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黒の魔王  作者: 菱影代理
第14章:魔女は恋なんてしない
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第216話 ストラトス鍛冶工房

 俺は今、神学校の近くに鍛冶工房が軒を連ねる工業区画をシモンと二人で歩いている。

 目指す先は、シモン行きつけのストラトス鍛冶工房という店だ。

 小さな店構えの零細工房だが、主であるストラトスさんはスパーダ王家お抱えの鍛冶師と比べても遜色ないほどの腕前だとシモンが絶賛していた、なかなか期待できそうである。

 今回の目的としては、ラースプンの右腕の素材を武器かアイテムに利用できないか、というものだ。

 ギルドに納品しても良かったのだが、シモンが「折角レアな素材があるんだったら自分で使うのが一番だよ!」とオススメしてくれたので、とりあえず見せるだけ見せてみようということになった。

「帰る頃には陽が沈んでるかもな」

「結構長く話し込んじゃったからね」

 スパーダの第二王子ウィルハルトを交えた会話は、アルザス防衛戦に関することから始まり、その後はスパーダ軍について、銃について、黒魔法について、などと話題は二転三転し、すでに雑談と呼べるようなものであった。

 その話題の中に、一週間ほど前から獣人の剣士による連続殺人事件が発生している、という内容を聞いた。

 一週間前といえば、俺たちがガラハド山中にてドルトスの捕獲クエストを成功させた頃である、その話を今になって聞いたのは当然のことだ。

 それで、その初耳となった殺人事件の概要としては、夜中に若い女性が襲われる、凶器は大剣、全て一刀の元に切り伏せられており、犯人はかなりの力量を持った剣士、恐らくランク3以上の冒険者に匹敵すると見られている、といったところだ。

 スパーダの『憲兵隊ローガーディアン』による事件の捜査がどの程度進んでいるのかは流石に分からないが、一応犯人の種族は目撃情報から獣人らしいということが広く知らされている。

しかしながら、未だ犯人が捕まっていない以上は、夜間の外出を避けるなどの自衛策や注意が必要とされる。

「この辺は入り組んでるから、人を襲うには適している、危ないな」

「でも、襲われてるのは若い女の人でしょ?」

「夜中にシモンをシルエットだけで見たら、少女と見間違う確率は五分五分だぞ」

「それは――」

 反論しかけたシモンだが、俺の言っていることが冗談では無く客観的事実に基づいているものであると理解したのか、小さな溜息をつきながら頷いた。

「でも、お兄さんと一緒なら大丈夫だよ」

 新しい銃もあるし、と肩にかける新品のライフルを揺するシモン。

 ちなみに銘は『ヤタガラス二式』と、ベースは同じだが要所で改良が加えられている、とさっきの雑談の中で説明された。

「けど、思わぬ強敵かもしれないぞ、ランク3以上なんだろ?」

「心配しすぎじゃない? お兄さんをどうこう出来る人なんて滅多にいないよ」

 随分と信頼してくれているのは嬉しいが、心配しすぎ、か。

 どうなんだろうな、使徒という規格外の存在と三度も遭遇すれば、俺の実力を上回る人物が現れる嫌な予感は常に付き纏う。

 けど、まぁ犯人が獣人ってことは、まず間違いなく使徒では無いし、試練となるランク5モンスターでも無いだろう。

「もしもの時は、全力を尽くすさ」

「うん」

 そんなやり取りをしていると、目的の店はすぐ目の前に迫っていた。

 赤茶けたレンガ造りの建物で、これまで道すがら見てきた他の鍛冶工房と比べれば、かなり小さいように思える。

 それでも鉄を鍛える工房が併設されているので、一般的な民家と比べれば十分大きい建物であると言えるだろう。

 あの濛々と黒い煙を吐き出している煙突のある部分が工房なんだろうなと思いながら、先行するシモンが店の扉を開く音を聞く。

「はい、いらっしゃい――あら、シモンちゃんじゃないの」

「こんにちは、おばさん」

 そうしてシモンと和やかに会話を始めるのは、如何にもドワーフの女性、といった風な横幅のあるおばさんである。

 カウンターに腰掛けているが、身の丈は恐らくシモンよりやや低いかといったところ、背丈の低いドワーフの特徴を鑑みれば、彼女は平均的な身長だと言える。

 焦げ茶色の癖毛を後ろに縛り、相応の年齢を感じさせる皺を刻んだ顔には柔和な笑みが浮かんでいる、恐らく営業スマイルではなく、心から歓迎する微笑なのだろう。

 まぁ、シモンはここのお得意様らしい、最初に持っていたコンテンダー型の銃を造り上げたのも、今装備している『ヤタガラス二式』もこのストラトス鍛冶工房だと言うし、付き合いが長いのは事実だ。

