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黒の魔王  作者: 菱影代理
第20章:色欲の世界
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第385話 茨の洞窟

 暗い遺跡を探索する時と同じように、フィオナの『灯火トーチ』とリリィの妖精結界オラクルフィールドによるナチュラルな発光で、暗い洞窟内部を照らし出す。

 火と魔法の輝きでぼんやりと浮かび上がった壁面には、縦横無尽に茨が走っている。情報通りの光景だが、それでも嫌な予感は拭えない。

「なぁ、コレが動いて襲い掛かってきたりしないよな?」

「気持ちは分かりますが、そういう情報はないですよね」

 そう、この明らかに普通の洞窟ではありえない茨の壁なのだが、不思議とこれには異常はみられなかったという話なのだ。

 ジミーさんの調査隊も、この茨の一部を切り取って持ち帰り調べたようだが、結果はただの植物であるというものだった。構造的に、いきなり触手の如くウネウネ動いて襲い掛かってくるのは不可能であるらしい。

 まぁ、魔法によってはどんなモノだろうと動かす、それこそ俺の魔剣ソードアーツのように、魔力付加エンチャントなどで念力のように操作することは可能だ。

 しかし、わざわざこの茨を動かしたところで、俺達がどうこうなるとも思えないという結論にも至る。ただの茨であるなら、フィオナでなくても簡単に焼き払える。

「ラストローズが趣味で栽培しているだけかもしれないじゃないですか」

「野生のモンスターが趣味って、ありえるのか?」

「知能が高いと、色々とやるんですよ」

 冗談かと思ったら、意外とマジな意見だったようだ。

 もっとも趣味でなかったとしても、何らかの理由で栽培しているという可能性もありえなくはない。食料のキノコを栽培するアリだって存在するのだ、知恵のあるモンスターなら、茨の栽培だろうが畑作だろうがガーデニングだろうが、やっていてもおかしくはあるまい。

 危険性は低いと思うが、茨に動きがないか注意はしておくべきだろう。

 そうして、俺たちは壁面にのたうつ茨の文様だけを眺めながら、奥へ奥へと突き進んでいく。

「しかし、茨の他には何もないな――」

 現時点で、何の気配も感じられない。本当に先へ進んでいるのか怪しいと思えるほど、変わり映えのない洞窟の道があるのみ。

「あ、クロノ、分かれ道だよー」

 先頭を行って自動的に道を照らすリリィによって、初めての変化が報告された。

「なるほど、情報通りだな」

 綺麗に左右へと別れる分岐点が、目の前に現れる。右も左も、同じように緩くカーブを描くような道になっており、ちょっと照らしただけでは先が見えない。

「よし、ここからが本番だな」

 冒険者は皆、この分岐路を超えてから狂い始め、ラストローズの餌食となった。この先こそが敵の領域、いつラストローズが襲い掛かっててきてもおかしくない、ランク5の危険地帯である。

「俺が先頭、フィオナが真ん中、リリィが最後尾だ」

「了解です」

「はーい!」

 本当は『生ける屍リビングデッド』を斥候代わりに先行させたり、距離をあけて前後に配置したかったのだが、下手すればラストローズに乗っ取られる危険性も鑑みて、出番は無しにしておいた。

 少女リリィ曰く、彼らもまだまだ開発途中で、完璧な仕上がりではないという。無理は禁物だ。

「よし、行くぞ」

 そうして、俺達はついに分岐路の先へと進む。

 選んだのは右の道。特に決め手はない、ただの勘である。実際、左右の道がどう違うのか、ここから先を探索した冒険者が帰らなかった以上、分かるはずもない。慎重に選ぼうが適当に決めようが、同じことである。

「……特に変わった様子は見られないな」

 洞窟は、その幅も高さも起伏も、全く同じように続いている。勿論、壁に走る茨も同じ。ついでに、まだ異常も感じられない。

「ん、あれは――」

 その時、俺のすぐ脇に漂う『灯火トーチ』の明りを照り返し、キラリと輝く何かを見つけた。

 気配を探りながら慎重に進んでいくと、その正体はすぐに判明した。

「コイツが黄金勇者マイケルか」

 そこにあったのは、輝く黄金の全身鎧フルプレートメイルを着込んだ氷像だった。正確には、完全に氷の内側に閉じ込められた氷漬けの状態である。『呪物剣闘大会カースカーニバル』で、魔眼のサイードが登場した時も、こんな風に氷で封印されていた。

