第418話 アルターフェイス
難なく壁を乗り越えてくるキメラ兵の出現により、城壁上では早くも白兵戦が展開される場面がちらほらと見受けられる。血と刃の飛び交う喧々早々とした様子は、如何にも防衛戦争のワンシーンに相応しい。
おまけに、一キロほど先にズラリと立ち並んだ投石器から飛ばされる、隕石のような燃える大岩が火炎の彩りを添える。
スパーダ兵の立ち並ぶ城壁は、ガラハドの大城壁という二つ名に恥じぬ防御力を発揮しており、壁に岩砲弾が炸裂してもヒビ一つ入らずに、堂々と受け止めている。また、放物線を描いて上空から通路や砦に向かって落下してくる弾は、最新式の結界機とスパーダ王宮魔術士団が、魔力の限りを尽くして展開させる光の広域防御結界によって防がれる。
燃え盛る岩は、要塞の上空およそ二百メートル地点でドーム状に張られた不可視の結界に触れた瞬間、大爆発を起こして砕け散った。炎の灼熱は散らされ、吹き荒ぶ熱風は遮断され、石ころサイズにまで小さくなった破片だけがパラパラと降り注ぐのみ。
「おいネロ! 俺らも早く行こうぜ!」
頭上で岩砲弾の砕け散る轟音が響く中、一人の少年が大声で叫んだ。
ツンツンと逆立った金髪ヘアの少年だが、その顔は竜を象った面で覆われている。
「この馬鹿、本名で呼ぶなよ」
そうツッコミを返すネロと呼ばれた少年もまた、同じく仮面を被っていた。
ただし、そのデザインは竜ではなく、顔の上半分だけを覆うシンプルな白い仮面。鼻から顎の先まで出る、輪郭のシャープなラインだけで、マスクの下にある美形を思わせる。
だが幸いにも、周囲で応戦している冒険者達はこちらを気にする様子はまるで見られない。そもそも、気にする余裕もないのだろう。
「何の為にこんな格好してきたんだか、もう忘れたのか?」
呆れたような視線を向けるネロ――勿論、彼こそアヴァロンの第一王子、ネロ・ユリウス・エルロ-ド本人である。
「分かってるって! それで、えーっと、何だっけ、お前の名前?」
「……エクス」
「そうそう、それだよそれ、覚えてるに決まってんだろぉ!」
何故か誇らしげに叫ぶ頭の悪い親友のリアクションに、ネロは例によって例の如く、深い溜息をついた。
「マジで頼むぞおい、もうここまで来ちまったんだからな。いいか、俺がエクス、シャルがエス、サフィがディー、そしてお前は……覚えてるか?」
「えーっと……カイ?」
「ケイ、だ」
馬鹿でも覚えられるようにとつけた名前だったのに、これでは意味がない。とりあえず今は、今度こそ覚えてくれるよう祈るより他はなかった。
「頼むから、パーティ名を叫んだりしてくれるなよ」
「大丈夫だって!」
任せろよ、とドーンと胸を叩く金髪おバカなカイ、もといケイに対して不安しか感じないのは、いつものことである。
「はぁ……やっぱ来なきゃ良かったか、こんな面倒くせぇところ……」
ネロ率いるランク5冒険者パーティ『ウイングロード』は今、第五次ガラハド戦争の真っただ中に来ていた。ただし、その正体を明かさず、身分を偽っての参加である。
現在のネロは、アヴァロンから遥々スパーダへ緊急クエストを受けるためだけにやってきた、新人冒険者の『エクス』と名乗っている。そんなエクス少年は、スパーダで偶然出会った、同じく新人の冒険者三人とパーティを組み、晴れて『グラディエイター』の一員として戦場に立つこととなった。
それが、ランク1冒険者パーティ『アルターフェイス』の設定である。
全く、どうしようもないほどくだらない嘘、演技。そう自分でも心底思うものの、冒険者の世界では、時としてそういう事も必要であると割り切っている。
基本的に当人の事情を詮索されない冒険者であればこそ、明らかな嘘でも『自称』の身分を押し通すことができるのだ。こんなオモチャみたいな仮面を被っただけで、自分の正体を隠し通せるなど、ウイングロード、もとい、アルターフェイスのメンバーは一人も思っていない。いや、カイだけは「これで絶対バレないぜ!」と心から信じているかもしれないが。
