第424話 フォーメーション『ドラゴンキラー』
迫り来る巨大な古代兵器を前に、今、ガラハドの大城壁に五色の光が輝いた。
「燃え上がる炎の赤! 熱血! 一閃! レッドソード!」
赤い髪に赤いマフラーの青年が、真紅に輝くロングソードを構えて吠える。
「凍てつく氷の青、冷静、氷結、ブルースピア」
青い長髪とマフラーをニヒルになびかせて、エルフの青年は透き通った水色の突撃槍と、雪の結晶のような色と形の大盾を構える。
「豊かなる大地の黄、怒涛、圧潰、イエローアックス!」
黄色のマフラーを翻し、黄金に煌めく大斧を力強く担ぐのは、巨漢のサイクロプス。
「吹き荒れる風の緑! 疾風、連撃、グリーンナイフ!」
緑のマフラーに緑の体のゴブリンは、淡いエメラルドの発光を宿す二振りのナイフを器用にクルクル回してから構えた。
「アナタのハートに百発百中! 桃色の愛にトキメいてっ! ドキドキフルチャージ、ピンクアローッ!!」
目に眩しいショッキングピンクのメットと全身スーツとマフラーをまとった女性が、ずば抜けたハイテンションでハート型の大弓を引く。番えられた矢も桃色一色、鏃も鋭くとがったハートになっている。
「――勇気と希望の明日を斬り開く、正義の刃! 超刃戦隊! ブレイドレンジャー!!」
ビシっとポーズを決めた五人が名乗りを上げると同時に、赤青黄緑桃と五色の爆炎が噴き上がった。
「……アイツらは相変わらずだな」
と、ネロは彼らの姿を冷めた横目で見ながら、溜息と共にそんな感想を零した。
ランク5冒険者『ブレイドレンジャー』は、戦いの前に必ずこの特徴的な名乗りを上げることで有名だ。盗賊団討伐の時など、まだ相手が聞いてくれる時は、戦いを見守る人々に勇気と希望を与えるカッコいい演出だが、聞く耳など持ちえないモンスターの場合は、ブレスや突進などの猛攻撃に晒されながら無理矢理に実行することとなる。
それでも名乗りとポージング、ついでに自前の魔法で焚く五色の煙もきちんとやってみせるのが、彼らがランク5に相応しい実力者であることを示す。
もっとも、そんな姿をネロは素直に評価する気にはならないが。どう見ても馬鹿の所業、カイの方がまだお利口さんに見えてくるほどに。
「よし、行くぞ皆! 必殺ファイブレイドシュートだ!」
応、と元気よく答えたメンバーは、手にした武器を天高く振り上げるポーズに変えながら、合唱するように音程を合わせた詠唱を始めた。
「おいおい、いきなり必殺技撃つつもりかよ」
五人の体がそれぞれに対応した色に光っていくと共に、強い魔力の気配が迸る。魔法の素養がない鈍感な者でも肌にビリビリくるほど感じるソレは、これより解き放たれようとする五人の複合魔法の破壊力を期待させる。
ネロを呆れ顔から少しばかりの驚き顔に表情を変えさせたのは、その威力の高さを察したから――否。
「アレ撃ったら、魔力切れで全員ぶっ倒れるだろ……なに考えてんだ」
なにも考えてないのだろう。ネロはその後先の顧みなさにこそ、驚いたのだ。
もっとも、ネロがどう思おうが、すでにブレイドレンジャーの必殺技は完成されつつあった。
五人から集めた魔力は、直径五十センチほどの光の球となり、横並びの真ん中に立つレッドソードの前へゆっくりと降り立つ。炎と氷と地と風と、あと何属性か不明な桃色の原色魔力が混然一体となった、五色に輝く光球は発射の時を待つのみ。
「――スパーダに輝く五つの光! 喰らえ! 必殺! ファイブレイドシュートぉおおおお!!」
そして、五人の力が一つとなった魔法の玉は、熱い雄たけびと共にレッドソードが蹴り飛ばして撃ち出された。
鮮やかな五光の軌跡を描きながら、一直線に虚空を突き進む必殺の攻撃魔法は、城壁まで三百メートルをきったエンシェントゴーレムへ狙い違わずぶち当たる。
鋼鉄の胴体へ光球が炸裂した刹那、虹が弾け飛んだような眩い光が満ちた。吹き抜ける熱波と轟音が、凄まじい爆発力を物語る。
そうして、光の大爆発が過ぎ去った後、そこに残るのは胴体を大破させたエンシェントゴーレム。腹部が大きく抉れ、胸元と腰元まで鋼鉄の装甲版が溶け、ひしゃげ、あるいはめくり上がっている。
