第420話 タウルス
「うわぁ、良かった、ちゃんと動いてくれた……良かったぁ……」
歴戦の十字軍兵士も度肝を抜く巨大な古代兵器、エンシェントゴーレムの軍団。しかしそれを操るのは、たった一人の女性であった。
それは神代の戦女神が如き、と讃えられることは決してない凡庸な容姿に非力な体、おまけに魔力も十人並み。ボサボサの髪にそばかすの散った青白い顔には、ひとまず自分の仕事を果たせたという安堵感だけが映る。それはとても、そびえ立つ大城壁の攻略に挑む兵士の表情ではないだろう。
事実、彼女は十字軍兵士ではない。雇われた冒険者でも傭兵でもない。
彼女の名はドロシー。『白の秘跡』第四研究所の古代兵器研究部長という肩書き。つまりは、単なる研究者である。
「おい君、なぜ十機しか動かさないのかね。私は全機投入せよと命じたはずだが」
ドロシーがほっと貧相な胸をなでおろすのも束の間。すぐ後ろから、鋭い叱責の声が飛ぶ。
「ご、ごめんなさい、ベルグント伯爵様……」
恐る恐る振り返り見れば、そこに立つのはシンクレア軍将校のお手本のように、壮麗な鎧兜に身を包む伯爵閣下。神経質そうな細面には怒りの色こそ浮かんでいないが、風の原色魔力を色濃く反映する深緑の瞳が、鋭い視線を向けてくる。
十字軍第三軍を率いる将軍、ビエント・ドミニク・ヘルベチア・ベルグント伯爵。名前が四つと長ったらしいが、これでもエリシオン魔法学院を卒業しているドロシーは、おぼろげながらも、その意味を記憶に留めていた。
シンクレア共和国の貴族の名は、名前・聖名・領名・家名の四つで構成されている。伯爵の名前を解読すると、十字教信者ドミニクはヘルベチア地方を治めるベルグントさん家のビエント君、というようになる。
もっとも、分かっているのはそんな基礎的な知識だけで、貴族相手に対する正しい言葉使いやら礼儀作法やらといった七面倒くさいことをドロシーは全く心得ていない。そこまでは学校で習わなかったし、そもそも、習ったとしても覚えていたとは思えない。
しかしながら、声をかけられた以上は嫌でも答えなければいけないのが、お仕事のつらいところである。
「こ、これはですね……ええと、その、格納庫を移動式に仕様変更したため、どうしても源動機からの伝導率が規定値をクリアできずに――」
「ええい、ごちゃごちゃとワケの分からん言い訳などいらん。出せるのか、出せないのか、それとも出し惜しみしているのか、どうなんだね?」
自分はこの上もなく適切に現在の状況を説明したというのに、この反応。人っていうのは、いつもこれである。自分の無知を棚に上げて、こちらの言い方が悪いと非難するのだ。
しかしながら、ドロシーはウンザリすることも悲しむこともない。他人なんてそういうモノであると、すでに割り切っている。むしろ、少しばかりのイラつきを顔に浮かべるだけで、怒鳴り散らしたり殴りかかってきたりしないだけ、この容姿は紳士然とした伯爵様はマシである。
「あの、それは……本体と頭脳の最適化の必要がですね――」
「……君、いい加減にしたまえ」
ベルグントの額に、青筋が浮かぶ。
「いくらジュダス司教よりゴーレム隊の指揮を一任されているとはいえ、今の君は我が軍の配下にあるのだ。あまり勝手なことをしてもらっては困る」
困っているのは、今まさに自分の方である。
貴族様のありがたいお説教を聞かされて、という以上に、ドロシーには起動させた十機のエンシェントゴーレムを現在進行形で制御し続けなくてはいけないのだ。
すでに雪原を歩き始めたゴーレムだが、ドロシーが歩行サポートの命令術式を実行し続けなくては、今にもあの巨体は大地に沈むことだろう。
その操作は勿論、書類にハンコを押すが如き単純な片手間作業ではない。細心の注意と、刻一刻と変化するデータから、一瞬で的確な命令術式を調整、あるいはイチから書き上げなければいけないのだ。
とても無知な素人のクレームに対処している余裕はない。
「いいかね、君には司令官たる私に対して、適切な説明と報告をする義務が――」
「要するに、魔力が足りないから動かせないって言ってんの! ほら、ドロシーちゃんの邪魔になるから、さっさと戻れオッサン」
シッシッ、と野良犬でも追い払うかのようにぞんざいなジェスチャーをしながら口を挟んだのは、一人の少女であった。
