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黒の魔王  作者: 菱影代理
第21章:スパーダ開戦
409/1046

第408話 出陣の朝

 冥暗の月8日、夕方。寮のラウンジにてスパーダの広報誌ニュースペーパーを広げながら、くつろいでいる時のことである。

「お兄さぁーん! もうこの人ヤダぁーっ!」

 と、ラティフンディア大森林から帰ったシモンに泣きつかれた。

「お、おいシモン、どうしたんだ」

 お帰り、の挨拶もままならない内に、涙目になりながら憤懣やるかたないといった様子で、シモンは叫ぶ。

「どうしたもこうしたもないよ! 見てよコレ!!」

 シモン愛用の空間魔法ディメンションポーチを引っくり返すと、そこから転がり出てきたのは、細長いクズ鉄の塊だった。それは六本の筒を束ねたような形状で――

「ってこれ、ガトリングガンの砲身じゃねぇか!? 何でこんなバッキリ折れてんだ!」

「これだけじゃないよ!」

 さらにポーチをもう一振り。再び床に転がり落ちる、鋼鉄のガラクタ。一見するとライフル銃のように見えるこの一品。しかし、そのロングバレルの銃身の先端が、ラッパのような放射状に弾けているのだ。

「試作型ライフルまで……おいシモン、一体何をどうしたらこんな壊れ方するんだよ」

「聞いてよ! あの人ホントに酷いんだよ! もう、もぉーっ!!」

 未だかつてないほど荒ぶってるシモンが、精魂込めて作り上げた武器達が無残な屍を晒すことになった経緯を、滔々と語り始めようとした時だった。

「ちょっと待ってくれ、これは不幸に不幸が重なった、本当に不幸な出来事だったんだ……」

 愁いを帯びた色っぽい声音で語りながら、シモンのパートナーとなった謎の凄腕女冒険者ことソフィさんが、ラウンジへひっそりと入室してきた。

 その格好は例の踊り子衣装ではなく、全身を覆う高そうな純白のローブ姿なので、目のやり場に困らなくて幸いだ。

「うわっ、出た!」

 まるでお化けを見た、みたいな反応で、シモンが素早く俺の背後に回り込んで隠れる。ちょっと見ない間に幼児退行でもしたのか、というほど可愛らしいリアクションだが、本人は割とマジで警戒している。

「そ、そんな、隠れなくたっていいじゃないか」

「近づかないで! また銃が壊れる!」

「壊さない、もう壊さないから」

「ヤタガラスまで壊したら一生許さないから!」

 ガルル、と威嚇をする猛犬のようにシモンが吠えている。その姿からいってポメラニアンって感じしかしないが、それでもソフィさんには結構な心理的ダメージが入っているようだ。

 魔法のヴェールの奥で、褐色の美貌が悲しみに歪んでいるのが透けて見える。

「聞いてくれ、私は決して君に――」

「はいはい、今はその辺にしておきなさいよ」

 と、小さな手をパンパンと叩きながら颯爽とリリィが登場する。いつもの黒ワンピを着た幼い姿だが、俺を挟んで勝手に修羅場みたいなカオスな状況を収めに出てきて来てくれたのは、実に大人らしい。

「ソフィ、とりあえずここは一旦退きなさい」

「くっ、だが、しかし……」

「詳しいことは知らないけれど、シモンをここまで怒らせるって貴女、相当よ?」

「そ、それは……不幸な行き違いが……」

「言い訳は後でいくらでも聞いてあげるから、さ、これから反省会ね」

「ぐぬぬ……」

 そうして、リリィはソフィさんのローブの裾を引っ張って、さっさと連れ去って行ってしまった。

「違うんだ、これはピンチを演出することで私の活躍を――」

「もう、そうやって欲張るからこういうコトに――」

 廊下の向こうから、そんな二人のやり取りが俺の地獄耳に聞こえてきたが、これ以上は聞かない方が良さそうだ。どこへ向かうのかは知らないが、反省会とやはら長くなりそうな雰囲気である。

