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黒の魔王  作者: 菱影代理
第9章:初火の月6日
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第131話 敵中突破

「戻ったかクロノ!」

 脱出路を抜けた先では、すでに二角獣バイコーンに跨り出発準備完了なヴァルカンが出迎えてくれる。

「おう、ギルドできっちりヤツらを生き埋めにしてきてやったぞ」

「へへへ、んじゃ、さっさと行こうや」

 俺達が守っていた正門と反対側に位置する裏門には、退却用の馬車が用意してある。

 冒険者の所有する馬のほとんどを利用し、急造の荷台を引かせる。

 大きさもそこそこ、お世辞にも立派といえない出来だが、ちょっと無理して乗ればなんとか全員を収容できるようにはなっている。

 問題は走っている途中に壊れなきゃいいってとこなんだが、せめてガラハド山脈の麓あたりまでは持って欲しいと願うより他は無い。

「まぁ、その前にあの重騎士部隊を突破できるかどうかが問題なんだけどな」

 平坦な道の先に、点々と見える人影。

 十字が描かれているだろう旗らしきものを掲げて、こちらへ迫ってくるあの集団こそ、俺にアルザス村の放棄を決定付けた原因である、憎き重騎士部隊だ。

「行くぞ! 全速力で突っ込め!」

 敵中突破するにはこれしかない、ただ全力でもって突っ切るだけだ。

 馬へ鞭をいれる音が響き、ガタガタと荷台を揺らしながら、冒険者達を満載した馬車が走り始める。

 地面に力強い蹄と轍の跡を残しつつ、馬車は列を成してアルザスの裏門を飛び出した。

 まず差し掛かるのは、かつての正門と同じように川にかかる木造の橋。

 正面に流れているのがローヌ川、そして今渡っているのがレーヌ川である。

 どちらも同じような大きさであり、橋が無ければ二つの川を越えるのに十字軍の大部隊では難儀することだろう。

「爆破準備は?」

「問題ありません、いつでもいけます!」

 俺がいるのは列の先頭、リリィのテレパシーを通じて、最後尾に位置する馬車に乗る魔術士と連絡をとる。

「よし、やってくれ」

「了解――『火炎槍イグニス・クリスサギタ』」

 5日前にローヌ川の橋を破壊した時と全く同じように、設置した炎の攻撃魔法を発する魔法具マジックアイテムが爆弾代わりとなって橋脚を吹き飛ばす。

 橋が無ければ、即座に追ってこられるのは空を飛ぶ天馬騎士のみ、そしてリリィが未だ健在な俺達へ向けて天馬騎士部隊だけで追撃を仕掛けるようなことはしないはず。

 これでしばらくは追っ手を心配する必要はない。

「あとは、目の前の屑鉄軍団を突っ切るだけだ」

 すでにトップスピードに乗った馬車は、ぐんぐんと正面に陣取る重騎士部隊と距離を縮めてゆく。

 俺が乗っているのは一番先頭を行く馬車、もともとはヴァルカンのパーティが所有するものであるが、今は御者役である獣人の戦士を除いて他のメンバーは乗っていない。

 敵中を突破する先鋒となるこの馬車には、重騎士の戦列に穴を空けるために最も火力を稼げるだろうメンバーを乗せているからだ。

 俺、リリィ、フィオナの『エレメントマスター』と、『三猟姫』のエルフ三姉妹、そしてちゃっかり機関銃を持ち込んできたモっさんの合計7名だ。

 御者の右隣に俺、左隣にフィオナ、屋根の上には機関銃を構えるモっさんとすでに少女状態となって加護パワー全開のリリィ、荷台の両窓を開けて魔法の弓を引くイリーナさん達、という配置となっている。

 この馬車のすぐ隣を並走して、バイコーンに乗るヴァルカンを始め、単騎で高い突撃力を発揮してくれる高ランクの戦士クラスが各々の得物を構えて衝突の瞬間を待ち望んでいる。

