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黒の魔王  作者: 菱影代理
第15章:スパーダの学生
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第258話 忘却の幸福

 スパーダの街は、新進気鋭のランク5パーティ『ウイングロード』の新たな活躍が話題となっていた。

 それは、騎士団や憲兵隊に先んじて、彼らが最近ファーレンを騒がせる盗賊、それを操る黒幕の奴隷商人を捕えたからである。

 如何にしてその黒幕の正体を掴んだのかは知れ無いが、彼らが奴隷商人の本拠地である上層区画に建つ館に踏み込み、派手に一戦を交えた後、見事に捕えられていた女性達を解放したという顛末は広く知れ渡っていた。

 手下の盗賊に攫わせた女性の中には、なんとファーレンの有力貴族の娘も含まれており、あと一日でも救出が遅れていれば遠い異国に売り飛ばされていたかもしれないという状況でもあった。

 ウイングロードの迅速な救出劇は、冒険者のクエストだとしてもやや強引な面があったという意見もスパーダ騎士団の方から出たようだが、その大きな功績の前には霞んでしまい真っ向から彼らを批判する者は誰もいない。

 下手をすればファーレンとの外交問題にも発展した可能性すらあったし、なにより彼らが救出した女性たちは‘高級品’として扱われていた為、一切の外傷は無かった、無論、そこには貞操も含まれている。

 悪い奴隷商人は捕まり、美しい女性たちは助かった、その結果だけ見ればこれ以上ないほどの幸せな結末である。

 だがしかし、この一件に関わった全ての者が幸福になったとは限らない。

 例えばここに、一人の少年がいる。

「くそ……くそぉ……」

 彼の名はエディ、王立スパーダ神学校に通う騎士候補生の二年。

 容姿も家柄も平々凡々、どこにでもいるスパーダの少年といったエディだが、彼は件の盗賊にパーティを襲われ、命からがら逃げ出すことに成功した唯一の人物である。

「くそっ、ふざけんな――」

 エディは思わず道の途中にある石壁に拳を叩きつけた。

 それはつい先ほどすれ違った学生が、ファーレンの盗賊は黒幕が捕まったお陰で一件落着だ、と語っていたのを耳に入れてしまったから。

 いや、お気楽なのは会話をしていた学生だけではない、街中の人々が悪しき人攫いの陰謀が、ファーレンのお嬢様方が無事救出されたことで全て解決したと口にする。

 そして、それを成し遂げたウイングロードは、奴隷商人を捕え女性を解放したことをもって『ファーレンの盗賊退治』というクエストの達成を宣言したのである。

「――まだ終わってねぇんだよっ!」

 周囲から怪訝な視線を向けられるのも構わず、エディは叫んでしまっていた。

 彼にとって、まだこの事件は終わりを迎えていない、終われるはずもない、盗賊達に未だ捕まったままの大切な仲間――そして、幼馴染のシェンナを助けるまでは。

 襲撃を受けたあの日、エディだけが逃げられたのは、彼が仲間を見捨てたからではない。

 自分たちを圧倒的に上回る実力の敵を前に、未だ見習いと呼べる若い騎士達が下した判断は、一人を逃がして助けを呼びにいくというものだった。

 生きるか死ぬか、いや、残れば確実に死か辱めを受けること確実な状況においても尚、彼らの判断は早かった、誰一人異を唱えることも無く、エディを逃がしたのだ。

 選ばれたのは単純に実力、エディならば盗賊達を振り切ってイスキア村までたどり着くことが出来る、仲間たちはそう思った。

 そして、エディは仲間の援護を受けながら盗賊が跨る一頭の馬を強奪し、全速力でその場を脱した。

 あの時ほど、自分が馬術の授業を真面目に受けて良かったと思ったことは無い。

 馬を速く走らせることは勿論、武技を用いた強化ブーストに疲労回復の治癒魔法キュアー、どれもなんとか実戦に耐えうるレベルまで習得していたお陰で、エディは見事に逃走を成功させたのだった。

