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黒の魔王  作者: 菱影代理
第10章:魔王と勇者
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第158話 守護の力(1)

 強盗、窃盗、恐喝、スリ、およそ金目のものを奪う犯罪行為は、こうした貧民の集うスラム街においては活発なものである。

 それはここ、スパーダにおいても例外ではない。

 この人通りの少ない、目立たない路地裏に、今また一人の哀れな犠牲者が居た。

「きゃっ! 助けてっ――」

 幼い、と言っても齢10は越えているだろう、その少女は思わず助けの声をあげるが、その悲鳴はすぐに塞がれた。

 気がつけば、目の前には三人の男、少女も含めて4人とも全て種族は人間だが、人間の人口比率が高いスパーダにおいてはそう珍しい組み合わせではない。

 男は三人とも、成人男性の平均よりも大きな身長を誇り、シャツから覗く二の腕には筋肉が逞しく盛り上がっていると同時に、幾つもの傷跡が刻まれ凶悪さをより一層漂わせている。

「あぅ、や、やめて、ください……」

 凄味を利かせた表情で迫る男を前に、ただでさえ小柄な少女は実際の身長以上に、男達の姿は大きく見えることだろう。

 少女が発する拒絶の言葉は実に弱弱しいが、それでも言えただけ頑張ったと讃えられるべきだ。

「うるせぇ、大人しく出すもん出しゃ痛い思いはせずに済むぜ?」

「さっさとしやがれこのクソガキが」

 もっとも、やめてと言われただけで退散するようなら、男達はこんな凶行には及ぶことは無い。

「おらっ! 早くしろっつっってんだろが!!」

「あっ、いや――」

 少女の目の前に立つ、三人の内の真ん中の男が焦れたのか、乱暴に少女の胸倉に掴みかかる。

 彼女が纏っているのは、この辺に住む子供達と同じような、飾り気の無い粗末な衣服。

 魔法の防御効果などは勿論、物理的な品質だけをみても、丈夫とは言いがたい粗悪品。

 男の腕力に晒された薄い服は、ビリビリと音を立ててあっさりと破けてしまう。

 露わになる乙女の柔肌。

 例え童女趣味などなくとも、その瑞々しい白い肌を細い首筋から肩口に渡って目の前に晒されれば、男なら思わず目を惹いてしまう。

 そして、このボーイッシュなショートヘアだが、絹のようにサラサラとした艶のある黒髪と、光り輝く赤い宝玉のような真っ赤な瞳を持つ、実に愛らしい顔立ちをした美少女だ。  

 そんな彼女の衣服が乱れた状況を前にして、粗野で粗暴、獣じみた欲望に忠実な男が何を考え、何をしようとするのかは、想像に難くない。

「きゃあああ!」

 再び悲鳴を挙げる少女に向かって、金とはまた別の欲に駆られた三人の男達の手が無遠慮に伸ばされる。

 その野太い指先が少女の身に届こうとする、その時だった。

「おい、止めろ」

 一人の男が現れた。

 少女と同じ黒い髪、だが眼帯に覆われていない右の瞳も深い闇のような黒色をしている。

 黒髪黒目の珍しい配色、だがそれ以上に尋常とは思えぬ鋭い眼光を、男は発していた。

 突然かけられた思わぬ静止の声に、少女へ伸ばしかかった三人分の手は止まる。

 だが、勿論彼らが改心したはずなど無い。

 突如として現れた乱入者を警戒し、即座に二人の男が臨戦態勢をとる、残る一人は獲物である少女を逃がさないよう、か細い腕を掴みとっていた。

「ああ、誰だテメぇ?」

 ドスの聞いたその声は、ありがちな台詞だがこれ以上ないほどの威圧感を伴っている。

 威嚇すると同時に、この現れた男の姿をしっかりと観察した。

 背は自分達と同じ程度には高い、白いシャツに随分とダメージの溜まった黒い革のパンツ、この辺の住人と大差ない粗末な格好。

 しかし、自分よりも引き締まったように見える腕の筋肉に、油断の感じられない立ち姿は、戦いを知らない一般人のソレでは無い。

 胸元から下げられる鋼のプレートが、やはりこの男が一般人ではない事を証明している。

 正真正銘ギルドカード、見間違えるはずも無い。

「この辺じゃ見ねぇ顔だな、新入りだってんなら見逃してやる、ここらじゃこういうのは‘よく有るコト’なんだ、冒険者でも下手に首突っ込むと痛い目みるぜぇ」

 少女を抑える男は、男の正体が冒険者であると知って尚、余裕の笑みを崩さずにそう言い放つ、自分達が上位者であることを信じて疑わない、そんな口調だ。

 何故なら、モンスターと戦う冒険者といっても、鋼鉄のプレートが指し示すのは最低ランクである1。

 駆け出しの新人、いや、この様子を見れば多少は経験があるのだと窺えるが、所詮はそれだけ。

 それに、黒髪黒目に眼帯をした特徴的な男が、ランク1でいながら凄まじい活躍を上げる期待の新人冒険者、だという噂などもスパーダには一切流れていない。

 という事は、やはりランク1相当の、どう高く見てもランク2に上がるかどうかという程度の実力の持ち主。

 その上、どこからどう見ても相手は完全な丸腰、ナイフの一本すら隠し持っている気配は無い。

 三人の男達は、この乱入者を値踏みした結果、大した脅威では無いと判断を下したのだった。

「おら、さっさと消えな兄ちゃん」

「んん、それとも、ひょっとしてこのガキに気があんのか? へへへ、いい趣味してるぜ兄ちゃんよ、いいぜぇ、そんなら兄ちゃんにプレゼントしてやるよ、遠慮はいらねぇぞ、その頃にゃ中古品になっちまってるけどな、ひゃははは!」