金髪のツインテールに、クリクリとした青い瞳の可愛らしい顔立ち。しかし、小柄で華奢なその身にまとう装備は、分厚いだけの安物コート。モコモコとした茶褐色の毛皮に、大きなフードの周りと首元は、真っ白いファーがフサフサとしていて、それなりに暖かそうではある。しかしながら、全体的に見れば妙にくたびれており、中古品、という単語を即座に連想させる。
彼女が身に着ける防寒具はそのコートのみ。丈の短いスカートから、黒タイツに包まれた脚が伸びているのは、寒い冬でも健気にお洒落を貫く女学生のようである。
しかし、その身に背負ったボロっちい木製の弓と、手作り感丸出しの矢筒を腰の後ろに装着した姿は、彼女がエリシオンの女学生ではなく、冒険者であることを現していた。無論、まだ成人して間もないといった容姿と、低グレードな装備品から、ベテランの風格は欠片も感じられない。
そんな、どこからどう見ても駆け出しの冒険者にしか見えない少女が、この十万を超える大軍勢を率いる将軍閣下に、恐ろしく無礼な口のきき方をしたのであった。
「くっ、貴様……」
しかし、ベルグント伯爵は不敬と断じて斬り捨てるどころか、その顔には苦虫をかみつぶしたような渋い表情を浮かべるのみ。
「素人は余計な口出ししないで、大人しくしてる。これでゴーレムがコケたら、オッサンのせいだかんね!」
ビシっと指さしポーズを決める冒険者少女を前に、ベルグント伯爵は苦渋の決断とばかりに、重苦しい声で応えた。
「……分かった、ゴーレムの操作は全て任せる。しかし、こちらの作戦通りに動いてもらうようには、ジュダス司教と契約しているのだ。それは忘れないでもらおう。あと、私はオッサンではない。将軍閣下と呼べ」
「はいはい、分かったからもうあっち行け。じゃあねー、バイバイ、二度と来んなオッサン」
忌々しい、とばかりに緑の瞳で睨みつけてから、ベルグント将軍閣下は踵を返した。バサリと白いマントを翻し、冷や汗を流しながら事態の推移を見守っていた部下を引き連れて。
「あ、あのアイさん……すみません、でした」
「なぁに、いいってことよ! ドロシーちゃんの護衛が、アタシのクエストなんだからネっ!」
間違いなく自分よりは年下だろう相手に、卑屈にヘコヘコと頭を下げながら謝意を述べるドロシーに、爽やかな笑顔を浮かべて、アイという名の冒険者少女は答える。
「そんなコトより、操作に集中した方がいいんじゃないの? 結構大変なんでしょ、ソレ」
「あ、はい……まぁ……」
曖昧な返事をしつつも、確かにありがたい申し出であるとドロシーは感謝している。こういう時に「ありがとう」と咄嗟に口から出せない自分に、少しばかり自己嫌悪。
内向的な、それもかなり重度の部類に入る性格だと自分でも思っているドロシーからすると、この快活を絵に描いたアイのような人物は苦手である。 もっとも、こちらの気持ちなどお構いなしに馴れ馴れしくしてくるアイだからこそ、ドロシーと人並みのコミュニケーションをとれているとも言えるのだが。
もしかすれば、そういう部分を見越してジュダス司教は自分の護衛に新人冒険者でありながらも、このアイを抜擢したのかもしれない。
「ふわぁーそれにしても、戦場にいたって司令部にいたんじゃ退屈だよね。ねーツミキちゃん?」
チラリと横目で見れば、アイはペットと思しき有翼獣の幼体を抱っこしながら、一方的なお喋りに興じている。ツミキと名付けられたグリフォンの鷹の頭が、そこはかとなく迷惑そうな顔をしているように見えるのは気のせいだろうか。
ドロシーは思う。やはり、実力の面では激しく不安であると。ジュダス司教は、もうこの戦場で自分に死んでこいと言っているのではないかと、さらに不安にもなる。
しかしながら、ジュダス司教がもう自分をいらないと、死ねと言うのなら、それでもいいかと納得できる。彼に、あの偉大な男に捨てられたのなら、もう自分が生きている意味など、何もないのだから。
故に、今は与えられた命令を忠実にこなす。ドロシーは再び、手元にある古代の石版、通称『魔動演算機』の操作に集中し始める。
「――よし、三号機はこれで安定……七号機は、まだ大丈夫……うわ、五号機の左脚アクチュエータにもうガタがきてる……」
