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黒の魔王  作者: 菱影代理
第15章:スパーダの学生
255/1045

第254話 盗賊の後始末

 クロノから勝利の一報を受けたリリィは、最大の不安要素が解消されたことでホっと一息をついた。

「それじゃ、こっちもやることやっておかないと」

 最優先であったクロノへの増援は必要なくなったので、リリィは次に自分がするべき事を成す為に、盗賊のアジトである館へ踏み込んだ。

 目指すは地下室、広い屋敷だが凡その位置はすでに‘聞いた’ので、さほど迷う事無く下りの階段を発見した。

 地下へ通じる階段の灯りは消えており、さながら奈落へ通じる穴のような黒々とした闇が広がっている。

 だが、真の姿である少女へと変身し二対の羽からは眩い光が発せられているので、リリィの周囲は煌々と照らし出され歩みを進めるに不自由は無い。

 そのまま危なげなく階段を下りていくと、すぐに分厚い木の扉が見えた。

 手をかけてノブを捻るも、当然のように施錠されている、だが、ただ鍵がかかっているだけならばリリィの侵入を拒む障害足りえない。

 リリィは繊細なガラス細工のような手のひらを翳すと、そこへ光が収束し、


 ボンっ


 と音を立て、次の瞬間にドアノブは消滅した。

 もしフィオナが開錠していればドアごとぶっ飛んだことだろう、そんな想像をしながら扉を開いた。

「……最悪、モルジュラの巣よりも臭い」

 部屋の奥から漂ってくる臭いに、リリィは細い眉をしかめる。

 壁にまで染み付いているんじゃないかと思えるほどの獣染みた生臭い残り香は、この場所で如何なる行為がなされていたかを瞬時に想像させる。

 だが、ここで立ち止まっていても仕方が無い、リリィは少しばかり不快な表情をするだけで、そのままさっさと歩みを進めた。

 この地下室には、先の階段と違って僅かながらも明りが灯っている。

 それはランプのように火によってもたらされる灯りでは無く、魔力を用いた魔法の灯りであるらしい。

 スパーダに設置されている街灯と同じようなものだろうとリリィは考えた。

 そして、薄暗くはあるが曲がりなりにも灯りに照らされた地下室は、ここがどういう部屋であるのかを一目で知らしめている。

 冷たい石のタイルが敷き詰められた壁面に、部屋の一角を遮るようにはめ込まれた鉄格子、リリィが直接目にするのは始めてではあるが、ここが牢屋であるということは即座に理解できた。