「フィオナは戦っても大丈夫なのか? 魔力的な意味と攻撃範囲的な意味で」

 御者を挟んで、初めてみる赤い短杖ワンドを手にするフィオナへ問いかける。

「どちらも大丈夫ですよ、この『ファイアーボール』はどれだけ魔力を流しても一定の威力しか出ないタイプの杖なので」

「……そんな便利なものがあるのか」

 ならそれを使えば冒険者パーティとして問題なくやっていけたんじゃないのか? と思うが、即座にフィオナが否定する。

「下級も満足に扱えない魔術士の初心者が使うモノですので」

「ああ、最低限の魔力さえ流せば一定の威力が出せるからか」

 そして、その‘一定の威力’、平均よりやや低めの下級攻撃魔法を超える火力を出せるようになれば、この『ファイアーボール』という杖から卒業するってことか。

「じゃあ火力不足なんじゃないのか?」

「大丈夫です、篭めた魔力だけ連射が利くように改造カスタムしてあります、高ランクのモンスターには無力ですけど、重騎士を押し留めるにはそれなりに効果が見込めるでしょう」

「なるほど、期待するぜ」

「そう言ってもらえると、恥ずかしながら三年生にもなって新入生に混じってこの杖を買い求めた甲斐がありましたね」

 あ、またフィオナの黒歴史の1ページが紐解かれたようだぞ。

「ちょっとぉ、私を差し置いて楽しくお喋りしないでよね、寂しいでしょ!」

 頭上から聞こえてくるリリィの不満気な声。

「スマン、別にそういうつもりじゃなかったんだけど」

「がっはっは、こんな時まで妬くなんてホンマにカワイイなぁ妖精のお嬢ちゃんは!」

「そういう言い方は、止めてもらえないかしら?」

「あ、アカンて! その光はスケルトンにはアカン! 浄化してまうから、ホンマに――」

 ここからは死角になって見えないが、なにやらピカピカと白い光が発光しているのが分かる。

「仲良いなアイツら」

「おや、クロノさんも嫉妬ですか?」

「ん、ああ、そうかもな」

「――残念ですリリィさん、脈なしです」

 フィオナが何か呟いたが、脈ってなんだよ。

「テメーら、敵を前にして遊んでんじゃねーぞ! 気合いれろや!!」

 並走するヴァルカンから喝が飛んできた。

「スマン、悪った」

 気を取り直して、俺は手にする『ブラックバリスタ・レプリカ』へ魔力を流し、攻撃準備を開始する。

 すでに、重騎士部隊の姿ははっきり見えるほどの距離にまでやってきている。

「みんな、準備はいいか――」

 そして、馬車はついに攻撃の射程範囲に差し掛かる。

 俺達は立ち並ぶ重騎士の列、そのど真ん中に風穴を開けるべく、最大火力の攻撃魔法を叩き込む。




 白銀の鎧に槍斧ハルバード大盾タワーシールド、先ほどクロノが相手にした重騎士部隊と全く同じ装備の集団が、街道を突き進む。

 正面からは、猛烈な勢いをつけて全力疾走する馬車の列。

 互いの距離が100メートルを切ろうかという時、先頭を走る馬車に凄まじい魔力の波動が迸る。

 しかし、そんな騎兵突撃を凌ぐ質量を持つ馬車の突撃と、明らかな攻撃魔法の兆候を前にしても、立ち並ぶ重騎士達は一言も発する事無く、ただ只管に前進し続けた。

魔弾バレットアーツ掃射ガトリングバースト

 最初に重騎士へ届いたのは、二筋の黒い銃火。

 クロノが振るうタクトとモズルンの構える機関銃より連続的に吐き出される黒い弾丸が、鋼鉄の壁に着弾。

 激しい金属音と、地面を抉る弾丸によって土煙が巻き上がる。

 間髪入れずに飛来する弾丸に続き、さらに拳大の火球と稲光を引く雷の束が殺到した。

 火球はフィオナの『カスタム・ファイアーボール』より放たれる下級攻撃魔法『火矢イグニス・サギタ』。

 クロノの魔弾ほどではないが、それでも常識外の速さで連続発射される火球は、白銀の甲冑にぶつかる度に小爆発を起こし、その行進を大きく押し留める。

 バチバチと甲高い音を立てて飛んでゆくのは、『三猟姫』のメンバーが弓より放つ中級範囲攻撃魔法『雷鳴放撃ライン・オーヴァブラスト』。

 金属製の鎧の間を通電し、通常以上の範囲で雷撃が走り抜ける。

 弾丸と火球と電撃によって、かなりの広範囲に渡って攻撃を叩き付けたが、最後に最も強力な一撃が残っていた。

「――『星墜メテオストライク』」

 重騎士が並ぶ頭上に描かれる光の巨大魔法陣、そこから落下するのは確かな質量を伴う虹の塊。

 馬車が通過する為、地面にクレーターを作らないようにとクロノに注意を受けたリリィは、それなりに威力を抑えて放ったのだが、


ドゴゴゴゴォ!


