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黒の魔王  作者: 菱影代理
第9章:初火の月6日
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第122話 突撃部隊VS重騎士部隊(1)

 それを認識した時には、すでに手遅れであった。

「拙いっ! アレを止め――」

 黒のブラック・ボックスと仇名される、敵が立て篭もる砦、その屋上に巨大な火球が出現したのを、ローヌ川に展開している全ての十字軍兵士は目にした。

 それは金塊よりも煌々と輝かしい黄金の光を発しているが、炎のゆらめきを持つその姿は火球と形容するほかは無い。

 彼らは、その直系5メートルほどの巨大な火球が、自分達に向けられた攻撃魔法であることを、魔法に疎い歩兵ですら直感的に理解する。

 敵は川の向こう、攻撃を止める術は無い、これほどの人数が逃げる時間も無い、残された選択肢は防御のみ。

「الجدران بيضاء ناصعة توسيع نطاق الحماية لمنع――『聖心防壁ルクス・ウォルデファン』」

 複数の魔術士部隊が、すでに川岸、あるいはイカダの上に展開済み。

 敵の遠距離攻撃を警戒して、すでに防御魔法を展開していたが、この異常なサイズの火球が飛んでくることに対して、さらなる防御をほどこす。

 魔術士部隊と重騎士部隊の全てが、防御魔法の範囲内に治まるのとほぼ同時、ついに、その火球が動いた。

 どれほどの高温と炎を秘めているのか、火球の周辺は空気が揺らめき、空間そのものを歪めてしまっているかのようにすら見える。

 そのくせ、空中に放物線を描いて飛んでくるその速度は、ひどく緩慢なものに思えた。

「今だ、撃ち落せっ!」

 とある魔術士部隊が、ゆったりと飛来する火球に向かって、氷矢アイズ・サギタなどの攻撃魔法を撃ち込む。

 氷と冷気が吹雪となって、迫り来る火球に殺到する。

 しかし、そのどれもが金色の炎に届く前に消滅、圧倒的な赤熱は氷の魔法を十や二十撃ち込まれた程度では僅かほども冷ますことなど叶わない。

「く、来るぞっ――」

 ついに、川岸に展開する部隊のど真ん中に、火球が飛び込む。

 これだけの魔術士が防御魔法を重ねたのだ、防御は万全。

 運悪くシールドの守りに入れなかった歩兵は死ぬかもしれない、だが、防御の中心に位置する魔術士、または強固な鎧で守られた重騎士は死ぬどころか傷一つつかない。

 どれだけ大きいと言っても、一発、そう、敵の攻撃はたったの一発だ。

 破れる筈が無い、防げない筈が無い。

 だが、

「か、か、神よ、どうか我らを――」

 頭上から迫るこの燃え盛る巨大な炎の塊は、まるで、太陽がそのまま堕ちてきたかのような輝きを放っている。

 太陽が墜落したのなら、そもそも人の手で支えられるはずなど無い。

 神に祈りながら、彼らは逃れられない死をこの瞬間に理解した。

 そして『黄金太陽』は、そこにある全てを焼き尽くした。




「な、なんだぁ、コレはぁ!!」

 光と熱と爆風が過ぎ去り、ようやくノールズは目の前に広がる光景を認識した。

 数秒前まで見ていた河原の景色が一変している。

 この占領部隊の戦力の中核を成す魔術士部隊と重騎士部隊、そして数多の歩兵が堂々たる威容で展開していたはずが、今やその影はどこにも見えない。

 変化は兵の姿が消えただけに留まらない、河原の地形そのものも変化していた。

 それは巨大なクレーターとなって、見るものにただそこにあった破壊を示している。

 数秒前には川が流れていたはずのそこに一切の水は消滅しており、今になって思い出したかのように失った体積を埋めるべく上流からの水が怒涛となって注ぎ込んだ。

 ほどなく、川の流れは元通りになる、が、消え去った兵士が元に戻ることは無い、あるはずが無かった。

「どうなってる、たった一撃で、こんな――」

 瞬く間に部隊を丸ごと一つ失う悪夢は、すでに前回経験している。

 だが、今度はそれ以上の兵を、同じ場所で失うことになるとは、ノールズは予想もしていなかった。