無残な破壊の傷痕は、崩れかけの塔を思わせるが――ゴーレムはそれでも、続けて一歩を踏み出した。城壁まで、あと、二百五十メートル。
「……倒し切れてないじゃねーかよ」
打倒しきれなかったゴーレムは、崩れかけの体でありながらも、問題なく前進を続ける。対して、とっておきの必殺技を撃ったブレイドレンジャーは、以前にネロがあるクエストの途中で見かけた時と同じように、五人とも大の字になって寝転がり、魔力切れで戦闘不能となっていた。どうやら、今になっても『ファイブレイドシュート』の魔力消費問題は全く改善されていなかったようだ。
盛大な溜息をつきながらネロは、優しいスパーダ騎士によって搬送される彼らのことをもう気にしないことに決めた。
倒すには至らなかったが、あそこまで損害を与えていれば、もう一押しでトドメは刺せるだろう。そして、その役目はスパーダ軍か他の冒険者にでも任せておけばいい。
「さて、それじゃあ俺達で一体くらいは片付けるとするか」
そう『ウイングロード』もとい、『アルターフェイス』は、弱った相手を狙わず、無傷のゴーレムを打倒するべき実力者なのだから。
「よっしゃあ、いよいよ俺の出番だぜ!」
アレだけデカければ斬り甲斐があるというものだろう。嬉しそうにカイが吠える。
「それで、どうやって攻略するの?」
ネコミミと尻尾をピコピコと動かしながら、猫面のシャルロットが覗き込むようにネロへと問いかけてくる。
仮面がなければ、さぞ可愛らしい上目使いが拝めただろうが、それをネロは惜しいとは思わない。この幼馴染の顔は、もう見飽きるほどに見つめてきた。
「フォーメーション『ドラゴンキラー』でいく、が、少し変える」
「この間やった『暴走エンシェントゴーレム』のクエスト経験が役立ったわね」
サフィールの言葉に、ネロも頷く。
『暴走エンシェントゴーレム』というランク5クエストを受けたのは、イスキアの戦いを終えて間もなくのことである。
スパーダからほど近い、ランク4ダンジョン『ペトラ地底湖』の広大な地下洞窟と共に存在する遺跡の中から、一機のエンシェントゴーレムが発掘され、何をどう誤ったのか、突如として暴走を始めた。
その時に相手をしたのは、今ここで迫り来るものとは比べるべくもないほど小型、とはいっても、高さ5メートルは優に超える大きさ。ちょっとした大型モンスターである。分厚い鋼鉄の装甲に、力自慢の種族を凌駕する強烈なパワー。スピードは遅く、特殊な魔法攻撃もしてこないが、強靭にして強固なゴーレムはランク5に指定されるほどの強敵だ。
無論、『ウイングロード』はその討伐に成功したわけであるが、このタフな相手を打ち破るのに少しばかり苦労をかけられたのも事実であった。少なくとも、ネロとカイが剣で一刀両断、といかなかったのは確かである。
「ちょっと、私はそのクエストに参加してないんだけど」
ネロとサフィールが何か目と目で通じ合ってるのが気に食わない、とばかりに頬を膨らませるシャルロット。猫仮面の下がどんな表情なのか、ネロには想像するに難くない。
「まぁ、そう難しいことはねぇよ。トドメはエス、お前に任せるってだけだからな」
「……エスって誰?」
「おい」
「あ、あっー! そうそう、このエス様に任せなさいよ!」
シャルお前、今完全に偽名のこと忘れてただろ――のど元まででかかったが、あえては言わなかった。
メンバー中でカイがナンバーワン馬鹿であるのは確かだが、実はシャルロットも結構アレである。前々からおバカなところがあると思ってはいたが、今改めて、幼馴染の将来が心配になるのだった。誰がこのお転婆姫様の面倒を見るのか、俺か? 不安がよぎる。
「よし、そんじゃあさっさと、あのデカブツを始末するぞ。生半可な攻撃は通じねェからな、全力で、行くぞ――フォーメーション『ドラゴンキラー』」
ネロが抜刀し、カイがバスターソードを構えるのは同時だった。
しかして、最初に行動を起こしたのはサフィールである。
「ターゲットは、そうね……一番近いヤツでいいかしら」
そうつぶやいた言葉は、メンバーに聞かせるためのものではない。それは、自らの僕に対する命令。