 下品な笑い声を高々と上げる三人の男達。

 そんな彼らに向かって、ランク1冒険者は、表情は変わらぬまま、強く一歩を前へ踏み出した。

「止めろと言っただろう、大人しく、その子を離すんだ」

 静かに言い放つその声を聞いた男達は、雰囲気をガラリと変えて俄かに暴力の気配を漂わせた。

「俺らとやろうってのか、あんま良い判断じゃねぇな」

 気合を入れて拳を構える男からは、明らかな殺気が漂い始める。

「冒険すんのは、クエストだけにしといた方がいいぜ」

 もう一人の男も、同じように殺気を放つ。

 一般人なら、その圧倒的な気配に当てられ、恐怖ですくみ上がる事だろう。

「その子を離せと言ってるんだ、頼むから、聞いてくれないか?」

 拳を構え殺気を放つ二人など無視するかのように、その台詞は少女を抑える三人目に向けて放たれていた。

「はっ、バカな英雄気取りが、おう、もう殺っちまえ」

 その声を合図に、臨戦態勢をとっていた二人の男が同時に動き出す。

「そうか――『魔弾バレットアーツ』」

 そう呟いた冒険者の声は、三人の耳に届くことは無かった。

 なぜなら、少女を抑える男の立ち居地は、小さな呟きなど聞こえる距離には無い。

 そして、小声一つ聞き漏らすことのない目の前まですでに距離を詰めていた二人の男は、

「がっ!」

「ぐはぁ!」

 冒険者の手元より発射された黒い塊を頭部に喰らい、大きな衝撃を受けて意識を失ってしまっていたからだ。

 いつの間に攻撃を受けたのか、いや、例えその高速で飛来する黒い物体を視認できたとしても、それが何なのか理解できなかっただろう。

 どうであれ、すでに二人の男の体が、衝撃によって宙に浮かんでいた。

 意識の無い浮遊時間はすぐに終わりが訪れる、路地を形成する左右の石壁にそれぞれ鈍い音を立ててぶち当たり、死体のようにグッタリと地面へ転がった。

「ちっ、このヤロウっ! 何しやがった!」

 殴りかかった男二人が、よく分からない内に倒されてしまった所為で、三人目の男は流石に少女に構っている余裕など無くなり、掴んでいた腕を手放した。

 その時、すでに冒険者は気絶したのか死んだのか判別のつきがたい二人分の男を乗り越えて、最後に残った男に向かって駆け出している。

 だが、こういった危機的状況も慣れているのか、男は慌てる様子を見せずに、腰の後ろに隠していた大振りのダガーナイフを瞬時に抜き放った。

「死ねやぁ!」

 とは言うものの、男の狙いはナイフによる一撃必殺では無かった。

 素手の相手に対してナイフを持つのは大きなアドバンテージになるが、逆に奪われてしまえば形成は逆転する。

 無理に密接するほど近づく必要性は無い、ナイフ分のリーチを生かしたアウトレンジから、少しずつ切り刻んで相手の体力を奪えばよいのだ。

 特に街中での殺人は言い逃れしようの無い犯罪行為である、出来れば半殺しくらいに留めておきたいのが本音である。

 故に、ここで男が狙うのは向き出しの首元や鎧に覆われていない心臓では無い、相手の攻撃手段である手足だ。

 男は、まずは腕へと狙いを定めた。

「りゃっ――」

 ギラリと光るダガーナイフが男の腕から繰り出される、その一撃は完全に相手の腕を捉えている。

 繰り出された拳を、逆に切り裂くかと思われた、いや、男は確実に斬ったと思った。


 パキィイイン!


 だが、それは突如として出現した黒い盾によって防がれた。

 一見するとただの真っ黒い板、20センチ四方の小さな正方形。

 しかしながら、それが魔法によって形作られた盾であると、男は瞬時に悟った。

「防御魔法だと!?」

 驚きの言葉が漏れると同時に、防御魔法を展開した反対側の腕が、強かに男の胴を打ち抜いた。

「ひぎゃ――」

 どこか情けない声を残して、軽々と男が路地の向こう側へ吹き飛んでいく。

 ガラガラと何かを盛大に巻き込んで胴体着陸を決めたようだが、冒険者はすでにナイフ男の行方になど興味は無く、視線を向けることもしなかった。

 直前まで男達を鋭く射抜いていた彼の目は、今や優しさに満ちた眼差しで、壁を背に立ちつくす小さな少女に向けられていた。

「怪我、してないか?」

「はい、大丈夫です」

 少女は、自分を救ってくれた男に対して、臆する事無く返事をする。

 そして、燃えるような真紅の瞳で、冒険者の深淵のような黒い瞳を真っ直ぐ見つめ、言葉を続けた。

「助けてくれて、ありがとうございました」

 素直な礼の言葉。

 冒険者の男は、満面の笑みを浮かべてこう応えた。

「どういたしまして」


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