第419話 出撃! エンシェントゴーレム
それは、凄まじい地響きと轟音を立てて現れた。
最初は地震か雪崩でも起こったかと思ったが、十字軍が陣取る方向へ視線を向けた瞬間、理解させられる。
「な、何だよアレは……巨大ロボ?」
群がる戦奴軍団の向こう側、十字の旗と火の岩を飛ばす魔動投石器が並ぶ敵陣に、巨大な人影が次々と立ち上がって行ったのだ。
燦々と降り注ぐ陽光を受けて輝くのは、鈍色のアイアンボディ。フルフェイスのヘルメットを被ったような丸い頭部の中心には、真紅の一つ目がギラリと光る。
寸胴な円筒形のボディと短い足はゴーレムにそっくりだが……いくらデカい体のゴーレムの人が多いとはいえ、ここまで巨大なヤツは見たことも聞いたこともない。
目測、およそ二十メートル。背後に立ち並ぶ投石器が小さく見えて、縮尺が狂っているような感覚に陥る。
そして、そんな馬鹿デカい鋼鉄の巨人が、十体も並び立っているのだ。
「嘘だろ……」
あまりに大きな迫力を前に、思わずそんな言葉が漏れる。しかしながら、これはラストローズが作った夢の世界ではなく、残念ながら残酷な現実世界であることに変わりはない。
十体の巨大ゴーレムは、確かに存在するのだ。
「クロノっ! アレね、たぶんエンシェントゴーレムだよ!」
目下、キメラ兵と壁面にて戦闘中で、相変わらず宙づり状態な俺の元へ、リリィが飛んで戻ってきた。
エンェントゴーレムという名前と存在は、これも神学校の授業で聞いたことがある。
古代遺跡には現代では再現不能な数々の魔法具が眠っているというが、その中の一つに、超巨大サイズのゴーレムというものがある。古代に製造されたゴーレム、故にエンシェントゴーレムと分類されるのだ。
大半は破損していて、その大きな鋼鉄の体を残すのみだが、稀に再起動に成功する事例もあるという。スパーダにはないが、そうして復活させた巨大ゴーレムを、攻城用などの兵器として利用している国もある。
貴重にして強力な古代兵器の一種だと教えられたが、まさか、こんなところでお目にかかるとは思わなかった。それも、十体。
「くそ、十字軍の奴ら、古代遺跡の奥からあんなデカブツを引っ張り出してきたってのか」
「メディア遺跡からエンシェントゴーレムが出たって、リリィ、前に聞いたことあるよ」
その噂はきっと、俺と出会う前のことだったんだろうな。
メディア遺跡の名前には聞き覚えがある。俺はこの遺跡で新発見された区画調査のクエストを受けて、イルズ村を離れて首都ダイダロスへ向かったのだ。思えば、あのクエストを受注するか否かというのが、運命の分かれ道だったのかもしれない。
それにしても、巡り巡って、そのメディア遺跡から発掘されたエンシェントゴーレムが目の前に出現するとは、本当に因縁ってのはどう繋がってるか分からないものだ。
「信じられないが、ああして現れた以上、アレで城壁を攻略するつもりだよな」
雪上にキラキラと輝く光がここからでも確認できる。恐らく、エンシェントゴーレムは魔法陣によって召喚されたのだろう。そうでなければ、あんな巨大な鉄の塊、こんな山の中まで持ちこんでこられるはずない。
「ねぇクロノ、どうするの?」
俺の首元へ腕を絡ませて抱き着いてくるリリィは、何とも可愛らしく問いかけてくるが、その内容はかなり重い判断を迫られる。
いや、始めから答えは決まっている。俺達は使徒を殺そうって覚悟でここに来ているんだ。巨大ゴーレムの十体や二十体くらいでビビっていられない。
「優先目標をエンシェントゴーレムに変更。一旦、壁の上に戻って迎撃準備に入る」
「キメラは?」
「他のヤツに任せる。今はアレを何とかする方が重要だ」
「うん、分かったよクロノ!」
元気の良い返事を聞くと同時に、俺はヒツギに「上げろ」と命じる。
「上へ参りまーっす!」
と、こちらも元気の良い返事を脳内で叫びながら、凄まじい勢いで俺を吊るすバインドアーツを巻き上げる。
俺の両手は呪いの鉈とガトリングガンで塞がっているが、腰と肩から回した鎖で垂直面での直立姿勢も安定している。俺は首元にリリィをしがみつかせたまま、思い切り壁面を真上に向かって駆け上がっていく。
「邪魔だっ、どけぇ!」
途中で進路上に割り込んできたキメラ兵を蹴り落として、無事に城壁上へと帰還。タイムは五秒といったところか。
