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黒の魔王  作者: 菱影代理
第14章:魔女は恋なんてしない
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第215話 リリィの進路

 冒険者御用達の宿屋『猫の尻尾亭』には、すでに滞在して一ヶ月もの時間が経とうとしている。

 無論、クエストの間は宿にはいないが、スパーダに来て以来最も長く寝泊りしている場所であることに違いはなく、すでに見慣れたと言っても過言ではない。

 そんな自室同然となった簡素な宿の一室で、

「むぅー」

 クロノのプレゼントである白プンプンローブを寝巻き代わりにしているリリィがベッドの上でむくれている。

 長いウサ耳のついたフードまでしっかり被っており、うつ伏せに寝ていれば、白プンプンの子供が寝ているように見える。

 いや、背中からは羽を出すための切れ目を入れてあるので、結局うつ伏せになっても中身が妖精だと分かるだろう、羽の生えた亜種であると勘違いする馬鹿はいないはず。

 ちなみに、夏真っ盛りのこの時期に毛皮のローブを纏うとは如何にも暑苦しいように思えるが、そもそもオールシーズン全裸で過ごすのがデフォルトな妖精である、魔法生物特有の温度変化の影響を受けにくい特性は半人半魔のリリィにもしっかり現れている。

 そんな愛らしいローブ、というか着ぐるみ姿の妖精の傍らには、椅子に腰掛けたフィオナの姿。

 こちらは普段の魔女装備では無く、薄手の黒いシャツに滑らかな竜皮のホットパンツとかなりラフな、というより下着同然の格好。

 異性であるクロノの目は無く、外出するつもりもないようで、その白い肌を惜しげも無く晒している。

「暇ぁー」

 扇情的なフィオナの格好に同性であるリリィは何ら気にすることはなく、ただ退屈を訴える。

 その幼いむくれ具合から、てっきり子供状態であるかと思えば、これでも実はちゃんと大人の意識を戻していた。

 リリィは羽の再生の為に、今日一日は安静にすることとクロノに厳命されているのを了解してはいるものの、眠くなければベッドの上で出来るコトなど限られる。

 故に、暇を持て余すことになるのは至極当然の結果だろう。

 果たしてそんなリリィの為を思ったのかどうかは不明だが、フィオナは静かに言葉を発した。

「リリィさん、ちょっと相談があるのですが」

「相談? 夕食の?」

 胡乱な目つきでフィオナを見るリリィ、プンプンの頭部を模したフードについている大きな目の飾りも一緒に睨んでいるように見える。

「いえ、そうではなくてですね、というか、相談というほど大げさなものでもないのですけれど」

「随分と歯切れの悪い物言いね、どうせ時間はあるし、ダラダラと詮無き事を語り続けても構わないわよ」

 リリィとフィオナは女性でありながら、どうにもお喋りを好む性質ではなかった。

 それは生来の気質か、はたまたどちらもほとんど人と交わらずに育った環境か、あるいは両方か。

 だが、すでに赤の他人と比べれば遥かに心を許していると言えるリリィとフィオナは、少なくとも友人同士で雑談に興じるのを楽しむ、という感覚を覚えているようだ。

 二人の友人関係の始まりは、遡ればアルザス村で迎撃準備の一環として、共にポーション作成に勤しんだことだろう。

 そんな、仲間であると同時に、人生で二人目の友人と呼べるフィオナと中身の無い会話を交わすことにリリィはさしたる抵抗感はすでになくなって久しい。

 リリィは軽い気持ちでフィオナの言葉に耳を傾けた、頭に生える大きなウサミミと共に。

「私たちって、炎熱耐性のある敵に弱いですよね」

「……それは、十分に真面目な相談と呼べる話題だわ」

 てっきり、夕食ではないならさっき食べた昼食のことか、と思ったリリィの予想は思わぬ方向に覆された。

「私もソロで冒険者をやってきたので、大体の敵に対応してきましたが、あそこまで炎に強い敵は初めてでした」

妖精の森フェアリーガーデンにはそもそも強力なモンスターはいなかったから、私もあまり経験豊富とは言えないわ」

 両者とも、生まれも育ちもこの世界である以上、幼い頃から共に在り続けた自身の力量を、人外の力をいきなり植えつけられたクロノと比べて、客観的な意味でよく把握できている。

