第432話 リン
ビエント・ドミニク・ヘルベチア・ベルグント伯爵が治めるヘルベチア領は、シンクレア共和国西部に位置する、比較的豊かな土地である。聖都エリシオンから距離はあるものの、気候は温暖で、肥沃な大地、緑豊かな山野に加えて、交易の要となる海にも面しているお蔭で、領地の発展は目覚ましい。当代の伯爵も、まだ四十代の若さでありながら、その内政手腕は輝かしいものがある。
伯爵と領の力がどれほどのものかというのは、パンドラ遠征にて十字軍第三軍の総司令官の座を勝ち取ったことから、十分すぎるほど理解できるだろう。
今、ヘルベチア領開拓以来の躍進を遂げようとしているベルグント伯爵であるが、遠征に参加を表明する直前まで、領内は数々の不幸に見舞われていた。
それは、モンスターの大発生、荒れた隣の領より流れてきた盗賊団、そして、長らく潜伏していた異教徒の反乱、である。実に三つもの危険な勢力が、ほとんど同時に領内へ姿を現したことで、流石のベルグント伯爵も危機に陥っていた。
モンスターに襲われる村を救おうと兵を差し向ければ、途中で盗賊の待ち伏せに会う。散々に物資を荒らされながらも、どうにか体勢を立て直して進軍を再開した矢先、今度は異教徒が襲い掛かってくる、なんて状況も少なからず起こったほど。
日頃から鍛錬を怠らないヘルベチア騎士団は、表だって敗北することはないものの、その戦力はガリガリと削られ、着実に疲弊を強いられていった。 そして何より伯爵を苦しませたのは、後継ぎとして育ててきた一人息子を、異教徒との戦いで失ったことであった。
大切な世継ぎが戦死しても、断続的に続く各地の襲撃はおさまらない。平和で豊かな領内は、俄かに荒れ模様となってゆく。日々募る不安、解決の先行きが見えず、領主に対する不信も加速する――
そんな中、一人の少女が突如として現れた。
黒髪黒目の美しい乙女。純白の法衣に身を包んだシスターである。
その名はリィンフェルト。
彼女はベルグント伯爵の娘だと、大々的に公表された。もっとも、単なる隠し子発覚というなら、大した話題にはならなかっただろう。
しかして、リィンフェルトを領内で知らぬ者がいないほど、遠く聖都エリシオンにまでその名を轟かせるようになったのは、彼女の美貌ではなく、その類まれな能力であった。
聖堂結界。そう呼ばれる原初魔法は、白き神の加護を受け、使徒に覚醒したのではないというほどに強力なものだった。
彼女はその力でもって、モンスターを駆除し、盗賊団を壊滅させ、そして、忌まわしき異教徒の軍勢を、殲滅してみせた。リィンフェルトの登場から、何と一年も経たぬうちに、ヘルベチア領は平和を取り戻したのだ。
そんな奇跡の偉業を成し遂げ、そして、美しく聖なる姿から、リィンフェルトは自然と、こう呼ばれるようになった。ヘルベチアの聖少女、と。
私の名前はリン。シンクレアならどこにでもいる普通のシスター見習いだ。それも、エリシオンにある真っ白でキラキラした大聖堂、大教会なんてところじゃなくて、孤児と乞食くらいしかやってこない、スラム街の小汚いオンボロ教会に務める、洗礼さえマトモに受けてないシスターモドキである。
自分でも胡散臭い身分だとは思うけど、両親不明の孤児な私には、まぁ、妥当なものじゃないかと思う。私は気が付けば、この教会に捨てられていて、物心ついた頃には、ここで飼育、もとい、世話されている孤児達と一緒に、テーブルの上の黒パンを奪い合っていた。
同年代の孤児仲間は15歳を迎えると、さっさとここを出ていき、薄情にも二度と戻ってくることはないか、成人前に死ぬかのどちらか。15になってもここに残り続けるのは、エセシスター見習いとして、新たな世代の孤児共の面倒を見ることになった私くらいなものだ。
