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黒の魔王  作者: 菱影代理
第22章:第五次ガラハド戦争
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第422話 戦塔ファロス

 吹き荒れる熱風に、真っ赤な髪とマントが激しくなびく。だが、その筋骨隆々とした逞しい肉体は微動だにしない。そんな風に城壁の上で堂々と立つのは、第52代スパーダ国王レオンハルト・トリスタン・スパーダ――

「……ファロスが火ぃ噴いたとこなんか初めて見たけど、とんでもねぇな」

 その息子、アイゼンハルト第一王子である。

 彼の眼下に広がるのは、濛々と黒煙を噴き上げ、赤熱化した断面を晒しながら崩れ落ちる鋼鉄の巨人達の姿。精強なスパーダ兵の度肝を抜く巨大な古代兵器は、脆くも雪の大地へと沈んだ。

 父親譲りの赤髪をガシガシとかきながら、アイゼンハルトが振り向くと、そこにはゴーレムとは対照的に真っ白い蒸気の煙を噴き出す四本の塔が見えた。

 つい先ほど、その塔の天辺から、エンシェントゴーレムを大破させた灼熱の攻撃魔法が発射されたのだ。

 ガラハド要塞の天守に備えられた四本の防御塔は、正式名称『戦塔ファロス』とつけられている。

 スパーダ様式の城郭建築では、四角形の天守と、四隅にある塔はワンセットであり、特に名前がつけられることはないのだが、ガラハド要塞とスパーダ王城だけは特別製。十字軍がエンシェントゴーレムという古代兵器を持ちだしたように、スパーダにもまた、古代兵器があるのだ。

 それが戦塔ファロス。正確には、その天辺に組み込まれた、超高熱の熱線を撃ち出す発射装置である。

 現代魔法モデルでは解析さえままならない古代の遺物を利用した砲台が、どれほどの破壊力をもたらしてくれるかというのは、眼前に広がる光景を見れば誰もが理解できるだろう。この戦塔ファロスが設置されたのはすでに五十年も前であるが、未だにガラハド要塞が誇る秘密兵器の一つとして現役稼働しているのだ。

 そして今も、古代から蘇った熱線が、スパーダに迫る巨大な敵影を焼き払って見せたのだった。

「けど、一発で一体か……まだ半分も残ってやがる」

 大きく視界を遮る黒煙の幕を割って、ギシギシと甲高い金属音と重苦しい稼働音を響かせて、前進を続けるエンシェントゴーレムが現れる。

 戦塔ファロスは、一つにつき一発。合計、四発撃てる。しかし、その威力の代償とばかりに、連射は利かず、さらに次弾発射の魔力充填には、丸一日かかるという制約があった。

 レオンハルト王は、虎の子と言うべきファロス砲を全弾、この迫り来るゴーレム軍団につぎ込むことを即断即決したというわけである。

 それが英断であったか早計であったかは、まだ誰にもわからないが、それでも、すでに撃ってしまったのだ。あとは、残り五体となったゴーレムを如何にして防ぐかという難題に挑むより他はない。

「まぁ、飛び乗って直接叩くしかねぇよな……」

 アイゼンハルトの耳に、ゴーレムの足音にも負けない重厚な太鼓の響きが届く。レオンハルト率いる第一隊『ブレイブハート』が、攻勢に出ることを現す力強い戦慄だ。

「お待ちください、殿下。まさか、御自ら行くなどと言いますまいな」

 すぐ横からそんな声をかけてくるのは、立派な顎髭を生やした厳つい顔の中年男。かしこまった言葉づかいではあるが、その表情は礼節ある騎士というより、好戦的な戦士といった面構え。

 如何にもスパーダの男らしい、がっしりとした大柄な体に、赤色の重装歩兵装備をまとっていることから、彼は冒険者ではなく紛うことなきスパーダ騎士。さらに、第一隊『ブレイブハート』の最精鋭にのみ着用を許される、アルマダイト鉱石の緋色が眩しい甲冑と、特徴的な鶏冠クレスト飾りのついた兜は、正真正銘、本物である。

