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黒の魔王  作者: 菱影代理
第18章:怠惰の軍勢
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第345話 再会(2)

 イスキア古城正門のすぐ手前にて、冒険者パーティ『エレメントマスター』は、およそ三週間ぶりの再会を果たしていた。

「リリィ! フィオ――」

「クロノっ!」

 走る馬の上から、その輝く二対の羽で飛び立ったリリィがクロノの胸元へと飛び込んだ。

 ちょっと予想外の行動と、あまりの勢いに驚くものの、クロノはその小さな体をしっかりと抱きとめた。

「――おおっと、リリィ! 会いたかったぞーっ!」

「うん! リリィもクロノに会いたかったよ!」

「うおぉー! リリィーっ!」

「クロノぉーっ!」

 抱き合ったまま意味もなくその場でグルグル。頬をスリスリ。

 バカップル、いや、娘と再会したバカ親みたいな光景だが、少なくともクロノとリリィにとっては再会の喜びを表現するには相応しい行動であるらしい。

 満面の笑みを浮かべる幼いリリィはどこまでも愛らしいが、同じような笑顔のクロノはどこまでも邪悪にしか見えなかった。さながら、生贄の子供を捕らえた悪魔である。

「クロノさん、私も会いたかったんですけど」

 心の底から呆れたようなジト目で睨みながらも、フィオナは『悪魔の抱擁ディアボロス・エンブレス』の袖をがっちりとホールドし、浮かれるクロノの注目を奪う。

 クロノの逸れた視線の外で、リリィはちょっとムっとした顔。

「ああ、フィオナも会いたかったさ。おかえり」

「はい、ただいまです、クロノさん」

 包み隠さず再会を喜ぶクロノの真っ直ぐな言葉と目に、眠そうな無表情が少しだけ綻ぶ。フィオナは滅多に見せない微笑みを、その青薔薇と称される美貌に浮かべた。

 だが珍しいのは笑顔だけではなく、次なる行動もそうであった。

 袖を掴んだまま、フィオナは吸い寄せられるようにクロノの体へと身を寄せる。彼の首元にガッシリとしがみつくリリィを、羨ましいと言うかのように。

 接近は一瞬。魔女のローブと悪魔のコートが触れ合う。

 強力な防御と種々の属性耐性を誇る両装備だが、互いの温度は確かに伝わったようだ。 クロノは驚きと照れが混じった複雑な表情。対するフィオナは、トレードマークの三角帽子の広いつばに隠れて誰にも見えなかったが、白い頬は確かに朱に染まっていた。

「むぅー! フィオナはダメー!」

「いいじゃないですかリリィさん、たまには私だって甘えたい時があるのです」

 光の羽をバタつかせて拒否を示すリリィと、意地でも離れるまいとフィオナはグイグイと体を押し込んでいく。

「それじゃあ、俺も寂しかったから、二人に甘えてもいいか?」

 ゼロ距離で仲良く喧嘩する二人に対しクロノがとった行動は、ただ、抱きしめることだった。

 袖が破れた素手の右腕は、リリィの小さな体をしっかりと抱え込み、左腕はフィオナの華奢な肩へと回され、そっと抱き寄せる。

 クロノ自身、冗談半分での抱擁。それでも、もう半分は本気に違いない。

 この腕に抱きしめる二人の存在が、この上もなく嬉しく、頼もしく、心に安らぎを与えてくれる。

 離れて分かる、仲間のありがたさ。安っぽい教訓だが、クロノにとっては身に染みた。

「うん、いいよクロノ。リリィがいっぱい甘えさせてあげる!」

「はい、クロノさんは私がたっぷり甘やかしてあげますよ」

 甘い、想像を絶するほどの甘い返事。メイプルシロップをそのまま飲んだかの如き言葉に、ついにクロノも赤くなる。二人を抱き寄せた状態だから、今の恥ずかしい表情が見られなくて良かったと心の底から安堵した。

「あ、ありがとう、リリィ、フィオナ」

 それでも結局、声が上ずりどもってしまったので、動揺はバレバレになるのであった。

「むふふぅー! クロノ、ちゅーっ!」

「ふふ、クロノさん、ぎゅー」

 頬に寄せられる幼い唇の感触と、胸を包む柔らかな体の温かさに、クロノはさらに赤くなることしかできない。

 だが、後悔はなかった。

「ああ、やっぱり二人が一番だ」




「ああ、あれは妖精の羽だよ。ネル、後で紹介するよ、彼女たちが俺のパーティ『エレメントマスター』のメンバーだ」

 え、と間抜けな声が漏れました。

 でも、しょうがなかったんです。だって私、本当に、クロノくんの言っていることが、分からなかったんです。

 ねぇ、クロノくん、どうしてパーティメンバーが女性の方なんですか? どうして、そんなに嬉しそうな顔をしているんですか?

