第169話 モルドレッド武器商会(1)
『モルドレット武器商会・学園地区支店』とデカい看板を掲げた武器屋へ入る。
この店を選んだ理由は、この界隈で圧倒的に大きな店舗で目立つから、逆に言えばそれ以上の理由は無い。
そもそも高いグレードの武器を買い求めるには‘上’、つまり上層区画にある店に行かなければならない。
並みの武器を買い求めるなら、大体どこで買っても変わらないだろう。
そうして大した期待もせず、魔剣用の長剣だけでも何本か用意できればいいやと思いながら、重厚な木の扉を潜り抜けた。
店内は中々賑わっているようで、筋骨隆々の大男がバトルハンマーを吟味し、背の低いゴブリンがダガーナイフを見比べ、神経質そうなエルフの魔術士が長杖と短杖を手に唸っている。
店の奥のほうでは、やたら鋭角的なスタイルのゴーレムが大剣をその場で振り回そうとして、店員が慌てて止めに入っている姿なんかも見える。
騒がしいが活気のある雰囲気は、荒くれ冒険者が利用する武器屋としては正しいイメージであるように思えた。
とりあえずは、木っ端微塵に砕け散った『ブラックバリスタ・レプリカ』の代わりになりそうな杖と、リーズナブルなお値段の長剣を求めて店内を歩き回る。
リリィとフィオナは魔法具の装飾品を見に行ったようだ、何か掘り出し物が見つかると良いな。
「うーん、やっぱ詳しく良し悪しなんて分からないか……」
広い店内の全てを回ったわけではないが、剣と杖のコーナーを一通り見て回った俺は、やはり店員に見繕ってもらうのが一番と思い、少し奥まった場所にあるカウンターに足を向ける。
「いらっしゃい、今日は何をお求めで?」
少なくともさっきの魔女ババアよりかは愛想の良い壮年の男性店員が応対してくれた。
身に纏うエプロンには、海賊旗のように髑髏を模したデザインが『モルドレット武器商会』という字と共に大きく描かれている。
いくら死の商人と呼ばれる武器商人といえども、あまりにストレートなシンボルマークだろうこれは。
だからと言ってケチをつけるつもりは無いので、こっちの要求をさっさと伝えることにする。
「黒魔法の使用に特化した杖はありますか?」
「また随分と珍しい魔法をお使いだねぇ、残念だけどウチはメジャーな武器が中心だから、そういうマイナーなのは置いてないんですわ。
本店の方ならオーダーメイドでどんなのでも用意できますけど、お客さんのランクからいくと、ねぇ?」
またしてもランクの壁が立ちはだかってしまったようだ。
「この界隈でもマイナーな種類のモノを取り扱ってる店はあるにはあるけど、それなりに目利きが出来ないとパチモン掴まされるよぉ」
勿論、俺に目利きやら鑑定といったスキルは無い、あれば店員になんか聞いたりしない。
フィオナならば俺より遥かにマシな見る眼があるのだろうけど、黒魔法関係になればあまり期待出来そうも無いな。
仕方無い、ここは昔のように杖無しで黒魔法を使っていこう、とりあえずサラマンダーくらいのヤツまでならなんとかなるし。
「じゃあ杖はいいです、それと、長剣を10本ほど欲しいんですけど、10万くらいで用意できますか?」
流石に使用者がトップクラスに多い剣ならばっちり揃っているだろうと思い聞いてみるが、店員のオっさんは何か可哀想なヤツを見たと言うような生暖かい目で口を開いた。
「お客さん、こういうのは余計なお世話かもしれんが、パシリは最初にしっかり断っておかなきゃダメだぞ?」
え、なに? パシリってどういうコト?
「まぁ見習い魔術士が腕っぷしの強い上級生に目ぇつけられてパシられるなんてのはよくある話だけど、いつまでも舐められるだけで良い事なんて一つも無ぇぞ――」
俺はまたしても勝手に身分を決め付けられてしまったようだ。
さっきは世間知らずな貴族のボンボン、今度は気弱な見習い魔術士一年生。
俺の顔と体格でもそんな風に見られるとは、この見習いローブを買ったのは間違いだったか?