 だが、コイツがサイードのように氷を割って動き出すことは決してない。なぜなら、フェイスガードが開いた兜から覗く彼の顔は、完全に白骨化しているからだ。

 他にも、すぐ近くにローブ姿の魔術師と、弓を手にした小柄な射手の遺体も、同じく氷漬けの白骨死体の姿で発見した。

 ジミーさんが話していた通り、彼らが最初の犠牲者である『黄金世代ゴールデンエイジ』に違いない。

「……妙ですね、ただ氷漬けにされただけなら、骨になることはないはずですが」

 言われてみれば、フィオナの疑問はもっともだ。別に氷属性の封印魔法でなくとも、ここまで綺麗に氷漬けとなっていれば、腐敗は進行せず白骨化することはないはずだ。

「ドレインしたんじゃないの?」

 幼女リリィがあっさりと解答を示す。

「なるほど、ラストローズは氷漬けにしてから精気を吸収するというわけですね」

「幻術で夢見心地のまま、凍っていくのか」

 そう考えれば、辻褄が合う。このマイケルも、通信で最後の最後までママがどうとか言っていたらしい。幻惑を見ている相手をゆっくりと凍らせていくなら、外部刺激としては弱く緩やかで、途中で覚醒する可能性は激減する。

 まして、ラストローズがわざわざ雪山に生息していることから、氷属性の固有魔法エクストラを有しているのは自然だ。そもそも、他の試練のモンスターの属性を照らし合わせれば、消去法で確定する。

 すでに炎、土、雷は習得済みなので除外。ギルドの資料によれば『プライドジェム』が水、『グラトニーオクト』が風、『エンヴィーレイ』が光となっていた。正体不明の『ラストローズ』だけが氷属性であると明記されていなかったが、試練の内容を考えれば氷で間違いない。

 ともかく、今そんな情報が確定したところで、大した収穫ではない。俺達がラストローズの討伐を果たせば、彼らの遺体もギルドが回収してくれるだろうし、弔いの意味でも先を急ぐとしよう。

 そうしてさらに進むこと数十分。

「死体が多いな」

 茨の回廊を飾るのは、凍れる白骨死体の数々。

 どれも高ランクの優秀な冒険者だったのだろう、一目で上等な装備と分かる鎧や壮麗なローブをまとった一団ばかり。全く交戦した形跡は見られず、その姿は死してなお綺麗なものである。

「彼らもそれなりの対策はしていたと思いますが、見事にやられていますね」

「おまけに、モンスターも幻術にかけられるらしいな」

「あー、プンプンだー」

 氷像の中には、人型以外のシルエットも混ざっている。リリィが指差すように、大柄で片目に大きな傷跡がある隻眼の白プンプンのボスが、両手を振り上げていまにも動き出しそうなポーズのまま凍っていた。熊の剥製を彷彿とさせる姿だ。

「コイツは白骨化してないけど、モンスターは喰わないのか?」

「ただの保存食でしょう。骨になったモンスターが、よく見ればちらほらありますよ」

 確かに、狼に似た骨格が氷の中に閉じ込められているのが、ちょっと見渡すだけで発見できた。他にもハーピィと思われる骸骨なども目に入る。流石に洞窟の大きさからいって、ドルトスの巨大な姿は見当たらない。

 何にしろ、ラストローズは人もモンスターも見境なく幻惑に陥らせ、ドレインによる捕食をしているようだ。洞窟という罠をはって待つ習性は、蜘蛛の巣か蟻地獄を彷彿とさせる。