別になりたくてなったワケじゃない。何となく、流れでそうなっちゃった感じ。これまで教会を切り盛りしていた、つまり、私の育ての親にあたるシスターは、もういつ天に召されてもおかしくない老齢で、一人じゃどうしようもないほど老いぼれてしまっている。
だから、仕方なく私が後継ぎ的な感じで、元気だけは有り余ってるクソガキ共を世話する日々をなんとなーく続けてきた。そして、それはこれからもずっと続くだろうと思ってたし、最終的には、何だかんだ言いながら私もシスターと同じようにババアになるまでここにいることになるだろうと、予感していた。
けれど、ある日、私の騒がしくも平穏な日常は突如として終わりを告げた。
「――お初にお目にかかる。私はベルグント伯爵家に仕えるセバスチャン。伯爵の命により、貴女を迎えに来た」
金髪碧眼のとんでもない美形の騎士が現れたと思ったら、何だかよく分からない内に、伯爵の命令だからとさっさと教会から私は連れ出された。
「おお、君がリン、リィンフェルトだな! 何という事だ、その黒い髪と瞳、正しく彼女の生き写し……間違いなく、君こそ、私の娘だ!」
「……はい?」
スラムという最底辺の場所から、気が付けば、ベルグント伯爵邸にて、領主である伯爵本人に、感動の再会みたいな雰囲気で私は抱き着かれていた。 いや、っていうか、全然話についていけないんだけど……
「まぁ、要するに伯爵の隠し子というワケだ」
と、その日の夜、与えられた寝室にてセバスチャンが一から順に説明してくれた段階で、ようやく状況の理解が追いついた。
いわゆる一つの出生の秘密というものだろう。可哀想な私は、実はお嬢様! 実はお姫様!? そんな話は、スラム街でも出回るようなくだらない娯楽本でありふれた展開だし、思わず憧れちゃう夢見がちな女の子も多い。
けれど、十五年間筋金入りの孤児生活ですっかり冷めた感性の私にとっては、それがどれだけ馬鹿馬鹿しい現実逃避か理解していた。夢見る事より、明日のパンの方が大事なリアリスト。
まさか、そんな私が一夜にして本物の伯爵令嬢になるとは……
「実際のところ、ホントかどうかは分からないけどな」
「そうなの? あの伯爵、何か一人でめっちゃ感動してたけど」
「貴族なら演技くらいお手の物。随分と熱は入ってたみたいだが……どっちにしろ、伯爵自身がお前を娘として迎え入れることを望んでいる以上、お前はもうベルグント伯爵令嬢リィンフェルトだ」
「……そのリィン何ちゃらって何よ、私の名前はリンよ」
「伯爵が生まれた娘につける予定だった名前らしい。良かったじゃないか、似た名前で」
「いやよ、そんな大げさなの……っていうかアンタ、いつの間にか随分と砕けた口調になってるじゃない」
「まぁな、俺はこれからお前専属の護衛兼執事をやらされる羽目になっちまったからな。スラムの孤児から伯爵令嬢になって、調子に乗らないよう躾けておかなきゃいけねぇんだよ」
「はぁ!? 躾ってなに!?」
「今のお前は無知無教養のスラムのガキだ。明日から伯爵令嬢に相応しい礼儀作法を叩き込んでやる」
「……は? 礼儀? 作法?」
「マナーだけじゃねぇぞ、ダンスに学問、茶の淹れ方まで、覚えることはいくらでもある」
ダンスってアレでしょ、収穫祭でたき火を囲んでみんなでグルグル適当に回るヤツでしょ。学問なんて、セコい商売人に騙されない程度の金勘定ができればいいんでしょ? 大丈夫、私は値切るのスラムじゃ一番上手いんだから。あと、お茶なんて適当に葉っぱをお湯に突っ込んどけばそれでできるでしょ。何よ、簡単じゃない、余裕、余裕、あははは――
「はぁ……ちょっと、マジで? 何それ、貴族のお嬢様じゃあるまいし」