「まぁ、何だか知らんが、大変だったみたいだな」

「うん、本当に、大変だったよ……」

 そうして、俺は多大に愚痴の入り混じったシモンのクエスト冒険譚を聞くこととなった。

 ガトリングガンの試射や試作型ライフルの実戦耐久試験など、諸々の目的込みでダンジョンへ赴いたワケなのだが、全く想定外のトラブルの連続だったようだ。

 ソフィさんが大量のゴブリンを引き連れてシモンをMPKしようとしたり、ソフィさんがグリードメタルの合金製で超頑丈なはずのガトリングガンの銃身を超絶冷却でボキっとしたり。他にも、ソフィさんが夜の見張りをサボってシモンの隣で寝ていたせいでスライムの大軍に包囲されていたり、ソフィさんがスイライム軍団を一発で殲滅した氷の原初魔法オリジナルの余波を喰らって試作型ライフルが弾けたり。まだまだある。ソフィさんが、ソフィさんが――まぁ、ようするに全部ソフィさんのせいだったということだ。

「――というワケで、ようやく今日帰って来れたんだよ」

「……お疲れ様でした」

 話し終えてぐったりした様子のシモンに、俺はネルの見よう見まねで淹れてみたお茶を差し出してやる。とりあえず、一服して落ち着けよ。

「それでも、ガトリングガンは上手くいって良かったじゃないか」

 クランク式で毎分二百発の発射速度のガトリングガンが稼働したというのなら、もうシモンの装備はアメリカ南北戦争の時代にまで追いついたということである。戦列歩兵なんざ、この一丁で木端微塵だぜ。

「うん、まぁね。ギリギリで間に合って、良かったよ」

 お茶を手に、そのままズズズとすすろうとした矢先、やっぱり熱くて一旦置くというシモンの猫舌な一面を垣間見ながら、俺は小さく溜息を零した。

「……もう、知っているようだな」

「気づくなっていう方が無理だよ。戦時体制の緊張した雰囲気は、二度目だし」

 何だかんだで生粋のスパーダ人であるシモンは、前回の戦争である、竜王ガーヴィナル率いるダイダロス軍が攻め込んできた第四次ガラハド戦争を経験している。ちょうど十年前の出来事だという。当時のシモンは七歳になったばかり。だが、幼心に街の物々しい雰囲気ははっきり記憶に残るほどだという。

 ついでに、姉のエメリアさんは当時十八歳。ちょうど神学校を卒業し、騎士になったばかりで戦争へ駆り出されるというタイミング。だが、この戦のお蔭で彼女は若くして将軍の地位まで上り詰める栄光の第一歩を踏み出したという。

「怖く、ないか?」

「うーん、今は大丈夫かな」

 いざ戦場に出て死にそうになったら、分からないけど。そんな、冗談半分、本気半分みたいな言葉を続けて、シモンは苦笑いを浮かべた。

 しかし、神学校を始めて訪れた時、シモンは確かに、戦うのは怖いと漏らしていたのを、俺は覚えている。

 だから俺は、戦わなくていい、戦える武器を作ってくれれば、それでいい。そんなようなことを言ったし、シモンは本当に武器を作り上げた。それなのに、自らその武器を手に戦場に赴こうというのである。他ならぬ、俺が頼んだからだ。

「すまん、シモン。今からでも、お前は――」

「大丈夫って、言ったでしょ」

 安心させるように柔らかく微笑むシモン。身長差のせいで自然と上目使いになる綺麗なエメラルドの瞳が、俺のオッドアイを覗き込む。

「戦うよ、僕も。これでもスパーダ人の男だしね。それに――」

 憂いと悲しみを宿しながらも、覚悟の光が目に宿る。

「スースさんの仇は、僕がとる」

「……そうか」

「うん、そうだよ」

 最早、止める理由は何もない。

 第十一使徒ミサが今回の戦争で現れるかどうかは分からないが、それでも、十字軍と戦う理由としては十分すぎる。

「分かった、それじゃあ頼む。一緒に、使徒を倒してやろうぜ」

「任せてよ、狙撃は得意な方だから」

 俺達が戦う最前線の遥か遠くから、一発だけ撃つ、というのがシモンに課せられた使命である。もし、サリエルが本当に出張ってくれば、の話だが。

 無論、使徒が現れなくとも、大軍でもって押し寄せる十字軍と正面から戦うのは危険にすぎる。戦場において絶対の安全などないのだ。

「でもさ、ソフィさんは何だかんだで凄く強い氷魔術師アイス・マージなのは間違いないし、僕は大丈夫だと思うよ。心配なのは、やっぱり最前線で戦うお兄さんの方だよ」

「俺だって、全く怖くないわけじゃないからな」

 ランク5冒険者となった以上、俺の実力は折り紙つきといえる。だが、強いからといって、絶対に死なないという保証などない。むしろ、その強さに見合った危険にまで足を踏みこんで行くだけの話だ。使徒の相手など、その最たるものだろう。