「お帰りなさい、クロノさん、リリィさん」
「ただいまー」
再び城壁通路に降り立った先で、フィオナが出迎えてくれる。彼女も俺達の移動に合わせて、通路を右に左に行ったり来たりで大変だったろうが、それでもしっかり後衛としてのポジションを確保し続けてくれた。流石の働きぶりである。
「フィオナ、次はあのデカいゴーレムをやる」
「一人あたり一体……いえ、三人で一体にかかった方が確実でしょうね」
あの鋼の巨人を相手にしようというのに、フィオナは悩むどころか、さっさと迎撃プランを提案してくれる。まるで、雑魚モンスターの群れを効率的に狩るやり方でも語るように、その顔には何の気負いもない。
「あれってやっぱり、見た目通りに固いのか?」
「見た目以上ですよ。攻城用のエンシェントゴーレムなんて、シンクレア共和国でも珍しいですから。見たところ量産型のようですが、強力な攻城兵器であることに変わりはありませんね。少なくとも、個人でどうこうできるような相手ではないです」
ただし、普通の兵士ならば、とそこには但し書きがつく。
俺達はランク5冒険者で、『独立行動権限』なんて特別扱いまでしてもらってる。最低でも百人分くらいは働かないと、期待してくれるスパーダ軍に申し訳がたたないというものだ。
「俺達だけで一体……いや、二体は沈めたいところだな」
「無理は禁物ですよクロノさん。今ここで魔力が尽きてしまったら、『エレメントマスター』は早くも退場ですから」
それは困る。俺はマラソン大会で最初の五十メートルだけ全力疾走で駆け抜け、十秒限りの一位を満喫すれば満足するような気持ちで、戦争に参加しているワケじゃない。
「まぁ、そうだよな。ここはスパーダ軍を信じるしかないか」
とりあえず、今は一体を確実に仕留めることに集中すべき。生半可な攻撃を仕掛けて、防がれてしまっては意味がない。
「敵が射程に入ったら、最大火力をぶちかます。リリィは『星墜』、フィオナは『黄金太陽』――」
ほとんど確認に近い指示を出しつつ、俺は自分の準備も整え始める。
思えば、短い詠唱で済むリリィと、そこそこの詠唱のフィオナに対して、俺の準備が最も時間がかかる。まぁ、あの如何にも鈍重そうなゴーレムが、こっちの有効射程距離である百メートルそこそこの範囲に踏み入って来るまでには、少しばかり時間がかかだろうから、十分に余裕はある。
幸いにも、ゴーレムは巨大な大砲を担いでぶっ放してきたりはしていないから、遠距離砲撃される心配もない。立ち並ぶエンシェントゴーレムは、本当にただの巨大石像のように直立不動のままでいて、歩き出すどころか、その背丈に見合った武器を取り出す様子も見られない。
召喚したはいいが、動き出すだけでもそれなりに時間がかかるのかもしれないな。何にしろ、これでたっぷり『充電』できる。
「――俺は『荷電粒子竜砲』だ。いくぞヒツギ、銃身換装! 雷砲形態!」
三度、鉈を影に戻すと同時に、空いた左手で『ザ・グリード』のフォアグリップを握り、しっかりと両手持ちで構える。
ヒツギもアスベル山脈で一度はコイツの変形を実戦経験したお蔭か、あの時より幾分かはマシになっているだろうか。パーツの分解、組み立てに挑む触手の動きに、迷いはない。
「うーんとぉ、えっとぉ……あっ! あ……あれぇ?」
聞こえてくるメイド少女の鳴き声から察するに、どうやら気のせいであったようだ。
「はい! 出来ましたご主人様ぁーっ!」
「おい、ちょっとタイムが落ちてるんじゃないか?」
「申し訳ございません、ご主人様……至らなかったところは、ヒツギが体でお返しいたしますので!」
お前はいつも触手で奉仕しているだろう。全く、何を言ってるんだコイツは。
「まぁ、ちゃんと完成してるなら、それでいい」
「ふわぁー! お許しいただき、ありがとうございます! 優しいご主人様大好きですぅー!」
こういうのは優しいっていうより、甘い、って呼ぶべきだと思うのだが……まぁ、いいか。こうして、無事に『ザ・グリード』も紫電の如き輝きが砲身に走る『雷砲形態』への換装が完了したのだから。
一仕事終えた触手たちが影へと帰還してゆくのを見送りながら、俺は握ったグリップから、疑似雷属性のチャージを開始する。真っ当な魔術士が長々と詠唱をする代わりに、俺はひたすら魔力を流すだけという地味な溜め時間を過ごす。