サフィールが水晶髑髏の長杖を一振りすれば、中空に紫色の輝く不気味な魔法陣が二つ展開される。一つは直径一メートルほど、もう片方が直径五十センチと小さなもの。
先に小魔法陣から、毒々しい紫の煙の尾を引きながら、素早い何かが飛び出す。それは闇属性の攻撃魔法――ではなく、甲高い鳴き声を上げる黒い鳥の僕であった。
カラスに良く似た姿だが、鷹のように大きな体躯に、鋭い嘴と爪を持つその鳥は、見た目通りにブラックバードと名付けられるモンスターの一種。カラスと同じくどこにでもいそうな姿ではあるが、これでいて希少性の高いモンスターとして知られている。特にその羽毛は、ハイグレードな魔法ローブの素材として有名だ。
そのブラックバードが二羽、サフィールの僕として、ガラハドの空を舞った。
「カーくんに乗って、先にポーちゃんは乗り込んできて」
ふざけた渾名で指示を出すが、禍々しい髑髏面の下にあるサフィールの顔はいつもの冷たい美貌がある。彼女は真面目に、僕を行使しているに過ぎない。
主の命を受け、大きい魔法陣から飛び出したのはポーちゃんと呼ばれた、スケルトンの戦士。彼の役目が歩兵だから、ポーちゃんなのである。
偽りの生命力たる闇の魔力で妖しい眼光を灯す歩兵スケルトンは、無言で城壁の外へとダイブする。ただの骸骨である見た目通り、彼に飛行能力はない。
だが、紫色の軽鎧をまとった骨の体は、宙を舞った。伸ばしたスケルトンの手が、ブラックバードの僕こと、カーくんの片足を掴んだからだ。カラスに似ているからカーくんという安直なネーミングだが、並みの鳥獣など比べ物にならないほど強靭な翼を持つブラックバードは、難なくスケルトン戦士を運んでみせた。
地上に十字軍の魔術士も射手もいないことが幸いし、何ら対空攻撃を受けることなく、カーくんとポーちゃんは無事にターゲットであるゴーレムへとたどり着く。
エンシェントゴーレムの肩の上にポーちゃんを落としたカーくんはそのままトンボ返り。単独で敵上へと降り立ったスケルトンの戦士は、髑髏の口を目いっぱいに開くと、流麗な声を発した。
「ستة عشر شخصا الذين يشار إليها باسم مشاة العظام」
否、それはスケルトン自身の声ではなく、主たるサフィール本人の肉声。
召喚術士や屍霊術士が使役する使い魔の類と、使い手である主には、魔力の供給や感覚の共有など、何かしらの繋がりを持つ。使い魔の用途によって、または主の力量によって、どのような繋がりを持たせるかというのは大きく変化してくる。
離れた場所にいるモンスターの使い魔に、自らの声を聞かせて命令を伝えるというのは、ベテランになれば大抵は習得している能力だが、自分の肉声そのものを使い魔に発声させる、というのは難易度がさらにもう一段回上がる。
まして、今のサフィールはただ声を出させるだけでなく、僕を通した上で詠唱を完成させ、魔法を発動させようとしているのだ。
その技量の高さは、恐らく同じクラスの者でなければ分からないだろう。パーティメンバーの中でも、正確に彼女の凄さを理解できるのは、自分の系統外の魔法も真面目に学んでいるネルくらい。
「――『歩兵隊展開』」
誰に驚かれるでもなく、サフィールの魔法はスケルトン越しに発動された。
ポーちゃんが腰から下げた長剣を抜き放つと同時に、その身を中心に自らが出でたのとよく似たデザインの魔法陣が広がる。次の瞬間には、長槍を携えたスケルトンの歩兵達がぞろぞろと泥沼から湧き出るように出現した。
総勢十六名のスケルトン歩兵部隊。サフィールが彼らに課す役目は、露払いである。
相手は多腕や多頭、あるいは有翼のキメラ兵。何体もの異形の兵士が、無謀にも乗り込んできた敵を排除すべく、断崖絶壁が如きエンシェントゴーレムの胴体を登り来きたのだ。
「やっぱり、ゴーレムの護衛がいたわね」
攻城兵器を城にたどり着くまで守るのは、当然の行動である。如何に強大なエンシェントゴーレムといえど、接近されることを想定して護衛がつくだろうことは予想できていた。
