第135話 妖精と魔女(1)
リリィとフィオナは黒い弾丸の雨から逃れるように、街道から森の中へと飛び退いた。
「遮蔽物の無い街道で、あの攻撃は受けたくないわよね」
「おやリリィさん‘お目覚め’ですか?」
鬱蒼と生い茂る緑の森の中を、眩いエメラルドに光る球体と黒衣の魔女が高速で駆け抜けてゆく。
「貴女じゃ子供の私と上手く連携とれないでしょ、コレでも無理して意識戻してるんだから、感謝しなさいよね」
妖精結界の光越しに、幼い姿ながらも鋭い視線をフィオナへと送るリリィ。
「それはわざわざありがとうございます」
あまりありがたくない謝意を述べると同時に、フィオナが『カスタム・ファイアーボール』を一振りする。
注ぎ込まれた炎の原色魔力に反応し、短杖に組み込まれた術式の効果通り、一定の威力を持つ火球が形成される。
だが、フィオナによってカスタマイズされた『ファイアーボール』は、本来なら単発でしか撃ち出すことの出来ない『火矢』を、同時に複数形成することを可能にする。
連続的に撃ち出された火球は、枝葉の向こう側からミサイルのように飛来する2本の黒化剣を見事に迎撃し、爆発によって黒色魔力のコーティングを散らされた黒化剣は制御能力を失った。
「‘人形’共は全員こっちについてきてるわね」
「1,2,3……全部で9人いますよ、どうして増えているんでしょうか?」
視界には灰色ローブの姿は見えないが、微細な魔力を感知したフィオナは正確に敵の数を把握している。
「貴女が来たから、向こうも増員したに決まってるでしょ。
そんなことより、あのチャラい男、クロノと一騎打ちする気のようね」
自ら部下を遠ざけるとは、随分とこちら側に都合の良い選択だが、
「好都合ですけど、そんなに自信があるんでしょうかあの人」
どうやらクロノと一対一で戦うことを向こうも望んでいるように思える。
「あるんでしょ、多分、生まれてから一度も挫折したこと無いタイプよ、アイツ」
「‘見た’んですか?」
「頭の中なんか見なくても、なんとなく分かるでしょ」
「そうですね、学校にもいました、ああいう人――と、この辺でもういいんじゃないですか?」
元より逃げているつもりではなく、戦いの舞台を森に移すことができればそれでよかった二人は、適当なところで足を止めた。
「思ったより早く追いついてくるじゃない、流石はクロノと同じ強化実験を受けただけあるってところかしら?」
木陰から飛び出してくる4つの人影。
黒化剣より放たれる武技の同時攻撃がリリィとフィオナを襲う。
「「――『一閃』」」
子供状態の妖精結界は、当然少女状態に比べて防御力は劣る、まともに受けるのは危険。
「『光刃』」
全身を球状に覆う結界の表面から、光の原色魔力が高密度に圧縮されて形成した、眩い光の刃が二つ出現。
およそ1メートルの白熱する光の刃は、レーザー以上の威力で触れる物全てを焼き斬るのだと一目で理解できた。
リリィが小さな腕を振るう動きと連動し、2本の『光刃』が結界の表面を高速で滑る。
二人の実験体が同時に繰り出す『一閃』と『光刃』が交差、接触する二つの刃先は火花の変わりに白い光の帯を撒き散らす。
一瞬の拮抗の後、黒化剣の耐久限界を察したか、素早く剣を引く実験体達。
リリィの追撃を後方に控える別の実験体が『黒弾』で牽制し動きを止め、その隙にアタックを仕掛けた二人は再び木の陰に身を潜めた。
「……やっぱりテレパシーの連携は厄介ね」
「私はまだよく分かりません」
リリィがちらりと背後のフィオナに目をやれば、馬鹿デカい石の壁が立っていた。
武技も弾丸も、『石盾』で一方的に防いだようだった。
これなら確かに敵の連携攻撃を実感することは無かっただろう。
思わず溜息が出そうになるが、
「ん、貴女の防御魔法は丁度良いわ」
この場を楽に切り抜けられる方法を思い至った為に、どこかあくどい笑みがリリィの幼い顔に浮かび上がっていた。
「何が丁度良いんですか?」
「加護を使う、私に敵を近づけさせないで、できるわよね?」
「……お任せ下さい」
何となくリリィの意図を察したフィオナは、即座に行動に移った。
帽子の内に広がる空間魔法より、収納していた愛用の長杖「アインズ・ブルーム」を取り出し、
「منع صخرة حجر كبير جدار لحماية」
詠唱を開始。
同時にリリィは、敵が潜んでいると思われる場所へむけて反撃を許さないほど光弾を大量に撃ち込む。
「ثلاثاء حرق درعا الشعلة لمنع توقف كبيرة」
光の弾幕の隙を突いて、散発的に黒い弾丸の反撃が届くが、フィオナの詠唱を中断させることは出来ず、そのまま一言の詠唱失敗も誘う事無く、魔法は完成した。
「――『巨石大盾』
――『火炎大盾』」
「一人で二重防護するなんて、中々やるじゃない」
ニヤリと不敵な笑みをフィオナに向けた瞬間、二つの防御魔法がリリィの姿を覆い隠す。
まず出現したのは、硬質な岩石を組み合わせた絶壁。
地面が隆起したような勢いで10メートルほどの高さにまで展開された『巨石大盾』は、本来あるような壁状ではなく、中心にリリィを閉じ込めるような円筒形、岩石の塔となって現れた。
直後、岩の壁面にマグマのような赤いラインが走ると共に、塔は真っ赤な火炎に包まれた。
轟々と燃え盛る炎は、その炎熱でもって敵を寄せ付けず、攻撃そのものを焼き尽くす。
フィオナの驚異的な威力を誇る魔法と、本来は二人以上の術者によって展開させる二重防護によって形成されたこの灼熱の塔は、注がれた魔力が尽きるまで、内にいるリリィを守護する絶対防御の陣と成す。
「それでは、リリィさんが‘覚醒’するまで、私が皆さんの相手をしましょう」
凄まじい熱量を振りまく火炎の防御塔を背後に立つフィオナ、右手に『アインズ・ブルーム』、左手に『カスタム・ファイアーボール』を構える。
目の前には灰色ローブを纏い、虚ろな目をした黒髪黒目の5人の男女。
他の4人は、正確な位置は特定しかねるが、左右か背後に隙を狙うべく潜んでいるのだと見当がつく。
リリィが‘人形’と呼ぶ9人は正しく感情は無く、一切の恐怖を持たない。
剣撃と銃撃を操り、常時強化状態にある肉体、そして一分の狂い無く連携攻撃を可能とするテレパシー通信。
「なるべく早く出てきてくださいね、リリィさん――」
だが、相手の力量を正確に把握した上で、フィオナは相変わらずの寝ぼけた顔で、平然と言い放つ。
「――早くしないと、私が全員倒しちゃいますよ」