 だからやっぱり、死ぬのは怖い。

「けど、戦わずにはいられないだろう」

 死ぬより怖いことはある。死んでも、失いたくない、ものがある。

「あんまり無茶はしないでよね」

「今回は無茶しなくても済めば、いいんだけどな――」

 そんな風にシモンとのんびり話しながら、俺はスパーダで過ごす最後の平和な夜を終える。

 戦の準備は整えた。スパーダの人々と、別れも済ませた。

 いよいよ明日、俺は、いや、俺達『エレメントマスター』は、ガラハド要塞に向けて出発するのだから。




 冥暗の月9日。旅立ちを祝福するかのような、見事な冬晴れの朝である。

 抜けるような青空の下、俺達『エレメントマスター』は静かに寮を出て、すっかり見慣れた王立スパーダ神学校の正門目指して馬と不死馬ナイトメアの歩を進める。

 メリーには俺とリリィが二人乗り。メリーの妹にあたるマリーは、変わり果てた姿の姉を見ても特に怖がったり驚いたりといった反応を全く見せないお蔭で、静かにフィオナを乗せて追従してくる。

 馬の進みは緩やか。すぐ隣には、正門まで見送ると、寮の玄関からついてきてくれたシモンがいるからだ。

「ごめんね、僕だけ出発が遅れちゃって」

「気にするなら、必要な装備が間に合わない以上は、仕方ないさ」

 ソフィさんの右手がガトリングガンの銃身をぶち壊してくれたせいで――というのが理由の全てではない。いくらレギンさんが凄腕だといっても、限界はある。『ザ・グリード』をはじめ、俺達の武装を整えることを優先した結果、シモンの武器は後回しになってしまったのだ。

 特に、対サリエル狙撃用のスナイパーライフルなど、完全にイチからの製造となるので、手間も時間もかかってしまう。

「第二陣には間に合うはずだから」

 今回、俺達がガラハド要塞に向けて出発するのは、傭兵軍団である第四隊『グラディエイター』の第一陣である。

 十字軍進軍開始の情報を掴み、最初に動いたのはレオンハルト国王率いる第一隊『ブレイブハート』と、シモンの姉エメリア将軍率いる第二隊『テンペスト』の、スパーダの常備軍だ。当然の対応ともいえる。

 王様とお姉ちゃんの両軍は、すでにガラハド要塞に到着しており、十字軍が来るのを今か今かと待ちわびているだろう。現時点で、最初から要塞に駐留していた第三隊『ランペイジ』と合流を果たしたことにもなり、ここに強国スパーダの軍が一堂に集結したこととなる。戦の基本である戦力の集結は完璧に実行されたわけだ。

 そんな中で、十字軍との戦争が確定してから募集をかけて結成される『グラディエイター』が、常備軍に比べて出遅れてしまうのは当然の結果。さらに、戦争に参加しようと思うスパーダ人冒険者がいても、まだクエストでダンジョンの中にいて緊急クエストの発令すら知らないという場合もある。

 もっともスパーダの戦時体制移行という情報そのものは、もう都市国家群へは疾風の如く伝わっているので、他国にいても街や村に戻って来さえすれば、すぐに事情は知れる。今日も冒険者が急いでスパーダへ帰還を果たす光景が、街の大正門で見られることだろう。

 ともかく、そういうまだ人数が揃いきっていないという状況もあって『グラディエイター』だけは複数回に分けて、順次ガラハド要塞に送られるのである。一応は第四隊という名の通り、軍組織としての体裁はあるので、勝手に個人で駆けつけるのは命令違反となるのだが、ほとんど黙認されるらしい。