「あの、剣は全部自分用なので、大丈夫ですから」
一応そうして断っておくのだが、オッサンの目を見る限り全く信じてもらっていないようだ。
見習い魔術士が剣を10本も何に使うんだよって普通は思うから、納得はしにくいよな。
「とりあえず一本あたり一万となると、ほとんど最低ランクなヤツになるけど、それでいいのかい?」
黒化すればナマクラでもそこそこの切れ味になるのだ、粗悪品でも新品の剣なら低ランクモンスターを相手にするには申し分ない。
まぁ、魔剣無しでも『呪怨鉈「腹裂」』があるし大抵のヤツは何とか――
「あ」
そこで思い立った。
そうだ、俺は呪いの武器が扱えるじゃないか、買い物なんて久しぶりだからすっかり失念してたぞ。
大きなマイナス効果のある呪いの武器は、魔法の武器と比べれば格安で手に入るはずだ。
ならば10万そこそこでも、それなりに強力なモノがあるかもしれないな。
「すみません、呪いの武器ってありますか?」
と、軽く追加注文をつけてみたのだが、
「呪いの武器ぃ?」
オッサンの目はますます哀れんだ視線となって俺に突き刺さる。
「パシられて悔しいのは分かるが、アレに手を出しちゃ人生お終いだよ?」
諭されてしまった。
いや参った、ランクが低く見られるとここまで面倒なことになるとは……
「一攫千金の冒険者といえども、やっぱり実力はコツコツと積み上げて――」
さて、どうやって呪いの武器を引き出そうかと頭を悩ませていると、
「おう、来たぞオヤジ」
と、横から全く第三者の男の声が届いた。
「あっ、ジョート様! ようこそお越しくださいました」
店員のオッサンは俺の事など忘れてしまったかのように、さっさとジョートと呼んだ男に向かって丁寧な接客を始める。
見れば、ジョートという男は猫獣人、ニーノのように軽装備の剣士らしいということがその格好を見ればすぐに分かった。
だが今は亡きイルズの猫剣士と違って、この男はシャム猫のようにスカした顔つきをしており、自分が絶対的な強者であると確信しているかのような目で、店員のオッサンを格下と見て冷めた視線を送っている。
彼の胸元には己の力を誇示するかのように、シルバープレートのギルドカードが銀の輝きを放っている。
ランク3冒険者、俺とは比較にならないほどの上客、そっちの相手を優先するのは半ば当然か。
まぁいい気分はしないけどな。
「――少々お待ち下さい、今すぐお持ちしますので」
オッサンが何か、恐らく剣だろう、それを取りにカウンターから離れる。
俺はとりあえず様子を見ながら待っていようと思い、黙ってその場を動かずにいた。
すると、腕を組んで退屈そうな雰囲気を纏った猫獣人の男ジョートは、ふいに俺へ視線を向けた。
「……ふっ」
鼻で笑って、また興味を失ったようにそっぽを向いた。
そりゃお前の方がランクは高いだろうが、格下相手にそれをわざわざ誇示するような態度は気に食わない、いきなり絡んできたニーノはもっと愛嬌のある男だったぞ。
友人と重なる姿なばっかりに、このいけ好かない態度のランク3冒険者様に対して、少しばかり不満が渦巻く。
だが喧嘩を売ろうと思うほど短気では無い、どうせ冒険者が溢れるほどいるスパーダだ、コイツと出会うことなどもうないだろうし。
そんなことを思っていると、1分も経たずに店員のオッサンは戻ってきた。
黒い布に包まれた巨大な剣を、引き摺るようにして運びながら。
「どうぞ、ご覧になってください!」
当店自慢の一品です、と言わんばかりに自信満々な様子でジョートへ大剣を渡すオッサン。
ジョートは見た目に反して軽々と大剣を手にすると、刀身から柄まで覆っていた黒い布の戒めを解いた。
「お、コイツはひょっとして――」
冷めた目つきだったジョートの目に、強い興味の色が宿る。
だが、それ以上に俺は驚愕に目を見開いた。
「はい、つい先日入荷したばかりの、『牙剣・悪食』でございます!」
モンスターの巨大な牙を丸ごと用いた白い刀身に刻まれた、激闘を潜り抜けた証である無数の傷跡に、擦り切れて年季の入ったグリップ、それは俺の隣で振るわれているのを何度も見たから分かる、コレは間違いなく、ヴァルカンの使っていた剣だ。
「本物か?」
「ええ、鑑定済みで証明されておりますよ、何なら証明書も発行致しましょうか?」
ジョートはニヤリと笑って「いらん」と応える。
「『牙剣・悪食』ともなれば、中古でも本店での取り扱いになるところでしたが、コレはかなり長く使われていたようで、こちらに回されたのですよ」
「いいねぇ、このランク4に上がるかどうかのタイミングで、これほどの業物に出会えたんだ、運命ってのを感じるぜ」
完全に大剣へ心奪われた様子のジョートへオッサンはさらなるセールストークを展開する。
「魔力を‘喰らう’特性の所為で硬化や軽量化、鋭利化などの強化はありませんが、何と言っても元の素材が良い!
