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黒の魔王  作者: 菱影代理
第23章:ヘルベチアの聖少女
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第448話 冥暗の月24日

 俺がリィンフェルトを生け捕りにしたことで、また少しの間、十字軍の攻勢は止まっていた。少なくとも、今日、冥暗の月23日までには、何の動きも見せてはいない。

 表向きは睨み合っている状況であるが、恐らく、いや、まず間違いなく、奴らは次の攻撃に向けての準備を進めているだろう。

 リィンフェルト奪還に燃えている……かどうかは分からないが、それでも、次は今までにないほど大規模な、それでいて一歩も退かない大激戦になるという予感がしてならない。

 そもそも、奴らだってあんまり長い間、この雪山に陣取ってはいられないだろうから、短期決戦・早期決着を望んでいるに違いない。どの道、総攻撃をしかける日は近いということになる。

 それはともかくとして、今日にいたるまでの間、色々な人が俺の元を訪れてくれた。

 まずは、シモンとソフィさん。まぁ、この二人は身内みたいなものだが、ともかく、冥暗の月20日、リィンフェルトを捕えて戻り戦いが終わってほどなくしてから、やって来た。

 そこで俺は、二人が何故、倒れたタウルスのコックピットから現れたかという理由を聞くことになった。



「最初はちょっと、というか、かなり不安だったんだけど……一度始めたら、やめられなくなっちゃって」

 麻薬に手を出したきっかけの証言みたいなことを言いながら、てへへ、とナチュラルに可愛く照れ笑いを見せるシモン。

「こっちに着いたなら、せめて一言かけておいて欲しかったんだが」

「うん、そこはごめんね」

「ごめんねクロノ、リリィ、言うの忘れちゃったのー」

 シモンは連絡不足なことを、リリィは到着を唯一知りながら、伝え忘れた過失をそれぞれ素直に謝罪する。

「それで、本当にタウルスを動かせるのか?」

 パイロットのみを殺害し、無傷のまま沈黙したタウルス。それを再起動させよう、というのがリリィの発案、そして、シモンが実行しようというワケだ。

 あの巨大な人型重機パワーローダータウルスの脅威は言わずもがなである。もし、首尾よくこちらが利用できるというのなら、これほど上手い話はない。

「うーん、正直、無理っぽい。メインシステムは普通に生きてるんだけど、コンソールの操作方法がそもそも分からないし、画面に表示されてる内容もさっぱり読めない。古代文字で書かれてるところだけは少し読めるけど、大半はよく似ているけどまた別な言語で書かれてるみたいで、解読できないんだよね」

 いうなれば、英語が言語設定されてるパソコンを戦国武将が操作してみる、みたいな感覚なのだろう。こっちはそもそも、古代の情報端末らしいコックピットシステムの操作なんぞまるで知らないのだから。勿論、馬鹿でも分かる簡易なマニュアルも、阿呆な質問にも懇切丁寧に答えてくれるカスタマーサポートサービスなんてのもない。