 おかしい、そんなの、おかしいですよ。だって、クロノくんのパーティメンバーなんて、勝手に別行動するような人なんですよね。

 こんなに危なっかしいクロノくんを放っておくなんて、そんな酷いこと私にはとてもできませんよ。それでも一緒にいないということは、その信頼関係が低いなによりの証拠です。

 でも、それなのに、なんで、どうして、クロノくんはそんなに笑っているんですか。 私、そんなに喜んでいるクロノくんの顔、初めて見ました。

 分からない、私には分からない、クロノくんの、心が。ああ、嫌な、途轍もなく、嫌な予感が、します……

「それじゃあネル、俺は先に二人に会いに行ってくるよ」

 待ちきれない、とばかりに城壁の上から身を投げ出すクロノくん。咄嗟に伸ばした腕は、虚しく空を切った。

「え、あの、クロノくん!? 待って、クロノくーんっ!」

 行かないで、行かないで下さい。私の前から、いなくならないで――直情的に、そんな不安感がかき立てられる。

 けれど私には、ただその名前を叫ぶことしかできない。声は、思いは、届きません。

 クロノくんは、グリードゴアさえ縛り付けた黒い触手を伝って城壁を難なく飛び降り、丘の上を駆けていく。薄情なパーティメンバーに向かって。

「だ、ダメ、です……クロノくん……」

 止めなければ、と焦燥感が胸の中を焼いても、体は凍り付いてしまったように動かない。どんどん距離が縮まっていく両者を、城壁の上からただ眺めていることしかできなかった。

 遠目に映ったのは光の羽と黒い三角帽子の特徴的なシルエット。でも今はもう、それが可愛らしい妖精と、綺麗な魔女であるのだとはっきりと確認できる。

 あの二人がクロノくんの、本当の、パーティメンバーだというのでしょうか。いいえ、違う、違います。ちゃんとクロノくんのことを分かっているのは、助けてあげられるのは私だけです。

 だってクロノくんは、いつだって、誰からだって誤解されて、疎まれて、恨まれて――でも私が、私だけが本当の彼を理解しているんですよ。

 まだ出会って間もないけれど、それでも私は沢山、クロノくんのこと、知ってます。


「ありがとうございます。ネルさんのお陰で発動のコツ、掴めましたよ」


 初めて『腕力強化フォルス・ブースト』が発動できて、喜ぶクロノくん。彼が喜んでくれると、私も嬉しいです。


「このサンドイッチ不味いです」


 私のためを思って、素直にそう言ってくれたクロノくん。ふふ、大丈夫です、これからはちゃんと美味しい料理を作りますから。


「俺はネルさんのこと、普通に友達だと思ってますけど」


 当たり前のように、お友達だと答えてくれたクロノくん。私はこの時、初めて自分だけでお友達が作れたんだと思えて、泣いてしまいそうなほど、嬉しかったんですよ。


「ありがとうネル、もしもの時は、頼む」


 回復役ヒーラーとして、私を信頼してくれたクロノくん。ごめんなさい、この時はただ頼ってくれたのが嬉しくて、一人で勝手に舞い上がっていただけでしたね。


「すまないネル、かなりの重傷だ」


 ごめんなさい、ごめんなさい。本当にごめんなさい。クロノくんにあんな酷い怪我をさせてしまったのは、試合に遅れた私のせいです。これからはちゃんと、クロノくんを一番に優先しますから。他の誰かを、切り捨ててでも。

 そうしないと、私は危険に向かうクロノくんを助けられない。彼を引き止めることも、私にはできない。


「俺には、どうしても殺さなきゃいけないヤツらがいるんだ」


 私はもう、知ってしまったから。


「俺はこの村を、友人達を守ることができなかった……」

「くそっ! ちくしょう! 俺はまた、誰も守ることができなかったのかよぉ……」

「そうか、みんなが死んだのは、俺の、所為なのか」


 クロノくんが背負っているものを、私はもう、知ってしまったんです。

 私は彼を助けたい、力になりたい、役に立ちたい。その悲しみを、苦しみを、癒してあげたい。

 これから降りかかる、どんな困難だって、私が、私が――

「わ、私が、クロノくんを守るんです……ねぇ、私、頑張りますから。クロノくんのためなら、どんなことだってします、してあげられます。だから……いいですよね? 私だけを、クロノくんの、パートナーに――」