 オマケとばかりに、彼の右肩から腕にかけて光り輝く黄金のガントレットは、栄光の重装歩兵の中でもさらに選ばれた強者であることの証であった。

 しかしながら、その兜の中に細長いエルフ耳が隠れていることに気づける者は、どれだけいるだろうか。そう、彼の種族は人間ではなく、エルフなのである。

「俺だってあんまり行きたくないが、行かないわけにもいかないだろ?」

「ならば、不肖このエリウッドも、お供させていただきたい」

「いや、お前は残れよ、副隊長だろ」

「殿下こそ、この第四隊『グラディエイター』を陛下より任された隊長ではありませんか」

 元々、アイゼンハルトは第一隊『ブレイブハート』の所属であった。そこで、父レオンハルトに次ぐ副隊長として、軍務に尽くしていた。

 しかし、いざ第五次ガラハド戦争開戦となった時、レオンハルトより第四隊『グラディエイター』の指揮を命じられた。曰く、その方が良い経験になるかららしい。納得はしきれないが、王の決定は覆せない。

 もっとも、自分がいなくなっても、前に副隊長を務めていたガルブレイズ卿が再就任することで、指揮にも乱れは生じないので、そこまで無理な人事異動でもなかった。寄せ集めの傭兵集団となる第四隊をまとめ上げて率いるのも、確かに経験にもなるだろう。突然の指示だが、理がないわけでもなかった。

 そんなこんなで、アイゼンハルトは第四隊の隊長となり、それを補佐するために、同じく第一隊で千人隊長を務めていた歴戦のスパーダ騎士、エリウッドが副隊長として任命されたのだった。

「まぁまぁ、ギルド本部の受付嬢やれるエリートで美人な娘さんがスパーダで待ってるんだろ? 無理はさせられねぇよ」

「むむ、何故、殿下がそこまで私の娘に詳しいのですかな? はっ、もしや殿下も密かに狙っておられるのでは――」

 謀反の動きアリ、とばかりに剣呑な気配を放ち出すエリウッドに、アイゼンハルトは焦り半分呆れ半分で冷や汗を一筋流しながら、軽く答える。

「いや、それ自分で言ってただろ。前に聞いた。三回くらい聞かされた。酒の席で、毎回な」

「おっと、これは失礼。どうも私は酒が入ると娘の自慢ばかりのようですからなぁ」

 それは『ブレイブハート』隊員全員が知っている。嫌というほど知ってる。

 レオンハルト王に娘自慢を語って聞かせるスパーダ国民など、アンタ一人だけだ。そう心の中で突っ込みながら、悪びれもせずに「わっはっは」と豪快に笑うエリウッドをちょっとジト目で睨むアイゼンハルトであった。

「でもまぁ、マジな話、行くのは俺だけでいい。どうせ親父は一人で飛び出すから、サポートすんのは俺の役目だ」

 ブレイブハートの重装歩兵部隊は、副隊長のガルブレイズ卿が仕切ることになるのは、目に見えていた。第四次ガラハド戦争で、レオンハルト王がガーヴィナル王と一騎打ちしている間、隊を率いたのは他ならぬ彼である。流石はスパーダ四大貴族の一角。その肩書きに恥じぬ立派な働きぶりであった。

「っと、噂をすればだな……何だい、親父?」

 独り言のように話し出したアイゼンハルトだが、その耳には確かにスパーダ王の声が届いていた。

 耳にキラリと光る、小さな青いピアス。それがテレパシウム鉱石の高純度結晶で作られた、最高品質のテレパシー通信用の魔法具マジックアイテムである。

「――アイク、あのゴーレムを始末しろ」

「俺一人で?」

「誰を連れていくかは好きにするがいい。だが、必ずお前も戦え」

「俺に手柄を立てるチャンスをくれるってワケかい。お優しいお父様だこと」

「あのゴーレムから、不穏な気配を感じる。確かめてこい」

 はぁ、と重い溜息をアイゼンハルトはつく。わざとらしいほどに。

 だが、それは幼稚な反抗心でも皮肉でもなく、純粋に、自らに課せられた重責のプレッシャーを覚えたからに他ならない。

「親父が不穏な気配って、相当ヤバいんじゃねぇのか……」

「任せたぞ」

 それだけ言い残して、父レオンハルトの通信は途切れた。

 アイゼンハルトはもう一度息を吐いてから、ゆっくりと副将エリウッドへと振り返った。

「ま、そういうワケだ」

「うぅむ……仕方ありますまい」

 国王陛下直々のご命令とあらば、エリウッドも頷かざるを得ないだろう。

「そう心配すんな。あと五体くらい、なんとかなるだろ。親父以外にも、あのデカブツを倒せるような奴らはいるわけだし」

 戦塔ファロスが撃つより前に、エンシェントゴーレムを破壊した冒険者パーティのことを、アイゼンハルトはよく見ていた。というより、注目せざるを得ない。

 その『エレメントマスター』という名の三人組は、自分の弟であるウィルハルトとも縁を結んでいるが故、前々から気にしてはいたのだから尚更である。あの弟と友誼を結ぶ変わり者の顔を暇な時にでも見に行こうかと思っていたが、まさか勲章を授かる大活躍を遂げて、玉座の間にやって来る方が早いとは完全に予想外だったが。