強化魔法など刻まずとも十分な硬度に、金属とは比べ物にならない軽さと鋭さ、おまけに魔力吸収で多少欠けても自己再生しますからね、いや流石はランク5のカオスイーターの良質素材を使っただけあります、素晴らしい性能ですよ!」
「ああ、これだけ軽けりゃ楽に振れる、デカさが少々気になるが、この俺なら何度か使えばすぐ慣れるだろうしな」
そうですとも! と調子の良い合いの手を入れるオッサンに、満足気なジョートが問いかけた。
「コイツの前の主人はどんなんだったよ? 鑑定したってんなら、ちったぁ分かるもんなんだろ?」
「ええ勿論、狼獣人の大男ですね、かなりベテランだったようですよ」
やはり俺の思い違いでは無い、ヴァルカンのモノに確定だ。
けど、どうしてこの剣がここにあるんだ? アレは街道に――ああ、そうか、スパーダ軍に回収されて、その後この武器商会に売り払われたんだろう。
強い冒険者の武器はそこらの宝石よりも価値がある、あのまま放っておくわけが無い。
だが、いざこうしてヴァルカンの遺品ともいえる剣を目の前で売り渡されているところを見ると、どうにも悔しい感情が滲み出る。
「へっ、こんな良い剣を使ってておっ死ぬようなヤツだ、大したことねぇな」
どういう経緯であれ、これは正当な商売である、多少いけ好かない感じの猫ヤロウに売られようが、黙ってみていようと思っていた。
だが、ヴァルカンを、俺の仲間を侮辱する物言いは、ちょっと許せそうに無い。
僅かに逡巡した後、何か言うべきだと思い立ったが、
「ちょっとぉ、早くしなさいよジョート」
「お、悪ぃ、今行くって」
パーティメンバーであろう女から声をかけられ、ジョートは剣をオッサンに返して踵を返す。
「鞘を用意しといてくれ、次に来たとき金貨一括払いで買ってやる」
ありがとうございます、という元気の良い声を背中に受けながら、ジョートはさっさと立ち去っていってしまった。
面倒を起こさずに済んだのは良かったかもしれないが、少しばかり腹の虫の収まりが悪い。
「申し訳ない、お待たせしましたねぇ」
全然悪いと思ってない笑顔で、オッサンが俺の対応に戻ってくる。
『牙剣・悪食』というお高い一品の買い手がついて嬉しいのだろう。
「それで、呪いの武器、見せて欲しいんだけど?」
俺は一連の出来事で少しばかり気分が悪いので、出てくる台詞もちょっとだけ刺々しくなってしまう。
「はぁ、呪いの武器はオススメできませんよ、せめてさっき来た冒険者くらいは信用できないと出すわけにはいきませんな。
それに、いくら呪いの武器は正規品に比べて安値で取引されてると言っても、10万でどうこうなる値段じゃないですよ」
「いくらするんだ?」
「最低でも100万」
なるほど、言うだけするな。
『バジリスクの骨針』を買った時は100万の半分以下だったが、ここまで立派な店だと保管のリスクも低くてそれほど手放したいというインセンティブが働かないのかもしれない。
もしくは、それ以上に良いモノがあるのか。
だが実際問題、手元に100万クランは無いから、結局は買えないということに――いや、待てよ、金は無いが100万相当のモノならあるぞ。
「ここ、武器の買取はしてる?」
「ウチはやってるよ、何かアテでもあんのかい?」
肯定すると同時に、足元から呼び出すのは白銀に輝く一本の剣、見るからに神々しい光を放つ『聖銀剣』だ。
「これを売れば100万いくか?」
「なっ――」
オッサンの目は驚きに見開かれ、美しい白銀の刀身と俺の顔を視線がいったりきたりしている。
上級生にパシられる見習い魔術士だと思えば、こんなフル聖銀製の高級品を持っているのは不可解だろう、値段を考えればそんな身分の俺が買えるはずない一品なのだから。
まぁホントのところ買ったんじゃなくて鹵獲しただけなんだけどな。
「どうだ、買えるだけの金が用意できれば、呪いの武器を見せるくらいはしてくれてもいいんじゃないのか?」
「あ、いや、しかし、鑑定を……」
やはり見習い如きに呪いの武器を見せたくはないのか、思い悩むオッサン。
いや、ここまで渋るのなら、意固地にならずきっちりランクを上げて金を溜めてからでもいいかなと、オッサンを見てて思ったが、
「呪いの武器に興味がおありかな、見習い魔術士君?」
またしても外から第三者の声が割って入ってきた。
今度は誰だよ、と思いながら声の方を向いてみると、
「……っ!?」
そこには、大きな死神が立っていた。
だがすぐにモっさんのイメージが思い浮かび、この俺よりも大きな体躯の髑髏がスケルトン族なのだろうと理解する。
死神、とは言うが、身に纏う漆黒のローブがそのイメージに合うくらいで、全身に渡って煌びやかな黄金でゴテゴテと着飾っており、これでもかと多様な宝石を散りばめた虹色に輝く長杖を手にする姿は、二つの意味で『リッチ』だ。
成金趣味だが一国の王であるかのように派手に着飾った姿は、高位のアンデット族が名乗るリッチというクラスに相応しい。
その暗く空虚な眼窩には、魔力の生命である紫の炎のような輝きが宿っている。
俺はこの姿と雰囲気に驚きこそするものの、圧倒されることなく、真っ直ぐこのド派手なスケルトンへ顔を向ける。
とりあえず誰何を問おうとしたが、
「モ、モルドレット会長! 何故こんなところへ!?」
オッサンが先に正体を明かしてくれた。
なるほど、このスケルトンがその名の通り『モルドレット武器商会』のトップというワケか。
さて、そんな凄そうな人物が、見習い魔術士にしか見えない俺に、一体なんの用があるというんだか……
スパーダ軍は武器などの財産を回収しましたが、同時に死体の埋葬もしてくれたようです。火事場泥棒的に悪食をパクってきたワケじゃないですよ。