 二人はすでにして一流の冒険者としてやっていくだけに足る実力を有しているのは自惚れでは無く紛れも無い事実。

 だが、これからは己の力に見合った冒険者生活を送ってゆくのでは無く、日常的にランク5のモンスターと戦うような実力が求められる。

 そう、強さを必要とするのはクロノだけでは無く、彼と肩を並べる彼女たちも同じ。

 少なくとも、リリィもフィオナも『エレメントマスター』を抜ける気などさらさら無いというのは、クロノも与り知るところである。

「私たちも、もう少し考えてみるべきではないでしょうか」

「強くなるために、ね。

 クロノはこれからもっと強くなる、魔王の加護を得て、いいえ、そんなものなんて無くても強くなるに違い無い」

 そうですね、とフィオナは相槌を打つ。

 単純に身内贔屓で言っているのでは無い。

 フィオナはクロノが迎撃準備の忙しい期間中にあってもなお『影触手アンカーハンド』や『影空間シャドウゲート』と信じられない早さで魔法の改良を行っているのを知っている。

 自分が使える魔法の効果を上昇させるのは簡単なことでは無い、果たしてクロノの頭の中でどのような魔法理論が組みあがっているのかフィオナに知る事は出来ないが、彼の黒魔法が大いに成長の余地を残していることは窺い知ることができる。

 リリィの言うとおり、加護が無ければ無いで、別な方法で強くなるだろうと予想できた。

「冒険者パーティは、実力が同程度の者同士で組むというのが絶対的なルールよね」

 フィオナは肯定する。

 例えば『ヴァルカン・パワード』のように、ヴァルカンだけランク4で他のメンバーはランク3というようなパーティもあるが、それはあくまでランクが3というだけで、他のメンバーがヴァルカンと共に戦えるだけの実力はちゃんと有しているからこそ成り立っているのである。

 無論、貴族の道楽の冒険者ごっこの場合は、その限りでは無い、彼らは‘真っ当な’冒険者とは呼べないのだから。

 パーティとして最大限の力を発揮し、格上の相手すらも凌駕するほどのチームワークを見せるのは、メンバーの実力が相応のものだからこそ。

 足手まといがいては、実力以上どころか、本来の力すら実現できるはずがない、まして命懸けの冒険者稼業において、弱い者をパーティに入れるのは絶対に忌避すべきこと。

 それは、そのまま『エレメントマスター』にも当てはまる。

 クロノは二人を大切な仲間だと思っているし、リリィもフィオナも、程度の差こそあれ、メンバー全員の信頼関係が構築されている。

 だが『エレメントマスター』はただのお友達グループでは無く、冒険者パーティ、もしもメンバーで今以上の力関係に変化が起き、リーダーであるクロノと肩を並べて戦う実力に満たないと見なされれば、最早パーティにいることは出来ない。

