伝えた方がいいな」
「では、私が」
何故か自信満々にフィオナが立候補する。しかし、この不安感は何だろう。
「それでは行ってきます」
「お、おう、頼んだ」
結局、俺はそのまま見送ることに。うーん、フィオナ、大丈夫なんだろうか。ちゃんと説明できるのか。途中で話が脱線しそうで怖い。
「とりあえず、今すぐ全機起動ってワケじゃあないようだな」
「うん、もうちょっとは時間かかると思うよー」
タウルスが登場する時は、眩しく発光する巨大な魔法陣が展開されていた。いざ発進という時は、必ずそれで察知できる。
今のところ、十字軍の陣地には何ら発光現象は確認できないし、魔力の気配も感じられない。現在は、出撃するための最後の調整といった段階だろうか。
「どっちにしろ、後はこのまま、待つしかないようだな」
警戒の鐘がガラハド要塞に鳴り響いたのは、警備任務で朝食が後回しになった騎士も食事を終えた後の時間であった。
総員、腹ごしらえも済ませて、スパーダ軍は迅速に防衛配置へとついていく。
「おーおー、今日もウジャウジャいるなぁー」
竜の仮面の奥で、キラキラと目が輝いているだろうと思わせるほど弾んだ声で、カイが言う。
「整列してるけど、全然動かないわね」
壁から外を覗き込むような体勢をとりながら、本物同然の猫耳と尻尾がピコピコ動いているのはシャルロット。
「タウルスとかいう例のゴーレムを、召喚するのを待っているのよ」
髑髏の面で素顔を覆うサフィールは、いつものように静か、それでいてハッキリと己の予測を語った。
「奴らが他に秘密兵器を隠していなけりゃ、それしかねぇだろうな」
対して白いマスクのネロは、いつもよりかは僅かに真剣みを帯びた回答。
ネルを除いた『ウイングロード』の偽装パーティ『アルターフェイス』のメンバー四人は、すでにガラハドの大城壁の上で配置についている。
「前に出てきた召喚速度を見れば、まだしばらくかかりそうよ。最悪、陣が空間干渉光を放ってから構えても、余裕はあるわ」
「それまではこっちも、大人しく待ってるしかないってこと。はぁ、黙ってると寒いのよねー」
ここで優しく肩を抱いて温めてくれる素敵な王子様がいたらなー、チラっ、みたいな感じで視線を送るシャルロットだが、仮面の幼馴染はただ真っ直ぐ敵陣を見やっているのみ。自分の発言に対する反応さえない。
シャルロットの尻尾が、不機嫌に揺れる。
「そういえば、もう皆こっちに来ちゃってるけど、リン何とかっていう敵のお嬢様、捕まったのかしら」
「捕えたら大々的に知らせてくれるでしょ。何もないってことは、そういうことよ」
リィンフェルト脱走の一報は、メンバーが起床した早朝の時点で知り得ている。冒険者の中には、早くも褒賞目当てで捜索に参加する者が出始めていた。
カイも勇んで「俺達も探しに行こうぜ!」とアテもなく走り始めようとしたのをネロとシャルロットに止められ、止まったところをサフィールにボコられる、という騒動を経ている。
結局、『アルターフェイス』の方針としては「捜索しない」に多数決の原理により決定しており、行方を眩ませたリィンフェルトについては、何ら調べてはいない。しかしながら、スパーダ軍の手痛い失敗である。気にならないことはない。
「裏切り者がいるって、本当なのかしら?」
「おう、何かもうスゲー噂になってるよな!」
十字軍のスパイが紛れ込んでいるだとか、警護の騎士がリィンフェルトの美貌に骨抜きにされただとか、はたまた、捕えた本人である黒き悪夢の狂戦士自らが逃がした、つまり、前の戦いそのものが手柄を上げるための自作自演だった、などというトンデモ陰謀説まで。
特に、冒険者の寄り集まる『グラディエイター』の陣中では、十字軍が動き出すまでの暇つぶしの種として今もそこかしこでヒソヒソ話されている。
「くだらないネタばかり……けれど、裏切者がいるっていう一点だけは、もう確定といっていいでしょうね」
「ふーん、サフィがそう言うんなら、ホントなんでしょうね」
「おい、名前」
「あっ!? あ、ふーん、ディーがそう言うんなら――」
「いや、言い直しても遅ぇだろ……」
「う、うーっ! うるさい! うるさい!」
ついにカイと同レベルの過ちを犯したことに、シャルロットは憤然やるかたない様子。猫の仮面の下は真っ赤になった素顔があるに違いない。
シャルロットはバシバシと猫パンチを不当にもネロへと浴びせる。可愛らしくも苛烈な打撃を前に、ネロはいつものことながらも「どうしようもねぇな」と呆れ半分で適当に『一ノ型・流し』でチョイチョイとあしらうのだった。
「なによ、バカ。リィンフェルトに見惚れてたくせにぃ!」
「何だよそれ……関係ねぇだろ」
