第421話 陽落ち、星降り、雷轟く
「يمكنني إنشاء حرق(私を燃やして創り出す)」
一撃目はフィオナ。歌うように流麗な詠唱が紡がれる。
相変わらず俺にはサッパリな異世界言語であるが、前にその意味だけは教えてもらったことがある。だから、彼女が何と言っているのか理解だけはできた。歌詞を丸暗記した洋楽を聞いているような感覚だ。
フィオナが掲げた愛用の長杖『アインズ・ブルーム』に、黄金の火球が形成されてゆくのを横目にしながら、俺も最後の発射準備に入った。
「あのデカブツを撃つっていうなら、一発使っても惜しくはないよな」
「はい、今が使いどころですご主人様! さぁ、どうぞ!」
グラスを貰うように掲げた俺の手に、お喋りなメイドが触手で手渡してくれるのは、一発の弾丸。スロウスギルの指で作られた、節くれだった歪な形の弾丸は、本物のブレスと呼べるだけの破壊力をもたらしてくれるはずだ。 そう、イスキア古城にぶっ放した、グリードゴアのブレスと、同じだけの威力を。
だからこそ、この一撃は『荷電粒子砲』ではなく、『荷電粒子竜砲』と呼ぶ。
ここで一発使えば、残りは五発。撃ち尽くしたとしても、ゴーレムを殲滅しきれない。まぁ、一発撃った時点で砲身の冷却が必要になるから、撃ちたくても連発できないのだが。
今は後の事を考えず割り切って、この一撃に集中する。
俺は手にした弾丸を、ゆっくり、確実に『ザ・グリード』へと装填する。落ち着いて、レギンさんから受けた説明を脳裡に蘇らせながら。
ガチリ、と機械的な音を立てて、雷の弾丸は強欲の重砲へ飲み込まれていった。装填完了。
「超電磁弾頭装填確認! エネルギー臨界点まで、あと二十四秒、ですぅ!」
ヒツギのアナウンスと共に、構えた『ザ・グリード』がギギギと唸り声のような軋みを上げる。砲身に走る紫色のラインが、それに合わせて激しく明滅を繰り返し始めた。
このエンジンみたいなゴツいボックスの内に収められたスロウスギルの頭蓋骨が、この限界ギリギリな魔力行使に不満の声を上げているかのようだ。 もし、本当にそんな恨み節だったとしても、俺は構わず更なる酷使を要求するが。いいから働け、と。
「هنا، مع خلق الشمس في اسمي(ここに、私の名を持つ太陽を創り出す)」
こっちの発射体勢もいよいよ大詰め、というタイミングで、ついにフィオナの魔法も完成を迎える。
高々と掲げられた杖の先には、莫大な熱量を圧縮して閉じ込めた、直径五メートルの金色に輝く火の玉が灯っている。本物の太陽を間近で見れば、こんな風に違いない、と思わせるような揺らめきと、圧倒的な存在感。
周囲に展開する冒険者やスパーダ兵が、思わずといった様子で注目が集まるのを感じる。もっとも、フィオナからすれば、そんな視線など気にも留めない、いや、気づきさえしない些末なものだろうが。
「では、クロノさん、リリィさん、撃ちますよ」
何ら気負ったところのない、いつもの無表情で最終確認を問うフィオナ。
どれを狙うか、いつ撃つか。その実質的な判断は、一撃目を担当するフィオナに任せている。俺とリリィは、それに合わせて連続的に叩き込むのみ。故に、彼女が「良い」と思えば、それだけで十分。
俺もリリィも、黙ってうなずき返した。
「――『黄金太陽』」
「تألق نجوم تحطم يهلك」
フィオナが燃え盛る太陽を投げかけるのと、リリィが詠唱に入るのは同時だった。
この場にいる誰もが、俺を含めて、フィオナの放った上級を超える原初魔法へと注視している。しかし、リリィだけは己の役割をクールなほどに心得ているようで、完璧な追撃のタイミングを計っているようだった。
『紅水晶球』を祈るように両手で握ったリリィ。彼女の透き通るような金髪と、闇夜の色合いをもつワンピースを、吹き荒ぶ熱風が激しくはためかせた。
この瞬間、フィオナ渾身の『黄金太陽』が、着弾・爆発したのだ。
ターゲットは十機並んだ内、俺達が立っている本来のポジションである北側の左翼から最も近い場所にいるヤツ。直線距離にして、およそ三百メートル強といったところ。
ゆったり放物線を描いて宙を舞う金色の大火球は、一歩ずつ前進するだけの鈍重なゴーレムへと吸い込まれるように飛んで行った。
最後の最後まで避ける素振りすら見せず、巨大な的であり続けたエンシェントゴーレムに、太陽がぶつかったのだった。
雪崩が起きるんじゃないかってほどに、ガラハドの山々に爆音を轟かせながら、嵐のような熱風と爆風が巻き起こる。