 そしてそれを、優しくはあるが甘くは無いクロノは、メンバーの離脱を許容するだろう。

「私は絶対に嫌、クロノの隣にいられないのは、クロノの役に立たないのは、死ぬより辛いわ」

 リリィは隠す事無く己の本心をストレートに吐露する。

「私も……嫌ですね、ようやく信頼できる仲間を得ることができたのです、離れたくはありません」

 フィオナの言葉に如何なる感情が篭められているのか、リリィは正確に読み取ることができなかった。

 逆に言えば、テレパシーで読めないほど、本心を隠した状態で発した言葉であると言える。

 一体何を隠しているのか、あまり良い予感はしないが、リリィはひとまず脇において置くことにする。

「まぁ、今回の相手はランク5だったという以上に、炎熱耐性という相性差があったから、苦戦したのは仕方が無かった――」

 要するに、光と炎が通じる相手なら、ランク5モンスターでも十分戦えるということである。

「――けれど、やっぱりその弱点を埋める‘何か’は必要よね」

「ええ、私たちはきっと、使徒と戦うことになるでしょうから」

 使徒の打倒、共和国でそれを聞けば「出来るわけないだろ」と鼻で笑われるか「どれだけ兵士を犠牲にする気だ」と怒られるかのどちらかであろう。

 フィオナも似た反応を返す一人であったが、エレメントマスターの一員である以上は、使徒と戦う覚悟を決めなければならない。

 エレメントマスターに所属する、クロノと共に戦うというのは、つまり、そういうことなのである。

「十字軍が攻めてきたからと言って、必ずしも使徒が出てくるわけじゃない、でも、時間的余裕がどれくらいあるのか全く分からないのは困りものね」

「そこはスパーダ軍に期待しましょう、クロノさんが加護を得る時間、私たちが更なる力を得る時間、それくらいは稼いでくれると」

 実際、十字軍の動向を知る術など無いので、この辺の悩みは考えても仕方のない事。

 ならばいっそのこと割り切って、やはり自分が最善だと思う方法を時間は気にせず取り組むより他は無い。

 少なくともクロノはそう考え、いつ終えるとも分からない魔王ミア・エルロードの試練に挑んでいる。

「と言っても、何をするべきかしら」

 恐らく最も頭を悩ませるのはリリィだろう。

 なにしろ、彼女はこれまで己の固有魔法エクストラのみで戦ってきたのだ、他の魔術士のように、強力な魔法を習得する道筋が無いのだ。

 現代魔法モデルを治めるフィオナであれば、炎・光・闇、以外の属性の上級魔法を

習得するなどの、分かりやすい目標も立てられる。

「それでは――」

 だが、そんなリリィにあっさりと解答をフィオナは示した。

「武器を使ってみてはどうですか?」

「……武器?」

 その発想は無かったわ、と言わんばかりに驚きと納得の表情を浮かべるリリィ、不思議とローブの頭も驚いているように見える。

「前から気になっていたんですけど、リリィさんってクラス無いですよね」

 思わず自分のギルドカードを取り出してみるリリィ。

 そこには『ランク2』『名前・リリィ』『クラス・妖精』という簡素な情報が記載されているのみ。

 今更ながら、クラスに種族名を記載するのはどうかと思い直すリリィ。

 このギルドカードをイルズ村で作った時は子供状態だったので、何も考えず妖精と書いたに違い無い。

 昔の自分が恨めしいやら恥かしいやら、感情を押し殺して、

「私に魔女になれと?」

 とりあえず話しを進めることを選択。

「別に魔女とは言いませんが、何かクラスを設定して武器を使えば良いのではないですか?」

 もっとも、魔法の杖を一本装備したところで、すでに『紅水晶球クイーンベリル』のあるリリィに大した足しにならないのは目に見えている。

「けど、そうね……私にも扱える武器、いえ、それ以外にも魔法を習得できれば、今の固有魔法エクストラとは別の系統の力が得られるかもしれない」

 考えてみればみるほど、新たな可能性が見えてくる。

「ランク3に上がったら、クロノさんと一緒に学校に通うことですし、そこで色々と学んでみれば、何か良いアイデアが思いつくかもしれませんよ」

「確かに、クロノと一緒に学生生活を楽しむことばかり考えてたけど――」

 リリィは、森の魔術士が小屋に残した蔵書にあった、魔法学校や士官学校を舞台にした恋愛モノの本を何冊も読んでおり、実は密かに学校と言う場所に一種の憧れに近いものを抱いていた。

 自分一人なら行く気はないが、そこへ共に通うのが最愛の男であると思えば、否応無く期待が高まるというものである。

 余談だが、魔術士が残した恋愛小説は、全て男同士の禁断の愛を描いたものであった。

「――いいわ、私に相応しいクラスを探してやろうじゃない」

「ちなみに、リリィさんはどんなクラスになりたいですか?」

「そうね、屍霊術士ネクロマンサーなんてどうかしら」

「なるほど、ピッタリですね」

 リリィの妖精ジョークを理解できなかったフィオナはその直後、幼女状態に戻ってむくれる彼女のご機嫌をとる重労働に従事する事となるのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] プンプンローブのリリィさん(大)かわいい
[一言] 何回読み返してもこのやりとりのオチ笑っちゃうわ
[一言] なるほど。真の姿になるための禁忌。それはネクロマンサーと相性が良さそうだ。
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