「おや、そちらのお人はもしかして――」

 シモンとおばさんの視線が俺へと向けられる、この反応は俺の事を多少なりとも聞き及んでいるということだろう。

「初めまして、冒険者のクロノです」

「ああ、やっぱり、貴方がシモンの‘お兄さん’なのね」

 先と変わらぬ微笑のはずなのだが、何故か多分に含みがあるように思えるのは俺の気のせいだろうか。

 おばさんとは二言三言、店員と客のありがちなやり取りを経て、

「それじゃあ、呼んでくるからちょっと待っててね」

 と言って、彼女の夫でありこのストラトス鍛冶工房の主であるドワーフの鍛冶職人を呼びに、店の奥へと姿を消した。

 今回は鍛冶工房へ直接武器を買い求めに来たのではなく、ラースプンの右腕を武器の素材として使えるかどうかの確認である、鍛冶職人本人に聞かなければ始まらない。

 ところで、俺はドワーフの鍛冶職人と言えば、頑固で短気な厳ついオヤジというイメージがある。

 これは元の世界の小説やら映画やらでそうだったというだけでなく、この異世界で出会ったドワーフの鍛冶職人は実際にそんな感じであったのだ。

 特に言葉を交わしたのはアルザス村の職人である、まぁあの時はギルドマスターのビーンさんの仲介もあって、ランク1の若造である俺の言う事も聞いてくれていた。

 さて、今はと言えば緊急クエスト実行のためのリーダーを任されているわけでもない、本当にただのランク2冒険者の客である。

 下手な事を言えば機嫌を損ねて「二度とウチに来んなっ!」と怒鳴られる可能性も十分に考えられるぞ。

 これはよくよく気をつけなければ、と気合をいれつつ、改めて店内を見渡してみる。

 少しばかり手狭に感じる室内には、何点かの武器が展示されている。

 どれもシンプルな形状のものばかりで、思い返せばモルドレット武器商会を訪れたときに見かけたものと同じデザインだと分かった。

 鉄の刃を持つ剣に槍に斧、どれもランク1の駆け出しの冒険者が握るようなもので、魔法の力が篭められていると思しきものは一つも無い。

 ここはモルドレット武器商会へ武器を提供する下請け工場的な立場なのだろうか、なんて推理をしていると、店の奥からのっそりと一人のドワーフが姿を現した。

「はいはい、ようこそいらっしゃいました、新しい客人とは珍しい、何でも言ってください、出来る限りご要望にお答えいたしますよ」

 と、やけに腰の低い態度で目の前までやってくるドワーフの中年男性。

 所々が黒ずみ、えらく年季の入ったツナギのような作業衣を見れば、彼が間違いなくここの職人であると察することが出来る。

 背丈はやはりドワーフとしては平均的、男性なので先のおばさんよりはやや高めである、だが、

「ああ、これは申し訳ない、自己紹介がまだでしたね、私はしがない鍛冶職人をやっとります、レギン・ストラトスと申します、どうぞ、今後ともご贔屓にお願いします」

 このレギンと名乗った男には、ドワーフならあって当然の長い髭が無かった。

 その体格とやや尖った耳がなければ、背丈の低い人間の男性に見えたことだろう。

 ボウズに近い髪型に黒縁の厚いレンズの丸眼鏡をかけた垂れ目で温和な顔つき、その太目の眉と大きな鼻はドワーフらしいといえるが、それでも厳ついステレオタイプなイメージとはかけ離れている。