塊のようになって噴き上がる黒煙に加え、足元に広がる分厚い雪の層を地面が見えるほどにまで蒸発させたせいで、真っ白い蒸気も発生する。黒と白の目くらましによって、敵からも味方からも姿を消したゴーレム。
しかし、リリィはターゲットをしっかりとロックオンしていたようだ。
「――『星墜』」
立ち込める煙と蒸気の向こう側に、激しく明滅する七色の光が垣間見えた――かと思った瞬間、再び轟音が山間に木霊する。
同じような爆発に、同じような灼熱。しかし、こちらは凝縮した炎熱ではなく、正しく隕石の如き大質量を持つ、光の巨大爆弾である。
金属の塊がぶつかり合って、金切声のように甲高い衝撃音が響くと同時に、七色に彩られた光の大爆発が黒煙と蒸気の幕を吹き飛ばした。
「おぉ……見事に半壊してる」
『星墜』の爆風によって再び晴れ上がった視界に映るのは、頭と両腕を失い、全身黒焦げとなったスクラップ同然の姿と変わり果てたエンシェントゴーレム。
もう俺は撃つ必要ないんじゃないかと思ったが、ブスブスと黒煙を噴き上げながらも、確かに一歩を踏み出すところが見えた。やはり、トドメはいるな。
「クロノ、あの胸の真ん中の辺りに、人が乗ってるわ。きっと操縦者よ」
俺からは、大火災に見舞われた塔の残骸のようなゴーレムの半壊ボディしか見えないが、リリィには分かるのだろう。
「なるほど、魔法生物でも自立兵器でもなく、本当に巨大ロボってことか――」
それなら確かに、コクピットを狙えば一撃必殺となる。分かりやすい弱点であるが、リリィが示す先は、最も硬く厚い装甲となっている胸元だ。どの道、大破させるほどの攻撃を叩き込まなければいけない。
ともかく、これで一体、いや、ロボだというなら一機と数えるべきか、それは撃破完了だ。
「――3、2、1っ! エネルギー臨界点! 撃てまーっす!」
「――『荷電粒子竜砲』発射!」
トリガーを引いた瞬間、俺は確かにイスキア古城で見た紫電の奔流と同じ輝きを見た。
『雷砲形態』の単砲身が、グリードゴアがあの大口を開けるように、ガチャリと音を立てて一段階大きく開いた。
砲身の真ん中に走る紫のラインから綺麗に上下に開き、二本のレール状に変化したのは、如何にも近未来的な形である。まさか本当にレールガンの原理がこれで再現されてるワケじゃあるまい。そもそも荷電粒子砲は電磁投射砲とは別物だし。
それでも、バチバチと紫電が弾けるレール型変形砲身は、SF作品で見られる強力なビーム兵器のように、雷属性の魔力を収束させた荷電粒子砲を解き放ってくれた。
眩い発射光に、思わず視界が消えかける。だが、俺は確りと狙いを定め続け、リリィが教えてくれたコクピット目がけて、破壊の光を撃ち出す。
一直線に虚空を駆け抜けた雷光の穂先が、ゴーレムの巨体に突き刺さる瞬間までは、この目で確認できた。命中時に生じた閃光で、ついに視界がホワイトアウト。
「――ぐっ!」
予想以上の反動に、ガタガタと腕が、いや、体全体がブレる。今にも足先が浮いて、吹っ飛んで行ってしまいそうな感覚。
グリードゴアが足から砂鉄の杭を地面に打って固定した気持ちが、今ならよく分かる。まさか、この反動まで体感することになるとは――俺は己の浅はかさを後悔しつつも、何とか力づくで抑え付けることに徹した。
そうして、僅か数秒だがやけに長く感じる発射時間が終わりを迎える。最後の最後で、制御の限界を迎えて、天を衝くように雷のブレスは逸れていく。しかし、半死半生のゴーレムにドトメを刺せるだけの威力は、与えられたはずだ。
「はっ……どうだぁ……」
撃ち終えてみれば、フラッシュのように視界が塞がったのは一瞬のこと。すぐに回復した視界には、上半身をさらに削られたエンシェントゴーレムの残骸が、ギシギシと錆びついたようなけたたましい音を立てて、雪上へと倒れこんでゆくところであった。
一際大きな地響きを轟かせて、鋼鉄の巨人が、大地へと沈んだ。一機、撃破。
「やはり、三発当てないと倒せませんか」
「仕方ないわよ、アレは見た目通りに単なる鋼鉄製じゃないから」
現代では精製不能な古代の金属でできた装甲の上に、硬化などの強化魔法も施されていると推測できる。あのゴーレム一機は、下手な砦よりも硬いかもしれないのだ。個人で破壊できる方がおかしい。
そうであると分かっていても、特に巨大な古代兵器を打倒した感動も覚えることなく、淡々と話しているリリィとフィオナは、何というか、ドライである。俺はちょっと、自分でも「おお、本当に倒せた、凄い!」と密かに舞い上がっていた。恥ずかしい。
「……それで、次はどうするよ」
