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黒の魔王  作者: 菱影代理
第15章:スパーダの学生
256/1045

第255話 盗賊討伐の目的、リリィの場合

「はいクロノさん、行ってらっしゃい」

 疾風の如く走り去っていったクロノを、その後姿が見えなくなるまでしっかりと見送ったフィオナは、

「ふぅ、何とか誤魔化せましたね」

 頬に一筋の冷や汗を流し、安堵の息をついたのだった。

 今夜最大の山場を乗り越えたフィオナはいつもの無表情に戻ると、背後に鎮座する両開きの重厚な正面玄関の扉を開け放った。

 ギィイ、と僅かに軋む音をたてて開かれた先には、来客を迎え入れる広い玄関ホールが広がっている。

 正面には二階へ続く大きな階段があり、左右には何とか先が見えるほどの長い廊下が続いている、館の造りとしてはよくあるオーソドックスなものだと言えるだろう。

 ホールへ入ったフィオナは、そんな珍しくもない洋館の造りになどまるで興味を示さず、ただ、大理石の床の中央で蠢く人影に冷めた金色の瞳を向けた。

「ん、んーーっ!!」

 そんなくぐもった呻き声のようなものがフィオナの耳に届く。

 何と言っているのかは分からないが、何を言おうとしているかは、この状況を思えば誰でも察しがつくだろう。

 縄に縛られ猿轡を噛まされた、完全に捕縛状態にある盗賊たち、彼らが口にするのは罵倒か命乞いの台詞以外にはありえない。

「こっちは終わったわよフィオナ、それでクロノは?」

 手足を縛られ芋虫のように転がる男たちがしきりに呻き声と荒い呼吸音を発する中で、鈴を転がしたような美声が響く。

 無論、声の主はリリィ、だが先と違って姿はいつもの子供に戻っている。

 ただ、意識は未だ大人の状態を保っているということは、その口ぶりからすぐに分かるだろう。

「予定通りです」

 リリィの問いかけに応えるフィオナの言葉には、完璧な仕事をこなしたという自負が窺える。

「上手くいったようね、貴女のことだから、変に口を滑らせるんじゃないかと心配してたけど」

「何を言ってるんですかリリィさん、私の巧みな話術にかかればクロノさんはイチコロです」

「ちょっとどもってたわよね?」

 それきりフィオナは押し黙った。

「さて、それじゃあ仕事に取り掛かりましょうか、時間は一晩も無いんだし、サクサク進めていかないと」

「そうですね」

 どこか不敵な笑みを浮かべるリリィに、フィオナは頷いて同意を示す。

「まずは――」

 そうして、この時になってリリィがようやく床に転がる盗賊達の方を向いた。

 円らなエメラルドグリーンの瞳に映る男たちの顔は、一様に恐怖と不安の色が浮かんでいる。

 すでにして、誰もこの妖精が見た目通りの愛らしいだけの存在ではないことを理解しているのだ。

「貴方達の中で、リーダーは誰なのかしら?」

 その問いかけに、猿轡をかけられている以上、応えられるはずは無い。

 だが、

「そう、貴方ね」

 リリィは即座に一人のボーズ頭の男の元へ歩み寄った。

「解いて」

 その言葉に、フィオナが素早く男の元へと動き、猿轡の戒めだけを解いた。

 盗賊を拘束したのはフィオナである、人間を縄で捕縛する技術スキルは魔女の先生から習ったらしい。