「まだ結構な数がいるな」
ざっと見ても、スケルトンの十六名に匹敵、いや、やや上回るかという数。
「あと三十秒も持てば十分でしょ」
奇声を上げて群がるキメラ兵に対し、無言の迎撃を行うスケルトン部隊を眺めながら、サフィールはいつもと変わらぬ余裕を感じさせる口調で言う。
それは自らが作り上げた僕の性能に絶対の自信を持っているからか――
「まぁな、この距離なら十秒ありゃ十分だ」
いや、それは仲間に対する信頼に違いない。
特に、少しばかりヤル気となっているネロを見れば、尚更であろう。目元を覆うマスクはあるが、その赤い瞳に宿るギラついた輝きは隠しきれない。
「行くぜ、カイ」
「っしゃあ! やってやるぜぇーっ!!」
氷の刃が如く冷たく鋭い気配のネロと、炎が爆ぜるように熱くなったカイが、城壁から飛び出した。
カイの方が一歩速い。気が逸ったのではなく、これで正しいフォーションである。
両者共に無詠唱・無動作の『疾駆』を発動させ、人間の限界を超えた跳躍力が発揮された。
だが、その飛距離は二十メートルをやや超えるかどうかというところ。ゴーレムはさらに前進を続け、壁との距離を百メートルほどまでに縮めているが、一度のジャンプではとても届かない。
そう、飛ぶのが一度だけならである。
二人の体がちょうど重力の軛に囚われ、下降を始めようとしたその時、足元に現れる黒い影。サフィールの操るブラックバードが、次なる跳躍の踏込みをする足場として飛んできた。
ネロとカイは空中に現れた黒い鳥の背を、川面に浮かぶ飛び石のように、力強く踏みつけて、再び宙を疾走する。
武技の宿った一歩は強烈な衝撃を伴うが、天才屍霊術士の仕上げた僕は、蹴り落とされることもなければ、僅かも体勢を崩さない。むしろ、タイミングを合わせて二人を跳ね上げるように動き、さらなる跳躍力を与えてくれた。
二度目の飛距離は約三十メートル。ゴーレムまで、あと五十、いや、さらに一歩前進したお蔭で、四十メートルにまで縮まる。
次はもう、ブラックバードの足場はない。
だが、二人にとっては、ここまで飛んでこれれば十分だ。足元に何もなくとも、問題ない。この、最後の一歩だけは。
「――千里疾駆」
互いに発動させたのは、達人級の移動系武技。極めれば空をも駆ける、と言われるのは決して比喩ではなく、現実の効果。
ネロとカイは、何もない虚空を確かに踏みしめ、三度目の跳躍を果たした。
『疾駆』から『千里疾駆』へと、発揮させる強化能力が上昇したことで、一度目の倍近い飛距離を叩き出す。つまり、四十メートルもの大跳躍である。
二人はついに、エンシェントゴーレムへとたどり着いた。
「っぶねぇ……結構ギリギリだったな!」
「そういう感想は終わった後にしろ」
軽やかにゴーレムの肩へと舞い降りたように見えるだろうが、実のところは素直なカイが漏らした通り。それでも、際どいタイミングを常に成功させてきたからこそ、今の『ウイングロード』がある。
「で、どこを狙う?」
「決まってんだろ、ゴーレムといやぁ、あのデッケェ一つ目しかねぇよ!」
安直だな、とは思うが、ネロに反対の意志はない。弱点というワケでもなさそうだが、鉄の城が如く全身を覆う分厚い金属装甲よりはマシだろう。
ちょうど今、ゴーレムの頭は新たに降り立った敵を確認するためか、二人の方を向いている。レンズ越しに輝く真紅の光はどこまでも無機質で機械的。だが、その身に秘める力強さを感じさせてならない。
迷いなく、その単眼に狙いを定めたカイは、未だ武技の効果を宿す超俊足でもって、一目散にゴーレムの肩を駆けだす。それに一歩遅れて、いや、正確に一歩分の距離を置いて、ネロが続く。
巨大なエンシェントゴーレムといえど、肩から頭までの距離は十メートルもない。二人が駆け抜けるのは一瞬、正しく、疾風の如く。露払いのスケルトン部隊がいなくとも、キメラ兵では二人の行く手を遮ることは全くできなかったかもしれない。
「喰らいやがれぇ! 極一閃!!」
大きく振り上げられたカイのバスターソードが、燃え盛る蒼炎の如きオーラに包まれ、眩しく輝く。そうして繰り出されるカイ必殺の武技は、愚直なまでに真っ直ぐ。だが、それは恐ろしく速く、重い。剣を使って放つ武技、その一つの完成系である。