どちらにせよ、自分たちの正体に気づいた者がいたとしても、さしたる問題はない。少なくとも、冒険者では。
スパーダ兵にさえ見つからなければ問題はない。特に第三王女シャルロット。
無論、こうして『グラディエイター』の中に紛れていれば、よほど悪目立ちするような戦い方をしない限りは、大丈夫だろう。
「なぁなぁエクスさんよぉー、だから俺らもやろうぜって!」
一応は呼び名を改めたカイが、ネロのまとう目立たない変装用の見習い魔術士ローブをグイグイと引っ張って戦闘意欲をアピってくる。若干、というか、かなりウザかった。
「まだ俺らは動かなくてもいいだろ。この程度で揺らぐほど、スパーダの防衛線は脆くねぇ」
マスク越しで見た視界の端には、城壁通路に乗り込んできて暴れまわる六本腕の狼獣人が、果敢に飛びかかるスパーダ兵の槍によってメッタ刺しにされ討ち取られている光景が映った。
凄まじいパワーを秘めた異形の肉体を持つキメラの敵兵であるが、歩兵だけでも倒せない相手ではない。四方から同時に槍を繰り出せば、この狭く逃げ場のない通路においては、その身に鋭い穂先を受けるより他はない。
これが士気の低い弱兵であったなら、キメラ兵の迫力に恐れおののき、あっさりと蹴散らされただろうが、ここを守るのは一兵卒に至るまで勇猛果敢な国民性と有名なスパーダ人である。
猛るキメラ兵を相手に、勇気と気合と根性と、数の有利でもって勝利を挙げるのだ。
「それに、あの気味の悪ぃキメラ野郎共を殺ったところで、大した手柄にもならねぇよ」
「私も、あんな雑魚の素材はいらないし。というか、人の手が入ったモノは使いたくないのよね」
ネロの背後で静かに呟くのは、禍々しい髑髏の面を被った『ディー』こと、サフィール・マーヤ・ハイドラである。
その衣装は、ネロと似たような見習い魔術士ローブ。ネロは黒だが、サフィールは黒に近い紫である。おまけに、深くフードも被っているせいで、髑髏の面も相まって死神然とした格好。仮面の向こうより発せられるのが、鈴を転がしたような美声でなければ、中身が少女であると、すぐには思い至れないほど暗く恐ろしげな雰囲気である。
「っていうかサフィ――じゃなくてディー、アイツらって屍霊術の僕なの?」
ネロのすぐ横に立つ、猫の顔が可愛らしくデフォルメされた仮面を被った赤い髪の少女が、死神サフィに気軽に問いかけた。
無論、猫面少女の正体は、スパーダの第三王女シャルロット・トリスタン・スパーダである。
いつも誇らしげに翻す赤マントの代わりに、真っ赤なケープを羽織っている。サフィールと同じくフードを被っているが、そこにはピンと立った猫の耳があしらわれたデザイン。
ミスリル繊維の純白ブラウスは慎ましやかな上半身を包み込み、その下に穿いた赤黒チェックのミニスカートが、最近少しだけ大きくなったお尻を覆う。短いスカートの裾からは、ゆらゆら動く猫の尻尾が伸びている。無論、本物ではないが、本物に近い仕上がり。
ちなみにこの尻尾がどうやって動いているのか、その仕組みは製造元であるモルドレッド武器商会の秘密だそうだ。
「いいえ、アレは死体じゃない。間違いなく、生きてるわよ」
髑髏の面の暗い眼窩の奥で、紫の光がキラリと輝く。不気味な視線の先には、串刺しにされ絶命したキメラ兵の死体を、城壁から投げ落とすスパーダ兵の姿があった。
「ってことは、ダイダロス人の奴隷を生身のまま改造したってことか……ロクでもねぇ技術だな」
え、アイツらって新種のモンスターじゃないの!? と驚いているのは馬鹿のカイだけである。それほど頭が良くなくとも、あの種としてバラバラの特徴を持つ姿を見れば、無理矢理にその体に作り替えられた、とすぐに想像できるだろう。
「けれど、スパーダにはない高い技術よ。一見すると、適当に手足を繋げたガラクタみたいに見えるけど、アレでいて全ての部位がきちんと動いているわ。おまけに、わざと軽度のバサーク状態にして強化してあるし、その上、壁を登って敵を殺すという行動命令は乱れていない」