 大人しく出発のタイミングを合わせてくれる冒険者、もといグラディエター隊員は、集団で要塞へ向かうついでに、輜重隊の護衛も兼ねることとなる。敵は何も十字軍だけではない。ダンジョンでなくとも、街を離れれば野生のモンスターが出現する危険性はあるのだから、ある程度の護衛は欠かせない。

「俺達が着いても、まだ十字軍の攻撃は始まらないだろうからな。出遅れるってことはない――って、何だか正門が騒がしいな」

 シモンと喋っている内にすぐ目の前まで正門が迫っていたが、見れば結構な人だかりができている。

「みなさん、見送りで集まっているんじゃないでしょうか」

「えっ、マジで? もしかして俺らってそんな大人気――」

「冒険者コースの方も多く参加するようですし」

「まぁ、そうだよな……」

 期待させた瞬間に打ち砕くという言葉の妙義を披露するフィオナに、俺のグラスハートはちょっとだけ傷ついた。別に俺達以外にも、一緒にガラハド要塞へ向かう冒険者達はいくらでもいる。フィオナの言うとおり、ウチの冒険者コースからも結構な人数が参加を表明しているのだ。ここ最近の神学校では、誰が行くとか行かないとか、なんて話題で持ちきりだったからな。

 祖国を守るために戦いへ赴くのは名誉なことであるが、本当に心の底から喜んで送り出せる者はいない。誰もが、大切な人を残して危険な戦地へ行く。今生の別れを覚悟しない者はいないだろう。

 さらに歩みを進めて正門へ近づくごとに、そこで涙の別れを繰り広げる人々が目につき始めた。

 冒険者コースの生徒は、必ずしも少年少女とは限らないが、基本的には年若い者が多い。見送りの制服と旅立ちの鎧、両者の関係は一目瞭然だが、雰囲気そのものは卒業式のそれに近い。

 ローブ姿の魔術師の女の子が女子生徒と輪になって集まり泣いていたり、全身鎧に身を包んだ大柄な男が一人の男子生徒と黙って握手しているところなどを見ると、俺もついつい、涙腺が刺激されてしまう。

 ちょっとしんみりした気持ちになりつつ、いよいよ神学校の正門を潜ろうとしたその時だった。

「ふぁーはっはっはっは! 戦いの時は来たれり! 運命の第五次ガラハド戦争の幕は開き、ついに黒き悪夢の狂戦士ナイトメア・バーサーカーが戦場という名の舞台に上がるのだ! 今宵、イスキアに続く闇の伝説の2ページ目が描かれる――」

 爽やかな晴天に高らかに響く笑い声と、長ったらしい上に内容は薄めな煽り文句を叫ぶ、スパーダの第二王子が現れた。

 バッチリ決まった髪型に、真新しい片眼鏡モノクルがキラリと知的な輝きを発する。細身にまとった黒のブレザーに、その背に翻るのは栄光の赤マント。神学生として人前に出るにあたって何ら恥ずかしくない見事な制服姿で、俺が通ろうとした正門の前に堂々と立ちはだかっていた。

 ああ、完全に出のタイミングを待っていたな、これは。

「はぁ……色々、台無しだぞウィル……」

 空気を読めないわけでもあるまいに。いや、空気を読んでこそなのかもしれない。

「ふっ、クロノよ。スパーダの王族は、戦地へ赴く騎士に別れの涙は決して見せぬのだ」

 そう、俺の友人――いや、最早、親友と呼んでも過言ではないウィル。彼とも、今日この場での、別れとなるのだから。

「けど、ありがとな。わざわざ見送りに来てくれて」

「当然であろう、汝はこのスパーダを守らんと戦に赴くのだ。これを見送らずして、魂の盟友などとても名乗れぬ。いいや、王族であり、一人の男である我が、戦場で肩を並べることができぬ以上、ただの見送りでは足りぬだろう……」

 当然のことながら、ウィルは戦場には行かずスパーダで大人しく留守番となる。戦力としては全く期待できないとか、まだ学生だから、なんて理由もあるだろうが、一番は王家の血筋を絶やさぬための保険だ。