 だが、それで全てが解決するわけでは無かった。

 イスキア村に生還したエディは、即座に冒険者ギルドへ駆け込み事情を説明し、救助隊を出すよう懇願した。

 果たして、その申請は通り速やかに救助隊が組まれ出発した――しかし、素早い行動は盗賊の方が一枚上手であったようだ。

 エディが救助隊を連れて昨晩の野営跡に戻ってきた時、そこにはエディにとって親友とも戦友とも呼ぶべき男子生徒三人分の死体があるだけで、他には何も残っていなかった。

「くそっ、ちくしょう……何が英雄パーティ『ウイングロード』だよふざけやがって、英雄ヒーローなら全員助けてみろってんだよ」

 エディは賞賛を浴びる若きヒーロー達への恨み言を呟きながら、またスパーダの街を歩き始める。

 石壁を殴った拳の痛みが、酷く虚しく感じる。

「俺は、もう誰も頼らねぇ……俺は一人でも、お前を助けにいくからな……」

 エディは今日この日まで、ずっと助けを求め続けてきた。

 親友たるパーティメンバーが全員死んでも、死体の無かったシェンナ含む女子生徒組みは盗賊に生きたまま連れ去られたとみて間違いは無い、まだ、助けるべき仲間は残っているのだ、エディに休む暇は無い。

 イスキア村で結成された救助隊は、盗賊が逃げた後だったので即座に解散、後は冒険者ではなく公に治安を守る任務を請け負った自警団、あるいは騎士団の仕事である。

 彼らが運よく盗賊のアジトを発見できることを祈るより他は無い。

 しかしながら、少女四人が攫われた、と言っても彼女達は冒険者であることに変わりはない、ならば、特別扱いで大量の人員を投入する大規模な捜査が行われることなど期待できようはずもなかった。

 騎士団は正規の捜査活動しかできない、同時に、それだけで即座に解決できるものでもないということは騎士候補生であるエディも分かっていた。

 だからこそ、ただ騎士団が盗賊を潰すのを待つだけでは無く、エディはスパーダで改めて冒険者を募り、より積極的に救出に向けた行動をとろうとした。

 だが、それは未だ学生の身分であるエディにとっては、到底実現不可能な作戦であるということを思い知るには、今日に至るまでの時間が必要となってしまった。

 冒険者ギルドに救出クエストを張り出す、そのことについてはそこまで問題では無かった、報酬も被害者の家族に働きかけて、ある程度の金額を集めることが出来た。

 しかし、それを受ける冒険者は誰一人としていなかったのだ。

 盗賊という人の組織を相手にするのは、モンスターを討伐するよりも高いリスクが伴う。

 特に、今回のようにある程度の財力や権力を持った黒幕がいたりすれば、後々に報復される可能性は格段に上がる。

 故に、冒険者は盗賊討伐には緊急クエストでも無い限り積極的に参加しようとはせず、実力十分でもかなり慎重に判断するのだ。

 エディはこれまでギルドに通いつめ、何人もの冒険者に頼み込んできた、危険は承知、だがそこを曲げて助けてくれないかと。

 その結果が芳しくない事は、エディが未だスパーダの街にいることで証明されている。

 そしてつい先日ウイングロードが解決した所為で、いよいよ誰もこの‘終わった事件’に関わろうとは思わなくなってしまった。

 盗賊討伐クエストの魅力は、討伐指定されるほど暴れまわった盗賊がいる、イコール、それだけの被害者がいる、ということである。

 だからこそ、それを果たした時に得られる名声は高い。

 それはウイングロードが街中から賞賛の声を浴びていることを見れば一目瞭然だろう。

 そんな名声の魅力も解決宣言のお陰で一気に失ってしまった、数あるクエストの中でこれほど魅力のないクエストも珍しいだろうと思えるほどだ。

「ちくしょう、俺が……俺が……」

 この状況は、決して誰かが悪いというワケではない。

 クエストを断るのは冒険者の正統な権利であり正しい判断である、ましてウイングロードは彼らの方で受けたクエストを達成させたに過ぎない。

 誰もエディを苦しめようという悪意あっての行動では無い、だが、結果的には誰もエディを、いや、捕まったシェンナ達を助ける者はついに現れなかった。

 そして、そういったことが当たり前に起こるのが、この世界の現実というものである。

「俺が……助けるんだ」

 しかし、成人したとはいえまだ十七歳のエディには、その現実を受け止めきるには若すぎた。

 エディは決意した、誰も助けてくれないなら自分一人でやるしかないと。

 だが、傍からみればそれは状況判断が全くできていない、実に滑稽で本末転倒なものだ。

 そもそも、シェンナ達が捕まっている盗賊のアジトは一体何処にあるのか? まだイスキア村の周辺に潜んでいるのか? それともファーレンに行ったのか、あるいは、全く別の国に行ったのかもしれない。