俺も何とも思ってないよ的な雰囲気を醸しながら、クールに二人へ問いかける。ちなみに俺の方はノープランである。後はもう直接、本体に乗りこんで行くという、作戦ともいえない原始的な攻略法しか思いつかないのだから。
「クロノさん、私に良い考えがあります」
自信満々、といった雰囲気がその無表情から滲み出るフィオナが、小さく手を上げた。
「このまま行けば、残りのゴーレムは壁まで到達しますよね」
現時点で撃破できたのは、俺達がぶっ壊した一機のみ。この迫り来る巨人の脅威を前に、城壁からはそれなりにまとまった攻撃が撃ち出されているが……当然、その歩みを止めることはできていない。
重々しい足取りは淀みなく進み続け、ボディに多少の傷か焦げ跡でもつけばマシな方という有様。
フィオナのようにあえて言葉にしなくとも、ここにいる誰もがエンシェントゴーレムの到来を予感していることだろう。
「そうだな。何も武器は持ってないから、きっとそのまま殴ってぶっ壊すつもりなんだろう」
何の捻りもない安直な攻撃であるが、このデカさなら、ただのパンチでも破城槌が如きである。城壁に穴をあけられるだけの破壊力は秘めていると見るべきだ。
「ゴーレムが壁を叩く距離まで接近した時が、チャンスです」
「なるほど、ギリギリまでは引きつけるのか。それで、何を狙うんだ?」
「はい、そこでゴーレムに飛び乗ります」
「……それで?」
「後は適当にドーンとやれば、ゴーレムもバターンでしょう」
どうです、完璧な作戦でしょう。胸を張るフィオナから、そんな心の声が聞こえてきそうである。
何と言うか、フィオナってたまに脳筋だよな、という感想を覚えてならない。実は俺よりよっぽど狂戦士の素質があるんじゃなかろうか。
「……いいかフィオナ、そういうのは「良い考え」とは言わない」
「なるほど、天才的な作戦と呼ぶべきなのですね」
「いや、そっちの方向性じゃない。逆だ逆」
何で褒められてると思ったし。もういい、今はじっくりフィオナに相互不理解を言い聞かせている時間はない。
「なぁリリィ、どうする? もうすぐゴーレムが城壁まで辿り着くぞ」
「うん、でも大丈夫よ。私もちょうど、良い作戦を思いついたから」
「おお、流石リリィだ――」
と、褒め称えたタイミングで、待ったのお声がかかる。言わずと知れた、魔女の大先生から。
「え、ちょっとクロノさん? 私の素晴らしい作戦は?」
「悪いがフィオナ、それは最終手段とする」
「何でですか?」
「何でもだ」
「そうですか、そこまで言うのなら、仕方がないですね」
何か深い考えがあるのでしょう、と明後日の方向に勘違ってくれたフィオナは、俺にちょっと期待の眼差しを向けながら引き下がってくれた。
妙なところで、話がスムーズに進むから不思議なもんだ。俺は未だに、フィオナの考えが読めない。
「それで、リリィの作戦は?」
俺の熱っぽい視線を受けて、リリィは異世界の美少女代表みたいな可憐な笑みを浮かべて、答えてくれた。
「まぁ、私もゴーレムに飛び乗る作戦なんだけどね」
「なんだよ、リリィもか!」
「うふふ、安心してクロノ、これにはちゃんと続きがあるの」
「適当にドーンするってワケじゃないよな?」
「ええ、もっと確実かつ具体的な作戦案よ。私はフィオナと違って、クロノの期待を裏切ったりしないわ」
「失礼ですねリリィさん。私が一体いつクロノさんの期待を裏切ったというのですか?」
不服です、とむくれるフィオナに対して、リリィは涼しい顔で言葉を続けた。
「とりあえず、説明する前に、目と耳を閉じた方がいいんじゃないかしら?」
「それもそうですね」
まるで閃光弾と音響弾が同時に飛んでくる直前にするような提案をいきなり口にしたリリィだが、俺もフィオナと同様に、深く問いたださずとも理解と納得を示せる。
「ああ、そろそろ凄いのがぶっ放されそうだからな」
実はつい先ほどから、背中にビリビリと強烈な魔力を察知していた。
振り返り見れば、そこにあるのはガラハド要塞の巨大な天守と、天に向かって突き立つ四本の防御塔。凄まじい魔力の流れは、竜巻のように激しく渦巻きながら塔の天辺へと集約されていく。
要するに、防御塔にいるスパーダの王宮魔術師が、渾身の一撃をそこからぶちかまそうとしているのだ。これこそ、スパーダ軍の本命攻撃であろう。
「流石、本物の要塞は違うな――」
アルザス村に、ここの十分の一でも防衛能力が備わっていれば。そんな、無益なことを考えながら、俺はそっと目を閉じた。上空で、莫大な量の魔力が刹那に爆ぜるのを感じながら。