 今回の戦争には、国王レオンハルトと第一王子アイゼンハルトの両名が参加している以上、万が一の想定はしておいて然るべき。王位継承権第二位にあたるウィルを安全な場所に留めておくのは当然の措置である。

 もしウィルが救国の志か友情のために、ライフル担いでこっそり王城を抜け出そうものなら、縛り付けてでも戻される。今も影のようにひっそりと背後に控えている護衛メイド、セリアの手によって。

 勿論、頭の良いウィルは自分の立場も実力もよく理解しているから、こうして快く見送りに来てくれたのだ。

「故に、こうして汝らが再び勝利の凱旋を果たすことを祈る同志たちを集めておいたぞ! さぁ皆の者、黒き悪夢の狂戦士ナイトメア・バーサーカークロノ率いる『エレメントマスター』の伝説となる出陣の時である、盛大なる拍手でもって我らが送りだすのだ!」

 両腕を広げて胸を逸らし、天を仰ぐという芝居臭さ極まるポージングをウィルが決めた瞬間――本当に、万雷の如き拍手が鳴り響いた。

 周りにいる大勢の生徒達がパチパチと手を鳴らしながら、俺達に向かってこんな歓声を投げかけてくる。

「今度は、スパーダを守ってくれ」と。

「ウィル、もしかしてここに集まってるのって……」

「うむ、イスキアにて、汝に命を救われた生徒達である」

 よくよく見渡してみれば、そういえば見た記憶のある顔がそこかしこに見つけられた。

 イスキア古城でも祝勝パーティでも彼らとはほとんど言葉を交わすこともなかったので、やはり避けられているのかと思ったが、そういうことでもないらしい。恐らく、単純に近づき難かったのだろう。

 この場にいる者の中で、面と向かって話たことのある人物といえば、最前列に立つエディとシェンナの騎士候補生コンビくらいか。盗賊の被害にあったりイスキアで籠城を強いられたりと、何かと不幸な目に遭うが、この幼馴染カップルには幸せになってもらいたい。

 ああ、良く見れば、前にサインをプレゼントした俺のファン一号ちゃんの姿も発見できた。オカッパ頭の小柄な彼女は、人ごみに潰されそうになりながらも、キラキラした眼差しでこっちを見つめてくれている。ファンに愛想を尽かされないくらいには、戦功を上げたいものだ。

 そういえば、俺は彼女の名前も知らない。すっかり聞きそびれてしまった。いや、彼女だけじゃない。きっと俺は、こうして集まってくれた皆の名前を知ることができたはずだ。

 自ら歩み寄って交流しておけば、ただの恩人から友人になれたかもしれなかった。そんなことを、こうして皆が集まってエールを送ってくれる段階になって気づくとは。少しばかり自分が情けない。

「ありがとう、こんなに嬉しいことはないよ。俺は必ず、スパーダも守ってみせる」

 ささやかな悔いは残るものの、胸に湧き上がるのは圧倒的な勇気だ。彼らは、俺が初めて守れた人々だ。二度目でも三度目でも、何度だって、守り切って見せるさ。

「ふっ、汝らしい、飾らぬが心強い言葉だ。これで我らも安心してスパーダに残れるというものよ」

 うんうん、と頷くウィルのマントを、ひっそりと隣へ移動していたシモンが引っ張った。

「ほらウィル、あんまり長く引き留めちゃダメだよ。集合時間もあるんだし」

「む、そうであったな、すまぬ。名残惜しいが、さぁ、行くがよいクロノよ」

 これ以上、この場に留まり続ければ離れがたくなりそうだ。確かに名残惜しいが、先に進むとしよう。

「ああ。じゃあな、ウィル、シモン――」

 そうして再び馬の足を進ませようとした、その時だった。

「待って! クロノくん!」

 正門のど真ん中に、一人の女子生徒が躍り出た。背中から白い翼を生やした天使のような姿。見紛うはずもなく、その声を聞き違えることもない。

「ネル……」

 アヴァロンの第一王女にして、スパーダでできた数少ない友人たる、ネル・ユリウス・エルロード。彼女もまた、俺に最後の別れを言いに、現れたのだった。

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[気になる点] 185話では10年前にエメリアは12歳でこっちだと10年前18歳ですがどっちが正しいのですか?
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