「リリィはどうなんだ? システムにアクセスできたから、タウルスについての情報を得られたんだろ」

「えっとねーリリィはねー、テレパシーで見えるところだけ見てきただけだから、あんまり詳しく分かんないの!」

 うん、俺もどういう理屈なのかはよく分からない。分からないが、とりあえず操作方法が分からないということは分かった。いかん、頭がこんがらがってきた。

「それにしても、タウルスは城壁の外にあるし、あそこに籠っているのは危ないんじゃないか?」

「大丈夫だよ、ハッチの開閉とロックの仕方だけはリリィさんに教えてもらったから」

「ロックしてても、リリィは侵入できたじゃないか」

「それはねー、リリィが凄いからなの! えへへ!」

「要するに、リリィさんぐらいテレパシーに特化した人か、タウルスを復活させた本人でもなければ、開けられるような構造じゃないよ」

 俺としては、シモンには時が来るまで安全な場所に待機していてもらいたいのだが……この様子だと、まだまだタウルスを弄り足りないようである。

 シモンは別に俺の部下ではないから、命令することはできない。本人がやりたいと言うなら、その意思こそ優先される。ランク1でも、シモンは自由な冒険者である。

「あそこにいてくれたお蔭で、俺が助かったのも事実だしな……ソフィさんが護衛についてくれるなら、大丈夫か」

「えー、あの人、邪魔ばっかりするからイヤなんだけど」

 どうやらソフィさんは、タウルスのコックピットの中で三日ほどシモンと引きこもり同棲生活を送っても尚、好感度は一向に上昇しなかったようである。

「そう言うな、あの人の実力は本物だぞ」

 ソフィさんがいなければ、今回の戦いはより大きな犠牲を払うことになってしまったのだから。彼女のお蔭で、俺は迷うことなくリィンフェルトに突撃していけた。

 感謝の言葉はすでにソフィさんへ伝えてはあるが、彼女の姿はこの客室にはない。

 準備がある、とどこぞへ出かけて行った。思えば、再びシモンとタウルスに籠るために、食料の買い出しにでも行ったのかもしれない。

 ところで、あの中にいる時って、トイレとかどうしてるんだろうか……ここは、あえて謎を深めておくだけにしておこう。

「でもさ、もしかしたら上手く動かせるかもしれないし、ほんの少しだけ、期待して待っててよ。あ、勿論、使徒が出て来た時は、すぐに配置に着くから」

「ああ、分かった。頑張れよ、シモン」

 そうして、シモンは再びソフィさんと共にタウルスの再起動へ挑みに行くのであった。



 翌日、冥暗の月21の昼前には、エリウッド副隊長がやって来た。

「君のお蔭で、私は生きて戻ることができた。重ねて、お礼を言う――」

 体に何か所も包帯を巻きながらも、エルフの巨漢は負傷を感じさせない壮健な様子で、わざわざお礼をしに訪れてくれたようだった。

「こんな場所では大したものは用意できなかったが、これはほんの気持ちだ、受け取ってくれ、冒険者クロノ」

 差し出されたのは、スパーダ特産の葡萄酒ワイン。いつだったか、祝勝パーティでウィルがわざと引っくり返して割ったのと、同じものだった。

「いえいえ、お構いなく」「いやいや、どうぞどうぞ」なんていう日本人らしい遠回りなやり取りを一回挟んでから、結局、俺はワインを受け取ることに。

「体の具合はどうですか?」

「すぐにでも戦える――と言いたいところだが、治癒術士プリーストからは、まだ二三日は安静にしているよう念を押されている。レオンハルト陛下からも、今少しは休んでおくよう直々にお言葉を賜った」

 もし、今日か明日にでも十字軍が攻めてくれば、それでもやっぱりこの人は戦うんだろうな、と感じずにはいられない。まぁ、その辺のフォローは同僚の騎士仲間がしてくれることだろう。

 自分の倍くらい年上の人を心配するほど、俺は驕ってはいない。

「私は、前のガラハド戦争にケツの青い新兵の頃に参加した。危ういところを、上官や先輩の騎士に幾度も救われた。それからも、私はスパーダ騎士として幾多の戦場を駆け巡った。ラティの森やファーレンの草原で、溢れ出るモンスターの大軍を迎え撃ったこともあったし、不穏な反乱分子とスパーダで市街戦を演じたこともあった。その頃には、私は一端の騎士にはなってはいたが、それでも、仲間の助けは不可欠だ――しかし、昨日ほど九死に一生を得た、と思ったことはない。君が助けに現れたのは、まるで黒き神々が導いた奇跡のように感じたよ」

 確かに、見るからに絶対絶命ではあったが……そこまで言われると、ちょっと照れる。

 だが、俺のような強面男が頬を赤らめても何らサービスにはならない。神妙に頷くだけに留めておく。

「ともかく、私は本当に深く、感謝の念を抱いていることを知っておいて欲しい」

「いえ、十分です。一人でも多く味方を助けようとするのは、当然の行動ですから」

「ああ、全くその通りだが、それを現実に実行できるものは少ない。そして、それを成功させる者は、さらに少ない。本当に、奇跡的な救助だった。ただ、中には婦女子を人質に逃走を図るとは犯罪者の手段だ、などとのたまう不届き者もいるようだが――」

