第428話 拡大権限(フルオーダー)
「よく来てくれた、冒険者諸君。まずは、かけてくれ」
言葉だけで見れば歓迎の台詞であるが、レオンハルト王の口から放たれれば、どこか重圧のようなものを感じさせる。王の威厳、というやつだろうか。
「失礼いたします」
真っ先に席へとついたのは、ファルキウス。一国の王を前にしてもまるで気負った様子はなく、無骨な椅子へと優雅に腰を下ろした。
それに続いて、この場に集った冒険者達も椅子に座り始める。無論、俺もその中の一人。
「やばい、何か緊張してきた……」
思わず、そう口に出してしまいそうな雰囲気である。
ここは、ファルキウスに連れ込まれて――もとい、案内されてやって来た、ガラハド要塞の作戦司令室である。王侯貴族に将軍将校が集うであろうお城の司令室など、元高校生にして現役冒険者の俺にはまるで縁のない場所だ。せいぜいイスキア古城の司令室を、グリードゴアを倒した後に観光気分で目にしたくらい。
あそこは、固い石づくりの冷たい地下室みたいな感じで、意外と地味なんだなという程度の感想だった。そして、その感想は今もあまり変わらない。
巨大なガラハド要塞とはいえ、拠点防衛という機能性をとことんまで追求された作りである以上、無駄な装飾はない。ここもまた、如何なる攻撃にも揺れ一つ起こさないとばかりに、分厚い石材と鋼鉄と防御魔法で守られた、堅牢な一室。壁に窓はなく、真紅のスパーダ国旗と大きなガラハド山脈一帯の地図が張り出されている。
しかし、そんな無骨極まる司令室には、実戦よりも緊張する張りつめた緊迫感が漂っている。この要塞で、実際に命をかけて、あるいは、命を預かって戦っている者が存在しているが故の、リアルな緊張感。
ちくしょう、リリィを連れてくれば良かった。情けないが、心の底から思う。
「図らずとも、白竜の巣に飲まれしばしの休戦と相成ったが……ひとまずは、今日の戦働き、ご苦労であった」
レオンハルト王が淡々と社交辞令染みた挨拶の言葉を述べるのを、俺達、呼び出しくらった冒険者は静かに聞き入っている。
ここにいるのは、ファルキウスが言った通り『グラディエイター』の大隊長と、俺達『独立行動権限』持ちの者のみ。出席を許されたのは、パーティリーダーに限定――これは差別というより、部屋の面積的な問題だろう――されるので、ここにはリリィもフィオナもいないというワケだ。ちなみに、二人には話はすでに通っている。頑張ってね、とリリィに言われたが、俺は何をどう頑張ればいいのか、イマイチ不明である。
ちらりと右を見れば、すぐ隣にある麗しいファルキウスの美貌をはじめ、枯れ木のように痩せぎすな婆さんに、ピンクのフルフェイスヘルメットの女性。婆さんの方は『ヨミ』のリーダーで間違いないが……『ブレイブレンジャー』はどうしてピンクが来ているんだろうか。
その存在に一抹の疑問が残るピンクアローさんの後は、如何にも屈強な冒険者といった風貌の男達が並び、最後、つまり上座のレオンハルト王に最も近い位置に『グラディエイター』隊長のアイゼンハルト王子が座る。やはり、並んでみると似ているな。
それとなく左を窺ってみれば、こっちは一度も顔を見たことのない大隊長の面々が並んでいる。『独立行動権限』持ちは、スパーダの出陣前に権限授与の際に見かけたが、大隊長に任命された冒険者は名前しか知らない。
唯一、顔と名前が一致するのは、アイゼンハルト王子の逆位置に座る『鉄鬼団』のリーダー、赤いオークのグスタブさんのみ。ランク5かつ、つい最近もイスキア村を守って勲章を授かったのだから、大隊長の中でも頭一つ抜きん出ているといったポジションだろう。
「早速だが、本題に入る。アイク、説明は任せた」
「はいよ」
ちょっと疲れた様子で椅子から立ち上がったアイゼンハルト王子は、壁際に控えていた騎士から、指揮棒のような――いや、アレは正真正銘、魔法の小杖か、それを受け取った。
「知らないヤツはいないと思うが、城壁には今、二つもドデカい穴が空いている」
軽い口調だが良く通る声で話しながら、王子様は杖を一振り。
その瞬間、俺達が囲っている大きなテーブルに立体映像が浮かび上がる。白い光のワイヤーフレームで構成されたガラハドの大城壁が、目の前に現れた。
光魔法の一種なんだろうが……魔法というか、SFみたいな効果だ。我が寮にも一台欲しい。