 誰かに師事することなく日々を生きてきたリリィは、魔法以外の技術も習得しているフィオナに対して素直に感心の声を挙げた。

 もっとも、立ち上がることすらままならないキツい縛り方をされて苦悶の声がいくつもあがる中で交わされた会話だったので、あまり微笑ましいシーンではなかったが。

 ともかく、フィオナが猿轡を解いたことで、盗賊の頭と断定された男の口に自由が戻った。

「な、なんで俺だと分かった……」

 床に這い蹲ったままの男は、そんな疑問を口にするが、

「うふふ、秘密」

 にこやかな笑みを浮かべて回答を拒絶された。

 男は理解不能な狂人でも見たかのように眉をひそめて苦々しい顔つきとなる。

「そんなに怖い顔しないでちょうだい、そうね、まずは自己紹介をしましょう、私の名前はリリィ、貴方は?」

「……ロバートだ」

 すでに抵抗は無意味であると知っているからか、盗賊の頭、ロバートは素直に名乗った。

 そして、それが偽名では無いということも、リリィは今の時点で確信出来ている。

 何ら魔法の素養も高度な防護プロテクトもかかっていない人間の男など、リリィからすればその頭の中など筒抜けだ。

「そう、じゃあロバート、これから幾つか貴方にお願いしたいことがあるのだけれど、聞いてくれるわよね?」

「そ、それは――」

「素直に協力してくれるなら、私は貴方を殺さないでおいてあげるわよ、勿論、事が済めば貴方が逃げるのを止めたりもしない」

「す、する! 協力する! 何でもするから助けてくれぇええ!!」

 リリィの言葉に全力で同意を示すロバート、周囲に転がる盗賊達の呻き声はより一層大きなものとなった。

 彼らの猿轡を外せばロバートに対する怨嗟の声があがったことだろう、いくら頭の足りない盗賊風情でも自分達まで同じように許されると甘い幻想は抱けない。

 だが、彼らの悲痛な恨み節など微風ほども気にしないリリィは、ただロバートが大人しく従う意思を見せたことに満足気な笑みを浮かべるのみ。

「フィオナ、全部解いていいわよ」

 その声に、フィオナはやはり黙って動く。

 リリィの指示に一言の注意も出ないということは、拘束を完全に解いてしまうことに対して全く危機感を抱いていないのだろう。

 もっとも、このロバートが次の瞬間に襲い掛かってきたとしても、フィオナの『カスタム・ファイアーボール』が火を噴く方が早い。そもそも不意打ち程度でどうにかできる腕前があるのなら、こんなにあっさり盗賊達はお縄についていない。

 両者の実力差は歴然、そしてそれはロバートも十分理解しているに違い無い。縄が解かれても反抗的な素振りを全く見せずに、僅かに安堵の表情を浮かべながら立ち上がった。

「まずは、この中からあと二人協力者を選んでちょうだい、できるだけ力の強い者がいいわ」

「はい、わかりやした!」

 威勢よく応えたロバートが速やかに行動を開始する。

 恐らく、自分含め三人の協力者の命はリリィに保証される、裏を返せば、それ以外の者の命は無い。

 例え、このまま何事もなく穏便にスパーダの騎士団に引き渡されたとしても断頭台の露と消えることに変わりは無いのだから。

 助ける仲間の命を自ら選別させる作業とは如何にも業が深い、クロノにやらせれば嘆き苦しむこと確実だが、どうやらロバートにとってはそれほど苦痛に感じるものではないようであった。