 基本的に俺の評価は、十字軍を再び退けた勝因として、レオンハルト王も認める大戦果とされているが、エリウッドさんが言うような発言も、ちらほらと小耳に挟んでいる。

 まぁ、あの時は物事をスムーズに進めるために、如何にもな悪役演技までしたからな。敵である十字軍には怒りと悔しさを煽る大好評のパフォーマンスだったと自負しているが、まさか、味方にまで悪くみられるとは……いや、見た目は可愛い女の子を触手で縛って人質にするんだから、輝かしい英雄のように見えるはずもないか。

 この印象の悪さは、仕方ないことだろう。

「何ら気にすることはない。所詮は君の大活躍に対するやっかみに過ぎないからな」

「ありがとうございます」

 俺としては、助けた当人から感謝されるというだけで十分、十分すぎる。石を投げつけられるのは、もう勘弁願いたい。

「ところで、君はもう結婚しているか?」

「はい?」

 いきなりの話題転換に、俺は素で問い返してしまった。

「どうなんだね? 君のパーティには同い年くらいの綺麗な魔女もいるようだが、やはり彼女が――」

「いえ、違います。フィオナはあくまでパーティメンバーで、結婚しているワケでも付き合っているワケでもありません」

「なるほど、では未婚ということだな。婚約者などは?」

「いるわけないじゃないですか」

 俺は未だに彼女いない歴イコール年齢の童貞少年である。いや、一回は告白された経験がある以上、純粋にそうであるとは言えないかもしれないが……ともかく、フリーの冒険者という身分で、婚約者なんていう大袈裟な肩書のお相手などいようはずもない。

「これは単純に礼だけのつもりではないのだが……いわば、私に示せる精一杯の誠意、とでも言うべきか……ともかく、君に一つ提案がある」

「な、なんでしょうか?」

 俺はイマイチ良い予感がしないながらも、エリウッドさんがただでさえ怖い顔を、苦渋の決断でもするかのようにしかめているのを見ながら聞く。

「スパーダに戻ったら、ウチの娘と見合いをすることを……許そう」

 いえ、結構です――そう即答できないほどの迫力があった。

 許そう、って別にこっちが望んでいるワケじゃないんですが、なんていうツッコミなど論外である。恐らくエリウッドさんは、自分の持てる最大限の覚悟を決めて、愛娘をお見合いさせる提案を言い放ったのだろう。

 この人がかなりハイレベルの親馬鹿、娘馬鹿だ、というのが、この一言だけで嫌というほど伝わってきた。

「え、えーと、今はそういうことは、ちょっと考えてないので……」

「いや、遠慮することはない!」

 そこは遠慮させてくださいよ。俺の曖昧な返答ではあるが、あながちウソというワケでもない。

 俺は十字軍と戦い続けるから、普通の女の子とは付き合えない。そんな論理でエリナの告白を泣く泣く断ってきたというのに、ここであっさり承諾したらあの涙の別れは何だったんだということになる。

「それに、不安に思うこともない。ウチの娘は美人だ! スパーダで一番といってもいい!」

 親の贔屓目全開のアピールを声高に叫ぶエリウッドさん。

「安心しろ、娘は妻に似ている。私と同じなのは髪の色だけ、艶やかに輝く栗毛だ! 無論、容姿だけではない、気立てのいい優しい良い子だ。それでいて、スパーダの女性らしく質実剛健、慎ましくも逞しい……甘やかされて育った貴族の娘っ子と一緒にはしないでもらおうか!」

 そんなこと言われても、俺には「そ、そうですか」とか適当な相槌を打つことしかできない。他にどう答えろと。

「どこに出しても恥ずかしくない、器量よし、性格よし、と正に理想的なエルフ女性に育ってくれた! だがしかし、悲しいかな、娘に釣り合う男が一人としていない……我らが『ブレイブハート』にも娘に心を寄せる者は少なからずいるが、いるのだが、それでも、この私の目に叶うほどではない! 凡百の騎士なんぞに、ウチの娘をやれるかぁ!」