「正確な位置は、ここと……ここだ。ちょうど北右翼と南左翼の両端に別れるような感じだな」
説明に対応して、破損個所が赤い光点で示される。点の大きさが、そのまま実際のサイズと同じ比率なのだろう。何とも見た目に分かりやすい。
「急いで補修作業を進めちゃいるが、この猛吹雪じゃそうはかどらないだろう。最悪、死人が出るヤバい工事だ」
だが、工兵というのはそれが任務。戦場で土木建築に従事しようというのだから、危険な工事になるのは当たり前。
それでも、十字軍の猛攻に晒されるよりも、吹雪の方がまだ安全ではあるだろう。少なくとも、今は十字軍からカタパルトの火球は飛んできてない。
「で、この大穴を開けた古代兵器、エンシェントゴーレム、あー、えっと、報告によれば、コイツは『タウルス』という名前だと判明してる。問題なのは、このタウルスがまだ残ってるということだ。撤退したあの二機だけじゃねぇ、まだ十数機は控えているということも分かってる」
「十数って……ホンマかいな、こら骨が折れるでぇ」
思わず、といったようにグスタブが相変わらずのエセ関西弁口調で唸った。他の冒険者も同じように、その残機の多さに驚くような反応である。
俺もリリィに前もって聞かされていなければ、「うお、マジかよ、ムリゲーだろそんなの」と少なからずショックを受けていただろう。幸いにも、続くアイゼンハルト王子の説明は、おおよそリリィが知り得た情報と同じものであったため、俺は平気な顔を貫くことができた。
それにしても、ここまで正確に情報が伝わっているのは、俺が知らない間にリリィがさっさとスパーダ軍に情報提供したのか。あるいは、リリィに匹敵する情報取集をあの戦場で行った凄腕の諜報部エージェントがいたのか。 まぁ、どっちでもいいが。
「――アレには下手な攻撃は全く通らねぇ。ウチのバリスタさえ弾き返す固い装甲だ。ぶっ壊すには、ファロス砲か、お前たちの『必殺技』くらいの火力が必要なのは、まぁ、見ての通りだよな」
ここまでは、あくまで確認に過ぎない。では、この強力なタウルスをどうするか、どうガラハド要塞を守っていくか。その具体策が重要なのである。
「そんなワケで、タウルス対策のために少しばかり、俺達『グラディエイター』の配置を変更しようと思う」
まず前提として、穴が空いた箇所を重点的に守るようにする。もっとも、俺達は元から北右翼と南左翼に分割されるような形であったから、おおまかな配置にそう変化はない。
重要なのは、その配置の人選である。
「左翼は俺が直接率いる。大隊長はグスタブ、ローレンツ、アリエッティ。独立行動権限組みは『ヨミ』と『ブレイドレンジャー』だ。それと、悪いとは思うが『ブレイドレンジャー』は独立行動権限を凍結する」
「ちょっと待って、どういうことなのよそれは!」
ガターンとけたたましい音を立てて、ピンクアローが反論の気炎を上げた。
「まぁ、落ち着けよ。決して『ブレイドレンジャー』の評価を落としたワケじゃあないんだ」
「だったら!」
「『ファイブレイドシュート』は、タウルスにダメージを与えられる数少ない攻撃だ。この一発があるかないかで、戦局を左右しかねない。要するに、次も確実にタウルスにぶち込んでくれなきゃマズいってワケだ。発動タイミングは、こちらの指揮に従って欲しい」
聞くところによれば、『ブレイドレンジャー』の必殺技『ファイブレイドシュート』は、一発撃つだけで五人全員が魔力切れでぶっ倒れるという。フィオナの『黄金太陽』と同じである。
何というか、この異世界における必殺技というのは、一度使えば必ず魔力切れで倒れるのが絶対条件なんだろうか。それとも、ただの様式美か。
「……分かったわ。ただし、条件があるわよ」
「出来る限りは、聞くぜ」
「アイゼンハルト王子、貴方が『ブレイドレンジャー』の新しいレッドソードになってください」
「報酬を倍払うから、それで勘弁してくれ」
「今だけでいいから! お願い!!」
「いやマジで勘弁」
「前からレッドは貴方が一番相応しいと思っていたのよ!」
「報酬は三倍払う、それで手を打ってくれ」
「……仕方ないわね。でも、私は諦めないから」
そんな激しい交渉を経て、ピンクアローは再び席へと落ち着いた。
というか、この場で自国の王子様をパーティ入りさせようって、凄い度胸だな。今なら分かる、このピンクこそが『ブレイドレンジャー』のパーティリーダーなのだと。