周囲では今もキメラ兵が壁面を駆け上がっては大暴れしているし、戦奴達も果敢に城壁へと挑み続けている。喧々騒々とした戦闘状況が続いているが、今は静かに待つことしかできない。たとえ、鋭い爪にかかって切り裂かれる冒険者やスパーダ兵の姿が見えたとしても。俺は、コイツをぶっ放すまで、動かない。
「……なぁ、まさかとは思うが、あのゴーレム共がこのまま動かないってことはないよな?」
「ただの張りぼてだとしたら、随分と間抜けな作戦ですね」
それだけでこっちがビビって逃げ出す、とはいくら十字軍でも思わないだろう。
しかしながら、出現してから未だに指一本動かすことない姿を眺めていれば、そんな想像も過ってしまうのだ。こちらとしては、あまりに都合の良い解釈だが。
「あっ、動くよ、クロノ!」
やはり俺の希望的観測に基づく想像はあっけなく否定される。並び立つゴーレムをジっと見つめていたリリィが、ついにあの巨大な古代兵器の起動を告げる。
ズシン――という地響きが、この怒号と悲鳴と絶叫に支配された戦場にあって尚、重々しく響き渡った。
十体のゴーレムが、同時に一歩を踏み出したのだ。
「うおっ……本当に動いてる……」
日本人として、男として、巨大ロボが現実に動く様を見せつけられると、多少なりとも感心せざるを得ない。
十体のエンェントゴーレムは、見た目通りに鈍重ではあるが、淀みない自然な動作で二足歩行をしている。総重量何トンあるのか想像もつかないが、その大きな一歩が大地を踏みしめる度に、轟々と雪の飛沫が巻き起こった。 平地であるにも関わらず、その足元には雪崩が起こっているかのように、白い波濤が渦巻く。
一糸乱れぬ横列陣形で突き進むゴーレム軍団は、如何なる障害があろうと突破して見せるという迫力を、物言わぬ鋼の巨躯から感じさせる。自身の倍近くある巨大な壁だろうと、そこを守る屈強なスパーダ兵であろうと、我らの歩みは止められないと。
しかし、その覚悟には敵だけでなく、味方も含まれているのだと、俺は遅ればせながら、今この時になって気づかされた。
「お、おい! アイツら戦奴を――」
踏みつぶした。道を横切る蟻を潰すように、躊躇どころか、その存在に気づいてさえいないように。小さくとも、確かにそこへ存在していた命を、踏みにじる。
すでに戦奴の大軍は、この幅一キロほどの雪原へ散らばるようにして突撃を続けている。それを背後から、まるで避ける素振りさえ見せず、巨大なエンシェントゴーレムが堂々と歩き始めたのだ。十体も、横並びで。
合わせて二十本の脚は、さながら動く石柱である。超重量が巻き起こす雪煙によって、足の裏で実際に何人の戦奴を踏み潰したのかは見えない。しかしながら、怒涛の如き勢いで迫る雪崩の様相を呈する足元へ、何人もの戦奴が呑み込まれてゆくのははっきりと目撃した。俺だけでなく、この壁の上に立つスパーダ兵全員。嫌でも、見えてしまう。
「所詮、戦奴は威力偵察を兼ねた捨石ですからね。あんな風に蹴散らしても、構わないのでしょう」
「それが十字軍のやり方ってわけか。どこまでも、ふざけやがって」
湧き上がる怒りで、グリップを握る手が震えてくる。
この大軍団を率いる指揮官が、平気な顔で進軍を命じたのか。シンクレアの人間である本来の十字軍兵士共は、これを見て勝利の確信に湧いているのか。
後ろで高みの見物を決め込んでいる白い野郎共に、今すぐ『ザ・グリード)』を最大出力でぶっ放してやりたいが――ダメだ、まだ、トリガーは引けない。
「下種共め……ぶっ潰してやる……」
そう吐き捨てるだけで、呪いに支配されたような強烈な怒りを抑え込む。耐えがたい憤怒、抑えがたい殺意。それでも、我慢できる。
戦奴を蹴散らしながら突き進むゴーレムは、すでに城壁まで五百メートルの距離をきっている。巨大なアイアンボディを動かすエンジンでも温まったのか、それともただの気のせいか、歩くスピードも僅かに上がっているように見える。
あと少し。あと、もう少しで――そう思ったのは心が逸る俺だけではなかったようだ。
「يمكنني إنشاء حرق(私を燃やして創り出す)」
俺の耳に、魔女が歌い上げる魔法の旋律が届いた。