 人の良い笑みを浮かべて、俺の前でわざわざ一礼してくれるレギンさんに対して、

「あ、はい、どうもご丁寧に、冒険者のクロノです、よろしくお願いします」

 想像とのあまりのかけ離れっぷりにやや拍子抜けしつつも、日本人らしく反射的に頭を下げて礼を返す。

 いや、しかし、これは予想外の反応だ、てっきり俺は「なんじゃヒヨっこのランク2冒険者が、おとといきやがれっ!」とかいきなり言われるかもとか思ってたんだぞ。

 まぁ、友好的に接してくれるならそれに越したことは無い。

「おじさん、今日はちょっと相談があって――」

 すでに顔なじみであるシモンが間に立って、本日の要件を説明してくれる。

 このレギンさんという人は鉄やミスリルなどの金属系の他にも、魔力の宿ったモンスター素材を加工する技術もあるそうなので、ラースプンの右腕もきっと上手く武器に仕上げてくれる、とシモンがその技量に太鼓判を押してくれていた。

 とりあえず、ウチでは扱ってないみたいな事にはならず、手短な説明で理解を示してくれる。

「ラースプンとは随分と懐かしい名前が出たものだ、もう20年くらい前になるけれどアレを扱ったのは今でも記憶に残っているよ」

 なんとマイナーなモンスターであるラースプン素材の加工をすでに一度経験していると言うのだから驚きだ。

 流石はその道ウン十年という職人である。

「けど、『憤怒の拳』無し、右腕のみ、となると、一本仕上げるには少しばかり足りないねぇ」

「えー、そんなー」

 とシモンのようにあからさまに残念な声を挙げはしないが、まぁ、俺も残念ではある。

 ラースプンの右腕は『影空間シャドウゲート』に丸ごと放り込んであったので保存状態は良好、武具の素材として利用するには問題ない。

 素材から武器を作る、と言っても『牙剣「悪食」』のように素材そのままを利用することもあれば、魔法を利用して金属との融合、正しくは『練成』と呼ぶらしいが、まぁソレを行う事で刃を造り上げることもあるのだとか。

 今回は右腕の利用できそうな部位を『練成』することで、炎の魔法を発揮する武器が作れるのでは無いかと期待していたのだが、ここに来てミア神様に捧げた宝玉がネックとなってしまったようだ。

「すでにある武器の強化に利用するという手段もとれるけど、ラースプンの特性からいって元になる武器が炎の属性を備えているモノでなければ、あまり効果は期待できないよ」

「炎の属性ついてるって、ソレってすでに魔法の武器になってるってことでしょ」

 魔法の武器は高価なのだ、ランク2冒険者ではまだ手の届かない一品。

 うーん、呪いの武器はあっても、正規の魔法が宿った武器なんて持っていな――

「あ」

 そこで俺は、一つの武器に思い至る。

 そうだ、すっかり失念していたが、俺は一つだけ炎の魔法を宿した武器を持ってるじゃないか。

「『イフリートの親指』、コレでどうですか?」

 懐から取り出し、レギンさんに向かって差し出すのは一振りのナイフ。

 ここ最近の冒険者生活で再び‘虫除け’やら着火やら、勿論ナイフとしても使える十徳ナイフ扱いとして密かな活躍をしてくれていた『イフリートの親指』である。

 だが、あまりにも便利なアイテムとしてしか扱ってこなかった所為で、武器と言われてもすぐにピンと来なかったのだ。

 恐ろしく弱火とはいえ、炎の属性を宿していることには変わりない、鉄の剣を元にするよりかは、コッチの方がまだマシな材料となると思うのだが、果たして……

「ほう『イフリートの親指』ですか、なるほど、これならラースプン素材の‘火力’を損なうことなく、上手く強化できるでしょう」

 黒縁メガネの厚いレンズをキラリと光らせて、OKを出してくれる。

 よし、決まりだな。

「それじゃあ『イフリートの親指』の強化をお願いします」


『エルフの射手』と同じくらい有名な『ドワーフの鍛冶師』のキャラを登場させることができました。クロノも言っているように会ったことはあるけど、作中に出番はありませんでしたね。


 ところで『イフリートの親指』の存在を覚えている人っているんでしょうか・・・

 でもラースプンの右腕素材を利用するのでは? と予測してくれた読者さんは結構いましたね。予想された方、見事に的中ですよ!

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