しかしながら、アイゼンハルト王子がレッドに相応しいのは、俺も同意できる。
「今の話で分かったと思うが、タウルスに対して有効打を持つパーティは、スパーダ軍の指揮に従ってもらいたい。敵がタウルスをけしかけてくるまでは、戦闘させられないってことでもある」
確かに、勝手な判断で一発限りの必殺技を雑兵の群れに撃ちこまれてしまっては、無駄撃ちもいいところである。歴戦の冒険者なら、その判断を誤ることはないとは思うが、それでも明確にスパーダ軍の指揮下に入るのは確実だろう。
「それはファロス砲も同じだ。もうタウルスを撃破するのに割り振るしかないからな。向こうが出してこなければ、こっちも秘密兵器を封じられるっていう、中々に厳しい状況だということを理解してくれ」
凄いビームを発射した『戦塔ファロス』は、ガラハド要塞が誇る強力な古代兵器だと事前情報で知っていたし、今日、見事に四機のサンプル・タウルスを破壊したことで、その威力も確認した。
フルチューン・タウルスが城壁を崩壊させる決定的な存在である以上、それを撃破できる手段であるファロス砲や『ファイブレイドシュート』などの攻撃は、温存しなければならないのだ。例え、どれだけ激しく十字軍兵士が攻め込んで来ようとも、安易に撃ってしまっては後がない。
恐らく、十字軍もこの辺の予想はしているだろう。タウルスを出し渋って、こちらの高火力を封じたまま、城攻めを続けるという戦術に出る可能性もある。
もしかすれば、最初にサンプル・タウルスをけしかけたのも、データ収集と同時に、こちらの反撃を観察する威力偵察の意義もあったのかもしれない。
「さて、話を戻すぞ。右翼側は、副隊長が指揮する」
「副隊長のエリウッドだ。冒険者の皆、よろしく頼む」
軽く挨拶をしたのは、アイゼンハルト王子の隣に座る赤い甲冑のスパーダ騎士。ゴツい中年男で、その面構えはマッチョで有名なハリウッドの大スターを連想させる。
しかしこの人、あの細長い耳が俺の見間違いじゃなければ、エルフということになる。なるほど、エルフにもあんなゴツい人がいるってことだ。また一つ、俺は異世界の常識を学べた。
「こっち側の人数は少なくなるが、その分、第三隊『ランペイジ』のゲゼンブール将軍がカバーしてくれる。いや、どっちかっていうと、その逆かな。右翼側の穴は『ランペイジ』が担当して、『グラディエイター』はサポートといった感じになる」
配置として、右翼の穴はゲゼンブール将軍という人が、左翼はアイゼンハルト王子が、というように、将軍級の人物が防衛の責任を負うという感じか。
「大隊長はタニアとブラン。独立行動権限組みは『エレメントマスター』と、ファルキウス」
「やったねクロノ君、僕と一緒だよ」
場違いなほど無邪気なファルキウスの声が、冷たい司令室に響き渡る。
「……そうだな」
俺には、そう返すだけで精一杯だった。
こっちの複雑な心境などまるで考慮しないように、ファルキウスはニコニコ笑顔で肩をポンポン叩いてくる。ええい、やめろ。席替えで好きな女子の隣になって舞い上がってる男子かお前は。
「『エレメントマスター』のクロノ、それとファルキウスは新たに『拡大権限』を与える」
「へぇ、随分と思い切ったことをするね、アイク」
俺に絡んできた子供みたいな態度が嘘だったかのように、急に底の知れないミステリアスな雰囲気をかもしてファルキウスが問うた。
「俺の判断じゃねぇさ、親父の命令、もとい、王命だ」
「ふふ、そういうことなら――ありがたく拝命させていただきます、レオンハルト国王陛下」
わざわざ立って、恭しく一礼してから、ファルキウスは再び着席した。対するレオンハルト王も、全てを分かっています、みたいな落ち着いた雰囲気で「うむ」と威厳たっぷりにうなずいた。
ヤバい、俺だけ完全に話に置いて行かれてる。
「おい、『拡大権限』って何だ?」
「ああ、悪いなクロノ君。君はスパーダに来てまだ日も浅いみたいだから、知らないのも当然か」
俺は隣のファルキウスにこっそり尋ねたのだが、耳ざとく質問を聞きつけたアイゼンハルト王子が返事をくれた。
「ちょっと、アイク……クロノ君は今、僕に聞いたんだよ?」
「『拡大権限』ってのは、簡単に言えば独立行動権限と同時に大隊長もやってもらうってことだな。それなり以上の指揮権が手に入るんだ、すげぇだろ?」
「わざわざ、僕に聞いてくれたというのに」