「だから、貴族のお嬢様だろが」
乾いた笑いしか出てこない。一日にして、私を取り巻く環境は一変した。勘弁してよ。帰して、私をあの騒がしくも平和な生活に帰して。
「けど、こんなもんはオマケみたいなもんだ。伯爵がお前に目をつけたのは、恐らく、その原初魔法――」
「は、な、何言ってんの、私、魔法なんて使えないって……」
「しらばっくれんなよ、とっくに調べはついてるんだ。お前、使えるんだろ、聖堂結界を」
「はは……もうバレちゃってるのね……」
私が抱える秘密、唯一他人とは違う特殊能力、それが聖堂結界だ。
と言っても、そう大したものじゃない。任意で透明の防御魔法を展開できるというだけで、攻撃力は皆無。うら若き乙女であるところの私が、一人でもスラムの裏路地を闊歩するのにちょうどいい、護身用の魔法という程度だ。
この魔法の正体を知っているのは、育ての親であるシスターただ一人。もっとも、聖堂結界という御大層な名前を教えてくれたことと、あまり人に見せるようなものじゃないこと、その力を過信しないこと、そんな心構え的なものしか言ってなかったけど。
これで私が血気盛んな男の子だったら、この能力で騎士か魔術士にでもなって立身出世を夢見ただろうけど、私は痛いのも怖いのも勘弁な普通の女の子である。シスターに言われるまでもなく、いざという時に身を守ることにしか使わなかった。
けど、その秘密ももうお終いのようだ。
「お前はこれから、この特殊な魔法を成長させ、使いこなすことが一番の仕事になる」
「そんなこと言ったって、どうすればいいのよ? 私、魔法の修行なんてしたこともないし、やり方もしらないわよ」
「だから、これからするんだよ。いいか、お前は三ヶ月後にエリシオン魔法学院に入学することが決まってる」
「……は? 何それ、裏口入学?」
「魔法の素養があるだけ、お前はマトモな方だよ。安心しろ」
できるか。
私だってエリシオン魔法学院の名は聞いたことくらいはある。共和国で一番頭が良くて、一番魔法が凄い人が集まるってところ。名だたる大貴族や伝説的な騎士、果ては聖職者までも、この学校の出身だという。共和国で知らない者はいない。
「はは……無理に決まってんでしょ、そんなの……」
言ったところで、もう運命は変えられない。私の無理と無茶をこれでもかと重ねる苦難の日々は、その日から始まったのだから。
まずは三ヶ月、学院に通ってもボロが出ないよう、お嬢様として最低限の教育を叩き込まれる。この顔だけはカッコいい、無駄にイケメンの鬼畜な護衛執事によって。
私が最初に覚えたのは、お行儀のよいテーブルマナーでも華麗なダンスでもなく、このセバスチャンが表向きの顔だけはいい、とんでもない腹黒野郎だったってこと。主の伯爵は勿論、誰にでも物腰柔らか、爽やかな微笑みを投げかけるイケメン騎士だけど、私にだけタメ口、私にだけ暴言を吐きかけるとんでもないヤツだ。
でも、私が素に戻れるのも、コイツの前だけだったりもするから、心から憎めないのが癪である。タバコとお酒を差し入れてくれるのだけは、感謝してあげる。
それから三ヶ月後、どうにかこうにかお嬢様モドキへとギリギリで進化した私は、本当にエリシオン魔法学院に入学した。セバスチャンも一緒に入学したのは偶然ではなく、これを見越していたからこそ、彼は私の専属になったのだと、この時になって理解した。気づくのが遅い。
ともかく、私の不断の努力と、セバスチャンの、ああ、もうこの頃からあだ名で呼んでたな、セバスのサポートのお蔭で、ハイソでエリートな学院生がひしめく学校生活を、綱渡りで送ることに。