ドロシーは独り言が多い。おまけに、今の彼女は漆黒の石版をピアノでも弾くように軽やかに叩きながら、時折、何もない虚空を指先でなぞったり掴んだり、といった動作を繰り返している。
地味目な顔に冷や汗を流しながら、どこまでも真剣かつ必死な表情で行う彼女の姿は、傍から見れば狂人のソレである。しかし、ドロシーが行う操作は、この場にいる誰よりも知識と技術とセンスの要求される、天才だけが成せる頭脳労働だ。
ドロシーが今いるこの場所は、アイがツミキに愚痴ったように、ガラハド要塞を前にした雪上の野戦陣地、その司令部である。
屋外である以上、ここには天幕と竜車が引いてきた大型貨物以外に、目立った物は何もない。しかし、神が聖戦を祝福してくれているような青天の下、純白の下地に黄金の十字が描かれた十字軍旗と、無数の白き大軍勢が立ち並ぶこの場所は、どこまでも勇壮さと強大さを感じさせてならない。白き神の威光を受ける、十字軍の名に相応しい光景。
特に司令部のまわりには、聖銀の光沢が眩しい白銀の鎧兜に身を包んだ重騎兵、重騎士と、同じく聖銀の繊維で編まれた純白ローブをまとう魔法騎兵、魔術士の大部隊が集結しており、殊更にその煌めく威容が強調されている。
そんな頼もしき十字軍の精鋭軍団に守られた司令部に、ドロシーがエンシェントゴーレムを操作するための場所が特別に設けられている。第三軍の総大将であるベルグント伯爵が座す、そのすぐ隣。彼女は全二十四機におよぶ、巨大な秘密兵器を操る技術と権利を有するが故の、超特別待遇である。お蔭で、伯爵御自らが、ああやってお小言を言いに来たりもするのだが。
そんなどう見ても冴えない普通以下の女である場違いなドロシーに対して、十字軍兵士が見下したような目線を向けないのは、彼女が操るモノ、そう、エンシェントゴーレムを操作するための『装置』があまりに特別であるためだった。
ソレは、一言で表現するなら『祭壇』が最も相応しい。
高さ三メートルほどの真っ白い円柱が四隅に立ち、その四点を頂点として、雪の上に青白く輝く魔法陣が浮かび上がっている。その魔法陣は現代魔法において基本である円形ではなく、無秩序に描かれた幾何学模様と、今をもって大部分が解読不能とされている古代文字によって構成されている。おまけに、円柱が形成する正方形の内側に浮かび上がる魔法陣は、一秒たりとも同じ形状を維持することなく、目まぐるしく変動していく。さながら、光の文字が流れる川のよう。
ここにいる一流の魔術士であってもまるで解読できない謎の古代魔法陣であるが、その上にあるのは、共和国民なら、いや、十字教徒なら誰もが見たことがあるモノだ。それは、どんな寂れた小さな教会でも、必ずそこにある祭壇。食卓を模った長方形のテーブルに、ドロシーは信者に教えを説く司祭のように立っている。
しかし、彼女の手元にあるのは分厚い聖書ではなく、漆黒の石版が一枚きり。他には、十字のシンボルオブジェも、装飾された燭台もない。代わりに、祭壇の全面を、地面と同じく青白い光の魔法陣が走っていた。
「うそっ、二号機の疑似神経回路が焼き切れてるっ!? 百二十一番と三百九番でバイパスさせて……お願い、あと少しだけもって!」
十機のエンシェントゴーレムは、一糸乱れぬ横並びで、順調に歩みを進めている。十字軍兵士もスパーダ兵士も、そうとしか見えないだろう。
その機械的に統制された動きを、たった一人の女性によって、ギリギリのところで保たれているなど、一体誰が分かるだろうか。一通りの説明を受けているベルグント伯爵以下、十字軍将校でも、彼女の必死さは理解できないだろう。
ドロシーの目には、今にも擱座してしまいそうなゴーレムの稼働情報が映っている。それは他の人には分からない――というのは、その内容が理解不能というのと、情報を映す画面そのものが見えていない、という二つの意味を含む。
サイズだけは聖書と同じような、この黒い石版こと『魔動演算機』は、その表面に古代文字で書かれた文章が表示される、というのはシンクレア共和国では有名な話である。
噂によれば、攻めいっている最中であるスパーダにも、邪悪な魔王伝説について描かれた石版が、これ見よがしに街中の広場に展示されているという。シンクレアでは神の聖なる奇跡が描かれているというのに、パンドラは古代の石版まで魔族らしい内容である。