 そうですか、それじゃあ今しばらくは実家に娘さんをキープしておいてくださいよ。

「しかぁし! 歴戦のスパーダ騎士たる私を、あの敵陣の真っただ中から救い出せる君ならば、あるいは、娘に相応しい……かも、しれない……」

 どこまでも未練を感じさせる物言いである。娘さんが惜しいなら、そんなに無理しなくてもいいのに。

「あー、何というか、その、娘さんの自由意思というのもあると思うので、親が勝手にお見合いを押し付けるのもどうかと」

「おお、娘の気持ちまで考えてくれるとは! だが安心しろ、私の娘は強い男が好みだ。きっと君を気に入るに違いない。むしろ本気で惚れそうで、正直、君に会わせたくない」

「どっちなんですか……」

「いや待て、皆まで言う必要はない! 私はもう、一大決心をしているのだから!」

 グっと巌のように拳を握りしめ、涙を呑んで決意表明を語られる。エリウッドさんは本気なようだ。

「では、冒険者クロノよ、私はこれで失礼する。この戦いが終わったら、詳しい日取りを決めよう」

「え、いや別に俺は――」

「武運を祈る、さらば」

 そうして、一方的にお見合いを押し突けて、エリウッドさんは去って行った。

「……ねぇクロノ、ちょっとお話があるんだけど」

「ええ、大事なお話ですね」

 さて、俺はこれから、部屋の奥で今まで黙ってやり取りを聞いていたリリィとフィオナに、納得のいくお見合い回避のプレゼンをしなければいけないようなのだが……何だろう、どうしてこんな苦しい展開になってしまったんだ。

 余計な提案をしてくれたエリウッドさんを、俺は少なからず恨まずにはいられなかった。



 そのまた翌日、冥暗の月22日。

 要塞で最も大きな食事処であるガラハド飯店で昼食をとりにきた時のことである。

「すまない、クロノ君。一昨日の戦いで、僕は、君の助けになることができなかった……」

「うおっ!? いきなり現れるなよファルキウス」

 席についてメニューとにらめっこを始めてより数秒後、突然ファルキウスが相席してきたのだった。

 華美なデザインの白銀鎧に真っ赤なマントの豪華装備だが、この趣という名のボロさを感じさせる古い木造の店内においては、酷く不釣り合いである。大衆酒場みたいな雑然とした店内と雰囲気は、スパーダのスター剣闘士と相いれない。

「君に償いがしたくて、ずっと探していたんだ」

「いや、別にいいって。無事に戻ってこれたし」

 絵になるほど綺麗に物憂げな表情のファルキウスだが、俺からすれば、その悩みは全く見当違いである。

 俺は最初からファルキウスの助けをアテにはしてなかったし。別にあの場に助けに入ってくれなかったからといって、恨むような気持ちは欠片もない。

「けどっ――」

 などと涙ながらに言うファルキウスは、一体どこら辺から自身を苛む重たい責任を引っ張ってきているのだろうか。

 いや、もしかしたら、俺に対して少なからず友情を感じているからなのかもしれない。馴れ馴れしい奴は、友達になるのも早いというし。

 うーん、そう考えると、ファルキウスの見当違いな責任感もそんなに無碍にはできないような気がしてきたぞ。

「じゃあ、ここで奢ってくれればそれでいいから」

「えっ、本当かい?」

「ああ、フィオナの分もな」

「よろしくお願いします」

 おひとり様ではなく、フィオナと二人で連れ立ってのご来店である。リリィはシモンの手伝いに、今朝からタウルスへと赴いている。

「分かったよ、好きなだけ食べてくれ」

「サンキューな。じゃあ、俺はガラハド定食大盛りで」

「私も同じものを」

 かくして、急遽ファルキウスを加えてのランチタイムと相成った。

「そういえば俺、未だにファルキウスが戦ってるところを見てないな」

「僕が剣を抜いたのは、タウルスの足を切った時だけだからね。なかなか機会が訪れないのを、残念に思うよ」

「一昨日は弓を撃ってましたよね」

 注文した料理が来るのをそこはかとなくソワソワした様子で待ちわびているフィオナが言う。

 一応、俺達とファルキウスの配置は同じ北右翼だから、姿が見えてもおかしくない。

「へぇ、弓も使えるのか?」

「武器は一通り、ね。得意ではないけれど、杖だって使えないこともないよ」

 本当に自慢をする気はないのだろう。ファルキウスは何でもないように答えた。

「でも、凄いじゃないか」

「剣闘には色々な趣向があるからね。いつも一番良い装備で戦えるワケじゃあないのさ」

 なるほど、職業柄、複数の武器を扱えないといけないと。

「今回は剣と弓しか持ってきてないけどね。僕は剣が一番得意だし、弓は遠距離攻撃の手段としては使い慣れてるから。他のはお遊びみたいなものだから、わざわざ装備することもないんだよ」