果たして、それが伯爵の思惑通りだったのかどうかは、今でも分からないけれど、結果的に言えば、私の聖堂結界は成長した。そりゃあもう、凄い勢いで。
気が付けば、私はその代の学院生の中で、一番の魔力量を誇っていた。入学時、ぶっちぎりの保有量で魔力計測器のカウンターをぶち壊したと噂だった、青髪金目のボーっとした顔の魔女さえ超えて。
でも、私はこんなことで一番になれても嬉しくなかった。何故なら、あのいつも眠そうにボーっとした魔女のせいで、私の初恋は破れたのだから。セバスチャンと違って、本当に裏表もなく優しい、それでいて眼鏡が似合う知的な銀髪の魔法教師、27歳独身の彼に、私はトキメイた。そりゃあもう、アレが大人の魅力ってヤツだろう。私は先生がいたから、聖堂結界を極めるために頑張れたんだと思う。
でも、卒業式の日に告白して見れば――
「すまない、リィンフェルト君……私にはもう、他に思い人がいるんだ」
「ええっ!? そんな、それは一体、誰なんですか先生!」
「そ、それは……」
「教えてください。それが私の告白を断るための、都合のいい嘘じゃないというのなら……その人の名前を聞かないと、私は納得できません!」
「フィオナ・ソレイユ君だ。私は、この後、彼女に思いを告げに行くつもりだ」
私は大泣きに泣きながら学院を後にして、ヘルベチアへと帰ったのだった。
ちなみに、先生とあのボーっとした魔女がどうなったかは知らない。知りたくもない。あんなカッコよくて優しくて、魔法も強くておまけにあの若さで学院教授と社会的地位も年収も高い、超優良物件に言い寄られて、断る女などいないだろうから。ちくしょう、彼とラブラブな姿を想像すると、今でも悔しさと妬ましさで枕を涙で濡らしてしまいそうだ。これでも私は、私なりに本気だったんだから。
ともかく、失恋して戻った矢先、私はついにベルグント伯爵の実の娘として、ヘルベチア領全土に広く公表されることとなった。学院にいる間から、すでにベルグントの家名を名乗ってはいたが、はっきり伯爵の娘だと明言するのは避けていた。ほどほどに繋がりのある親戚、というスタンスでいれば、不都合はなかった。
だが、これでもう後には退けない、無かったことにはできない、私の貴族デビューである。
それは突然の発表だから、そこそこ混乱というか、大きな波紋を呼んだらしいけど……当時のヘルベチア領は、それどころじゃなかった。
モンスターと盗賊と異教徒の三勢力が各地で暴れまわる、白き神も思わず洪水で洗い流したくなるくらい酷い荒れようだ。
けれど、これらを収めるのは、神の奇跡でもなければ、勇敢な騎士団の活躍でもなく――そう、聖堂結界を極めた、私だった。
伯爵もいきなり私を最前線に投入するつもりはなかったようではあった。実際、戻った最初の一ヶ月くらいは屋敷で静かに過ごしていたのだから。ヘルベチアの綺麗な教会で、正式に洗礼とかしちゃって。アリアの聖名を授かったのも、この時。そのまんま聖母アリアにちなんでつけられるこの名は、女性の聖名としては最もポピュラー。可もなく不可もなく、それでいて由緒は正しい、目立ちたくない私にはピッタリの聖名だ。こだわりがない、ともいえる。
そんなこんなで少しは私だけ平和なひと時を満喫した後――あの事件が起こった。
スラム街に潜伏していた異教徒とのいざこざで、私の生まれ育った教会が焼け落ちたのだ。孤児達は、紅蓮の業火に焼かれて死に、そして、育ての親であるシスターも、煉獄の苦しみを味わってあの世へと旅立った。伯爵令嬢となり、曲がりなりにもエリシオン魔法学院を卒業し、アリアの聖名を得て本物のシスターとなり、立派になった私の姿を見せる前に、死んでしまった。
そこで、私は初めて人を殺した。目につく限りの異教徒を、聖堂結界を使って殺した。