「あっ、否定しないってことは、やっぱり見惚れてたんでしょ!」
「違うっての」
シャルロットの脳裏には、つい三日前の光景がまざまざと蘇っているのだろう。
あの時、黒き悪夢の狂戦士こと変態触手男クロノが、やはり変態的な触手テクニックを駆使して、女性をこの上なく辱めるような縛り方でリィンフェルトを抱えて戻って来たのを、メンバー全員が城壁の上で目撃していた。
カイはクロノが敵陣を単独で突破し、敵将を捕えて堂々と戻ってくるという一騎当千ぶりに素直に感動と興奮で熱くなっており、一方、サフィールはほとんど興味を示すことなく、むしろ城壁に攻め込む十字軍の撃退に集中していた。シャルロットはクロノの魔の手に絡め捕られた同じ経験を持つが故に、自軍へ勝利をもたらしたことを分かってながらも、体を走る悪寒を覚えざるを得ない。
そしてネロは……そう、ネロはあの時、ただジっと、無言でクロノとリィンフェルト、二人の姿を見つめていた。マスクのせいで、その表情は窺い知れない。
だが、シャルロットが何か話しかけても返事がないことから、少なからず思うところがあったのは間違いないだろう。結局、二度、三度、名前を呼びかけて、ようやく我に返ったように、ネロは返答したのであった。
アレが見惚れていたのではなく、何なのか。思い込みの激しいシャルロットでなくとも、そういう風にしか捉えられても仕方ないだろう。
「怪しい……もしかして、あの女を逃がしたのって……」
「馬鹿なこと言ってんなよ」
「えー、でも昨日はずっと一人だったじゃない」
「そういう気分だったんだ」
ネロは常にメンバーの誰かとつるんでいる、というワケではない。よく授業をサボって神学校の屋上で昼寝をすることをはじめ、猫のようにフラリと一人どこかへ姿を消すことは間々あることだ。
それは子供の頃から続くネロの癖というか趣味というか、そういうものだとシャルロットは認識している。そして、何度か後をつけてみたが、結局、一人のネロがどこで何をしているのかは、ついに分からなかった。
故に、いつもの単独行動だというネロの言い分は至極もっともである。
「ふーん……」
だが、シャルロットの疑念は今一つ晴れないようであった。おかしなところは何もない、そのはずなのに、妙に引っかかるところを覚えるのは、彼女の幼馴染としての経験故か。
「まぁ、いいわよ、いつものことだし、ね!」
「ああ、いつものことだ」
それでも、疑惑追及の矛先を収めてくれるシャルロットに対し、ネロはかすかに微笑んでいた。
そうして、彼らの賑やかな雑談タイムは、それから一時間ばかり続く。それが終わりを迎えたのは、当然、十字軍陣地より巨大な人影が出でる時となった。
十三人の巨人が、白い大地に屹立する。
「――ふむ、やはり、勇壮であるな」
三日三晩、ほぼ徹夜の準備と調整作業を終え、ついにフルチューン・タウルス全十三機が、十字軍陣地へと出揃った。
今日も抜けるような青空が頭上に広がり、燦々と降り注ぐ陽光を照り返して白銀に煌めく地の上に、圧倒的な存在感と重量感を持って、鋼鉄の巨大ゴーレムが立ち並ぶ。タウルスの背面装甲はすでに展開されており、その隙間からは青白い燐光が漏れている。
その光こそ、鋼の巨体を宙に浮かす驚異的な動力であることを、ベルグント伯爵はすでに知っている。
樹齢千年の大木よりも太いタウルスの足元に立つ伯爵は、さらに目の下の隈は色濃くなり、どこか頬もこけているように見える憔悴した様子であるが、口にする言葉と、緑の瞳に宿る眼光は、どこまでも力強い。
「それにしても、あんな武装があるのなら、何故最初に使わなかったのだね」
そんな問いかけをしたのは、現れたタウルスの内、半分もの機体が明らかに武器を持っていたのである。
ガラハドの大城壁に大穴を開けてみせた右腕の掘削機のみを持つ、前回と同じタイプは五機。それからさらに、左腕にも掘削機を装着し、両腕を強烈な破壊装置とした城壁粉砕特化のものが同じく五機いる。
それから、どこかの城壁をそのまま切り取って来たかのように巨大な鋼鉄の板――つまり、盾を持つものが二機。
どれほどの重量がその分厚い鋼板にあるか計り知れないが、タウルスはすでにそれを軽々と掲げていた。もし、何らかの不具合が起こって倒れてくれば、大参事は免れえない。周囲の兵から、早く出撃してくれ、という視線を鉄壁の防御特化タウルスは集めていた。
そして最後に、巨人が振るうに相応しいサイズを誇る、超巨大なハンマーを構える一機がいる。
柄の長さは全長と同じ二十メートルほどはあるだろうか。鋼の大木同然な長柄の先についているのは、ちょっとした家ほどもあるハンマーヘッド。片面は何物をも圧潰させんという威圧感を迸らせる扁平。もう片面は、伝説級の超巨大ドラゴンの牙が如きピック状となっている。