確かに、理性を失ったように暴れ狂うキメラ兵ではあるものの、味方である戦奴を積極的に攻撃しているところは見られない。壁の上で殺せ、という一つの命令だけを頭に刻み込まれていると推測されるが、もしかすれば、完全に敵味方の区別までついているかもしれない、とサフィールは述べる。
「そんなヤツらをこれほど大量に用意できるということは、十字軍には天才的な魔術士がいるか――」
ほとんど他人に興味を抱かない冷めたサフィールであるが、珍しく、その口調には感心したような色が混じっていた。
「――喜んで改造実験するような、イカれた組織があるってことね」
ハイドラ家の誇る天才屍霊術士と称される彼女をして、認めざるを得ない魔法技術が、あのキメラ兵には秘められていることだった。
「ふふ、中々に面白そうなところじゃない、十字軍って。少し、興味が出たわ」
「おおーっ! サフィがヤル気になってるじゃねか珍しい! そんじゃあ一緒にアイツら倒しに行こ――ぶげぇ!」
ドラゴンの仮面のど真ん中に、水晶の髑髏が先端についた長杖が叩き込まれる。勿論、振るったのはサフィール。慈悲も容赦も、その一撃には欠片もなかった。
「それとこれとは別の話。私はアレと戦いたいワケじゃないの。あと、今はディーと呼べと言ってるでしょう、この、馬鹿」
「うぐぐ……このヤロウ、仮面が割れたらどうすんだよ! コレは俺と違って脆いんだぞぉ!」
「気にするところはそっちかよ」
戦場にあってもいつもの調子な二人の仲間に、ネロが「やれやれ」と二度目の溜息をついたその時であった。
「おい、そっちに一体抜けた! 下から来るぞっ、気をつけろ!」
そんな警告の叫びが、戦う冒険者の中から上がる。
「うおっ、マジかよ!」
「ヤベぇ、こっち来るぞ!」
「動き超キメぇ!」
ネロ達『アルターフェイス』の前に立っている、あまり頼りにならなそう、というか、どう見ても新人だろう冒険者の少年三人組がうろたえながら武器を構える。
彼らが城壁の外側を臨む最前列であり、ネロ達はその一列後ろ。迫り来る敵の姿は見えないが、それでも、あの多腕か多頭の不気味な姿をしたキメラ兵の一体が、猛然と壁を駆け上ってきている姿は容易に想像できた。
立ち位置からいって、最初に接触するのは前列の冒険者。しかし、恐らく彼らは一撃の下でキメラに引き裂かれてしまうだろう。そうなれば、次の相手は自分達。
ネロは無言で、腰から下げる愛刀『霊刀「白王桜」』にさりげなく手をかける。他のメンバーも、リーダーであるネロの指示がなくとも、それとなく臨戦態勢に入っていた。
こちらにその気がなくとも、敵が目の前に現れれば戦わざるを得ない。流石にそんな状況に対しては、ネロもサフィールも文句はつけないだろう。
「よし、今だ、やれぇ――げはぁああ!」
キメラ兵が壁を登り切るタイミングに合わせて、冒険者は攻撃を繰り出した――つもりだったのだろう。
しかし、彼らの手にする剣やら斧やら槍やらは、海面を跳ねるイルカの如き勢いで飛び上がって来たキメラの巨躯を前に、あっけなく蹴散らされる。
ネロの予想通り、安物の皮鎧ごと鋭い爪の一閃により切り裂かれ、三人組は鮮血をまき散らしながら通路に倒れ込んだ。二名は即死、ピクリとも体は動かない。もう一人は瀕死。己の胸から止めどなく溢れ出す血と、それに濡れた両手をキョトンとした顔で見ていた。
「あ、れ……嘘だろ……俺……」
事ここに及んでも、自分達が死ぬ目に遭うなどと想像もしていなかったのだろうか。そのまま、信じられないといった表情のまま、彼は二度と起き上がることはなかった。
この瞬間にハイポーションでもぶっかければ、一命は取り留められたかもしれないが――敵が目の前に立った状況において、ネロにはそこまでの行動を起こす気は毛頭ない。
それは冷酷でも残酷でもない。冒険者でも、騎士でもそうする。当たり前の優先順位。