 街道を端から端まで塞ぐように横列を組んでいた重騎士をあっけなく吹き飛ばす程度には火力があった。

 七色の閃光と爆音、爆風が周囲を包むが、クロノ達を乗せる馬車はそれに怯む事無く真っ直ぐ爆心地に向かってつき進む。

 『星墜メテオストライク』によってすでに隊列は崩れたが、戦闘可能な重騎士がハルバードを構えて、街道を再び塞ぐべく動き始める。

 だがその時には、ついに馬車の先頭集団が重騎士の群れへと突っ込んだ。

 「『疾風一閃エール・スラッシュ』っ!!」

 『孤狼・ヴォルフガンド』の加護を全開に発揮しているヴァルカンは、接近する重騎士にむけて風を纏った大剣の一撃を見舞った。

 そして、魔弾から近接攻撃用に『呪怨鉈「腹裂」』へと武装を変えたクロノも、馬車に向けてハルバードを振るう重騎士に向けて、すれ違いザマに武技を叩き込む。

「黒凪――っ!?」

 漆黒の斬撃は、見事にハルバードごと重騎士の鎧を両断する。

 だが、この瞬間にクロノはこの重騎士部隊の‘異常’を察したのだった。




「黒凪――」

 俺へと狙い済ましたように突き出されたハルバードの一撃を、そのまま防ぐように武技を放つ。

 交差は一瞬、『呪怨鉈「腹裂」』の禍々しい形状の刃は、ほとんど抵抗を感じることなくハルバードの鋼鉄の柄を切断し、そのまま重騎士のフルプレートメイルまでも切り裂いた。

「――っ!?」

 が、おかしい。

 この感触は明らかにおかしいぞ。

 魔弾で遠距離攻撃を始めた時から、武技でガードすることもなければ、集団で防御魔法を展開する様子も無かったことから違和感を覚えていたが、今の一撃で確信した。

「コイツら、重騎士じゃない……」

「「え?」」

 呟きに、フィオナとリリィが攻撃の手を休めず反応する。

 俺もさらに迫った重騎士‘モドキ’へ向かって再び武技を叩き込む。

 やはり、鋼鉄製で魔法の防御効果も秘められているはずの全身鎧フルプレートメイルがあっさりと両断される。

 俺にはこの切り裂いた感触に記憶がある、そして、斬った断面から一切血や臓腑が吹き出ないことで、完全に確信に至る。

「ライトゴーレムだ!」

 この兵のエリートとは思えない単調な挙動に、やけに薄い装甲の鎧。

 かつて俺が機動実験で最初に戦うことになった因縁のある存在、それがライトゴーレムだ。

「どういうコトだ……それじゃあコイツらは見せ掛けだけの人形で――」

 まさか、アルザスの背後に重騎士部隊と思わせて展開させたのは、俺達を防壁から撤退させるための囮、いわば擬兵!