 ウィルは頭の出来もいいが、人を見る目もあるとつくづく思う。

 王立スパーダ神学校へ入学するにあたってウィルハルト王子の護衛メイドを選出した際、元情報部の暗殺者アサシンという暗い経歴のセリアを選んだのは、他ならぬ彼自身である。彼女の容姿は整ってはいるが、他の候補者には遥かに華やかで色っぽい、それはもう魅力的なメイドが幾人もいた。 陰で本人へアプローチをかけた者もいただろう。ウィルハルトは将来を期待されてはいないが、腐っても第二王子。あの頃は妄想王子の渾名も広まっておらず、まだ普通に見えた。少なくとも、赤の他人からは。

 しかし、当時13歳のウィルハルトは、より美しいメイド候補に目もくれず、セリアを選んだ。ああいう女が好みなのか? と兄貴らしくストレートに選んだ理由を聞いたのだが、その時、彼はこう答えた。

「あの中で最も優れた者を選んだだけのことです。他に理由などありません」

 何を当たり前のことを聞いているのか、と本気で不思議そうな顔をしていた弟の表情が、アイゼンハルトは今も忘れられない。

 もし、ウィルハルトに自分と同じだけの力があれば――無意味であるが、たまにそんな想像をさせてしまう。

 とにもかくにも、あの弟が見出した冒険者は、こうして目の前でエンシェントゴーレム撃破という活躍を見せつけたのだ。ウィルハルトの見る目は最早、疑いようはない。

「いい友達を持ったなウィル……けど、俺にもゴーレムを倒せる悪友ダチの心当たりはあるんだぜ」

 軽く周囲を見渡してみるが、アイゼンハルトの黄金の瞳には、スパーダ一の麗しき剣闘士の姿は映らなかった。

「ったく、ファルのヤツはどこにいるんだか……相変わらず勝手な奴だな」

 どんな大貴族のご子息だ、というほどに気品を感じさせる容姿のファルキウスだが、ああ見えて彼は自由奔放、自分勝手な気分屋なのだ。ただ、常に微笑みを絶やさず、物腰柔らかな雰囲気であるが故、そうだと知る者は少ない。

 好きなこと、興味のあるものには熱中するが、嫌いなこと、興味のないもの、飽きたものに対しては、上手い具合にスルーするのだ。器用な男であるが、その本質的な性格は、自分よりもレオンハルト王に近いかもしれない。

 アイゼンハルトはこれでいて、意外と真面目に物事をこなす。戦闘狂ここに極まれり、というほど好き勝手に戦いに明け暮れた親父や姉貴と比べれば、俺は遥かに優等生だったと自負している。同時に、それだけ自分が凡庸であるとも思えるのだが。