こんな戦場で何があっても人命救助を優先するのは、徳の高い神官系の治癒術士か、我が妹のネルくらい。
そして今この場に、彼女はいない。今頃はもう、スパーダの領地からさえ出て行った後だろう。
「シャァアアアアアアっ!」
城壁の上に降り立ったのは、リザードマンをベースにした個体のようだった。青い鱗と、肩から二本の虫の脚を生やしている。ナイフのようなトカゲの爪と、ピック状に尖った虫の爪、これらを同時に喰らえば、ただの人間はついさっき倒れた冒険者と同じく一撃で血の海に葬り去られる。
だが、そんな程度の相手に、ランク5冒険者が臆するはずもない。
「よっしゃあ! 俺がもらったぜぇ!」
カイは背負った大剣を引き抜き、嬉々として猛るリザードキメラへと切り込む。対するキメラも、爪と牙を剥いて、迫り来るカイを真正面から切り裂こうと動き――始めたその瞬間、止まった。
「ギイっ!」
と甲高い奇声をあげて、リザードキメラは拘束されたのだ。
それは黒い鎖。壁の下から素早く獲物へ這いよる蛇のように、ジャラジャラと飛び出し、青い鱗の巨体へと絡みつく。首と胴と、六本の腕。
無様に絡め捕られたリザードキメラは、そのまま亡者の手によって地獄の底へ引きずり込まれていくかのように、壁の外へと消えて行った。
「――赤凪」
次の瞬間、城壁の向こうから、かすかに真紅の軌跡が通り過ぎていくのがチラリと映る。同時に、耳を覆いたくなるようなおぞましい断末魔の叫びと、異常に赤黒く濁った汚らわしい血の飛沫が虚空にまき散らされるのを見た。
そうして後には、新人冒険者三人分の死体と、ようやく戦える敵が突如として消失したことで、剣を振り上げた格好のまま固まるカイだけが残された。
「ち、ちくしょぉー! 俺の獲物とられたぁーっ!!」
どこまでもストレートに無念を叫ぶ男の姿を前に、ネロは三度、溜息。しかし、それは悔しがるカイにではなく、ハゲタカのように獲物を横取りしていった、黒い鎖の触手を使った者に対してだ。
「はぁ……クロノの野郎、雑魚相手に張り切りやがって、恥ずかしいヤツだぜ」
ネロは戦いの美学、というものにこだわりがあるというほどではないが、最低限の分別はつけている。つまり、自分より圧倒的に格下の相手を倒して喜ぶ、下品な趣味は持ち合わせていない。
「ええーっ、クロノってあの変態触手男でしょ! 戦闘でも触手使うなんて信じられない、っていうか、鎖になってて何か強化されるし……」
おぞましい、とばかりに猫面のシャルロットは身を震わせる。食堂での一件は、未だに引きずっているようだ。
「『疾駆』の代わりに触手でぶら下がって戦うなんて、ここまでくれば、凄いこだわりじゃない。感心するわよ、あまりの馬鹿さに」
基礎的な移動強化系の武技『疾駆』は、極めれば単純に走る速さを上げるだけの効果にとどまらない。
泥沼や岩場といった足場の悪いところでも転倒しないグリップ力はその一つ。これがさらに強化されれば、断崖絶壁を駆け上がることも可能とする。 最上級の『千里疾駆』を完璧に習熟していれば、何もない虚空を蹴って空中疾走することさえできる。
つまり、こんな垂直の壁面の上を走り回って戦おうとするなら、普通は『疾駆』系統の武技を使う。無論、そんな場所でも難なく戦えるのは、剣士や戦士の中でもかなりの実力者に限られるが。
「いやぁ、でもクロノの奴、壁の上でもすげぇ動いてるぞ。なるほど、人ってぶら下がりながらでも戦えるもんなんだな」
「おい、真似しようとすんなよ」
今にも壁の外に飛びこんで行きそうな気配のカイを、ネロは内心ちょっと焦って止める。いくらこの馬鹿でも、そこまではしないだろうと思いながらも、不安は消せない。
「いいじゃない、飛び込んで来れば。ほら、そこにある千切れかけのロープでも使って」
「流石にやんねぇよ! つーか、俺に死ねって言ってんのか!」
「いつも言ってるでしょ」