 そこに思い至った瞬間に、

「おい、ヤバいぞ! 止まれぇ!!」

 ヴァルカンの大声が響いた。

「なにっ、あれは――有刺鉄線だと!?」

 視線を正面に向けると、街道を塞ぐように茨の茂みを思わせる黒い棘が敷き詰めてあった。

 黒い輝きを放つソレは、アルザスの防壁で敵の歩兵を押し留めてくれた有刺鉄線と全く同じ形状。

 そして、有刺鉄線は歩兵だけでなく、馬の足も止めることの出来る効果を秘めていることを思い出す。

 ヴァルカンはバイコーンの手綱を引き、黒い有刺鉄線の茂みへ足を突っ込む前にどうにか静止した。

 だが、こちらは合計で8人乗っている馬車、急に止まれるはずもなく、ほとんど減速することも出来ずに敷き詰められた有刺鉄線へ飛び込んでゆく。

「ヤバい――」

 これは確実に横転すると思い覚悟を決めて馬車から飛び降りようかと判断した次の瞬間、

「うおっ、何だっ!?」

 突如としてローブのフードを掴まれて、俺の体は空中へと投げ出される。

 何故だ、まだ馬車は吹っ飛んでない、というか――今この瞬間、俺の眼下で有刺鉄線に足と車輪をとられて横転する馬車が見えた。

 瞬時に頭が事情を把握できなかったが、数秒の後に有刺鉄線を越えた地面へと降り立った時に、ようやく理解が追いついた。

「……リリィか」

「ごめんね、クロノを助けるだけで精一杯だったわ」

 キラリと背中の羽を瞬かせて、隣へ並び立つ少女姿のリリィが上目遣いで俺の顔を覗きこんできた。

「いや、助かったよ、ありがとう」

「うふふ、どういたしまして」

 馬車が横転することを見越して、屋根にいたリリィがそのまま飛び立って俺を掴んで救出してくれたのだ。

「他のみんなは――」

「冒険者だもの、死にはしないでしょ」

 見れば、黒い有刺鉄線の茂みの中から、あるいは倒れた馬車の荷台から、人影が次々と立ち上がる。

「おい! 大丈夫か!?」

「……酷いですリリィさん、私を見捨てましたね」

「ごめんねー、私もイキナリすぎて一人助ける余裕しか無かったの」

 のっそりと黒い鉄の茨より身を起こしたフィオナは、脱げかけた帽子を片手で直しつつリリィへ抗議の声を挙げた。

 俺だけリリィに助けられて申し訳ない気持ちだが、とりあえず大した怪我は無さそうで一安心だ。

 不幸中の幸いか、有刺鉄線に巻き込まれて横転したのは俺の乗っていた馬車だけで、後続の馬車はギリギリで停車することはできていた。

「いや安心してる場合じゃねぇ」

 だがしかし、結構な数の敵に囲まれ、さらに街道は有刺鉄線で封鎖されている為に、すぐ突破することも出来ない。

 結局こちらの行軍はここで見事に足止めを喰らってしまった。

 モタモタしていると、これをチャンスと見て天馬騎士や無理を押して背後のレーヌ川を渡った歩兵部隊が増援にやってくるかもしれない。

「仕方無い、この場の敵を全部倒して行くぞ!

 敵は重騎士の姿をしてるがライトゴーレムだ、ただの歩兵並の力しかない、倒せない敵じゃない!」

 有刺鉄線の向こう側で、ゾロゾロと馬車から降り立つ冒険者達は、すでに各々の得物を手に素早く並んで警戒態勢を取る。

 突発的な事態にうろたえず冷静に対処するのは、流石冒険者といったところか。

「おらクロノ! テメーもサボってないでさっさとこっち来やがれ!」

 ヴァルカンが大剣を振りかぶって、俺に発破をかけてくる。

「おう、すぐそっちに――」

「いやいや、待てよ、テメぇはコッチだ」

 不意に横からかけられた男の声。

「……誰だ」

 声の方へ向けば、街道脇に広がる森、その木の一本に背中を預けた若い男の姿が目に入った。

 茶色の長い髪を逆立たせ、大きくはだけさせて衣服を纏うそのだらしない格好、鍛えられた胸筋を除かせる胸元には、十字のネックレスが銀色の輝きを放つ。

 その風体はこの異世界にあっても不良ヤンキーといった感じを覚える。

 だが、その腰にぶら下げる長剣ロングソードと、見たことの無いタイプの短杖ワンドを手にしているあたり、この男が戦いを生業にしている傭兵なのだと瞬時に悟らせる。

 殺気は感じられないが、何とも言えない嫌な雰囲気が漂う。

「おいおーい、誰だはねーだろ誰だはよう、散々テメーの世話してやったじゃねぇかよ、薄情なヤツ、ってアレか、あん時は‘マスク’つけてたから俺の顔なんざしらねぇか、ひゃははは!」

 癇に障る笑い声を上げる男、だが、そんなコトは問題じゃない、コイツは今、何て言った?

「お前、まさか……」

「へへへ、折角パンドラまで逃げてきたってのに、残念だったなぁ‘49番’テメェを迎えにきてやったぜぇ?」


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