私の聖堂結界は、今や効果範囲も強度も思いのまま。視界にさえ入れば、相手の退路を塞ぎ、そのまま結界で押しつぶすことができる。要は、密室に閉じ込められた状態で、上から天井が降ってくるようなもの。逃げ場なんて、どこにもない。
そうして、ウッカリ異教徒討伐で大活躍してしまった私は、その後、なんやかんやと理由をつけて、ヘルベチア領の各地を騎士と一緒に駆けまわることに。
西へ行ってはモンスターを潰し、東へ行っては盗賊を潰す。
ただ、モンスターはそこそこ倒せば逃げていってくれるので相手は楽だし、盗賊の方も、隣の領の凶作が原因で盗賊に身をやつしたというやんごとなき事情もあったお蔭で、伯爵の寛大な処置によって領民として迎えられたりという割とハッピーな解決を迎えたりした。
ただ、異教徒だけはどうしようもなかった。だから、私は徹底的に彼らを殲滅して回った。
そして、気が付けば領内に平和をもたらした、ヘルベチアの聖少女の誕生というワケだ。
「……冗談じゃないわよ」
そして、その新たな伝説の1ページとなれ、とでも言う様に、私は十字軍のパンドラ遠征へと従軍することとなっていた。
「いくらなんでも、今回ばかりはホントにヤバいって」
「おい、いつまで泣き言言ってんだ。もう、敵は目の前だぞ」
本日、冥暗の月20日。この地方では白竜の巣、なんて称される大吹雪はようやく過ぎ去り、再び突き抜けるような青空、雲一つない快晴となった。
時刻はちょうど、学院ならその日最初の鐘がなる頃。朝の冷たい空気に身を震わせながら、私は愛馬の一角獣にまたがりながら、雪原を進む。
隣には白銀の鎧を身にまとう、王子様然としたセバスチャンと、すぐ後ろには、今までの戦いの中で出会って、ここまで私についてきた馬鹿だけど頼れる仲間達。
そして、そのさらに後ろには、もう数えきれないほど、揃いの白いサーコートを着込んだ十字軍兵士の大軍勢。
「はぁ……」
大きく溜息をつく私の目の前には、凶悪な魔族が守る、見上げるほどの大城壁。
いくら穴が開いたからといっても、本当にあんな高い壁を突破できるのか。あんなところに攻め込もうなんて、伯爵も教会も、戦えと神託を下した神様も、頭がオカしいんじゃないと思う。
思うけど、ここまで来たら、本当にもう、どうしようもない。
覚悟を決めよう、私。
「――さぁ、勇敢なる十字軍の兵士達よ! これより、真なる聖戦の幕が開きます。あれに立ちふさがるは、我らが主の怨敵、邪悪な黒き神々を信奉する異教の人間と、悪しき存在たる魔族。今日ここで、忌まわしき魔の軍勢に聖なる裁きを与え、白き神の名の下に、撃ち滅ぼすのです!」
昨日の夜、眠い目をこすりながら必死に暗記した煽り文句を、何とか間違えずに叫ぶ。
頑張った甲斐あって、後ろの十字軍の皆様方は大盛り上がり。おぉーとかうぉーとかやかましい雄たけびの中で、「魔族を殺せ」と「神のご加護を」という物騒な言葉と聖なる祈りが飛び交う。
正直、私にどんな権限があって軍の先頭に立って兵を率いているのかイマイチよく分からないけれど、それでも、やれと言われたので、己の役割を果たす。
だって、この戦争に勝てば、私は自分だけの領地を得られるかもしれないのだ。広くなくてもいい、家が一軒と、そこそこの畑、あとは何頭か家畜の飼える小屋が建てられるだけの面積があればいい。そしたら、今度こそ私は、そのささやかな自領に引き籠って、戦いやら貴族の思惑やらとは無縁な、静かで平和な生活を送る。
それが、今の私の夢と希望。
だからお願い、スパーダの魔族。ここは大人しく、負けてちょうだい。
そんな俗っぽい自分本位な祈りを心に抱いて、私は手にした愛用の長杖を掲げて、声の限りに叫んだ。
「――全軍、突撃!」