 淡々とリリィの注文どおり、他の者と比べ体格の良い男を選び出していく。

 そんな様子を一歩離れてリリィは眺めながら、傍らで暇そうにぼんやり立つフィオナへふいに問いかけた。

「ねぇフィオナ、あの死ぬほど不味い目覚まし用ポーション、まだあるかしら?」

「ありますよ、でも、何に使うんですか?」

 まさか盗賊達に飲ませてリアクションを楽しもうという心算ではないだろう。

「私が飲むに決まってるでしょ、長い夜になりそうだから、アレくらい凄いのが無いと、意識が最後まで持つかどうかちょっと心配なの」

 フィオナは三角帽子に手を入れると、すぐにお手製目覚ましポーションを一瓶取り出し、リリィへと手渡した。

 この時点で、すでにフィオナは知っていたのだ、リリィがこれから何をしようというのかを。

 だからこそ、フィオナは一つ忠告を口にした。

「張り切るのはいいですけど、殺さないでくださいよ?」

 その言葉に、リリィは優雅に笑って応えた。

「うふふ、任せてちょうだい」




 ロバート含む三人の協力者が最初に命じられた仕事は、地下の牢屋から残された女の奴隷七人を、ベッドのある客室へと運び込むことだった。

 ロビーに放置されたままの盗賊たちはフィオナが見張り、リリィは女を運ぶ仕事を監視する。

「ほら、グズグズしないでさっさと運んでちょうだい、別の三人に代わってもらってもいいんだから」

「はい、すんませんリリィさん!」

 無論、三人は途中で逃亡することなどできず、ただこの小さな妖精の機嫌を損ねないよう一生懸命に働くより他は無い。

 結果的に作業は滞りなく終わった、三人が真面目に運搬作業に従事したからというよりも、七人全員の女が深く寝入っていたことが大きい。

 意識が無ければ、運ぶのに人も家具も大差は無い。

「次は彼らを全員、地下室に運び込んでちょうだい」

 その指示も、ロバート達は速やかに遂行した。

 冒険者の数は今のところ妖精と魔女の二人だけ、二十人近くいる盗賊を村まで送るのは現実的ではないし、ギルドか騎士団の迎えが来るのを待つのだとしても、牢屋に閉じ込めておいたほうがより安全というものだろう。

 この命令もロバートは特に不審に思う事は無く、リリィへの印象が良くなるよう上手く仲間、いや、見捨てる前提でいるのだから元仲間と呼ぶべきか、彼らをスムーズに地下室へ誘導できるよう一芝居打ったりもした。

「いいか、捕まってもすぐ処刑されるワケじゃねぇ、それまでにボスと話をつけられりゃ、上手いこと釈放されるはずだ、最悪、力ずくでもお前らを助けにいってやれる、なに、俺とボスを信じろよ――」

 そんな甘い言葉を真に受けた哀れな盗賊達は、その先に待ち受ける運命も知らずに、暗い地下室への階段を一列になって下りていくのであった。

 そうして彼らは牧羊犬に追われる羊のように地下にある大きな牢へあっさりと収容されていく。

 その際には歩く為に一度は解いた縄を、フィオナがまた律儀に縛りなおす念の入れようであった。

 少々面倒ながらも文句一つ言わずに仕事を終えたフィオナが、

「では、私は上で女性たちの看護をしますので、こっちが‘終わったら’呼んで下さい」

 そんな台詞を残して地下室を後にした直後である。

「ねぇ、ここには人間を拘束する椅子か台みたいなのがあるはずよね、ちょっと出してもらえないかしら」

 そう、リリィがお茶でも催促するように言い放った軽い台詞が室内に響いた瞬間、盗賊達は勿論、命の保証がされているはずのロバートまで、背筋に悪寒が走った。

「は、はぁ……けど、その、何に使うんですかい?」

「すぐに分かるわ、さぁ、早く」

 如何にも子供らしく無邪気な微笑みのリリィだが、ここで渋れば果たして彼女は笑顔を浮かべたままでいてくれるだろうか?