しかし、この『魔動演算機』が表示する文章が、その漆黒の表面に映るだけが全てではないということを知っている者は、少ない。
ドロシーの視界には、設計図のようなゴーレムの全体像が描かれたパネルが十枚と、その傍らにびっしりと表示される古代文字の文章、そして、目まぐるしく変動してゆく円形や棒状のグラフが映っている。それらの映像は、『魔動演算機』の表面ではなく、何もない空中に浮かんでいるように見えた。画像や映像を虚空に投影する光魔法と同じような見え方だが、このゴーレムに関する情報は誰にも見えていない。
それは幻覚などではなく、彼女の目にだけ映っているからである。正確にいえば、網膜に『魔動演算機』より特殊な光魔法の光線が照射されることで、己の視界そのものに、様々な情報を文章・図形・映像などで映し出してくれるという仕組み。
もっとも、例えこの画面が誰にでも見えたとしても、それを正確に解読し、操作できるのは、自分とジュダス司教の他には存在しない。
ドロシーであればこそ、ここに展開されている情報へ淀みのない入力操作を行えるのだ。実は本体である『魔動演算機』に表示されるのは、全て操作用のパネルであり、さらに、それだけではまだ足りないとばかりに、もう二面ほど疑似操作卓が投影されている。果たして、古代に生きた人間でも、これほどの速さと精度で三面ものコンソールを同時操作できる者はいたのだろうか。
「ええっ、今度は一号機の頭脳に危険警告!? 思考制御装置の副神経針作動……ああ、やっぱり374番じゃダメだったか……って、他のもヤバそうだし、何でこんなに脆いのよ……49番だったらどんな無茶しても自我崩壊なんてしなかったっていうのに……」
このエンシェントゴーレムの操作は本来、操縦者が一人いれば問題なく稼働できた。しかし、発掘したばかりの古代兵器を今すぐ動かせるようにする、おまけに、詳しい操作方法が不明なまま、操縦する人物も用意しなければいけない。
少しでも古代の遺物に関わったことのある者なら、誰もが口を揃えて言う。不可能だと。起動させるだけで精一杯、まして、実戦に投入するなど、神が奇跡の力で操ってでもくれないかぎり無理な話であった。
だが、奇跡無しでその不可能を可能にしたのがジュダス司教。人工的に使徒を生み出すことに成功した、教会が誇る天才的な研究者である。
しかしながら、如何に天才と呼ばれようとも、限界というのはあったらしい。
確かに、今こうしてエンシェントゴーレムはガラハドの大城壁を打ち砕かんと前進している。だが、その動作はドロシーというサポート無しには成立しない、マリオネットよりも不安定なものだ。
不安要素など、上げればキリがない。完全に内部機関の修理は完了しておらず、どういう原理で稼働しているのか不明なブラックボックスが幾つも存在する始末。もし、その構造不明のパーツに不具合が起これば、もうドロシーにも打つ手はない。
だが、そんな中で最も不安定な部分が、操縦者である。
ゴーレムに搭乗している操縦者を、ドロシーは、いや、ジュダス司教はパイロットとは呼ばない。この古代兵器に限っては、パイロットとは、頭脳そのもののことである。
本来ならば、このエンシェントゴーレムは操縦桿と思念制御盤によって、割と簡易な操縦形態であったと推測されている。
古代という時代は、確かに現代よりも優れた魔法文明を持っていたが、人間の頭脳と魔力も優れていたということはありえない。人間とは、今も昔も人間のまま。神が創造した時点で、すでに完璧な存在であるのだから、変化などするはずもないのだ。
ともかく、人間が操縦していた以上、一般的な人間の頭脳で理解できる動かし方であったはず。そして、この巨大な機械人形を簡単に操縦するために、その動作を自動的にアシストする機関が必要なのだ。
しかし、メディア遺跡で発掘されたエンシェントゴーレムには、その制御を司る頭脳と呼ぶべき部分が、完全に壊れていた。
故に、ジュダス司教は用意した。ゴーレムの操縦者と、その動作制御を行う頭脳の両方を。
それこそが、神兵を利用した人型頭脳。『思考制御装置』を中継器として、神兵の脳と神経をゴーレムの魔動制御中枢機関と直結した、文字通り人と機体が一心同体の操作方法。それは最早、操縦者ではなく、取り外しが不可能な部品である。