 この地下牢はそれなりの広さがあり、その分、牢屋も大きくかなりの人数が収容できそうだ。

 しかしながら、鉄格子の向こうはほとんど無人、今はその広さを有効利用されてはいない。

 そう、‘ほとんど’無人というだけ、つまり、何人かはこの冷たい地下牢に捕えられたままだということだ。

「うぅ……」

 鉄格子の向こうで、白い裸体が蠢いた。

 動いたのは一人だけ、他の者は石畳に直接引かれたマットの上で、薄汚れたシーツのような襤褸切れを被り、身を寄せ合うように横たわっていた。

 思えば今は真夜中である、男が出入りさえしなければ、彼女達が就寝しているのは当然の時刻。

「だ、誰……」

 マットから身を起こしたのは、淡い緑の髪をした少女だった。

 上半身が露わになっているが、胸元を隠そうともしないのは、自分の前に立つ人物が女性であると分かったからか、あるいはこの場においてその行為が全くの無駄であるからか。

 少女は虚ろな目で、鉄格子の向こうからリリィを見つめた。

 逆にリリィからも少女の姿はよく見えた。

 彼女の体には殴られた跡があり、特に左の頬が腫れ上がっているのが痛々しい。

 明確な暴行の跡を見れば、多くの人は口を揃えて「酷い」と言うだろうが、リリィの感想は「思ったよりもマシな状態」というものだった。

 どうやら盗賊達は女を抱くだけで満足する真っ当な趣味であるようで、殊更に猟奇的な者はいなかったようである。

 流石にリリィも四肢を切断されたのを元に戻すことはできないのだから。

 とりあえず‘自分だけでなんとかなる’ことを確認したリリィは、少女の誰何に応えず、懐から取り出した鍵を鉄格子の扉へ差し込んだ。

 ガチリ、と開錠の音がやけに大きく響き、次には錆びた蝶番がこすれる不快な音が耳に届いた。

「あ……助けて、くれるの……?」

 少女から、どこか震えるような、だがかすかに期待の混じった声が出る。

 牢屋へと踏み込んだリリィは、そのまま少女の前まで行くと、優しく微笑みかけて口を開いた。

「ねぇ貴女、食事はちゃんととっているかしら?」

 その問いに、少女はどこか唖然とした表情で固まる。

 無理もない、この状況を思えば、とても出てくるとは考えられない質問である。

 だが、リリィにとっては一応ここで聞いておかねばならない最低限の確認事項だ。

「答えて」

「え……は、はい……」

 肯定の言葉にリリィは満足そうに頷く。

 もっとも、答えを聞かずともおおよその見当はついていた。

 少女の体には暴行の跡こそあるが、特にやつれた様子は見えない。

 体にダメージは溜まっていない、あるのは疲労と精神的な傷のみ。

 彼女達の使い道を考えれば、最低限度の健康は維持してもらわねば困るのだろう、骨と皮だけの女を相手にするのは彼らとしても願い下げに違い無い。

「あ、あの……それ、は……」

「ん、コレ?」

 質問の答えを聞いたリリィは次の行動に移っている。

 それは、右手に光り輝く一本の針を己の固有魔法エクストラで作り出すことだった。

 針と呼ぶには少し長く、太い、それは細めの杭と呼んでもよさそうなものである。

 そして、それを目にした少女は一転、怯えるような声音で訪ねる、その針が何なのか、いや、その針で何をしようというのかと。

「大丈夫よ、痛く無いし――」

 リリィは優雅な微笑みを浮かべたまま、手にする極太の長針を振り上げる。

 少女の目は恐怖に大きく見開かれ、すでに枯れて久しいはずの涙が溢れ出ようとしていた。

「――すぐに忘れるわ」

 そして、振り下ろされる針は、そのまま真っ直ぐ少女の脳天に深々と突き立った。

 確かな手ごたえ、頭蓋を突き破り針の先端がしっかりと脳にまで達する事を感じたリリィは、そこで針から手を離す。

 少女はそれで気を失ったようで、白目を剥いたまま薄いマットに身を沈めた。

「さて、他の娘が起きる前に、さっさと済ませないと」

 リリィは再び右手に光の針を作り出すと、端から順番に女性達の頭へ突き刺していく。

 最初の少女を含め全部で七人いる女性には、五分と経たずしてその頭上に針を刺された痛ましい姿となった。

 だが、リリィは淡々と自分の成すべき事をこなしているという風で、その表情には悲嘆や罪悪感などといった感情は一切窺えない、まるで料理の下ごしらえでもしているかのようだ。

 全員に針を刺し終えた後、リリィは女性の体を包む布団と呼ぶには憚られる襤褸切れを取り払った。

 目に映るのは女性七人分の裸体、そのどれもが少女と同じように殴る蹴るで負った痣、あるいは馬用の鞭で叩いたかのような蚯蚓腫れが残っていた。

 だが、リリィが注目するのはそんな生々しい傷跡では無く、彼女達の腹部である。

 そのウエストにはまだ特別な変化は見られない――つまり、見ただけでは判別がつかない。

 もっとも、リリィにとって確認はそれほど意味を持たない、すでに彼女の行動は確定しているのだから。

「この健康状態なら、耐えられるでしょ」

 リリィが中空に光の魔法陣を描くと同時に、中から一本の巻物スクロールを取り出した。

 それはアルザス防衛戦において、最終的に余った一本である。

 そして、そこに刻まれている魔法、

「منح جميع الطلاب تتخذ قوة الحياة الطبيعية من روح امتصاص الدم――生命吸収ライフドレイン

 あらゆる生命力を強制的に吸い上げる、それこそ未だ生まれる前にある‘卵の中の雛’からも逃さずに集める、悪魔の禁術、『生命吸収ライフドレイン』を発動させたのだった。




 俺が待ち合わせ場所である屋敷の正面玄関までやってくると、そこで待っていたのは、

「クロノさん、お疲れ様です」

 フィオナ一人だった。

「ああ、そっちもな、リリィは?」

「リリィさんは、捕まった女性達の看護です」

「そうか、無事に助け出せたか」

 これでようやく一安心、わざわざ盗賊討伐に来た甲斐があったというものだ。

「早くリリィの手伝いに行った方が良いんじゃないか?」

「クロノさんは行かない方がいいでしょう」

 言ってから後悔する、男から散々酷い目に会わされたのだ、俺が行っても怖がらせるだけに決まってる。

「スマン、そうだな」

 こういう時、俺は無力だな。

 治癒魔法を使えるわけでも無いし、リリィには頼り切りか。

「そうだ、盗賊はどうしたんだ?」

 ネガティブに考えるよりも、今は自分でできることを探すべき。

 もし盗賊が散り散りに逃げ出したというならば、追撃するくらいは俺でも出来る。

「盗賊は……全員殺しました」

「そうか、一人くらいは証人として生け捕ったほうが良かったんじゃないのか?」

「激しく抵抗されたので、止むを得ませんでした」

 まぁ、それも仕方無いか。

 盗賊行為で捕まれば死刑は確実、大人しく投降したところで未来は無いのだから、死に物狂いで抵抗するのも当然だろう。

「クロノさんは、このままイスキア村に盗賊討伐の報告と、女性の迎えを寄越すよう伝えて欲しいのですが」

「あ、そうだな」

 馬車の無い俺たちでは、複数人の女性をイスキア村まで届ける手段は無い、歩いていけというのも酷な話だろう。

 都合よく、ここにはデカくて綺麗なお屋敷があるのだ、さぞ快適に一晩を過ごせるだろう。

 ここはリリィとフィオナに女性の世話を任せて、俺は一刻も早く救助の報告に向かうのが一番だ。

「けど、コイツらの仲間、というか増援がこっちに来たりしないか?」

「大丈夫です、この辺にいるのはやはり彼らで全員だと聞きました、ボスである奴隷商人はスパーダにいるようですし、今すぐ手を回される事はないでしょう」

 それなら大丈夫だな、盗賊が全滅したならば、ボスがそれを知るのは自分で調べるまで判明することはないのだから。

「ん、全滅したならその情報は誰に聞いたんだ?」

「そ、それは……盗賊の一人を捕まえて聞きました」

「一人は生け捕りしたのか?」

「聞いた後に舌を噛んで死にました」

 自殺か、まぁ気持ちはわからないでも無い。

「それじゃあ、俺は今からギルドに向かうよ、リリィにはよろしく言っておいてくれ」

 未だ夜明けまでは遠いが、夜目の利く俺なら道を進むのにそれほど苦労はしない。

 そうだ、つり橋の前で留めて置いた愛馬のメリーとマリーを迎えに行かねばならんな。

 すっかり走っていくつもりだったぞ俺は。

「はいクロノさん、行ってらっしゃい」

 フィオナに見送られて、俺は足早にその場を後にする。

 待ってろよ、明日の朝には迎えが来るよう手配するからな!

 あれれーフィオナの様子がおかしいよぉ

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