 戦々恐々とした心持ちで、ロバートは協力者の男二人に声をかけ、リリィが望む拘束台を部屋の奥から急いで引っ張り出してきた。

 その台は一見すると安宿にありそうな簡素な木のベッドに見えるが、淵の部分には堅そうな太い革のベルトが付属している。

 このベッドで身を横たえた者は、その頑強なベルトで身体を拘束され、戒めが解かれるまで決して起き上がることを許されない。

 その事は拘束台を設置したロバートたちがよく知っている、彼らがこの台に寝かせた者には本来の役割の通り簡単な拷問を施したこともあるし、女を縛って楽しんだりもした。

 奇しくもそれを自分たちに使われることになると思えば、その恐怖も一入。

「それじゃあ、あの中から適当に一人選んで、台に乗せて」

 やはりと言うか、当然と言うべきか、リリィは早速この台に人を拘束することを望んだ。

「あの、リリィさん、もし何か俺らの情報を聞きだしたいっていうなら、何でも話しますから、その、拷問紛いのことは――」

 いくら仲間を見捨てることを選んだロバートといえども、見知った者が耐えがたい苦痛に苛まれる姿が見たいとは思わない。

 死ぬなら死ぬで、せめて苦しまずに死んでくれと祈るだけの良心は持ち合わせている。それはこうして思わず口を挟んでしまうほどのものであった。

「別に、貴方から乗ってもいいのよ?」

 だが、リリィは聞く耳など持たなかった。たとえテレパシーでロバートが人間らしい情によって訴えたことを分かっていたとしても。

「すんませんでした、すぐに設置しやす」

 流石に自分の身が危険に晒されてまで、その主張を押し通すことなどロバートに出来るはずも無い。

 もっとも、己の身を省みず自分から犠牲になろうと豪語する正義漢がいたとしても、リリィは台に乗せる順番が変わったくらいの認識しか持たないことだろう。

 すでにして、ロバートたちは目の前に立つ輝く美貌の妖精が見た目通りの子供であるどころか、血も涙もない残酷無比な悪魔の子であると確信するに至っている。

 彼らが大人しく牢屋に連れ込まれた時点で、いや、リリィが彼らの前に現れた時点で、すでに運命は決してしまっていたのだ。

 勿論、それが分かったところで今目の前に迫る恐怖に耐えられるようになるわけでもない。

 不運にも拘束台に乗せられる最初の一人に選ばれた若い男は、あらん限りの力を振り絞って体をばたつかせ激しく抵抗している。

 顔は涙と鼻水でグシャグシャになりながらも、口は塞がれているせいで「うーうー」という意味の伝わらない呻き声が漏れるだけ。

 しかし、どれだけ惨めで哀れみを誘う抵抗をしようとも、手足を縄でしっかり縛られた状態で男三人の手から逃れられるはずもない。

 ロバートは眉をしかめながら、他の二人などは小さく「すまねぇ」と謝罪の言葉を口にしつつ、仲間の一人を拘束台に設置する。

「終わりやした」

「うふふ、ご苦労様」

 形ばかりの労いの台詞を口にしたリリィの目は、すでに台に縛り付けられた男に向けられている。

 彼は未だに必死の抵抗を続けているようだが、台がギシギシと僅かに軋む音が立つだけで戒めが解かれる兆候は全く見られない。

 リリィは思いのほか安定性のある拘束台の性能に喜びながら、軽やかに台の上へと飛び乗った。

 死神が枕元に立っているとしか男には思えないのだろう、いよいよ激しく頭を振って最後の抵抗を試みる。

「あ、勘違いしないように言っておくけど、私は別に拷問がしたいワケじゃあないのよ」

 そんな信用ならないことを言いながら、リリィの光り輝く指先が虚空を踊る。

「勿論、ここで私的な処刑をするワケでもない。だから貴方達がこの台の上で死ぬ事はない、それは保証してあげる」

 一瞬の内に光の魔法陣がリリィの前に描かれる。

 そこへ小さな手を翳すと、魔法陣の中から浮かび上がるように、一つのリングが取り出された。

「ちょっとした実験に付き合ってもらいたいだけなの」

 それは、取り立てて目立った特長のない真っ白いだけのリング、大きさは人の頭にちょうど被さる程度である。

 頭部に装着するサークレットのような装備品、というのがロバートたちの抱いた第一印象だろう。

「大丈夫だから、安心してね?」

 その滑らかなリングの白い表面を、リリィの指先がかすかになぞった瞬間、


カシャン


 と音を立てて、環の内側より七本の鋭い針が瞬時に飛び出す。

 勿論、このリングへの印象が装備品から拷問器具へと変化したのも、この瞬間である。

 そうして、リリィがまた表面をなぞると針が収納され、再び何の変哲も無いリングへと戻る。

 リリィは軋みを上げるベッドの上で、まるで子供が眠っている人に悪戯でもするかのような躊躇の無い動作で、そのリング、

「ふふ、これだけ人数がいれば、少しは使い方も分かるでしょ」

 白の秘蹟が開発した、人間を支配する悪魔の魔法具マジック・アイテム思考制御装置エンゼルリング』を、晴れて実験番号一番となった男へと装着した。

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― 新着の感想 ―
強くならないとクロノに(戦力面で)置いて行かれるから 嘘をついてでも実験をしなければならなかったんだろうな クロノにバレても相手は犯罪者、 クロノの認識でも盗賊は捉えず、殺すだから問題にならない
[良い点] ヒロインが手段を選ばないヤンデレだということです。
[気になる点] こんなことしてバレたら嫌われる可能性に気付かないほど馬鹿なの?
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