青い流星のように疾走する刃は、対極の色合いに輝く赤い単眼へと狙い違わず、ど真ん中に叩きこまれた。
「――っおお! 硬ってぇ!」
真っ直ぐ振り抜いた直後、カイが叫ぶ。
自分の一撃で頭まで両断して、後に控えるネロの出番まで奪ってやるつもりで放ったが、実際に破壊できたのは眼球のレンズが一枚きり。
ゴーレムの単眼を覆うレンズは、一見すると脆いガラスのように思えるが、これもまた古代に精製された物質であることに変わりはない。つまり、現代では精製不能、それでいて、軽く、固く、美しく、優れた性能を誇る。
恐らく、体よりは脆い眼球部分を守るために、このレンズもそれなりの硬度と耐久性が与えられていると推測できる。決して、ただの弱点ではない。
「そんだけ割れりゃあ十分だぜ、カイ」
故に、ネロに不満はなかった。
カイの剣がレンズに刻み付けた、縦一文字に走る傷痕。そこに向かって、ネロの右手が握る『霊刀「白王桜」』の刃が走る。
もとより白銀に煌めく刀身だが、今この瞬間に籠められた武技の力により、さらに眩しい白光が放たれた。
「斬煌」
ネロにとって、使用頻度の最も高い武技は『一閃』と『刹那一閃』の二つである。前者は近距離用、後者は遠距離用。特に正確無比かつ鋭い光の斬撃力を発揮する『刹那一閃』で一方的に間合いの外から斬り捨てられる、というのがネロと相対した敵が辿る最も多い末路だ。
ネロ自身、雑魚を相手にする際はそれが一番楽だと思っている。故に、彼が最も得意とするのが『刹那一閃』ということになる。
しかし、ネロが幼少の頃よりアヴァロンで鍛え上げてきた武技、その神髄は『孤閃』と『斬煌』の二つだ。より正確に言うならば、剣術師範が教える正当な流派の武技ではなく、アヴァロン王城内のパンドラ神殿『火の社』に三百年前から務める巫女から、断片的に教わった技を、自ら昇華させて編み出したオリジナル。古代の技らしい名前をそのまま用いた『斬煌』と『孤閃』は、正しく『一閃』と『刹那一閃』の上位技といえる。
グリードゴアの甲殻さえ切り裂いた『孤閃』は『刹那一閃』の、そして、今振るわれた『斬煌』が、剣術武技の基礎にして万能たる『一閃』の上位にあたる。
発動させるのに、まだ一拍の溜めを要するため、ネロ自身、まだ極めるには至らないと自覚している。しかし、それでも一度放たれれば、絶大な威力を発揮する光の太刀筋が完成する。
輝く純白の剣閃は、その名の通り「斬る煌き」となって、ゴーレムの眼球レンズを刻む。横一文字に振るわれた一撃は、カイが残したものと重なり、十文字の傷となる。
見た感じよりもずっと分厚いレンズは、十字傷が刻み込まれた瞬間、砕け散った。
ガラガラと瓦礫のように崩れゆく最中、更なる一撃が叩き込まれる。
「――『紅蓮』」
刹那の間に呼び出したのは、ネロの『聖剣』が一つ、炎の光刃『紅蓮』。その名の通り真っ赤な色と光を放つ刀身の形状は、カイの持つバスターソードと似たオーソドックスなタイプ。
しかして、その刃は敵を斬り裂くのでも叩き切るのでもなく、灼熱の炎で焼き、爆ぜさせる、破壊に特化した力を持つ。
ネロは『斬煌』を放った勢いのまま回転し、左手にした『紅蓮』をレンズの守りを失った単眼に突き立てる。
赤い光を放つ巨大な眼球に、灼熱の炎剣が沈むように突き刺さってゆく。目としての機能を、この瞬間に失い始めたのを示すように、赤色光が激しく明滅する。
「百火繚乱」
最後にネロが発動させたのは、『聖剣』の専用武技。魔剣士のクラス名に相応しい、剣そのものを炎の大爆発に転じさせるものだ。
徐々に色を失いつつあるゴーレムの単眼から、赤い光を吸収しているかのように、深々と突き立った『紅蓮』が放つ真紅の輝きが増してゆく。
その煌めきが赤を超えて、白に近づいたその時にはもう、ネロとカイはゴーレムの頭部から離脱していた。
『千里疾駆』を宿す超人的な脚力でもって、二人は一足飛びに、否、もう一度、空中を蹴る効果も使った二足飛びで、ガラハドの大城壁へと帰還を果たす。
