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黒の魔王  作者: 菱影代理
第22章:第五次ガラハド戦争
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第425話 掘削機

「ようやく、ランク5冒険者達が本気を出し始めたようだな」

「みたいですね」

 フィオナと二人仲良く並んで、下から登り来るキメラ兵に銃弾とファイアーボールを浴びせながら、そんな言葉を交わす。

 リリィが背中のハッチをどうやってか開き、その中へ侵入していった辺りから、スパーダ側からの攻撃が激しくなり始めた。

 正直、この巨大ロボなエンシェントゴーレムのコックピットがどうなっているのか非常に興味がそそられるが、持ち場を放棄してリリィにくっついていくワケにもいかない。後ろを気にしない代わりに、俺の注意は自然と周囲の攻撃に向いたのだ。

 もう目前まで迫りきた巨大な敵に対し、魔術士クラスがここぞとばかりに派手な上級攻撃魔法フォルティスサギタやら原初魔法オリジナルやらが城壁の上から飛んでくる。

 中でも、五色に輝く光の球の攻撃魔法は、中々の威力があった。残念ながら、一撃で倒すまでには至らなかったようだが。まぁ、俺達だって三人全員でぶち込んでようやく撃破だからな。火力自慢の魔術士も、エンシェントゴーレムのタフさには辟易するだろう。

「――『雷紅刃ライトニング・スパーダ』っ!」

 どこかで聞いたことのある声だな、と思いつつ、かなり強烈な魔力の気配を感じ、思わず城壁を見上げる。ここからでは術者の姿は確認できなかったが、赤い雷が剣の形となった魔法が放たれる瞬間は、目撃できた。

 見た目はスパーダ伝統の両刃剣グラディウスを模した光刃フォースエッジのようだが、本質的には純粋な攻撃魔法に違いない。

 煌めく刃は、バリバリと真っ赤な稲妻の尾を引いて、半壊したゴーレムの単眼モノアイへと迫る。この鈍重なデカブツに、正しく雷の速度で飛来する攻撃を回避する余地など、あるはずもなかった。

 狙い違わず、巨大な雷剣はエンシェントゴ-レムの顔面に突き刺さる。閃く赤光、耳をつんざく雷鳴。

 赤き破壊の稲光が収まったその時、全身から火花を弾けさせ、ブスブスとドス黒い煙を噴き上げて、ゆっくりと地面へ倒れゆく鋼鉄の巨人の姿が現れた。

 頭部を完全に吹き飛ばされ、首なし死体の様相を呈するエンシェントゴーレムは前のめりに倒れてゆき、城壁に手が届く寸前の距離で雪上に沈黙する。

 超重量の人型が倒れた衝撃による地響きと共に、城壁で一部始終を目撃したスパーダ軍からどよめきが起こる。

「……もしかして、回路がショートしたのか」

 ただ首をブッ飛ばすだけで倒れるなら、フィオナの『黄金太陽オール・ソレイユ』だけで十分だった。頭どころか、胸元まで半壊しても稼働し続ける驚異の耐久性を、このエンシェントゴーレムは間違いなく持っている。 今倒れた一機がたまたま不良品だったってこともないだろう。

 それでも、あの『雷紅刃ライトニング・スパーダ』とかいう赤い雷魔法一発でやられたのは、そこに秘められた雷撃が、ゴーレムの体を動かす電気回路を焼いたから。果たして地球にある電気製品と同様の構造なのか、それとも全く別な魔法技術による代物かは不明ではあるが、少なくとも、全身から煙を噴いて倒れた様子を見れば、手足の先まで真紅の雷撃が駆け抜けたことは間違いない。

