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黒の魔王  作者: 菱影代理
第17章:14日間
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第297話 白金の月19日・猫の尻尾亭

 カーテン越しに柔らかな朝日が室内に差し込むと、簡素な木のベッドがギシリと音を立てた。

「んん……」

 どこか艶かしい小さなうめきと同時に薄い毛布が払いのけられ、一人の少女が身を起こす。

 淡い水色の髪は大胆な寝癖で飛び跳ねており、これ以上ないほど寝ぼけ眼という表現が似合うボンヤリした目つき。

 金色の双眸が揺らめくように動き、自身の隣で眠る者を捉える。

「朝ですよ、リリィさん」

「ん~むぅ~」

 目覚めた少女、フィオナが同じ寝床で一晩を共にした相方、リリィの小さな肩を揺すった。

 しかしながら、円らな翡翠の瞳は未だ瞼の裏側に隠れたままで、目覚めようという意思を全く感じさせない甘えた呻き声があがるのみ。

 その仕草は万人を虜にできるほどの愛らしさがあるのだが、フィオナにとってはそのまま眠らせてあげるという優しい選択肢をとらせるインセンティブにはならなかったようである。

 故に、一発で目覚めさせる方針を彼女は採用した。

「おはようございますクロノさん」

「クロノっ!」

 あれほど頑なに閉じられていたはずの目が、パッチリと開かれる。

 同時に、そのまま二対の羽で飛んでいくんじゃないかという勢いで、リリィが跳ね起きた。

「……あっ」

 覚醒したことで、すぐさま自分の置かれた状況を思い出したのだろう、リリィは細い眉を八の字にしかめた悲しそうな表情を見せた。

 だがそんな顔をしても、優しく頭を撫でて慰めてくれるクロノはこの場にいない。

 ここにあるのはただ、彼の体のほんの一部分。

 フィオナが朝の挨拶を向けた先にあるのは、クロノ本人ではなく、小瓶の中でポーション漬けとなっている黒い瞳の眼球なのだから。

「むぅークロノぉー!」

 フィオナの手にある『クロノ』をリリィは奪い取ると、そのまま胸に抱えながら駄々をこねるようにゴロゴロとベッドの上で転がった。

 そんな様子に理解と呆れの混ざった眼差しを向けながら、フィオナはベッドから抜け出す。

 本当に肌から光を発しているリリィと並んでも、見劣りすることのないフィオナの白い裸体が露わになる。

 彼女がベッドで寝る際に身につけるのは黒い下着が一枚きり。普段は魔女ローブか制服のブラウスの下で隠れている胸元も、本来あるべき大質量をそのまま曝け出している。

 無論、ここにはリリィ以外の目は存在しないので恥らう必要などはない。

 厳密な意味で目、というならクロノの左目もあるが、今のフィオナとしてはむしろ望むところであろう。

「……ん、胸下着ブラジャーがちょっとキツくなってますね」

 そんなリリィとは全くこれっぽっちも関係のない、ささやかな発育の悩みを口にしながら、フィオナは手早く着替えを終えた。

 スカートとブラウスは神学校の制服によく似た、シンプルでありふれたデザインのもの。これにクロノから頂戴した見習い魔術士ローブを羽織るのだ。

 勿論、フィオナが自分に合うよう調整、より具体的にいうと、着るものに合わせてサイズを変化させる『伸縮フィット』の魔法を付加エンチャントしている。

 高級店にそのまま置けるほどの完成度を誇るハイグレードな魔女ローブを手作りしたのだから、それくらい簡単なものだった。

 そして、忘れてはいけないのがクロノから贈られた思い出のシルバーリング。

 その純銀の輝きは今日もフィオナの左薬指をさりげなく彩ってくれるだろう。

「さて、今日の朝ごはんはなんでしょうね」

 一撫でするだけで綺麗に髪を整えられるシンクレア共和国製の高級魔法クシで寝癖を整え終わったフィオナが、そそくさと出て行こうとするが、

「フィオナ、忘れちゃダメー!」

 と、可愛らしい注意と共に、黒いプリーツスカートの裾を掴まれフィオナの歩みが止められる。

「すみません、つい」

 忘れ物を思い出したフィオナは、空間魔法ディメンションのかかったポーチから二つの魔法具マジック・アイテムを取り出す。

 一つは白いカチューシャ。

 それを頭へ乗せた瞬間、晴れ渡る青空のようなフィオナの青い髪が、そのまま真夜中に変わってしまう、つまり、黒髪となったのだ。

 取り出したもう一つは、何の変哲もない黒縁眼鏡。

 だがそれをかければ、今度は輝く黄金の瞳が爽やかな青へとその色を変える。

「リリィの髪も結んでよー」

 ちょこんとベッドに腰掛けて、プラチナブロンドの長髪を二つの束にして掴みながらリリィが訴える。

「はい」

「可愛くしてね」

「はいはい」

 快くリリィのお願いに応えたフィオナは、その小さな背後に回って流れる金糸の如き髪に手をかけた。

 ちょっとたどたどしい手つきではあったが、フィオナはリリィの金髪を可憐なツインテールへと仕上げた。

 しかし、その髪を結んでいる二つの白いリボンが秘める魔法の効果を発揮すると、輝くプラチナブロンドは、一切の光を吸収するような深い闇の色へと変わっていく。

「はい、できましたよ」

「ありがとー」

 ピョンとベッドから飛び降りたリリィの手には、最後の仕上げとなるアイテム、二つのコンタクトレンズがいつの間にか乗せられていた。

 片目をつぶりながら、恐る恐るといった手つきでレンズを嵌めると、エメラルドグリーンの瞳はクリスタルブルーへとその色を変えた。

「準備完了ですね」

「うん!」

 この二人揃って同じ黒髪青目の容姿へと変えた四つの道具こそ、リリィがソフィア理事長から私的に借り受けた変装用魔法具マジック・アイテムである。

 どれも光の魔法を応用して、髪は黒に、瞳は青に、それぞれ見せかけているだけで、本当に色が変質しているわけではない。

「では、今度こそ朝ごはんを食べに行きますよ」

「美味しいといいねー」

 二人が身につけるブラウスにプリーツスカートは同じデザインのもので、おまけに、紺色のソックスとローファーまでお揃いである。

 この上にフィオナは見習い魔術士ローブを、そして、リリィは妖精の証たる二対の羽を隠せるギミックが組み込まれた、見習い治癒術士プリーストローブを着る。

 和やかな会話を交わす二人はその色と服装も相俟って、一見すれば仲の良い姉妹にしか見えない。

 だが、これから彼女達がスパーダを離れてやってきたこの国、アヴァロンでやろうとしている事は、およそ人道にもとる人体実験と生贄の儀式である。

 もっとも、すでにして二人に罪悪感など微塵もなく、その実行に躊躇がない事はファーレンの盗賊討伐と、ここまで至る道中で引っかかった何組かの男パーティが辿った末路によって、この上なく証明されている。

 だから、そんな二人が今考えているのは、この『猫の尻尾亭』アヴァロン本店にて提供される朝食サービスが、以前利用していたスパーダ支店よりも良いのかどうか、ということだけであった。

 白金の月19日は、第271話『ヒツギ』と同じ日です。この日はクロノがヒツギ(触手)に襲われかける日ですね。


 おや、フィオナの胸のようすが・・・フィオナは17歳なので、まだまだ発育がぐーんと上がっちゃう可能性はアリです。

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