一連の攻撃を叩き込む間にも前進を続けたエンシェントゴーレムは、さらに壁との距離を縮め、もうブラックバードの足場が必要ないほどまで接近していた。
ただし、二人が飛んでも真っ直ぐ城壁上の通路には戻ってこられず、そびえ立つ垂直の壁面が着地点となったが。
ランク5の魔剣士と剣士は、出来るのは当然といったように、ガラハド要塞の城壁、その真ん中の辺りに足をつけて立っている。疾駆系の武技を使いこなす二人にとって、神学校の廊下を歩くのと、壁を歩くのにそう大きな労力の差はない。
ネロは確かに自分が壁に降り立ったことと、カイがドジって落っこちずにちゃんと隣にいることを確認してから、顔を上げると、ちょうどエンシェントゴーレムの顔面が火を噴くところが見えた。
『紅蓮』より繰り出す『百火繚乱』は、炎属性の攻撃魔法とそう変わらぬ、爆発を起こすという単純な効果である。だが、同じ効果を起こす魔法でも、その術式や詠唱、発動までのプロセスは様々。
ネロは瞬間的な爆発力を追求した結果、この『紅蓮』の内に百の起爆術式を組み込み、それらを連鎖させることで威力を増幅させる方法に行きついた。
全ての術式がオンとなった瞬間、それぞれが抱える百発分の爆発力が解き放たれる。爆破の直前には、発動した術式が百の燐光となって見えるという。
強力な一撃となるが、剣そのものを爆破させるため、刺した瞬間に爆発しては困る。術式の連鎖速度を変化させることで、任意に起爆までの時間を制御できる。百にも上る起爆術式は、魔法の導火線ともいうべき効果も担っていた。
そして、ネロが設定したジャストの時間で、『紅蓮』は剣から爆発へと変化し、ゴーレムの目を砕く。いや、それは目どころか、頭部に詰まっていた他の機能さえ破壊し尽くしたかもしれない。
今はただ、濛々と黒煙が噴き上がっているのが見えるのみで、頭がどんな壊れようになっているかは確認できない。少なくとも、エンシェントゴーレムを完全停止させるまでのダメージには至ってないというのは分かる。大樹のようなゴーレムの足は、未だに前へ進むのを止めてはいないのだから。
「トドメは頼んだぜ、シャル」
それはネロの独り言でしかなかったが、あの小うるさい幼馴染が耳ざとく聞いて答えたかのような反応だった。この瞬間、 ガラハドに、赤い稲妻が走る。
「――『雷紅刃』っ!」
物凄くどうでもいい解説。
今回のタイトルとなっているフォーメーション『ドラゴンキラー』は、第334話『目覚める怠惰』にてその存在が語られますが、グリードゴアの華麗なスルーによってお披露目されることはありませんでした。
今話においては、ネロが言った通り「やや変則」となっているので、今回描かれた一連の攻撃は本来のフォーメーションではありません。順に読み解いていけば、元がどういうモノかは分かりますが・・・折角ですので、ここで解説しておきます。
正式な『ドラゴンキラー』では、ネロ、シャル、カイ、サフィ、そしてネルも含めた『ウイングロード』のフルメンバーで構成されています。
1・サフィールが僕を使って相手(大型モンスター)をかく乱。
2・ネルがシャル・カイ・ネロの順に各種強化魔法を使用。
3・シャルが上級以上の攻撃魔法を撃つ。
4・カイ・ネロが突撃。
5・カイが先手。ネロは後手。
6・相手は死ぬ。
ネロ「さすが俺らだな。今回も余裕だぜ」
というのが正しい『ドラゴンキラー』の流れです。
今回はネルによる強化が無し、カイ・ネロ組みとシャルの魔法攻撃の順序が入れ替わっている、という変則でした。ただ、モンスターによってはトドメは属性魔法の方が良い場合もあるので、ここの入れ替えはたまにあります。
ちなみに、ここまでで仕留めきれなかった場合、ネロが一度だけ追撃。それでもダメなら、必ずここで一旦退く。サフィ・シャル・ネル、はその支援。という流れとなって、仕切り直しとなります。
頭の良いモンスターは、一度見ただけで冒険者パーティの連携攻撃を覚え、対応してくることがあります。もし334話で、グリードゴアと対決していた場合、スロウスギルによって見切られていた可能性は高いですね。