 冒険者的に考えれば、ゴーレムは雷属性が弱点ということになる。とはいっても、生半可な電力では通じないだろう。

 もう一度、俺の『荷電粒子竜砲プラズマブレス』を試してみたいところだが、残念ながらその機会はなさそうだった。

「よし、ゴーレムもほとんど全滅だな」

 スパーダ軍の猛反撃によって、エンシェントゴーレムは次々と白い大地へと沈んでいく。

 まず、俺達が一機撃破。その直後に、後ろの塔から発射された極大の光魔法ビームによって四機が沈黙。この時点で、すでに半分が破壊されている。

 そこから、五色の光球で一機が半壊、『雷紅刃ライトニング・スパーダ』でまた別の一機が大破。さらに城壁の南右翼側では、二機のゴーレムが倒れているのが確認できた。

 どうやらその二機は、魔法ではなく武技によって倒されたらしく、どちらも足を斬り飛ばされていた。動きは止めたが、コックピットも動力機関も無傷なゴーレムは未だ生きている。両腕で這いずりながら、尚も全身を続けていた。

 ここがトドメを刺して武勲を挙げるチャンスだと思っているのか、結構な数の冒険者が、果敢にも倒れたゴーレムへと群がっているのも見えた。あれほどの巨体なら、ただ匍匐前進するだけでも相当な危険があるだろうに。

「飛べない奴もいるだろうに……無茶をするな」

 わざわざ城壁を飛び下りてまで、鋼の巨躯へと乗りこんで行く命知らず――とは、真っ先に飛び出した我が身を思えば、あまり馬鹿にはできない。

「このゴーレムは硬いだけの、大きな的ですから。鈍い上に、反撃もしないので大した脅威ではないですよ」

 フィオナの言う事も一理ある。

 あのデカい一つ目を向けてはくるが、虫のようにたかる俺達を振り払ったり、振り落とそうと体を揺すったりもしない。せいぜい、護衛のキメラ兵が襲ってくるだけ。ゴーレム本体には、全く反撃する気が感じられない。というより、それができる機動性ではないのだろう。

 これなら確かに、一度乗りこんでしまえば破壊するのに四苦八苦するだけで、命の危険はない。

「思ったよりも、見かけ倒しだったか?」

「攻城兵器は、そういうものですよ」

 城、壁、門といった建物を破壊するのに特化しているか、人を殺すのに特化しているか、機能性の違いということだ。どちらにせよ、こいつらを放置すれば城壁崩壊の危険はあったワケだし、全力で潰す以外に選択肢はなかった。

 そんなことを思えるのも、こうしてゴーレムを食い止めることに成功した今だからこそだろう。

「お、リリィがやったようだな」

「ええ、流石ですね」

 そう、今この瞬間に、俺達が乗りこんだゴーレムの動きが止まったのだ。

 バッテリーを使い切っていくように、ゆっくりと歩みの速度が落ちてゆき、三歩目を踏み出す直前で、ばったりと足が止まる。お蔭で、急制動をかけられることもなかった。ともすれば、止まったことに気づけないかもというほど、静かな停止であった。

 コックピットに侵入したリリィが、上手くパイロットを始末してくれたに違いない。

 こうして、俺達『エレメントマスター』は、エンシェントゴーレムに傷一つ付けずに止めるという、スマートな倒し方を実現したのだった。九割方、リリィの手柄であるが。

 それにしても、二機も始末したのだから、これは結構な報酬が期待できるかも、とか、ランク5冒険者の面目躍如だな、とか、呑気なことを考えてしまったその時。

「クロノ! フィオナ! 今すぐゴーレムから離れるわよ!」

 そう叫びながらハッチから飛び出してきたリリィの顔に、ゴーレムを仕留めた歓喜の色は浮かんでいなかった。一刻の猶予もない、とばかりの険しい表情。

 一体どうしたんだ、などと問いかけるのは後回し。冒険者はコンマ一秒の判断遅れが即死に繋がる。悠長に質問などしている暇など、あるはずもない。

「分かった、壁に戻るぞ!」

 答えながら、動きを止めたゴーレムの背中を魔手バインドアーツで駆け上がる。隣には、無言で並走するフィオナ。

 幸いというべきか、ゴーレムが停止して護衛の役目が放棄されたのか、群がって来ていたキメラ兵の追撃もなかった。後ろを気にせず、ただ垂直の背中を登るのに集中できる。

 そうして、俺は肩まで上りきるなり、城壁に向かって思い切り飛ぶ。行きの時より、ゴーレムと城壁との距離は随分と縮まっているが、それでも一足飛びに戻れるほどは短くない。帰りも同じ、ヒツギ頼みだ。