 こうやって聞くと、やっぱりコイツは凄い剣闘士なんだと実感する。ただ、麗しい鎧兜の美男が、こんな粗末なテーブルについて、安っぽいガラスのコップに入った水を煽っているのは、酷い違和感を覚えるが。

「注文しなくていいのか?」

「そうだね、折角、君とのランチだしね。僕も頼もうかな――うん、それじゃあ、ドルトスステーキにしよう」

「あ、私も同じものをお願いします」

 あれ、フィオナはさっき頼まなかったっけ? まぁ、いいや。どうせ俺が支払うワケじゃないし。どんどん持ってきてくれ。

 普段なら遠慮が美徳な日本人的感覚な俺だが、ファルキウスだとあんまりそういう気が起きない。人気ナンバーワンのスター選手という、間違いなく金持ちだろう肩書きがあるからだろうか。

「じゃ、私はベーコンサンドと紅茶で。砂糖はいらないけど、ミルクはつけて」

 あまりに自然な流れで、全く関係のない第三者がそんなオーダーをしていた。

 きっとすぐ後ろの席の人が店員に注文しただけだろう、という淡い期待を撃ち砕くように、俺達のテーブルに、招かれざる客がいつの間にか座っていた。

「お前は『ブレイドレンジャー』のピンク!?」

「アナタのハートに百発百中! 桃色の愛にトキメいてっ! ドキドキフルチャージ、ピンクアローッ!!」

 座ったまま、決め台詞らしきものを言い放ちながら、上半身だけで指を刺すようなポーシングをやたらキレのある動きで決める、どピンクのスーツにフルフェイスヘルメットの女性。