どこまでも平常運転なカイとサフィールのやり取りを無視して、ネロはそっと城壁を覗き込む。
そこにいるのは、嬉々として群がる敵兵を殺戮する一人の狂戦士。
「クロノ、てめぇは……」
あの男の実力は、ネロとしても認めないでもない。決して弱くはない、いや、間違いなく強い。クロノは紛れもなく、ランク5を名乗るに相応しい実力を有している。偶然や幸運なんかで、あのグリードゴアを倒すことはできないのだから。
それを分かっているからこそ、ネロはさらに、クロノという男のことが分からなくなる。
あれだけの強さを持ちながら、何故こんな出しゃばった真似をするのか。
自分達は勿論、右を見ても、左を見ても、未だにランク5冒険者と、『独立遊撃権限』持ちの奴らは動こうとしない。彼らは皆、弁えているのだ。今はまだ、自分達の出番ではないと。
そんなことは、誰に言われずとも自然と察せそうなものなのだが……敵が壁にたどり着くと同時に、クロノは我先にと飛び出していった。まるで、襲い掛かる十字軍は、全て俺の獲物であるといわんばかりに。
狂える異形のキメラを斬り捨て、そして、あの哀れなダイダロス人奴隷も、情け容赦なく叩き潰していく。
ネロには理解できない。どんな感性をしていれば、武器を持たない無防備な一般人を容赦なく殺戮できるのか。
ただの歩兵であれば、無手の奴隷といえど危険だが、ランク5の実力者なら、そうではない。手加減して然るべき、情けをかけて然るべき。そもそも、最初から相手にするべきではないのだ。
自分達がそれをやったら、もう戦いではなく、単なる虐殺ではないか。
「黒き悪夢の狂戦士か。ふん、全く、その通りの男だな」
そう心から納得しながら、ネロはマスクの奥に光る赤い視線で、壁面で奮闘するクロノを見下ろす。
「フィオナも苦労するぜ」
あんなカイを超えるほど生粋の戦闘狂に付き合わされる彼女に、少しばかり同情の念も沸く。
フィオナ、あのぼんやり眠たい無表情な彼女が、何を思ってクロノ率いる『エレメントマスター』に所属しているのかは分からない。もし本当に、最悪の想像となるが、クロノが途轍もない野心を秘めていて、それに協力するために行動しているのだとしても――やはり、あんな男に着いていくのは苦労の連続だろうと憐れんでしまうことに、変わりはない。
もっとも、城壁の上でクロノとその仲間である妖精リリィの前衛コンビの援護射撃に徹する、いつもの無表情なフィオナには、露ほども苦労の色など浮かんでいないが。淡々と後衛のやるべき仕事をこなしている、そんな印象しか、普通の人には見えないだろう。
「まぁ、今の俺には関係のない話か」
どうであれ、クロノの行動に介入するつもりは現時点ではない。あの男の目的は恐らく、今回の戦争でイスキア戦以上の功績を上げることだと思われる。
どんな野心を秘めていようと、少なくとも味方であるスパーダ軍として戦っている以上、その邪魔はできない。やるとすれば、クロノに国家転覆のような邪悪な企みアリと、もっとハッキリ確信を得てからでないと、そこまでの行動は起こせない。
今はただ、様子見に徹するより他はない。そして、この戦場での状況としても、まだまだ自分達『ウイングロード』の力を必要とするほどではない。
「俺達の出番は、まだ先になるか――」
そう予想した矢先のことである。ネロの鋭い第六感が、危機の反応を強く訴えた。
「……何だ」
弾かれたように顔を上げて、周囲を鋭く観察する。だが、今のところ変化はない。
時折、乗りこんでくるキメラ兵はいるものの、この城壁を占領されるような事態とはほど遠い。奴隷がしかける梯子も、あっけなく弾かれ、崩され、スパーダ兵は頑なに侵入を拒んでいる。
異常はない――否。異常は、これからやって来るのだ。
「な、何だ……アレは」
その時、ネロは一キロ先に控える十字軍陣地より、巨大な何かが出現するのを見た。
ちなみに、ネルが『アルターフェイス』として参加していれば、偽名はエルとなってました。わたしがLです。