「――おおっと、リリィ! 会いたかったぞーっ!」

 クロノくんが、妖精の女の子を、抱きしめていました。

 心の底から嬉しそうな顔。飛び込んできた小さな体を、あの広くて厚い胸板で受け止めて、逞しい両腕がもう離さないというように女の子を捕らえている。

「うん! リリィもクロノに会いたかったよ!」

 リリィと呼ばれる、人間の幼児と同じサイズの大きな妖精は、無邪気な笑顔を浮かべてクロノくんの首に抱きついている。目一杯に甘える子猫のよう。

「うおぉー! リリィーっ!」

「クロノぉーっ!」

 弾むようなクロノくんの声が、耳に届く。

 いつか盗み聞きに使ってしまった、音を拾い集める風の魔法を行使していることに、今更ながらに気づく。

 だから、この魔法を今すぐにでも止めたら、聞かなくてすむ。クロノくんとあの子がはしゃぎあう声を。

 目を閉じれば、見なくてもすむ。クロノくんが女の子を抱きしめる姿を。

「あ、ああ……やめて……やめて、ください……」

 でも、私にはできない。耳を閉じることも、目を逸らすことも。だって、そうしてしまったら、もっとクロノくんが――

「ああ、フィオナも会いたかったさ。おかえり」

「はい、ただいまです、クロノさん」

 今度は、魔女がクロノくんの下へ。あ、ダメ、やめてください、そんなにクロノくんに近づかないで――

「やめてっ!!」

 当たり前のように、魔女はクロノくんへとその身を寄せた。

 小さな妖精の女の子だけならまだいい。でも、魔女の少女は私と同じ年頃で、クロノくんに寄り添ったりすると、まるで……こ、恋人、みたいに、見えちゃうじゃないですか……

 ダメ、そんなの絶対にダメです。クロノくんだって、本当は嫌がって――

「それじゃあ、俺も寂しかったから、二人に甘えてもいいか?」

 耳に届く、とろけそうなほどに甘い台詞。目に映る、溶けてしまうような熱い抱擁。

「そんな……嘘、ですよね、クロノくん?」

 クロノくんが自ら女の子を受け入れている。信じられない。信じたくない。

「うん、いいよクロノ。リリィがいっぱい甘えさせてあげる!」

「はい、クロノさんは私がたっぷり甘やかしてあげますよ」

 もう何も見たくない、聞きたくない。

「あ、ありがとう、リリィ、フィオナ」

 クロノくんが、他の女の子に心を奪われているところなんて、もう――

「……え?」

 もう、耐え切れずに目を逸らそうとしたその時、目があった気がしました。

 クロノくんは城に背を向けて立ち、魔女はその胸に抱かれている。だから、クロノくんの首元にしがみついている妖精の女の子だけが、こちらの方を向いている。

 偶然、ただなんとなく視界に入っただけ――いいえ、そのエメラルドに輝く視線は確かに、城壁の上に立つ私へと、向けられている。

 そして彼女は、笑った。

 それは幼い女の子に相応しい無邪気な笑顔なんかじゃない。ただ、妖しく歪む嘲笑。

 あの子は確かに、私を見て、嘲笑っていた。

 クロノくんからは見えない、彼女は私にだけ、その邪悪な表情を見せた。

 さらに彼女は、いいえ、その女は私に見せ付ける。

「むふふぅー! クロノ、ちゅーっ!」

 クロノくんの頬へ送られるキス。その意味は、テレパシーなんかなくても分かる。

 クロノは私のモノ――そう私に訴えているんです。

「い、いや……そんな、そんなはず、ありません……だって、わ、私が、クロノくんの一番で――」

「ああ、やっぱり二人が一番だ」

 その一言でようやく理解、させられた。

「……クロノくんは、私よりあの二人の方が、好き、なんですね」

 ああ、そっか、そうなんだ。

 クロノくんはずっと前から、私と出会った日から、もう妖精と魔女のモノだったんですね。

 あれ、それじゃあ私は、クロノくんの一番になりたい、パートナーになりたい私は、どうすればいいんですか?

「く、クロノくん……わ、私、私は……あ、うぅ、う、おぇええええええ――」

 吐いた。息が詰まる。苦しい。

 口から目いっぱいに吐き出されたモノが、石の床に汚らしく広がる。それを見て、反射的に嫌悪感が刺激され、さらなる嘔吐を誘う。

 二度、三度、止まる呼吸。まき散らされる吐瀉物。汚れる法衣、汚れる、私。涙が、止まらない。苦しくて、死んじゃいそうです。

「うっ……ぇえええ……」

 でも、私の心は、もっと苦しい。つらい、痛い、バラバラに砕け散ってしまいそうなほど。

 涙が溢れて、口はよだれに塗れて、私は力の抜けた膝を屈して、通路の上にしゃがみこむ。もう、クロノくんの姿は見えない。他の女の子を抱くクロノくんの姿を、見ていられない。

 でも、私が目を閉ざしても、今もクロノくんはあの二人をその腕で抱きしめて――

「く、うぅうう……クロノくん……とらないで……私の、クロノくんを、とらないでぇ……」

 ねぇ、クロノくん、私の居場所は、貴方の隣に、ありますか?


 次回で18章は完結となります。

 今回こそ修羅場が・・・と期待された方は申し訳ありません。まだまだネルにはリリィと張り合えるだけのヤンデレベルが足りなかったようです。一瞬でクロノをNTRご覧の有様です。ネルのレベルアップにご期待ください。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ネルのこれからが楽しみなことです。
[一言] 始まってしまったか、ネル虐が
[一言] まぁ、パーティにヒーラーは定番だし魔王は十五人くらい嫁がいた事からもヒロイン増やしていくだろうってことは分かってる。ネルはまだ認めらんないけどな!
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