「まぁいいか、このデケぇヤツを前にすれば、いくらファルでも少しはヤル気になるだろ」

 猫のように気まぐれな友人は放っておいて、アイゼンハルトは自らの戦いに向けて集中し始める。

 燃えるように真っ赤な大剣を、真紅のマントが翻る背より抜き放ち、通路の壁へと足をかける。

「そんじゃあ、行くとするか――」

 そうして、アイゼンハルトは地上五十メートルの虚空へと、躊躇することなく足を踏み出した。




「あ、危ねぇ……死ぬかと思った……」

 金属の床へと強かに体を打ちつけながらゴロゴロ転がった後、よろめきながら立ち上がる。

「ヒツギ、加減を誤ったな」

「ふぇ~ん、ごめんなさいご主人様ぁ~」

 まぁいい。無事とは言い難いが、それでも目的地には到着したのだから。

「城壁よりは低いけど、やっぱり結構な高さだな」

 今、俺が立っているのは地上二十メートルの地点。泰然と大地に構える城壁の上とはうってかわって、この鋼の足元は荒波に浮かぶ小舟のように揺れに揺れている。

 そう、ここは城壁に向かって進軍を続けるエンシェントゴーレムの肩の上である。

 右を見れば、ガラハド山脈の雪景色が流れ行き、左を見れば、巨大なフルフェイスヘルメットみたいな頭に浮かぶ、真っ赤な単眼モノアイと目が合う。

 中の人パイロットには、俺の姿が超拡大されて見えているのだろうか。

「……魔弾バレットアーツ

 試しに撃ってみるが、やはりあっけなく弾かれた。ガラスのようなレンズだが、そこにはヒビ一つ入らない。必ずしもデカい一つ目が弱点というワケではなさそうだ。

「ねぇクロノ、大丈夫? 何だか物凄い勢いで突っ込んで行ってたけど」

 ふわり、と擬音が聞こえてきそうなほど、軽やかに天から舞い降りたのは美しき少女姿のリリィ。その綺麗とも可愛いともとれる美貌から、割と本気で心配そうな眼差しが送られてていたので、俺は強がることにした。

「全然、大丈夫だ。全て計算の内さ」

 それにしても、傍から見ていてそんなにヤバい速度でぶっ飛んで行ってたのだろうか。

 俺がゴーレムの肩までやって来た方法は、ついさっきまで城壁で大暴れしたのと同じように、ヒツギの魔手バインドアーツを使ってである。フックショットの要領で、ゴーレムまで鎖を飛ばして固定。後はそのままダイブするという単純な原理。

 だが、その飛距離がこれまでにないほど長いことから、ヒツギには「さっきより早めで頼む」とお願いしておいた。鎖を巻き上げる速度が遅ければ、俺の体は地面に激突するだけ。ヒモの長いバンジージャンプにしからない。

 いや本当に、上手くいって良かった。

「大丈夫ならいいけど……」

 やや憐れむようなリリィの視線が痛い。さらに言えば、意地を張った俺の意図を汲んで、理解のある返答をくれるのが、さらに苦しい。

 やはり、リリィ相手に嘘を吐き通すのは無理だったか。

「俺のことはいいから、早くカタをつけよう」

 だから、話の矛先を逸らすことにした――というのは理由の半分くらい。今は本当に、ズンズンと進み続けるゴーレムを何とかするのが先決だ。

「そうですね、こんな所に長居は無用でしょう」

 俺の言葉に賛同しながら、黒衣をなびかせてゴーレムへと降り立ったのは、フィオナである。

 彼女はリリィにお姫様抱っこの状態で、ここまでやってきた。俺とは違って、安全な空の旅を満喫できたことだろう。本日は妖精航空をご利用いただき、まことにありがとうございます、ってとこか。まぁ、当機リリィはあんまり面白くなさそうな顔ではあったが。

「それじゃあリリィ、頼んだぞ」

「うん、任せてよクロノ。私がすぐに、操縦席をこじ開けてあげるから」

 妖しく微笑むリリィ。彼女が提案したゴーレム攻略の作戦は、コックピットを開いて直接パイロットを殺す、というものだった。動く要塞が如き防御力を発揮するエンシェントゴーレムの弱点を突く分かりやすい作戦ではある。

 もしゴーレムがアニメに登場するスーパーロボットのような機動性を有していれば、とても実行は不可能であるが、幸いにもコイツの動きは鈍い。こうして実際に飛び乗ることにも成功しているしな。

「うーんと、多分、あの辺ね」

 揺れ動くゴーレムの肩から、リリィがピョンと飛び下りる。正面ではなく背中側へと向かったリリィは、人でいえばちょうど肩甲骨の間あたりの部分で止まった。勿論、空中浮遊で。

 ピタリとゴーレムの背中に張り付くようなリリィは、白い両手を無骨な鋼鉄の装甲へと伸ばす。特に開閉スイッチやレバーの類は見当たらないが、さて、リリィはどうやってコックピットへの道を開くのであろうか。

 気にはなるが、どうやらのんびり観察している暇はなさそうだった。

「やっぱり、護衛がいたか」

「私達もついてきて、正解でしたね」

 キョワーと耳障りな奇声を上げながら、宙を舞うハーピィベースのキメラ兵が何体も姿を現す。巨大な人型であるゴーレムへたかるように周囲を飛び回る姿は、鳥の羽を持っていても蚊トンボのような印象を受ける。