圧倒的な破壊力をその姿からは感じられる。唯一の武器らしい武器を持つ一機としてか、このタウルスにだけは頭に猛角牛のような二本角が生えていた。
これほどハッキリと見た目に装備が増えているのを目にすれば、ベルグント伯爵の質問が出てくるのは当然の結果であろう。
「あーえーっと、それはですねぇ……」
「準備が間に合わなかったからー、そんだけー」
相変わらずしどろもどろに要領の得ない回答をしようとしたドロシーを抑えて、何時の間にやら正式に説明役へと就任されたアイが、これもまた相変わらず投げ槍な感じで応える。
「そうか、なるほど、それならば仕方ない」
だが、こちらは相変わって、ベルグント伯爵は随分と物分りがよかった。そのギラつく眼差しにありながらも、やけに落ち着いたような素振りは、かえって不気味さを煽る。
「今、この時に間に合ったのだから、良い」
うんうん、と誰に同意を求めるでもなく、伯爵は一人勝手に納得している。
やはり、どこか気味が悪いといった視線を向けるのは、ドロシーばかりではなく、伯爵が引きつれる部下たちも同様であった。
「うわぁ……オッサン、リンちゃんが捕まって相当、病んじゃってるみたいだね」
「ええっ、そ、そう、ですね……」
アイはどこまでも素直な、それでいて身もふたもない感想をコソコソっとドロシーへと耳打ちする。
恐らく、ベルグント伯爵がこれほどまでにリィンフェルトという娘に執心していると、察した者は誰もいないだろう。どう考えても、何らかの裏があるリィンフェルトの実の娘認定。だが、これではまるで、彼女が本当に愛娘であったのかよう。
「……あんなに娘さんのことを思ってたなんて、ちょっと、意外です」
「それはどうかにゃー、あの娘ってママにクリソツらしいじゃん? だからほら、娘を通して、在りし日に愛し合ったカノジョの姿を重ねてぇ――」
「や、やめてくださいよ気持ち悪い……」
本気でドン引いた、といった表情のドロシーに、ニヤニヤと楽しそうに持論を展開させるアイ。二人のコミュニケーションは良好なようである。
「ところで、一つ、頼みがあるのだが、いいかね?」
グルリ、とそのまま首が一回転でもするんじゃないかという挙動で、伯爵は顔をドロシーへと向ける。
「ひゃいっ!?」
内緒話が聞こえたはずはないが、あまりのタイミングと迫力に、ドロシーの分厚い眼鏡の奥にある瞳に、ちょっと涙が浮かんだ。
「可能な限りで良い……あの、アルザスの悪魔……いや、淫魔を狙ってくれまいか」
「淫魔って、インキュバスじゃないんだから。っていうかアレ、人型じゃないし。触手の塊だし」
「あの清楚にして高潔な乙女であるリィンフェルトを、公衆の面前であのような辱めを嬉々として行った男をっ、淫魔と呼ばずしてっ、何と呼ぶっ!!」
「あー、はい、すみません、そうですね、とんでもないエロ魔人でしたよねー」
口角泡を飛ばしてクロノ淫魔説を主張する伯爵のド迫力に、さしものアイも同調せざるを得なかったようだ。
「失礼、あの屈辱の瞬間を思い起こすと、つい……それで、どうなんだね」
自ら激情を沈めた伯爵の変化に、すぐに対応できずちょっと呆然としてたドロシーだったが、幸いにも十秒ほどで先の質問を思い出したようだ。
「えーあー、タウルスは対人を目的として設計されてはいないですけど、うーんと、まぁ、できないことも、ないんじゃないかと……」
「おお、そうか! 頼む、何としてでもヤツはここで殺さねばならんのだ。私も自らヘルベチアの最精鋭をアレにぶつける所存である」
「あ、あー、なるほど……そういうことなら、えっと、まぁ、大丈夫、なの、かなぁ……うん、分かりました、じゃあ、出しますんで」
かくして、十字軍の決戦準備は完了した。
冥暗の月24日。時刻は正午ジャスト。ガラハド要塞攻略の最終決戦が、始まった。
2014年 8月1日
第24章からは、また週一回の更新ペースに落とさせていただきます。大変、申し訳ありません。
ただ、話の流れによっては、週に二回とすることもあるかもしれません。とりあえず、次回は8月4日の月曜日にも更新させていただきます。
あと、どうでもいい裏設定について。
インキュバスは眠った女性に淫夢を見せて、効率的に生命吸収(ドレイン
)を行うという生態を持っています。ラストローズは、実はインキュバスに近い能力だったということですね。
そして、インキュバスに襲われた不運な女性は、そこそこに生命力を吸収されるが、自分の願望全開な素敵な淫夢のお蔭で物凄いスッキリ目覚めることができます。インキュバスさんマジ紳士。