「まぁ、本職の騎士並みに統率しろとは言わねぇから、気楽にやってくれ」
「そういうのは、あんまりじゃないかな」
なんだろう、このカオスな状況は。俺はただ、ちょっとした疑問を口にしただけというのに。そんなに俺の無知が悪いのか。
いや待て、落ち着け、空気に飲まれるな。とりあえず、何故かめっちゃ不機嫌になって王子様に食ってかかってるファルキウスを止めよう。
「おいファルキウス、ちょっと落ち着け。詳しい説明は後でお前に聞いてやるから。ほら、ガラハド飯店で奢ってやるよ。好きなものを食え」
「本当かい? 嬉しいな、君の方からディナーに誘ってくれるなんて」
まさか、適当に言い放った言葉にここまで効果があるとは。そんなにタダ飯が食えるのが嬉しいんだろうか。意外とハラペコキャラなのか、フィオナと被るぞ。
まぁいい、これで真面目な話に戻れる。
「けど、本当に俺にそんな権限を与えて、良いのですか?」
大隊長を兼ねる、ということはつまり、最低でも千人の冒険者の命を預かるということだ。
俺が人の上に立った経験など、アルザス防衛戦の時だけ。それにしたって、冒険者同盟の百人全員に助けられ、支えられたようなものだ。
「なに、大まかな作戦命令はこっちから伝える。それを、その通りに部下に伝えてくれりゃあそれでいい。元より『グラディエイター』は冒険者の寄せ集めだ、そう難しい作戦行動をさせるつもりはハナからないのさ」
いくら優秀なランク5冒険者といえども、大隊長として千人もの部下を完璧に統率するというのは無理な話だろう。そんなことができたら、職業軍人の立つ瀬がない。
「そもそも『グラディエイター』の大隊長ってのは、派手に戦って士気を上げるのが主な役目だからな。強ぇヤツが正面きって暴れてくれりゃあ、それだけで後が続く。」
あとは最低限、冒険者達を取りまとめてくれればそれで良いということだ。スパーダの冒険者も実力至上主義みたいなところがあるから、ランク5と高い戦闘力を誇っていれば、割と従ってくれるのだろう。
その辺はダイダロスと、そう変わりないな。ということは、大隊長の座をかけた決闘でもすればバッチリか。華麗に勝利できればの話だが。
「ファルキウスには、主に剣闘士を率いてもらう。人選は、そうだな……こっちが選ぶより、お前が声をかけた方がよさそうだな」
「そうかい? それでいいなら、好きにさせてもらうよ」
いくら臨時の冒険者軍団とはいえ、人事異動がそんなんでいいのだろうか。いや、やはりファルキウスだからこそ、だろう。スパーダNO1剣闘士の称号は伊達ではないと。
「クロノ君の方は、まぁ、適当に人を割り振るけど、希望があれば出来る限り聞くぜ。何かあるかい?」
アイゼンハルト王子の質問に、俺は沈黙で答えるより他はなかった。
俺はまだ、大隊長をやるとは言っていない。急な話というのもそうだが、正直にいえば、自信がない。
あるはずもないだろう。かつて、俺が率いた百人の冒険者達は、全滅の道を辿ったのだから。
「――クロノ」
その時、沈黙を破って名を呼ばれる。レオンハルト王が、黄金の瞳をギラつかせて、睨みつけるように真っ直ぐこっちを見た。
「アルザス、あの何もない田舎の村で、十字軍の大軍勢を足止めしてみせたと、聞いている。この話が嘘か真か、真偽は問わぬ。だが、私は信じようと思う」
俺の、いや、俺達『エレメントマスター』を評価してくれたのだろう。しかし、素直には喜べない。こればかりは。所詮、負け戦。
「間違いなく、君はアルザス村で死力を尽くして十字軍と戦ったのだろう。だが、力及ばず、仲間は皆、倒れた。その無念、そして、十字軍に対する恨みの大きさは、今日の戦いぶりを見れば、自ずと分かろうというもの」
「……ありがとう、ございます」
流石は一国の王というだけあるということか。祝勝パーティでほんの少し会話しただけの関わりだというのに、これほど俺の意を汲んでくれるとは。
「君には、本物の覚悟と力がある。今度こそ、多くの仲間を勝利へ導くことができるだろう」
凄い期待をかけられたものだ。王様にここまで言われて、男なら奮い立たないわけがない。
「どうだ、冒険者クロノ。拡大権限を受け、大隊長として冒険者を率いてくれないか」
考える時間、決断するための時間は、もう十分だろう。
よし、決めたぞ。
力強いレオンハルト王の視線を、俺は真っ向から見つめ返して、言った。
「申し訳ありません。お断りさせていただきます」