 一度見たら忘れられない、戦隊ヒーローを地でゆく冒険者パーティ『ブレイドレンジャー』のリーダー、ピンクアローさん、通称、ピンクである。

「何故ここに座る。他にも席は空いてるぞ」

「ふっふっふ、それは――」

「私も同じものを。砂糖とミルクは両方つけてください」

 当然の質問をする俺と、不敵に笑うピンク、そしてまたしても追加注文をするフィオナ。

「えーっと、ドルトスステーキを二つ、ベーコンサンド二つ、それと紅茶、砂糖は一つ、ミルクは二つつけて」

「はい、かしこまりました! あ、あの、『スターライトスパーダ』のファルキウスさん、ですよね!? 私、ファンなんです、サインしてもらっても、いいですかっ!」

「そう、ありがとう。今はオフだけど……君にだけ、特別にあげるよ」

 突然の乱入者と勝手なオーダーにもまるで動じず、店員に注文しつつ、快くサインを贈るファンサービスも忘れないイケメンなファルキウスがいる。

 今、このテーブルはよく分からんが、とんでもなくカオスな状況と化している。どうしてこうなった、誰か説明してくれ。

「――黒き悪夢の狂戦士ナイトメア・バーサーカークロノ! 貴方を『ブレイドレンジャー』にスカウトするためよ!」

「いえ、結構です」

「それはイエスと受け取っていいのね!」

「断ってんだよ、都合の良いように受け取るな」

 とんでもない、悪徳業者のような解釈である。このピンク、油断ならん。

 まぁ、アイゼンハルト王子をレッドにスカウトしていたところを見るに、メンバー勧誘に恐ろしく貪欲なのはすでに知るところであったが。

 それにしても、まさか俺にまで声をかけてくるとは……

「何でっ!? 特別にブラックとして採用してあげるというのにっ!」

「ブラックはグリーンに代わるレギュラー枠で、特別じゃねぇだろ」

 最近はあんまり見ないけど。でも、俺が子供の頃に見ていた戦隊モノには、ブラックがレギュラーのパターンもあったんだ。懐かしい思い出である。

「なるほど、そういうのもあるのね……分かったわ、グリーンを辞めさせて、ブラックにしましょう」

「簡単に解雇するな、仲間だろうが」

「五人じゃないとダメなんだから、しょうがないでしょ」

 あ、やっぱり人数は五人固定なのか。

 いやいや、それでもやっぱり、あっさり仲間を斬り捨てるのはいかんだろう。

「ピンクの人、クロノさんを珍妙な五人組パーティに勧誘するのは止めてくれませんか。不快です」

「なんですって、この魔女っ子! ブレイドレンジャーの五人は正義そのものなのよ!」

「正義……ですか? それなら、クロノさんのメンバー入りは絶対に無理じゃないですか」

「おい待てフィオナ、それは一体どういう意味だ」

「いいのよ、まずは戦力の強化が最優先だから。力なき正義に意味はない……つまり、力こそ正義、なのだから!」

「いや、その理屈もおかしいだろ」

「いいわ魔女っ子、仕方ないから貴女もメンバーにしてあげる。そうね、ブルーでどうかしら?」

「私、近接武器ブレイドは使わないので、お断りします」

「それじゃあ『精霊戦隊エレメントレンジャー』に改名してあげるから! これでどう、ブルーフレイムとブラックブレイド」

「勝手に名前をつけるな、呼ぶな」

「私の火は金色なんですけど」

「もう、ワガママなんだから」

 一番、我を通しているのはこの場では間違いなくお前だろう。

「ともかく、俺もフィオナもお前のパーティに入るつもりはないし、『エレメントマスター』を解散する気もない。大人しく諦めろ」

 こういう輩には、キッパリNOと突きつけてやるのが大事だ。

 まぁ、ここらで黒き悪夢の狂戦士ナイトメア・バーサーカーの恥ずかしい悪名を捨てて、戦隊ブラックとして正義のヒーローになるのも悪くないかな、とほんの少しだけ思わなくもないが。

「はぁ……いいわ、正義の心はすぐには伝わらないものだしね。少しずつ、素晴らしさを分かってもらえればいいの」

「うわ、諦め悪いなお前……」

 凄まじいバイタリティである。恐るべきピンクだ。

「あ、それじゃあファルキウスをホワイトにするというのは――」

「僕が欲しければ、いつでも決闘を受けるよ」

「遠慮しておきます、すみませんでした」

 うお、ピンク弱っ!? 力こそ正義だから、より強い力には弱いのか。どうしようもねぇな。

「ああ、それと、630クランだから」

「……何が?」

「ベーコンサンドと紅茶」

 男でも見惚れるほどの麗しきニッコリ笑顔で、ささやかな昼食代金を請求するファルキウス。意外とお金に厳しいのか……次からは好意に甘えず自分で支払おう。

「クロノさん、料理、遅いですね」

「……そうだな」

 そんなこんなで、思いがけず酷く疲れる昼食会を経験することになるのだった。



 それからさらに翌日、冥暗の月23日は――幸いにも、何事もなく平穏に過ごせた。予想外の来客もしつこい勧誘もなく、ついでに十字軍にも動きは見えず、俺はしっかり丸一日、休息することができたのだった。

 そのせいか、未だ戦地にありながら、ほんの少し気が緩んでしまった気もする。

 だが、戦いの緊張感はすぐに戻ってくる。

 今日、冥暗の月24日。まだ朝日が昇るかどうかという早朝の時刻である。

「十字軍の重要人物である捕虜、リィンフェルトが脱走した――」

 そんな報告が、ガラハド要塞に伝わった。

 第23章はこれにて完結です。

 というワケで、次回から新章『精霊戦隊・エレメントレンジャー爆誕!』が始まります。嘘です。

 次の第24章では、いよいよガラハド戦争に決着がつきます。こっちは嘘じゃないです、ホントです。それでは、どうぞお楽しみに!

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[良い点] >私の火は金色なんですけど まさかの戦隊ゴールド枠
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