 二十メートルほどの大ジャンプをしている最中に、ジャラジャラと黒い鎖の触手を真っ直ぐ城壁の天辺に向かって伸ばし、命綱を確保。頭の中でヒツギが「えーい!」と掛け声を上げて触手を巻き上げ始めると同時に、空中に身を投げ出したフィオナをリリィが引っ張り上げていた。

 俺が城壁の上まで戻って来た時には、すでにリリィがフィオナを通路へ下ろした後であった。魔手バインドアーツを使えば、結構な早さで空中移動できるが、流石に飛行能力持ちには敵わない。

 とりあえず、こうして俺達は無事に城壁までは戻ってこられたワケである。これでようやく、落ち着いてリリィから事情を聞けるというものだ。

「なぁリリィ、ゴーレムが倒れるから急いで離れろ、って言ったワケじゃあないよな?」

 振り返り見れば、俺達が乗りこんだゴーレムが、前のめりに倒れこんで行く姿が映る。その巨体と重量は、ただ倒れるだけで大爆発に匹敵する音と振動を響かせる。ズズン、と雪煙を上げて走った地響きと轟音が収まってから、リリィは答えた。

「操縦者から可能な限りテレパシーでエンシェントゴーレムの情報を集めたの」

 ハッチが開いてから、パイロットを始末するまで思ったよりも時間がかかったと思ったが、なるほど、そういう事情だったか。もしかして、と薄々予想はしていたが、本当にやっているとは、流石リリィ。どこまでも抜け目がない。

「分かったことは幾つかあったんだけど、その中で最悪の情報が――」

 その時、キィーンという、耳鳴りかと錯覚するような音が聞こえてきた。最初は小さかったが、その甲高い音は徐々に、だが確実に大きくなってくる。

 リリィの言葉に耳を傾けながらも、どこかで聞き覚えのある音だと思考を巡らせる。

 何かの機械音、作動音。少なくとも、自然が奏でる音ではない。規則正しく鳴り響くその音色は……そうか、アレだ。

 飛行機の音に似ている。空港で聞こえてくる、あの巨大なタービンが回転するジェットエンジンの音。

「――この十体のゴーレムも、ただの捨て駒だったってこと」

 薄ら煙る雪煙の向こうで、不気味なジェットエンジンの音色を轟々と響かせる元凶が現れる。

 それは三つの人影。

 勿論、そのサイズは三十メートル級。先ほど倒しつくした、エンシェントゴーレムと同じ巨大さを誇っていた。

「アレがエンシェントゴーレムの、いいえ、古代の人型重機パワーローダーが完全に復活した姿。『フルチューン・タウルス』よ」

 一見しただけで、先に相手をした奴らとの違いが目につく。まず、体の各所の装甲が開いているのが確認できる。そこから、青白い光の粒子が勢いよく噴き出ているのが、この離れた距離からでもよく輝いて見えた。

 だが、最も強く輝いているのは、その背中。下方に向かって轟々と滝のように青白い光を噴射しており、まさかと思った瞬間――浮いた。

 そのまま飛び立ちはしなかったが、あの鋼の巨人が、確かに宙に浮いている。足の裏からも光を迸らせながら、雪上から数メートルは浮き上がり、その場でピタリと滞空ホバリング

 恐らく、背中にあるのがメインブースターで、脚部や腰部、足の裏にあるのが補助用のサブスラスターといったところだろう。

 青い光の推進力が、どれほどの速度をもたらすのかは未知数だが、この肌に感じる魔力の気配からいって、地球のロケットエンジンに匹敵する馬力を秘めていると確信できる。いや、あの巨体を宙に浮かせた時点で、地球の科学力を超えているのかもしれない。