 よしんば、運よくアジトを突き止めたとしよう、だが、そこからどうやって彼女達を救い出すのか。

 エディ含む八人がかりで、たった三人の用心棒相手に一方的に敗北したのだ、自分一人で勝てる道理は無い。

 見つからないように忍び込む、それはエディのクラスが暗殺者アサシンで、尚且つ救出対象が一人なら、出来ない事は無かったかもしれない。

 どう考えても成功する見込みのない行動、だが、それを指摘するものはいない、いや、例え指摘したとしても、エディを止めることなど出来ないだろう。

 彼はスパーダの将来を担う若き騎士候補生の一人、その心意気はすでにして騎士である、どうして捕まったままの仲間を見捨てることができようか。

 もしかすれば、エディは文官コースだったとしても、彼は一人でも助けに行こうと思ったに違い無い。

 あの小うるさい幼馴染の少女が、今も死ぬほど辛い目に会っているのだと思えば、とても立ち止まっていることなど彼には出来ないのだから。

「行くぞ、俺は一人でも――」

 決意を固めたエディ、その脳裏に描かれるのは幼き頃からずっと一緒にいた彼女の姿。

「シェンナを助けに行く!」

「えっ……エディ?」

 その時、耳に届いた言葉は幻聴だと思った。

 それあまりに聞きなれた少女の声に似すぎていたからだ。

「……は?」

 反射的に振り返ってみると、今度は幻覚がエディの瞳に映った。

 今しがた救いに行くことを決意した、その本人が目の前に立っているのだから。

「な、なによ急に叫んじゃったりして、ビックリするじゃない!」

 淡い緑のおさげ髪に、取り立てて目立ったところのない年頃の少女として平凡な容姿、唯一の特徴とも呼べる眼鏡がそこにはないものの、つい数年前までは素顔のままだったのだ、今更その程度の変化だけで、見違えるはずも無い。

 だが、それでもエディは問いかけずにはいられなかった。

「シェンナ……なのか?」

 それは確認の問いでは無い、これが、この目の前に立つ彼女そっくりの幻影が、現実のものとなることを願ったが故に口からでた言葉。

「もう、他の誰に見えるっていうのよ、もしかして、眼鏡が無いとわかんないの?」

 儚い希望に縋るような気持ちの言葉に、彼女はあっさりと肯定の意思を示す。まるで、ついこの間まで学校で交わされていた他愛無い冗談を言い合うかのように。

「ほ、本当にシェンナなのか……なんで……」

「なんでって言われても、えーと、とりあえず盗賊に捕まってたところを助けてもらって、ついさっきスパーダに帰ってきたところなんだけど、うーん、やっぱり私も記憶が無い所為か全然実感が湧かな――」

 どこか決まりの悪そうに言うシェンナ、彼女の言い分を今のエディが全て理解することは出来なかったが、

「シェンナ、本当にお前なんだな……助かったんだな」

「あー、うん、そういうコトになってるみたいよ?」

 次の瞬間に、エディは両の腕できつくシェンナの体を抱きしめていた。

 例え彼女が夢、幻であったとしても、決して放さないというように。

「えっ、ちょっエディ!?」

「良かった、シェンナ、お、俺は――」

 もう言葉にならない嗚咽を漏らすエディに、シェンナは頬を真っ赤に染めたまま、彼の体をそっと抱き返したのだった。

 次回で第15章は最終回です。


 2012年7月13日

 感想の返信が滞ってしまいました、大変申し訳ありません。現状では全てに返信することが難しい、目処が立たない、ので、とりあえず出来うる限り返信をしていくとしか言えません。いつかは、全てに返信したいとは思っているのですが・・・本当に申し訳ないです。それでも、いつも多くの感想を寄せていただき、ありがとうございます。勿論、感想は全て目を通しています、そして、書き続けていく上でとても励みになりますし、また、ご意見やご指摘などはとても参考となっています。どうぞ、これからも『黒の魔王』をよろしくお願いします。

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[一言] 忘れさせたのは正解だった。良かった
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