 果たして、俺達はこの見えざる幻惑のトラップを掻い潜り、姿の分からぬモンスターを討ち果たすことができるのか……妙な不安感が、唐突に胸に湧き上がる。

「……嫌な予感がする」

「何か気配を察知しましたか?」

「いや、そういうワケじゃないんだが……」

 どんなに周囲へ注意を払っても、何の気配も感じられないし、異常も見当たらない。ここには茨の壁と、様々な氷の遺体があるのみ。俺たち以外に、動くものは一切ない。

「リリィは何か感じるか?」

「んー、なにもないよー?」

 異常なし。それは間違いないはずだが、どうにも胸の奥底で渦巻く不安感が治まらない。

「くそ……何かを、見落としてしまっているような気がする……」

 頬を一筋の冷や汗が伝う。一度抱いた疑念は、晴れることなく加速度的に膨れ上がっていく。

「しかし、何も異常は見当たりませんが」

 そう言われてしまえば、その通りなのもまた事実。

「一度、引き返しましょうか?」

「……いや、このまま進もう」

 例えここで引き返したとしても、新しく何かの対策ができるとは思えない。せめてもう少し、この不安感、違和感、みたいなものの正体を掴めないと、どうしようもないだろう。

「少しペースを落として、もっと注意深く進もう」

 反対意見は出ない。そのまま探索を続行する。

 しかし、相変わらず洞窟の様子に変化はない。俺の不安をあざ笑うように、ここは静かなまま。ただ俺達の足音だけが反響し、時折、姿を見せる人やモンスターの氷像が出迎えてくれるだけ。茨も増えることも減ることもなく壁を走るがままで、花の一つも咲いていることはなかった。そもそも、この植物が花を咲かせるのかどうかも分からないが。

 あまりの変化のなさに、ウンザリしかけたその時だった。

「お、分かれ道だ」

 二つ目の分岐路を発見する。最初と同じように左右の二本へ分かれている、というか、そっくりだな。

 まぁ、この洞窟全体がフラットな作りになってるから、どこも同じように見えてしまうのだが。

「どっちに進みます?」

「左で」

「根拠は?」

「勘」

 他に頼るものもない。フィオナもリリィも特に反対意見は出さず、左の道を進むことに決定する。

「よし、行くぞ」

 そうして、俺達は分岐路の先へと進む。

 選んだのは左の道。特に決め手はない、ただの勘である。実際、左右の道がどう違うのか、ここから先を探索した冒険者が帰らなかった以上、分かるはずもない。慎重に選ぼうが適当に決めようが、同じことである。

「……特に変わった様子は見られないな」

 洞窟は、その幅も高さも起伏も、全く同じように続いている。勿論、壁に走る茨も同じ。ついでに、まだ異常も感じられない。

「ん、あれは――」

 その時、俺のすぐ脇に漂う『灯火トーチ』の明りを照り返し、キラリと輝く何かを見つけた。

 気配を探りながら慎重に進んでいくと、その正体はすぐに判明した。

「コイツが黄金勇者マイケルか」

 金ピカ鎧の戦士は、サイードのように氷に閉じ込められている。

「……妙ですね、ただ氷漬けにされただけなら、骨になることはないはずですが」

「ドレインしたんじゃないの?」

 素早いリリィの解答に、すぐに納得。

「幻術で夢見心地のまま、凍っていくのか」

 ラストローズはやはり氷属性の固有魔法エクストラを使うようだ。

 ともかく、今そんな情報が確定したところで、大した収穫ではないが。さっさと先を急ぐとしよう。

 そうしてさらに進むこと数十分。

「死体が多いな」

 茨の回廊を飾るのは、凍れる白骨死体の数々。

「彼らもそれなりの対策はしていたと思いますが、見事にやられていますね」

「おまけに、モンスターも幻術にかけられるらしいな」

「あー、プンプンだー」

 熊の剥製みたいになってるボスプンを指差して、リリィが声をあげる。

「コイツは白骨化してないけど、モンスターは喰わないのか?」

「ただの保存食でしょう。骨になったモンスターが、よく見ればちらほらありますよ」

「なるほど、まるで蜘蛛の巣か蟻地獄だな。人もモンスターも見境なしだ」

 そうして、俺達はどんどん先へと進む。

 不思議と不安は感じない。あまりに異常がなさすぎて、緊張感が緩んでしまっているのかもしれない。気を引き締めないと。

「お、分かれ道だ」

 しばらく進むと、二つ目の分岐路を発見する。

「どっちに進みます?」

「左で」

「根拠は?」

「勘」

 他に頼るものもない。フィオナもリリィも特に反対意見は出さず、左の道を進むことに決定する。

「よし、行くぞ――」

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