「……嘘だろ、おい」

 呆然としている暇など、なかった。同時に、どう見てもさっきとは桁違いの性能を誇るだろう新型三機に対するロクな対抗策を思いつく時間もない。

 あ、と思った時には、すでにゴーレム、リリィ曰く、『フルチュ-ン・タウスル』という名の巨人が動いた。

 ドっと噴かせたブースターから、大気を震わす轟音を響かせながら、タウルスは一直線に走り出す。

 いや、正確には飛んでいる。ホバークラフトのように、雪上を滑ってくるのだ。

「くそ、速いぞコイツ――」

 盛大に雪煙を撒き上げながら迫るその様は、自らが雪崩そのものになったかのような迫力を感じさせる。

 左右に向かう二機が先行し、中央に陣取る一機はまだ動かなかった。今の俺達の立ち位置を考えれば、迎撃できるのは向かって右側から迫ってくる一機の方だ。

 とはいっても、さっきの鈍重さが嘘のように、雪の上を疾走してくるタウルスを前に、もう『荷電粒子竜砲プラズマブレス』をチャージしている時間もない。フィオナもリリィも、詠唱する余裕はないだろう。

「撃てるだけ、撃つしかない――榴弾砲撃グレネードバースト

「それしかないですね――ثلاثاء اللهب الرمح يخترق――『火炎槍イグニス・クリスサギタ』」

「مشرق حريق يدمر الابيض انتشار النار――『大閃光砲ルクス・フォースブラスト』」

 タウルスが壁まで到達する、僅か数十秒の間に行使できる最大火力で迎え撃つより他はなかった。

 すでに、左右に立ち並ぶ冒険者や兵士から、この明らかにさっきよりも強敵と見えるタウスルに向かって、必死の迎撃を試みている。

 武技によって撃ち出される剛弓も、上級攻撃魔法も、怒涛の勢いで迫るタウルスに当たった端からあえなく散っていく。磨き抜かれた鋼鉄の装甲には、傷一つも焦げ跡もつかない。

 恐らく、俺達の攻撃だって――予想はつくが、それでも今できることは、これしかなかった。

 俺が撃ったのは、六砲身からそれぞれ一発ずつ、同時に発射された『榴弾砲撃グレネードバースト』。当たれば、突進してくるドルトスだって木端微塵に吹き飛ばせるだけの爆発力を秘めている。

 フィオナが放った略式詠唱ショートスペルの『火炎槍イグニス・クリスサギタ』、リリィが珍しくフル詠唱で行使した光の上級範囲攻撃魔法『大閃光砲ルクス・フォースブラスト』、どちらも、威力の高さは語るまでもない。

 黒煙の尾を引いて飛ぶ六連発の榴弾に、火炎の竜巻と光の奔流が、やはり避ける素振りすら見せずに猛進するタウルスに炸裂した。

「――くそっ、怯みもしないか」

 瞬間的に弾け広がる爆炎と粉塵を割って、無傷のタウルスが躍り出る。

 この時、すでに城壁との距離が二百メートルをきった。

 間近に迫った巨大ロボ然とした姿を前に、背筋が凍りつく。ダメだ、コイツはもう、止められない。

「伏せて、クロノ!」

 言われるがままに、俺は隣に立つフィオナの肩を抱きながらその場に伏せった。あと十秒もしない内に、あの巨体が城壁と衝突することは、誰に言われるまでもなく明らか。

 いや、ただぶつかるだけならいい。

 俺はすでに見ている。タウルスの右腕に、さっきのヤツとは違って、確かに武装がされているのを。

 噴き出すブースターの次に目立つ変化が、その右腕であった。一言で表現するなら、ドリル。むしろ、それ以外に表現のしようもない。

 俺がパイルバンカーを放つ時に、脳裏に思い描くイメージをそのまま具現化したような、正に巨大ロボが装備するようなドリルである。

 タウルスに装着された、その身に見合ったサイズの巨大ドリルは、問題なく稼働しておるようで、ギュルギュルと力強く高速回転していた。

 そんな破壊の螺旋が渦巻く右腕を、タウルスが思い切り振りかぶっていた。俺が床に伏せる直前に見た、最後の姿がソレだ。

 もう、次の瞬間には、ガラハドの大城壁に巨人のパイルバンカーが炸裂するだろう。

「――ぐっ!?」

 そして、予想に違わず、俺は聞いた。大地震が来たように揺れに揺れる城壁の上で、スパーダを守る壁が、砕ける音を。

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