そしてコレがまた、恐ろしく不安定な代物であった。本来、人間があるべき状態ではないが故、どれほど記憶と感情を封印しようとも、必ず『歪み』が生まれるのだ。人の心とは、それほどまでに脆く、繊細なのである。
「大丈夫……大丈夫……壁までは何とかもつ……ああ、でも、次に出す時はもう少し調整しとかないと……すぐ出せって言われたらどうしよう……」
急造品の頭脳システムに、大いなる不安を抱きながらも、ドロシーはどうにかこうにかゴーレムを動かし続ける。
ジュダス司教が命じた「お前がアレを動かせ」という言葉を忠実に実行するために。彼の期待に応えるために。そして何よりも、見捨てられないために。
「よし、あと少し……あと、もう少し……」
僅かほどの揺るぎも見せず、完璧に操作しきっているドロシーは、ようやく到達点である敵要塞の巨大城壁の目前まで、ついに十機のゴーレムを進ませることに成功する。
壁の上から、多少はまとまって武技で放たれた矢や攻撃魔法が乱れ飛んできているが、どれも虚しく頑強な鋼のボディに弾かれるのみ。多少煤けただけで、未だ無傷。たとえ少しばかり装甲が割れようとも、足があって頭脳とドロシーの制御が生きている限り、ゴーレムの歩みは止められない。
自身に課せられた作戦の成功を確信したその時――
「っ!?」
一筋の閃光が迸った。
ずっと目に映る網膜投影画面にくぎ付けだったドロシーも、思わず顔を上げて戦場を見てしまうほど、強烈な輝き。
「あ……八号機、沈黙」
そんな事は、『魔動演算機』が知らせてくれなくとも、目の前の光景を見れば一目で理解できた。
一体、如何なる攻撃を受けたのか、エンシェントゴーレムの上半身が消滅していた。
絶対的な防御力を象徴する、塔のような鋼の胴は圧潰し、融解し、無残な傷痕を晒している。下半身の断面からブスブスと黒煙が噴き上がっているのは、前に開発に携わった魔動戦艦ガルガンチュアの煙突が煙を吐き出す様を連想させた。
完膚なきまでにぶち壊された巨大兵器の惨めな様子に、十字軍から大きくどよめきが起こる。
「おい、どういうコトだっ! エンシェントゴーレムが大破したぞ!」
血相を変えてベルグント伯爵が飛び出してくるが、その叫び声にドロシーは答える余裕はない。
「ふぅ、一機減ったお蔭で、ちょっと楽になったわ……最低、二機が残っていればガラハドの城壁は破れる……そうですよね、ジュダス様」
ドロシーは疲労に青ざめた顔に、歪んだ笑みを浮かべた。
ここにいる十字軍兵士達が、シンクレアの貴族様が、無様に慌てふためいているのが可笑しくて。
大物を撃破したと壁の上で沸き立っている、スパーダ軍が滑稽で。
誰も、分かっていない。皆がコレを巨大兵器だと、『エンシェントゴーレム』だと呼ぶ愚かさに、不思議なほど笑いを誘われる。
「あはは……こんなの、ただの作業機械なんだから、戦えば壊れるに決まってるでしょ」
ジュダス司教は言った。自分が十字軍に同行するため、第四研究所を発つ前夜。無理にお願いして潜り込んだ、彼のベッドの中で。
「アレは兵器ではない」
ふと、気まぐれのように語ってくれた。
それは気の利いたピロートークではないが、頭の中に数式と魔法理論しか入っていない自分のような女には、彼がもたらす未知の情報ほど素敵な言葉はない。
「ゴーレムではなく、人型重機という名の、単なる作業機械だ」
その時、体力の限界を迎えていたドロシーは、マトモに返事もできず、ただ心地よい疲労感と睡魔に身を任せて、彼の言葉を聞いていた。
「古代の人間は、この人型重機で何を作ったと思う?」
答えは未だ、聞いていない。
この戦いに生きて戻ったら、聞かせてもらうつもりだ。
古代の人間が、現代においては圧倒的な力を誇る兵器となるこの人型重機で、一体、どれほど強力な、本物の古代兵器を作り出したのか。その、解答を。
「は、あはは……大丈夫、ジュダス様の言うとおりにすれば、大丈夫……全部、上手くいく……」
作戦もいよいよ大詰めといったところで、ドロシーはどこか高揚した雰囲気で、残った九機に命令する。
「人型重機『タウルス』、右腕『掘削機』作動。作戦名『パイルバンカー』開始」