 相手はいくら強いといっても、所詮は田舎の小村に立て篭もる魔族の小勢、一国の軍隊では無い彼らが一流の魔術士部隊も古代兵器も保有しているはずがない。

にも関わらず、まさかこんな広域殲滅級の攻撃魔法が飛んでくるなど、ノールズでなくとも常識的な十字軍兵士なら予想することはできないだろう。

「少し、落ち着かれたらどうですか?」

 冷ややかな声がノールズの混乱した頭に突き刺さる。

「シスター・シルビア……何故ここに」

「一応は副官ですので、こうして前線に出ることもあるでしょう。

 それより、早く指示を出した方が良いのではないですか、収拾がつかなくなりますよ」

「うむ……そうだ、その通りだな」

 頭を振って無理矢理にでも冷静さを取り戻すノールズ。

 この光景に衝撃を受けたのは自分だけではなくここにいる兵も同じ、己が率先して動かねば、攻撃どころでは無くなる。

「負傷兵を急いで回収しろ! あの火球は恐らく敵の奥の手だ、連続で撃たれることは無い!」

 指示の言葉に、呆然とした周囲の兵士が慌てて動き始める。

「新たな部隊を展開させろ! 手痛い打撃だが全滅したわけではない、攻撃方針はそのまま、魔術士と重騎士の渡河準備を進めろっ!」

「「はっ!」」

 命令を受ける兵士が四方へ散って行くのを見送った頃には、ノールズ自身もかなり冷静さを取り戻していた。

「魔族共め、これしきで我らが退くなどと思うなよ」

「そうですね、ここで退けば相手の思う壷。

 前回攻めた時に、この火球攻撃を使わなかったところを見ると、貴方が言ったように奥の手だったのでしょう」

「ああ、まだ攻めるに十分な兵は残っている、予定通り攻撃すればアルザスを落とすに支障は無い」

 前と同じように、最初の一手で大きな痛手を被ったが、戦局を決定付けるほどではない。

 十字軍には、まだ大多数の歩兵と魔術士、重騎士、天馬騎士、騎兵、作戦を遂行するには十分過ぎる兵力が残っているのだ。

 もっとも、この戦いはすでにノールズにとって一生忘れ得ないほど屈辱に満ちた苦戦の記憶となってしまっている。

「……だが、我らの敗北だけは許さん、必ずやあの見るも忌々しい黒のブラックボックスに、神の御旗を打ち立てるのだ」

 内心で怒りを燃やすノールズは、準備が整い次第、躊躇無く突撃命令を下す。

 どれほど魔族が抵抗し犠牲が出ようようとも、今日ばかりは決して後に退かず、勝利することを神に誓った。




「全員無事か?」

 フォオナの『黄金太陽オール・ソレイユ』の余波が、俺達の防壁前まで届くのは実験で予測済みだったので、あらかじめ防御魔法で広範囲をカバーしていた。

 無事を知らせる返事はすぐに返って来る。

 それに周囲を見渡しても、誰も負傷した様子は無い、どうやら上手く凌げたようだ。

「凄い……さっきまでいた敵の部隊が丸ごと消えてるわ」

 イリーナの意見には全く同意だ。

 俺は一度見ていたが、あらためてこの威力を目の当たりにすれば、驚かないはずは無い。

「ああ、シールドも鎧も関係無しにブッ飛ばしてくれたな」

 つい先までこちらへ攻めかからんとイカダに乗り込んでいた重騎士と魔術士の姿は忽然と消失していた。

 敵集団のど真ん中に落ちたからな、爆心地がどんな惨状となっているのかは考えるまでも無い。

「けど、それでも敵はまだヤル気みたいだ」

 再び十字軍兵士は勢い込んで河原へと雪崩れ込んで来る。

 そのくせ、狙撃を警戒しているのか、きっちり防御魔法を展開させながら、イカダを川へ浮かべて渡河準備を開始している。

「ここから先は消耗戦ね」

「そうだ」

 敵には未だ、重騎士も魔術士も全滅してはいない。

 かなりの数を減らしただろうが、それでも尚、俺達を倒すには十分な人数は残っている。

「今日が最大の山場だな」

「ええ、頑張りましょう」

 微笑むイリーナに、少しだけ心が落ち着く。

 ああ、落ち着く、ってことは、やっぱ緊張してたんだろうな、俺は。

 それも仕方が無い、なぜなら今日は、確実に多くの犠牲が出るだろうことが判っているからだ。

 けれど、

「そうだな、俺達が頑張らないとな――」

 すでに俺も皆も覚悟は決まっている。

「――準備はいいか?」