 群れてはいるが、特に連携やら陣形やらは考えてないようで、先頭を切って行く者から順に、無防備な背中を晒すリリィに向かって飛び掛かって行った。

機関銃形態モード・ガトリングゴア――)」

 影から呼び出す『ザ・グリード』は、すでに六砲身のガトリングガンへと換装済み。渾身の『荷電粒子竜砲プラズマブレス』を盛大にぶっ放したブラスター用の砲身は現在、『影空間シャドウゲート』の中で冷却中である。

 ヒツギが「熱っつぅ! コレすっごい熱っちぃですよご主人様ぁー!」と泣き言を喚きながら、つい先日、不本意ながらも入手した第四加護である疑似氷属性の冷気を使って冷まさせた。

 イメージとしては、細い触手を無数に砲身へと絡みつかせてから、冷気を放出。急激に冷やしすぎると、シモンのガトリングガンのようにぶっ壊れてしまうかもしれないから、慎重に、ゆっくりと冷やす。

 もうそろそろ冷えたと思うが、今は機関銃の方が役に立つ。キュラキュラと機械的な音を立てて回転を始めた銃口を、ハーピィキメラへと向けた。

掃射バースト

 大雑把な狙いでも、撃ち出される大量の弾が回避を許さない。空に舞い散るのは、ドス黒い穢れた鮮血と、色とりどりの羽。耳の奥に残るようなおぞましい断末魔の叫びだけを残して、ハーピィキメラの先陣はあっけなく撃墜された。

「そういえば、クロノさんと一緒に前衛というのは初めてですね」

 俺が真面目に迎撃行動に徹している横で、雑談の最中に話題を変えるような気軽さでフィオナが声をかけてきた。エンシェントゴーレムの上までやって来ても、フィオナはどこまでもマイペースである。

「まぁ、そういえばそうかもな」

 俺はリリィを守るべく、城壁と変わらぬ垂直なゴーレムの背中へ降りる準備をしながらの生返事。だが、フィオナと前衛で組んだことが今までないのは確かだろう。

「たまには私も、クロノさんと一緒に最前線で大暴れするのも悪くないかな、と思いました」

「それはまた、どういう心境の変化だ?」

 もっとも、フィオナはこれまで「後衛が最高です。私は後ろで援護射撃をしている時が一番幸せなのです」というような、自らのポジションの満足アピールも聞いたことはなかったが。しかしながら、少なくとも不満ではなかったはず。

「さっきリリィさんと一緒に戦ってたのが、ちょっと楽しそうだったので」

 別に遊んでたワケじゃないんだが。というより、俺は内心で結構重苦しい葛藤とかしてたんだけど。

 でもまぁ、リリィとは抜群に息が合うから、肩を並べて戦うと、チームプレイが熱いスポーツをしているような気分にもなる。彼女のフォローは完璧だし、俺のアシストも、そう悪くはないはずだ。

 フィオナとしては、そういうところが面白そうに見えたのかもしれない。

「それじゃあ、本当に楽しいかどうか、今から試すとしようじゃないか」

「はい、それでは行きましょうか――フォーメーション『垂直戦線バーティカルリミット』」

 そうして、俺とフィオナはリリィを追ってゴーレムの背中を飛び下りる。俺は勿論、バインドアーツの命綱を伝って。

 対してフィオナは、そのまま垂直の面を駆け出す。

 落下しているのでは断じてない。地面の上を走るのと同じように、安定した姿勢と速度でもって、九十度の壁を駆けているのだ。

「……今度フィオナに、『疾駆エアウォーカー』を教えてもらおうかな」

 思わずそんなつぶやきを漏らしてしまうほどに、フィオナの武技は完璧だった。魔女なのに。

 曰く、これくらいできないとソロじゃやっていけない、らしい。聞き覚えのあるフレーズだが、改め思えば、フィオナは魔力制御を除けば、意外と器用である。

 俺は自身の未熟を感じつつも、手にする銃を構えてトリガーを引いた。

 リリィには絶対の信頼を寄せて、戦場では安心して背中を任せられるが、フィオナだって、同じくらいに信用はしている。

 だから、今の俺にはフィオナとコンビで前衛をやることに対する不安は一切ない。吹き荒ぶ弾丸と火炎の嵐でもって、背中のリリィを、二人で守り通してみせよう。

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