 立ち上がり振り返ると、そこにはすでに、ヴァルカンを筆頭に突撃部隊のメンバー全員が集合している。

「おうよ、何時でもいいぜ」

 これから俺達が相手にするのは、敵の最大の防御力を誇る重騎士部隊だ。

 ヤツらは天馬騎士と同じように、その豪華な装備に見合った実力を持つエリートで構成されている。

 ただの歩兵を倒すようにはいかない、分厚い鎧に守られた騎士は遠距離攻撃に高い耐性を持つが故に、十字砲火で止められない。

 よって、俺達が接近して斬り伏せてくるのが確実にして唯一の倒す方法だ。

「……リリィ、フィオナ、聞こえるか?」

「うん!」

「はい」

 テレパシーを通じて、二人に語りかける。

「フィオナ、よくやってくれた、後は俺達に任せてゆっくり休んでくれ」

「お役に立てたようで、なによりです」

 今頃はギルドのベッドへ搬送されている最中だろうか。

 彼女が起き上がるには、魔力回復用のポーションを使ってもしばらく時間が必要だろう。

「リリィは天馬騎士が来たら、また頼む。

 ただ無茶はしないでくれ‘加護’の限界が来たら、すぐ戻るんだ」

「うん、だいじょうぶ!」

「よし、それじゃあ、ちょっと行って来る」

「はい、行ってらっしゃい、クロノさん」

「いってらっしゃい!」

 二人の声に後押しされた俺は、すでに正門の前にたどり着いている。

 右手には『呪怨鉈「腹裂」』、左手には『ブラックバリスタ・レプリカ』、そして影の中には幾本もの黒い刃を秘めて。

「行くぞっ!」

 吼える突撃部隊と共に、俺は開かれた正門を飛び出した。




 矢が、雷が、火が、氷が、川を渡る十字軍兵士達の頭上から降り注ぐ。

 だが、イカダに乗りこんだ重騎士達にその攻撃は届かない。

 魔法も武技も習得する高い実力を持つ者が、この白銀の甲冑フルプレート・メイルを纏うことを許されるのだ。

 この程度の遠距離攻撃を彼らが防げないはずがない。

「あの大爆発が魔族の奥の手だったってのは本当みてぇだな」

「ああ、第2部隊のヤツらは運が無かったな、あんなの喰らったらひとたまりもねぇや」

「俺らで仇を討ってやろうじゃないの、ついでに、アイツらが挙げるはずだった武勲もな」

 すでに魔族の策は尽きたとみなす彼らは、正面から戦いさえすれば負けるはずがないとの思いから、どこか余裕に満ちていた。

「見ろよ、魔族が勇んで出てきやがったぜ」

 一人の騎士が指差す先には、黒いローブを纏った男を先頭に、様々な種族とバラバラな装備を身につける集団。

 種族は違えど冒険者の集団だと一目で判別できる。

 だが、その冒険者集団が初日の戦闘において歩兵の突撃を少人数で押さえ込み、さらに一人の死者も出さなかった脅威の部隊である。

 そんな彼らの矛先が自分達であることは、改めて説明されるまでもなく重騎士の誰もが理解できていた。

「なぁおい、あの一番前にいる黒尽くめのヤツが、噂の‘悪魔’ってヤツじゃねぇか?」

「あぁ、違いねぇ、最前線で黒ローブのヤツは他にスケルトンだけって話だ、人間の男であの格好してんのは、悪魔のヤロウしかありえねぇ」

「へへ、そんじゃあ俺らで‘悪魔祓い’といきますか」

 フルフェイスのヘルムで覆われた彼らの表情は見えない、だが、その顔には間違いなく笑みが浮かんでいた。

「よし、イカダから降りろっ!

 横列陣形をとれ、敵を一気に蹴散らすぞっ!」

 第3重騎士部隊を率いる隊長の指示に合わせ、真ん中の最深部を越えて足がつくほどの浅瀬となった川へ、次々と重騎士達がイカダから飛び降りる。

 地に足の着いた重騎士は、川の流れをものともせずに素早く横一列の陣形を作り上げ、迫り来る魔族の突撃部隊を迎え撃つ態勢を整えた。

「さぁ行くぞっ! 邪悪な魔族を討ち滅ぼし、騎士の誉れを挙げよっ!!」

 斧槍ハルバードを高々と掲げ、白銀の甲冑フルプレートメイル大盾タワーシールドで守られた鉄壁の重騎士部隊は、鬨の声を上げながら、アルザス防衛線を蹂躙すべく、ついにその重い一歩を踏み出した。



 本当は二話分割でしたが、短かったので一話に纏めました。一話の中で視点が飛び飛びで申し訳ないです。

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